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2007年06月22日

『階級社会-現代日本の格差を問う』橋本健二(講談社選書メチエ)

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格差社会論争が賑やかだ。経済の地球化、業績主義の導入、労働の非正規社員化などが進行するにつれて、日本は一億総中流社会から格差社会へ急転換したという説がもっぱらである。

しかし、この問題が論壇で問題視される前から、実は日本はずっと格差社会だったのではないか。存在する格差が注目を浴びることなく隠されていたのが、急に目に見えるようになってきたのではないか。そういう視点から見れば、変容は「格差隠蔽社会」から「格差顕在社会」への転換である。

筆者の橋本健二は、その隠蔽された格差の姿を1970年代から追い続けてきた社会学者だ。彼はその分析用具として、一貫して「階級」という概念を使ってきている。この言葉は社会主義社会の崩壊とそれに伴うマルクス主義分析の不評と共に、次第に死語となった。「階級」ではなく「階層」がテーマであるとされ、階級分析は冬の時代が続いたのだが、格差社会論の台頭と共に、息を吹き返してきている。橋本は終始この方法論を使って日本社会を分析してきた数少ない研究者のひとりである。本書には、その最新の成果がまとめられている。

階級・階層をめぐる研究は、カール・マルクスの仕事が発端だ。このため、この潮流を受け継ぐ「階級派」とこれに対抗するアメリカ社会学系の「階層派」の対立が長く続いてきた。日本での研究の主流は後者を中心としていて、その傾向は今日でも変わらない。橋本の階級研究は、いつも周辺的な位置にあった。ただ、その立場は現代資本主義社会の考察道具としての階級概念の有効性を主張するもので、社会主義論や革命論などとは縁が薄い。彼自身がいうように、マルクス主義者としてのマルキストというよりは、マルクスの理論の一部を現代分析に援用するマルキシアンなのである。しかも、現代の社会の変動を射程に入れた理論構築を目指す修正主義的傾向が強い。その上で、現代社会学の数量的方法論を取り入れた実証分析が展開される。これらの点で、橋本のアプローチは、エリック・ライト、ジョン・ローマー、ニコス・プーランツァスなど、海外のネオ・マルキシアンの理論や方法論と呼応する。本書はそのような手だてを使いながら、一般読者にも分かりやすいスタイルで書かれた。

日本の階層分析の水準は、世界的に見ても非常に高い。その中核をなすデータとして、1955年以来、10年ごとに行われてきた「社会階層と移動全国調査(SSM)」は、長期的で詳細な時系列データとして、海外でも類を見ない。本書もこのデータに、その大半を依存している。

しかし、階層分析には、その仮説や数量分析の手法が綿密になればなるほど、全体像を見失う傾向が生まれた。公表された SSMデータは1995年のものが最も新しいが、これに基づく研究成果は「木を見て森を見ず」のわだちに落ちたという感、なきにしもあらずである。日本にはいくつの階層があるのか。それらの階層には、ほぼ何人くらいが属しているのか。それぞれどんな特性を持っているのか。そういう基本的な問題について、回答がない。提出された報告書31冊、単行本図書4冊のどこを探しても、答えを得ることができない。職業範疇は実態として駆使されているにもかかわらず、階層の姿形についてはいくつかの可能性さえも示唆されることがなかった。

対照的に橋本は、日本には資本家階級、新中間階級、旧中間階級、労働者階級の4階級があるという枠組から出発して、その動態を多面的に描写してみせる。フリーターや無業者層などのアンダークラスの問題、女性たちの階級所属の問題、「機会不平等」論の問題など、最も今日的な主題を、この4階級モデルを使って照らし出す。このような図式そのものに、問題がないわけではない。しかし、批判は対案を出しての議論であるべきだろう。橋本のように理論を与件として演繹的な方法で分析を進めるのではなく、データから帰納的な方法で理論構築に向かう道筋もあると思う。

橋本の立論で目を惹くのは「搾取」の構造を照らし出そうとしている点である。格差社会についての論争は、ジニ係数や社会移動率が大きくなったか、あまり変わらないかという静態描写に集中しがちだった。どの集団がどの集団から、どれだけ巻き上げているか。どの集団がどれだけ損をしていて、どの集団がどれだけ得をしているか。そういった集団間の「関係」が系統的な実証の対象とはなってこなかった嫌いがある。橋本はこの問題を階級間の搾取構造としてとらえる。その上で、階級間の損得関係を数量的に示してみせる。彼とは違った立場からも、こうした関係研究が行われることが望ましい。

他にもさまざまな興味深い指摘がある。「職場における権限」に関しては、男女差よりも階級差の方が大きい。階級としての閉鎖性が群を抜いて高いのは、中間階級や労働者階級ではなく、資本家階級だ。非正規労働者でシングルの女性の貧困層率が際だって上昇してきている。

本書そのものの主題とは別に、一点付け加えたい点がある。格差社会という事態が、ニュアンスの差こそあれ、追認されてきているにもかかわらず、この現実が「日本文化」の論考にあまり大きな影響を与えていないのは不思議だ。これだけ人びとの生活様式や思考様式が多様化・分散化しているのに、単一日本文化論は今なお健在である。階級・階層分析は文化分析にも切り込み、日本均質文化論に対峙できる可能性を秘めていると思う。

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