« 2010年06月 | メイン | 2010年09月 »

2010年08月13日

『ノルマン騎士の地中海興亡史』山辺 規子(白水社)

ノルマン騎士の地中海興亡史 →bookwebで購入

王(女王)を選ぶ際に諸侯たちは、外国人だから、異教徒だから、まだ幼いから、体がデカイだけで馬鹿だから、辞めさせ易いはずと甘く考える。しかし一旦王権を手にするや、したたかな才覚を現す者が歴史に名を残すのだ。

ノルマンのイメージがわかり辛い向きのために、まずはヨーロッパの主要なノルマン遺跡を挙げておこう。まず有名なのはモン・サン=ミッシェル。世界遺産であってフランス観光の目玉のひとつ(因みにパリのオプションツアーで行くのは遠いし単調なバス旅だからあまりお勧めしない)。他には、シチリアのモンレアーレ、パレルモのノルマン宮殿、バイユー刺繍、カンタベリーの地下聖堂、などが良く知られたところ。南イングランドにもノルマン系地名やノルマン様式教会が多く残る。とりわけ退屈な世界史の授業で誰もが習ったであろう「ノルマン・コンクエスト」はノルマン王ウィリアム(ギヨーム)がヘイスティングスの戦いでハロルド王を倒しイングランド王となる物語だが、難攻不落のこの国を征服したのは前にも後にもこの王ただひとり。前述のバイユー刺繍にはこの戦争物語が長さ70mの絵巻物のように描かれていて(マチルダ刺繍と現地では言う)、彼らの遠い先祖、北方ヴァイキングの元来非文字文化がこの語り様にあらわれているとするのはMusset著The Bayeux Tapestry(Boydell)。

そんな北方にいたノルマン人が、どのようにして遠くイタリア南部及びシチリア島を支配するに至るのか?それが本書で「事実は小説より奇なり」と紹介し「起源においてきわめてロマンチック、影響においてきわめて重要だった」とエドワード・ギボンが語るロベール・ギスカールを中心とした物語だ。

スタートは、またしてもノルマンディーのモン・サン=ミッシェル寺院。その威容は広く知られるところだが、ミカエルが降臨したのはなにもこの地にだけには限らない。イタリア中部トスカーナ山中のガルガーノ(タルコフスキー「ノスタルジア」撮影に使用した場所だがこの映画でも主人公が故郷に帰ったと幻想しているラストシーンに使われている点に本書との符牒を感じるがそれを検討する素材は目下手元にない)にもこの大天使は舞い降りた。それならばと1016年には、ミカエル聖地巡礼のため40人ばかりのノルマン人巡礼団がこの地を訪れる。当時イタリアにおけるビザンツ帝国のプレゼンスはカラブリア、プーリアの地域、それにナポリ、アマルフィなどに過ぎないところである。メッシーナ海峡の向こうではムスリムがシチリアを占拠している。北にはランゴバルゴ人や教皇軍がいる。そういう時代。諸勢力はすべからく、魅力的な土地であるシチリア(「シチリアを理解しなければイタリアはわからない」とゲーテ)および南イタリアを手に入れたい欲望を抑えられない(Arnaldi//Italy and Its Invades//Harvard)。そうして殺戮のプロとしてのノルマン人に助けを求める。

イタリアにおける傭兵としてのノルマン人騎士がこうしてやおら表舞台に登場する。騎士と言っても実態は、戦勝後の略奪とレイプを専らの愉しみとする乱暴な連中だ。海軍は持たないので陸伝いにやって来た。当然、現地住民にとっては害虫の様な存在だ。しかし戦争のプロたるノルマン人は、当初は傭兵として、次第に有力勢力として地盤を延ばし、遂にはアブルッツィの狼と結託するノルマン騎士レイヌルフにおいてイタリアの地に自らの地盤を築くことになる。

続くオートヴィル家の登場。鉄腕ギョームの活躍。シラクサの占拠。情勢はどんどんノルマン人に優位に運んで行く。勢力はいや増すばかり。本書の主人公ロベール・ギスカールがアブルッツィの狼に師事し辣腕を研く。この戦いにおいてレオIX世にビザンツの援軍が到着しなかった事は、東西教会大シスマの引き金を引くことになるだろう。ノルマンの不敗神話のはじまり。シチリア各地では連戦連勝。遂にはパレルモ陥落に至る。ムスリム打倒の後にはビザンツを血祭りに上げよう、と気炎を上げる。この勢いは後に十字軍へも繋がることだろう。

物語は続く。武勇を誇ったロベール・ギスカールも終に戦死。紆余曲折の挙句、気高い男ルッジェーロII世が王位に就く。このときシチリア王戴冠式で使用されたマント(ウィーン美術史美術館所蔵)が極めてふるっているのだ!ブロンドの髪と見事な髭をたくわえた長身のノルマン王が、シチリアの地で絢爛なビザンチンモザイクの教会の中でイスラムのマントを羽織る!これほど刺激的な光景は他に想像できようか!バイユーで生まれたノルマン王の歴史がこのマントに結実している。1130年クリスマスの日にパレルモ大聖堂で行われたこの戴冠式は教科書だけでは学べないヨーロッパ文化の深さと面白さを象徴して余りある(桝屋訳//イスラム美術//岩波)。

最後にノルマンディーについて書こう。ヴァイキングである事を止めたノルマン人がキリスト教に帰依したニュー・フォロンティーアでありこの物語の主人公たちの真の故郷だ。ノルマンディーと言えば、有名なのはカマンベールチーズ。表皮が白いうちは若すぎるから少し茶色くなった頃合い(賞味期限2週間を切ったころ)がちょうど良し。日本人の「新鮮=うまい」の信仰はチーズには全く当てはまらないのだ。赤ワインでも勿論構わないが、ここはご当地同士の組み合わせでシードル・ブリュットと一緒に味わいながら本書を読むのがよろしい。歴史書だからといって肩肘張る必要はない。


(官公庁営業部 林茂)


→bookwebで購入