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2011年12月29日

『ぼくはお金を使わずに生きることにした』マーク・ボイル著/吉田奈緒子訳(紀伊國屋書店)

ぼくはお金を使わずに生きることにした →bookwebで購入

「O円生活で「新しい経済」を作る」

                     坂口恭平(建築家・作家)

 お金を使わずに暮らす。とは言っても究極の節約生活の話ではない。全く貨幣を使わない0円生活なのだ。これらは似ているようで、まるで違う。

 どんなに安いものでも値札が付いているなら手に入れることはできない。手に入らなければ自分で作る。捨てられているゴミを転用する。無理な場合は人が持っているものと物々交換する。

 0円生活をするためには新しい「経済」を作り出さなくてはいけない。

 アイルランド出身で一九七九生まれの若い著者は、イギリスのブリストル郊外で、この無謀にも思える「生活の実験」を一年間実践した。この本はその詳細な記録である。

 お金が無ければ、まず家を借りることができない。そりゃそうだ。家はすべて不動産屋が管理していて毎月家賃をしっかりと徴収されるようになっている。宅地はすべて誰かの持ち物だから、所有していない人間はお金を払わないと住むことができない。

 そこで、著者は不動産屋には行かずに家を手に入れる方法を考える。自分の頭で必要な家の形状、場所などについて考えてみる。「フリーサイクル」という、無料でリサイクル用品を入手できるウェブサイトに投稿することでトレーラーハウスを獲得し、週三日農作業をすることと引き換えに農場の片隅にトレーラーハウスを置かせてもらうことに成功する。

 どうすればお金を使わずに住む場所を確保することができるのかを知ると共に、多くの人にとって家の購入が一生のうちで一番高い買い物であることは、やはりおかしいなと思う。土地を持たないものはお金を払わないといけないという状況は、搾取なのかもしれないと気付く。

 社会の中に点在する問題を指摘するのは簡単だが、変えることはなかなか難しい。しかし、著者は無理に変えようとしてはいない。そこに勇気づけられる。変えるのではなく、もう一つの方法を探し出し、自分の既成概念を壊し、周りの人たちと知恵を分かち合うことで実現させていく。

 お金を使わないという行為は、行動と思考が同時に絡み合っている。生きるために必要な一つ一つの要素を、いかにお金を使わず手に入れるか。文明批判でありながら、まだ誰も気付いていない可能性を掘り当てる大冒険としても読める多層的な本だ。

 実験の過程では、もちろん大変な目にも遭っていく。0円生活は何事にも手間がかかる。友人に会うために往復六〇キロも自転車で走らないといけない。天敵はネズミだ。食中毒にもなり、孤独が辛い時もある。

 しかし、重要なのは0円生活が実現可能だったことだ。

 この本は、単一のシステムによって雁字搦(がんじがら)めになっているように見える現代社会に、実はまだ試されていない部分が存在していることを、実際に体験してみせることで具体的に示している。

 何一つルールや法律を変えなくても、現状でやれることを試行錯誤してみると実践できることがたくさんある。

 つまり、もうすでに目の前の都市には貨幣の不要な「経済」もひっそりと存在しているのだ。

 著者は「分解」リストと名付けたノートに自分が消費してきた物を片っ端から書き出し、自分が必要とする物すべてを、お金を使わずにどうやって手に入れることができるかを検討している。

 何がどれだけ必要なのかは、案外気付いていないものだ。

 スキッピング(飲食店、スーパーマーケットなどのゴミ箱から食材を収集すること)によって、百五〇人ほどにフルコース料理をふるまう無料パーティーまで成功させている。その豪快さに、こちらまでついその気にさせられる。

 何事も体を動かして試してみる。

 著者はこの単純かつもっとも説得力ある方法で、読者に具体的な「量」を示してくれている。

 さらに、この生活を彩っているのが「フリーエコノミー・コミュニティー」だ。著者が持っていたハウスボートを売ったお金で始めたこのウェブサイトでは、無償であらゆるスキルを教え合い、道具、空間を分かち合うことができる。

 彼のウェブサイトを見ると、現在一六〇カ国、約三万五千人が参加しており、四六万種類の技術、一〇万個の道具、五〇〇以上の空間が集まっている。お金を稼ぐことよりも、それぞれの才能を分かち合う贈与経済が求められてきているのだ。

 自分の「経済」を作る。そして、分かち合うコミュニティを形成する。
この本が伝えていることは、原発事故が未だ収束せず、今後どのような生活が待ち受けているのか分からず思考停止になってしまっている私たちには大きなヒントになる。

 つい、システムの変化を求めてしまうが、本当に重要なのは自分がどれだけのエネルギーが必要なのかを知ることだ。それをどうすれば獲得することができるのか試すことだ。

 お金を使わずに生きる。それはこれからの生活、共同体の在り方を考え直す最善の方法なのかもしれない。 

   *「scripta」第22号(2012年1月)より転載




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