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2010年10月21日

『社宅街 企業が育んだ住宅地 』社宅研究会編著 (学芸出版社)

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社宅街とは働くよろこび微粒子が拡散するパワースポット

ビルの屋上にある高架水槽を観察していたころ、公団や社宅がよく目についた。川崎市にあった新日本石油の社宅アパート群などは棟によって高架水槽のかたちが少しずつ異なっていて、棟の番号をあらわす数字といっしょに写真におさめてひとり悦に入っていた。駅近くの場所ながら建物は老朽化して敷地内の公園にも人の気配はなく、その一角だけなんとも寂しい感じはしたけれど、カメラを向けて見ていると、いつか昔、職を得て住まいを得て活気にあふれた若い男女や家族の姿が感じられてきてそれが楽しかった。長崎県の端島(軍艦島)を訪ねたときも同じ、働くための生気を養う住処にはその「気」がいつまでも吸着沈殿していて、時にそれが微粒子となって拡散し、気配を漂わせるのだと思った。自分で自由に使えるお金を初めて持ったときの興奮。これを何にどう使おうとかまわないのだという、幼いながらも基本のキのよろこび。

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本書は、社宅を建物単体ではなく群としてとらえて、そこに近代の都市の形成の縮図を見ようとしたものである。まずは寝床、そして食事、衛生、健康、教育、購買、娯楽のための場所を、企業がどのように福利施設として整えていき、その広がりによって街がどのように形成されていったのか、時間の流れと暮らしの全体をまるごと含んで、歴史遺産としてとらえなおそうと呼びかける。
ここでは、第二次産業、いわゆる鉱工業系企業の管理・経営による12箇所(苫小牧、鴻之舞、釜石、小坂、日立、生野・神子畑・明延、倉敷、新居浜、串木野、樺太、台湾・金瓜石、南洋群島)について述べている。そして、旧帝国大学の採鉱冶金学科の学生が鉱山や製錬工場で行った実習の、大量の報告レポートを資料としている。筆者のひとり中川理さんによると、たとえば郊外住宅地の研究をしようとすると開発者側の史料にばかり行き当たるという限界があるそうで、同じアプローチで社宅を調べれば企業が残した史料しか見出せず、それでは〈企業史の副次的・補完的な歴史しか描けなかったであろう〉と書いている。社宅の当事者ではなく、また社会経験のない学生にしてみれば、まずなにをもっても現場はまぶしく活気を覚えたことだろう。専門家による客観的な分析ではない複数の学生による記録の貴重を、中川さんは続けて記す。
実習報文は視点がばらばらだ。レポートする学生個々の感想にしたがって、あるときは賞賛し、あるときは批判し、あるときは淡々と事実を羅列する。 しかし、だからこそ史料として有益なのである。(略) 社宅やそれが作り出す街は、生きられた空間として、はるかに多様な要素を内部に抱えている。その豊かな街の表情を、限定された視点にとらわれない実習報文は、だからこそ、ありのまま生き生きと映し出すのである。

恐れず媚びず、恥じることない多様な眼の観察と記録が未来に活きる。
ところで建築関係の辞典に「社宅街」という言葉はないそうである。本書では、「社宅街」を「企業が所有する福利施設により構成された地域」と定義すると冒頭にあった。社宅街――字面を見ても音で聞いてもイメージはわくが、あまりいいものではない。公害問題や労働争議、災害などのニュース映像や記録写真を重ねてしまうからだろう。最終章が重過ぎて、そこにいたるまでの雇用する側される側、それぞれの活気の連鎖を感じることを自ら封じてきたふしがある。何かに恐れて媚びて恥じ入り、眼を背けてきたようだ。本書はそうしたことにも気づかせてくれる。

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北海道・鴻之舞にあった住友の社宅にごく幼い頃暮らした人から、今夏、姉妹で鴻之舞を訪ねた話をきく。転勤族だったので暮らしたのはほんの数年、「センチメンタル・ジャーニーよ」と写真もみせていただいた。当時の名残りは石碑を残すばかりながら、両側を大きな樹々が生い茂る通りやスキー場の跡らしき傾斜といった地形から当時の様子が次々に思い出され、近くの金八峠の名の由来と聞いていた金八姐さんの話もふいに甦ったと聞く。北海道開拓以前の大正4年に、沖野半次郎と羽柴義鎌が鉱床発見、2年後には住友が買収し、昭和48年閉山した。第二次世界大戦の前後の一時期は、佐渡、鯛生、串木野を凌ぐ東洋一の金山といわれ、つまり私たちすべての日本人の、ここにもひとつ故郷がある。

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2010年10月10日

『アンビルド・ドローイング 起こらなかった世界についての物語』三浦丈典(彰国社)

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「絵空の社会認識を描こう」

建築家が構想を描いた絵で、なんらかの理由で実現することのなかったものを「アンビルド・ドローイング」と呼ぶ。実現しなかったといっても、コンペに負けたとか途中で頓挫したというような負の遺品や怨恨の証みたいに残されたものではなくて、現実的な設計図以前の、建築家の思考やアイデアを示すものをさすようだ。本書は建築家をはじめとする26人が描いたアンビルド・ドローイングを掲げて、三浦丈典さんがそれぞれの作家を紹介するものだ。小振りな判型に美しい図版と端正な文章が並び、毎晩1話ずつ子どもたちに読み聞かせては、絵を眺めながら眠りにつきたくなるような本である。

冒頭「はじめに 想像の翼」として、本をつくるきっかけが記されている。学生時代にまるで絵本を見るようにして眺めていたたくさんのドローイングのなかで、なぜかアンビルド・ドローイングに特に惹かれたそうである。その理由を探るうちに、日々の暮らしのアンビルドに思いが至る。
私たちの行いは、どれだけ慎重に予想しても実現するのはほんの一部だ。そして行動のひとつひとつには、その行動をしなければ起こっていたできごとが封印される。三浦さんは、〈あたりまえのように存在するこの世界も、実はたまたま実現したもろく危うい世界〉であって、〈ほんのすこしのきっかけで、まったく別の世界になっていたかもしれない〉のだから、〈現実離れして見えるドローイングたちも、あっさり実現したかもしれ〉ないと言う。ならば今わたしたちもこの時代の〈絵空の社会認識〉をめいいっぱい描くべきで、そしてそれは建築家に限らず誰もに与えられた楽しみですと誘うのだ。

アンビルド・ドローイングを前にくりひろげるぼくの妄想を披露するから、どうぞ貴方も試して欲しい、そんなふうに物語ははじまる。妄想といっても、建築家である三浦さんの仕業だ。素人が途中で本を閉じてしまいたくなるような文言は避けながら、それぞれの作家へのより深い関心と興味を引き出してくれる。語り口は穏やかだけれど、暮らしの不満を時代や誰かのせいにすることへの痛烈な批判がある。想像から逃げているから、叶うかどうかわからない〈架空の世界を自由に飛びまわるたくましい翼〉を失っているから、と、心当たりのある読み手の心をズズッ、ズサッと突き刺す。
それにしても、この柔らかな語り口はどうだろう。甘さやぬるさ、媚びとか気負いや恐れのない、普遍の若さ。おそらく、自身の想像がたちどころに体から放り出されてもかまわないという潔さと、どこかにいつか着地するだろうという信頼のようなものがあるのだと思う。アルド・ロッシについて、三浦さんはこんなふうに描いている。
ロッシは人や動物を見ながら同時にその奥の死骨を透視し、そしてそれとまったく同じやりかたで街を見ていた。だからこそ死は歴史を紡いでいくくさびにすぎないし、悲しさや怖さとは無縁だ。

ご自身に語りかけているようでもある。
ロッシは1997年、交通事故で唐突に亡くなったそうである。なんともロッシらしいとしたうえで、こう閉じる。〈きっとどこか別の時間をよそ見してたんだと思う。〉そして今年たて続けに亡くなったという祖父と父には、あとがきでこう語りかけている。〈専門的な内容じゃないから読めると思うよ。〉

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