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2013年04月15日

『私の昭和史 ―二・二六事件異聞』末松 太平(中公文庫)

私の昭和史 ―二・二六事件異聞 上巻 →紀伊國屋ウェブストアで購入 私の昭和史 ―二・二六事件異聞 下巻 →紀伊國屋ウェブストアで購入
 「昭和史の第一級史料」といわれる末松太平著『私の昭和史──二・二六事件異聞』が先の2月、遂に中公文庫のラインナップに加わった。中公文庫は昭和史資料の採録をテーマの一つとするので、加わるべくして加わった書籍といえよう。「待望の復刊」となる。当初、みすず書房から1963年に刊行され、1974年に新装版となり刷を重ねたが、最近は二十年近く品切れ状態で入手ができず「幻の名著」と化していた。

 本書はサブタイトルの通り、二・二六事件の異伝である。事件後に起訴され、禁錮刑を受けた陸軍士官末松太平が戦後になって、当時の青年将校の動向を率直に「体験したことだけを」書いた記録となる。著者末松は「一木一草、風のそよぎ、空の色、花の色のうつろいにも、フィクションはないつもりである。(中略)体験を、もちろん端折ってはあるが、体験したままを書いたのであって、弁明の意図ははじめからない。あったにしても一片の笹船の弁にすぎない」と冒頭に語る。

 この文章からも推し量れる通り、本書は無味乾燥な記録史料にとどまらない詩的な香り、気品の高さ、文学的な完成度を持っている。三島由紀夫の本書への激賞が文庫解説で紹介されている。(解説は第一人者の筒井清忠氏によるもので、本書の成立や刊行時の評価、史料的な位置づけなどが適切に紹介され、参考になる。みすず書房版の既読者にもお薦めしたい)

 ──軍人の書いた文章と思えぬほど、見事な洗練された文章であり、話者の「私」の位置決定も正確なら、淡々たる叙述のうちに哀切な抒情がにじみ出ているのも心憎く、立派な一遍の文学である。殊に全編を読み来って、エピロオグの「大岸頼好の死」の章に読みいたったときの、パセティックで、しかも残酷な印象は比類がない。

 ──ここ十年ほどの間で、もっとも感銘を受けた「人生の本」といえば、この本をあげなければなるまい。この本(中略)をとおして、はじめて私は永年探しあぐねていた、もっとも反文学なるものの美に味到したと云ってよい。そこでは、人間のさわやかさ、美しさ、至純が、何の誇張もなしにえがかれている。近代日本文学がついに逸してきた人間の一面が、ここに結集していると云ってよいのである。

 後者は三島由紀夫が「楯の会」を準備する頃(1966年)の評で、その頃の心境が反映されていることを措いても、三島の評はさすがで、本書の魅力を簡潔な筆で余すことなく書いていて実に見事である。

 だが、本書は文学作品ではなく、何よりも回想の記録として書かれた。かつて目的を共にした同志たちへの鎮魂の念、弁明ではなく弁護、失敗に終わった運動への反省のような自責のような複雑な思い。そうした動機によって筆が執られ、数多の思いが調合され、蒸留され、文学的な高みに結晶したように思われる。

 その意味において、著者末松太平にとって度し難い人物が辻政信である。
 辻政信はノモンハン事件の暴走、太平洋戦争中のシンガポールでの華僑虐殺、フィリピンでの捕虜虐待にも関わったとされる悪名高い陸軍参謀だが、本書でも何度も登場する。辻は青年将校運動へのスパイ活動を行い、十一月二十日事件をでっち上げた。十一月二十日事件とは、後に二・二六事件を起こす村中孝次大尉らが告発された事件である。

 戦後になって辻が刊行した自己弁明の書『亜細亜の共感』に対して、著者の長い批判が書かれる。末松太平は明確にいう。「筆誅を加えようとは思わない。(中略)辻政信に釈明を求めようとも必ずしも思わない。ただ『亜細亜の共感』を自分の体験に照らして、事実を事実とし、非違を正そうとするたけのことである」と述べ、そして明確に語る。「辻政信が余計なことに手出しするから相沢事件(評者注:永田軍務局長の斬殺事件)を誘発し、拙速にニ・二六事件を激発することになった」と。

 また、本書の底で絶えず奏でられる「鎮魂」という意味において、忘れ難い人物が渋川善助である。
 渋川善助は会津の生まれ。無名の人である。士官学校の秀才。抜群の頭脳と「赤鬼」といわれる体躯で口八丁手八丁で横車を押した。しかし卒業間際「学校教育を教育学の基本に照らして批判したこと」で学校当局の忌諱にふれ退校処分にされる。学校長は奇しくも後の「皇道派」の巨魁真崎甚三郎。退校後の渋川は青年将校たちの間に立って人知れず苦労する。己れを殺し他に尽くし、赤鬼は「御上人」といわれるまでになる。やがて、二・二六事件では決起した青年将校たちと行動を共にし銃殺刑となる。

 みすず書房版では渋川善助と末松太平が並んだ写真が口絵に掲載されている。好漢である。口をきつく結び、強い意志がみなぎるが、どことなく愛敬がある。写真を見ると本書を単なる歴史資料扱いすることが憚られる。切れば鮮血が出るかのような清冽な記録である。中公文庫版に渋川善助の写真が採られなかったことは惜しい。関心を持たれた読者はみすず書房版もぜひ探してみてほしい。


(カタロギングサービス部 佐藤高廣)


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