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2013年10月08日

『経済人類学』『栗本慎一郎の全世界史』『栗本慎一郎最終講義』栗本慎一郎

経済人類学 栗本慎一郎の全世界史 栗本慎一郎最終講義
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 2013年の前半、経済人類学者・栗本慎一郎氏の新刊が立て続けに三冊上梓された。栗本氏のデビュー作で復刊となる『経済人類学』、「最後の一冊」で「遺書」という『栗本慎一郎の全世界史』、同じように「最終」と付された『栗本慎一郎最終講義』の三冊である。『全世界史』と『最終講義』の内容はほぼ重なり、前者が通史編、後者が概論と補論といった関係となる。「最終講義」の「最終」とは明治大学の旧栗本ゼミの最終講義ということだが、「最後の一冊」とは13年前、脳梗塞に倒れて「とりあえず生き延びた」栗本氏の健康状態も関わっている。


 ともかくも。栗本慎一郎は余計なことで絶対に誤解されている!
 梅棹忠夫の「文明の生態史観」や江上波夫の「騎馬民族征服王朝説」を「トンデモ学」とか「実証が足りない」とは軽々に批判しないだろう。ところが栗本氏は、書籍の体裁だったり、自信過剰に見える言い方で、物を言い過ぎてしまうところ、そんな見た目や過剰さで誤解されてしまう危うさを常に孕んでいる。講談社学術文庫に加わった『経済人類学』は別として、新刊である『全世界史』は個人名を冠して「全世界史」。しかも帯には著者のカラー写真入りである。栗本氏を知らない読者には、怪しいトンデモ本にしか見えないであろう。まだ無難なタイトルにまとめれば良いものを…。もっともそれは出版社の「人の目につきやすいものに」という求めによるもので、栗本氏本人は共感できず、少し論争したという。
 とはいえ、栗本氏自身も「やりすぎ」のこともよく分っている。『経済人類学』の学術文庫版のまえがきでは自身の研究活動を振り返って、謙虚に反省を口にしている。

 ──出来るところは自分でやってしまったという感じなのだが、それは私がやりすぎだったのであろうか。自分で自分は評価できないところもある。

 ──(『パンツをはいたサル』のような)こうした私の仕事の展開が、私にもいたはずの後進や弟子の仕事を逆にせばめてしまった面があったかもしれない。物理的条件が不充分なことを知りながら、どんどん進めてしまうのは、私の性格のせっかちさや(ある面での)正直さのせいでもある。要するに、馬鹿なのである。反省している。

 正直な思いであろう。栗本氏が明治大学を辞職後、脳梗塞に倒れるまでの十年近く、その間、氏は時局本を出したり、政界に進出されたりしたが、残念ながらこの期間が「迷走」期で、失われた時間であったように評者には思われる。

 ともかくも。『全世界史』と『最終講義』は、それぞれ副題が「経済人類学が導いた生命論としての歴史」「歴史学は生命論である」と付されている。「生命論」という言葉も誤解を与えそうだ。一般的に「生命論」というと、生物学的な生命を扱う議論のことで、「生命論としての歴史」というと抽象度が高過ぎて、神秘主義のようにも捉えられてしまう。しかし栗本氏の用いる「生命」という言葉はだいぶ意味が違う。
 栗本氏によれば、生命はいくつもの層から成っている。身体と精神の関係を見れば、下層に物理化学的な素材から成る身体の層がある。それらは原子結合や分子素材から構成されているが、外見としての身体を形成した段階で、上位の原理によってコントロールされることになる。素材の統御は内部と外部の「境界」を生み、境界の内側に「形」ができる。この内部と外部を峻別し、素材を統御する原理が「生命」と呼ぶシステムである。階層は上にも下にも無限に重なり、その上位には想像もしない生命システムが措定される。
 栗本氏はこの「層の理論」を1988年刊行の『意味と生命』で提唱した。さらにそれを展開したものが、栗本経済人類学の歴史論である。社会や共同体も「生命」としての身体性を持ち、社会の「歴史」とは生命体の少しづつの「変態」である、と栗本氏は考える。氏はこの歴史論を最近になって考え始めたわけではない。名著『意味と生命』の末尾で、既に次のように述べている。

 ──私が、様々な場所で、一見生命論と無関係に見える「麻薬」「病」「性」につき考察を行い、日本の歴史人類学に再び関心を寄せているのも、結果的にはこの一環であることもやがて示されるであろう。

 『全世界史』と『最終講義』はその一環、考究の結果となる。
 それは次のような歴史哲学だ。歴史もまた生命論である。社会やそれを統合する地球という生命体の原理に歴史が含まれる。一見ばらばらに見える世界の動きや変遷も根源は一つであり、みな有機的に繋がっている。
 具体的な歴史叙述でいえば、人類文化の起源はユーラシアとりわけ南シベリアにある。北アフリカで発祥した人類は、メソポタミアからコーカサスを経て南シベリアに達し、文明の基礎を作る。この南シベリアで生み出された基礎を起点にインダス文明も黄河文明も花開く。南シベリア文明にルーツを持つスキタイ人=サカ人=アサカから派生して、シュメール人やキォンヌ(匈奴、フン族)、ゲルマン人、日本の蘇我氏らが派生し、彼らの活動や影響によって、ヨーロッパも中国も日本社会も形成されていく。今日の中国の侵略主義の根源も、アラブ社会とイスラエルの軋轢も、動因は一つである。
 こうした個別具体的な歴史叙述では、栗本氏は決して突飛なことをいっているわけではない。明解に言い過ぎている懸念もあるが、十分に説明されていると思う。冒頭に挙げた「文明の生態史観」や「騎馬民族説」とも相補う史観・学説になるのではないか、と評者は思うのだが。
 ところが、栗本慎一郎氏は『全世界史』について「経済人類学の後進にチラとでもなろうと思わない者には一行たりとも読んでもらわなくてよい」「ふと目についたから読んでみたいという読者には本書は向いていない」とキッパリと釘を差す。
 その通りかもしれない。出版社には申し訳ないが、いくら人目に付きやすくしても、少なくとも『経済人類学』を読んでいない読者には『全世界史』を薦めることが難しい。その意味でも、デビュー作の復刊には大きな意味がある(また『意味と生命』の復刊も待望されるだろう)

 1979年刊行の『経済人類学』は、いま読んでも新鮮で知的な興奮を覚える。このことを、栗本氏は「研究の進展が、三三年たってもまだ十分ではないから、この本がまだ意味があるなどと言われるのであって、そうした状況は決していいことではないのだ(中略)決して諸手を挙げて喜ぶべきことではない」とここでも謙虚に反省する。
 とはいえ、本書が経済人類学の恰好の入門書であることは間違いない。まえがきでは、斯学の壮大な学問的意図が示されている。その後の栗本氏の研究活動のほとんどが盛り込まれているといって良いだろう。

 ──経済人類学者がなすべき仕事の一つに、哲学や宗教学、言語学、構造人類学、比較神話学、デュルケームとモースの社会学、分析心理学、そしてもちろん、経済学や人類学内部からの、前記の課題に関わる情報を整理し、生かし、再び逆にそれらの科学へ問い返すことがある。おそらく、将来のある時点では、生物学とくに比較行動学は太い導きの糸となろう。逆に、生物としてのヒトの行動の研究に我々の経済人類学のもたらす知見が、いつの日か役立ちうるとの期待は、まだ霧の中にあるとしても。(中略)だから私は本書において、つねに広い知的フレームのなかで考えようとした。実際のところ、これでもまだ足りないくらいであって、叙述のなかでわかりにくいところ、非説得的なところがもしあるとすれば、それは超領野的であったがためではなく、むしろまだ限られた視野や規制の領域にとらわれたまま説明しているからに違いない。

 『経済人類学』の第4章「歴史認識におけるシンボリズムとコスモロジー」は痛烈な歴史学批判である。冒頭で山口昌男の「歴史研究のパラダイムは破産し、そのモデルと概念はとうの昔に摩滅し尽くしている」との言葉を引用したうえで、

 ──もしも問題が真剣に見つめられるならば実は文化の全体的解読ということにならざるをえないのであって、これが歴史学のディシプリンの革命および認識論の転換を経ずしてできることなどとうてい考えられない。

 と既成の歴史(学)研究を根底的に批判する。この批判はそのまま『全世界史』にも貫かれ、批判の対象は若干違うものの、ほぼ同じことを説いている。

 ──歴史学には哲学と生命論がなくてはいけないと言った。(中略)ヒトの社会の歴史のありかたを考えること自体が哲学である、歴史こそが生命であるということだっだ。その意味で、過去の歴史「学」は重要な事実誤認や見すごしがあったということではなく、その認知の方法自体がすべて間違っていたということである。

 あらためて。栗本慎一郎は誤解されている!
 栗本氏は「私にはもう時間がなかろう」「本という形ではもう終わりだ」「夢の先は墓場で見続けることにしよう」「読者の皆さんさようなら」と別れを告げるが、この先は「後進」の仕事に委ねられてしまうのだろうか…。誠に残念な思いがする。かつて吉本隆明が栗本慎一郎に贈った言葉を思い出してならない。氏の「健康と健在を願わずにはおられない」


(カタロギングサービス部 佐藤高廣)


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