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2010年04月19日

解説者による戦力分析:国書刊行会樽本さん

4336049394.jpg今回の「解説者による戦力分析」では国書刊行会編集部の樽本さんにお話を伺います。「未来の文学」や「短篇小説の快楽」といったシリーズで海外文学ファンの涎をだらだらと流れさせ続けている樽本さん。彼の選ぶベストイレブンは必見です。樽本さん、今日はよろしくお願いします。

──まず今回のブックレットをお渡しさせて頂きます。
樽本:ありがとうございます。ブログ上のPDFは少し見させて頂きました。「ウリポを生んだ国フランス」の『煙滅』のコメントがちゃんと「い段抜き」で書かれていましたね。
──よくぞお気付き下さいました。初めて指摘されました。
樽本:「そればっか」や「ノベル」と書かれていたので。「そればっかり」や「小説」では駄目ですからね。
──ありがとうございます。それではインタビューを始めさせて頂きます。まず、この企画「ワールド文学カップ」始めて聞いたとき、どんなものが出てくると思われましたか?
樽本:この「ワールド文学カップ」ってサッカーの事ですよね? フォーメーションが載っているのをブログでも見たんですけど、スポーツ全般が分からないので、位置関係が全く分からなくて。
──6月から本当のワールドカップがあるので、それを意識してみました。
樽本:はいはい。外国文学の翻訳家って、意外とサッカー好きが多いんですよ。大森望さんや柳下毅一郎さんもそうですし。そういう人たちってサッカーが始まると本当にそれに集中してしまうので、原稿が上がってこなくなるんです。スポーツは前から好きではなかったんですけど、最近ではさらに嫌いになりました。全ての仕事を放棄して開催地まで行っちゃったりするから、困るんですよね。
──それは本当に困りますね(笑)。
樽本:最近はTwitterとかもあるからわかってしまうんです。確認できますからね。
──では実際にブックレットをご覧になって頂いてどうでしょう?
樽本:こう見るとドイツでも色々と分かれているんですね。ああ、カフカはカフカなんですね。
──一応チェコですが、一つの国として取り上げました。
樽本:国書刊行会に関して言うと「文学の冒険」があらゆる国の文学を取り上げたシリーズだったのですが、もう終わっちゃったんですよ。最初はきちっとセレクトしてやっていたんですけど、だんだんずるずるとしていったというか、面白そうなのが入ってくるとシリーズに入れちゃうという風になって次第に混沌としていって、だらだら続いているからやめようということになったんです。国書刊行会は文庫が無いので、色々なものがごちゃまぜになっている外国文学のシリーズはあってもいいんじゃないかなと思いますけど。文庫的な意味合いを含めて。
──「文学の冒険」というタイトルもいいですよね。
樽本:意味があるようでないんですけどね。あのシリーズは私が入社する前から始まっていて、当時は外国文学の紹介が少し停滞していた頃だったので、それまで訳されていなかったジョン・アーヴィングやトマス・ピンチョンなどを紹介する意味合いがあって、全15冊くらいのシリーズとして始めたところがベースとなっています。私は実は『レッド・ダート・マリファナ』というテリー・サザーンの作品しか担当していません。
──テリー・サザーンというと『キャンディ』の作家ですよね?
樽本:そうそう。でも、実はこれが一番売れていないんですよ。「文学の冒険」は結構「へぇ」っていうものが多いのに、その中でも一番売れていないというのは余程のことなので、嫌なんですよね。
──余程のことですね(笑)。
樽本:今実際に私が担当しているのはSFシリーズの「未来の文学」です。
──フェアにはラファティの『宇宙舟歌』が入りました。
樽本:ありがとうございます。他には「短篇小説の快楽」を担当しています。
──今度ビオイ=カサーレス(注1)の新刊が出るんですよね? 待ち侘びました。
樽本:時間がかかるんですよ。
──このシリーズに関して言うと、僕はクノーの『あなたまかせのお話』ほど自分の琴線に触れた作品はなくて、コメントに「ここ十年で最高の本」なんて書いちゃいました。
樽本:PDFで見て嬉しいなと思いましたよ。もっと売れてもいいと思うんですけどね。「短篇小説の快楽」は「文学の冒険」に代わる新しいシリーズを考えろ、というところから始まったんです。最初は「文学の快楽」という名前で企画を出したんですけど、「冗談っぽい」という理由で却下されました。あと英米の作家ばかりだったので、「アメリカ、イギリスばっかりか、失望した」とか罵倒されました(笑)。それで、まあ色々と考えて、いろんな国の、短篇集のシリーズがいいかな、と思いまして。短篇集はあんまり売れないというイメージがあるから、それを逆手にとってシリーズにしちゃおうと思ったんです。「快楽」だけが残りました。
──本当に素晴らしいシリーズだと思います。「快楽」(笑)。
樽本:パンフレットを作るときも、ボルヘスの「短ければ短いほどいい」という言葉を採用しました。長篇小説なんて読んだことないなんて言っているし。
──「『ドン・キホーテ』大好き」って至るところで言ってるくせに(笑)。
樽本:そうそう。「短篇小説こそ小説」みたいな感じでパンフレットを作って、それをやりながら一方でアラスター・グレイの『ラナーク』やサミュエル・R・ディレイニーの『ダールグレン』など、超分厚い作品をやったりもしてます。
──「短篇小説の快楽」の話題が出たところで質問させて頂きたいのですが、第一弾と第二弾はとんとん拍子で出たじゃないですか。その後クノーまでに少し時間が空き、今回ビオイ=カサーレスの朗報を頂きましたが、最後の一冊カルヴィーノはいつになるんでしょうか?
樽本:カルヴィーノは今年中になんとかなればいいな、と思っています。あと、ウィリアム・トレヴァーはまた出します。前回の『聖母の贈り物』はトレヴァーの初紹介だったので、ベスト盤のような意味合いで出版したんです。だから舞台がアイルランド以外のものもあったんですが、今回はアイルランドが舞台の作品に絞って出します。すごく面白いですよ。
──楽しみです。『聖母の贈り物』を読んだときにはびっくりしましたから。
樽本:トレヴァーには私もかなり驚かされました。若島正さんが絶賛されていたので、そんなに面白いのなら、と始めたんです。でも、トレヴァーは既に海外では「最も短篇小説の上手い人」「短篇小説の神」として扱われていて、トレヴァー賞という文学賞の名前にもなっているほどの人なんです。それなのに日本では全然紹介されていなくて。これだけすごい作家がもう何十作と書いているのに全然紹介されていない、というのは不思議なんです。まだまだ他にもこういう作家はたくさんいると思うんですよ。よく「紹介されていないのには理由がある。出てない作家はその程度の作家なんだ」なんて言う人がいるんですが、私はそんなことはないと思うんです。ただ単に出版社の編集者が怠惰なだけなんですよ! 新しい作家をどんどん紹介するのは基本なので良いんですが、その過程で編集者やら翻訳者からスルーされる作家・作品が必ず出てくるんです。選ぶ人の趣味とか感性とか、そのとき流行っていることに影響されますからね。それでとりこぼしたものに凄いのがあったりする。過去数十年、見逃されつづけた凄い作家がたくさんいるはずなんです。トレヴァーのおかげで確信しました。そういう作家、作品をどんどん発掘していかないといけない。新しい作家を探すだけではなくて。それと「翻訳が難しい」という理由もよく聞くんですが、それについても「そんなことはない」とはっきり言える。だってジョイスの『フィネガンズ・ウェイク』が訳されている国ですよ。あれが訳せるならどんな作品だって訳せますよ。と言うと、「気楽に言いやがって」と怒られるでしょうが……自分で訳すわけじゃないので。
──ありがとうございます。ではフェアの質問に戻って、この53ヵ国で樽本さんの気になる国はどこですか?
樽本:あんまり国単位で読んだことはないんですけど、イタリアですかね。イタリアには狂った作家がもっと沢山いると思うんです。これまで紹介されてきた作家たちはまだ穏やかというか。カルヴィーノだけちょっと狂っていますけど、それでもまだ真面目ですしね。もっと変なのがあると思うんです。
──タブッキやブッツァーティは狂っている感じがありませんか?
樽本:そうですね。でも、もっと狂っていていいと思います。あと、フランスももっと変なのがあってもいいですよね。
──今回のラインアップではフランスは古典が多くなりました。
樽本:古典でも変なのがありますよね。国書刊行会では今度『ジャリ全集』を出しますよ。
──本当ですか? 僕、ジャリが大好きなんですよ。
樽本:そうでしたか。800ページくらいで二段組、箱本の形式で、コラムやエッセイも入れる予定です。
──宝物ですね。今まで翻訳の無かった『昼と夜』をずっと読みたかったんです。
樽本:ジャリは変なんですよ。イタリアとフランスと、あとはロシアかな。ロシアも結構紹介されていますね。あ、でもソローキンは入っていないんですね。
──そうなんですよ。棚が狭くて入れられませんでした。
樽本:最近『早稲田文学』でも新しいのが訳されていましたね。ソローキンはすごい作家ですよ。『ロマン』を読んだ時の衝撃は忘れられない。
──イタリア、フランス、ロシアですね。ありがとうございます。では今度は逆に、一般のお客様がこのラインナップを見て、どの国の本を買っていかれると思いますか? つまり優勝国予想をお願いします。
樽本:難しいな。そういう予想が出来ないのが国書刊行会なんです(笑)。でもお客さんの立場になると、装幀が大事になりますよね。見た目が可愛らしいというか、持っていたいと思うのは、そうだな、スペインのリャマサーレスとかかな。『狼たちの月』。ちょっと渋いけど、これもすごい内容だし是非読んで頂きたいですね。
──あれはいい作品ですよね。
樽本:「戦争に次ぐ戦争アメリカ」はヴォネガットが入ってるから強いかな。表紙も可愛らしいし。ボルヘスもいいんじゃないですか。私はあんまり好きじゃないんですけど。あと、新潮社のガルシア=マルケスのシリーズはカバーを取るとチョコレートみたいな色合いで良いですよね。女の子は喜ぶと思いますよ、しっとりした紙を使ってるし。
──誰も書店ではカバーを取らないですよ(笑)。ではそろそろ樽本さんのベストイレブンをお伺いしてもよろしいですか?
樽本:そうですね。守りと攻めでいいんですよね。じゃあ守りの方からいくと、まず一人は先程お話したトレヴァーの次の新刊『アイルランド・ストーリーズ(仮)』ですね。あとはジーン・ウルフの『ブック・オブ・デイズ(仮)』。12篇入っているんですけど、それぞれが建国記念日とかクリスマス・イブとか記念日にちなんだ短篇となっていて、最後がニューイヤーで終わるというSF短篇集なんです。
──面白そうですね。ではその二作をディフェンスの真ん中に置いて、残りの二人は足が速そうな奴をお願いします。
樽本:足が速そう……やっぱりリャマサーレスの『狼たちの月』とパハーレスの『螺旋』ですかね。木村榮一先生の二作品ですね。
──スペインが両サイドを駆け上がる感じですね。
樽本:攻めるのは、一つが『早稲田文学』に紹介されていたソローキンの『青脂』。いずれどこかから出るでしょうね。あとはまた木村榮一さんになるんですが、スペインのキム・ムンゾーという作家の短篇集。いくつかは『新潮』とかで紹介されていますが、この人も面白い作家なので、いつか出したいなと思ってます。
──ありがとうございます。すごいラインナップになってきました(笑)。
樽本:日本人でも良いんですか?
──もちろんです。
樽本:そうか。じゃああとは深沢七郎にしようかな。「絢爛の椅子」という短篇があって、それがすごいんですよ。これを攻めにします。残るは中盤か。
──そうですね、ミッドフィルダー三人とゴールキーパーです。中盤には樽本さんの人生の三冊を入れて欲しいですね。
樽本:じゃあ、大学でずっとジャリの研究をしていたんで『ジャリ全集』と、あとはラブレーの『ガルガンチュアとパンタグリュエル』と『千一夜物語』。この三冊ですかね。
──いいですね。『ジャリ全集』は本当に楽しみです。では最後のゴールキーパーは何も通さない、全てを拒むような作品でお願いします。
樽本:じゃあ、拒むわけではないですけど『デイヴィッド・コパフィールド』で。四冊もあるので、ボールが入りにくいんじゃないかと。
──量の問題なんですか(笑)。
樽本:でも『千一夜物語』のほうが多いか。入れ替えましょう。ゴールキーパーに『千一夜物語』で、中盤を『デイヴィッド・コパフィールド』にします。ぜったいに中野好夫訳の新潮文庫でお願いします。
──恐ろしいチームが生まれましたね。ありがとうございます。では、最後にフェアに来て下さるお客さんにメッセージをお願いします。
樽本:単行本だと結構高いものがあるんですけれど、それを買わないと外国文学はもう出なくなっちゃうので、文庫本ばかりでなく単行本も買って下さい。今買わないと本当に十年後には外国文学が全く出版されなくなってしまいますから。外国文学は読者にかかっています。
──ありがとうございました。


注1:2010年5月刊行予定のアドルフォ・ビオイ=カサーレス『パウリーナの思い出に』を指す。


■樽本さんのベストイレブン

FW:ウラジーミル・ソローキン『青脂』
FW:キム・ムンゾーの短篇集
FW:深沢七郎「絢爛の椅子」『深沢七郎集 第二巻』
MF:アルフレッド・ジャリ『ジャリ全集』
MF:フランソワ・ラブレー『ガルガンチュアとパンタグリュエル』
MF:チャールズ・ディケンズ(中野好夫訳)『デイヴィッド・コパフィールド』
DF:フリオ・リャマサーレス『狼たちの月』
DF:サンティアーゴ・パハーレス『螺旋』
DF:ウィリアム・トレヴァー『アイルランド・ストーリーズ(仮)』
DF:ジーン・ウルフ『ブック・オブ・デイズ(仮)』
GK:『千一夜物語』

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(2010年3月15日、紀伊國屋書店新宿本店にて)
(インタビュー・記事:蜷川・木村)


樽本さん、どうもありがとうございました。来月刊行されるビオイ=カサーレスは勿論のこと、カルヴィーノやトレヴァー、ジーン・ウルフの新刊も楽しみでなりません。そして何より『ジャリ全集』! 『超男性』をフェアに入れることが出来ずに嘆いていたのが、こんなに嬉しい形で慰められるとは思いませんでした。一家に一冊、今から貯金しておきましょう。その他の近刊予定はこちらから見ることができます。目が離せないのはいつものことですが、今年の国書刊行会には大いに注目する必要がありそうです。

2010年03月31日

解説者による戦力分析:白水社藤波さん・鈴木さん

%E7%99%BD%E6%B0%B4%E7%A4%BE%E3%81%95%E3%82%93.jpg今回の「解説者による戦力分析」では昨今の海外文学ファンの話題を占有し続けている「エクス・リブリス」シリーズの編集者たち、白水社編集部の藤波さんと鈴木さんのお二人にお話を伺います。ワールド文学カップに参加している白水社さんの文学作品は、ほとんどがこのお二人の編集によるものと言っても過言ではありません。藤波さん、鈴木さん、今日はよろしくお願いします。

──ではまず、我々のこの企画「ワールド文学カップ」という名前を聞いて、どのような印象をお持ちになられたか、お伺いしてもよろしいですか?
藤波:まず、これは当然サッカーのワールドカップにひかれたなというのがピンときますし、その各国を代表する作家や文学作品を集めた、非常に意義のある、素晴らしい試みだという風に思いましたね。4年に1回といわず毎年でもやってもらいたいです。
──ありがとうございます。いや、毎年やりたいですね。鈴木さんは?
鈴木:最初は、文学のワールドカップなんてちょっと物騒だな、と思ったんですけど(笑)、こういう風に見事な文学マップを見せられると、日本はほんとうに翻訳大国だな、と再認識することができました。
藤波:全部で何冊って言ってましたっけ?
──650冊です。
藤波:すごいですね。
鈴木:これみんな今、手に入れられるものってことなんですよね。
──手に入るものだけです。
藤波:現代日本もあるんだ。
鈴木:そうなんですよね。円城さんが入ってる。福永さんも。
──300冊ぐらいが「ワールド文学カップ」という括りになっていまして、それ以外に156冊ずつ、文庫限定で世界文学を集めた「往年の名選手たち」と、同じく文庫限定で選んだ「日本文学代表選抜会」という枠があるんです。
藤波:なるほど。
──文庫限定と言っても、白水社さんのUブックスも入っています。
藤波:ありがとうございます。
鈴木:みなさん、サッカーがお好きなんですか?
──大好きです。
藤波:さっきダグラス・ビーティの『英国のダービーマッチ』をお見せして、こんなこともやってますよっていう話をしていたところなんです。
鈴木:ふうん。
──実はアーセナルが好きなので(注1)、この本は気になって仕方ないです。
鈴木:サッカー好きとガイブン(外国文学)好きはしっかり重なるんですね。
藤波:これね、なぜか合う人が多いんだよね。あとビールが好きな人も多い。どうでもいいんだけど、そういう不思議な繋がりがあるみたいです。
──ビール(笑)。面白いですね。
藤波:印象ですけどね。あるんじゃないかと勝手に思っています。
鈴木:このブックレットは店頭に置かれるんですか?
──そうです。無料配布します。
鈴木:すごい!
──では次の質問として、そのブックレットを実際にご覧頂いてどう思われましたか?
藤波:いや、ほんとうにね、よくこれだけ集められたな、と。世界中から650冊でしょう? しかもそれを全部誰かがお読みになったってことですから、これはもう信じられない企画ですね。
──ありがとうございます(笑)。
藤波:知らない作品もあるし、もちろん読んだことのない作品がほとんどだし。インドの作品なんてほとんど読んだことないし、アフガニスタンもよくわからないし。これはほんとうに勉強になりますよ。
──そう言って頂けると嬉しいです。
鈴木:それと、コメントから匂いみたいなものが伝わってきますよ。どういう話なのかはこれを読んでもわからないし、自分が担当した本も「こんな本だったかな?」って思うんだけど(笑)。たとえば世界文学事典にあるような、「超レジュメ」的なものでは全然ない。レジュメだと骨だけになるから、伝わらないじゃないですか。
藤波:全部ちゃんとご本人たちが読んでいるし、推薦するんだから当然作品に対しての思い入れもあるだろうしね。
鈴木:そうそう。紹介の仕方に説得力と色気がある。
──色気(笑)。ありがとうございます。
鈴木:ほんとうにそう思いますよ。どういう内容なのかはやっぱりわからないんだけど、なんかちょっと面白そうなの。「逆に自分はこう思った」とか「こういう本もほんとうは入れてほしいな」っていう風に、これを見た人に自分の想いや読書経験を語らせる起爆剤みたいなものになっていて、すごいなと思います。
──そうですね。僕たちの選書はかなり偏っているので。
藤波:いやいや。
鈴木:あの、質問してもよいですか?
──もちろんです。
鈴木:さっきね、サッカー好きとガイブン好きが重なるっていう話があったんですが、サッカーが強い国と面白い小説がある国っていうのは重なるんですか?
──重ならないんです、それが。顕著な例を上げるとオランダ。
藤波:ああ、オランダ。オランダ文学って言われてもピンとこないねえ。
鈴木:あれが入ってましたよ。トレイシー・シュヴァリエの『真珠の耳飾りの少女』が。
──あ、そうですね。
藤波:よかった。シュヴァリエは私が担当したんです。
──作家の出身国だけで作るのではなく、その国を舞台にしている小説も入れています。
藤波:僕らの勝手な思い込みかもしれないけど、オランダはサッカーは強いけど文学は今ひとつ、という感じがしますね。
──そうなんですよ、日本に紹介されていないだけかもしれないけれど。実はここ、選書するのが大変だったんです。
鈴木:オランダを見つけるのが?
──マキューアン、カミュ、シュヴァリエまではトントン拍子で決まったんですけど、もう一つは欲しいよなという話になって。オランダを舞台にした小説を血眼になって探しました。
藤波:白水社に『チューリップ熱』ってのなかったっけ?
鈴木:『チューリップ熱』ってありましたねえ。
──はい。デボラ・モガーの『チューリップ熱』は棚の幅が狭くて入らなかったんです。
藤波:なるほどね。
──文庫でオランダを探すことになったので、結局デュマの『黒いチューリップ』を入れることにしました。では、お話がちょっと国に行ったところで、お二人の気になる国を教えて下さい。
藤波:僕はやっぱりアメリカ文学なんです。ダイベックの『シカゴ育ち』が大好きで、入社してちょっとしたくらいにうちの会社で出して、それがもうほんとうに嬉しくて仕方がなかったという思い出があります。これは忘れられない一冊です。
──これは本当に傑作ですよね。初めて読んだ時に猛烈に感動しました。
藤波:傑作ですね。
──アメリカの他に気になる国はありますか?
藤波:それは当然、イングランドでしょう。わかりやすいですけれど。イングランドもまた素晴らしいですね。
──イングランド三つで、スコットランドが一つ、それとは別にアイルランドがあります。
藤波:なるほど。あ、『青い野を歩く』入れて頂いたんですね。ありがとうございます。クレア・キーガンはアイルランドの新世代を代表する素晴らしい女性作家で、どれもこれもいわゆる古いアイルランドと新しい世代の生き方がぶつかったりして、帯には「アイリッシュ・バラッドの味わい」って書いたんですけれど、独特の深い味わいがあって、これは編集していて非常に楽しい作品でした。
──ありがとうございます。鈴木さんはいかがでしょう?
鈴木:はい。そうですね、チェコなど東欧の国は気になります。国を出て違う言語で書いてる人が結構いて。彼も最初はチェコ語で書いていたと思うんだけど…。
──クンデラですか?
鈴木:うん、クンデラ。それから、学生の時に読んだアゴタ・クリストフがすごく面白くって。それで『文盲』という彼女の自伝的な作品を出したんですが、この人もハンガリー人なのにフランス語で書いています。自分が住んでいる場所でマージナルな存在として書く。そういう独特の視点で世界を眺めている作家にはすごく惹かれるんですよ。どこか居心地が悪いところで書いているっていう人には。
──『悪童日記』の原書は主語と動詞だけで書かれているような感じで、初めて開いた時はびっくりしました。
鈴木:文章自体には全然色気がなくて、ほんとうに無機質な感じなんですけど、その冷静な語りがまた効果的なんですよね。
──『文盲』もクンデラなんかと合わせて読んで欲しいですね。
鈴木:ほんとうに。
──ジュンパ・ラヒリもそうですよね。「移民の文学」と言うと語弊があるかもしれないですけれど。
藤波:さっきのフランスもアメリカも色んな国々からの移民がいますから、その中から新しい文学が生まれてくるのは当然ですよ。
鈴木:結果的には英語のようなメジャーな言語で書かれているかもしれないんですが、それが母国語じゃなかったり、あるいは自分の親や先祖のものじゃない言語で書いてる人には、一般論で括ってはいけないかもしれないんですが、やはりなにかとても強いものがあると思います。
藤波:ましてや難民とか、別の国に留学している間に国でクーデターとかが起きて帰れなくなっちゃった人とかね、そういう辛い体験をしていると書くものにも独自の強度があるというか。英語自体は拙いかもしれませんけれど、普通の英語とは違う力を感じます。
──文体も変わってきますよね。アゴタ・クリストフなんてその顕著な例というか。クンデラはフランス語も難しいですけど。
鈴木:そうですね。生きた世界というか、生き方が全然違いますからね。クンデラは知的エリートとして政治亡命をしたわけですが、アゴタ・クリストフの場合は乳飲み子を連れて、文字通り命からがら国境を越えて難民となり、その後は時計工場で朝から晩まで辛く単調な仕事をしていました。ところでアフガニスタンもエントリーされていますが、インスクリプトから出たアティーク・ラヒーミーの『灰と土』を読んだ時は、ひゃーっと思ったんですよ。
藤波:「ひゃーっ」か。
鈴木:何だこれは、と思って。不思議な二人称小説なんですよね。「きみは…」っていう語り方。我々が小説とはこういうものだって思っているものとはすこし違って、精霊みたいな何かが語りかけてくるんです。100ページくらいの詩のような小説なんですが、ソ連侵攻後のアフガニスタンの厳しい現実を捉えていて……。男の子がね、爆撃のせいで耳が聞こえなくなってるんですけど、戦車がみんなの声を奪ったと思い込んでいるんです。「何でみんな喋れなくなっちゃってるの」って。ほんとうに全然雄弁な小説じゃないんだけど、すごく印象的な映像と言葉を突きつけられるっていう感じの作品です。そんなに売れなかったかもしれないんですけど、これは絶対にずっと店頭に置き続けて下さい!同じ作家が亡命先のフランスで、今度は初めてフランス語で書いた『悲しみを聴く石』という本を昨年出したんですが、こちらもお薦めしたい一冊です。『灰と土』にずっと書店で残っていて欲しいなという想いもあって、この本を出したんです……。
──入れた甲斐がありました。では気になる国をお伺いしたので、次は優勝予想国を教えて下さい。
藤波:優勝予想国。難しいな。じゃあ僕は、あえてチリのロベルト・ボラーニョを推しますかね。どうしても手前味噌な宣伝になってしまいますけど。
──いえいえ。
藤波:彼はほんとうにもう、世界的にもっとも注目されているラテンアメリカ作家なので、是非とも大々的に売り出したいんです。この『通話』はボラーニョの入門としても大変読みやすい本ですし、もちろん短編集なので多少のばらつきはあるんですけども、どの短編も非常に質の高いものなので、やっぱりこれは僕の一押しで優勝して欲しいです。
──ボラーニョはアメリカでどんどん出ていますよね。『2666』とか。
藤波:ええ、そうなんですよ。
鈴木:今おっしゃったのも、いずれ出ます。
──『2666』?
藤波:ええ、『2666』(注2)。遺作と言われている、とんでもなく分厚い本です。
──凶器みたいな本ですよね。
藤波:『2666』も白水社でいずれ刊行する予定ですので。四月には『野生の探偵たち』という、上下巻で900ページくらいの分厚い本が出ます。これは作家の本領発揮と言われている代表作、最高傑作の一つです。
──楽しみです。
藤波:そうそう、4月23日に市ヶ谷のセルバンテス文化センターというところで、チリ大使館主催でロベルト・ボラーニョに関するシンポジウムをやるんですよ(注3)。その時には『野生の探偵たち』も刊行されているはずなんで、もしよろしければご参加下さい。
鈴木:そして、この本のカバーを飾る装画は、いま森美術館で展示中の現代美術作家ジュール・ド・バランクールの作品です。とってもかっこいい画です!(注4)
──ありがとうございます。ボラーニョ、盛り上がっていますね。では鈴木さんの優勝予想国は?
鈴木:私の青春の書は『赤と黒』なので、フランスには頑張って欲しいな。理想の人がジュリヤン・ソレルなので。
──それはひどい(笑)。ジュリヤンを追っかけていたら大変ですね。
鈴木:ま、ジュリヤンとサッカーはなんの結び付きもないと思うんですけど。
──いや、ジュリヤンはかなり攻撃的ですから。では「悪女の巣窟フランス」ということで。
鈴木:「悪女の巣窟」? 『赤と黒』は誰も悪女じゃないですよ。
──レナール夫人の最初の、あの思わせぶりな態度が悪女なんです。
鈴木:ああ、なるほど。
──でも確かにマチルドは悪女じゃないかも。かなり良い娘。
鈴木:マチルドはそうですね、気の毒なくらい。あ、カフカはどこに入るんだろう? チェコですよね?
──チェコです。
鈴木:じゃあ私は「悪女の巣窟フランス」と、この「できるだけカフカ集成」で。
──ありがとうございます。では引き続き、ベストイレブンをお伺いしてもよろしいですか?
藤波:これは難しいなあ。ポジションに特性があるから、サッカーをわかっていないとイメージが湧かないでしょう。
──確かにそうですね。ではお二人で一緒に考える「白水社のベストイレブン」ということでいかがでしょう?
藤波:難しいなあ。なんとも言い難いんだけど、ドイツってやっぱりゴールキーパーに力強さがあるでしょう。ゼーバルトに『アウステルリッツ』という作品があって、これは歴史や場所を行ったり来たりしながら独特の文学世界を作っているんです。そこに力強さがあるのでちゃんと守ってくれるというか、安心して最後のラインは任せたよって気はします。強引ですが。
──ありがとうございます。では、センターバックは?
藤波:じゃあセンターバックならイタリアかな。アントニオ・タブッキの『イタリア広場』。強引だね。
──いや、間違いないですね。
藤波:で、サイドバックも入れるの?
鈴木:オースターとかは? 何にもやらなさそうだけど。
──ひどい(笑)。
藤波:あ、スティーヴン・ミルハウザーにしようか。オースターじゃなく。
鈴木:『ナイフ投げ師』? これ攻めるんじゃない?
藤波:いや、サイドを駆け上がるっていう。
──いいクロスを上げそうですね(笑)。
藤波:「ナイフ投げ」っていうくらいだからね。右左どっちにする?
鈴木:どっちでも。わかんないから任せる。
藤波:じゃあミルハウザーの『ナイフ投げ師』を右サイドバックで。
──おお。じゃあ左サイドバックは?
藤波:左サイドバックね。誰だろうな。やっぱりアゴタ・クリストフでも入れておきましょうか。『文盲』ですね。
──3バックでいいですか?
藤波:じゃあセンターバックをもう一人、そうだなあ。
鈴木:マルカム・ラウリーはまだ言ってないですよね?
藤波:あ、そうだね。じゃあ、マルカム・ラウリーの『火山の下』をセンターバックで。
鈴木:これは20世紀の世界文学ベスト10と言ったら絶対に入ってくる作品で、今月新訳が出ます。これはもう、確実に面白い。
──おお。
藤波:あとは中盤?
──はい。ではまずボランチから。
藤波:ボランチねえ。
鈴木:マンディアルグなんかも入れたらどうですか?
藤波:ああ。じゃあ『城の中のイギリス人』にしておく? 『城の中のイギリス人』でお願いします。ダブルボランチでいこうか。ユベール・マンガレリあたりはどうですか?
鈴木:攻めなさそう(笑)。
藤波:いいんだよ、守れば。じゃあ『四人の兵士』にしときましょう。
鈴木:『おわりの雪』だと、ちょっと寂しいからね。
藤波:ええ。で、あと何人だ?
──あと四人ですね。
鈴木:あと四人。
藤波:あと四人ね。じゃあ残るはゲームメーカー、トップ下くらいだよね。これは難しいね。誰だろう、器用なのがいいよね。
鈴木:『灯台守の話』を入れたらどうですか?
藤波:そうしよう。ジャネット・ウィンターソンの『灯台守の話』。あとは3トップにしちゃおうか。
──3トップ。
藤波:デニス・ジョンソンの『煙の樹』と、ロベルト・ボラーニョの『通話』は入るよね。あと一人?
──あと一人です。
藤波:あと一人ねえ。じゃあ、やっぱりサリンジャーにして下さい。
鈴木:サリンジャー。そうだ。
藤波:『キャッチャー・イン・ザ・ライ』でも『ライ麦畑でつかまえて』でもどちらでもいいんで。
──じゃあ『ライ麦畑でつかまえて』の方で。
藤波:ええ。お願いします。
──ああ、良いですね。4-3-3。
藤波:いやいやいや。まったく思いつきで語りましたけど。こんなのでいいんですかねえ。
──大丈夫です。ありがとうございます。では、最後にこのフェアに来て下さるお客様にメッセージをお願いします。
藤波:個人的にはアジアの文学とか今まで関心が無かったんだけれども、こういったフェアをきっかけに文学の繋がりとかがわかるかもしれないし、そういった興味から一つの国にこだわらずに関心を広げていって、どんどん読んで頂ければ非常に嬉しく思います。
鈴木:この世界の広さに眩暈がしちゃうか、わくわくするかにもよると思うんですけど、このブックレットを見てちょっとでもわくわくするものがあったら、すごく面白いものに出会える素質が絶対にあると思うので、どれでもいいから1冊だけでも始めて頂けたら嬉しいです。
──ありがとうございました。


注1:アーセナルを応援しているのは蜷川です。ちなみに木村は名古屋グランパスエイトのサポーター。
注2:2009年にPicador社が英訳版を刊行。詳細はこちら
注3:セルバンテス文化センターのホームページによると、こちらのシンポジウムは入場無料・要予約とのこと。参加を希望される方はお急ぎ下さい。
注4:MAMプロジェクト011:ジュール・ド・バランクール展(2010年3月20日~7月4日、会場:森美術館ギャラリー1)


■藤波さんと鈴木さんが選ぶ「白水社のベストイレブン」

FW:J・D・サリンジャー『ライ麦畑でつかまえて』(Uブックス)
FW:デニス・ジョンソン『煙の樹』(エクス・リブリス)
FW:ロベルト・ボラーニョ『通話』(エクス・リブリス)
MF:ジャネット・ウィンターソン『灯台守の話』
MF:アンドレ・ピエール・ド・マンディアルグ『城の中のイギリス人』
MF:ユベール・マンガレリ『四人の兵士』
DF:アゴタ・クリストフ『文盲』
DF:スティーヴン・ミルハウザー『ナイフ投げ師』
DF:マルカム・ラウリー『火山の下』(エクス・リブリス・クラシックス)
DF:アントニオ・タブッキ『イタリア広場』
GK:W・G・ゼーバルト『アウステルリッツ』

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(2010年3月12日、白水社さんの社屋にて)
(インタビュー・記事:蜷川・木村)

藤波さん、鈴木さん、お忙しい中ありがとうございました。マルカム・ラウリーの『火山の下』はとうとう発売になりましたね! 白水社さんのホームページでも大々的に取り上げられています。シリーズ名の「エクス・リブリス・クラシックス」も気になるところ。今後どのような作品が刊行されていくのか、楽しみで仕方ありません。四月の新刊案内にはボラーニョの『野生の探偵たち』上下巻も掲載されていました。嬉しいニュースが立て続けに届いております。ところでこの白水社さんのホームページ、トップページ左上のトリをクリックすると面白いものが見られるのをご存じですか? どんなものかは是非ご自身の目でお確かめ下さい。

2010年03月25日

解説者による戦力分析:早川書房山口さん

%E5%B1%B1%E5%8F%A3%E3%81%95%E3%82%93.jpg今回の「解説者による戦力分析」では「epi文庫」や「epiブック・プラネット」のシリーズなど、早川書房の海外文学を単独で編集してきた山口さんにお話を伺います。山口さんの仕事には前回フェア「対決! 共鳴し合う作家たち」の時から大変お世話になっていて、今回のフェアでも彼の編集による文学が大量に並ぶ予定です。山口さん、よろしくお願い致します。

──今日はよろしくお願いします。
山口:ラインナップができたんだって?
──はい。これが噂のブックレットです。
山口:ああ、ちゃんとイギリスの中でも分けてるんだね。イングランドだけで三種類もある。「悪女の巣窟フランス」って問題ありそうだね。ポーランドだとゴンブローヴィッチとレムがいるのか。あれ、マキューアンってオランダ系だっけ?
──それがまた違うんですよ。
山口:ああ、『アムステルダム』だからオランダか。そういうのもありなんだね。
──その国出身の作家を集めるだけではつまらないので、その国を舞台とした小説も入れるようにしたんです。決してインターネットで調べ切れるようなものではなく、読まなきゃ作れない選書となるように工夫してあります。
山口:工夫が伝わってくるね。あ、カフカはもう国扱いなんだ。
──カフカは国です。大国です。一応チェコ枠ではありますが。
山口:ハンガリーには洋書も入ってるんだね。こう見てると、結構新しい作家が入ってきている国と古典しか無いような国の差があるよね。
──ロシアなんかは古典と現代で分けて選書をしています。いわゆるロシア文学とペレストロイカ以降と。
山口:イタリアはカルヴィーノ、モラヴィア。うん、ちゃんとしてるよなあ。あ、ヘミングウェイでスペインっていうのは良いね。シムノンってベルギー人なんだ。初めて知ったよ。
──実は僕たちも調べて初めて知ったんです。
山口:ギリシャにはやっぱり現代文学はないのかな。
──あったとしても、このラインナップと差し替えられるものはないでしょうね。
山口:インドはいっぱいあるし、タイはちゃんとラッタウット・ラープチャルーンサップが入ってるね。
──これ、大好きなんですよ。
山口:いや、これ素晴らしいよね。
──本当に良かったです。
山口:文庫にしたいなって思うくらい素晴らしい短編集なんだよ。
──「ガイジン」とか「カフェ・ラブリーで」とか。「こんなところで死にたくない」も秀逸ですよね。
山口:あれをタイトルにすれば良かったな、と思って。『観光』だとやっぱりさ、検索しても『観光白書』とかそういう本が引っかかっちゃって。
──でも原書だと『Sightseeing』ですよね。
山口:そうなんだよ。カタカナで『サイトシーイング』でも良かったな。パムクは『白い城』なんだ?
──せっかくなので新刊を入れました。
山口:そっか。これはこれでちゃんとした作品だしね。ダイ・シージエとイー・ユンリーで中国っていうのも良いなあ。
──いわゆる『三国志』や漢詩なんかは入れてません。
山口:アメリカに多いよね。中国系で書く人。
──テッド・チャンとかを入れても良かったかも。彼は「往年の名選手」に入っています。
山口:アフガニスタンはだいたい俺が担当してるな。タイとかベトナムとか、こういうところは大体回ってくるんだよ。ああ、アメリカは難しいよなあ。
──アメリカはかなり分かれました。
山口:フォークナー、オコナー、あ、モリスンは『青い眼が欲しい』と『スーラ』なんだ。すげえなアメリカ、まだある。コーマック・マッカーシーも入ってるね。ナボコフはロシアでも良かったんじゃない?
──そうなんですよ。『ディフェンス』はロシア語で書いていますしね。
山口:舞台もヨーロッパの方だしね。あ、キューバもいいなぁ。すごいね。これ本当に全部並ぶの?
──並びます。
山口:文庫も単行本も関係ないんでしょ?
──そうですね。ちゃんとミリ単位で棚の幅を測っています。
山口:これ勝負はどうやってつけるの?
──勝負は売り上げ冊数でつけようかなと思ってます。ハードカバーは既に不利なんですけど(笑)。
山口:二冊分とかにしたら良いんじゃない。そっか。チリもボラーニョが来てるから強いし、南アフリカもゴーディマがいるから強い感じがするね。すげえな、この冊子が一番人気なんじゃない? 何部刷ったの?
──3500部です。
山口:すげえ。紙もちゃんとしてるし、索引も入ってるし。
──索引を作るのには一日かかりました。じゃあ一通り目を通して頂いたところで、そろそろインタビューに移らせて頂きますね。まず、この企画を聞いたときどう思われましたか?
山口:ワールドカップみたいなイベントがあると、よく広告であるんだよね。世界地図が出て、この国はこの本を読みましょう、みたいな。前の時にもそういう企画があって、早川書房からも何冊か入れたんだけど、でもそういう選書ってぬるいんだよ。折り合い感があって。だから最初聞いたときはそんな風になっちゃうかと思ったんだけど、この冊子を見たら、そんなところは無理矢理突き抜けた感じになってて、ここまでやればありなんじゃないかなって思うよ。やっぱり、必ずしもその国の人じゃないっていうのが良いんじゃないかな。作家の出身国だけじゃなくって、テーマや内容で選ぶっていうのは新しいやり方だよね。
──そこは本当にこだわりました。
山口:これ、みんな読んでるんでしょ? 全部で何冊?
──650冊です。
山口:すげえな。ここまでやるのは尊敬するしかないですよ。すごい勢いで読まなきゃいけないじゃん。プライベートも捨てて、青春も全て投げうって、女にもうつつを抜かさずに。
──何を言っているんですか(笑)。
山口:若い時期を無駄にしてこんなに本を読んでるなんて偉いよ。
──女の子よりもバタイユですよ。
山口:そっちの方がエロいかもしれないね。
──では、このブックレットを実際に見て、山口さんの気になる国があれば教えてください。
山口:そうだな、ぱっと見た感じだと、ギリシャが気になるかなぁ。ギリシャ古典をあんまり読んでないから、読んでみようかなっていう気になる。『イリアス』は岩波文庫?
──そうです。松平千秋さんの訳はすごく読みやすかったですよ。
山口:今年は教養人になりたいから古典を色々読もうと思ってるんだよ。この前宮沢章夫さんのイベントに行ったんだけど、やっぱり博学で、フォークナーの話が出ればフォークナーの話をするし、シェイクスピアの話になったらシェイクスピアの話が出来るし。一応基本的な古典とかにはきちんと対応していて、いい大人になったらあのくらいじゃないと駄目だなと思って。しかもそういう知識を文章に出さないところが良いよね。
──『牛への道』の中に出てくる「スポーツドリンクがやたらに出てくる自販機の話」とか本当にくだらないですよね。
山口:「読んだぜ」って言わずに、密かに読むっていうのが良いんだよね。
──見習いたいですね。ベラベラ喋っちゃう。
山口:だからギリシャでしょ、あとはそういう意味でロシアかな。ロシアもあまり読んでないんだよ。ソルジェニーツィンもすぐ挫折したし。チェーホフは読んだけど、ツルゲーネフも読んでないし。なんか合わないのかなロシア。新訳読んでもすぐやめちゃうから。辛抱できないんだよね。だからこれから読みたい意味でもギリシャやロシアみたいに古典がちゃんとある国がいいな。アメリカはもういいや。仕事で十分やってるし。あとはチリかな。ボラーニョはこれからどんどん訳されるだろうし。正月に洋書の『2666』を買って読み始めたんだけど、字が小さくて辛い。
──あの分厚いやつを買ったんですか。
山口:早く訳して欲しいな。ナイジェリアもいいね。南アフリカは結構やったからいいんだけど、そうじゃないアフリカの国は読みたいな。あ、このコンゴ共和国は何? 強そうじゃない。コメントが「エロあり、グロあり、ゾンビあり」か。ほら、今年はゾンビイヤーだからね。
──なんですかそれは?
山口:去年フランクフルトのブックフェア行った時もみんな来年はゾンビだよ、って言ってた。ほら今、二見書房から『高慢と偏見とゾンビ』って出てるじゃない。あれアメリカで百万部くらい売ってるし。ロマンスも今年はゾンビらしいよ。「ゾンビと何をするんですか?」って聞いたら、「いや、フレッシュゾンビだからロマンスでも大丈夫」なんだって。
──フレッシュゾンビ(笑)。
山口:そういうゾンビの意味でもコンゴはかなり最先端だね。しかも「蠅兵器で滅びた時代の先には何も変わらない新しい時代が待っている」だって。素晴らしいね。コンゴやばいじゃん。際立ってるね。初日に買いに行かなきゃ。
──アフガニスタンはもう見たくもないですか?
山口:アフガニスタンはもう結構本を出したからね。『カブールの燕たち』もやったし、カーレド・ホッセイニもやったし。アフガニスタンは頑張って欲しい国だけど、このワールド文学カップでは頑張らなくていいや。もっと別のところで頑張って欲しいね。あと注目はインドだな。今一番勢いあるし、これからもっといろんな作家が出てくると思うよ。ラヒリもそうだし、キラン・デサイもそうだね。今回キラン・デサイは入ってないけど。アラヴィンド・アディガの『White Tiger』も面白かったな。この「出場停止中の名選手」は、何で出場停止なの?
──絶版なんです。出版社という審判からレッドカードを突きつけられた作品たちです。
山口:ああ、これはそういうメタファーなんだね。オンダーチェの『イギリス人の患者』も絶版なんだな。これ、翻訳した土屋政雄さんが一番気に入ってる訳文なんだって前に言ってたよ。
──ではそろそろ優勝予想国をお願いします。
山口:え、これって真面目にやった方がいいの?
──ふざけてもいいです。みんなに聞かれるのは何なんですかね(笑)。
山口:だってさ、一冊しかない国とかあるじゃない。「コンゴ」とか言ったらもう負けじゃん。ふざけた方が楽だよね。そうね、普通にやったらアメリカかな。「戦争につぐ戦争アメリカ」とか堅いよね。だって村上春樹、柴田元幸を擁するし、この前亡くなった浅倉久志さんもいるし。スティーヴン・キングも入ってるしね。でも、これじゃああまりに面白くないからやめよう。僕は競馬もやるんだけど、本命派じゃないんだよ。大穴を狙う方なんで。ここはまあ第一候補だと思うんだけど、あえて外して、もうちょっとオッズの高いところを狙おうか。日本か、でも穴でもないよね、これって。『バレエ・メカニック』は非常に評価が高いし。インドもまあ強いよな。ラヒリは文庫になってるし。イタリアは堅いね。「カテナチオ」っていうだけあって。やべえ、これ難しいね。馬が多すぎ。
──馬が多すぎ(笑)。
山口:パドックを見た感じだと、アメリカ、インド、スペイン、イタリアあたりが良いね。
──スペインも入りますか。
山口:ヘミングウェイがあるとね。リャマサーレスもいるし、なかなか良い毛並み。あとカフカも良いね。引用が伊藤計劃の「そもそもチェコ人にカフカの話というのが間違っている」っていうのは素晴らしいところから引いてきてるよ。これも入れたいな。まあフランスはちょっとずるいかな。卑怯だもん、これ。「エロスの大国フランス」はね。じゃあ最後に本命を一個決めるよ。
──お願いします。
山口:当日の馬場状態を聞きたいんだけど、って、つまり、どんなお客さんが多いと予想してるの?
──もちろんこういう記事を見たコアなファンの方も来て下さると思いますが、大半はあまり海外文学を読んだことのない方だと思います。
山口:そういう人にとってこのフェアは手が出しやすいよね。国別に分けて展開している店ってそんなに多くないし。
──ちなみに他の方の意見ではフランスが強いですね。
山口:フランスはずるいよ。コンテンツの量が違うし、色んな人がいるしさ。何しろエロを擁してるからね。これは一番人気だから嫌だな。じゃあ僕はやっぱりタイだな。大穴狙いで。
──ギャンブラーですね(笑)。
山口:いや『観光』は本当に良い本なので、紀伊國屋に来る全員の人に読んでもらいたいです。
──では最後に、山口さんの好きな作品でベストイレブンを選んで下さい。
山口:フォワードは『日はまた昇る』だな。軽量級だから。あと、ディフェンダーは『蜘蛛女のキス』かな。気持ち悪いから。
──避けて通りたいですね。
山口:あと、ミッドフィルダーは『エデンの東』かな。元々アメリカ文学から入ったからね。そうだな、フォークナーも入れたいな。『八月の光』をキーパーにしよう。あ、そうか、『百年の孤独』をどこに置くかが問題だな。でもあえて『エレンディラ』にしよう。『エレンディラ』と『日はまた昇る』のツートップで。やっぱりおばあちゃんが孫に売春させるってのがいいよね。
──あと六人です。
山口:『異邦人』をどこかに入れたいな。でも、カミュってどこのポジションでも使えなさそうだよね。選手としては役に立たないから、『異邦人』はサブに入れておいて。
──ひでえ(笑)。
山口:あとアラスター・グレイも使いたいな。『哀れなるものたち』をディフェンダーにしようかな。
──『蜘蛛女のキス』とコンビを組んで。じゃあサイドバックはどうですか、右サイドと左サイド。たまにいいセンタリングをあげるような。
山口:「たまに」ってところが良いよね。『安全ネットを突き抜けて』とかを書いてるチャールズ・バクスターっていう短編作家が好きだから、彼が左サイドだな。僕が担当したのは『愛の競演』っていう長篇なんだけど。女の人も入れたいから、逆サイドにはジャネット・ウィンターソンを入れよう。ゲイを入れたからレズビアンも入れないと。『オレンジだけが果物じゃない』で。フォーメーションは4-3-3にしようか。
──そうすると、あとは中盤二人とフォワード一人ですね。
山口:そうか、誰にしようかな。イシグロやマッカーシーは入れたくないからなぁ。あんまり自分の担当じゃない作家から作りたいな。フランスはカミュしか入れてないし、誰か出てくる気がするね。
──エロいのが。
山口:イレブン見たら、俺、言うほどエロくないのかもしれない。
──どっちだよ(笑)。
山口:困ったらこのブックレット開くと出てくるかも。あ、モーパッサン好きだ。『モーパッサン短編集』を入れよう。フォワードで。コンラッドは好きじゃないしな。あ、カポーティだな。最初に「ミリアム」が入っているのは『夜の樹』だっけ?
──確かそうだったと思います。
山口:じゃあそれと、あ、『ロリータ』入れるの忘れてた。『ロリータ』が司令塔だな。でもこれじゃああんまり面白くないね。家の本棚見ながら考えたいな。『東京モンタナ急行』っていうブローティガンの作品も好きなんだよね。
──控えになっちゃいますがいいですか?
山口:あ、交換しなきゃならないのか。そしたら『哀れなるものたち』と代えよう。あれは俺が担当した作品だし。『東京モンタナ急行』。ブローティガンって日本に住んでたことあって、歌舞伎町でゲロ吐いたりしてて面白いんだよ。そうか、これで決まっちゃったのか。じゃあ『エデンの東』を『ガープの世界』に代えよう。アーヴィング。
──『ガープの世界』は素晴らしいですよね。
山口:『ガープの世界』以降はあんまり好きじゃないんだけどね。これで完成かな。あ、完璧。
──ミッドフィルダーは三人いますけど、ボランチは誰にしますか?
山口:ちょっと下がり目なのはやっぱり『ロリータ』かな。ワン・ボランチだね。短編集が三人フォワードだと面白いかも。じゃあバクスターとヘミングウェイを入れ替えよう。
──『日はまた昇る』ってサイドバックっぽいですね(笑)。
山口:控えは『異邦人』。絶対使わない。急にいなくなっちゃいそうだし。『シーシュポスの神話』とか仕事に行く前に読んだら行かなくなっちゃうし。
──絶対に読んじゃいけない本ですね。
山口:高校一年生の時に読んで、絶対こういう大人にはならないぞって思ったのに、まんまと同じような日々を送っている。
──僕も高校生の時に読みました。
山口:衝撃を受けるよね。ちょっとニヒリズムに傾倒するんだけど、そうすると女にもてなくなるんだよなあ。
──ありがとうございました(笑)。では、最後にフェアに来て下さるお客さんにメッセージをお願いします。
山口:本当に素晴らしいラインナップだし、どの本も非常に面白い本ばかりなのですが、その中でも是非タイの『観光』を手に取ってみて下さい。


■山口さんが選ぶベストイレブン

FW:ギー・ド・モーパッサン『モーパッサン短編集』
FW:ガブリエル・ガルシア=マルケス『エレンディラ』
FW:チャールズ・バクスター『安全ネットを突き抜けて』
MF:トルーマン・カポーティ『夜の樹』
MF:ジョン・アーヴィング『ガープの世界』
MF:ウラジーミル・ナボコフ『ロリータ』
DF:アーネスト・ヘミングウェイ『日はまた昇る』
DF:ジャネット・ウィンターソン『オレンジだけが果物じゃない』
DF:リチャード・ブローティガン『東京モンタナ急行』
DF:マヌエル・プイグ『蜘蛛女のキス』
GK:ウィリアム・フォークナー『八月の光』

控え:アルベール・カミュ『異邦人』

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(2010年3月9日、早川書房1階の喫茶店クリスティにて)
(インタビュー・記事:蜷川・木村)

山口さん、どうもありがとうございました。こっそり今後の刊行予定を聞いてみたところ、先日とうとう発売になったマリー・ンディアイの『ロジー・カルプ』に続き、昨年のゴンクール賞受賞作である『Trois femmes puissantes』も刊行の予定があるとのこと。他にもJ・M・クッツェーの新作『Slow Man』とオルハン・パムクの新作『The Museum of Innocence』も年内には刊行、さらにダイ・シージエの新作二つと昨年ピュリッツァー賞を受賞したエリザベス・ストラウトの『Olive Kitteridge』も目下準備中とのことで、海外文学好きには大変嬉しい知らせを教えて頂けました。今後も目が離せそうにありません。

2010年03月18日

解説者による戦力分析:未知谷飯島さん

%E9%A3%AF%E5%B3%B6%E3%81%95%E3%82%93.jpg今回の「解説者による戦力分析」では、良質な海外文学を数多く刊行されている出版社、未知谷の編集・発行人である飯島さんにお話をうかがいました。飯島さん、よろしくお願い致します。

──まず、今回の「ワールド文学カップ」という企画を初めて聞いた時、どのような印象をもたれましたか?
飯島:二、三年前でしたっけ? 沼野充義さんが「ワールド文学」という、つまり国境を越えた、どこの国の文学だからどう、というのではなく、良いものは良いというスタンスを取り始めましたね。そういうノリなのかな、と思いました。
──おお、ありがとうございます。では、たった今お渡ししたブックレットの中をご覧頂きたいのですが、今回は「子ども心の国ドイツ」というチームを作り、その中でドイツの三大児童文学作家を取り上げました。
飯島:ケストナー、エンデ、あ、クリュスが入ってる。そうなんですよね。ケストナーとエンデは岩波書店さんとかがメインで出版されていらっしゃったから生き残っているのですが、ジェイムス・クリュスだけは他の出版社さんが手を引いてしまって、一気になくなってしまったんです。大手出版社さんの事情でクリュスだけがいなくなってしまった。それに異議申し立てをしようと思って。
──クリュスを初めて読んだ時は衝撃を受けました。エンデとケストナーに出会ったのは随分前だったんですが、クリュスを初めて読んで、まだこんな作家が隠れていたのかと驚きました。
飯島:「隠れていた」のではなく、日本で隠されていたんです。『笑いを売った少年』を出版した時は、あなた方のお父さんお母さんくらいの世代の人たちから反響が随分ありました。昔読んだ記憶があってその後目にしなくなってしまったものが「あ、ここにあった」と気が付いて、子どもたちに読ませるために買ったという声が沢山あったんです。
──この訳者の森川弘子さんと未知谷さんのタッグは非常に興奮させられますよね。既にクリュスだけで三作品が出ています。
飯島:森川さんは他にもドイツ文学や児童文学を随分おやりになっています。ベンノー・プルードラもまた彼女の訳で出るんじゃないかな。
──楽しみです。話はドイツから逸れるのですが、もう一つ未知谷さんから出版されている本が入っている国があります。
飯島:そんな国があるんですか?
──あるんですよ。「葛藤せめぎ合うイスラエル」です。
飯島:ああ、アモス・オズですね。
──アモス・オズは筑摩書房から以前出版されていた『ブラック・ボックス』を読んですごく面白かったので、他には出ていないのかな、と探していたところ、未知谷さんが『地下室のパンサー』と『スムヒの大冒険』を出版されていることを発見したんです。
飯島:『ブラック・ボックス』も同じ村田靖子さんの訳で出てましたね。『地下室のパンサー』は実は映画にもなっていて、今アメリカで上映していると思いますよ(注1)。アモス・オズはもう二十年ぐらい前からノーベル文学賞の候補に毎年挙がっていて、去年なんかは最後の最後までイギリスの賭けでずっとトップだったんです。
──結局ヘルタ・ミュラーが受賞しましたね。
飯島:やっぱり政治体制の問題で、どうしても今ヘブライ文学にあげるわけにはいかない、という文脈だと思うんですよ。ずっとそう言われているんです。村田さんの話ではアモス・オズもパレスチナとの共存をずっと訴えているんだけれども、『スムヒの大冒険』も『地下室のパンサー』も幼年期の自伝的な作品で、夢もあるし特に政治性を持ち上げるような話でもないから、こういうのがあってもいいかな、と思って出版しました。その後あまりにもイスラエルの情勢が良くないので最近は手を引いてるんですが。
──実はイスラエルとかアフガニスタンとか、結構好きなんですよ。
飯島:アフガンとか、何かあればやりたいですね。
──今までの話に出たドイツやイスラエルの他にも、このフェアでは計53ヵ国が選ばれています。ブックレットの目次に出場国を載せているのですが、それを見て飯島さんが「この国の本は売れて欲しい!」と感じる国はありますか?
飯島:個人的には、ああ、アイルランドなんていいですね。アイルランドって特殊な国じゃないですか。ウィスキーの発祥の地だったり、文学で言ったらジョイスを生んだり。そうですね、日本で言うと山梨のようなところかな。
──山梨?
飯島:天領だったところですよ。亡くなったドイツ文学の種村季弘さんなんかがおっしゃていたけれど、つまり山の道があって、平野の農民たちの道があるわけです。そうすると山の民たちは接触するために降りてくるわけですよ。そういう人が交わり合う場所には色々なものが生まれるんです。中沢新一とか深沢七郎とか、そこに住む人たちっていうのには自由な発想の持ち主が、縛られない発想をする人たちが多い。アイルランドは土地に縛られているんだけど、人が「動く」というか、大西洋に向かって最先端なわけでしょ。そういう流浪の人たちがいるところには、色々と面白味が出てくると思うんですよ。ウィスキーも好きだし(笑)。
──アイルランドといえばウィスキーですよね、ウィスキーとジョイスの国(笑)。
飯島:あとは、そうだな、イタリアなんかも売れてくれると嬉しいです。感覚が全く違うんでね。
──イタリアにはイタロ・カルヴィーノの作品だけで縛った「カルヴィーノ万歳イタリア」と、それ以外の幻想的なものを並べた「カテナチオイタリア」の二種類があります。
飯島:イタリアって昔、文化の中心だったところじゃないですか。ローマにしても。だけど、文学って元々は北の寒いところのものなんですよ。閉じ込められてないと、じっくり考えられない。地中海の温暖なところでは、本当は文学なんてなくてもいいはずなんです。
──どういうことですか?
飯島:つまり、文学というのは潤滑油というかガス抜き装置みたいなものなんです。例えば人と人との距離が、動物としてのテリトリー感覚的に近づきすぎていると、ストレスが生まれますよね。特に都市のように人がたくさん住んでいる所ではその分だけストレスが多い。アリストテレスは人間は国家的な動物で、集団じゃないと生きていけない、なんて言っていたけれど、それは動物的感覚からすれば近すぎるわけです。異常事態なんですよ。
──異常事態ですか。
飯島:そういう状況の中で生まれる色々なストレスを解消するための装置として、文学があると思うんです。だからガス抜きが必要でない距離を持った田舎で、朝起きて大声出して良い空気を吸っている人たちには、文学作品を読んで自分の殻の中で心地よい気持ちを味わったりする必要がないんです。自然の中でゆっくり良い気持ちが味わえるから、文学で抜かなくてもいいんですよ。そういう意味でいうと、イタリアは昔リッチで有閑階級なんかが沢山いたから文学が生まれてきたけれども、そもそも箍が外れてしまうと文学なんてなくてもいい国なんです。だからイタリアの文学はいつなくなってもおかしくないんですよ。日常性の中でストレスを解消できるはずなのに、それなのに、まだ生き残っている。
──なんだこれは、と。
飯島:そうそう。そういう生き残っている文学は是非受容してもらいたいなあ、と。
──動機の一つひとつが非常に面白いですね。ただ、実際に売場に来て下さるお客様の中には、これまでそんなに文学を読んでこなかった方もいらっしゃると思います。これから読んでみようというお客様は、最初はどのような本に手を伸ばせばいいと思いますか?
飯島:例えば伝統的なイギリスの文学のようなものも読んでおかないと、後のことが分からないと思うんですよね。レトリックと言っても、元がないとレトリックにならないわけですよ。大元の引っくり返すものを知らなければ、引っくり返って転んでいるのを見てもおかしくもなんともないわけです。そういう意味ではヨーロッパの古い文学なんかは読んでおかないとね。読む側にも作法は必要だと思うんですよ。
──ありがとうございます。では、このラインナップの中で優勝するのはどの国だと思われますか?
飯島:紀伊國屋のお客さんって、どちらかと言うと売れている本を買いに来るお客さんが多いですよね。そういうのも考えるとロシアかな。でもロシアは結構古いのが多いな。
──ちなみに僕はチェーホフが大好きなんですよ。
飯島:ああ、チェーホフはいいですよね。
──チェーホフは本当に素晴らしいですよね。未知谷さんは挿絵入りのチェーホフを沢山出されてますよね。
飯島:あれは絵本という文脈で、ひょんなことから始めたんです。
──新鮮で、すごく面白いです。「中二階のある家」が一冊で出るなんて、と思いました。
飯島:生誕百年だった時に、チェーホフ好きだし、うちも一冊くらい出そう、ということで始めました。たまたまパステルナークを訳した工藤正廣さんに言ってみたら、「中二階のある家」一作だけは自分もずっとやりたいと思っていた、というので、じゃあやってみましょう、となったんです。その時にたまたまマイ・ミトゥーリチ=フレーブニコフという絵描きと知己があったものだから、挿絵を依頼したんですよ。「中二階のある家」というのは、単純な中二階ではないんですよね。つまり「中二階のある家」というのは象徴的に地主の別荘を指しているんです。周りにスグリが植わっていて、玄関の前にはポーチがあって。ロシアの絵描きさんならもうさっと書けるようなものなんです。その家に至る道には雪や風を避ける為のような木が植わっていて、みたいなこともすぐに出てくるわけ。
──日本人には難しいことですね。
飯島:我々があの作品を読みながら訳注なんかに書いてあるものを参考にしても、イメージが曖昧なわけですよ。でもロシアの現地の人ならもっと具体的なイメージを持てる。そういう話を別のところでちらっと聞いたんです。それから『話の話』などで有名なロシアのアニメーション作家、ユーリ・ノルシュテインと知り合う機会があって、この『中二階のある家』のマイ・ミトゥーリチの挿絵が素晴らしいという話をしたんです。
──ノルシュテインですか。
飯島:彼も元々絵が上手いわけですよ。ロシアは英才教育というか、絵の上手いやつは絵の上手いやつで集められて子どもの時から教育を受けているので、そういう友達が沢山いるんですね。以前の社会主義体制の時には「絵描き」と認定されると生活費と家とが保障されていたわけですよ。ところがペレストロイカで、「絵描き」という称号だけは残っても、お金はもらえないわ仕事はないわ、自分で仕事を作らなければならない状況になったんです。絵を描いたら売らなきゃいけないのに、画商も何もあるわけじゃない。体制が狂ってしまったんですよ。
──そんなことになっていたんですか。
飯島:だから才能のある人はいっぱいいるし、才能があるのに仕事がない人もいっぱいいる、とノルシュテインが言うんです。それなら逆に、その絵描きさんたちに自分だったらチェーホフのどの作品に絵を付けてみたいか、チェーホフの短篇だったらどれも素晴らしいから、何でもいいから選んでくれ、という風にシリーズ化していったんです。
──すごい。素晴らしい話ですね。
飯島:必要最低限の生活必需品は安いらしいんだけど、一冊やるだけでロシアの一般家庭の年収くらいになるそうなんです。だから他の絵描きさんたちもやりたいって言うようになって、しかもものも良い。それであの「チェーホフ・コレクション」が十何冊かのシリーズになり得たんです。みんな一生懸命絵を書くから、こっちも一生懸命本を作っているんです。
──感動してしまいました。
飯島:他に優勝予想を挙げるとすれば、そうだな、ポーランドは中東欧でヨーロッパに近いし、いい作家が多い国だよね。うちから『ポーランド文学史』なんかも出してるからポーランドをなんとか推したいね。このチェスワフ・ミウォシュという人は、普通じゃ有り得ないんだけど、ポーランド文学の通史を一人でやってしまったんですよ。普通は近世とか現代とかで研究者が全然違うじゃないですか。ところがアメリカの学生にポーランド文学を教えている時に仕方がなくて、古代から現代まで一人でやってしまった。
──すごい。でも今回入っているのはゴンブローヴィッチ、シュルツ、レムだけなんです。
飯島:少ないですね。レムはある程度売れるかもしれないけれど、トップは難しいだろうね。
──それはそうでしょうね(笑)。
飯島:でも予想が当たらなくてもいいんだよね。そしたらレムの『虚数』。こんな本が一番売れたりしたらちょっと面白いね。
──ありがとうございます。では最後にフェアに来て下さるお客様にメッセージをお願いします。
飯島:我々も至らずながら一生懸命、本を作って紹介しております。聞いたことがないからといって手に取らないというのではなく、色々な本を手にとって、あれも面白そう、これも面白そうと思っていっぱい持って帰ってもらいたいと思います。

注1:リン・ロス監督による映画『The Little Traitor』を指す。アメリカの公式サイトはこちら

(2010年3月9日、未知谷さんの社屋にて)
(インタビュー・記事:蜷川・木村)

■飯島さんの優勝予想

4336035938.jpg
スタニスワフ・レム著
長谷見一雄・沼野充義・西成彦訳
『虚数』
国書刊行会「文学の冒険」シリーズ
1998年刊。


参加枠:「異物との遭遇ポーランド」

→bookwebで購入


飯島さん、どうもありがとうございました。飯島さんの語る言葉から滲み出る深い教養に圧倒されてしまいましたが、大変楽しい時間を過ごすことができました。未知谷さんの刊行物や新刊情報はこちらでご確認下さい。
今後もますます目が離せません。

2010年03月10日

解説者による戦力分析:新刊JP山田さん

%E5%B1%B1%E7%94%B0%E3%81%95%E3%82%93.jpg「解説者による戦力分析」の記念すべき第一回は、前回フェア「対決! 共鳴し合う作家たち」の頃からお世話になっている新刊JP編集部の山田さんにお越し頂きました。山田さん、よろしくお願い致します。

──まず、先日ようやく完成したブックレットをお渡しさせて頂きます。
山田:ありがとうございます。おお。こういうものをただで頂いても宜しいのでしょうか。
──大丈夫です。無料配布するものなので。
山田:販売できるクオリティだと思います。凄いですね。完成前のPDFを見せて頂いた時に思ったんですけど、マニアックかと思いきや、抑えるところは抑えてるんですよね。…何だこれ、「クマに注意」って書いてありますね。
──それは『クルイロフ寓話集』ですね。ではそろそろインタビューに移らせて頂いてよろしいでしょうか。まず、今回僕たちが「ワールド文学カップ」というフェアを企画していると聞いた時、どんなものが出てくると思いましたか?
山田:前回は文学フェアとしてわりとすんなり納得出来たんですよ。だけど、今回は規模が大きくなりすぎていて、すごいな、と思いまして。
──入れている冊数とかに関しては前回とあまり変わらないんですよ。前回より100冊位多いだけで。
山田:前回は「対決」と銘打っていたけれど、別に対決はしていなかったじゃないですか。でも今回は国ごとに売り上げを比べるということで、企画としてはよりクリアになったなという感じはしましたね。
──もうそんなことまでご存じなんですか?
山田:座談会を読ませて頂きました。わかりやすい企画になったんじゃないかな、と思います。
──ただ、当然ながらこのわかりやすさには罠があって、国の選択が恣意的というか、我々の思想に則ったものなので、一筋縄ではいかないラインナップにしたつもりです。じゃあブックレットを初めてご覧になった時、どんなことを思われましたか?
山田:そうですね、完成前のPDFを送ってもらった時は、スクロールしてもスクロールしても終わらないなと(笑)。これ本になったらどれくらいの厚さになるんだろうなと、ちょっと楽しみではありましたね。
──なるほど。内容に関してはどうですか?
山田:内容は、そうですね。さっきも言ったように全然マニアックじゃないというか。抑えるべきところはちゃんと抑えているので、これから本とか読んでみようかなという人には、これは参考書になるのでは、という風に感じました。
──ありがとうございます。フェアのタイトルを聞いた時はマニアックだという印象を受けたんですか?
山田:僕自身が思ったというよりも、職場の人たちにこのフェアの主旨を僕が説明した時に、「またマニアックなことやってるな」と言っていたので。僕はそうじゃありません、って主張していたんですが。
──マニアックな側面を残しつつ、間口はかなり広げたつもりです。
山田:はい。マニアックなだけじゃないな、と感じました。
──このタイトルだと外国文学のイメージが先に来て、マニアックな印象を受けやすいのかもしれませんね。外国文学そのものがマニアックになりつつある風潮の中では。
山田:本について詳しい方って沢山いらっしゃるんでしょうけど、そういう人の誰でも、ここに載っている本はある程度選ばれたのでは、と感じると思います。あと、地図とか載っててワクワクします(笑)。
──嬉しいですね。
山田:次回は僕も選者に入れて欲しいです、個人的な欲求として。休日でも行きます。
──こちらこそお願いします。梅崎さんとタッグを組んで日本文学を紹介して欲しいです。ところでこの日本文学の選書はどうですか?
山田:そうですね、「Road to 2014 現代日本」は秀逸だと思いました。ちゃんと青木淳悟が入ってますし。
──そこ?(笑)
山田:いや、やっぱり実力ある人は入れないとなって。
──「日本文学代表選抜会」はどうですか、日本文学の156冊は? ちなみに山田さんの大好きな大江健三郎はですね…。
山田:『性的人間』が入ってましたよ! 必死に推しましたので(注1)
──選書会議の時から推して下さってましたね。
山田:『性的人間』は僕、目が覚めましたからね。「ああ、二十何年間寝てたんだな」と(笑)。日本文学の方は全体を通して見ても、選び方に嫌味なところもないし、興味をそそりますよ。これ読んでみようっていう。
──座談会でも言ったことですが、ここが入口なんです。「ワールド文学カップ」と銘打ったものの、実際のフェア会場で最初に目に入るところには、この日本文学が並びますから。
山田:入口としてはすごいですね。
──ちょっと重すぎですよね(笑)。
山田:いや重いけど、このブックレットを持っていたら「次は何を読んでみよう」って見ることができますので。
──山田さんは前回フェアのブックレットを常に持ち歩いて下さってますからね。今度からはこっちに変えて下さい。
山田:いや、両方持ちますよ。皆さんすごい知識を持っていらっしゃるし、ともすると、そういう知識をひけらかすようなブックレットにもなりやすいかと思うんですけど、そういうのがないから、ブックレットとして誠実だと思いますよ。
──嬉しいですね。褒められに来たような気分です(笑)。
山田:僕がピクウィック・クラブをけなすはずがないじゃないですか。一員だと思ってますからね。
──ありがとうございます。実はわかっていて呼んでいます(笑)。ではこのあたりで、「ワールド文学カップ」の気になる国をお伺いしてもよろしいですか?
山田:そうですね、旅行で行ったこともあるので、気になるのはインドですかね。そういえば『真夜中の子どもたち』を買ったばかりです。
──古本屋で売っていたんですか?
山田:すぐに欲しかったので、インターネットで買いました。上巻だけ。
──下巻を見つけるのは大変そうですね。
山田:僕にとってインドの入口はラシュディなんですよ。エイモス・チュツオーラの『やし酒飲み』を読んでからアフリカ・インド熱が高まっていて、これから読んでいきたいと思っているんです。
──ラシュディが手に入らないのは本当に残念なことですね。
山田:ナイジェリアのベン・オクリも気になっていて。彼は「チュツオーラの後継者」的な扱いをされているんです。
──チュツオーラの後継者(笑)。
山田:彼の『見えざる神々の島』とクッツェーの『エリザベス・コステロ』と、さっき言ったラシュディを一緒に購入したんですよ。ところで、クラブメンバーを除いて外部でポップを書いた人って、僕以外にもいらっしゃるんですか?(注2)
──いないですね。ピクウィック・クラブ以外では新宿本店の2階と6階と7階の人が書いてくれましたが、社外の人は山田さんだけです。
山田:おお、光栄ですね。
──ではそろそろ優勝予想をお願いします。
山田:一人で買いまくって優勝させてしまいたいのは、さっきも挙げたインドです。
──アラヴィンド・アディガなんかがどう食い込んでくるのか気になりますよね。ブッカー賞作家ですし。
山田:でも実際に行ったら結局まんべんなく買っちゃうと思います…。
──是非、貯金しておいて下さい(笑)。
山田:やっぱりインドが気になりますね。買うと思います。優勝を予想するとなるとまた別の国になると思いますけど。
──優勝予想だと、どこになりますか?
山田:え、真面目に答えていいんですか?
──真面目に答えて下さい。いや、ふざけてもいいです(笑)。
山田:フェアにどんな方が来るのかなって考えた時に、フランス文学ってこれから文学を読み始めようっていう人たちには気になるところなんじゃないかな、と。だからフランスが優勝すると思います。
──フランスは四つあるんですが、どのフランスですか?
山田:これは別チームと考えていいんですね。それだったら「悪女の巣窟フランス」ですね。
──「悪女」は相当堅いですからね。古典だけで集めましたし。ピエール・ルイスだけちょっと違うけれど。
山田:「悪女」は何というか、「悪女」っていなくなっちゃいましたからね。もはや本の中にしか存在しないということで希少価値があるかと。僕は常に悪女を探していますからね(笑)。
──でも、『赤と黒』や『ボヴァリー夫人』など厚めな本も多いところなので、難しいかもしれません。
山田:いや、優勝国は「悪女の巣窟フランス」ですよ。
──ありがとうございます(笑)。じゃあちょっと話題を変えて、山田さんのベストイレブンを教えてください。フェアに入っていないものでも構いません。
山田:ベストイレブンですか。
──作家でも作品でも良いです。
山田:ポジションとかはあるんですか?
──勿論です。まずゴールキーパーは?
山田:キーパーは、定番ですけれど堅いところで『百年の孤独』かな。
──おお。ではセンターバックは? たまに攻め上がりますよ。
山田:じゃあ、これも堅いところで『万延元年のフットボール』です。
──センターバックは二人欲しいですね。もう一人、『万延元年のフットボール』とコンビを組むのは?
山田:コンビを組める相手? 難しいな。あれかな、『人間そっくり』。
──安部公房ですね。ひどいチームだ(笑)。じゃあサイドバックはどうですか? 上手いセンタリングをあげるような。
山田:何だろうな。あ、あれです。『風の歌を聴け』。
──あ、サイドバックっぽいですね。「風」とか入ってるし、足が速そう。
山田:あれを読むと次の読書に繋がるんですよね。
──確かに。素晴らしいですね。逆サイドは?
山田:逆サイドは、あれで。あの、フォークナーなんですけど、タイトルなんでしたっけ?
──『アブサロム、アブサロム!』? 『響きと怒り』? 『サンクチュアリ』?
山田:あ、『サンクチュアリ』。
──あれいいですよね。僕が初めて読んだフォークナーは『サンクチュアリ』でした。じゃあボランチは?
山田:ボランチって中盤の守備的なポジションですよね? そうだな。ああ、なんだろう。あれです。『予告された殺人の記録』です。
──ボランチっぽい。
山田:どこにでも広がる感が。
──面白いです。じゃあ右サイドハーフは?
山田:じゃあ、あれを入れましょう。青木淳悟の処女作『四十日と四十夜のメルヘン』。
──続いて左サイドハーフは?
山田:ベタなんですけど、『コインロッカー・ベイビーズ』。実はこれ、結構好きなんですよ。村上龍は愛情の裏返し的に嫌ってるんです。
──今のお前は何だ、と。『希望の国のエクソダス』あたりから変わりましたよね。
山田:そう。小説書けよって。経済にとりつかれた。
──じゃあいよいよトップ下は?
山田:これはわりと選び易くて、『文体練習』。
──おお、クノーがここに入りましたか。攻めすぎですね。じゃあ2トップいきましょう。
山田:あれいきましょうか。あれを入れないのは気が引けるんで。『スローラーナー』を。
──ちょっと破壊力ありすぎですね。「ピンチョン=サリンジャー説」が本当なら、もう小説出ないかもしれないですね。
山田:あれって都市伝説じゃないんですか?(笑)
──では最後のフォワードは? 
山田:奇抜なのがいいな。なんだろうな。これ入れたいんだよな。チュツオーラ氏(笑)。
──『やし酒飲み』ね。これ、超面白いですよね。
山田:いや、本当に超面白いですよね。
──じゃあ最後の枠は『やし酒飲み』ですね。これで11人。
山田:河出書房版の世界文学全集でこれと一緒に入ってる『アフリカの日々』もかなり面白かったですよ。
──イサク・ディーネセンですね。
山田:主人公が欧米からアフリカに入植しているんですけど、使用人として使っていたカマンテっていう現地の少年が好きなんですよ。
──ディーネセンはヘミングウェイが晩年に回想するくらいの人なのに、何だか若いイメージがありますよね。
山田:写真を見ると結構美人なんですよ。
──池澤夏樹編集で読むのも楽しいですよね。チュツオーラに話を戻すと、先日もう絶版になっている『妖怪の森の中の狩人』を読んでいたんですが、こちらはあまり面白くなかったですよ。訳がしっかりしすぎていて。
山田:『やし酒飲み』の訳はあえて、ですます調と言い切り型を混ぜた訳になってたりしてるんですよね。あれは元々の英語がそういう英語で書かれているから、わざとそういう訳にしているんです。
──逆に『妖怪の森の中の狩人』はちょっと完成され過ぎている感じがあって。言語が達者になって逆に面白さがが薄れることってありますよね。アゴタ・クリストフとかも同じで、フランス語を全然使えない内に書いた『悪童日記』は素晴らしいけど、『ふたりの証拠』とかになってくると難しい語彙なんかも扱えるようになってきて、内容的に薄くなってる気がします。
山田:これは訳した人の功績が大きいですよね。
──さぁ、これでベストイレブンが出揃いましたよ。
山田:ガルシア=マルケスが二冊入っているんですけど大丈夫ですか?
──大丈夫です。このチーム、堅いですね。『百年の孤独』がキーパーだなんて、何も通らないですよ。
山田:あ、でも控えのキーパーで、『ドン・キホーテ』を入れたい。
──『ドン・キホーテ』を控えさせるなんて贅沢ですね。じゃあついでに、控えフォワードは?
山田:なんだろう、『性的人間』(笑)。あ、『性的人間』の中の「セブンティーン」。
──絞りますね(笑)。
山田:あんなに暴力的かつ攻撃的な作品は他にないですから。
──これに勝てるチームなんてあるのかな。では、最後にこのフェアに来てくれるお客さんにメッセージをお願いします。
山田:ちゃんと基本的なところを抑えつつ、各方面に触手を伸ばしている選書なので、是非来て頂きたいです。実は、自分の好きな本とかってあまり人に知られたくないのですが、この企画ならおもしろいから是非って思いました。本当に読まれるのが惜しいような本も多いんですが、是非一度見に来て下さい。

注1:山田さんは企画段階での選書会議にも参加して下さいました。
注2:今回のブルガリア代表エリアス・カネッティの『眩暈』は、山田さんがポップを担当して下さいました。


■山田さんが選ぶベストイレブン

FW:エイモス・チュツオーラ『やし酒飲み』
FW:トマス・ピンチョン『スロー・ラーナー』
MF:レーモン・クノー『文体練習』
MF:村上龍『コインロッカー・ベイビーズ』
MF:青木淳悟『四十日と四十夜のメルヘン』
MF:ガブリエル・ガルシア=マルケス『予告された殺人の記録』
DF:ウィリアム・フォークナー『サンクチュアリ』
DF:村上春樹『風の歌を聴け』
DF:安部公房『人間そっくり』
DF:大江健三郎『万延元年のフットボール』
GK:ガブリエル・ガルシア=マルケス『百年の孤独』

控えFW:大江健三郎「セブンティーン」『性的人間』
控えGK:ミゲル・デ・セルバンテス『ドン・キホーテ』

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(2010年3月5日、新宿の喫茶店にて)
(インタビュー・記事:蜷川・木村)

山田さん、どうもありがとうございました。ピクウィック・クラブは山田さんの編集しているWEBページ、「新刊JP」上の「ブクナビ」にて、毎月書籍を紹介させて頂いています。山田さんが日夜更新している公式ブログ「考える前にクビを突っ込め!」も、出版業界に興味のある方にはこの上なく面白い内容です。ピクウィック・クラブのことも取り上げて下さいましたので、是非合わせてご覧下さい。