« 2013年02月 | メイン | 2013年06月 »

2013年04月15日

『ぼくたちの外国語学部』黒田龍之助(三修社)

ぼくたちの外国語学部 →紀伊國屋ウェブストアで購入

「その他の外国語」の話をしよう」

新学期、語学を新しく始めた人も多いだろう。もっとも、「外国語」というと今日も世間は「英語」「英語」と喧しい。猫も杓子もTOEICやTOEFLの点数を気にする世の中では、「その他の外国語」の居場所はますます小さくなる一方だ。語学は英語だけじゃないよ!と声を大にして言いたい人はこの本を読もう。(やっぱり英語が気になる人も読んでください。旧著『ぼくたちの英語』もすばらしいですよ。)

この時代に、黒田龍之助さんの存在は貴重だ。数多くの言語に通じ、言語学のバックグラウンドもあって、多様なことばの世界の魅力を軽やかに語ってくださる。と言うと、亡き千野栄一さんが思い出されるが、その大きな空白を埋めているのが黒田さんなのだと勝手に思っている。千野さんの専門がチェコ語だったように、黒田さんもロシア語はじめスラブ系の言語に造詣が深いが、その語学のレパートリーの広さは驚異的だ。『世界の言語入門』(講談社現代新書)では、系統もさまざまな九十もの言語を一人で解説するという知的軽業を成し遂げている。黒田さんのエッセイを読んでいると、未知のことばに満ちているこの世界が、怖いよりも俄然、愉しくなってくる。「メジャー」な言語も「マイナー」な言語も分け隔てせず、どんな言語についても興味津々たる口調で語るその姿勢は、短兵急に「役に立つ」ことばかり追い求めてしまう風潮への静かな異議申し立てになっている。

この三月に出たばかりの新刊『ぼくたちの外国語学部』は、「外国語学部」に限らず、大学の語学教育に関係する、あるいは広く外国語を教えたり学んだりしている方々にはぜひ読んでいただきたい内容だと言っておきたい。英語以外に複数の言語を学ぶことの豊かさが、いずれもユニークな黒田さんの教え子たちのそれぞれのキャラクター、学びかた、相互の触れ合いを通して、浮かび上がってくる。語学だけではない、大学で学ぶって、こうゆうことだったよね、と久々に胸が熱くなるストーリーだった。するすると通読した後、ずしんとメッセージが響いてくる、絶妙な編集をされた出版社の方のお仕事にも拍手である。

今では、英語(とか中国語?)以外の「外国語」を専門とするのはやや勇気が要るかもしれない。大学の学部名の流行は時代を映すもので、文系としては人気のある方だと思っていた「外国語学部」だが、近頃では改組の動きもあるという。世間は語学をもてはやすかと思えば、世知辛くなると「語学ができるだけではダメ」と、すぐにハードルを上げたがる。言語は単なる「道具」で、それを使ってコミュニケーションしたり、ビジネスを進めることの方が大事というわけだ。言語それ自体への関心を深めたい学生にはさぞむずかしい時代だろう。

旧著でも書かれているように、黒田さんはお考えがあって数年前に大学を辞め、「フリーランス語学教師」として著作や講演を主に活動しているが、その後も非常勤講師として教壇に立つことがある。本書は、とある外国語学部(わかる人にはわかる書き方だが)で、黒田先生の言語学の講義に詰めかける学生多数の中でも、課外の「裏ゼミ」のメンバー五人を主な登場人物としている。黒田先生は専任でないから正規のゼミを持たない、だから「裏ゼミ」というわけだが、これがどうして本物のゼミ以上に濃い関係だ。はじめは、学生たちとの飲み会あり合宿ありの気さくな交流を綴る軽やかな筆致から、あれイマドキの大学生の青春グラフィティかいなとも思うが、いきなり大上段からの外国語教育論をぶつのでなく、等身大の学生のすがたを描きながら本題に迫っていく筆運びに、だんだん引き込まれていく。

各章は、「スギくんのインドネシア語」「クワくんのドイツ語」「ウメくんのハンガリー語」「フジくんのポーランド語」「サクラくんの日本語」といった具合に、登場人物(のニックネーム)と取り組んでいる言語の組み合わせがタイトルになっている。これだけでも多彩だが、彼らが学んでいる言語は他にもいろいろあることに注意して欲しい。たとえば、スギくんはインドネシア語専攻だが中国語やロシア語、そして結局はベンガル語も学ぶことになった。ウメくんはドイツ語専攻で、フランス語が副専攻だが、高校時代にハンガリー語を独学し、黒田先生の影響でチェコ語にも打ち込むが、行き着くところフィンランド語に志す。最初の興味が変わってきても、別の言語も深く学べるのが外国語学部のよいところだ。それぞれに多彩な言語を学ぶ学生たちに横のつながりができたら、どんなに楽しいだろうかと想像する。黒田先生の「裏ゼミ」の飲み会では、それぞれの言語で「乾杯」を言うことになっている。言語への開かれた扉が、そこここにあるのがすばらしい。(かなり先走ってしまうと、「最後の裏ゼミ、そして……」で、各自が『星の王子様』のインドネシア語版、ドイツ語版、ハンガリー語版、ポーランド語版、中国語版を、そして、黒田先生の指導で、ロシア語版、ベラルーシ語版を朗読する場面は圧巻だ。自分もそんな授業を受けたかった…。)

もちろん、外国語を楽しく勉強しているという話ばかりではない。三、四年生ともなれば、就職するか大学院に行くか、進路だって考えないといけない。社会と大学、自分とのギャップに悩まざるをえない。要領よく就活を乗り切る子もいるが、外国語学部の就職も一般にキビシイらしい。専攻言語とは無関係に英語教師を目指す子もいる(これは英語教育にとっても悪いことではないという話は『ぼくたちの英語』を参照)。大学院を志す学生に、黒田先生は「いろんなことを勉強して、それなりに覚悟を決めてからでも遅くない」と助言する。まず十分に勉強してみないと、研究テーマなんて見つからないものだし、研究者にもなれるわけがない。それなのに、大学一年生のときから夢を思い描いて実現するというストーリーに、本人も周囲も酔ってしまいがちだ。入っただけではわからないのが大学というところなのに…。わからないと言えば、これは本当につらい話なのだが、心の病を抱えて大学に通えなくなってしまった子もいる。さらには、教師にはどうにもできない家族や学費の問題。何かと相談に乗ってきた黒田先生は、なかなかできないことだが、それでも彼とつきあっていくことにする。「目的地なんていらないんだよ。行きたいほうへ行くだけ」と語りかけ、一緒に歩き、支え続ける。外国語を嫌いにならないでほしい、外国語をやっているうちは、人はまだ元気でいられるから…。この家族よりも濃い師弟の交わりは、大学を離れても続くだろう。言語も人も、一生ものの出会いがある。それだけで、大学に行ってよかったと思えるかもしれない。

楽しかった「裏ゼミ」も終わりを迎える。その大学の「外国語学部」は改組でなくなり、黒田先生も教壇を去る。最終講義的に「ぼくたちの外国語学部」を語る黒田先生の口調は、静かに熱を帯びる。外国語学部のよさは多様性。一つの言語だけでなく、いろんな外国語を学ぶことで、自分の言語観や世界観を広げることができる。本当は英語も含めて四つ以上の言語を学ぶのが望ましい。世間で言うように「留学」が絶対ではないし、踊らされずに自分に合った方法で学べばいい。学生のうちは「理論」よりも具体的な言語になるべく多く触れることが大切。そう思えばこそ自分なりの外国語学習と関わり合う「言語学」を貫いてきた。非常勤の立場で好きなことを言ってきたが、専任の先生たちが雑用に振り回されて忙しすぎる中で、学生と時間外もつきあって相談に乗る「暇」な教員も必要だ。もっと言えば、大学には「ちょっとアブナイ」ことも教えちゃう「無責任なオジサン」(「寅さん」的な)もいないと、面白くないよね。(最後はやや意訳。)

自分が学生だったら、こんな先生に習ってみたい。きっと新しい勤務先(別の「外国語学部」)にもモグりたくなる。「裏ゼミ」のメンバーたちは、皆TOEIC対策の「eラーニング」コースに抵抗感を示したという。そうゆう感覚がどのくらい共有されているか知らないが、スコアのための勉強だけでは抜け落ちてしまうものを彼らの物語が教えてくれる。それは「教養」と言ってもいいだろうが、社会に出ても染み出てくる無形の財産ではないだろうか。思い返せば、私自身も今や昔の高校生時代、もし外国語の大学に進んだらチェコ語をやってみたいなんて思っていた。結局そうはならなかったが、大学では第三外国語をいくつかかじったりしてはいたから、ここに出てくる学生さんたちがやりたいことはわかるし、それぞれにしっかり考えているのが頼もしく、また刺激を与え合う師弟の関係がうらやましかった。結局、社会に出てみると、ますます英語一辺倒になっていくなかで、英語もまだまだ勉強不足で、なかなか余裕がないのが現実だ。だが、本書を読んでから、あらためて「その他の外国語」とつきあい直したいと思わずにはいられなかった。さしあたり、何年も持ち越している目標を、今年こそ!まず、フランス語で『星の王子様』を読むこと(英訳と独訳でしか読んだことがない)。そして、今度こそはチェコ語を始めてみよう。


(営業企画部 野間健司)


→紀伊國屋ウェブストアで購入

『私の昭和史 ―二・二六事件異聞』末松 太平(中公文庫)

私の昭和史 ―二・二六事件異聞 上巻 →紀伊國屋ウェブストアで購入 私の昭和史 ―二・二六事件異聞 下巻 →紀伊國屋ウェブストアで購入
 「昭和史の第一級史料」といわれる末松太平著『私の昭和史──二・二六事件異聞』が先の2月、遂に中公文庫のラインナップに加わった。中公文庫は昭和史資料の採録をテーマの一つとするので、加わるべくして加わった書籍といえよう。「待望の復刊」となる。当初、みすず書房から1963年に刊行され、1974年に新装版となり刷を重ねたが、最近は二十年近く品切れ状態で入手ができず「幻の名著」と化していた。

 本書はサブタイトルの通り、二・二六事件の異伝である。事件後に起訴され、禁錮刑を受けた陸軍士官末松太平が戦後になって、当時の青年将校の動向を率直に「体験したことだけを」書いた記録となる。著者末松は「一木一草、風のそよぎ、空の色、花の色のうつろいにも、フィクションはないつもりである。(中略)体験を、もちろん端折ってはあるが、体験したままを書いたのであって、弁明の意図ははじめからない。あったにしても一片の笹船の弁にすぎない」と冒頭に語る。

 この文章からも推し量れる通り、本書は無味乾燥な記録史料にとどまらない詩的な香り、気品の高さ、文学的な完成度を持っている。三島由紀夫の本書への激賞が文庫解説で紹介されている。(解説は第一人者の筒井清忠氏によるもので、本書の成立や刊行時の評価、史料的な位置づけなどが適切に紹介され、参考になる。みすず書房版の既読者にもお薦めしたい)

 ──軍人の書いた文章と思えぬほど、見事な洗練された文章であり、話者の「私」の位置決定も正確なら、淡々たる叙述のうちに哀切な抒情がにじみ出ているのも心憎く、立派な一遍の文学である。殊に全編を読み来って、エピロオグの「大岸頼好の死」の章に読みいたったときの、パセティックで、しかも残酷な印象は比類がない。

 ──ここ十年ほどの間で、もっとも感銘を受けた「人生の本」といえば、この本をあげなければなるまい。この本(中略)をとおして、はじめて私は永年探しあぐねていた、もっとも反文学なるものの美に味到したと云ってよい。そこでは、人間のさわやかさ、美しさ、至純が、何の誇張もなしにえがかれている。近代日本文学がついに逸してきた人間の一面が、ここに結集していると云ってよいのである。

 後者は三島由紀夫が「楯の会」を準備する頃(1966年)の評で、その頃の心境が反映されていることを措いても、三島の評はさすがで、本書の魅力を簡潔な筆で余すことなく書いていて実に見事である。

 だが、本書は文学作品ではなく、何よりも回想の記録として書かれた。かつて目的を共にした同志たちへの鎮魂の念、弁明ではなく弁護、失敗に終わった運動への反省のような自責のような複雑な思い。そうした動機によって筆が執られ、数多の思いが調合され、蒸留され、文学的な高みに結晶したように思われる。

 その意味において、著者末松太平にとって度し難い人物が辻政信である。
 辻政信はノモンハン事件の暴走、太平洋戦争中のシンガポールでの華僑虐殺、フィリピンでの捕虜虐待にも関わったとされる悪名高い陸軍参謀だが、本書でも何度も登場する。辻は青年将校運動へのスパイ活動を行い、十一月二十日事件をでっち上げた。十一月二十日事件とは、後に二・二六事件を起こす村中孝次大尉らが告発された事件である。

 戦後になって辻が刊行した自己弁明の書『亜細亜の共感』に対して、著者の長い批判が書かれる。末松太平は明確にいう。「筆誅を加えようとは思わない。(中略)辻政信に釈明を求めようとも必ずしも思わない。ただ『亜細亜の共感』を自分の体験に照らして、事実を事実とし、非違を正そうとするたけのことである」と述べ、そして明確に語る。「辻政信が余計なことに手出しするから相沢事件(評者注:永田軍務局長の斬殺事件)を誘発し、拙速にニ・二六事件を激発することになった」と。

 また、本書の底で絶えず奏でられる「鎮魂」という意味において、忘れ難い人物が渋川善助である。
 渋川善助は会津の生まれ。無名の人である。士官学校の秀才。抜群の頭脳と「赤鬼」といわれる体躯で口八丁手八丁で横車を押した。しかし卒業間際「学校教育を教育学の基本に照らして批判したこと」で学校当局の忌諱にふれ退校処分にされる。学校長は奇しくも後の「皇道派」の巨魁真崎甚三郎。退校後の渋川は青年将校たちの間に立って人知れず苦労する。己れを殺し他に尽くし、赤鬼は「御上人」といわれるまでになる。やがて、二・二六事件では決起した青年将校たちと行動を共にし銃殺刑となる。

 みすず書房版では渋川善助と末松太平が並んだ写真が口絵に掲載されている。好漢である。口をきつく結び、強い意志がみなぎるが、どことなく愛敬がある。写真を見ると本書を単なる歴史資料扱いすることが憚られる。切れば鮮血が出るかのような清冽な記録である。中公文庫版に渋川善助の写真が採られなかったことは惜しい。関心を持たれた読者はみすず書房版もぜひ探してみてほしい。


(カタロギングサービス部 佐藤高廣)


上巻→紀伊國屋ウェブストアで購入


下巻→紀伊國屋ウェブストアで購入