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2010年06月09日

『戦後日本スタディーズ〈3〉8 0・9 0 年代』岩崎稔、上野千鶴子、北田暁大、小森陽一、成田龍一編著(紀伊國屋書店)

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「自分史と重ねて読む『戦後日本スタディーズ』」

                          雨宮処凛(詩人)

 一九七五年生まれの私にとって、八〇年代の記憶はあやふやだ。

 自分の体験としては、校内暴力が下火になった頃に蔓延し始めたいじめのターゲットとなったこと、強制的に動員された受験戦争、とにかく「いい学校、いい大学、いい会社」という唯一の目的に向かって突き進め、というメッセージを常に吹き込まれ、強迫神経症のように勉強し続けた日々、などの記憶がある。

 九〇年に高校生となった私は、当時日本を席巻していたバンドブームの波に巻き込まれるようにヴィジュアル系バンドの追っかけ少女となり、ライヴのたびに家出を繰り返しては路上で過ごした。天皇崩御も湾岸戦争も、バンギャにはまったく関係ない出来事だった。

 時代はバブル。高校生だった私は追っかけ仲間たちと札幌で野宿し、観光客にお金をせびっては五〇〇円とか一〇〇〇円もらって食い繋いだりした。「援助交際」という言葉はまだなかったが、追っかけ仲間の中にはテレクラで売春している子もいた。

 九〇年代前半、そうしてあまり学校に行かなくなっていた私は、「いい学校、いい大学、いい会社」というルートからは完全に外れていた。しかし、漠然と生きていける気がしていた。「フリーター」という言葉は「自由な働き方」という華々しいイメージで語られていたし、世の中は好景気に湧いていた。

 それがまったくの見込み違いだったことは、九〇年代中盤に、気付いた。一九九三年、高校卒業と同時に上京し、美大を二浪した果てにフリーターとなった私は、じわじわと「現実の厳しさ」に気付き始めていた。そして一九九五年、私の世界は激変した。それまで遠かった「社会」が、ものすごい質量を伴って、私の人生を具体的に凌駕し始めたのだ。

 一月に起きた阪神淡路大震災、三月の地下鉄サリン事件。そしてこの年は戦後五〇年でもあった。一瞬で瓦礫の山と化した神戸の街並は、戦後日本の物質的な繁栄の脆さを白日のもとに晒した。その二ヵ月後には地下鉄にサリンがまかれ、自分より少し年上の若者たちが難解な言葉で「世界の終わり」を予言していた。彼らは、私たちが生きる「こっちの世界」を否定しているように感じた。こっちの世界。私にとってのこっちの世界は、時給八〇〇円から九〇〇円の単純労働力として使い捨てられるだけの日々だった。オウム事件を受けて、メディアでは「戦後日本」とやらの価値観や常識や教育が問い直された。阪神淡路大震災は「戦後日本」の物質的な豊かさが崩壊した瞬間であり、その二ヵ月後、それを下支えしていた価値観そのものが崩壊したように見えた。

 「ポストバブル文化論」で、原宏之氏はこう書いている。

 「戦後のモノの豊かさが、『すべて無意味だ』という心理が多くの者に共有された」

 「八〇年代の名残りであった九〇年代前半の『小春日和』はほんとうに終わったのだった。わたしたちは、金融やデジタル通信よりも基礎の段階に、モノがあり、食べて生活するリアリティがあることに気づかざるを得なかった。世界に関わらずに生活することは不可能であった」

 一九九五年。二〇歳だった私の目は、強制的に社会に見開かされた。「世界」に無関係に生きる、というそれまでの「作法」がまったく通用しない世界になってしまったのだ。それも、一瞬で。「戦後日本」の崩壊を肌身でひしひしと感じた。私には九五年のこの国は、まるで焼け野原のように見えた。だからこそ、私は「戦後日本」が生み出し、「戦後日本」的なものを否定しようとしたオウムに近付き、元信者たちと交流を始めた。

 「オウム事件と九〇年代」(遠藤知巳)では、あの時期のどこかとぼけた「オウム騒動」について、非常に興味深い考察がなされている。「全体が嘘くさくなる。オウムの嘘と私たちの現実」「私たちは異様な事件に恐れを抱きながら、しかし明らかに魅惑されていた。オウムについて夢中で語り、いかにもうさんくさい彼らの語りを聞いてしまうとき、具体的な被害者たちのことを念頭からあっさり消去していた。あえていうならば、どこかでオウムを『許して』いたのだ」

 私より少し年上の元オウム信者の男性(一〇年にわたり出家。事件後、脱会)は、こう言ったことがある。

 「オウムが日本で一番スットコドッコイだとわかってたからこそ、入った」。

 スットコドッコイな宗教団体が仕掛けた「戦後日本」への戦争。そして九〇年代後半、震災とオウム事件を経て社会に目を開かされた私は、「不況からナショナリズム」の波に乗って、右翼団体に入りもした。

 自分史と合わせながら、『戦後日本スタディーズ』を読むと、恐ろしいほどに様々なことが「合致」してしまうのだ。


*「scripta」第11号(2009年3月)より転載


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