• 愛読者諸兄諸姉。週2回(火・金)ということで2007年5月にスタートしたぼくの書評ですが、近々100回目を迎えるところで一応決着ということにさせていただきます。

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  • 高山宏の読んで生き、書いて死ぬ
    ―ぼくの中に貪婪の書評魔が帰ってきた―

    かつては一日に一冊読んだ。そして気に入ったものがあれば諸誌紙に週二、三冊は書評を載せてもらっていた。書評に名を借りた論文というスタイルで、よくものを書いた。読みについても魔と呼ばれ巧者と言われ、達人の名をたまわった。十年も前のことである。 長い長い中断が入った。

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  • 紀伊國屋創業80年記念・連続セミナー“9 days talk live”
    「学魔・高山宏、知の系譜と人文科学の未来を語る」
    2007/9/8(土) 13:00~15:40 新宿・紀伊國屋ホール
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2007年05月18日

Falguières, Patricia, "Le maniérisme; Une avant-garde au XVIe siècle" (Gallimard, 2004)

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マニエリスム最強の入門書

今年2007年は、1957年から数えて50年目。だから、A.ブルトン『魔術的芸術』刊行50周年とか、N.フライ『批評の解剖』50周年とか、あって悪くないが、そういうセンスある世の中とも思えないが、G・ルネ・ホッケ『迷宮としての世界』50周年は是非祝いたい。

マニエリスムが美術史で、16世紀末のある時期の世界危機に対応する芸術を指した概念というにすまず、超越的な倫理が見失われて(「神の死」)、地上が欲望と戦争に溢れた(「地獄の世俗化」)、時にはいつでも繰り返される常数として、マニエリスムは今現在の東京にだって存在するという捉え方がされるようになった。そういう新しい倒錯芸術観をホッケが代表した。何かが狂っている、何かがズレていると、たちまちマニエリスムではないかというので、一寸変わった文化現象を何でもマニエリスムと呼ぶことになりかねず、たとえばザビーネ・ロスバッハの『現代マニエリスム』(2005)等、面白いが、はっきりそういう膨満傾向にある。

ただいわゆる美術ばかりか、絶望を理性で抑えこもうという「冷えた熱狂」というのなら、たとえば機械への強烈な関心だってマニエリスムだ、とホッケは言い、コンピュータやオートメーションの現代をマニエリスムと呼びうる根拠を『迷宮としての世界』で探る。こうした21世紀向きの斬新な感覚を、しかもきちんと16世紀末にのみ見出そうとした、旧美術史も文句を言えず、しかも新しいマニエリスム感覚にも合う本は、澁澤・種村の究極のネタ本、ジャック・ブースケの『マニエリスム美術』(1964。仏語未訳)とエウジェニオ・バッティスティの『アンチ・リナシメント』(1962)のみ。危機を前に異様に繁茂していく機械と蒐集趣味を前面に出して、レオナルドやパルミジャニーノの絵を期待してページを繰る読者をアッといわせた。

『ダ・ヴィンチ・コード』ベストセラーに『受胎告知』来日で一挙盛り上がったレオナルドの、理系・工学系人間としての大きな側面。しかし一人彼のみの問題でなく、16世紀マニエリスト達全体の問題だった。宗教改革や「永遠のローマ」崩壊の危機を人々は過激に知性を使って生き延びようとする。そこでは理系も文系もない。絵だって完全に理系のものであり、遠近法もアナモルフォーズも技術者の計算の産物だった。そういう危機の生む新観念発明の頭脳の働き方をインゲニウム(ingenium)と称した。今でいうエンジニアの語源でもある。

面白い世界だし、変わった材料を用いての説得だからヴィジュアル的になる、ブースケの本もバッティスティの大著も面白い挿絵に溢れるが、いかんせん高価だし、第一、現在入手不可能。というところに天の恵み。それが、Patricia Falguières, "Le maniérisme; Une avant-garde au XVIe siècle"(Gallimard, 2004)である。マニエリスム研究はテーマを「驚異の部屋」(最近「澁澤龍彦の驚異の部屋」展あり、久しぶりにこの懐かしい言葉を耳にした)に絞ってやっていたアダルジーザ・ルーリを希望の星にしていたが、新千年紀直前に急逝。その跡を継ぐかと期待されているのが、そのものズバリの Les chambres des Merveilles(Bayard, 2003)を出したパトリシア・ファルギュイエール女史である。とかげのエナメル細工でマニエリスム洞窟美術を代表した陶工ベルナール・パリッシー等の研究あり。

そのファルギュイエールがガリマールの「知の再発見」叢書の求めに応じて書き、図版構成したのが、問題の『マニエリスム』。叢書番号457。パルミジャニーノの雅な絵もあれば、怪物庭園ボマルツォの絵もあり、ヴンダーカンマーもあるし、「機械の劇場」もある。小冊ながら各ページ、スキラ社と覇を競う美しさのカラー印刷のIME社の図版が少しの隙間も許さぬという気合で、みっちりと溢れる。

そもそもガリマール社の "Découverte Gallimard" という叢書自体を先ず強力に褒めておく。創元社が「知の再発見」という邦訳叢書として出しているが、白水社クセジュ文庫と同じで、ピラミッドの秘密だ、シェイクスピアだの俗受けするものから訳されていくわけで、クセジュでいえば『イリュージョン』、「知の再発見」でいえばこの『マニエリスム』あたり、なかなか日本語で読めないだろうゲリラ的名著である。

フランス語ではあるが、分量の三分の二が貴重なカラー図版。おまけに、この叢書一般の特徴だが、巻末の付録が、ブリガンティやパノフスキーのマニエリスム論のさわり、パゾリーニ映画マニエリスム論など素晴らしいの一語。そして、1980年以降すっかりなりをひそめている本邦マニエリスム研究の盲点を補ってくれる、2000年以降の研究文献の一覧表が、ううむ。旱天の慈雨。

安い。美しい。いっそ珍奇な図版を見ながら、この際、フランス語の勉強の材料にしたら。

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