« 2007年11月 | メイン | 2008年01月 »

2007年12月17日

『お江戸超低山さんぽ』中村みつを(書肆侃侃房)

お江戸超低山さんぽ →bookwebで購入

都心で山登りなんてまさかと思う。

著者の中村みつをさんは子供のころから野山に遊び、中学で東京・奥多摩の川苔山、高校で谷川岳、そしてヒマラヤ、アルプス、パタゴニアにも脚を伸ばすホンモノの登山家だ。なのに都心で「山」と付く地名や名所を探しては、山と言うにはしのびない低い山、低い山と言うにもしのびない超低山の"登山"にもいそしみ、江戸時代の地図をひもとき浮世絵を重ね見ながら、その眺望を楽しむ。
この本で取り上げられたのは、愛宕山(標高26m。以下表記同)、摺鉢山(24.5)、富士見坂(22)、待乳山(9.5)、飛鳥山(24.4)、藤代峠(35)、箱根山(44.6)、千駄ヶ谷富士(7)、品川富士(6)、池田山(29)、西郷山(36)の山々。地図で見ればどこもなじみの場所、実際にわたしも"頂上"を制覇したところがいくつかある。どこも高台だし、なにしろわざわざ○○山と名乗っているにもかかわらず、土地の凹凸を嫌う私たちの文明は、"山"を忘れよう忘れようとさせるらしい。

     ※

中村さんは冒頭で、鍬形蕙斎が文化6年(1809)に描いた「江戸一目図屏風」にふれている。江戸城を中心に武家屋敷、町家、川、海、そしていくつもの超低山と奥に巨大な富士山が描かれ、「ピクニック好きだった江戸庶民の楽し気な様子が目に浮かび、思わずうっとりする」と言う。「うっとり」を真似たくなって、この屏風を所蔵している津山市のウェブサイトで写真を見てみる。起伏の少ない広大な土地にできた新しい都市で、ひとびとはわずかな凸を目指してあっちをうろうろ、こっちへぶらぶら、どんなにか脚で楽しんだことだろう。
それから200年、表面をむき出しにした土地はほとんどなくなったけれど、それでも地名に「山」の字を残したり、わずかな標高をそのままにしている場所はけっこうあって、そのことがうれしいと中村さんは言う。たしかにそうだ。超低山はお江戸のひとびとのピクニックの名残り、そうなのだ。

     ※

江戸時代にその"山"はどう楽しまれたのか、そして今はどう楽しめるのか。現在の地図や写真と、浮世絵や写真に残された風景や眺望をうつした図を添えて、中村さんがひと山ひと山、案内をする。なかで見開きに描かれた山の全体図が、とくにいい。どれもやわらかいタッチなのだが、山や草木、建造物などのシルエットを描く線がゆるぎなくて、気持ちのいい緊張感がある。どれだけ地図を読み脚を運んで、どれだけ見つめたことだろう。超低山のなかには、庭園にある山、つまり人工的に作られたものもとりあげられていて、最も低い品川富士でさえ、雨風によって研ぎすまされた稜線と山肌が、ゆるぎない線で描かれていると感じられる。きっと砂浜で子供たちが作る砂山も、中村さんの手にかかったらゆるぎない線で描かれるんじゃないか。高低にかかわらず、なにかか積み重なってある安定を得たカタチというのは、たしかにゆるぎない一線で縁どられている。中村さんにはそれが見えているのだと思った。
折しも開かれていた中村さんの作品展『山のひとりごと』に足を運ぶ。どんなに険しい山々も、同じようにやわらかなタッチで描かれていたが、稜線をあらわす線のゆるぎなさはそれここに極まれりといった厳しさに満ちていた。どんなにか見とれ見惚れ見尽くしているに違いなく、これ以外あり得ない一本の線が、ひとにうつくしさを感じさせるのだろう。

     ※

一度だけ、あれはわたしの"お江戸超低山さんぽ"だったのかな、と思えるような散歩をしたことがある。端唄「海晏寺」に唄われた情景を知りたくて、京浜急行の青物横丁駅の近くにある海晏寺をたずねた時だ。広重の「東都名所」に見ると、紅葉美しいこの寺の裏の高台からは海が眺められたのでのぼってみた。今や沖は遠のいて、私鉄の高架線とビルに視界を遮られるばかりだが、アレ見やしゃんせ海晏寺/ままよ龍田が高尾でも/およびないぞえ紅葉狩り〜と口ずさむうちに、穏やかな海に紅葉の色が照り返り、紅色が静かな波となってうち寄せてくるように感じられたのだった。高台を下り、第一京浜を渡って京浜急行の高架をくぐり、旧東海道に出る。鯨塚、品川浦の舟だまり。3駅分歩いて、品川駅に出た。楽しかった。

     ※

1809年に鍬形蕙斎は、「江戸一目図屏風」を描いた。2007年に中村みつをさんはこの本で、「平成のお江戸超低山さんぽ図絵」を描いた。200年後の誰かがこの本を見つけたら、きっとうらやむことだろう、平成の東京では超低山さんぽってやつを楽しんでいたらしいよと。
ブックデザインは柳本あかねさん。なお中村さんのおじいさんは、東洋文庫で製本の仕事をしていたそうである。藤代峠を目指して駒込界隈を歩いていたときに東洋文庫に寄り道してトートバックを買ったくだりで、そんな話も読めます。

→bookwebで購入

2007年12月01日

『世界の地図を旅しよう』今尾恵介(白水社)

世界の地図を旅しよう →bookwebで購入

地図は地形のフロッタージュなのだから

地図ネタのトリビア本、そんなつもりで読みはじめてもいいだろう。地図研究家・今尾恵介さんの新刊だ。面白くないわけがなく、驚かないわけがない。どのページを開いてもきっと明日誰かに自慢したくなるネタがある。だがこの本の真骨頂は、印刷物としてあまりにさまざまな地図があることを示して、それを見比べているうちに違いのわけを考える楽しみに夢中になってしまうという、思考導入剤としての魅力である。

     ※

著者の言葉にあるように、「地図」というのは目的に応じて記号や絵の具を駆使して世界観を描き上げたものだ。絶対的なものではないことは観光地図や電車の路線図を見ればよくわかるが、教科書で見ていたものや地形図などはそれとは別で、寸分違わず正確なものに違いないと思っている自分がいる。
だがたとえば、日本の25000分の1の地形図に黒い四角形で表された「家」はたいてい実物より大きいそうだし、高層建築の谷間にとり残された神社とか、崖の下を新旧の国道と鉄道が平行しているところなどは、正確な縮尺では表記できないことが多いらしい。それを「総描(そうびょう)」や「転位」と呼ばれる地図界の作法を用いて、一枚の図に仕上げるというのだ。また、25000分の1地形図の等高線の主曲線の間隔は10メートルだが、黒部峡谷あたりは急斜面のあまり乱視の人にはつらいほど線が混み合うので、くっついてしまう箇所は例外的に線を切ってあるそうだ。これはほんの一例で、なるほど地図は、こうした一つ一つのぎりぎりの取捨選択のたまものというわけだ。
最大の取捨選択は、国の意志によるものか。たとえば、昭和30年から48年発行の「高校用地図帳」には中華民国(台湾)と首都・台北、中華人民共和国と首都・北京が記されていたし、昭和12年の東京・青梅地区の地形図には貯水池である多摩湖と狭山湖が草地として描かれていた。前者は国の態度を誠実に反映したもの、後者は敵のみならず一般国民の目も欺くものであった。鎮守府があった場所や海峡などの要塞地帯に該当する地域の地形図が一般刊行されたのは、戦後になってのことだという。今この時だって、国境紛争中の隣り合う国が出す地図のありかたは異なるだろう。刊行元の立場や時代によっていかに多様な「真実」が地図に表れることか。言ってしまえばあまりに当たり前だが、異なる地図を目前に並べ観察することは、強力な思考導入法と思う。
なるほど地図は地形をその物語ごとフロッタージュするようなものだが、目も腕も紙の上には置けないのだから、天を鏡とするしかない。歩いて歩いて、飛んで飛んで、測って測って。いざフロッタージュ、紙はどうする? なにでこすろう。その場所の物語を、どう圧をかけてどれだけ転写させようか。手技、手加減。ひとの為すことである。

     ※

作物、銀行、郵便局など、国別に異なる地図記号も興味深い。鉄道にいたっては、廃線を破線で示すイギリス、ごく普通の地図で鉄道の扱いは極めて素っ気ないアメリカ、JRと私鉄を描きわけ、どんな地図でもJRの駅だけは省略しない日本など、特徴的だ。
アメリカのある地域の地形図に、複線部分を律儀に2本線で描いた箇所をみつけた著者が、「グーグルマップ」の衛星画像で「観察」するくだりがある。確かに地図のとおりの複線が見てとれ、さらに、全長1450メートル(80車両)の列車が近くの駅に停車していたそうである。「たった一列車で、しばし『開かずの踏切』にしてしまうほどの、かの国の超弩級の鉄道貨物輸送を見せつけられた思い」と書く。
さてかのグーグルの地図サービスの拡張ぶりはすごい。「立体地球儀・グーグルアース」を初めて見た時なんか、あまりの歓喜にどれくらいの時間滞留したことだろう。だが突如脱力して、なにかこう「いや」になってしまい、以来全く見ていない。チャールズ&レイ・イームズによる『パワーズ・オブ・テン』は10分にも満たなかったはずだが、飽きることなく何度も観たのに。夢の視界、憧れの体験。夢や憧れを擬似で得たところで、わいてくるのはそれ相当の疑似感情ということか。

     ※

この本は、白水社による「地球のカタチ」シリーズ第一弾の4冊のなかの1冊だ。シリーズ刊行のことばには、「世界には『ちがうもの』がいっぱいある。わたしたちがなじんでいるものとは別のかたちをしていたり、異なるしくみからできていたり。『不思議はすてき!』を合い言葉に、この地球を楽しもう」とある。ルビも多い。GPSやインターネット、世界中の衛星画像が生まれたときから当たり前の子供たちにとって、必要にせまられて地図を買うことはほとんどなくなるだろう。いつの間にか、共有できる一つの地図に世界中の人が依っていたなんてことにならないように、ほんとに気をつけなくちゃいけない。
妹尾浩也(iwor)さんによるブックデザインは、糸かがり・丸背上製本に仕立てられ、机の上にぺたっと開いて気持ちがいい。幅広の帯に大きく刷られたのは、「目的に応じたデフォルメが非常に適切に行われているこの鳥瞰図こそ地図の真骨頂」と著者が評した、大正から昭和にかけて活躍した吉田初三郎が描いた地図だ。右手前に煙をあげた伊豆大島、中央奥に富士山、その手前に三島、大仁。右奥に続くのは、遠く東京・仙台・青森・北海道・樺太——文字で読んで、いったいどんな角度で描かれているのか想像がつきますか?

→bookwebで購入