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2006年05月13日

『もし「右」や「左」がなかったら-言語人類学への招待』井上京子(大修館書店)

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 いままで、あるのが当然のことと思い、それがない世界など想像できなかったということがらが、実は当然あるものなどではなくて、それがない世界もちゃんとあるのだということを知らされると、心地よい衝撃を受ける。この本は、そんな衝撃を私に与えてくれた本の一つである。

 この本によると、信じられないことであるが、「右」と「左」を指す言葉を持たない言語があるそうだ。そういう言語で生活をしている人にとっては、右と左の区別はない。そのような世界では、ものの位置を表すのに、自分からみて右とか左とかいう表現は使えない。

 それはさぞや不便であろうと私などはかわいそうに感じるのであるか、このような私の第一印象は、狭い世界でしかものを考えられない貧弱なものの見方らしい。驚くことに、そのような世界でも特に不便なく生活ができているそうだ。そのような人々は、東西南北という方角の言葉を使って、ものとものの位置関係をあらわすから、それで不便はないそうだ。

 このことは、自分がどこにいても、東がどの方向で北がどの方向かがちゃんと分かっていることを意味している。音楽の世界に「絶対音感」という言葉があるが、それに似た「絶対方位感」とでも言うべきものを、そのような人々はもっているらしい。おそらくそういう人々から見ると、方向音痴などというものがあることが信じられないのではないだろうか。私たちのことは、絶対的な方位が分からないために、右とか左とか言う近視眼的な表現に頼らなければならないかわいそうな人類と写るのかもしれない。

 この本の副題である言語人類学とは、言語を通して、人類について学ぶ学問である。言葉をもっているかいないかで、そのような概念を持っているかいないかが分かり、それを手がかりとして、文化や生活について調べることができる。強力で面白いアプローチだ。この本は、このアプローチをとりながら、いろいろな別世界へ私たちを連れて行ってくれる。いままで当たり前と思っていたことが、全然当たり前などではなく、狭い世界だけで通用する方言のような概念に過ぎないことを思い知らされたりする。いっとき、別世界へ身を置いて冒険気分を味わいたかったら、手に取ってみることをお薦めできる本である。

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