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2005年11月07日

『サイバー経済学』小島寛之(集英社新書)

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 数理工学・数理情報学を専門とする私にとっては、実社会の問題を理解したり解決したりするために数学が効果的に使われている場面に出くわすとわくわくする。そこで使われている数学がそれほどむつかしくない場合には、特にそうである。そういう意味で、この本は最近読んでしびれたものの一つであった。
 サイバー経済というのは、通信とコンピュータの技術が可能にした新しい経済の姿をさす。この本では、そこで何が起こっているのかを、ミクロ経済の視点と、マクロ経済の視点から解説している。前半のミクロ経済の視点では、経済活動に必然的に伴うリスクをどう扱うかに焦点を合わせ、統計学の中のベイズ理論という数理的道具を使って、合理的な経済行動とはどういうものかを説いている。
 ベイズ理論とは、不確実な事柄の起こりやすさを推定する一つの方法で、ベイズの法則と呼ばれる式が基本になっている。その式は単純で、その証明もむつかしくはない。しかし、それが要するに何を意味しているのかを理解することは、不確実性とは何かを理解することであり、哲学的認識にもかかわるむつかしい問題である。これに対して、この本は、ベイズの法則というのは、人々の「思いこみ」が情報によって変化する様子を表現したものであると言い切っている。
 これを読んだとき、私は、目から鱗が落ちる思いがした。そこで味わった感覚は、統計理論という数学を使って経済活動を分析するという筋書きではなくて、経済活動という現象を例にとって、ベイズ理論を学んだというものであった。実際、統計理論を学んだけれど、その中のベイズ理論がよくわからないという人にとって、この本は、その答えを教えてくれる数学書として利用することができるであろう。
 さて、このベイズの法則を理解させてくれてから、それを武器に使ってリスクの合理的な扱い方を論じているが、そこで次に感心するのが、確率を面積に置き換えて図で説明するという方法が一貫してとられていることである。これが非常にわかりやすい。それによって、リスクを回避して安全を求める人と、リスクを請け負って一攫千金を求める人とが織りなす経済活動の姿がクリアーに見えてくる。
 でも、この本の圧巻は、やはり後半のマクロ経済の視点からの解説である。 個人が最適な行動をとっても、全体として調和のとれた世界が築けるわけではないこと、自分の意志で選択したつもりでも実は他が決めた制約の中で踊らされているに過ぎないことなどが、恐ろしく単純な式(単なる足し算)で、わかりやすく説明されている。働きたくても職がないといわれる現在のような経済状況がなぜ生じてしまうかもわかった気にさせてくれる。
 ただ、この本では、現象を理解するために数学が使われているが、そこで生じている深刻な問題を解決するために数学がどう役立つかは書かれていない。これはおそらく、ここで扱われている経済現象というものが、私が普段から相手にしている計算や物理現象の世界とは根本的に異なるからであろう。
 以上の感想をまとめて一言でいうと、「こんな本を私も書いてみたい!」。

 


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