• 愛読者諸兄諸姉。週2回(火・金)ということで2007年5月にスタートしたぼくの書評ですが、近々100回目を迎えるところで一応決着ということにさせていただきます。

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  • 高山宏の読んで生き、書いて死ぬ
    ―ぼくの中に貪婪の書評魔が帰ってきた―

    かつては一日に一冊読んだ。そして気に入ったものがあれば諸誌紙に週二、三冊は書評を載せてもらっていた。書評に名を借りた論文というスタイルで、よくものを書いた。読みについても魔と呼ばれ巧者と言われ、達人の名をたまわった。十年も前のことである。 長い長い中断が入った。

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  • 紀伊國屋創業80年記念・連続セミナー“9 days talk live”
    「学魔・高山宏、知の系譜と人文科学の未来を語る」
    2007/9/8(土) 13:00~15:40 新宿・紀伊國屋ホール
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2007年05月22日

Evans, R. J. W. & Marr, Alexander (eds.), "Curiosity and Wonder from the Renaissance to the Enlightenment"(Ashgate, 2006)

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「驚異の部屋」の新歴史学

先回、マニエリスム本の紹介にかこつけて「澁澤龍彦の驚異の部屋」展の話をした。建石修志はじめ澁澤狂いでは人後に落ちないと号する異才アーティストが、いかにも澁澤世界というイメージ・オブジェの競演をした。

「驚異の部屋」の存在を、我々はまず澁澤の異端文化・文学研究のマニフェスト、『夢の宇宙誌』(1964)で知り、澁澤夫人・故矢川澄子と盟友種村季弘共訳のホッケ『迷宮としての世界』邦訳(1966)で知り、実はあまたあった16世紀末の驚異の部屋中、最強のものであった神聖ローマ帝国皇帝ルドルフ2世のプラハ宮廷の、国庫を傾けての珍獣奇物の蒐集ぶりを初めて知って唖然とした。

ホッケの言葉によると、「世界を遊びの相の下に」見る政治もあり得たのか、と驚いた。我々は政治を主に政治力学としてしかみないが、世界を魔術的に統一しようとする見果てぬ夢があり得た。「日出処の天子」神話がいきなり西欧近代の入口に生きていたことに感動した。薔薇十字神秘主義やフリーメイソンとレアルポリティックスの関係の入口にルドルフ2世はいた。近くはオウム真理教の挙が記憶になお生ま生ましい。

ルドルフは珍物を蒐め、奇才異能を集め、集められたジュゼッペ・アルチンボルドはアルチンボルデスクと呼ばれる諸物総合による寄せ絵肖像で、この変った文化自体の肖像を残したと言える。ばらばらな世界に直面した人間の「原‐身振り」としての異様な蒐集癖として、ホッケは歴史のあちこちにマニエリスム現象をさぐりあてるための指標ということで「驚異の部屋」の存在を使った。

ホッケもそうだが、第一次世界大戦直後のドイツと東中欧、第二次世界大戦直後のドイツ、東中欧がマニエリスム研究の高頂期だったことは絶対偶然ではない。「なによりだめ」になったドイツが戦後荒廃から立ち直るために負を正に転換する支えとして、マニエリスム理論は熱く機能した。それを少しクールにやり始めたのが意外と英語圏で、顕著なのは、1973年、新進気鋭を絵に描いたような歴史学者 R. J. W. エヴァンズの 『ルドルフ2世とその世界』、邦訳 『魔術の帝国―ルドルフ二世とその世界』(現在ちくま学芸文庫 〈上〉〈下〉)と、1981年、Oliver Impey and Arthur MacGregor, "The Origins of Museums" であった。

人や物の動きの具体的データに即して、文化史(Kulturgeschichte)というどちらかというと理屈先行に陥りがちな新しい歴史学のめざましい先行例となった前者、「驚異の部屋」が16世紀末からいかにヨーロッパ全体にわたるものだったか、国別に総覧した後者。ドイツ語だのハンガリー語だのが不自由で歯ぎしりしていた身にはまさしく旱天の慈雨。こうしてマニエリスムが、「驚異」が学の、社会学や歴史学の対象になり得ることがわかり、澁澤マニアのお耽美愛好趣味から離陸した。

いうまでもないが、これに1991年、またしても英語圏からスティーヴン・グリーンブラッドの"Marvelous Possessions : The Wonder of the New World" (1991;Hardcover1992;Paperback/邦訳『驚異と占有』)が追いうちをかけ、驚くべき奇物珍鳥を見てヨーロッパ人が感じた快感や美意識が実は中南米古文化のスペイン人による略奪品のうんだものと断じて、お耽美マニエリスム・ファンは一挙に「新歴史派」のにわか歴史学者に転じて、今にいたっている。

今日のミュージアムは、そうやって16世紀末に驚異博物室(Wunderkammer, cabinet of wonder, chambre de merveille)と呼ばれていた施設が18世紀半ばに公的管理の啓蒙空間に化けて出来上ってきたものである。その変化で喪われたものが「驚異」の念ということになると、マニエリスムの歴史学、好奇心の社会学が、ミューゼオロジー、即ち蒐集と展示の記号論に興味をもたざるを得ない。1887年あたり、「アルチンボルド効果」展、「メドゥーサの魔術」展に端を発して5年ほど頻発した大企画展の過半がマニエリスム関連であった異様現象を説明できたのは、残念、ぼくひとり。

さて、そんなぼくの今回お勧めの一冊。先にあげた R. J. W. エヴァンズがインピー、マグレガーの役どころを演じることになった、"Curiosity and Wonder from the Renaissance to the Enlightenment"(2006)である。汎欧的に生じたアーリーモダンの「驚異の部屋」を、しかも単に総覧ではなく、各論者好みの着眼で追うので、読み物としても楽しい。

相変らず独墺圏のマニエリスム研究は凄いが、ほとんど紹介されない。イタリア語圏は全然来ない。フランス語圏はダニエル・アラス一人気を吐いていたが、物故。『モナリザの秘密』(白水社) に片鱗の伺えるアラス肝心の『デタイユ』 と 『マニエリスム』 は先の話。そこが英語で一挙に埋められる。上に述べたマニエリスム研究の展望が得られる上に、我々の見失った1980年代以降の研究状況が根こそぎ整理されていて、有難い。

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