• 愛読者諸兄諸姉。週2回(火・金)ということで2007年5月にスタートしたぼくの書評ですが、近々100回目を迎えるところで一応決着ということにさせていただきます。

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  • 高山宏の読んで生き、書いて死ぬ
    ―ぼくの中に貪婪の書評魔が帰ってきた―

    かつては一日に一冊読んだ。そして気に入ったものがあれば諸誌紙に週二、三冊は書評を載せてもらっていた。書評に名を借りた論文というスタイルで、よくものを書いた。読みについても魔と呼ばれ巧者と言われ、達人の名をたまわった。十年も前のことである。 長い長い中断が入った。

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  • 紀伊國屋創業80年記念・連続セミナー“9 days talk live”
    「学魔・高山宏、知の系譜と人文科学の未来を語る」
    2007/9/8(土) 13:00~15:40 新宿・紀伊國屋ホール
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2007年05月29日

『はじまりの物語-デザインの視線』松田行正(紀伊國屋書店)

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「図説」文化史はどうしてこんなに面白い

ぼく自身、一時自分でつくって自分ではまってしまった、たとえばヴィジュアル・エッセーとでも名づけられる文化史エッセーの理想的な完成形を、気鋭のデザイナー、松田行正氏が前著『眼の冒険-デザインの道具箱』(紀伊國屋書店、2005)に引き続き、続行中という一冊である。

斬新な文化史的主張がもの凄い量のヴィジュアルに助けられて一段と説得力を増すというタイプの批評で、活字中心の冊子メディアがそろそろ本格的にデジタル化の大波に洗われだし、かつ文化の全面で「言語中心主義」の制度疲労を縫ってヴィジュアルな説得力が言われだしたタイミングで、松岡正剛+杉浦康平『全宇宙誌』(1979)を突破口に、ヴィジュアル感覚、本そのものを内容に見合う形に「マッチング」させるデザイン感覚の本や雑誌が一杯出てくるようになった。

創元社「知の再発見」双書の元になっているガリマール社の「デクーヴェルト・ガリマール」(Découverte Gallimard)叢書が、いかにもという主題、意表突く題名で次々出してくるポケット本などが、この内容、この厖大な図版でこの安さというすばらしさで、こういう動向のモデルとなってきたが、絵が字の内容を説明する補助の地位に甘んじている状態は、一部例外(本書評ブログで一番初めに取りあげたファルギュイエールの『マニエリスム』等)を除いて、案外旧態依然である。もっとも、現在早500点になんなんとするデクーヴェルト(Découverte)叢書全巻を揃えることを勧めてはおきたい。かつての平凡社「イメージの博物誌」叢書同様、ヴィジュアルの知的活用、先回紹介のダニエル・アラス流に言えば「思考する絵画」の一挙集積ということで、これ以上のものは他にないからである。

ぼく自身、この種のヴィジュアルで見る文化史という感覚の著者たちに実験の場を開くことになる編集者、山内直樹氏宰領のポーラ文化研究所の季刊誌『is』(36~49号50~69号70~88号)で、ヴィジュアル・エッセーが一ジャンルとして可能かどうかの実験を繰り返し、たとえばぼく自身、文化史としては極限的と自負する『テクスト世紀末』(1992)がその成果である。

きっかけは『is』リニューアルに際しての食卓というテーマの原稿依頼だった。テーブルという語はタイムテーブル(時刻表)というように元々図表・図示という意味なのが、どこからか家具の「卓」になっていく、それが文化にどう反映されていくかというアイディアを形にしようとすれば、テーマ上、厖大なヴィジュアル(まさしくタブロー[絵]としてのテーブル)を結集せざるをえず、いきなり自己言及性をめいっぱい抱えこんだ論と紙面構成にならざるをえなかった。ちょうど文学を広く文化の中で捉え直さなければ旧套な文学研究では早晩行き詰まると感じて、たとえばいわゆる美術史に色目をつかいだしていた1985年に、いきなりテーブル論の原稿依頼は、だからぼくにとって結構決定的だった。ぼくが一時的に集中したもの狂いじみた『終末のオルガノン』『痙攣する地獄』、(目次案のみで未完に終った)『エキセントリック・アイズ』(いずれも作品社)は、本を内容と形式のマッチングのアートとみるデザイン感覚がない素人が、それなりに一生懸命工夫したヴィジュアル・エッセーの集積なので、今見ても懐かしい。

それが松田行正氏は、まさしくばりばりのデザイナーである。ぼくが『表象の芸術工学』(工作舎、2002)で、こういう学殖あるデザイナーがいれば嬉しいねという話を、まさにその世界の大先達、杉浦康平氏の肝煎りでした"pictor ductus" [学ある画家] の理想形を松田行正が実現した。

「物質が集まってできている本という夢想によって本はオブジェとなる」と言い切る真のブック・デザイナーが満を持して出す「本」が、それ自体「レディメード」のアートでないわけがない。本というありふれた一物を見慣れないものに変えて、読む者につまりは見方が変れば斬新でないものは何もないということを告げる「オブジェ」、「レディメイド」として、松田氏の「本」は差しだされている。(何といってもカラー図版の発色にびっくりさせられる。)

実に魅力的な目次だ。対(つい)、速度、遠近法、縦か横か、グリッド、螺旋、反転、直線、混淆、聴覚の視覚化・・・と、一章で一冊のできそうな大テーマの連続。「混ぜる文化」の章なら、新聞・ポスターがそうだという話から「貼る」アート、マニエリスム、スーラ、パピエ・コレ、モンタージュ、大竹伸朗のコラージュ日記と、連想から連想への疾走感が驚異的だ。「ラインと連続」では直線と鉄道敷設の類推から、鉄道の疾走感とタイプライターの文字打ち感覚が似、何故武器会社レミントンがタイプライターを扱ったかという驚くべきヒントを出す。全巻こういうヒントの固まりで、読んで一向飽きない。

いま人文科学が実は一番必要としている「あえて広く浅く」の滑空感、疾走感は、こういうジャンルの草分け、『空間の神話学』等の海野弘氏にそうやって連なりながら、最後は「レディメイド」「デフォルメ」「オブジェ」という自己言及する本というデザイナーなればの三章でしめるあたりの計算にもうならされる。文字・活字・版型といった松田氏専門の領域の話題は流石に年季が入っている。

中沢新一氏の「芸術人類学」から、環境考古学、児童心理学、あらゆる分野を結集しようとしている「今の美術史」のモデルにもなりえているし、洞窟画からナチ美術まで、美術史の問題的時代を網羅する結果になっているのは流石という他ない。若い覇気の必要なジャンルだ。ぼくも松田氏に刺激されて、季刊誌『アイデア』に再び試みたが、挫折。旬のものの輝きにはかなうはずがない。気鋭にも「飽きる」時が来るのだろうか。

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2007年05月25日

『モナリザの秘密-絵画をめぐる25章』ダニエル・アラス[著]吉田典子[訳](白水社)

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21世紀という16世紀をこそ

イタリア美術史の世界がアダルジーザ・ルーリ(1946-95)に次いで、その最良の部分をダニエル・アラスの死によって失ってしまったということだろう(1944-2003)。というか、20世紀後半のフランス美術史界がその最良の部分を、というべきかもしれない。その年代の秀才にはありうることとはいえ、アンドレ・シャステルからルイ・マランへ論文指導教官を替え、ピエール・フランカステルの『絵画と社会』(1965)とフランセス・イエイツ『記憶術』(1966)に決定的刻印を受け、ユベール・ダミッシュを友とし、マイケル・フリードを耽読するという履歴からして、人文科学の中心に美術史がなり、諸批評百家争鳴の成果を美術史そのものが吸収して実に豊かなものになっていったプロセスを、ほぼ一身に体現している。

この半世紀に特異な16世紀美術史最大のテーマ――マニエリスム――の復権ということでも、パトリック・モリエスと並ぶ大きな存在だったし、これだけ面白くわからせながら背後に想像を絶する教養を感じさせる点では、シャステルの『ルネサンスの危機』(邦訳:平凡社)、ジャン・クレイの『ロマン派』(邦訳:中央公論新社) 『印象派』(邦訳:中央公論新社)以来の超の付く名作が、このアラスの『細部-近接美学史のために』(1992)である。イヴ・ボンヌフォワ監修「観念と思考」叢書に入って、バルトルシャイティスの「逸脱の遠近法」三冊とともに、この叢書の名を一段と高からしめた。「細部」と「絵画の縁」に注がれるほとんど偏執狂的な目は、確かに唯一、バルトルシャイティスに似ている。改めて物故が口惜しい。

似ているといえば、今回作『モナリザの秘密』は、元々ラジオの連続講話ということもあって、ジョン・バージャーのBBC連続レクチャー『ものの見方』邦訳『イメージ』)によく似ている。アカデミーから出たことのない美術史家一統のたわごとを信じず、「自ら直接の対峙」をと呼びかけた上、それを実践してみせ、結果として美術体験の最良のガイドにもなっている。本の真中にあって前半後半を分ける「盗まれた博士論文」の章をみて、元々「文学畑」のアラスが美術史は「独学」であるが故、「美術史の王道から少しはずれたところにあるもの」に関心が向くようになったとあって、一切非常に納得がいった。

学問的には実感派で歴史考証にうるさく、パノフスキーの遠近法批判、フーコーの「ラス・メニーナス」論批判、アルパース『描写の芸術』批判など、実にまともな批判で、シャステルやフランカステルの良きアカデミーの感覚もしたたかに持っている。その上での「王道はずれ」であるから、そこいらの素人の思いつき「だれでもピカソ」遊戯とは全然ちがう。「新しい美術史学がそっくり」うみ出される。

白眉は前半の8章分を使った遠近法論である。遠近法の意味の間断ない変化、本場15世紀のフィレンツェにおいてさえ「またたくまに時代おくれ」になった事実を知れとか、「騒乱を起こさない」遠近法がのっけから孕んだ政治的役割(「チョンピの乱」)を忘れるな、とかとか、語り尽くされたかと思える遠近法になおこれだけ知られざる重要側面があったかと驚く話題の連続である。遠近法について一種観念の地殻変動を起こさせたということではサイファーの『文学とテクノロジー』以来といってよいかと思う。

圧巻は、遠近法と「受胎告知」主題の必然的な結び付きを指摘し、アラス偏愛のアンブロージョ・ロレンツェッティやフランチェスコ・デル・コッサの受胎告知画の空間構成や、天使のする「ヒッチハイカー」の手振り、画面前縁を這う巨大カタツムリといった細部を克明に分析し続けていく数章で、素人をいきなり美術史の核部分にむんずと引きこんでいく面白さは、帯にいささか陳腐な「推理小説を読むような」スピードと興奮がある。「形象化できないものが形象のなかに、無限が尺度のなかにやって来ること、それがすなわち<受胎告知>における<受肉>である」として、「遠近法は<受肉>を表象/再現することはできないけれども、<受肉>の神秘を例証するような遠近法の乱れによって、内的な逸脱によって、不均衡によって、<測定不可能性>によって、それに形を与えることができる」という逆説が答である、とする。門や柱、あるいは建築そのものがキリストや聖母の寓意であることに着眼する受肉教義と遠近法の交叉の分析は、"contemplate"(凝視)の中に "temple"(神殿)があることの深い意味をさぐる結論に至る。虚空(riem)が物(res)に淵源するという着眼といい、眩惑的に深い。『襞』 同様で、原文見たい。

とにかく細部に徹する。そこに新発見があって驚くことで出来上る「一種絵画のミクロ歴史学」を、アラスは「近接性(proximité)」の絵画史」と呼ぶ。こうやって微視で迫っても、2007年最大の話題作、山本義隆『十六世紀文化革命』(〈1〉〈2〉、みすず書房)のように巨視で迫っても、16世紀は面白い。全てが今、マニエリスムを指向し始めたようで痛快である。

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2007年05月22日

Evans, R. J. W. & Marr, Alexander (eds.), "Curiosity and Wonder from the Renaissance to the Enlightenment"(Ashgate, 2006)

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「驚異の部屋」の新歴史学

先回、マニエリスム本の紹介にかこつけて「澁澤龍彦の驚異の部屋」展の話をした。建石修志はじめ澁澤狂いでは人後に落ちないと号する異才アーティストが、いかにも澁澤世界というイメージ・オブジェの競演をした。

「驚異の部屋」の存在を、我々はまず澁澤の異端文化・文学研究のマニフェスト、『夢の宇宙誌』(1964)で知り、澁澤夫人・故矢川澄子と盟友種村季弘共訳のホッケ『迷宮としての世界』邦訳(1966)で知り、実はあまたあった16世紀末の驚異の部屋中、最強のものであった神聖ローマ帝国皇帝ルドルフ2世のプラハ宮廷の、国庫を傾けての珍獣奇物の蒐集ぶりを初めて知って唖然とした。

ホッケの言葉によると、「世界を遊びの相の下に」見る政治もあり得たのか、と驚いた。我々は政治を主に政治力学としてしかみないが、世界を魔術的に統一しようとする見果てぬ夢があり得た。「日出処の天子」神話がいきなり西欧近代の入口に生きていたことに感動した。薔薇十字神秘主義やフリーメイソンとレアルポリティックスの関係の入口にルドルフ2世はいた。近くはオウム真理教の挙が記憶になお生ま生ましい。

ルドルフは珍物を蒐め、奇才異能を集め、集められたジュゼッペ・アルチンボルドはアルチンボルデスクと呼ばれる諸物総合による寄せ絵肖像で、この変った文化自体の肖像を残したと言える。ばらばらな世界に直面した人間の「原‐身振り」としての異様な蒐集癖として、ホッケは歴史のあちこちにマニエリスム現象をさぐりあてるための指標ということで「驚異の部屋」の存在を使った。

ホッケもそうだが、第一次世界大戦直後のドイツと東中欧、第二次世界大戦直後のドイツ、東中欧がマニエリスム研究の高頂期だったことは絶対偶然ではない。「なによりだめ」になったドイツが戦後荒廃から立ち直るために負を正に転換する支えとして、マニエリスム理論は熱く機能した。それを少しクールにやり始めたのが意外と英語圏で、顕著なのは、1973年、新進気鋭を絵に描いたような歴史学者 R. J. W. エヴァンズの 『ルドルフ2世とその世界』、邦訳 『魔術の帝国―ルドルフ二世とその世界』(現在ちくま学芸文庫 〈上〉〈下〉)と、1981年、Oliver Impey and Arthur MacGregor, "The Origins of Museums" であった。

人や物の動きの具体的データに即して、文化史(Kulturgeschichte)というどちらかというと理屈先行に陥りがちな新しい歴史学のめざましい先行例となった前者、「驚異の部屋」が16世紀末からいかにヨーロッパ全体にわたるものだったか、国別に総覧した後者。ドイツ語だのハンガリー語だのが不自由で歯ぎしりしていた身にはまさしく旱天の慈雨。こうしてマニエリスムが、「驚異」が学の、社会学や歴史学の対象になり得ることがわかり、澁澤マニアのお耽美愛好趣味から離陸した。

いうまでもないが、これに1991年、またしても英語圏からスティーヴン・グリーンブラッドの"Marvelous Possessions : The Wonder of the New World" (1991;Hardcover1992;Paperback/邦訳『驚異と占有』)が追いうちをかけ、驚くべき奇物珍鳥を見てヨーロッパ人が感じた快感や美意識が実は中南米古文化のスペイン人による略奪品のうんだものと断じて、お耽美マニエリスム・ファンは一挙に「新歴史派」のにわか歴史学者に転じて、今にいたっている。

今日のミュージアムは、そうやって16世紀末に驚異博物室(Wunderkammer, cabinet of wonder, chambre de merveille)と呼ばれていた施設が18世紀半ばに公的管理の啓蒙空間に化けて出来上ってきたものである。その変化で喪われたものが「驚異」の念ということになると、マニエリスムの歴史学、好奇心の社会学が、ミューゼオロジー、即ち蒐集と展示の記号論に興味をもたざるを得ない。1887年あたり、「アルチンボルド効果」展、「メドゥーサの魔術」展に端を発して5年ほど頻発した大企画展の過半がマニエリスム関連であった異様現象を説明できたのは、残念、ぼくひとり。

さて、そんなぼくの今回お勧めの一冊。先にあげた R. J. W. エヴァンズがインピー、マグレガーの役どころを演じることになった、"Curiosity and Wonder from the Renaissance to the Enlightenment"(2006)である。汎欧的に生じたアーリーモダンの「驚異の部屋」を、しかも単に総覧ではなく、各論者好みの着眼で追うので、読み物としても楽しい。

相変らず独墺圏のマニエリスム研究は凄いが、ほとんど紹介されない。イタリア語圏は全然来ない。フランス語圏はダニエル・アラス一人気を吐いていたが、物故。『モナリザの秘密』(白水社) に片鱗の伺えるアラス肝心の『デタイユ』 と 『マニエリスム』 は先の話。そこが英語で一挙に埋められる。上に述べたマニエリスム研究の展望が得られる上に、我々の見失った1980年代以降の研究状況が根こそぎ整理されていて、有難い。

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2007年05月18日

Falguières, Patricia, "Le maniérisme; Une avant-garde au XVIe siècle" (Gallimard, 2004)

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マニエリスム最強の入門書

今年2007年は、1957年から数えて50年目。だから、A.ブルトン『魔術的芸術』刊行50周年とか、N.フライ『批評の解剖』50周年とか、あって悪くないが、そういうセンスある世の中とも思えないが、G・ルネ・ホッケ『迷宮としての世界』50周年は是非祝いたい。

マニエリスムが美術史で、16世紀末のある時期の世界危機に対応する芸術を指した概念というにすまず、超越的な倫理が見失われて(「神の死」)、地上が欲望と戦争に溢れた(「地獄の世俗化」)、時にはいつでも繰り返される常数として、マニエリスムは今現在の東京にだって存在するという捉え方がされるようになった。そういう新しい倒錯芸術観をホッケが代表した。何かが狂っている、何かがズレていると、たちまちマニエリスムではないかというので、一寸変わった文化現象を何でもマニエリスムと呼ぶことになりかねず、たとえばザビーネ・ロスバッハの『現代マニエリスム』(2005)等、面白いが、はっきりそういう膨満傾向にある。

ただいわゆる美術ばかりか、絶望を理性で抑えこもうという「冷えた熱狂」というのなら、たとえば機械への強烈な関心だってマニエリスムだ、とホッケは言い、コンピュータやオートメーションの現代をマニエリスムと呼びうる根拠を『迷宮としての世界』で探る。こうした21世紀向きの斬新な感覚を、しかもきちんと16世紀末にのみ見出そうとした、旧美術史も文句を言えず、しかも新しいマニエリスム感覚にも合う本は、澁澤・種村の究極のネタ本、ジャック・ブースケの『マニエリスム美術』(1964。仏語未訳)とエウジェニオ・バッティスティの『アンチ・リナシメント』(1962)のみ。危機を前に異様に繁茂していく機械と蒐集趣味を前面に出して、レオナルドやパルミジャニーノの絵を期待してページを繰る読者をアッといわせた。

『ダ・ヴィンチ・コード』ベストセラーに『受胎告知』来日で一挙盛り上がったレオナルドの、理系・工学系人間としての大きな側面。しかし一人彼のみの問題でなく、16世紀マニエリスト達全体の問題だった。宗教改革や「永遠のローマ」崩壊の危機を人々は過激に知性を使って生き延びようとする。そこでは理系も文系もない。絵だって完全に理系のものであり、遠近法もアナモルフォーズも技術者の計算の産物だった。そういう危機の生む新観念発明の頭脳の働き方をインゲニウム(ingenium)と称した。今でいうエンジニアの語源でもある。

面白い世界だし、変わった材料を用いての説得だからヴィジュアル的になる、ブースケの本もバッティスティの大著も面白い挿絵に溢れるが、いかんせん高価だし、第一、現在入手不可能。というところに天の恵み。それが、Patricia Falguières, "Le maniérisme; Une avant-garde au XVIe siècle"(Gallimard, 2004)である。マニエリスム研究はテーマを「驚異の部屋」(最近「澁澤龍彦の驚異の部屋」展あり、久しぶりにこの懐かしい言葉を耳にした)に絞ってやっていたアダルジーザ・ルーリを希望の星にしていたが、新千年紀直前に急逝。その跡を継ぐかと期待されているのが、そのものズバリの Les chambres des Merveilles(Bayard, 2003)を出したパトリシア・ファルギュイエール女史である。とかげのエナメル細工でマニエリスム洞窟美術を代表した陶工ベルナール・パリッシー等の研究あり。

そのファルギュイエールがガリマールの「知の再発見」叢書の求めに応じて書き、図版構成したのが、問題の『マニエリスム』。叢書番号457。パルミジャニーノの雅な絵もあれば、怪物庭園ボマルツォの絵もあり、ヴンダーカンマーもあるし、「機械の劇場」もある。小冊ながら各ページ、スキラ社と覇を競う美しさのカラー印刷のIME社の図版が少しの隙間も許さぬという気合で、みっちりと溢れる。

そもそもガリマール社の "Découverte Gallimard" という叢書自体を先ず強力に褒めておく。創元社が「知の再発見」という邦訳叢書として出しているが、白水社クセジュ文庫と同じで、ピラミッドの秘密だ、シェイクスピアだの俗受けするものから訳されていくわけで、クセジュでいえば『イリュージョン』、「知の再発見」でいえばこの『マニエリスム』あたり、なかなか日本語で読めないだろうゲリラ的名著である。

フランス語ではあるが、分量の三分の二が貴重なカラー図版。おまけに、この叢書一般の特徴だが、巻末の付録が、ブリガンティやパノフスキーのマニエリスム論のさわり、パゾリーニ映画マニエリスム論など素晴らしいの一語。そして、1980年以降すっかりなりをひそめている本邦マニエリスム研究の盲点を補ってくれる、2000年以降の研究文献の一覧表が、ううむ。旱天の慈雨。

安い。美しい。いっそ珍奇な図版を見ながら、この際、フランス語の勉強の材料にしたら。

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