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2007年10月20日

『昭和30年代スケッチブック-失われた風景を求めて』文:奥成 達 絵:ながた はるみ (いそっぷ社)

昭和30年代スケッチブック—失われた風景を求めて →bookwebで購入

なつかしく、なりたい

詩人でエッセイストの奥成達と、イラストレーターのながたはるみによるなつかし図鑑シリーズの、7冊目である。これまでの6冊、『昭和こども食べもの図鑑—卓袱台を囲んで食べた家族の味、その思い出の味覚たち』 『駄菓子屋図鑑』(文庫版) 『昭和こども図鑑—20年代、30年代、40年代の昭和こども誌』『なつかしの小学校図鑑』『駄菓子屋図鑑』『遊び図鑑—いつでも どこでも だれとでも』に比べると、昭和17年生まれの著者が体験したその世代特有の思い出に加えて、兄弟で雑誌を作ったり雑誌に詩を投稿したりジャズやダンスに出会っていたころの個人的な思い出が(ほんのちょっと)語られているのが特徴的だ。6歳上の長兄が手に入れたプレーヤーのこと、数寄屋橋のハンターで中学生ながら自分も小遣いを出してジャズのLPを買い集めていたこと、新宿の「エッセン」「石の家」「アカシヤ」「ビフテキあづま」「つるかめ食堂」「米田屋食堂」、「きーよ」の2階からの眺め、「ピットイン」のティールームの階段、「汀」の地下で聞いた諏訪優、白石かずこ、吉増剛造らの詩の朗読、渋谷の「オスカー」、「デュエット」、そして昭和36年1月、詩人の北園克衛に会うために出かけた「風月堂」、そこで出会った清水俊彦のこと……。
 1961年、18歳。それにしても浪人生のくせによくぞまあ遊びまわっていたものだ。

「たくさんの文学作品を読んでいるときに、特別にノスタルジックな数行と出会い、無性に懐かしさがこみあげ」た作品からの引用が、たくさんある。「なつかしさ」は年代によるものに限らず、それは昭和30年代には生まれていない私にとっても同じことだ。引用されたなかから言えば、串田孫一が『文房具52話』の「消ゴム」に書いた「まだ十分に使えるのに、なんとなく姿を消してしまう。……消ゴムの老衰して行った本当の最後を見届けるのは、実に困難である」や、長野まゆみが「とっかえっこ」のことを『玩具草子』に書いた「暗黙の相場ができあがっており、色や柄によって交換レートは異なった。各々なかなかの商売人で、お気に入りを見せびらかしておいてそれは出し惜しみ、ちょっと格落ちのものを抱き合わせていい条件で交換する、なんて高度な取引も行われた」などには、まず大きくうなずいたうえで、こちらもひとこともの申したくなる。

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都筑道夫が『東京夢幻図絵』のあとがきに書いた「庶民の歴史の上で、どんな些細なことでも——たとえ夜店で売っていたくだらない玩具のことでも、わからなくなっていい、というものはないはずだから」を引用して、それが都筑さんの素敵なところであるとも記している。それはまた奥成達×ながたはるみによるなつかし図鑑シリーズの魅力にもそのまま重なる。各章の扉は、ながたはるみさんによる路地裏、床屋、海水浴場など様々なシーンの点描画で飾られいて、これがまたいい。きゅんとこみあげるような「なつかしさ」は、自分自身に同じ記憶があるということよりも、先人の記憶であろうといかにそれが反復されて心に留めてあるかということのように思う。畳の部屋に蚊帳を吊った絵などは、画面に子供達は描かれていないけれど、どんなにかはしゃいで疲れて眠っていることだろうと思うだけできゅんとなる。日めくりカレンダーは8月25日、壁には先っぽがやわらかくカーブした柄の長い箒とはたき——。

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初めて江戸時代なるものを知ったときはどんなにか大昔のことと思ったし、太平洋戦争も自分には関係のないことに思えた。それが年々、どんどん身近になってくる。江戸も明治もましてや昭和30年代なんて、最近のことである。いっぽうで、自分ひとりの記憶というものが、だんだん遠く感じることがある。「なつかしい」って、何だろう。そういえば姪が幼いころ、私が姉と昔話をしていたときに「ナオも早くなつかしくなりたい!」と突然叫んで驚いたことがあった。母親と叔母が目の前で「なつかしい」を連発して、よほど楽しそうに話をしていたのだろう。入り込めない寂しさや悔しさで、いっぱいになったのだろう。むろん「なつかしさ」は、そんな屈託のないものばかりではない。でも確かに覚え置きたいと、それぞれに頭の中で繰り返し反復する風景への想いを確認するかのように口にするのが「なつかしい」という言葉のような気がする。
ノスタルジーの共感というのが、必ずしも年代、世代だけのことではないのに、あらためて気づかされた。ここには紹介していないが、俳句や短歌、詩は、ほとんどその共感をいまに伝えつづけている貴重なメッセージの歴史でもある。(「あとがき」より)

日頃の"些末"な事物の丹念な記録が、ノスタルジーの共感を触発することはよくわかる。そして俳句や短歌や詩も、別のアプローチでそれを伝えてきたのである。両方のフレを知る奥成さんにこそ、これからもっともっとそれをひもといて話していただきたいと思う。

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著者が昭和30年代に残した詩や文章についてはこちらこちらをご覧ください。数年前、奥成家引越しを機に蔵書を大処分しようとしていた時に、関連蔵書に限り譲ってくださいと申し出、以降私が個人的に整理掲載を続けているのが奥成達資料室です。


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2007年10月08日

『ピーターラビット全おはなし集 愛蔵版 改訂版』 著:ビアトリクス・ポター, 翻訳:石井桃子・間崎ルリ子・中川李枝子 (福音館書店)

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ビアトリクスが用意したもう一つの「場所」

子どものころから今にいたるまで、ピーターラビットにそれほどなじみはない。赤いにんじんみたいなものをおいしそうに食べていたピーターとか、カエルの絵は好きだったけれど「○○どん」と呼ぶのがどうしてもいやだったとか、パイとかジャムとかチーズとかとにかく食べ物がおいしそうだったこと、そして屋根裏部屋のなんて楽しそうなこと、そんなことが断片的に残るばかりでひとつひとつの話をはっきり思い出すことができない。福音館書店からこの夏刊行された『ピーターラビット全おはなし集 愛蔵版 改訂版』は1994年版を改訂したもので、丸背糸かがり布クロス張り上製本で函入り、見返しや扉、目次などに配された絵がまるでこの本のためにそう描かれたようにぴったりで美しく、思わず手にする。そういえば、本ではないものにあふれるピーターラビット柄に、あまりにただ辟易していたのかもしれない。もう一度読んでみよう。静かで美しい装丁に誘われる。アート・ディレクションは丹羽朋子さん。

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ピーターの生みの親、ビアトリクス・ポターが紡いできた物語が第三者の手によって社会に出たのは1902年。この愛蔵版ではそれを最初として、発行の年代順に全作品が網羅されている。ひとつの話のなかに別の時期に描いたタッチの違う絵を混合させているものや、『ピーターラビットのおはなし』1903年5刷の際に省かれた「(ピーターのおとうさんは)マグレガーさんのおくさんに、にくのパイにされてしまったんです」の図、またこれまで日本で未発表だった作品や、日本語版独自の年表と登場人物(動物)の索引もある。ひと見開きにだいたい4〜6点の図がおさめられ、おなじみの小さい判のページをめくるのとは別の楽しみだ。それぞれの話の前には製作年度や過程、そのころの著者のようすが記され、ビアトリクス・ポターの生涯を作品を通して追う楽しみもある。

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今秋公開の映画『ミス・ポター』はビアトリクス・ポターの半生を描いた作品で、生まれ育った時代や家庭環境、そしてその舞台となった湖水地方をうかがうことができる。印象的な場面が二つある。一つは、1902年にウォーン社から初めて絵本が刊行されるところ。良家に生まれながら職を持ち自立を望むビアトリクスは得意の絵をその糧とすべく、ポートフォリオを持っていくつも出版社をまわり続けたあげくようやくの承諾だった。彼女には思い描く絵本の姿があった。とにかく多くの子どもたちに読んで欲しいから値段はおさえる、そのためにはモノクロでいい、大きさは子どもの手にのるものをと申し出るが、ウォーン社はどうしてもカラーでと言う。担当のノーマンはビアトリクスを活版印刷所に連れて行き、一枚一枚刷り色の確認をする。なるほどあの小さな判型はビアトリクスが最初から望んでいたものであったこと、そして、作家と職人と編集者に囲まれた、幸せな印刷で生まれたものであったのだ。映画ではこのシーンはロンドンのタイプミュージアムで撮影され、刷っていたのはほんとうの職人さんだったようである。

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そして二つめは、ロンドンの生家を出て多くの絵本の舞台となった湖水地方に向かう日のこと。いつでもビアトリクスの頭の中に暮らしていた動物たちが住む場所を失って惑いはじめる、そのことに気づいたビアトリクス自身が惑う様子には、どんなにか不安で寂しいことであったことかとぞっとする。湖水地方のソーリー村に住まいを移すことは、動物たちが暮らすビアトリクスの心を取り戻すことであった。以降、開発の手を阻むかのように近隣の土地を購入し、農場経営をしながら製作を続ける。1941年、空襲による被害から守るべく原画をすべてロンドンからこの村に運ぶ。1943年、ソーリー村にて77歳で死亡、4000エーカー以上の土地と農場と田舎家をナショナル・トラストに寄付。生涯をかけて、動物たちが暮らすあらゆる「場所」を増やし続けた。

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映画を観たあとに改めて『愛蔵版』を開けば、これはビアトリクス・ポターの77年分の絵日記である。一冊ずつの小さな絵本のままであれば、私は再びこの動物たちと出会うことはなかっただろう。これも、ビアトリクスが用意したたくさんの「場所」の一つか。

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