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2012年07月18日

『Before and After Superflat : A Short History of Japanese Contemporary Art 1990-2011 』Adrian Favell(Blue Kingfisher)

Before and After Superflat : A Short History of Japanese Contemporary →bookwebで購入

「「アート」から見た「現代日本の転機」論」

わたしたちは今でも「ジャポニスム」の夢を見たいのだろうか。その21世紀版たる「クール・ジャパン」は、ここ数年来、日本政府も旗振り役を務めている。そんな「クール・ジャパン」に冷や水を浴びせるような本が海外で出ていた。本書“Before and After Superflat : A Short History of Japanese Contemporary Art 1990-2011”は、奥付によると2011年に香港の出版社Blue Kingfisherから刊行。今年の春ごろから、米英でも流通するようになって入手しやすくなった(著者も来日していたようだ)。サブタイトルの通り、1990年から2011年までの日本の「現代アート」の「小史」である。本書の「プロローグ」を読むと、いきなり「クール・ジャパンは終わった」(”Cool Japan is over.”)という断言に出くわす。あの「3.11」の衝撃が本書の筆運びにも影響を与えているように思えるが、著者に言わせればその潮目の変化はずっと前から明らかだったという。

この著者Adrian Favellとは何者か。略歴を見ると、英国人の社会学者で、米国の大学でも教えていたが、今はパリ政治学院(Sciences Po)教授で、パリに在住。2007年に国際交流基金の招聘で来日して以来、オブザーバー、時にはキュレーター、かつ活発なライターとして、日本の現代アート・シーンに内外で積極的にかかわってきたとある。本書は、著者自身「ジャーナリスティック」な著作とことわっているように、学術的な分析ではない。さらっと読める、ラフスケッチ的なものではあるが、実にリアルなノンフィクションである。それもそのはず、取材量は半端ではない。巻末に人名索引を兼ねて、主な作家、キュレーター、批評家などの登場人物を列挙し、取材できた人については初めて会った年月日を記しているが、ざっと見る限り100人は軽く超えている。その他に、匿名で取材に応じた業界関係者も多数というから、いったい何人に会ったのだろうか。結果的に、本書は日本のアートワールドの内側からは描きにくいだろうリアリティが鮮やかに像を結んだ快作といえる。

最近20年間のことを歴史の対象にするのは、どの分野であってもむずかしい。だが、「3.11」の衝撃でいろいろなことの意味が変わってしまった後だからこそ、自分たちが生きてきた時代を確認しておきたい。「現代アート」(「現代美術」というよりこの方が定着している、なぜ「美術」や「芸術」でなく「アート」なの?といった問題については、佐々木健一『美学への招待』中公新書などがわかりやすい)の世界は、一見すると社会的現実から遠そうだが、特に90年代以降はグローバルな社会経済的トレンドとも密接な関連があった。本書は、まさにその部分に照準している。「現代アート」の本に多い(と偏見を持っているのだが)お手軽すぎる入門書でも、当事者の濃密すぎる語りでも、理論の勝った難解すぎる批評でもない。膨大な情報を消化した上で、ざっくりとした時代像を描いてみせる本書は、「現代アート」を媒介した見通しのよい「現代日本の転機」論としても読める(高原基彰『現代日本の転機』NHKブックスを想起している)。

アートだけの話でないと感じるのは、グローバル経済の猛威である。90年代の日本は、のちに「失われた二十年」といわれるバブル崩壊後の慢性的停滞期に突入するが、同時にあらゆる分野で「国際化」への対応を迫られた。公共部門が文化・芸術を支える余裕を次第になくしていく中で、その中でも周縁的な現代アートの育成は、国立の美術館というよりも創意あふれるギャラリー経営者や商業デザイナー出身のアーティスト、資金力のあるデベロッパーらの手に多く委ねられた。90年代のグローバル・エリートたちを魅了した「ネオ東京」のアート・シーンは、00年代の「クール・ジャパン」につながっていくものだ。一方、沈みゆく日本経済を尻目に、世界は00年代末期まで「アート・バブル」に浮かれていた。2008年、ニューヨークのサザビーで村上隆の代表作「マイ・ロンサム・カウボーイ」が1500万ドルで落札された「事件」は、直後の「リーマン・ショック」の衝撃によって「最後の宴」とも見えたが、「金融危機」後も中国やインドなど新興国のアート市場は活況を呈している。巨大なグローバル・マネーは日本を通り抜けて中国や韓国に流れ、日本がアジアのアートの中心地になるという夢も潰えた。アートがグローバル資本主義と手を携える時代、日本の政治経済の苦境は当然アートの世界においても同様だった。

そんな時代の日本で、グローバルな市場でも例外的な成功を収めたアーティストが、本書でも主要な登場人物といえる村上隆と奈良美智である。中でも、村上は「スーパーフラット」という画期的なコンセプトの下に、二次元の美少女を愛玩し成長を拒否し続ける「オタク」的な自意識をデフォルメした精緻なフィギュア作品に具象化しただけでなく、往時の「ジャポニスム」を想起させる「日本」的コンテクストを巧みに織り交ぜた戦略的なプレゼンテーションで欧米にアピールした、アートにおける「クール・ジャパン」の立役者ともいえる存在である。奈良も作風はかなり異なるが「ひきこもり」の時代を見つめる永遠の夢想家を思わせるそのイメージは人口に膾炙し、村上の「スーパーフラット」展の中に位置づけられることで国際的にもブレークした。本書のメインタイトルは「スーパーフラット以前・以後」であるように、ひとつには1990年代以後の日本のアート史は、グローバルなアート・シーンで「一人勝ち」の様相を呈していた村上隆を中心に描かざるをえないという側面がある。もっとも、著者は村上と奈良の美学、パーソナリティ、その制作のあり方を詳しく論じているが、その評価は両義的である。村上は、かつてアンディ・ウォーホルが夢見たようなアーティストの自己ブランド化、アート作品の工業製品化(制作プロセスの「フォーディズム」化!)を極限まで追求した。たしかにそれは絶大なる名声と金をもたらしたが、村上・奈良作品のプロモーションとも密接な関係にあった「森美術館」をいただく「六本木ヒルズ」に象徴される「ネオ東京」の華やかな消費文化のイメージは、地方の疲弊が止め処なく進む日本全般の現実とは甚だしく乖離していった。日本政府が「クール・ジャパン」に遅まきながら飛びつく00年代後半には既にその断絶はいかんともしがたいものとなっていて、「3.11」より以前に村上とそのグループはかつてほどのブームは起こせなくなっていた。著者は、村上のもっとも重要な作品を一つだけ挙げるとすれば、その著書『芸術起業論』だと辛辣な皮肉を述べる。実際、村上によるアートの徹底的な「マーケティング」化の宣言は、その美学を共有しない若い世代にもより厳しい時代を生き抜く知恵を授けた。村上はまた、自身の母校である藝大を頂点とする日本の古いアートのシステムを「壊す」ことにも並々ならぬ情熱を注ぎ、「クリエーター」志向の若者の熱い視線を集める。SNSを活用し「ウェブ2.0」の時代を体現するその発言スタイルも、なお村上を現代アートのカリスマ的存在として際立たせている。

もちろん、村上や奈良以外にも日本にはすぐれたアーティストが数多く存在する。本書は、既に消費され尽くした「スーパーフラット」に代わるビジョンを探るべく、さまざまなレイヤーに属するアーティスト、キュレーターらの活動を幅広く紹介している。しかし、実際のところ、彼らは村上や奈良に比べると海外でははるかに知られていない残念な現実がある。ここでも村上に学ぶべきは、カタログの英文解説をも徹底的にチェックし、海外でのイメージ・コントロールにも余念のなかったことである(村上の内外での態度の使い分けも戦略的であり、国内では反米やナショナリズムを語りながら、海外向けには常に笑顔をふりまいていた)。著者によると、翻訳に対する日本の戦略的意識の低さを示す端的な事例があった。2007年に日本の文化庁が「クール・ジャパン」の魅力を海外にアピールするためにつくったパンフレットの翻訳が、まるで「ロスト・イン・トランスレーション」の見本のようだったというのである。日本における批評も、まだまだ翻訳が不足しているか日本的な文脈に閉じていたり難解な理論をふりまわしすぎて、海外では理解されていない。日本のアートをグローバルな舞台で理解してもらうには、やはりプレゼンテーションの問題を考えなくてはならないということだ。また、グローバルなアートのトレンドといっても、世界を飛び回る少数の国際派キュレーターがつくっていたりするので、彼らとのコネクションは欠かせない。しかしまた、ロンドンやニューヨークのアートの基準で何でも見てしまうと、本書で一部のアーティストやキュレーターについて指摘されているように、それが日本で表現/展示されることの固有の意味がなくなってしまう本末転倒の危険を孕んでいる。その意味で、本書のもう一人の主人公といえる(表紙にも作品が採られているアーティスト)会田誠は、悩ましい例かもしれない。同世代の村上より日本国内およびアジアでの評価は断然高いのに、会田は欧米ではまだあまり受け入れられていない。会田の作風の妥協のなさもあるが(会田のハードコア的表現をキッチュにしたのが村上的「スーパーフラット」だという)、英語を好まない会田のコミュニケーションの問題も大きいという。とはいっても、会田は日本国内で十分過ぎるほど人気があり、彼を慕う一種の「アイダ・スクール」から育った若手アーティストも多数いる。著者は彼らの中から「クール・ジャパン」的な「カワイイ」に代わる「社会的」な表現が出てきたことにも注目している。若くして海外で注目を集めた「断面の世代」の女性アーティスト「束芋」らによって、「ポスト・バブル」の日本に生きる若者/女性のリアリティもつつましいがヒューマンな表現を見ている。

オルタナティブの可能性は、それだけではない。利便性ばかりを追い求め均一化していく都市部に対して、過疎化に悩む「もう一つの日本」である地方に脚光を当てて、アートを通じて今まで知らなかった自然や人々と触れあうことのできるイベントを企画し、「観光」を軸にした地域の再生につなげようとする試みが各地で進んでいる。そのパイオニア的なイベントである「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」は、2000年の第一回から今夏で第四回を迎える。新潟の豊かな「里山」の風景を生かして、その美しい「棚田」や古民家や廃校になった小学校跡などを制作の舞台として国内外のアーティストに開放し、観客は広大なエリアの中に多数散りばめられたインスタレーション作品を巡り歩きながら、地域の暮らしや自然環境を意識することになる(筆者も縁あって第一回、第二回と訪ねたことがある)。その応用バージョンとして2010年夏に初めて開催された「瀬戸内芸術祭」は、地域の産業遺跡を生かした「アートの島」のコンセプトが広くアピールし、100万人近い来場者を集めて経済的にも成功を収めた。これらのイベントを企画した東京・代官山のギャラリー経営者の理想主義的なビジョンには誰もが共感するだろうが、問題は海外であまり知られていないことだと著者は言う。ここでも「グローバル化」か「ガラパゴス化」か、という21世紀の日本をずっと悩ましている問いが頭をもたげるが、著者は「内向き」「鎖国」とも見える近年の日本社会の動向に必ずしも批判的なわけではない。著者の考えでは、1970年の大阪万博から2000年代の六本木ヒルズにいたるまで、日本の都市開発はひたすら「未来」を体現していた。ところが、長きにわたった「ポスト・バブル」、かてて加えて「ポスト・ディザスター」の日本では、その「未来」はもはや「終わった」のだ。一方、他の世界、広大な国土が残るアメリカでもアジア(とりわけ中国)でも、飽くなき開発の夢はしばらく醒めそうもない。しかし、彼らが全ての国土を食い荒らし尽くして立ち止まらざるをえなくなったとき、この時代の日本の経験は参考になるはずだ。そのとき、日本が果たせる役割は従来の「未来」ではなく「サステナブルな未来」を示すことなのかもしれない、と。本書の「エピローグ」で、著者は「3.11」後のあるアーティストの素朴な実践を取り上げ、一抹の希望を見ている。グローバルなマーケットや、美術館の白い密閉された空間を離れて、都市へ村へと飛び出し、コミュニティとつながるアート。そこに「3.11」後の日本のアートが生きる可能性の中心を見ている。それはたしかに絶望をくぐり抜けた先にある「希望」である。

本書の読後感は、ジャンルは全く異なるが最近話題の新書『商店街はなぜ滅びるのか』(新雅史著、光文社新書)と重なるものがあった。やはり社会経済的な変化があって、商店街は滅びるべくして滅びてきたのだという苦い話ではあるのだが、しっかりと現実を見つめるということの効果なのか、なぜか希望が湧いてくるのである。商店街も「3.11」を契機にそのコミュニティとしての価値が見直されつつある。ひょっとして、アートと商店街の再生がつながったりしたらよいなあと思う。正直なところ、筆者にとって現代アートはちょこちょこと触れる機会はあったものの、「面白い」よりも「わからない」という思いの先立つ世界だった。本書を読むと、現代アートは「わかる」とか「面白い」を超えて、わたしたちの「今」にかかわっているということに気づかされる。本書の記述は日本の政治経済にも似て厳しい現実の指摘にあふれているが、それを噛み締めて前に進むことは「世界に誇る日本の○○」といった心地よい言葉に酔いしれるよりは生産的なはずである。


(営業企画部 野間健司)


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