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2010年09月24日

『民族はなぜ殺し合うのか―新ナショナリズム6つの旅』マイケル・イグナティエフ【著】 幸田敦子【訳】(河出書房新社 )

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「見聞から導き出すナショナリズムの倫理」

本書は、自身が複雑な民族的出自をもつ著者が、1993年の時点で、民族紛争の激しい地域を取材に訪れ、民族・国家とは何かを問うたルポルタージュである。著者はBBCのテレビドキュメンタリーとして放映された同タイトルの番組レポーターであり、彼自身が書いたその書籍版である。
ナショナリズム研究の分野では、日本でも刊行当時から広く読まれている本で、準古典的な位置づけにあると言ってよいだろう。

著者は、元々歴史学のアカデミシャンだったが、定職を辞してライター・ジャーナリストとなり、文筆活動を行うと同時に世界各地を旅行した。並行して数多くの大学で講師として教壇に立った。その後ハーヴァード大学ケネディ行政大学院にて教鞭を取るが、それを辞して2004年に政界入りし、2009年には中道左派政党・カナダ自由党の党首となった。カナダでは非常に著名なオピニオン・リーダーの一人であると同時に、大物政治家でもあるとのことだ。

本書の後にも、ユーゴにおける民族と国家にまつわる著書が複数あり、2000年代以後にはアメリカの覇権主義やテロについての著書がある。その他にも政治哲学者アイザイア・バーリンの評伝や、フィクションも書いている。

1947年カナダ・トロント生れ。祖父母はウクライナ移民であり、父はロシア生まれ、母はイングランド生れ、自身の教育はアメリカで受け、カナダ・イギリス・フランスで仕事をし、英仏両語に堪能であるらしい。

本書の中では、そんな知性と行動力にあふれた著者が、以下の民族紛争地を訪れている。ヨーロッパ内部の各地は、著者の出生や個人的記憶とも深く関わっている。
その文体は、ナショナリズムについての理論的考察ではなく、紀行文に近い。だが、具体的な見聞を記述した旅行記の中に、現地の複雑な歴史的文脈の説明がエレガントに挿入されており、平易な文章を読んでいくうちに後者も頭に入ってくる構成となっている。
それでもまったくの門外漢には馴染みのない固有名詞なども多いのだが、そこは翻訳者による丁寧な註解が施されている。

1)クロアチアとセルビア
2)ドイツ
3)ウクライナ
4)ケベック
5)クルディスタン(クルド人)
6)北アイルランド

本書が執筆されたのは1993年であり、その後に続いた90年代の激動がまた端緒に入った頃である。たとえば、ユーゴスラビア連邦共和国がまだ現存している。その中のセルビア共和国は、その後ユーゴ連邦大統領となるセルビア民族主義者であり、ユーゴ崩壊後はジェノサイドに対する罪で国際戦犯法廷に召喚される、ミロシェビッチ大統領に率いられている。イラク周辺ではまだ、フセイン大統領の恐怖政治がしかれている。
よって、当然ながら本書によって最新の状況を知ることはできない。しかしながら、先行する過去の文脈を知らなければ現在の状況を知ることも、元来できないはずである。私自身、これらの地域のニュースを散見してきたが、これほど複雑な背景を持つとは知らずに教えられた部分は数多かった。

著者の基本的な認識は、冷戦体制とは米ソ二大超大国による警察権力によって維持されていたものであり、その消滅により、自決権を求める諸民族の決起が起こったというものである。
20世紀ヨーロッパにおける国民国家システムの再編成は三度あり、1918年のベルサイユ条約、1945年のヤルタ会談、そして1989~91年のソ連・東欧社会主義体制崩壊だった。そして最後者が前二者と異なる点は、「帝国」という調停者が存在しなくなっていたことである。アメリカは最後の「帝国」かもしれないが、世界秩序維持というより自国の国益のために権力を行使する存在となっている。
「外からの強い制御が働かなくなったいま、帝国という重しによって抑え込まれてきた恨みつらみが一挙に噴き出し、たがいに襲いかかっていった」(22)。

ユーゴスラヴィアでは、クロアチア人、セルビア人、ボスニアのムスリムが、ユーゴ建国、チトー主義、その後のセルビア民族主義の勃興など、複雑な背景の上で相争っていた。
ドイツでは、自国史への反省からアンチ・ナショナリズムの国と自己定義がなされてきた中で、リベラリストですら「国益」という概念を再定義せねばならぬと論じ始めており、その中でドイツ人失業者と移民労働者の利害対立が深刻化していた。
ウクライナでは、共産主義時代を否定し「ヨーロッパへの復帰」をうたった独立が成し遂げられたものの、経済的にもアイデンティティとしても国の「内実」が問われていた。
ケベックでは、フランス系住民によるカナダからの独立運動が盛り上がっていた。
クルド人地域では、トルコ・シリア・イラン・イラク・アルメニアという国家に囲まれつつ自らの国家を持たない民族の内部で、とりわけトルコとの関係をめぐって、血で血を争う軍事闘争が続いていた。
北アイルランドでは、同じ地域に住みほとんど見分けのつかないカソリックとプロテスタントが、激しい暴力を伴う鋭い対立関係を形成しており、後者の中にはイングランド本国より根強いロイヤリズムへの信仰が温存されていた。

ごく簡単にまとめるとこのようになるが、それぞれの問題をめぐる複雑な歴史的背景と、著者の詩情あふれる文体による描写がおさめられており、ぜひ本文を参照して欲しい。

こうして各地の紛争地域を歩いた著者は、結論として、これらの問題に共通するのは「民族的」ナショナリズムへの固執あるいは回帰ということであるとする。血や伝統といった先天的な属性を頼りとするナショナリズムである。
しばしば独裁や排他主義へ結びつくこれを否定し、民主的な手続きや価値観の共有こそを求心力とする「市民的」ナショナリズムへと再編成しなければならない、と彼は述べる。それは容易ではないだろうが、少なくとも「努力」が必要であるという。

「わたしは今度の旅をリベラリストとして始め、リベラリストとして終えた。が、自由主義文明――人ではなく法による、力ではなく議論による、暴力ではなく和解による統治――とは、ヒトの本性に深く反するものであり、これを達成し維持するには不断の努力で本性を克服するしかないのだと、考えざるをえなくなった」(352)

このナショナリズムの二分法は、古くからよく知られたものである。近年のナショナリズムの理論研究などにおいては、この二分法はすでに「乗り越えられた」という主張が、リベラリストからも「伝統主義者」からもよく唱えられている。しかし果たしてそうなのだろうか。
少なくとも日本およびその周辺国のナショナリズムや民族主義について、「市民的」あるいは「リベラル」なナショナリズムが、真剣に構想されたことなど一度でもあったのだろうか。
「具体的な対処」などありえず、「市民的」ナショナリズムの醸成に向けた「努力」が必要だとしか言いようがない、という著者の率直な感慨に、私もかなりの部分同意する。
また、たとえば「相手を知らないから憎悪するのであり、交流が進めばそれは消える」という妙な俗信があるが、そんなことはないことがよく分かる。民族紛争は、それまで隔てられてきた民族が、共存せざるを得なくなる時にこそ盛り上がるものでもある。その意味で、日本および周辺国とのナショナリズムをめぐる論争は、性善説と性悪説の抽象的な争いを終えて、実質的にはこれから本格化していくものなのではないかと思う。

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