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2010年03月05日

『昼が夜に負うもの』ヤスミナ・カドラ(早川書房)

昼が夜に負うもの →bookwebで購入

「とうとう書かれたアルジェリアの物語」

今回採り上げるのはアルジェリア代表として参戦したヤスミナ・カドラ。アルジェリアの文学を誰かに代表させようとすると、どんな作家であれどうしてもカミュより先に名前を挙げることはできなくなってしまうが、ヤスミナ・カドラはそんな括りに収めてしまうのが馬鹿らしく思えるほど国境を超越した小説を書く作家である。具体的には「三部作」として語られることの多い『カブールの燕たち』、『テロル』、『バグダッドのサイレン』は、タイトルから連想できるものもあるが、それぞれアフガニスタン、イスラエル、イラクを舞台としており、今大会の選書の際にも彼の作品は各国に分散することとなった(残念ながら三作目は未邦訳)。この作品群を眺めていると、イスラム圏の国々が陥っている狂気を世界に知らしめた作家、という感がどうしても強くなる。しかし、彼はどうして自分の出身国のことを描かないのだろう。誰もがそう思い始めた時に刊行されたのが、この『昼が夜に負うもの』だった。

「とうとう書かれたアルジェリアの物語」という言葉は、ここまで述べた彼の沈黙にも当てはまるが、それよりもむしろその内容にこそ相応しいものだ。物語は1930年代に始まり、最後に現れる年号はこの小説が執筆された2008年である。この80年間に、一体彼の地でどんなことが起きていたのか、我々はこれまで知る術を持たなかったのではないか。

主人公のユネスは没落した地主の家庭に生まれた。父の耕す先祖代々から伝わる畑が唯一の収入源であった貧しい暮らしのなかで、ある日この畑が何ものかに焼き払われてしまう。スラム街に移ることを余儀なくされた両親はユネスの教育を案じ、彼をヨーロッパ系の人びとのなかで生活を営む伯父の元へ里子に出す。イスラムの名前であるユネスはフランス風のジョナスへと変えられ、それでも新しい生活に適用した彼は、やがて成長が進むにつれてヨーロッパ系の同級生たちと生涯の友情を結ぶようになる。

そんななか1954年に勃発したのがアルジェリア独立戦争である。この「戦争」は教科書に載っている戦争とは全く趣の異なるものだった。この特異性は、フランスが1999年になるまでこれが「戦争」であったことを認めなかったことからも見て取れるのではないか。教科書風に簡単に図式化すれば、イスラム系の人びとを含む先住民たちがヨーロッパ系の入植者を追放した出来事、と書くことができる。だが、実際にはユネスのようにイスラム系の出自でありながらヨーロッパ系の人びととの交歓を愛する者が沢山いて、曾祖父の生まれた家で今も暮らしながら「異邦人」と呼ばれたヨーロッパ系の人びとが沢山いたのである。その時、誰もが選択を迫られ、安易に図式化された運命に翻弄されていたのだ。

まだ古くなってはいない悲劇を語るということの困難を考えると、この小説が一つの偉業として映ることは疑いようがない。ヤスミナ・カドラは決してジャーナリスティックになることなく、それをやってのけたのである。何も小難しい議論を持ち込まずに読んだとしても主人公たちの恋心に惹かれ、彼らの真摯な友情は我々の胸を打つだろう。そして、涙と血を羊水代わりにして生まれた悲劇がそこに加わり、それらが集まって長篇小説ならではの圧倒的な読後感をもたらしてくれる。読み終えてしばらくは、立ち上がることもできない。

現代だからこそ語ることのできるものがあり、今だからこそ語られなければならないことがある。ヨーロッパとアフリカの狭間にあるアルジェリアという土地には、2008年になって初めて語ることのできるものがあったのだ。これは今後百年読み継がれるべき、新しい古典である。


(紀伊國屋書店ピクウィック・クラブ 蜷川美峻)


■ワールド文学カップ参戦中!
  『昼が夜に負うもの』と合わせて読みたい本■

・カミュ『ペスト』新潮文庫
第一部の舞台は『ペスト』と同じく、アルジェリア第二の都市オラン。この小説には至るところにカミュへのオマージュが溢れている。
・ケストナー『飛ぶ教室』光文社古典新訳文庫
主人公たちの熱い友情に打たれた人は、是非ともこちらを。子どもだけに読ませておくのはあまりにも勿体ない、かつて子どもだった全ての人に薦めたい一冊。


→『昼が夜に負うもの』をbookwebで購入

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