« 2010年10月 | メイン | 2011年01月 »

2010年11月04日

『「科学技術大国」中国の真実』伊佐 進一【著】(講談社現代新書)

「科学技術大国」中国の真実 →bookwebで購入

「客観的な目でみた中国の科学技術開発と、日本との関係」

日本はいずれ中国に追い越されそうだ、という焦燥感が、今の日本には蔓延している。その懸念にはある程度妥当な側面もあれば、単に隣の芝生を青く見ているだけの側面もあるだろう。
本書は、科学技術担当の一等書記官として三年間、北京の日本大使館に勤務した著者が、発展めざましい中国の科学技術について、何が優れており、またどこに問題があるのかを、客観的な筆致で網羅的に分析した本である。
近年の新書の傾向と異なり、はっきりした専門のある著者が、一般にはほとんど知られていない科学技術、および中国におけるその発展の進行について、いわばマニアックに記述していく本である。しかし読み進めるうちに、日々新聞やニュースで目にする情報の裏側が透けて見えるようになるという知的興奮が味わえる。

たとえば本書出版後のつい先日、10月29日の新聞各紙では、中国産のスーパーコンピュータが世界最速の演算速度を記録したというニュースが流れた。
本書によれば、実はしばらく前から中国製スパコンの演算速度は日本を追い越し、ペタフロップス級のスパコンの製造能力をアメリカに次いで二番目に手にしたとされていた。
ところが、スパコンの演算速度には「理論値」と「実効速度」があり、前者を上げることはそれほど難しくない。紙面で取り上げられているランキングの数値は理論値の方であり、それだけ見れば確かに中国は米国に次ぐ位置をすでに占めている。
しかし本書執筆時に中国製一位だったスパコンの実効性比率(実行速度÷理論値×100)は45%ほどだった。ランクインしている他国のスパコンの実効性比率は80%前後であり、日本製のそれは95%ほどだった。
これは、中国製スパコンの演算速度の速さに、実質的な意味も目立った技術革新もあまりないこと、他方で日本製スパコンは高い技術で綿密に設計されていることを示す。よってこの分野では、日本が中国に脅威を感じる必然性はあまりない。むしろ中国側が無意味なランキングにこだわりすぎであるとされる。(179-182)

もちろん、これと逆パターンの事例も数多くある。
総じて、研究者という人材を大量に投入する必要のある「研究者集約型」の分野において、中国は確かに世界のトップランナーとなりつつある。高温超伝導技術や、バイオのiPS細胞研究などがそれにあたる。
こうした分野では、核となる技術的発見がたとえ日本で行われたものだとしても、幅広いその応用的研究が「研究者集約型」であるため、科学的業績としても技術開発としても、中国にどんどん水をあけられてしまうことになる。こうした点において、日本側はむしろもっと危機感をおぼえるべきであるとされる。

著者の基本認識は、ことほどさように日本と中国は得意分野をまったく異にしているものであり、いたずらに焦燥したり敵視したり、あるいは羨望したりしても仕方がない、というものである。現状認識と分業関係をしっかり整理した上で、日中関係をwin-winの関係として構築することが重要である。

今現在、日本の方が中国に対しほとんどの科学技術分野で圧倒的に優位であることは間違いがない。しかし日本側は、科学技術投資が頭打ちとなっており、人口減少時代に入る中では研究者人材の確保もままならない。つまり「投資と人」が不足している。これにより新しい科学技術を産業化することができないでいる。
それに対し中国は、強権性と紙一重の、政府主導で資源を配分できるというお国柄ゆえ、科学技術に積極的で多大な投資を行い、その額は年々増加している。そして人材量が豊富であることは論をまたない。

日本の先端的な科学技術を中国に提供する代わりに、あちらからの投資と人を呼び寄せる。それこそが著者の考える日中の科学技術協力のあるべき姿である。そうすれば先の「研究者集約型」の分野などにおいて、日本にも多大な利益があるはずだ。実は欧米諸国は、同じような考えのもと、中国の大学や研究機関と次々に連携関係を築いており、やや日本は遅れを取っている状況であるという。

中国では、年率20%で研究開発投資が増加している。6-7割が企業、3割が政府からの資金であるが、それがともに高い伸び率を示している(72)。
しかし問題もある。第一に、こうした投資により、研究インフラのハード側面(機材など)の整備が進んでいるのと裏腹に、ソフトインフラ(使用法の解説者など)の整備が遅れており、高価な機材が有閑状態にあること。
第二に、資金の管理・運用面のマネジメントなどの問題。
第三に、短期に収益が見込める応用分野に集中し、基礎研究への投資が極めて少ないこと。かつて日本はこのためにアメリカなどから批判されたが、当時の日本のさらに三分の一ほどの比率に留まっている。これではイノベーション型国家が実現することはない。
こうした中国の抱える課題・問題点は、特に第一の側面において、まるで日本と正反対である(研究者は優秀だが施設が老朽化しているなど)という。

こうした、中国の科学技術開発の現状を概観する部分に続き、宇宙、ライフサイエンス、ハイテクといった個別分野の解説をするパートが続く。詳細は本文を参照して頂きたいが、冒頭に述べたような細かい発見を読者はたくさん見つけるだろう。
ライフサイエンスについては、政府の手厚い保護を受けた(よって本当の意味でそうとはいえないかもしれない)ベンチャー企業が大きな役割を果たしている。
またIT・コンピュータ分野においては、中関村に位置する企業と、その近くの一流大学の大学発ベンチャーとの産学連携が進んでおり、この点では日本をはるかに凌駕しているという。

しかし中国のやり方にも問題はたくさんある。総じて、「創新」というのが国を挙げてのスローガンの一つとなっている中、イノベーションマインドの養成に失敗していることである。
特に「ハイテク」企業は、ほとんど「組立型」モデルであり、先進国から部品を買うことを前提にしており、自ら先端的な部品を製造する能力がない。これは開発コストを負担しないまま大きな利潤を上げるモデルであるが、本当の意味での研究開発やイノベーションにはつながらないだろうという(166)。
また、産学官の役割分担・協力関係がやや行きすぎている。技術開発に対する大きな政府介入は日本と異なる点である。公的研究機関や大学と企業が、研究開発プロジェクトを立ち上げ、研究成果を連携関係によってもらいうけた企業が産業化・製品化を行う。
しかしこのモデルは、基礎・応用研究を研究機関や大学が行い、企業はそれを商品化するという役割を固定化させてしまい、企業の研究開発能力アップにはつながらない(170)。これが企業のイノベーションマインドを阻害させている側面も否めないという。
さらに、研究開発への意識は、知財保護意識がなければ高まることはない。しばしば指摘されるこの問題については、2001年の特許法改正など、この点においては政策的にも、中国人の意識としても、改善の方向に向かっているという。

他にも、深刻な各種の問題が存在する。機関ごとのメンツ争い(冒頭に述べたスパコンの無意味な記録更新などもその例とされる)による不合理。同じく政治的な闘争による客観的な判断の歪曲。現在の中国の最優先課題が「国家の安定」にある限り学問・研究の自由に対する政治的干渉が避けられないこと。論文偽造などの不正や汚職の横行、など。

こうした、中国の優位性と問題点の双方を踏まえると、日本が技術開発において中国と連携を深める必然性と、その際に留意するべき点が見えてくるという。
日本は高い技術力を持っている。しかし日本の独自な制度や慣習、および相対的に高い国民所得を前提とした「ガラパゴス的」な技術となっているのも否定できない。そのため、中国をはじめとする途上国市場では、日本製よりも性能は低くても廉価であるサムスンなどの追撃を許した。
しかし日本企業がサムスンの真似をする必要はない。中国でも富裕層が増えている現在では、むしろ高い技術力というブランドイメージを保持する方が良い。

必要なのは、市場調査・分析により、中国で本当に必要とされているのはどういう技術なのかという「市場ニーズ」を把握することである。
現状はこれが極めて不十分である。実は環境分野をはじめとして、中国側が喉から手が出るほど欲しがっている「市場ニーズ」は少なくない。日本の技術力を過信し高額の最高水準の技術を提供しようとするのではなく、「市場ニーズ」を踏まえた価格と技術レベルのバランス感覚さえあれば、日本側は十分にこれに応えられるという。

この点は、中国という巨大市場における「標準化」競争をどう戦うかという戦略とも関わってくる。
日本は高い技術力を持ちながらも、この「標準化」で成功を収めることができないできた。「標準化」された市場とは、均一化されたものを低価格で製造するというコスト競争の市場であり、特に中国においては中国企業の独壇場になってしまい得る。よって、標準化のため公開する技術と、秘匿化しておくコア技術の峻別が必要になる。

筆者の個人的な感慨だが、経済的な側面における中国に関しては、実態以上のやや幻想めいた期待と、頭からこれを否定し不要論・脅威論を唱える議論の、両極端に分化しがちなのではないだろうか。
本書は科学技術を切り口に、豊富な背景知識をもちながら現場をもよく知る著者が、ごく客観的な姿勢で現状分析を行い、それを踏まえた提言を行っている。こうした本が、新書という読まれやすいフォーマットで出版されることには、大きな意義がある。中国や科学技術に関心のある層に、広く手にとって頂きたい一冊である。

→bookwebで購入