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2010年03月29日

『あなたの人生の物語』テッド・チャン(早川書房)

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「テッド・チャンを読まずしてSFを語ることなかれ」

 残念ながら今回アメリカ代表から落選してしまったテッド・チャンをどうしても採り上げたい。個人的にあまりに入れ込みすぎたために、肝心のフェアの推薦コメントが酷い出来になってしまったのだ。フェアの都合上「往年の名選手」にピックアップされているが、現役バリバリ、今後の活躍が最も期待される選手のひとりである。とは言っても非常に寡作な作家で、本職も別にあり、気が向いた時に気が向いたように書くというのが彼のスタンス(らしい)。しかし、発表する作品はいずれもヒューゴー賞、ネビュラ賞、ローカス賞などなど各賞を総なめにしている稀代のファンタジスタだ。日本でも先ごろ、早川書房の「SFが読みたい2010」誌上にて、「ゼロ年代のベストSF」第一位に他作品に大差をつけて選ばれ、改めて注目も高まりつつある。そもそも代表作の短編集(と言っても未だこの一冊しか刊行されていない)『あなたの人生の物語』が刊行された2003年のベストSFに選出されているのだが、今回「ゼロ年代のベストSF」第二位にランキングされた、オーストラリア代表として参戦中の同世代選手グレッグ・イーガンと比べてしまうとどうしても、その活躍がもどかしく映ってしまう。だが、地道ながらも着実に活躍は続けているようで、『あなたの人生の物語』以降も発表する作品はいずれも相変わらず各賞受賞と評価は高い。近々刊行される(と期待している)次の短編集をもってアメリカ代表、そしてSF界代表としての地位を確立するのは間違いない。

 とはいえ、彼の作品の範疇は、いわゆるSFといった枠のみには収まってはいない。本人は中国移民のアメリカ人であるが、宇宙人との交流による言語の可能性を描いた表題作「あなたの人生の物語」や、数学がモチーフの「ゼロで割る」といったまさにSF的な作品のほかに、キリスト教的世界をモチーフにした「バビロンの塔」や「地獄とは神の不在なり」といった作品は、どちらかといえば西洋的異世界を描いたファンタジーであり、個人的には東洋世界の思想、文化、宗教、伝説をモチーフに作品を重ねている諸星大二郎的な雰囲気を感じるところも面白い。

 なかでも「地獄とは神の不在なり」(2001年発表。ヒューゴー賞、ローカス賞、ネビュラ賞受賞)は衝撃的な作品だ。

 物語は主人公ニールの身の上話から始まる。彼の左大腿部の先天性異常、そして妻の死。そして妻を死に追いやった天使ナタナエルの降臨。

ありふれた降臨だった。たいていのものより規模は小さかったが、性質は異なっておらず、一部の人間に祝福をもたらす一方、一部の人間には災厄をもたらした。今回降臨した天使はナタナエルで、ダウンタウンの商店街に姿を現した。

 ……はあ? と思いますよね。思いました。降臨ですって。いきなりですよ。ダウンタウンに巨大な天使がバリバリバリと雷とともに降臨し、炎が巻き上がり、突風が吹き荒れ、人が死に、天国に召されたり、一方で怪我や病気が治る奇跡を受ける人がいる! 想像してみてください。これが日本だったら、そうですね、新宿の靖国通り沿いの喫茶店でアイスメープルラテを飲んでいたら、持国天(宮昆羅でも阿修羅でも可)が歌舞伎町に嵐とともに降臨し、ネオン看板が吹き飛び、あたり一面が惨状になる一方で仏法の守護が確立されるようなものです!

 この世界では天使が降臨し、奇跡を起こしたり、災厄をもたらしたり、それでも、それだからこそ人は神を愛し、または憎み、地獄は顕在化する(このあたり恩田陸の『ネクロポリス』っぽさもある)という現実が受け入れられている。そして妻を奪った神をいまいち信用できないニールの劇的に衝撃的な最後!!!

 この一見荒唐無稽な話にぐいぐい引き込まれる作者の発想と筆力の凄まじさ。

 実は僕の周りにも、SF(特に外文の)小説に対して腰が引けている人が意外にいる。それはかつてヴォネガットが、ウインストン・ナイルス・ラムファードだとかトラルファマドール星だとか星人だとか、アイスナインだとか、そういうカタカナを使うせいなのだ(本人はカタカナを使わないが)。

 その点からでも、テッド・チャンなら安心して読める。ハヤカワ文庫も昔に比べるとだいぶ字もでかい。

 是非、SFが苦手な人も、読もう読もうと思ってまだ手が伸びていなかった人も、テッド・チャンを一度読んでみて!


(紀伊國屋書店新宿本店ピクウィック・クラブ 黒澤光輝)


■ワールド文学カップ参戦中!
  『あなたの人生の物語』と合わせて読みたい本■

・ジョン・クロウリー『エンジンサマー』扶桑社文庫
チャンが影響を受け、そして尊敬する作家のひとり。ファンタジーの最高傑作。
・レイ・ブラッドベリ『火星年代記』ハヤカワ文庫
とってもSFでありながら、ファンタジーを描く作者の代表作。
・カート・ヴォネガット『スローターハウス5』ハヤカワ文庫
主人公は噂のトラルファマドール星で過ごします。


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