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2008年10月31日

『やさしいベイトソン』野村直樹(金剛出版)

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「生物+環境こそ生存の単位、それが生き延びる、考える、進化する」

 グレゴリー・ベイトソンの思考から、しばらく遠ざかっていることに気づき、あの着想の鉱脈めがけてまた潜っていきたいと思っていたちょうどそのとき、この本に出会った。

 短くて、愛想のいい顔をした本だが、ここで語られることは深く、広大だ。大学の1、2年生むけの少人数授業(うちの学部では「総合文化ゼミナール」と呼んでいる)の副読本には、もってこいかもしれない。

 カリフォルニアの海岸の森に住む、風変わりな巨体の、トナカイのような赤い鼻をしたイギリス人。ぼくがベイトソンに対してもっていたそんなイメージは、勝手に頭の中で作ったものだが、この本の著者は実際に晩年のベイトソンから教えをうけていた! およそそんなことで人をうらやんだことはないけれど、こんどばかりは、心底うらやましく思った。よれよれダブダブのシャツ姿で床に足を投げ出してすわり、鼻水をすすりあげながらイギリス訛りでボソボソと話す彼のセミナーに、ぼくも出てみたかったが、遅すぎた。ぼくがベイトソンを知ったのは1982年、佐藤良明による目が覚めるような『精神と自然』の日本語訳が出たときで、そのときにはもう、われらがグレゴリーはこの世を去っていたのだから。

 野村直樹はナラティヴ・セラピーを研究する文化人類学者、名古屋市立大学教授。コミュニケーションの病とそれからの治癒の道を、想像するに会話や身振りやそれを通じて構成されてゆく物語の分析によって、考えている人なのだろう(あくまでも想像)。

 そんな研究主題にとりくむ人にとってのベイトソンの重要性は、少しわかる気がする(本当にはわからなくても)。生物学、文化人類学、サイバネティクスから、「精神の生態学」と彼が呼ぶ、それらの総合へとむかった、壮大な知的遍歴。まったく他の誰にも似ていないステップを踏み思考の舞踊をつづけたベイトソンを、著者はためらうことなく、デカルト以来最大の思想家と呼ぶ。

 精神は純粋に自立したデカルト的コギトではありえず、つねにインターアクションの中にある。コミュニケーションは、たとえば音声言語というひとつのレベルだけをとりだすことはできず、いくつものレベルをもった全体的状況の中にある。すべては(動物から草原にいたるまで)関係性においてあり、すべてがすべてに影響し合っている。すべては、また動きの中にあり、対象の動き=変化を観測する者もまた、それぞれの動き=変化の中にある。学習と進化はひとつであり、多様な関係性の中でメッセージが生成され発信/受信される錯綜体としての<環境>が、まるごとそれ自体の<精神>をもっている。ヒトが自分の精神だと思い込んでいるものは、結局、このもっと大きな生存のシステムの、流動的な一部分でしかない。(以上は、ぼくなりの見方をまとめたもので、ベイトソン先生や野村さんがそういう表現をしているわけではないけれど、そう的外れでもないだろう。)

 おもしろく読める本だ。章によっては、なぜかあの遍歴のラ・マンチャの騎士ドン・キホーテとサンチョ・パンサの対話となって、コミュニケーションをめぐるわからない問答をくりひろげるのも楽しい。また<あそび>の<枠>を問題にする章では、著者の子供「トラくん」三歳が母親に対して遊びのフレームを設定したときのエピソードが語られていて、それを読んだときには突然、『精神と自然』の中でベイトソンが語っていたプールの中での自分と一頭の雌イルカのやりとりのことを思い出した。トラくんが、イルカが、相手との関係設定とコミュニケーションをめぐって、主導権を握ろうとする。それはたぶん、哺乳動物のコミュニケーションの、ある基本形なのだろう。

 本書の、心を洗われる一節のひとつに、サンチョにむかってドン・キホーテが語る次のせりふがあった。

 「近頃のモンゴルでは草原の砂漠化が進んでおるが、この国も市場経済を導入したので、街に近い草原はみながこぞって放牧して荒れ放題になった。砂地があちこち顔を出し放牧が不可能になりつつあった。そこで、研究者が中に入って放牧の場所や時間をずらすことをすすめた。そうして砂漠寸前の土地を青々としたもとの草原に戻したんじゃ。わしが驚いたのは、これがわずか三年という短い間に起きたということじゃ。この事実にわしは甚く感動した」

 「草地に戻ったのがコミュニケーションとどう関係あるんだか?」

 「あるんじゃよ、それが。自然というものは、なんと素直に反応し、応答してくるものか! ヒトは山や野原や生物という生態系と密接につながっておる。われわれのありようがそのまま自然のありようであることの動かぬ証拠じゃ」(145-146ページ)

 貨幣経済と物資の広域流通という、エスカレーションへの傾向を本質的に助長するシステムを採用して以来のヒトがずたずたにしてきた自然だって、悔い改めたヒトが別の関係性を作る努力をすれば、ただちに応答してくれるわけだ。およそそれ以外に、地球上の生命世界(バイオスフィア)にとっての生存の希望はないだろう。

 ベイトソンがデカルト以来最大の認識論的転回をもたらす、といった。でもベイトソンだって、ぽつんと孤立しているわけではない。関係主義的な存在観、自他の流動と絶えざる変化のうちにある観測を説いた人は、ほかにも何人もいる。

 野村さんの見取り図にしたがえば、独自の進化理論を唱えた今西錦司、環境のネットワークに関して時代的にははるかに先行する仏典の世界、「涙には涙の理性がある」といったパスカル、「身体化された知」を強調した異端の精神科医ウィルヘルム・ライヒ、文化とはコンフィギュレーション(配置)だと見なした文化人類学者のルース・ベネディクト、ダイアロジズムの文芸学者ミハイル・バフチン、そして「対話そのものに臨床の叡智がある」と論じた家族療法の創始者ハリー・グーリシャン。

 かれらが織りなす考え方のコンフィギュレーションを導きの星座として、ヒトと動植物と「われわれすべて」が住みこむ地球環境についてのヒトの思考態度を全面的に考え直す努力を、そろそろはじめなくてはならないだろう。

 けっして孤立しえない<生命>の、惑星の寿命に枠づけられているとはいえ、しかるべき配慮と努力によってまだまだ当分はつづきうるだろう生存が、ここには賭けられている。



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2008年10月29日

『ぼくは猟師になった』千松信也(リトルモア)

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「京都でイノシシを狩る日々の充実と真実」

 痛快な本だ。ヒトとケモノの関係を、根本的に考え直させる。というよりも、そもそも都市に住む人間が日ごろまったく意識せず、完全に忘却している問いを、つきつけてくる。

 本題に入るまえに、ちょっとした余談から。この数年、ずっと気になっているのは人口の問題。日本列島の中でもあまりに人口密度の高い地域に住んでいるせいかもしれないが、「これではこの先どうにもならないな」という気がすることが多い。「いったい人の世は、あと半世紀もつんだろうか」とも。この異常な過剰の、中のひとりは自分なので、申し訳ない気持ちを抱きつつ。

 ふりかえっておこう。1873年(明治5年)の段階で、日本の総人口は3480万人だった。1912年に5000万人を突破し、1936年には6925万人に達する。1億人を超えたのが1967年(ぼくは9歳でした)。そして現在は1億3000万をちょっと切る程度。この数字の激変を見て、平然としていられるのは誰? 追いつめられている、われわれは、われわれ自身に。そしてヒトがみずからを追いつめられていると感じるならば、他の動物たちの切迫した危機感は、果たしていかばかりだろう。

 カラスやハトやドブネズミだって、都市型野生動物にはちがいない。かれらは人間社会との共存に、かなり成功している。だが山野をかけ、ヒトとは(あまり)出会わないことをライフスタイルの基本にしている大型哺乳類、クマやシカやイノシシなどは、ヒトの巣というべき都会には(迷いこむ以外には)出没しない。かれらはアスファルトの世界には住めない。生息環境は、したがって、この列島において縮小する一方だろう。個体数の推計の仕方についてはよくわからないが、確実に激減しているのだろう、と初めは思っていた。ついで、いや天敵がいなければけっして減るばかりではなく、土地によってはむしろ増えているかも、とも思った。

 いずれの判断も想像上のもので、なんともいえない(後者はそれなりに正解だが)。しかし、種と他の(複数の)種との関係がそれぞれの種の個体数を決めるのは、いかんともしがたい摂理であり、そこには「食うもの食われるもの」の抜き差しならぬ関係がある。

 この関係が、われわれにはわからなくなっている。自己家畜化の果てに、われわれはみずからエサを採集・狩猟する能力をすっかり失った。貨幣経済は、危険も技術もなく、生命奪取の最前線をまったく知ることなく、ヒトにあきれた飽食を許す。すでにいい古されたことかもしれない。だが、自分が口にする肉や野菜や穀物に対する無知と鈍感さは、われわれの生の物質的基盤を、どこか気持ちの悪いものにしている。

 そこでこの本。1974年生まれの千松信也は、兵庫県での少年時代から、動物を捕まえるのが大好きだった。ザリガニ、フナ、水生昆虫、食用蛙。トカゲを飼っては卵を産ませ、蛇を飼おうとしてはおばあちゃんに叱られる(家ごとの「お守り蛇さん」がいるところに別の蛇さんを連れてきてはいけないという理由で)。はじめ獣医を志し、車に轢かれた猫をそのまま見過ごしたことがきっかけで獣医志望をやめ、柳田国男の『妖怪談義』を読んで民俗学に興味をもち、京大の文学部に入る。やがて4年間の休学を決意し、アルバイトでお金を貯めてから、アジア放浪の旅に出て、東ティモールやインドネシアでボランティア活動に従事。

 ここまでの動きも十分におもしろいが、本題はそのあとだ。放浪を終えて復学資金のためにふたたび働きはじめた運送会社の先輩社員がワナ猟をやっているのを知って、その人の手ほどきで猟の道に入るのだ。ここから先は、まったく知らなかった世界をこっちにもかいま見せてくれる、驚くべきルポルタージュ作品となっている。

 鉄砲は使わない。「なんとなくずるい」から。「それに比べてワナ猟は動物との原始的なレベルでの駆け引きという印象で、魅力を感じて」いたとのこと。この初発の理念に忠実に、ワナ(イノシシとシカ)と網(鳥)の技術を覚え、いよいよ彼の本格的な狩猟生活がはじまる。

 想像するだけで強烈なのは、とどめをさすための一瞬。ワナでは脚を一本捕まえているだけだから、ケモノはまだ力にあふれている。特にイノシシは、下手に近づけばすこぶる危険だ。用意周到、そっと接近し、棒で思い切り「どつく」しかない。シカの場合は後頭部を、イノシシの場合は眉間を。そして絶命した獲物は、ただちに丁寧に内臓を出し、内臓は森に返し、山から運びおろし、解体する。罠(ククリワナ)の構造から、解体・精肉への手順から、狩猟生活の基本のすべてが、ここで淡々と語られる。

 それにしても驚くのは、まがりなりにも京都市内に住みながら、これだけの野生動物との遭遇をくりかえしていること。「山国」という日本の本質を、ひさしぶりに思い出す。みごとに準備された「牡丹鍋」や「シカ肉の背ロースのタタキ」の写真を見ると、オオッと思うが、その肉に対して自分は権利がないなあとも思う(もちろん招待してくれればおおよろこびで出かけてゆくけれど)。自分の食べる肉は自分で調達する、というのが、猟師生活のシンプルかつ厳格な鉄則だとしたら、商品として死肉を買ってむさぼるスカヴェンジャー(死体あさり)としてのわれわれは、どこか根本的に堕落したところがあるのではないか、と思えてくる。

 著者は、嬉々として狩りにむかう。あいかわらず運送会社に勤めながら、猟期を待ち望んで。狩るのはケモノだけでなく、カモ、スズメ、野草、山菜、渓流のアマゴにイワナ、アユ、ウナギ。海ではタコ、カニ、葉巻のようなかたちのマテガイ。彼のその動きっぷりに、眼をみはり、感動する。

 感動して、ぼくも思う。動物だ、動物だ、われわれは! 植物相のあいだを動きまわって食物を探すのが基本。食料取得を中心に、生活のすべてを考えなおそうじゃないか。山も森も丘も野原も海も川も、すべてを命のフィールドとして捉えなおそうじゃないか。そうすればヒトの生活は、ずいぶん変わらざるをえないだろう。ヒトがここまで増えて、非常に見えにくくなった人類史の伝統が、たとえばこの千松さんのような人のおかげで、はっきり見えてくる気がする。

 ぼくが大きな希望を感じるのは、彼が猟師の子ではないということ。彼はみずから猟師になることを決意し、そのための知識と技を学び、猟師になったのだ。この転身の意味を、よく考えたい。現代生活における、山際のケモノたちのゾーンで暮らす、かたすみの歴史的ヒーローだ。食肉をめぐる彼の態度と実践を、ぼくは真似しないまでも、いつも心に留めていようと思う。




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2008年10月12日

『火を熾す』ジャック・ロンドン(柴田元幸訳)(スイッチ・パブリッシング)

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「犬がついてくる、狼がついてくる」

 ジャック・ロンドンといえば『白い牙』。だが、そのストーリーは何にも覚えていない。中学生のころに翻訳の文庫本で読み、それから手にとったことがなかった。狼犬の話だった、たしか。アラスカが舞台だった、たしか。それ以上のことはまるで思い出せない。

 ところが柴田元幸によって編まれたこのロンドン短編集の冒頭の一編を読み、めったにないくらいの高揚感に包まれたのは、そんな「忘れられた読書」の土壌のせいにちがいない。かつてわくわくしながら読んだ『白い牙』を、いわば地面の下の永久凍土として、その上に訪れた季節の変化が心をかきたてるように、「火を熾す」の世界は息を飲む強烈さで襲いかかってきた。

 収められた9編を通読すると、ロンドンの世界の広がりが実感される。中学生のころはこの「ロンドン」という苗字があのかつての大英帝国の首都を思わせて不思議で仕方なかったが(これって「江戸さん」みたいなものかな、とそのころ思ったのを覚えている。ついでにいえばチャーチルは「寺岡さん」か、とか)あの都市のロンドン自体がまさに「世界都市」と呼ぶにふさわしく、世界各地と遠近法を無視したさまざまな物流や人間的ネットワークでむすばれているのとおなじく、この人間のロンドン(ただしサンフランシスコ生まれ、アメリカ西海岸人)の個人的な宇宙も、ずいぶん遠いいろいろな土地によって織りなされているようだ。

 アラスカ、メキシコ、ハワイ、オーストラリア。そしてくりかえし語られる主題としては、生存、ボクシング、海、犬や狼やコヨーテ、荒野、生存、生存、生存。そう、「生き延びることを語ること」へのこの執着ぶりは、単に作品世界にとどまらず、作家ロンドン自身がいかに生きることに真剣で、またそれに苦労し、その賭けに一日ごとに勝ってきたかを、よく物語っているように思う。

 9編はいずれもおもしろく読めた。ボクシング物といっていい「メキシコ人」「一枚のステーキ」は心に残るし、短く結構が整った「戦争」は鮮やかな短篇映画のようだ。「影と閃光」および「世界が若かったとき」はある種のSF趣味に立つ興味深い作品で、「水の子」「生の掟」はそれぞれ南の海と北の大地を舞台にした部族的な感覚にふれている。「生への執着」は、みごとに生き延びた者の冒険譚。そしてまぎれもない本書の最高傑作である冒頭の「火を熾す」は、読んでいるだけで体が爪先まで凍てつき、感覚が鈍り、意識が飛ぶ。危機感が少しずつエスカレートして、神話的次元に迷いこんでゆく。

 犬がついてくる、どこまでも、いつまでも。かといって、なついているわけではなく、かといって、襲ってくることもない。犬と男は、ある単純きわまりない関係でむすばれている。それは、互いに相手にとっての熱源だということ。たとえば以下のような数行が、ぼくにはすばらしくおもしろい。

「犬の姿を見て、途方もない考えが浮かんだ。吹雪に閉じ込められた男が、仔牛を殺して死体のなかにもぐり込んで助かったという話を男は覚えていた。自分も犬を殺して、麻痺がひくまでその暖かい体に両手をうずめていればいい。そうすればまた火が熾せる。男は犬に話しかけ、こっちへ来いと呼び寄せた。だがその声には奇妙な恐怖の響きが混じっていて、それが犬を怯えさせた。男がそんなふうに喋るのを犬は一度も聞いたことがなかった。何かがおかしい。犬の疑り深い本性が、危険を察知した。どんな危険かはわからなかったが、とにかく脳のどこかに、どうやってか、男に対する不安が湧き上がった。男の声に犬の耳はべったり垂れ、そのせわしない、背の丸まった動きと、前足を持ち上げては重心をずらすしぐさがいっそう大きくなったが、犬は男の元に行こうとしなかった」(27ページ)

 わかるなあ、この動き。犬の心模様。ジャックがおなかにいるとき母親が拳銃自殺を図り、生まれてからは元奴隷の黒人女性に育てられ、やがて母親が結婚した相手の男の姓(これがロンドン)を名乗り、図書館に通いつめる独学者として成長し、ゴールドラッシュに乗ってアラスカに金を探しにゆき、オイスター・パイレート(牡蠣海賊、とは牡蠣密漁者のこと)になったり、ホーボー(鉄道放浪者)になったり、ともかくひたすら生存めざして戦ううちに大変な流行作家として成功をおさめるにいたった彼だが、はたしてこのような犬に対する観察眼と想像力は、どうやって身につけたのだろう。かわいがっている飼い犬はいたのだろうか。あるいは犬の話はともかく、こんな危険な酷寒を、作者は実際に体験したのだろうか。

 たとえばそのような、作品にとっては雑音みたいな作者の生涯に関する疑問が湧き上がってくることも含めて、じつに魅力的な作品集だ。柴田元幸の訳文の安定した筆力には、ただ脱帽。



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