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2009年08月07日

『本は世につれ―ベストセラーはこうして生まれた』植田康夫(水曜社)

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「本は世につれ?」

ベストセラーというと、どういうイメージだろうか?
書店の目立つところに、やたらと積まれている。あれがコワくて書店に行けないという人がいる。気持ちはわかる。自分もベストセラーはめったに読まない方だ。

しかし、歌の世界で、ある時代までは「流行歌」が世相を映す鏡であったように、ベストセラーを通して見えてくるものがある。

植田康夫『本は世につれ ベストセラーはこうして生まれた』(2009.03 水曜社)は、「東京新聞(中日新聞)」人気連載の単行本化である。過去にも『ベストセラーの社会史』などの著書があるが、「週刊読書人」編集主幹で業界通である著者は、戦後から現在までの「売れる本」をつくるために粉骨砕身した人間たちのドラマに焦点を当てて、さらりとした読み物に仕立てた。

昭和二十年、敗戦の年のベストセラーが『日米会話手帖』というのが凄い。占領軍がやって来れば、昨日まで敵性語とされた英語がたちまち必要とされる。そこに目をつけたのは、雑誌「子供の科学」などで知られる誠文堂新光社。早くも終戦一ヶ月後の9月15日に店頭に並び、360万部を売り上げた。社長が天皇の玉音放送を聴いて即座に企画したという伝説が生まれたほどの早業。この創業社長は、自らの人生にも鮮やかに幕を引く。どこまでもすばやかった。

このエピソードを筆頭に、出版屋という者は、果断に富むが、売れるためなら何でもやる、えげつないところがある。

昭和二十三年、「週刊朝日」の名物編集長・扇谷正蔵は、太宰治入水心中の報を聞くや、愛人の手記を何としても取って来いと編集部員に命じる。そして、『斜陽』は、この年のベストセラー第一位となる。

昭和二十一年のベストセラーだった尾崎秀実の獄中書簡集『愛情はふる星のごとく』も、このタイトルでなければ、あんなに売れたかどうか。「戦後」は今では驚くほどカタい本が売れたイメージがあるが、そのころの「売れる本」にもさまざまな演出者がいたことだ。

昭和三十年代は、カッパ・ブックスを興した神吉晴夫の時代。強烈な個性で時代の欲望をつかんだ人間のドラマは、何度読んでも飽きない。『欲望―その底にうごめくもの』はタイトルで売れたハシリ。しかし、また、その後の草思社まで、ベストセラーの「つくられた」感が見え透いてきたきらいはある。

映画最盛期に次いではテレビ時代の到来で、メディア・ミックスも盛んに。『愛と死をみつめて』は、ラジオ、テレビ、映画と順々にタイアップしてヒットする。それを徹底させたのが、ご存知、角川映画というわけ。

リアルタイムで記憶にあるのは、ようやく『積み木くずし』あたりから。あのころは不良少女のドラマがなぜか多かった。夕方、近所の子供たちが集まって、そういうドラマを観ていたという個人的記憶がある。今よりはるかにテレビ時代だった。

リアルタイムで知らないが、山口百恵が21歳で引退する時に出した自伝『蒼い時』は、全て自分で書いたものだと知って、ちょっと感激した。書くことがあることと文才とは別物で、タレント本にゴーストライターはつきものだ。だが、稀にそんなドラマが生まれる。アイドルに「本物」感があった最後の時代を本が映した。

知っている時代の話に、かえってドラマ感が希薄になっているのはなぜか。愛と死のテーマ、タイトルのつかみ、メディアミックスを活用した宣伝…これらは、時代を超えたベストセラーづくりの定石である。ただし、繰り返されるうちに、マンネリになっているとも感じる。どのチャンネルを回しても同じ映像を流しているテレビに近くなっていないか…という自戒が胸をよぎる。

本の最後には、ブログ発のベストセラーにも触れられている。しかし、それも飽和状態か。出版業界の先行きは暗い。十年連続の落ち込みの上に、この不況で広告激減、雑誌廃刊が相次ぐ。「出版敗戦」という言葉もささやかれるほどだ。用紙不足で印刷もままならなかった時代、行列して本を求める人がいた。今はその混乱期以来の危機的状況だというのだ。

このような回顧企画の裏には、どうしてよいかわからず、原点を見つめるしかない出版人の苦境がある。一つ言えるとすれば、いつの時代にも人間が求めるのは人間だろうという平凡なことである。ベストセラーを求めた人間たちのドラマにも薫る人間味があった。同著者による続編『雑誌は見ていた』も、近日の出版が予告されている。


(洋書部 野間健司)


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