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2012年02月24日

『暇と退屈の倫理学』國分功一郎(朝日出版社)

暇と退屈の倫理学 →bookwebで購入

紀伊國屋じんぶん大賞2011『大賞』キノベス!2012『第14位』阿部公彦先生による書評(書評空間)と、紀伊國屋では大評判の本書を、さらに推薦したい。

偉大なる先人たちによって自由を求める闘争が成し遂げられた後、私たちはいったい何を為すべきか。
資本の論理の中で、趣味や将来の夢をカタログの中から選ばされる人々は、真に幸福か。
不景気による閉塞感、幸福を追求できない若者・・・。

こういった慢性的な悩みに対して私は、単なる現状追認として「社会構造や経済論理」で説明されてしまうことに飽きていた。そういう類いの言説には、耳にたこができるほどであった。手も足も出せないまま、耳にタコであった。

自分に直接関わるはずの問題でも、「社会構造」や「経済論理」という大きなもので説明されてしまうと、「ああ何だ。私のせいじゃなかった。仕方無いことだ。」と、どこか安心してしまうが、しかし問題は厳然として目の前にあり、単なる「現状追認の思想」は私の役には立たなかったのである。


本書は、筆者自身が言うように、「僕はこんなこと考えてるんだけど、あなたはどう思う?」という問いかけを感じさせるものであり、読者は考えることを促される。それがとても刺激的だった。

幸福を追求する人間にとって「退屈」の問題は深刻であり、本書では、多くの著名な学者の思考に沿って、著者自身の思考が展開される。
『歴史は繰り返す』。19世紀から既に欧米では同じ危機が学者によって論じられていたのである。哲学者や経済学者の思想が多数登場するが、身構える必要はない。本書の魅力は、彼らの思考が、現代に生きる我々の問題として生々しく展開されることであり、学問は象牙の塔ではなく、思考のプロセスとして自分のものに出来ると感じられることである。


本書は通読しなければ意味が無いが、「自分以外の者の世界観」が論じられる第六章が特に印象的だ。ユクスキュルの「環世界」。
【生物はそれぞれ独自の世界を生きていて、それは人間も他の動物も同じ。ただ人間は他の動物に比べて、容易に複数の環世界を行き来できる。】という説が展開される。会社では社員としての世界観、家庭では父親としての世界観をもって生活している、というイメージである。筆者はそこにも退屈のメカニズムを考察し、人間特有の可能性を見出している。
人間特有の絶望と希望が見いだされる過程が非常に刺激的で、「暇と退屈の」という書名から連想される以上の知的衝動を味わえる。

暇な人も忙しい人も「退屈」している現代社会で、人間性を手放さないために、本書をお勧めしたい。「暇」な人も「忙しい」人も、退屈を打開出来るかも知れない。


(大阪営業部 宇田静香)



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