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2006年02月12日

『科学的思考とは何だろうか-ものつくりの視点から』瀬戸一夫(ちくま新書)

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 このごろ気になっていることの一つは、占いの流行である。科学が発展し広く浸透してきている現代に、科学とは相容れないように見える占いの流行は、私には不思議である。我が家でも家族が朝のテレビで星占いなどの番組を見ながら、今日は運がいいとか、ラッキーカラーは何だとか話題にしている。「それは誰が決めていると思う?」と聞いたりすると、お父さんは夢がないなどと反論されて喧嘩になる。

 この私の疑問を解くヒントになるかもしれないと感じるものの一つが、最近読んだこの本である。この本では、相対性理論や量子力学などの科学史上の大転換をもたらした発見を対象として、私などが常識だと思っていた見方とは少し異なる見方を展開している。

 たとえば、アインシュタインの相対性理論は、それまで正しいと思われていたニュートン力学が、実は速度が光速と比べて小さい場合に成り立つ近似であって、速度がもっと速い場合には、別の世界が広がることを明らかにしてくれた。これによって人はそれまでの考え方を捨てなければならなかったかというと、そういうわけではない。今までの世界はそのまま成立し、その上にさらに新しい世界が広がったのであって、失うものは何もなく、ただ新しいものを獲得したのだというのが私たちの常識であろう。

 しかし、本当に何も失わなかったのだろうかと、この本の著者は問いかけている。近代の科学は、上に述べた相対性理論のように、従来の考え方やものの見方を否定するのではなくて、それを温存した形で新しい見方を提示する。したがって、受け入れられやすい。そして、受け入れた方は、何も失わなかったと思ってしまう。しかし、この本の著者によれば、得ただけで失ったものはないと思える場合ほど、本当は取り返すことのできない貴重な何かを失っていることが多いという。実際、近代科学の影響は急激なものではない。時間の経過とともにゆっくりと、人々が従来の「こだわり」すべてを見捨てる傾向を促してきたのだというのが著者の見方である。

 科学は進歩すればするほど、恩恵が期待できる反面、近寄りがたく理解を超えた存在へと遠ざかっていく。理解できないものという意味で、科学も占いも同じように見えてしまうという傾向の広がりが、ひょっとしたらこの著者が言っている「失ったもの」の一つかもしれないというのは、私個人の解釈である。

 ところで、この本にはもう一つの特徴がある。それは、相対性理論が図を使って驚くほどわかりやすく解説されていることである。私は、アインシュタイン自身が書いた解説書も含めて、いままでに何冊か相対性理論の本を読んできたが、そのどれよりもこの本の解説はわかりやすい。空間の広がりと時間の広がりが互いに独立ではなくて関連していること、その結果、空間がゆがむという状況が自然に生じることなどを、数式ではなくて図で理解させてくれるところがすばらしい。

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