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2007年05月16日

『アルバムの家』女性建築技術者の会(三省堂)

アルバムの家 →bookwebで購入

「もやもやの家に目盛りを打つ『間取り図』物語」

中学1年生を末っ子に4人の子どもと暮らす夫婦が、マンションのリフォームにあたってワンルームを希望した。周囲は、本当に子どもたちはそれでいいのかしらと心配するも、当人たちはいたって平気。仕上げた田の字型プランに、建築家は記憶の中の我が家を重ねる。襖や障子で、ゆるやかに仕切られた家。「そういえば、私たちが育った家も、あけっ放しのワンルームだった」 狭かったり、うるさかったり。プレパブ住宅、団地、官舎。外にあるポットン便所や五右衛門風呂。お父さんが作った押入ベット、廊下に置かれた足踏みミシン。秘密基地。締め出された軒先で心細かったこと、早く自分の部屋が欲しかったこと。戦後から昭和50年代に少女期を過ごし、長じて建築を生業とするようになった33人が、その頃の家と暮らしを書き留めたのがこの本だ。手がかりは、「間取り図」。日頃依頼主の頭の中の、理想の家というもやもやした物体に目盛りをあてがい現実へと導く図面をひいている専門家なら、自分が暮らした家の間取り図を仕上げることはたやすそうだ。だが記憶は穴だらけ。それを、アルバムを開き家族と話して埋めていく。
心に刻まれていてすぐ思い出せた事柄から記憶の糸をたぐり寄せていくと、 隠れていたり、押し込められ押しつぶされていた場面が、その時感じた思いと共にだんだん鮮明によみがえってきました。最初は間取り図からたどりましたが、住宅に関わる事柄だけに収まりきれず、どんどん広がってゆき、「こころ」の旅となりました。 (「はしがき」より)

穴が穴たるには理由があって、それを埋めようと追えば傷みがよみがえることもある。家族の死、災難、けんか。再び訪れて知った土地や人の変貌。いいも悪いも、反復するしか記憶は後につながらない。 33人それぞれが記した文章は、背景に、家や庭、家族の記念日が読み取れる少女たちの写真を柔らかに携えて、家物語の骨格をなす間取り図を立体的にたちあがらせている。どのページを開いても、日本のどこかでその地域の気候と時代に寄せながら、毎日食べて寝るための場所に工夫を重ねる人々のありかたが懐かしい。

         ※

この本を買ったのは、郊外へ向かう私鉄の駅のビルの本屋であった。電車の中で読みながら、これから会う人を思う。いくつもの土地での暮らしを、食べ物、草花、衣服や建物の描写をまじえて、いつも豊かに話してくれる。あれだけよく憶えているのだ、きっと間取り図もさくさく描くぞ。会って話せばテーブルの端から紙と鉛筆をひき寄せて、早速玄関あたりから線を引き始めた。ときに33人の間取り図と写真にヒントを求めながら、何度も何度も描き直し、話は続いた。その人が今暮らす家の庭には、種から植えて育った木々が幹を伸ばし、雨戸はいよいよかしいできた。家族も大きく変化して、やがてこの家も記憶の中に、輪郭をぼかしながら場所を移してゆくのかもしれない。移動するのは器か中身か。そうして誰もが住まいを変える。木の家は、朽ちてやさしい。もやもやの家に目盛りを打つ間取り図を囲んで、今夜みたいに誰かと過ごす時間はいいなと思った。

         ※

間取り図といえば、こんな家を建てたいワと焦がれて描いたり、引っ越しのたびに探したまだ見ぬステキな部屋のものであった。空想妄想の旅のお供の、空飛ぶ絨毯のための織り柄である。米原万里さんは締め切りに追われて机に向かっている時、間取り図をよく描いていたという(『発明マニア』2007年 毎日新聞社)。どんなにか奇天烈な家もあったことだろう。『アルバムの家』の最後のページには、4mm方眼で180mm×約120mmの「間取り図用方眼紙」がついてる。2マスで畳1枚1帖分として生家を描いてみると、窓から見える風景や玄関の外側、庭、車庫、道路、友達の家と、どこまでも線が伸びててしまう。与えられた方眼は縮尺を変えて、屋内から思い付く限りの行動圏へと、マッピングする「場」は広がってゆく。岡村由紀恵さんが『アルバムの家』に記した山形の伯母さんの家も、屋内の間取り図だけでは再現しきれなかったようである。

「はいっとー」こんな声をかけて、どこの人も、玄関の三和土から入ってきます。どこもかしこもあけっ放しの「勝手知ったる他人の家」。

私、山形に生まれまして。近所に、「はいっとこんにっつぁっすー」と言ってやってくるおばあちゃんがいた。今読めば「入りますよーこんにちわ」とわかるけれど、当時はなにか独得なかけ声に聞こえて可笑しかった。その頃私たちはどこの家の庭でも畑でも「ごめんしてけらっしゃーい」と叫んで横切り、のどが乾けば「水のませてけらっしゃーい」と叫んで蛇口をひねった。高校生くらいになると、そのあけっぴろげさをえも言われぬ圧力に感じた。とまれ、なんて広い庭に遊んでいたことだろう。

         ※

宮下正美さんの『室内の科学旅行』(昭和23年 講談社)は、子どもたちが気付く最初の「世界」である家のなぞに、胸湧かせる旅のガイドだ。『アルバムの家』の少女たちのなかには、この本を手にしたひとがいたかもしれない。第一章は「なぞの國 私たちのへや」、最初に描かれたのは、台所であった。


みなさんの家では毎朝、おかあさんやねえさんが、かまどの下に火をたきつけてごはんをたいたり、みそ汁をつくつたり、湯をわかしたりして、食事のしたくをなさいます。……「かまどの下でまきをもやすと、なぜあのようにぼうぼうと音をたてますか。」……「水をかけると、なぜ火は消えますか。」……

家にあるすべてのものがなぞです。へやの中で見られるありとあらゆるものが、なぞをふくんでいるのです。




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