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2013年10月29日

『日本の起源』東島誠・與那覇潤(太田出版)

日本の起源 →紀伊國屋ウェブストアで購入

「「変わらない、変われない日本」のための歴史的思考力」

日本史は、「わたしたちの歴史」だから、かえってややこしい。巷に「歴史好き」はけっこういても、「日本人」であることに誇りが持てる「歴史」だから好き、という人が多いと思う。一方、自分たちのありかたを揺さぶるような「歴史」は忌避されがちだ。それどころか、その手のことを言うと、国を貶めるためだと誤解する人がいる。しかし本当は、この国をよくするためにこそ、今ある日本はなぜこうなったのかを問わねばならない。そのために、歴史に学ぶことは「役に立つ」。無味乾燥な歴史の教科書とも、ストーリーに流れる小説や映像の世界とも離れたところで、たしかな歴史学の知見が積み重ねられていることを、わたしたちはあまりに知らない。気鋭の学者が、今ある日本の「起源」をたずねて、歴史学の最新の成果を惜しげもなく披露してくれる本書『日本の起源』は、海図なき航海を強いられている今の日本で、あらゆる教養人が手にするべき真の「グローバルエリート」養成の書といえる。

日本史を古代から現代まで300ページ以上にわたって語り倒すというこの企画が、どのように生まれたのかは知らないが、本職の歴史学者がそれをやるというのが、大層勇気の要る仕事なのは想像できる。アカデミズムの世界で、専門の枠を越えて何かを言うのは地雷を踏む危険大である。まして日本史となると、古代、中世、近世、近代といった時代区分、あるいは近代なら何年代という単位まで、厳密に専門が分かれているという印象がある。その分野全般について好きなことを言えるのは、功成り名遂げた(もう誰からも文句を言われない)大学者と相場が決まっている。ところが、本書で対談するのは、いまだ三十代前半と四十代半ば、少壮と中堅といったお年頃の准教授と教授。歴史学者同士の対談というのも、一般書ではあまりなかったのではないか。なんとも怖い者知らずの企画である。

與那覇潤さんは、2011年の著書『中国化する日本』(文藝春秋)が大出世作となって、いまや歴史界隈だけでなく読書界に広く知られている。近現代の日本を呪縛してきた「西洋化」に代えて、日本史のダイナミズムを「中国化」とその反動(「江戸時代化」)として捉えると、今の日本も様変わりして見えてくる。この今の日本と過去の日本が常に相互反射して問い直されるところに、與那覇さんの歴史語りの真骨頂がある。これが単なる人気取りの珍説ではないのは、その博引傍証ぶり、学術的に手堅い文献案内からも知れよう。旧著『帝国の残影』(NTT出版)では、若いのに小津映画(を含む昔の日本映画)にも詳しいところを見せただけでなく、「日本的」なるもののパラドックスをアイロニカルに描き切って、映画史の人には書けない作品になっていた。今風にソーシャルメディアも活用する與那覇さんの言論は、「歴史好き」と「歴史学」との間の悩ましい距離を埋めるだけでなく、現在を読み解くための歴史の切れ味を教えてくれる。本書は、與那覇さんの知名度で手にとった人が多いだろう。正直にいえば、筆者もその一人だ。

対談相手の東島誠さんのことは、恥ずかしながらほぼ存じ上げなかった。以前『<つながり>の精神史』(講談社現代新書)がちょっと気になったものの、なかなか読めていなかった。ところが、この対談を読むと、東島さんのお仕事にも俄然、興味を惹かれる。「近世篇」で話題に上るが、大震災で注目を浴びた災害ボランティア、それと表裏のように出てくる社会的弱者の「仕分け」(助けるべき相手の線引き)、あるいは「自己責任」といった今日の問題の原点は、すでに十七世紀にあった。それはまさに『<つながり>の精神史』の一章のテーマであって、闊達な自由と公共の精神をともに追い求める「江湖」という日本史上まれなモーメントを軸に歴史を見つめ直す東島さんのまなざしからは、自由な社会の困難と希望が重層的に炙り出されてくる。東島さんの古代史からスタートレックに及ぶ博識、常に史料による用語の裏付けから議論を進める手堅い研究姿勢、與那覇さんの鮮やかに歴史と現在を切り結ぶ(やや勇ましい)発言に対する懐の深いコメントは、あの與那覇さんが私淑し教えを請うにふさわしい先生と納得できるものであった。

本書『日本の起源』は、歴史を行きつ戻りつしながら、今ある日本はなぜこうなのかという問いに繰り返し立ち戻る。「変わらない、変われない」と多くの人が苛立ちを隠さない近頃の日本だが、その「起源」はどこにあるのか。時系列に沿って日本史のできごとを語るというよりも、考えるための問題史になっている。「この国のしくみ」を論じる点では、数ある「日本論」とも重なるところがあるが、それらは必ずしも歴史に裏付けられたものではなかった。本書がすばらしいのは、膨大な学術文献を読み込んでいないと知りえないような研究成果を、ただコンパクトに圧縮して紹介してくれているだけではなく、もっと大きな史論の文脈のなかに位置づけていることだ。対談本はお手軽と批判されることもあるが、このクオリティ、繰り返し立ち戻って考えたくなるヒント満載の本書には当たらない。複雑に絡み合ったいくつもの糸が織り成す日本という絵柄が、意外とすっきりと見えてきたかと思うと、また別の絡まりが見えてきて、エンドレスな思考に誘われる。今ある日本を考えながら、確実に日本史をきちんと学びたくなる。アカデミズムのマーケティングとして、これだけすぐれた試みはなかなかない。

いくつも目から鱗が落ちる論点はあるが、「起源」は知りえないから信じるしかないものではなくて、遡ることができるという点が重要だ。多くの日本人にとって、天皇制の起源を含めて、血筋による継承が歴史的には後から来たものだと言われると、なんとなく虚を突かれるところがある。柳田國男が「家永続の願い」と呼んだような、はるか昔から受け継がれてきたイエやムラという拠り所のイメージ、あるいは近代の幾多の作家や知識人たちが抵抗を試みては回帰していった「日本的」なるものも、たかだか江戸時代あたりにできあがったものかもしれないのに、なんとなく刷り込まれている。システムがつくられてから、最初からそうだったという起源の神話が捏造されること自体は、世界史的に珍しいことではない。日本の場合、何が正統性の根源なのかは曖昧にされたまま、山本七平のいう「空気の支配」が上から下までを縛ってしまう構造が再三生み出されてきた。先の敗戦について言われた「無責任体制」の起源をたどれば、有史以来の日本の統治システムに組み込まれた「二重王権」に見られるような「バッファー構造」、あるいはかつてロラン・バルトが言い当てて数多の日本文化論で変奏される「空虚な中心」に行き着く。戦後民主主義の可能性に賭けた丸山眞男は、執拗に回帰する日本の「古層」と対峙しながら、「自然」に対して「作為」を、「なる」論理に対して「する」論理を対置して見せたが、いまだ日本社会で自覚的に「作為」するのは困難だ。與那覇さんが言うように「自然であるかのように見える秩序を作為して、しかしそれが作為であることを忘れて自然だと思いこむ」という「すごくねじれたことを日本人はやりたがる」のだとすれば、そのような「自然」をいつの間にかつくりあげていた者たちが日本社会の「勝ち組」なのだろう。ところが、そのシステムがずっとうまく回って、その起源が忘却されたころに危機が訪れると、彼ら自身も右往左往することになる。わたしたちが目撃している同時代史にも、そんなところがありそうだ。

歴史は進歩せず、反復する。いくつもの「起源」を見ていくと、日本社会が幾度も根本的な変革の契機をつかみ損ねてきたことに脱力感を覚える人も多いだろう。だが、それも何かちがう。本書のための対談が行われたのは2012年8月、首相官邸前の「反原発」デモが最高潮の盛り上がりを見せていた時期だったという。その後、入念な加筆修正、注釈を施しての刊行となったわけだが、わずか一年でも時代の空気はずいぶん変わった。「ソーシャル」とか「ウェブで政治を動かす」といった言葉が踊った、あの「ポスト3・11」の熱気は、どこへ行ったのか。しかし、一時の「変化」に酔って、再び「安定」の支配に身を委ねるというパターンもまた、歴史上くり返されてきたことだ。日本の何が本当に変わったのか変わっていないのか、歴史から現在を見つめる本書のアプローチは、「一年寝かせて」出したことによって、かえって説得力を増した。

「一年一昔」となってしまうような落ち着きのない時代だからこそ、毎日くるくると変わる政治経済情勢なんかで、かんたんに絶望したりしないで生きていくために、何十年何百年という時間の単位のなかに自分たちの歩みを位置づける、歴史的な思考力がますます必要なのではないか。山崎正和氏は評論集『大停滞の時代を超えて』(中公叢書)で、社会はますます複雑化し人生の時間はますます長くなっているのに、せっかちに何であれ目に見える短期的な「変革」を求めてやまない近代人の「焦燥感」「堪え性のなさ」「変革願望病」がかえって政治的混迷を深め、さらなる「閉塞感」を招いている事態を冷静に見通していた(同書所収「大停滞時代の変革願望症候群」はほぼ一年前の時論だ)。それに対する山崎氏の滋味深い処方箋は同書全体を読んでいただくとして、「世界文明史」という視野でものを考えてきた人ならではの見識だろう。時を経たものを盲信するでもなく、ただ「ぶっっこわす」のでもなく、新たな物語のなかで生き直させること。「伝統文化は現代の創造から生まれる」とは、山崎氏の卓見だが、歴史を語ることも、絶えず現在のなかで行われる営みだ。そこに常に生じるややこしさから目を背けず、歴史とつきあっていかざるをえないのである。

[追記]書き上げたと思ったら、與那覇潤さんの新刊『日本人はなぜ存在するか』(知のトレッキング叢書)が発売された。学生向けの教養科目講義を本にした、いわば日本文化論入門編。自明視しがちな「日本」「日本人」の自意識が、ちょっと歴史を遡るだけで、いかにかんたんに揺さぶられるか。歴史学だけでなく、社会学、民俗学などの知見を駆使して、魅力的に語っている。それだけでなく、その先にどのような「かたち」を描くことができるか、考えさせる。まさに新時代の『君たちはどう生きるか』的な教養書として、おすすめできる。また、発売中の「新潮45」11月号には、片山杜秀さんとの小津安二郎生誕110年記念対談が収録されている。こちらも軽妙かつ洞察にあふれていて、必読である。


(営業企画部 野間健司)


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2013年10月08日

『経済人類学』『栗本慎一郎の全世界史』『栗本慎一郎最終講義』栗本慎一郎

経済人類学 栗本慎一郎の全世界史 栗本慎一郎最終講義
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 2013年の前半、経済人類学者・栗本慎一郎氏の新刊が立て続けに三冊上梓された。栗本氏のデビュー作で復刊となる『経済人類学』、「最後の一冊」で「遺書」という『栗本慎一郎の全世界史』、同じように「最終」と付された『栗本慎一郎最終講義』の三冊である。『全世界史』と『最終講義』の内容はほぼ重なり、前者が通史編、後者が概論と補論といった関係となる。「最終講義」の「最終」とは明治大学の旧栗本ゼミの最終講義ということだが、「最後の一冊」とは13年前、脳梗塞に倒れて「とりあえず生き延びた」栗本氏の健康状態も関わっている。


 ともかくも。栗本慎一郎は余計なことで絶対に誤解されている!
 梅棹忠夫の「文明の生態史観」や江上波夫の「騎馬民族征服王朝説」を「トンデモ学」とか「実証が足りない」とは軽々に批判しないだろう。ところが栗本氏は、書籍の体裁だったり、自信過剰に見える言い方で、物を言い過ぎてしまうところ、そんな見た目や過剰さで誤解されてしまう危うさを常に孕んでいる。講談社学術文庫に加わった『経済人類学』は別として、新刊である『全世界史』は個人名を冠して「全世界史」。しかも帯には著者のカラー写真入りである。栗本氏を知らない読者には、怪しいトンデモ本にしか見えないであろう。まだ無難なタイトルにまとめれば良いものを…。もっともそれは出版社の「人の目につきやすいものに」という求めによるもので、栗本氏本人は共感できず、少し論争したという。
 とはいえ、栗本氏自身も「やりすぎ」のこともよく分っている。『経済人類学』の学術文庫版のまえがきでは自身の研究活動を振り返って、謙虚に反省を口にしている。

 ──出来るところは自分でやってしまったという感じなのだが、それは私がやりすぎだったのであろうか。自分で自分は評価できないところもある。

 ──(『パンツをはいたサル』のような)こうした私の仕事の展開が、私にもいたはずの後進や弟子の仕事を逆にせばめてしまった面があったかもしれない。物理的条件が不充分なことを知りながら、どんどん進めてしまうのは、私の性格のせっかちさや(ある面での)正直さのせいでもある。要するに、馬鹿なのである。反省している。

 正直な思いであろう。栗本氏が明治大学を辞職後、脳梗塞に倒れるまでの十年近く、その間、氏は時局本を出したり、政界に進出されたりしたが、残念ながらこの期間が「迷走」期で、失われた時間であったように評者には思われる。

 ともかくも。『全世界史』と『最終講義』は、それぞれ副題が「経済人類学が導いた生命論としての歴史」「歴史学は生命論である」と付されている。「生命論」という言葉も誤解を与えそうだ。一般的に「生命論」というと、生物学的な生命を扱う議論のことで、「生命論としての歴史」というと抽象度が高過ぎて、神秘主義のようにも捉えられてしまう。しかし栗本氏の用いる「生命」という言葉はだいぶ意味が違う。
 栗本氏によれば、生命はいくつもの層から成っている。身体と精神の関係を見れば、下層に物理化学的な素材から成る身体の層がある。それらは原子結合や分子素材から構成されているが、外見としての身体を形成した段階で、上位の原理によってコントロールされることになる。素材の統御は内部と外部の「境界」を生み、境界の内側に「形」ができる。この内部と外部を峻別し、素材を統御する原理が「生命」と呼ぶシステムである。階層は上にも下にも無限に重なり、その上位には想像もしない生命システムが措定される。
 栗本氏はこの「層の理論」を1988年刊行の『意味と生命』で提唱した。さらにそれを展開したものが、栗本経済人類学の歴史論である。社会や共同体も「生命」としての身体性を持ち、社会の「歴史」とは生命体の少しづつの「変態」である、と栗本氏は考える。氏はこの歴史論を最近になって考え始めたわけではない。名著『意味と生命』の末尾で、既に次のように述べている。

 ──私が、様々な場所で、一見生命論と無関係に見える「麻薬」「病」「性」につき考察を行い、日本の歴史人類学に再び関心を寄せているのも、結果的にはこの一環であることもやがて示されるであろう。

 『全世界史』と『最終講義』はその一環、考究の結果となる。
 それは次のような歴史哲学だ。歴史もまた生命論である。社会やそれを統合する地球という生命体の原理に歴史が含まれる。一見ばらばらに見える世界の動きや変遷も根源は一つであり、みな有機的に繋がっている。
 具体的な歴史叙述でいえば、人類文化の起源はユーラシアとりわけ南シベリアにある。北アフリカで発祥した人類は、メソポタミアからコーカサスを経て南シベリアに達し、文明の基礎を作る。この南シベリアで生み出された基礎を起点にインダス文明も黄河文明も花開く。南シベリア文明にルーツを持つスキタイ人=サカ人=アサカから派生して、シュメール人やキォンヌ(匈奴、フン族)、ゲルマン人、日本の蘇我氏らが派生し、彼らの活動や影響によって、ヨーロッパも中国も日本社会も形成されていく。今日の中国の侵略主義の根源も、アラブ社会とイスラエルの軋轢も、動因は一つである。
 こうした個別具体的な歴史叙述では、栗本氏は決して突飛なことをいっているわけではない。明解に言い過ぎている懸念もあるが、十分に説明されていると思う。冒頭に挙げた「文明の生態史観」や「騎馬民族説」とも相補う史観・学説になるのではないか、と評者は思うのだが。
 ところが、栗本慎一郎氏は『全世界史』について「経済人類学の後進にチラとでもなろうと思わない者には一行たりとも読んでもらわなくてよい」「ふと目についたから読んでみたいという読者には本書は向いていない」とキッパリと釘を差す。
 その通りかもしれない。出版社には申し訳ないが、いくら人目に付きやすくしても、少なくとも『経済人類学』を読んでいない読者には『全世界史』を薦めることが難しい。その意味でも、デビュー作の復刊には大きな意味がある(また『意味と生命』の復刊も待望されるだろう)

 1979年刊行の『経済人類学』は、いま読んでも新鮮で知的な興奮を覚える。このことを、栗本氏は「研究の進展が、三三年たってもまだ十分ではないから、この本がまだ意味があるなどと言われるのであって、そうした状況は決していいことではないのだ(中略)決して諸手を挙げて喜ぶべきことではない」とここでも謙虚に反省する。
 とはいえ、本書が経済人類学の恰好の入門書であることは間違いない。まえがきでは、斯学の壮大な学問的意図が示されている。その後の栗本氏の研究活動のほとんどが盛り込まれているといって良いだろう。

 ──経済人類学者がなすべき仕事の一つに、哲学や宗教学、言語学、構造人類学、比較神話学、デュルケームとモースの社会学、分析心理学、そしてもちろん、経済学や人類学内部からの、前記の課題に関わる情報を整理し、生かし、再び逆にそれらの科学へ問い返すことがある。おそらく、将来のある時点では、生物学とくに比較行動学は太い導きの糸となろう。逆に、生物としてのヒトの行動の研究に我々の経済人類学のもたらす知見が、いつの日か役立ちうるとの期待は、まだ霧の中にあるとしても。(中略)だから私は本書において、つねに広い知的フレームのなかで考えようとした。実際のところ、これでもまだ足りないくらいであって、叙述のなかでわかりにくいところ、非説得的なところがもしあるとすれば、それは超領野的であったがためではなく、むしろまだ限られた視野や規制の領域にとらわれたまま説明しているからに違いない。

 『経済人類学』の第4章「歴史認識におけるシンボリズムとコスモロジー」は痛烈な歴史学批判である。冒頭で山口昌男の「歴史研究のパラダイムは破産し、そのモデルと概念はとうの昔に摩滅し尽くしている」との言葉を引用したうえで、

 ──もしも問題が真剣に見つめられるならば実は文化の全体的解読ということにならざるをえないのであって、これが歴史学のディシプリンの革命および認識論の転換を経ずしてできることなどとうてい考えられない。

 と既成の歴史(学)研究を根底的に批判する。この批判はそのまま『全世界史』にも貫かれ、批判の対象は若干違うものの、ほぼ同じことを説いている。

 ──歴史学には哲学と生命論がなくてはいけないと言った。(中略)ヒトの社会の歴史のありかたを考えること自体が哲学である、歴史こそが生命であるということだっだ。その意味で、過去の歴史「学」は重要な事実誤認や見すごしがあったということではなく、その認知の方法自体がすべて間違っていたということである。

 あらためて。栗本慎一郎は誤解されている!
 栗本氏は「私にはもう時間がなかろう」「本という形ではもう終わりだ」「夢の先は墓場で見続けることにしよう」「読者の皆さんさようなら」と別れを告げるが、この先は「後進」の仕事に委ねられてしまうのだろうか…。誠に残念な思いがする。かつて吉本隆明が栗本慎一郎に贈った言葉を思い出してならない。氏の「健康と健在を願わずにはおられない」


(カタロギングサービス部 佐藤高廣)


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