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2011年05月03日

『憲法の常識 常識の憲法』百地章(文藝春秋)

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「「憲法」と国のかたち」

 昭和22年(1947年)5月3日、前年の11月3日に時の内閣総理大臣・吉田茂率いる吉田内閣下で公布された日本国憲法が、この日、施行された。

 「憲法の常識 常識の憲法」と題しその日本国憲法(昭和22年(1947年)5月3日施行)について書かれた本書は、「憲法とは何か?」や「国家とは何か?」と言った定義的なものから、我が国の最高法規たる日本国憲法の制定過程を通じて憲法がいかなる性質を有しているのかを考え、制定当時、日本を取り巻く情勢がどのような中で制定されたのかを検証している。また、「第九条」をめぐる問題、「象徴天皇制と国民主権」や「政教分離」についてなど、更には、「憲法改正」についての問題にも章を区切りテーマの1つとして考察をしている。

 そして、著者は本書の中で「憲法は根本法であり、コンスティチューション(Constitution)という言葉が示すとおり、憲法は国柄を正しく表現するものでなければならない。」と言い、我が国では、国柄とは何であるかと言った国家論が議論されてこなかったと指摘している。

 私自身も、憲法は国家の顔であり国柄を表すものであると考えているが、「憲法」を英語にすると「constitution」であり「憲法」以外に「構成」や「体質」と言う意味もある事から、この事を前提としない国家論なき憲法は国の最高法規たる根拠はないに等しいと考える。

 これに関して、京都大学教授の佐伯啓思氏は平成17年7月3日付における読売新聞の本書の書評でも、

国家(ステイト)や国民の伝統・文化(ネイション)を無視した憲法の神聖化もありえない、という当然の認識が本書の説得力を生み出している。

と述べている。

 確かに、国家(ステイト)や国民の伝統・文化(ネイション)を無視した憲法の神聖化もありえない。本書は、正にそう言った一番大切な部分をダイレクトに伝えてくれる書籍であるし、日本大学法学部教授でもある著者が、憲法論中心のテーマにおいて改憲の立場から核心を突いた真正面からの議論している事自体、憲法改正論議に対してこれ以上にない良書と言えよう。


(新宿南店仕入課 西山純一)



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