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2010年06月26日

『北京論―10の都市文化案内』松原弘典(リミックスポイント 丸善〔発売〕 )

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「建築家の目で見た北京の都市論」

北京の中心部は、背が低く敷地面積の大きい建物が、地を覆うように建っていて、のっぺりとした印象を与える。また、長安街や環状線などの道幅の広さにも、多くの人が驚かされるだろう。東京やソウルとまったく違う、大陸的な雰囲気を感じる都市である。

本書は、中国で手広く活動する建築家である著者が、建築家ならではの視線で北京を論じた本である。見どころ案内など、ガイドブックの機能を兼ね備えつつ、北京の現代の様相を論じている。場所や地区ではなく、テーマごとに北京の都市としての見どころを紹介し、散策コースのガイドなどもついている。写真・図版も多く挿入されているので、実際に訪れたことのない人でも、独特な雰囲気の一端を感じ取ることができるだろう。

北京はむろん長い歴史をもつ古都であるが、ここが首都として特別な場所になったのは元の時だった。それ以来、範囲や位置をいろいろと変化させながら現在に至っている。こうした中世からの経緯については、たとえば前門の近くにある「北京都市計画展覧館」に行けば、ざっくりとした概要がつかめるだろう。
しかし、新中国成立後の北京の都市開発について、特に日本語で手に入る文献は、それほど多くない。それでも近年、中国に対する関心の高まりを反映してか、すぐれた書物が近年いくつか手に入るようになってきた。順次ここでも紹介できればと思っている。

北京は、新中国成立後も大規模な再開発を繰り返してきた。中国語で都市は「城市」といい、旧城地区とその外を分ける城壁が当然この都市を囲っていた訳だが、50~60年代にほぼすべて取り壊され、地下鉄や環状道路になってしまった。城楼も、一部を残して大部分が取り壊され、今は地名の「~門」にその痕跡を留めるのみである。

私が初めて訪れた2002年と現在を比べてすら、すでに風景がまったく変わってしまい、訪れてもどこがどこだか分からなかった地区が数多く存在する。近年は社会情勢も法制度も大きく変化したが、資本主義と議会制民主主義の国では絶対に実行にできない都市開発が、何度も都市の風景を塗り替えてきた。
本書の著者が言うように、「一般的な都市計画では、道路パターンが決まってから、道路で囲われた区画ごとに建物が挿入されていく。建物だけでなく、その前提となる道路パターンから入れ代わっていることが、ここでの世界の更新をよりドラスティックなものにしている」(37)のである。
かと思えば、著者が「動かない世界」と名付ける、大きな公園や歴史的住宅(歴史上の人物の故居など)、また最近の文化遺産保存に対する意識の高まりにより開発を免れたごく一部の地区など、我々のイメージする現代都市とは違う空間も存在する。こうした多面性を本書は丁寧に紹介していく。

本書で取り上げられており、私の個人的な記憶とも関わる場所をいくつか取り上げてみれば、以下のようになる。

・「国貿」周辺のCBD:大企業・外資企業のオフィス、および各国大使館が多く立地し、外国人と富裕層向けの豪華なショッピングモールなどが立ち並ぶ。

・三里屯:大使館街に隣接しているため古くから外国人向けのバー街として栄え、現在でも外国人比率が最も高い地区。2000年代半ばに大規模開発され、南側に密集していたバーが道路貫通工事ですべて取り壊されるのと同時に、北側には外国の著名な建築家(日本の隈研吾を含む)を集めて作られた大規模商業施設「三里屯ビレッジ」に生まれ変わった。

・后海:中南海の西北、古い人造湖に沿ってこれまた外国人向けのバー街が立ち並んでいる。私が初めて訪れた頃はまだ、岸辺の古い四合院を改装した小さなバーがひっそり並んでいる感じだったが、2000年代半ばに大規模に開発されて、コンクリートの大きな建物にネオンをつけたレストランやバーに変わり、ありきたりな観光地になってしまった。客の呼び込みもしつこい。

・南鑼鼓巷:近年の北京における、文化都市リバイバルの動きの象徴。后海エリアに隣接している。細い路地をそのまま残し、四合院を新しく建て直して、そこに若者向けのバー・レストラン、雑貨店、服飾店などがひしめくように入居している。外国人向けのユースホステルや、昼前にはほとんどの商品が売り切れる人気のヨーグルト店などもある。

・前門:上記の場所と異なり、私見では失敗以外何物でもない開発の例。かつての娼妓街だったらしいが、大柵欄を中心に小さい商店が立ち並ぶ、北京で唯一「下町」の空気が残っていた場所。前門大街という道路を通すためにほとんどが立ち退かされ、前門からまっすぐ南に、民国期の街並を再現したと称する巨大な遊歩道ができた。しかしあまりに人工的で、夜に訪れるとなにか茫漠とした恐怖感を感じさせるような場所になってしまった。大柵欄とその奥に、かろうじてかつての雰囲気が残っている。

本書の中にはより多くの場所、有名な「798」を初めとする芸術区、各種の博物館、公園、また郊外の施設なども取り上げられており、都市としての見どころは網羅されていると言って良い。これを読んでから北京を訪れれば、街歩きの大きな参考になるだろう。

北京オリンピック後、市中心部の大規模な開発はそろそろ一段落したような気配だが、今後も郊外の開発が続いていくようだ。北京は決して美しい都市ではないし、上海のような娯楽がたくさんある訳でもないし、単に観光で訪れる人もそんなに多くないかもしれない。しかし上海や深センが経済の中心であるのに対して、ここは紛れもなく中国の政治・文化の中心地である。その、取りようによっては異様とも感じ取れるような雰囲気を、本書を片手に感じ取ってみてはいかがだろうか。

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