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2010年03月31日

解説者による戦力分析:白水社藤波さん・鈴木さん

%E7%99%BD%E6%B0%B4%E7%A4%BE%E3%81%95%E3%82%93.jpg今回の「解説者による戦力分析」では昨今の海外文学ファンの話題を占有し続けている「エクス・リブリス」シリーズの編集者たち、白水社編集部の藤波さんと鈴木さんのお二人にお話を伺います。ワールド文学カップに参加している白水社さんの文学作品は、ほとんどがこのお二人の編集によるものと言っても過言ではありません。藤波さん、鈴木さん、今日はよろしくお願いします。

──ではまず、我々のこの企画「ワールド文学カップ」という名前を聞いて、どのような印象をお持ちになられたか、お伺いしてもよろしいですか?
藤波:まず、これは当然サッカーのワールドカップにひかれたなというのがピンときますし、その各国を代表する作家や文学作品を集めた、非常に意義のある、素晴らしい試みだという風に思いましたね。4年に1回といわず毎年でもやってもらいたいです。
──ありがとうございます。いや、毎年やりたいですね。鈴木さんは?
鈴木:最初は、文学のワールドカップなんてちょっと物騒だな、と思ったんですけど(笑)、こういう風に見事な文学マップを見せられると、日本はほんとうに翻訳大国だな、と再認識することができました。
藤波:全部で何冊って言ってましたっけ?
──650冊です。
藤波:すごいですね。
鈴木:これみんな今、手に入れられるものってことなんですよね。
──手に入るものだけです。
藤波:現代日本もあるんだ。
鈴木:そうなんですよね。円城さんが入ってる。福永さんも。
──300冊ぐらいが「ワールド文学カップ」という括りになっていまして、それ以外に156冊ずつ、文庫限定で世界文学を集めた「往年の名選手たち」と、同じく文庫限定で選んだ「日本文学代表選抜会」という枠があるんです。
藤波:なるほど。
──文庫限定と言っても、白水社さんのUブックスも入っています。
藤波:ありがとうございます。
鈴木:みなさん、サッカーがお好きなんですか?
──大好きです。
藤波:さっきダグラス・ビーティの『英国のダービーマッチ』をお見せして、こんなこともやってますよっていう話をしていたところなんです。
鈴木:ふうん。
──実はアーセナルが好きなので(注1)、この本は気になって仕方ないです。
鈴木:サッカー好きとガイブン(外国文学)好きはしっかり重なるんですね。
藤波:これね、なぜか合う人が多いんだよね。あとビールが好きな人も多い。どうでもいいんだけど、そういう不思議な繋がりがあるみたいです。
──ビール(笑)。面白いですね。
藤波:印象ですけどね。あるんじゃないかと勝手に思っています。
鈴木:このブックレットは店頭に置かれるんですか?
──そうです。無料配布します。
鈴木:すごい!
──では次の質問として、そのブックレットを実際にご覧頂いてどう思われましたか?
藤波:いや、ほんとうにね、よくこれだけ集められたな、と。世界中から650冊でしょう? しかもそれを全部誰かがお読みになったってことですから、これはもう信じられない企画ですね。
──ありがとうございます(笑)。
藤波:知らない作品もあるし、もちろん読んだことのない作品がほとんどだし。インドの作品なんてほとんど読んだことないし、アフガニスタンもよくわからないし。これはほんとうに勉強になりますよ。
──そう言って頂けると嬉しいです。
鈴木:それと、コメントから匂いみたいなものが伝わってきますよ。どういう話なのかはこれを読んでもわからないし、自分が担当した本も「こんな本だったかな?」って思うんだけど(笑)。たとえば世界文学事典にあるような、「超レジュメ」的なものでは全然ない。レジュメだと骨だけになるから、伝わらないじゃないですか。
藤波:全部ちゃんとご本人たちが読んでいるし、推薦するんだから当然作品に対しての思い入れもあるだろうしね。
鈴木:そうそう。紹介の仕方に説得力と色気がある。
──色気(笑)。ありがとうございます。
鈴木:ほんとうにそう思いますよ。どういう内容なのかはやっぱりわからないんだけど、なんかちょっと面白そうなの。「逆に自分はこう思った」とか「こういう本もほんとうは入れてほしいな」っていう風に、これを見た人に自分の想いや読書経験を語らせる起爆剤みたいなものになっていて、すごいなと思います。
──そうですね。僕たちの選書はかなり偏っているので。
藤波:いやいや。
鈴木:あの、質問してもよいですか?
──もちろんです。
鈴木:さっきね、サッカー好きとガイブン好きが重なるっていう話があったんですが、サッカーが強い国と面白い小説がある国っていうのは重なるんですか?
──重ならないんです、それが。顕著な例を上げるとオランダ。
藤波:ああ、オランダ。オランダ文学って言われてもピンとこないねえ。
鈴木:あれが入ってましたよ。トレイシー・シュヴァリエの『真珠の耳飾りの少女』が。
──あ、そうですね。
藤波:よかった。シュヴァリエは私が担当したんです。
──作家の出身国だけで作るのではなく、その国を舞台にしている小説も入れています。
藤波:僕らの勝手な思い込みかもしれないけど、オランダはサッカーは強いけど文学は今ひとつ、という感じがしますね。
──そうなんですよ、日本に紹介されていないだけかもしれないけれど。実はここ、選書するのが大変だったんです。
鈴木:オランダを見つけるのが?
──マキューアン、カミュ、シュヴァリエまではトントン拍子で決まったんですけど、もう一つは欲しいよなという話になって。オランダを舞台にした小説を血眼になって探しました。
藤波:白水社に『チューリップ熱』ってのなかったっけ?
鈴木:『チューリップ熱』ってありましたねえ。
──はい。デボラ・モガーの『チューリップ熱』は棚の幅が狭くて入らなかったんです。
藤波:なるほどね。
──文庫でオランダを探すことになったので、結局デュマの『黒いチューリップ』を入れることにしました。では、お話がちょっと国に行ったところで、お二人の気になる国を教えて下さい。
藤波:僕はやっぱりアメリカ文学なんです。ダイベックの『シカゴ育ち』が大好きで、入社してちょっとしたくらいにうちの会社で出して、それがもうほんとうに嬉しくて仕方がなかったという思い出があります。これは忘れられない一冊です。
──これは本当に傑作ですよね。初めて読んだ時に猛烈に感動しました。
藤波:傑作ですね。
──アメリカの他に気になる国はありますか?
藤波:それは当然、イングランドでしょう。わかりやすいですけれど。イングランドもまた素晴らしいですね。
──イングランド三つで、スコットランドが一つ、それとは別にアイルランドがあります。
藤波:なるほど。あ、『青い野を歩く』入れて頂いたんですね。ありがとうございます。クレア・キーガンはアイルランドの新世代を代表する素晴らしい女性作家で、どれもこれもいわゆる古いアイルランドと新しい世代の生き方がぶつかったりして、帯には「アイリッシュ・バラッドの味わい」って書いたんですけれど、独特の深い味わいがあって、これは編集していて非常に楽しい作品でした。
──ありがとうございます。鈴木さんはいかがでしょう?
鈴木:はい。そうですね、チェコなど東欧の国は気になります。国を出て違う言語で書いてる人が結構いて。彼も最初はチェコ語で書いていたと思うんだけど…。
──クンデラですか?
鈴木:うん、クンデラ。それから、学生の時に読んだアゴタ・クリストフがすごく面白くって。それで『文盲』という彼女の自伝的な作品を出したんですが、この人もハンガリー人なのにフランス語で書いています。自分が住んでいる場所でマージナルな存在として書く。そういう独特の視点で世界を眺めている作家にはすごく惹かれるんですよ。どこか居心地が悪いところで書いているっていう人には。
──『悪童日記』の原書は主語と動詞だけで書かれているような感じで、初めて開いた時はびっくりしました。
鈴木:文章自体には全然色気がなくて、ほんとうに無機質な感じなんですけど、その冷静な語りがまた効果的なんですよね。
──『文盲』もクンデラなんかと合わせて読んで欲しいですね。
鈴木:ほんとうに。
──ジュンパ・ラヒリもそうですよね。「移民の文学」と言うと語弊があるかもしれないですけれど。
藤波:さっきのフランスもアメリカも色んな国々からの移民がいますから、その中から新しい文学が生まれてくるのは当然ですよ。
鈴木:結果的には英語のようなメジャーな言語で書かれているかもしれないんですが、それが母国語じゃなかったり、あるいは自分の親や先祖のものじゃない言語で書いてる人には、一般論で括ってはいけないかもしれないんですが、やはりなにかとても強いものがあると思います。
藤波:ましてや難民とか、別の国に留学している間に国でクーデターとかが起きて帰れなくなっちゃった人とかね、そういう辛い体験をしていると書くものにも独自の強度があるというか。英語自体は拙いかもしれませんけれど、普通の英語とは違う力を感じます。
──文体も変わってきますよね。アゴタ・クリストフなんてその顕著な例というか。クンデラはフランス語も難しいですけど。
鈴木:そうですね。生きた世界というか、生き方が全然違いますからね。クンデラは知的エリートとして政治亡命をしたわけですが、アゴタ・クリストフの場合は乳飲み子を連れて、文字通り命からがら国境を越えて難民となり、その後は時計工場で朝から晩まで辛く単調な仕事をしていました。ところでアフガニスタンもエントリーされていますが、インスクリプトから出たアティーク・ラヒーミーの『灰と土』を読んだ時は、ひゃーっと思ったんですよ。
藤波:「ひゃーっ」か。
鈴木:何だこれは、と思って。不思議な二人称小説なんですよね。「きみは…」っていう語り方。我々が小説とはこういうものだって思っているものとはすこし違って、精霊みたいな何かが語りかけてくるんです。100ページくらいの詩のような小説なんですが、ソ連侵攻後のアフガニスタンの厳しい現実を捉えていて……。男の子がね、爆撃のせいで耳が聞こえなくなってるんですけど、戦車がみんなの声を奪ったと思い込んでいるんです。「何でみんな喋れなくなっちゃってるの」って。ほんとうに全然雄弁な小説じゃないんだけど、すごく印象的な映像と言葉を突きつけられるっていう感じの作品です。そんなに売れなかったかもしれないんですけど、これは絶対にずっと店頭に置き続けて下さい!同じ作家が亡命先のフランスで、今度は初めてフランス語で書いた『悲しみを聴く石』という本を昨年出したんですが、こちらもお薦めしたい一冊です。『灰と土』にずっと書店で残っていて欲しいなという想いもあって、この本を出したんです……。
──入れた甲斐がありました。では気になる国をお伺いしたので、次は優勝予想国を教えて下さい。
藤波:優勝予想国。難しいな。じゃあ僕は、あえてチリのロベルト・ボラーニョを推しますかね。どうしても手前味噌な宣伝になってしまいますけど。
──いえいえ。
藤波:彼はほんとうにもう、世界的にもっとも注目されているラテンアメリカ作家なので、是非とも大々的に売り出したいんです。この『通話』はボラーニョの入門としても大変読みやすい本ですし、もちろん短編集なので多少のばらつきはあるんですけども、どの短編も非常に質の高いものなので、やっぱりこれは僕の一押しで優勝して欲しいです。
──ボラーニョはアメリカでどんどん出ていますよね。『2666』とか。
藤波:ええ、そうなんですよ。
鈴木:今おっしゃったのも、いずれ出ます。
──『2666』?
藤波:ええ、『2666』(注2)。遺作と言われている、とんでもなく分厚い本です。
──凶器みたいな本ですよね。
藤波:『2666』も白水社でいずれ刊行する予定ですので。四月には『野生の探偵たち』という、上下巻で900ページくらいの分厚い本が出ます。これは作家の本領発揮と言われている代表作、最高傑作の一つです。
──楽しみです。
藤波:そうそう、4月23日に市ヶ谷のセルバンテス文化センターというところで、チリ大使館主催でロベルト・ボラーニョに関するシンポジウムをやるんですよ(注3)。その時には『野生の探偵たち』も刊行されているはずなんで、もしよろしければご参加下さい。
鈴木:そして、この本のカバーを飾る装画は、いま森美術館で展示中の現代美術作家ジュール・ド・バランクールの作品です。とってもかっこいい画です!(注4)
──ありがとうございます。ボラーニョ、盛り上がっていますね。では鈴木さんの優勝予想国は?
鈴木:私の青春の書は『赤と黒』なので、フランスには頑張って欲しいな。理想の人がジュリヤン・ソレルなので。
──それはひどい(笑)。ジュリヤンを追っかけていたら大変ですね。
鈴木:ま、ジュリヤンとサッカーはなんの結び付きもないと思うんですけど。
──いや、ジュリヤンはかなり攻撃的ですから。では「悪女の巣窟フランス」ということで。
鈴木:「悪女の巣窟」? 『赤と黒』は誰も悪女じゃないですよ。
──レナール夫人の最初の、あの思わせぶりな態度が悪女なんです。
鈴木:ああ、なるほど。
──でも確かにマチルドは悪女じゃないかも。かなり良い娘。
鈴木:マチルドはそうですね、気の毒なくらい。あ、カフカはどこに入るんだろう? チェコですよね?
──チェコです。
鈴木:じゃあ私は「悪女の巣窟フランス」と、この「できるだけカフカ集成」で。
──ありがとうございます。では引き続き、ベストイレブンをお伺いしてもよろしいですか?
藤波:これは難しいなあ。ポジションに特性があるから、サッカーをわかっていないとイメージが湧かないでしょう。
──確かにそうですね。ではお二人で一緒に考える「白水社のベストイレブン」ということでいかがでしょう?
藤波:難しいなあ。なんとも言い難いんだけど、ドイツってやっぱりゴールキーパーに力強さがあるでしょう。ゼーバルトに『アウステルリッツ』という作品があって、これは歴史や場所を行ったり来たりしながら独特の文学世界を作っているんです。そこに力強さがあるのでちゃんと守ってくれるというか、安心して最後のラインは任せたよって気はします。強引ですが。
──ありがとうございます。では、センターバックは?
藤波:じゃあセンターバックならイタリアかな。アントニオ・タブッキの『イタリア広場』。強引だね。
──いや、間違いないですね。
藤波:で、サイドバックも入れるの?
鈴木:オースターとかは? 何にもやらなさそうだけど。
──ひどい(笑)。
藤波:あ、スティーヴン・ミルハウザーにしようか。オースターじゃなく。
鈴木:『ナイフ投げ師』? これ攻めるんじゃない?
藤波:いや、サイドを駆け上がるっていう。
──いいクロスを上げそうですね(笑)。
藤波:「ナイフ投げ」っていうくらいだからね。右左どっちにする?
鈴木:どっちでも。わかんないから任せる。
藤波:じゃあミルハウザーの『ナイフ投げ師』を右サイドバックで。
──おお。じゃあ左サイドバックは?
藤波:左サイドバックね。誰だろうな。やっぱりアゴタ・クリストフでも入れておきましょうか。『文盲』ですね。
──3バックでいいですか?
藤波:じゃあセンターバックをもう一人、そうだなあ。
鈴木:マルカム・ラウリーはまだ言ってないですよね?
藤波:あ、そうだね。じゃあ、マルカム・ラウリーの『火山の下』をセンターバックで。
鈴木:これは20世紀の世界文学ベスト10と言ったら絶対に入ってくる作品で、今月新訳が出ます。これはもう、確実に面白い。
──おお。
藤波:あとは中盤?
──はい。ではまずボランチから。
藤波:ボランチねえ。
鈴木:マンディアルグなんかも入れたらどうですか?
藤波:ああ。じゃあ『城の中のイギリス人』にしておく? 『城の中のイギリス人』でお願いします。ダブルボランチでいこうか。ユベール・マンガレリあたりはどうですか?
鈴木:攻めなさそう(笑)。
藤波:いいんだよ、守れば。じゃあ『四人の兵士』にしときましょう。
鈴木:『おわりの雪』だと、ちょっと寂しいからね。
藤波:ええ。で、あと何人だ?
──あと四人ですね。
鈴木:あと四人。
藤波:あと四人ね。じゃあ残るはゲームメーカー、トップ下くらいだよね。これは難しいね。誰だろう、器用なのがいいよね。
鈴木:『灯台守の話』を入れたらどうですか?
藤波:そうしよう。ジャネット・ウィンターソンの『灯台守の話』。あとは3トップにしちゃおうか。
──3トップ。
藤波:デニス・ジョンソンの『煙の樹』と、ロベルト・ボラーニョの『通話』は入るよね。あと一人?
──あと一人です。
藤波:あと一人ねえ。じゃあ、やっぱりサリンジャーにして下さい。
鈴木:サリンジャー。そうだ。
藤波:『キャッチャー・イン・ザ・ライ』でも『ライ麦畑でつかまえて』でもどちらでもいいんで。
──じゃあ『ライ麦畑でつかまえて』の方で。
藤波:ええ。お願いします。
──ああ、良いですね。4-3-3。
藤波:いやいやいや。まったく思いつきで語りましたけど。こんなのでいいんですかねえ。
──大丈夫です。ありがとうございます。では、最後にこのフェアに来て下さるお客様にメッセージをお願いします。
藤波:個人的にはアジアの文学とか今まで関心が無かったんだけれども、こういったフェアをきっかけに文学の繋がりとかがわかるかもしれないし、そういった興味から一つの国にこだわらずに関心を広げていって、どんどん読んで頂ければ非常に嬉しく思います。
鈴木:この世界の広さに眩暈がしちゃうか、わくわくするかにもよると思うんですけど、このブックレットを見てちょっとでもわくわくするものがあったら、すごく面白いものに出会える素質が絶対にあると思うので、どれでもいいから1冊だけでも始めて頂けたら嬉しいです。
──ありがとうございました。


注1:アーセナルを応援しているのは蜷川です。ちなみに木村は名古屋グランパスエイトのサポーター。
注2:2009年にPicador社が英訳版を刊行。詳細はこちら
注3:セルバンテス文化センターのホームページによると、こちらのシンポジウムは入場無料・要予約とのこと。参加を希望される方はお急ぎ下さい。
注4:MAMプロジェクト011:ジュール・ド・バランクール展(2010年3月20日~7月4日、会場:森美術館ギャラリー1)


■藤波さんと鈴木さんが選ぶ「白水社のベストイレブン」

FW:J・D・サリンジャー『ライ麦畑でつかまえて』(Uブックス)
FW:デニス・ジョンソン『煙の樹』(エクス・リブリス)
FW:ロベルト・ボラーニョ『通話』(エクス・リブリス)
MF:ジャネット・ウィンターソン『灯台守の話』
MF:アンドレ・ピエール・ド・マンディアルグ『城の中のイギリス人』
MF:ユベール・マンガレリ『四人の兵士』
DF:アゴタ・クリストフ『文盲』
DF:スティーヴン・ミルハウザー『ナイフ投げ師』
DF:マルカム・ラウリー『火山の下』(エクス・リブリス・クラシックス)
DF:アントニオ・タブッキ『イタリア広場』
GK:W・G・ゼーバルト『アウステルリッツ』

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(2010年3月12日、白水社さんの社屋にて)
(インタビュー・記事:蜷川・木村)

藤波さん、鈴木さん、お忙しい中ありがとうございました。マルカム・ラウリーの『火山の下』はとうとう発売になりましたね! 白水社さんのホームページでも大々的に取り上げられています。シリーズ名の「エクス・リブリス・クラシックス」も気になるところ。今後どのような作品が刊行されていくのか、楽しみで仕方ありません。四月の新刊案内にはボラーニョの『野生の探偵たち』上下巻も掲載されていました。嬉しいニュースが立て続けに届いております。ところでこの白水社さんのホームページ、トップページ左上のトリをクリックすると面白いものが見られるのをご存じですか? どんなものかは是非ご自身の目でお確かめ下さい。

2010年03月29日

『あなたの人生の物語』テッド・チャン(早川書房)

あなたの人生の物語 →bookwebで購入

「テッド・チャンを読まずしてSFを語ることなかれ」

 残念ながら今回アメリカ代表から落選してしまったテッド・チャンをどうしても採り上げたい。個人的にあまりに入れ込みすぎたために、肝心のフェアの推薦コメントが酷い出来になってしまったのだ。フェアの都合上「往年の名選手」にピックアップされているが、現役バリバリ、今後の活躍が最も期待される選手のひとりである。とは言っても非常に寡作な作家で、本職も別にあり、気が向いた時に気が向いたように書くというのが彼のスタンス(らしい)。しかし、発表する作品はいずれもヒューゴー賞、ネビュラ賞、ローカス賞などなど各賞を総なめにしている稀代のファンタジスタだ。日本でも先ごろ、早川書房の「SFが読みたい2010」誌上にて、「ゼロ年代のベストSF」第一位に他作品に大差をつけて選ばれ、改めて注目も高まりつつある。そもそも代表作の短編集(と言っても未だこの一冊しか刊行されていない)『あなたの人生の物語』が刊行された2003年のベストSFに選出されているのだが、今回「ゼロ年代のベストSF」第二位にランキングされた、オーストラリア代表として参戦中の同世代選手グレッグ・イーガンと比べてしまうとどうしても、その活躍がもどかしく映ってしまう。だが、地道ながらも着実に活躍は続けているようで、『あなたの人生の物語』以降も発表する作品はいずれも相変わらず各賞受賞と評価は高い。近々刊行される(と期待している)次の短編集をもってアメリカ代表、そしてSF界代表としての地位を確立するのは間違いない。

 とはいえ、彼の作品の範疇は、いわゆるSFといった枠のみには収まってはいない。本人は中国移民のアメリカ人であるが、宇宙人との交流による言語の可能性を描いた表題作「あなたの人生の物語」や、数学がモチーフの「ゼロで割る」といったまさにSF的な作品のほかに、キリスト教的世界をモチーフにした「バビロンの塔」や「地獄とは神の不在なり」といった作品は、どちらかといえば西洋的異世界を描いたファンタジーであり、個人的には東洋世界の思想、文化、宗教、伝説をモチーフに作品を重ねている諸星大二郎的な雰囲気を感じるところも面白い。

 なかでも「地獄とは神の不在なり」(2001年発表。ヒューゴー賞、ローカス賞、ネビュラ賞受賞)は衝撃的な作品だ。

 物語は主人公ニールの身の上話から始まる。彼の左大腿部の先天性異常、そして妻の死。そして妻を死に追いやった天使ナタナエルの降臨。

ありふれた降臨だった。たいていのものより規模は小さかったが、性質は異なっておらず、一部の人間に祝福をもたらす一方、一部の人間には災厄をもたらした。今回降臨した天使はナタナエルで、ダウンタウンの商店街に姿を現した。

 ……はあ? と思いますよね。思いました。降臨ですって。いきなりですよ。ダウンタウンに巨大な天使がバリバリバリと雷とともに降臨し、炎が巻き上がり、突風が吹き荒れ、人が死に、天国に召されたり、一方で怪我や病気が治る奇跡を受ける人がいる! 想像してみてください。これが日本だったら、そうですね、新宿の靖国通り沿いの喫茶店でアイスメープルラテを飲んでいたら、持国天(宮昆羅でも阿修羅でも可)が歌舞伎町に嵐とともに降臨し、ネオン看板が吹き飛び、あたり一面が惨状になる一方で仏法の守護が確立されるようなものです!

 この世界では天使が降臨し、奇跡を起こしたり、災厄をもたらしたり、それでも、それだからこそ人は神を愛し、または憎み、地獄は顕在化する(このあたり恩田陸の『ネクロポリス』っぽさもある)という現実が受け入れられている。そして妻を奪った神をいまいち信用できないニールの劇的に衝撃的な最後!!!

 この一見荒唐無稽な話にぐいぐい引き込まれる作者の発想と筆力の凄まじさ。

 実は僕の周りにも、SF(特に外文の)小説に対して腰が引けている人が意外にいる。それはかつてヴォネガットが、ウインストン・ナイルス・ラムファードだとかトラルファマドール星だとか星人だとか、アイスナインだとか、そういうカタカナを使うせいなのだ(本人はカタカナを使わないが)。

 その点からでも、テッド・チャンなら安心して読める。ハヤカワ文庫も昔に比べるとだいぶ字もでかい。

 是非、SFが苦手な人も、読もう読もうと思ってまだ手が伸びていなかった人も、テッド・チャンを一度読んでみて!


(紀伊國屋書店新宿本店ピクウィック・クラブ 黒澤光輝)


■ワールド文学カップ参戦中!
  『あなたの人生の物語』と合わせて読みたい本■

・ジョン・クロウリー『エンジンサマー』扶桑社文庫
チャンが影響を受け、そして尊敬する作家のひとり。ファンタジーの最高傑作。
・レイ・ブラッドベリ『火星年代記』ハヤカワ文庫
とってもSFでありながら、ファンタジーを描く作者の代表作。
・カート・ヴォネガット『スローターハウス5』ハヤカワ文庫
主人公は噂のトラルファマドール星で過ごします。


→『あなたの人生の物語』をbookwebで購入

2010年03月27日

ブックレット掲載:第四回

少し間が空いてしまいましたが、
いよいよ今回の掲載で、
「ワールド文学カップ」のページは終了。
そこに続くのは「往年の名選手たち」。
紀元前から第二次大戦前夜まで、
ソフォクレスからロレンス・ダレルまでをどうぞ。


◎PDFを開く◎


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「対象をファイルに保存」をお選び下さい。


■ピクウィック・クラブ小木曽のベストイレブン

FW:ミゲル・デ・セルバンテス『ドン・キホーテ』
FW:阿部和重『ABC戦争』
FW:福永信『アクロバット前夜90°』
MF:フィリップ・K・ディック『ヴァリス』
MF:トマス・M・ディッシュ『歌の翼に』
MF:スタニスワフ・レム『虚数』 
DF:町田康『くっすん大黒』
DF:R・A・ラファティ『つぎの岩につづく』
DF:テリー・ビッスン「熊が火を発見する」『ふたりジャネット』
DF:夏目漱石『吾輩は猫である』
GK:フランツ・カフカ『掟の前で』

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「FCラマンチャ。テーマ:勝負にならねえ」(小木曽)

2010年03月26日

ピクウィック作業日誌

フェア開催まであと約一週間となりました。
およそ9,000冊の本たちが今か今かと出陣待機中。


どーん!

店頭に並べるためには、
いろいろとやらなければならないことがあります。
ひとまず、箱から出して出して、分けて分けて……

ばーん!

ずーん!

全作品に解説ポップをつけるために、
シュリンカーという機械で一冊一冊、ビニルに包んでいきます。
まず、ビニル袋に入れて、

じゃ、森茉莉いきまーす。

どきどき……

出た!

こんな感じでどんどん包んでいきます。
ビニル掛けが終わったものには、解説ポップを。

テープで貼って、貼って、貼りまくる!

どんどんいくぞー。

できました。このように、すべての作品に解説ポップがつきます。

フェア開催まであと少し、準備万端でお待ちしております。
どうぞ皆様、おたのしみに!

2010年03月25日

解説者による戦力分析:早川書房山口さん

%E5%B1%B1%E5%8F%A3%E3%81%95%E3%82%93.jpg今回の「解説者による戦力分析」では「epi文庫」や「epiブック・プラネット」のシリーズなど、早川書房の海外文学を単独で編集してきた山口さんにお話を伺います。山口さんの仕事には前回フェア「対決! 共鳴し合う作家たち」の時から大変お世話になっていて、今回のフェアでも彼の編集による文学が大量に並ぶ予定です。山口さん、よろしくお願い致します。

──今日はよろしくお願いします。
山口:ラインナップができたんだって?
──はい。これが噂のブックレットです。
山口:ああ、ちゃんとイギリスの中でも分けてるんだね。イングランドだけで三種類もある。「悪女の巣窟フランス」って問題ありそうだね。ポーランドだとゴンブローヴィッチとレムがいるのか。あれ、マキューアンってオランダ系だっけ?
──それがまた違うんですよ。
山口:ああ、『アムステルダム』だからオランダか。そういうのもありなんだね。
──その国出身の作家を集めるだけではつまらないので、その国を舞台とした小説も入れるようにしたんです。決してインターネットで調べ切れるようなものではなく、読まなきゃ作れない選書となるように工夫してあります。
山口:工夫が伝わってくるね。あ、カフカはもう国扱いなんだ。
──カフカは国です。大国です。一応チェコ枠ではありますが。
山口:ハンガリーには洋書も入ってるんだね。こう見てると、結構新しい作家が入ってきている国と古典しか無いような国の差があるよね。
──ロシアなんかは古典と現代で分けて選書をしています。いわゆるロシア文学とペレストロイカ以降と。
山口:イタリアはカルヴィーノ、モラヴィア。うん、ちゃんとしてるよなあ。あ、ヘミングウェイでスペインっていうのは良いね。シムノンってベルギー人なんだ。初めて知ったよ。
──実は僕たちも調べて初めて知ったんです。
山口:ギリシャにはやっぱり現代文学はないのかな。
──あったとしても、このラインナップと差し替えられるものはないでしょうね。
山口:インドはいっぱいあるし、タイはちゃんとラッタウット・ラープチャルーンサップが入ってるね。
──これ、大好きなんですよ。
山口:いや、これ素晴らしいよね。
──本当に良かったです。
山口:文庫にしたいなって思うくらい素晴らしい短編集なんだよ。
──「ガイジン」とか「カフェ・ラブリーで」とか。「こんなところで死にたくない」も秀逸ですよね。
山口:あれをタイトルにすれば良かったな、と思って。『観光』だとやっぱりさ、検索しても『観光白書』とかそういう本が引っかかっちゃって。
──でも原書だと『Sightseeing』ですよね。
山口:そうなんだよ。カタカナで『サイトシーイング』でも良かったな。パムクは『白い城』なんだ?
──せっかくなので新刊を入れました。
山口:そっか。これはこれでちゃんとした作品だしね。ダイ・シージエとイー・ユンリーで中国っていうのも良いなあ。
──いわゆる『三国志』や漢詩なんかは入れてません。
山口:アメリカに多いよね。中国系で書く人。
──テッド・チャンとかを入れても良かったかも。彼は「往年の名選手」に入っています。
山口:アフガニスタンはだいたい俺が担当してるな。タイとかベトナムとか、こういうところは大体回ってくるんだよ。ああ、アメリカは難しいよなあ。
──アメリカはかなり分かれました。
山口:フォークナー、オコナー、あ、モリスンは『青い眼が欲しい』と『スーラ』なんだ。すげえなアメリカ、まだある。コーマック・マッカーシーも入ってるね。ナボコフはロシアでも良かったんじゃない?
──そうなんですよ。『ディフェンス』はロシア語で書いていますしね。
山口:舞台もヨーロッパの方だしね。あ、キューバもいいなぁ。すごいね。これ本当に全部並ぶの?
──並びます。
山口:文庫も単行本も関係ないんでしょ?
──そうですね。ちゃんとミリ単位で棚の幅を測っています。
山口:これ勝負はどうやってつけるの?
──勝負は売り上げ冊数でつけようかなと思ってます。ハードカバーは既に不利なんですけど(笑)。
山口:二冊分とかにしたら良いんじゃない。そっか。チリもボラーニョが来てるから強いし、南アフリカもゴーディマがいるから強い感じがするね。すげえな、この冊子が一番人気なんじゃない? 何部刷ったの?
──3500部です。
山口:すげえ。紙もちゃんとしてるし、索引も入ってるし。
──索引を作るのには一日かかりました。じゃあ一通り目を通して頂いたところで、そろそろインタビューに移らせて頂きますね。まず、この企画を聞いたときどう思われましたか?
山口:ワールドカップみたいなイベントがあると、よく広告であるんだよね。世界地図が出て、この国はこの本を読みましょう、みたいな。前の時にもそういう企画があって、早川書房からも何冊か入れたんだけど、でもそういう選書ってぬるいんだよ。折り合い感があって。だから最初聞いたときはそんな風になっちゃうかと思ったんだけど、この冊子を見たら、そんなところは無理矢理突き抜けた感じになってて、ここまでやればありなんじゃないかなって思うよ。やっぱり、必ずしもその国の人じゃないっていうのが良いんじゃないかな。作家の出身国だけじゃなくって、テーマや内容で選ぶっていうのは新しいやり方だよね。
──そこは本当にこだわりました。
山口:これ、みんな読んでるんでしょ? 全部で何冊?
──650冊です。
山口:すげえな。ここまでやるのは尊敬するしかないですよ。すごい勢いで読まなきゃいけないじゃん。プライベートも捨てて、青春も全て投げうって、女にもうつつを抜かさずに。
──何を言っているんですか(笑)。
山口:若い時期を無駄にしてこんなに本を読んでるなんて偉いよ。
──女の子よりもバタイユですよ。
山口:そっちの方がエロいかもしれないね。
──では、このブックレットを実際に見て、山口さんの気になる国があれば教えてください。
山口:そうだな、ぱっと見た感じだと、ギリシャが気になるかなぁ。ギリシャ古典をあんまり読んでないから、読んでみようかなっていう気になる。『イリアス』は岩波文庫?
──そうです。松平千秋さんの訳はすごく読みやすかったですよ。
山口:今年は教養人になりたいから古典を色々読もうと思ってるんだよ。この前宮沢章夫さんのイベントに行ったんだけど、やっぱり博学で、フォークナーの話が出ればフォークナーの話をするし、シェイクスピアの話になったらシェイクスピアの話が出来るし。一応基本的な古典とかにはきちんと対応していて、いい大人になったらあのくらいじゃないと駄目だなと思って。しかもそういう知識を文章に出さないところが良いよね。
──『牛への道』の中に出てくる「スポーツドリンクがやたらに出てくる自販機の話」とか本当にくだらないですよね。
山口:「読んだぜ」って言わずに、密かに読むっていうのが良いんだよね。
──見習いたいですね。ベラベラ喋っちゃう。
山口:だからギリシャでしょ、あとはそういう意味でロシアかな。ロシアもあまり読んでないんだよ。ソルジェニーツィンもすぐ挫折したし。チェーホフは読んだけど、ツルゲーネフも読んでないし。なんか合わないのかなロシア。新訳読んでもすぐやめちゃうから。辛抱できないんだよね。だからこれから読みたい意味でもギリシャやロシアみたいに古典がちゃんとある国がいいな。アメリカはもういいや。仕事で十分やってるし。あとはチリかな。ボラーニョはこれからどんどん訳されるだろうし。正月に洋書の『2666』を買って読み始めたんだけど、字が小さくて辛い。
──あの分厚いやつを買ったんですか。
山口:早く訳して欲しいな。ナイジェリアもいいね。南アフリカは結構やったからいいんだけど、そうじゃないアフリカの国は読みたいな。あ、このコンゴ共和国は何? 強そうじゃない。コメントが「エロあり、グロあり、ゾンビあり」か。ほら、今年はゾンビイヤーだからね。
──なんですかそれは?
山口:去年フランクフルトのブックフェア行った時もみんな来年はゾンビだよ、って言ってた。ほら今、二見書房から『高慢と偏見とゾンビ』って出てるじゃない。あれアメリカで百万部くらい売ってるし。ロマンスも今年はゾンビらしいよ。「ゾンビと何をするんですか?」って聞いたら、「いや、フレッシュゾンビだからロマンスでも大丈夫」なんだって。
──フレッシュゾンビ(笑)。
山口:そういうゾンビの意味でもコンゴはかなり最先端だね。しかも「蠅兵器で滅びた時代の先には何も変わらない新しい時代が待っている」だって。素晴らしいね。コンゴやばいじゃん。際立ってるね。初日に買いに行かなきゃ。
──アフガニスタンはもう見たくもないですか?
山口:アフガニスタンはもう結構本を出したからね。『カブールの燕たち』もやったし、カーレド・ホッセイニもやったし。アフガニスタンは頑張って欲しい国だけど、このワールド文学カップでは頑張らなくていいや。もっと別のところで頑張って欲しいね。あと注目はインドだな。今一番勢いあるし、これからもっといろんな作家が出てくると思うよ。ラヒリもそうだし、キラン・デサイもそうだね。今回キラン・デサイは入ってないけど。アラヴィンド・アディガの『White Tiger』も面白かったな。この「出場停止中の名選手」は、何で出場停止なの?
──絶版なんです。出版社という審判からレッドカードを突きつけられた作品たちです。
山口:ああ、これはそういうメタファーなんだね。オンダーチェの『イギリス人の患者』も絶版なんだな。これ、翻訳した土屋政雄さんが一番気に入ってる訳文なんだって前に言ってたよ。
──ではそろそろ優勝予想国をお願いします。
山口:え、これって真面目にやった方がいいの?
──ふざけてもいいです。みんなに聞かれるのは何なんですかね(笑)。
山口:だってさ、一冊しかない国とかあるじゃない。「コンゴ」とか言ったらもう負けじゃん。ふざけた方が楽だよね。そうね、普通にやったらアメリカかな。「戦争につぐ戦争アメリカ」とか堅いよね。だって村上春樹、柴田元幸を擁するし、この前亡くなった浅倉久志さんもいるし。スティーヴン・キングも入ってるしね。でも、これじゃああまりに面白くないからやめよう。僕は競馬もやるんだけど、本命派じゃないんだよ。大穴を狙う方なんで。ここはまあ第一候補だと思うんだけど、あえて外して、もうちょっとオッズの高いところを狙おうか。日本か、でも穴でもないよね、これって。『バレエ・メカニック』は非常に評価が高いし。インドもまあ強いよな。ラヒリは文庫になってるし。イタリアは堅いね。「カテナチオ」っていうだけあって。やべえ、これ難しいね。馬が多すぎ。
──馬が多すぎ(笑)。
山口:パドックを見た感じだと、アメリカ、インド、スペイン、イタリアあたりが良いね。
──スペインも入りますか。
山口:ヘミングウェイがあるとね。リャマサーレスもいるし、なかなか良い毛並み。あとカフカも良いね。引用が伊藤計劃の「そもそもチェコ人にカフカの話というのが間違っている」っていうのは素晴らしいところから引いてきてるよ。これも入れたいな。まあフランスはちょっとずるいかな。卑怯だもん、これ。「エロスの大国フランス」はね。じゃあ最後に本命を一個決めるよ。
──お願いします。
山口:当日の馬場状態を聞きたいんだけど、って、つまり、どんなお客さんが多いと予想してるの?
──もちろんこういう記事を見たコアなファンの方も来て下さると思いますが、大半はあまり海外文学を読んだことのない方だと思います。
山口:そういう人にとってこのフェアは手が出しやすいよね。国別に分けて展開している店ってそんなに多くないし。
──ちなみに他の方の意見ではフランスが強いですね。
山口:フランスはずるいよ。コンテンツの量が違うし、色んな人がいるしさ。何しろエロを擁してるからね。これは一番人気だから嫌だな。じゃあ僕はやっぱりタイだな。大穴狙いで。
──ギャンブラーですね(笑)。
山口:いや『観光』は本当に良い本なので、紀伊國屋に来る全員の人に読んでもらいたいです。
──では最後に、山口さんの好きな作品でベストイレブンを選んで下さい。
山口:フォワードは『日はまた昇る』だな。軽量級だから。あと、ディフェンダーは『蜘蛛女のキス』かな。気持ち悪いから。
──避けて通りたいですね。
山口:あと、ミッドフィルダーは『エデンの東』かな。元々アメリカ文学から入ったからね。そうだな、フォークナーも入れたいな。『八月の光』をキーパーにしよう。あ、そうか、『百年の孤独』をどこに置くかが問題だな。でもあえて『エレンディラ』にしよう。『エレンディラ』と『日はまた昇る』のツートップで。やっぱりおばあちゃんが孫に売春させるってのがいいよね。
──あと六人です。
山口:『異邦人』をどこかに入れたいな。でも、カミュってどこのポジションでも使えなさそうだよね。選手としては役に立たないから、『異邦人』はサブに入れておいて。
──ひでえ(笑)。
山口:あとアラスター・グレイも使いたいな。『哀れなるものたち』をディフェンダーにしようかな。
──『蜘蛛女のキス』とコンビを組んで。じゃあサイドバックはどうですか、右サイドと左サイド。たまにいいセンタリングをあげるような。
山口:「たまに」ってところが良いよね。『安全ネットを突き抜けて』とかを書いてるチャールズ・バクスターっていう短編作家が好きだから、彼が左サイドだな。僕が担当したのは『愛の競演』っていう長篇なんだけど。女の人も入れたいから、逆サイドにはジャネット・ウィンターソンを入れよう。ゲイを入れたからレズビアンも入れないと。『オレンジだけが果物じゃない』で。フォーメーションは4-3-3にしようか。
──そうすると、あとは中盤二人とフォワード一人ですね。
山口:そうか、誰にしようかな。イシグロやマッカーシーは入れたくないからなぁ。あんまり自分の担当じゃない作家から作りたいな。フランスはカミュしか入れてないし、誰か出てくる気がするね。
──エロいのが。
山口:イレブン見たら、俺、言うほどエロくないのかもしれない。
──どっちだよ(笑)。
山口:困ったらこのブックレット開くと出てくるかも。あ、モーパッサン好きだ。『モーパッサン短編集』を入れよう。フォワードで。コンラッドは好きじゃないしな。あ、カポーティだな。最初に「ミリアム」が入っているのは『夜の樹』だっけ?
──確かそうだったと思います。
山口:じゃあそれと、あ、『ロリータ』入れるの忘れてた。『ロリータ』が司令塔だな。でもこれじゃああんまり面白くないね。家の本棚見ながら考えたいな。『東京モンタナ急行』っていうブローティガンの作品も好きなんだよね。
──控えになっちゃいますがいいですか?
山口:あ、交換しなきゃならないのか。そしたら『哀れなるものたち』と代えよう。あれは俺が担当した作品だし。『東京モンタナ急行』。ブローティガンって日本に住んでたことあって、歌舞伎町でゲロ吐いたりしてて面白いんだよ。そうか、これで決まっちゃったのか。じゃあ『エデンの東』を『ガープの世界』に代えよう。アーヴィング。
──『ガープの世界』は素晴らしいですよね。
山口:『ガープの世界』以降はあんまり好きじゃないんだけどね。これで完成かな。あ、完璧。
──ミッドフィルダーは三人いますけど、ボランチは誰にしますか?
山口:ちょっと下がり目なのはやっぱり『ロリータ』かな。ワン・ボランチだね。短編集が三人フォワードだと面白いかも。じゃあバクスターとヘミングウェイを入れ替えよう。
──『日はまた昇る』ってサイドバックっぽいですね(笑)。
山口:控えは『異邦人』。絶対使わない。急にいなくなっちゃいそうだし。『シーシュポスの神話』とか仕事に行く前に読んだら行かなくなっちゃうし。
──絶対に読んじゃいけない本ですね。
山口:高校一年生の時に読んで、絶対こういう大人にはならないぞって思ったのに、まんまと同じような日々を送っている。
──僕も高校生の時に読みました。
山口:衝撃を受けるよね。ちょっとニヒリズムに傾倒するんだけど、そうすると女にもてなくなるんだよなあ。
──ありがとうございました(笑)。では、最後にフェアに来て下さるお客さんにメッセージをお願いします。
山口:本当に素晴らしいラインナップだし、どの本も非常に面白い本ばかりなのですが、その中でも是非タイの『観光』を手に取ってみて下さい。


■山口さんが選ぶベストイレブン

FW:ギー・ド・モーパッサン『モーパッサン短編集』
FW:ガブリエル・ガルシア=マルケス『エレンディラ』
FW:チャールズ・バクスター『安全ネットを突き抜けて』
MF:トルーマン・カポーティ『夜の樹』
MF:ジョン・アーヴィング『ガープの世界』
MF:ウラジーミル・ナボコフ『ロリータ』
DF:アーネスト・ヘミングウェイ『日はまた昇る』
DF:ジャネット・ウィンターソン『オレンジだけが果物じゃない』
DF:リチャード・ブローティガン『東京モンタナ急行』
DF:マヌエル・プイグ『蜘蛛女のキス』
GK:ウィリアム・フォークナー『八月の光』

控え:アルベール・カミュ『異邦人』

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(2010年3月9日、早川書房1階の喫茶店クリスティにて)
(インタビュー・記事:蜷川・木村)

山口さん、どうもありがとうございました。こっそり今後の刊行予定を聞いてみたところ、先日とうとう発売になったマリー・ンディアイの『ロジー・カルプ』に続き、昨年のゴンクール賞受賞作である『Trois femmes puissantes』も刊行の予定があるとのこと。他にもJ・M・クッツェーの新作『Slow Man』とオルハン・パムクの新作『The Museum of Innocence』も年内には刊行、さらにダイ・シージエの新作二つと昨年ピュリッツァー賞を受賞したエリザベス・ストラウトの『Olive Kitteridge』も目下準備中とのことで、海外文学好きには大変嬉しい知らせを教えて頂けました。今後も目が離せそうにありません。

2010年03月24日

Twitterはじめました

またまた速報!


ピクウィック・クラブの公式Twitterを作成致しました!

こちらでは当ブログの更新情報や、
フェアに関する細かな話題などを掲載していく予定です。
ご期待下さい。

ハッシュタグ「#wbungaku」も併せて作成致しましたので、
4月1日以降に売場へのご意見・ご感想をTwitter上に書いて頂く際には
このタグを付けて頂けると嬉しいです。
皆様の好きな作家や作品を教えて下さい。

さあ、今すぐ公式Twitterへアクセス!

twitter_logo_header.png

◎公式Twitterを開く◎

2010年03月23日

Kinocastに紹介されました!

速報!!


新刊JP上のウェブラジオ番組Kinocastにて、
我々のフェア「ワールド文学カップ」が紹介されました!

ナビゲーターの丸本恵子さんと新刊JP編集部の山田さんが、
ピクウィック・クラブの肉声を小出しにしながら
次回フェアについて大いに語って下さっています。

新刊JP編集部の山田さんといえば
ピクウィック・クラブの隠しキャラ、
先日の記事でも取材をさせて頂いた8人目のメンバーです。
大江健三郎とガルシア=マルケスをこよなく愛するお兄さんが、
先日の取材の時と同様に、
今回も大変好意的に我々のことを紹介して下さいました。

ちなみに音声中に出てくる山田さんが担当して下さった書籍、
答えは「ブックレット掲載:第二回」のPDFの中にあります。
興味のある方は探してみて下さい。

さあ、今すぐKinocastへアクセス!

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◎Kinocastを開く◎

2010年03月22日

『四十日と四十夜のメルヘン』青木淳悟(新潮社)

四十日と四十夜のメルヘン →bookwebで購入

「記録が記憶となるまで」

 青木淳悟は2003年に新潮新人賞を表題作で受賞した現代日本作家である。現代を生きながら同時にその現代を掴むというのはなかなか難しいことだが、小説を同時代的に読むということは、読みながらその時代性を身体で感じることができるかもしれないという可能性を含んだ、地味に見えて実は結構スリリングな愉しみがあると思う。

 「四十日と四十夜のメルヘン」にはページをめくるとまず、野口悠紀雄著『「超」整理法』から引用されたエピグラフがある。

必要なことは、日付を絶対忘れずに記入しておくことだ。

 この一節がこれから始まる小説と一体何の関係があるのか、そもそも文学とは何のつながりもなさそうな本から引っ張ってくる意図は何なのか、1ページ目からつまずいてしまう。そして本編では語り手のものと思わしきある一定の期間の日付入り日記が、順不同で淡々と繰り返し書かれていく。この小説の構造は読み手に混乱を起こさせ、空気が膨張するような錯覚をもたらす。

 さらに日記と日記の間には日記以外のエピソードのようなものがこれもまた一見整理なく散りばめられているのだが、そのなかに語り手が通っていた文芸創作教室の講義の先生が書いたという小説に関する記述がある。

ところが修道院の生活には一日を特徴づけるような出来事があまりにも少なかった。修道士たちは昨日と今日の区別なく院内の菜園で働き、あいもかわらず種なしパンを焼き、一日七回の祈祷礼拝を行った。日々の活動は聖務日課書によって規定され、季節ごとの日照時間に合わせて寝起きされ、年間を通じてそのサイクルは遵守された。そんな十年一日という修道生活の記録を前にして、彼はきっと困難をおぼえたはずなのだ。

 これを読むと、毎日毎日を家と職場の往復に費やし、家に帰れば帰ったで日々同じようなことを繰り返す「現代人」の象徴のようにも思えてくる。そのことに抗うように、いまの世の中では「小さな幸せ」という、単調な生活のスパイスになるようなものを探し求めがちだ。

 後半になってくると、語り手が書いている架空のフランスを舞台とした童話の記述が増えてくる。そして語り手は自分の住むアパートを指し、何号室という区切りがなくなってしまい、漠然と「ここにいる夢」を頻繁に見る、ともいう。メルヘンチックな童話や夢物語には「いつ・どこで」という記録としての正確な情報が抜け落ちているものだ。そして、読む人によっては「つまらない」と感じてしまうような、ある意味で表面的な、情緒のない、意味の取り払われたむきだしの言葉で語られる。それは装飾だらけの言葉で語られるものよりもむしろリアルさは強烈で、強烈すぎるがゆえに逆にふわふわとした「夢のような」地に足がついていない不思議な感じを受ける。日付入りの日記の羅列として始められたこの小説もさいごには日付が消え、唐突な情景や整理のついていないキーワードだけが残る。この感覚は夢を見ている感覚と少し似ていて、ただの日付入りの記録だったはずが、気がつけば記憶の底にある印象的な風景を見たときのような余韻だけが残っている。

 「四十日と四十夜のメルヘン」は、“たった一回の生を生きる”ということを感じにくい現代において、何も起こらずただ過ぎていくばかりの日々のなかの「小さな幸せ」を見つけるという方法以外のやり方で、その生を感じさせ、拡張させ、循環させている。このことは小説という言語表現にまだまだ可能性があるからだと改めて思わせてくれるのだ。

 青木淳悟はこの作品で「日本代表選抜会」、そして別の作品でも「Road to 2014現代日本」と、どちらにもエントリーされているが、まさに「現代」の空気を小説という言語表現によって掴み、小説という言語表現によってその停滞した空気を自由に広げようという意志をもった、注目すべき「現代」日本作家だ。


(紀伊國屋書店新宿本店ピクウィック・クラブ 梅崎実奈)


■ワールド文学カップ参戦中!
  『四十日と四十夜のメルヘン』と合わせて読みたい本■

・青木淳悟『このあいだ東京でね』新潮社
この作品で「Road to 2014現代日本」にも同時エントリー。
・庄野潤三『プールサイド小景・静物』新潮文庫
・正岡子規『子規句集』岩波文庫
淡々と日々を切り取っていく手法にはこんなものも。方法は違うが同じように「生」が感じられる。
・トマス・ピンチョン『スロー・ラーナー』ちくま文庫
保坂和志は青木淳悟が受賞した時の新潮新人賞において「ピンチョンが現れた!」という題で選評を書いている。


→『四十日と四十夜のメルヘン』をbookwebで購入

2010年03月20日

ブックレット掲載:第三回

第三回となる今回の掲載では、
前回に続きアジアと中東諸国、
さらに南北アメリカの国々を公開します。
あとはアフリカを残すのみ!
ご期待下さい。


◎PDFを開く◎


保存してご覧になる方は右クリックの上、
「対象をファイルに保存」をお選び下さい。


■ピクウィック・クラブ榎本のベストイレブン

FW:泉鏡花『草迷宮』
FW:ミルチャ・エリアーデ『ムントゥリャサ通りで』
MF:津原泰水『バレエ・メカニック』
MF:チェーザレ・パヴェーゼ『美しい夏』
MF:クレア・キーガン『青い野を歩く』
MF:磯崎憲一郎『世紀の発見』 
DF:アントニオ・タブッキ『イタリア広場』
DF:ウィリアム・フォークナー『アブサロム、アブサロム!』
DF:ガブリエル・ガルシア=マルケス『百年の孤独』
DF:中上健次『枯木灘』
GK:レフ・トルストイ『イワン・イリイチの死/クロイツェル・ソナタ』

控えFW:谷崎潤一郎『少将滋幹の母』
控えGK:コーマック・マッカーシー『ブラッド・メリディアン』

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「これがいわゆるサーガディフェンス。もし抜かれてもトルストイがいる。鉄壁。津原泰水を司令塔に鏡花、エリアーデが美しく点を取る。ちなみに監督はボルヘス、コーチはカサーレスです」(榎本)

2010年03月18日

解説者による戦力分析:未知谷飯島さん

%E9%A3%AF%E5%B3%B6%E3%81%95%E3%82%93.jpg今回の「解説者による戦力分析」では、良質な海外文学を数多く刊行されている出版社、未知谷の編集・発行人である飯島さんにお話をうかがいました。飯島さん、よろしくお願い致します。

──まず、今回の「ワールド文学カップ」という企画を初めて聞いた時、どのような印象をもたれましたか?
飯島:二、三年前でしたっけ? 沼野充義さんが「ワールド文学」という、つまり国境を越えた、どこの国の文学だからどう、というのではなく、良いものは良いというスタンスを取り始めましたね。そういうノリなのかな、と思いました。
──おお、ありがとうございます。では、たった今お渡ししたブックレットの中をご覧頂きたいのですが、今回は「子ども心の国ドイツ」というチームを作り、その中でドイツの三大児童文学作家を取り上げました。
飯島:ケストナー、エンデ、あ、クリュスが入ってる。そうなんですよね。ケストナーとエンデは岩波書店さんとかがメインで出版されていらっしゃったから生き残っているのですが、ジェイムス・クリュスだけは他の出版社さんが手を引いてしまって、一気になくなってしまったんです。大手出版社さんの事情でクリュスだけがいなくなってしまった。それに異議申し立てをしようと思って。
──クリュスを初めて読んだ時は衝撃を受けました。エンデとケストナーに出会ったのは随分前だったんですが、クリュスを初めて読んで、まだこんな作家が隠れていたのかと驚きました。
飯島:「隠れていた」のではなく、日本で隠されていたんです。『笑いを売った少年』を出版した時は、あなた方のお父さんお母さんくらいの世代の人たちから反響が随分ありました。昔読んだ記憶があってその後目にしなくなってしまったものが「あ、ここにあった」と気が付いて、子どもたちに読ませるために買ったという声が沢山あったんです。
──この訳者の森川弘子さんと未知谷さんのタッグは非常に興奮させられますよね。既にクリュスだけで三作品が出ています。
飯島:森川さんは他にもドイツ文学や児童文学を随分おやりになっています。ベンノー・プルードラもまた彼女の訳で出るんじゃないかな。
──楽しみです。話はドイツから逸れるのですが、もう一つ未知谷さんから出版されている本が入っている国があります。
飯島:そんな国があるんですか?
──あるんですよ。「葛藤せめぎ合うイスラエル」です。
飯島:ああ、アモス・オズですね。
──アモス・オズは筑摩書房から以前出版されていた『ブラック・ボックス』を読んですごく面白かったので、他には出ていないのかな、と探していたところ、未知谷さんが『地下室のパンサー』と『スムヒの大冒険』を出版されていることを発見したんです。
飯島:『ブラック・ボックス』も同じ村田靖子さんの訳で出てましたね。『地下室のパンサー』は実は映画にもなっていて、今アメリカで上映していると思いますよ(注1)。アモス・オズはもう二十年ぐらい前からノーベル文学賞の候補に毎年挙がっていて、去年なんかは最後の最後までイギリスの賭けでずっとトップだったんです。
──結局ヘルタ・ミュラーが受賞しましたね。
飯島:やっぱり政治体制の問題で、どうしても今ヘブライ文学にあげるわけにはいかない、という文脈だと思うんですよ。ずっとそう言われているんです。村田さんの話ではアモス・オズもパレスチナとの共存をずっと訴えているんだけれども、『スムヒの大冒険』も『地下室のパンサー』も幼年期の自伝的な作品で、夢もあるし特に政治性を持ち上げるような話でもないから、こういうのがあってもいいかな、と思って出版しました。その後あまりにもイスラエルの情勢が良くないので最近は手を引いてるんですが。
──実はイスラエルとかアフガニスタンとか、結構好きなんですよ。
飯島:アフガンとか、何かあればやりたいですね。
──今までの話に出たドイツやイスラエルの他にも、このフェアでは計53ヵ国が選ばれています。ブックレットの目次に出場国を載せているのですが、それを見て飯島さんが「この国の本は売れて欲しい!」と感じる国はありますか?
飯島:個人的には、ああ、アイルランドなんていいですね。アイルランドって特殊な国じゃないですか。ウィスキーの発祥の地だったり、文学で言ったらジョイスを生んだり。そうですね、日本で言うと山梨のようなところかな。
──山梨?
飯島:天領だったところですよ。亡くなったドイツ文学の種村季弘さんなんかがおっしゃていたけれど、つまり山の道があって、平野の農民たちの道があるわけです。そうすると山の民たちは接触するために降りてくるわけですよ。そういう人が交わり合う場所には色々なものが生まれるんです。中沢新一とか深沢七郎とか、そこに住む人たちっていうのには自由な発想の持ち主が、縛られない発想をする人たちが多い。アイルランドは土地に縛られているんだけど、人が「動く」というか、大西洋に向かって最先端なわけでしょ。そういう流浪の人たちがいるところには、色々と面白味が出てくると思うんですよ。ウィスキーも好きだし(笑)。
──アイルランドといえばウィスキーですよね、ウィスキーとジョイスの国(笑)。
飯島:あとは、そうだな、イタリアなんかも売れてくれると嬉しいです。感覚が全く違うんでね。
──イタリアにはイタロ・カルヴィーノの作品だけで縛った「カルヴィーノ万歳イタリア」と、それ以外の幻想的なものを並べた「カテナチオイタリア」の二種類があります。
飯島:イタリアって昔、文化の中心だったところじゃないですか。ローマにしても。だけど、文学って元々は北の寒いところのものなんですよ。閉じ込められてないと、じっくり考えられない。地中海の温暖なところでは、本当は文学なんてなくてもいいはずなんです。
──どういうことですか?
飯島:つまり、文学というのは潤滑油というかガス抜き装置みたいなものなんです。例えば人と人との距離が、動物としてのテリトリー感覚的に近づきすぎていると、ストレスが生まれますよね。特に都市のように人がたくさん住んでいる所ではその分だけストレスが多い。アリストテレスは人間は国家的な動物で、集団じゃないと生きていけない、なんて言っていたけれど、それは動物的感覚からすれば近すぎるわけです。異常事態なんですよ。
──異常事態ですか。
飯島:そういう状況の中で生まれる色々なストレスを解消するための装置として、文学があると思うんです。だからガス抜きが必要でない距離を持った田舎で、朝起きて大声出して良い空気を吸っている人たちには、文学作品を読んで自分の殻の中で心地よい気持ちを味わったりする必要がないんです。自然の中でゆっくり良い気持ちが味わえるから、文学で抜かなくてもいいんですよ。そういう意味でいうと、イタリアは昔リッチで有閑階級なんかが沢山いたから文学が生まれてきたけれども、そもそも箍が外れてしまうと文学なんてなくてもいい国なんです。だからイタリアの文学はいつなくなってもおかしくないんですよ。日常性の中でストレスを解消できるはずなのに、それなのに、まだ生き残っている。
──なんだこれは、と。
飯島:そうそう。そういう生き残っている文学は是非受容してもらいたいなあ、と。
──動機の一つひとつが非常に面白いですね。ただ、実際に売場に来て下さるお客様の中には、これまでそんなに文学を読んでこなかった方もいらっしゃると思います。これから読んでみようというお客様は、最初はどのような本に手を伸ばせばいいと思いますか?
飯島:例えば伝統的なイギリスの文学のようなものも読んでおかないと、後のことが分からないと思うんですよね。レトリックと言っても、元がないとレトリックにならないわけですよ。大元の引っくり返すものを知らなければ、引っくり返って転んでいるのを見てもおかしくもなんともないわけです。そういう意味ではヨーロッパの古い文学なんかは読んでおかないとね。読む側にも作法は必要だと思うんですよ。
──ありがとうございます。では、このラインナップの中で優勝するのはどの国だと思われますか?
飯島:紀伊國屋のお客さんって、どちらかと言うと売れている本を買いに来るお客さんが多いですよね。そういうのも考えるとロシアかな。でもロシアは結構古いのが多いな。
──ちなみに僕はチェーホフが大好きなんですよ。
飯島:ああ、チェーホフはいいですよね。
──チェーホフは本当に素晴らしいですよね。未知谷さんは挿絵入りのチェーホフを沢山出されてますよね。
飯島:あれは絵本という文脈で、ひょんなことから始めたんです。
──新鮮で、すごく面白いです。「中二階のある家」が一冊で出るなんて、と思いました。
飯島:生誕百年だった時に、チェーホフ好きだし、うちも一冊くらい出そう、ということで始めました。たまたまパステルナークを訳した工藤正廣さんに言ってみたら、「中二階のある家」一作だけは自分もずっとやりたいと思っていた、というので、じゃあやってみましょう、となったんです。その時にたまたまマイ・ミトゥーリチ=フレーブニコフという絵描きと知己があったものだから、挿絵を依頼したんですよ。「中二階のある家」というのは、単純な中二階ではないんですよね。つまり「中二階のある家」というのは象徴的に地主の別荘を指しているんです。周りにスグリが植わっていて、玄関の前にはポーチがあって。ロシアの絵描きさんならもうさっと書けるようなものなんです。その家に至る道には雪や風を避ける為のような木が植わっていて、みたいなこともすぐに出てくるわけ。
──日本人には難しいことですね。
飯島:我々があの作品を読みながら訳注なんかに書いてあるものを参考にしても、イメージが曖昧なわけですよ。でもロシアの現地の人ならもっと具体的なイメージを持てる。そういう話を別のところでちらっと聞いたんです。それから『話の話』などで有名なロシアのアニメーション作家、ユーリ・ノルシュテインと知り合う機会があって、この『中二階のある家』のマイ・ミトゥーリチの挿絵が素晴らしいという話をしたんです。
──ノルシュテインですか。
飯島:彼も元々絵が上手いわけですよ。ロシアは英才教育というか、絵の上手いやつは絵の上手いやつで集められて子どもの時から教育を受けているので、そういう友達が沢山いるんですね。以前の社会主義体制の時には「絵描き」と認定されると生活費と家とが保障されていたわけですよ。ところがペレストロイカで、「絵描き」という称号だけは残っても、お金はもらえないわ仕事はないわ、自分で仕事を作らなければならない状況になったんです。絵を描いたら売らなきゃいけないのに、画商も何もあるわけじゃない。体制が狂ってしまったんですよ。
──そんなことになっていたんですか。
飯島:だから才能のある人はいっぱいいるし、才能があるのに仕事がない人もいっぱいいる、とノルシュテインが言うんです。それなら逆に、その絵描きさんたちに自分だったらチェーホフのどの作品に絵を付けてみたいか、チェーホフの短篇だったらどれも素晴らしいから、何でもいいから選んでくれ、という風にシリーズ化していったんです。
──すごい。素晴らしい話ですね。
飯島:必要最低限の生活必需品は安いらしいんだけど、一冊やるだけでロシアの一般家庭の年収くらいになるそうなんです。だから他の絵描きさんたちもやりたいって言うようになって、しかもものも良い。それであの「チェーホフ・コレクション」が十何冊かのシリーズになり得たんです。みんな一生懸命絵を書くから、こっちも一生懸命本を作っているんです。
──感動してしまいました。
飯島:他に優勝予想を挙げるとすれば、そうだな、ポーランドは中東欧でヨーロッパに近いし、いい作家が多い国だよね。うちから『ポーランド文学史』なんかも出してるからポーランドをなんとか推したいね。このチェスワフ・ミウォシュという人は、普通じゃ有り得ないんだけど、ポーランド文学の通史を一人でやってしまったんですよ。普通は近世とか現代とかで研究者が全然違うじゃないですか。ところがアメリカの学生にポーランド文学を教えている時に仕方がなくて、古代から現代まで一人でやってしまった。
──すごい。でも今回入っているのはゴンブローヴィッチ、シュルツ、レムだけなんです。
飯島:少ないですね。レムはある程度売れるかもしれないけれど、トップは難しいだろうね。
──それはそうでしょうね(笑)。
飯島:でも予想が当たらなくてもいいんだよね。そしたらレムの『虚数』。こんな本が一番売れたりしたらちょっと面白いね。
──ありがとうございます。では最後にフェアに来て下さるお客様にメッセージをお願いします。
飯島:我々も至らずながら一生懸命、本を作って紹介しております。聞いたことがないからといって手に取らないというのではなく、色々な本を手にとって、あれも面白そう、これも面白そうと思っていっぱい持って帰ってもらいたいと思います。

注1:リン・ロス監督による映画『The Little Traitor』を指す。アメリカの公式サイトはこちら

(2010年3月9日、未知谷さんの社屋にて)
(インタビュー・記事:蜷川・木村)

■飯島さんの優勝予想

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スタニスワフ・レム著
長谷見一雄・沼野充義・西成彦訳
『虚数』
国書刊行会「文学の冒険」シリーズ
1998年刊。


参加枠:「異物との遭遇ポーランド」

→bookwebで購入


飯島さん、どうもありがとうございました。飯島さんの語る言葉から滲み出る深い教養に圧倒されてしまいましたが、大変楽しい時間を過ごすことができました。未知谷さんの刊行物や新刊情報はこちらでご確認下さい。
今後もますます目が離せません。

2010年03月16日

『バレエ・メカニック』津原泰水(早川書房)

バレエ・メカニック →bookwebで購入

「日本の正統派幻想耽美小説にしてハードSF小説」

 ここ最近、津原泰水の青春ものの文庫化が相次ぎ、つい『ペニス』とか『妖都』のような耽美怪奇を忘れてしまっていた。本当にごめんなさい。『バレエ・メカニック』を読んではっきりと悟った。やっぱり彼の書く日本語は素晴らしいと。津原泰水はぼくの最も好みな作家の一人であり、生きている日本人作家ではベスト3に入る。今回は日本代表で戦ってもらいます。

 物語は『妖都』の不安感と『ペニス』の退廃を香り高く仕立て上げた幻視的な物語である。と言っても伝わらないだろうから、あらましを少し。

 娘の理沙が水難事故で植物状態になってしまい、それ以降自分の人生を投げ捨ててしまっている造形家の木根原。芸術的作品を作ることもなく、お金になるものばかり作り、理沙の延命の費用に充てている。ある日のこと、東京がおかしなことに見舞われる。海もないのに津波が来たり、龍が飛んだり、でかい蜘蛛が街を闊歩したり。それがどうやら理沙の脳みそでの出来事らしい。理沙の脳みそと東京がどこかで繋がっていて、東京が理沙の脳みそになっている。

 第一章はこんな感じです。「君」という二人称で語られている。木根原とトキオのブラジャー問答とラブシーンも忘れてはいけない。第二章では理沙の主治医・龍神が主人公となり、東京での「理沙パニック」を経て、騒動も治まったあとの出来事を描いている。「理沙パニック」の謎をミステリ感覚ですいすい追っていく。そして、第三章では世界観が変貌している。ここらへんでなぜ第一章が二人称になっているのかわかってくると、感動してしまう。SFをあまり読んでないぼくは、第三章は前に戻って確認しながら読み進めていった。

 この小説の一番の愉楽は東京での「理沙パニック」だ。東京の幻想風景が美しかった。ぼくの家の近所を馬車が闊歩する。そしてその馬車が都庁の外壁を進んでいき、その後新宿公園から一帯を見回すシーンはたまらない。

龍神の言葉どおり、馬車は都庁舎の大理石風カーテンウォールと硝子が組み合わさった壁面を進んでいた。実際はそうではあるまいに壁材と硝子は平坦に合わさっている。路面と化した壁面を先へ先へと眺めていくと、そのまま遠方にある都庁の先端まで連続していた。(60ページ)
都庁や他の高層ビル群が、<現実>とは懸け離れた壮麗さに、多彩さに、奇怪な歪曲に満ちた、あたかも山脈状を呈しているのを確かめ、安堵する。(71ページ)

 ここだけでも買う価値があると思う。そもそも明治時代でもないのに、馬車で東京を移動するという発想自体が素敵ではないか。

 第三章になると、世界観が変わっているし、よくわからないところもあったけれど、要は現実を前にするとこれだけ人間は無力なのかと。うなだれてしまうが、反転、感動してしまった。はじめにも書いたが『ペニス』の退廃が翻って香気を漂わせているような印象だった。現実に幻想が入り込み、夢が現実を喰う。物語は錯綜するけれど、津原が描く世界のイメージを気持ち良く堪能できる。文章のうまさがなせるわざである。情緒と香りある美文は、日本文学の名文家の系譜ではないかと思った。

 この小説はハードSFと呼ばれる分類ではあるが、そのような文脈だけで読むのはもったいない。この作家は谷崎潤一郎や三島由紀夫、泉鏡花などの流麗美文を得意とする日本の耽美で幻想的な純文学作家の系譜にあると思う。幻想的東京の美しさは谷崎や鏡花の小説を彷彿とさせる。この小説ではないが輪廻転生と恋愛をからませた『赤い竪琴』は三島の『豊饒の海』を思わせるし、流麗で端正な文体も三島のそれの影響を窺わせる。先に引用した文章は、現実にぼくらが見たわけでもないのに的確だと思ってしまう文章の力を感じる。形容の美しさと日本語の選び方は読んでいて思わず背筋が正される。木根原とトキオのラブシーンはねっとりとしつこく嗚咽が出るほど耽美で、これも三島や谷崎、鏡花の描き方の系譜じゃないかと思った。つまり、匂ってくるのだ。言葉が香りを持つという比喩がこの四人にはぴったりだと思う。エロならエロい香り、グロならグロい香りがする。

 SFというくくりは難しい。ぼくは文学は元来SF的であると思っていて、未来を何かしら予見していないとおもしろくない。今起こっていることを描いても仕方がない。それを知りたいならニュースを読めば良い。現在の出来事を追っていても古びてしまわない未来的な何か、普遍性が必要だと思う。だから、文学は未来をはっきりと描かなければならないとまではいかないが、何かしら匂わせていないといけないと思う。絲山秋子がニートという言葉が生まれる前にニートを描いたように。実は文学は実用書よりもより未来に有効な何かが詰まっているSF的な小説と言っても大きな齟齬はない(はず)。津原さんはこの小説で未来のことを描いている。これを掬ってどう活用するかは読者次第だ。


(紀伊國屋書店ピクウィック・クラブ 榎本周平)


■ワールド文学カップ参戦中!
  『バレエ・メカニック』と合わせて読みたい本■

・泉鏡花『草迷宮』岩波文庫
手鞠唄を説明するくだりは思わずため息がでるほどの形容詞の嵐。
・フィリップ・K・ディック『ヴァリス』創元SF文庫
狂った哲学的迷路SF小説。何が現実で何が妄想か。

■ワールド文学カップ不参加!
  それでも合わせて読んで欲しい本■

・谷崎潤一郎『少将滋幹の母』中公文庫
理沙自身の描写が少ないのに中心に置かれてまわりが騒いでいるのと同様に、母の描写が少ないのに母が中心に置かれてまわりが狂喜乱舞するという大谷崎翁円熟期の母を恋ふる作品。
・三島由紀夫『豊饒の海』四部作、新潮文庫(リンクは第一巻『春の雪』)
津原泰水の現実侵食幻想世界に対するは『暁の寺』の観念美とエロスである。合わせて読むとおもしろいと思う。で、そのあと津原の『赤い竪琴』を。


→『バレエ・メカニック』をbookwebで購入

2010年03月15日

ブックレット掲載:第二回

ブックレット配信、第二回です。
概要に関しては、
第一回の記載に詳しく書いてあります。

今回の掲載でヨーロッパは終わり、
そこにアジアの国々が続きます。
最終ページのインドはその先頭です。
他のアジア諸国の顔ぶれは次回をご期待下さい。


◎PDFを開く◎


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■ピクウィック・クラブ木村のベストイレブン

FW:サーテグ・ヘダーヤト『生埋め』
FW:中井英夫『とらんぷ譚』
FW:ダフネ・デュ・モーリア『鳥』
MF:フラナリー・オコナー『賢い血』
MF:レイナルド・アレナス『めくるめく世界』
MF:澁澤龍彦『高丘親王航海記』
MF:桐野夏生『グロテスク』
DF:イアン・マキューアン『贖罪』
DF:谷崎潤一郎『鍵』
DF:ガブリエル・ガルシア=マルケス『百年の孤独』
GK:サルマン・ラシュディ『真夜中の子供たち』

控えMF:ガッサーン・カナファーニー『ハイファに戻って/太陽の男たち』
控えGK:ロラン・トポール『幻の下宿人』

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「レギュラーは自分の好きな作家から一人一作品で選抜。おもしろい作品というよりも、読んで衝撃を受けた作品たち」(木村)

2010年03月14日

『世界の果てのビートルズ』ミカエル・ニエミ(新潮社)

世界の果てのビートルズ →bookwebで購入

「ターンテーブルで踊るほろ苦い青春」

 今大会、スウェーデンから唯一出場しているのがミカエル・ニエミ。そもそも、スウェーデンという名前はよく聞くけれど、実際にはどんな国なのかあまり分からないのではないだろうか。洗練されたデザインと充実した福祉制度、そんな程度だと思う。なにより僕がそうだ。スウェーデン作家の本は書店に並んでいたとしても、なかなか手に取られることは難しい。そんな初めの印象を打ち壊すのが、日本での彼のデビュー作となった『世界の果てのビートルズ』だ。

 ビートルズという慣れ親しんでいる言葉がタイトルにあるために、特にビートルズ好きにはスウェーデンがぐんと近づく。しかし、本を開いて読み進めて行くと「あれ?」と思う。その内容はどろりとしていて薄暗く、初めに持っていたスウェーデンのイメージはそのどろりとしたものに飲み込まれてしまう。「あれ、僕の洗練されたストックホルムは?」と、作り出したイメージが小説のイメージに負けてしまうのだ。
 
 舞台となっている場所はスウェーデンの北の外れ、「笑えるほど最果ての村」。村は閉鎖的でケンカが絶えず、娯楽といえば密造酒とサウナくらい。主人公であるマッティの小さな家の姉の部屋で初めて聴いた「ロックンロール・ミュージック」の描写は、音楽を見事に文章で表現している。ギターが鳴りスポットライトが当たり、その衝撃をエネルギーにしてこの物語は疾走していく。

 最初に感じたどろりとした不快感も彼らの無邪気さで微笑ましいものになり、バカバカしい暮らしが懐かしいものへと変わる。それは僕の幼かった青春時代と重なり、羨ましくさえ思う。そうすると「ロックンロール・ミュージック」に乗って、世界の中心はパリでもなく、ロンドンでもなく、ニューヨークでもなく、この世界の果ての村となる。

 また、ここではあり得ないような幻想も起こる。それは「荒々しい自然との濃密な交流から生じる感覚をありのままに描いたものであり、その感覚は祖先から受け継いだもののひとつ」だ。この現実と幻想を行ったり来たりするのも、音楽のリズムに乗って揺れているようで心地が良い。

 ミカエル・ニエミの著作は日本ではまだこの一冊のみであり、彼は今僕がもっとも次回作を期待している作家のひとりである。そして、スウェーデンが世界の強豪を相手にどれだけ善戦するかも楽しみである。

“To me that is a modern rock and roll music”
ほら、「ロックンロール・ミュージック」がギターの爆音と共に聴こえてきた。


(紀伊國屋書店ピクウィック・クラブ 田川智史)


■ワールド文学カップ参戦中!
  『世界の果てのビートルズ』と合わせて読みたい本■

・藤沢周『ブエノスアイレス午前零時』河出文庫
日本の辺境、といってもこちらはひなびた温泉宿。
距離ではなく、心境が作り出した辺境の話。
・タブッキ『インド夜想曲』白水uブックス
音楽が鳴るわけではない。出来事は曖昧。
だけど、物語を通じて確かに音が聴こえてくる。


→『世界の果てのビートルズ』をbookwebで購入

2010年03月13日

ブックレット掲載:第一回

(ごく一部で)ご要望の多かった、
ブックレットの内容を公表致します。

PDF形式で掲載するので、
4月に新宿まで来られそうもない方や
ラインナップが気になって夜も眠れない方は
こちらをご覧下さい。

文庫サイズに製本された版は、
紀伊國屋書店新宿本店2階中央催事場にて、
フェア開始の4月1日から無料配布致します。
数量が限られている為、
お求めの際はお早めにお越し下さい。

元のデータが大変重たいため、
数回に分けて掲載していきます。
第一弾は表紙から、
「ワールド文学カップ」の
頭から三分の一ほどです。


◎PDFを開く◎


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■ピクウィック・クラブ蜷川のベストイレブン

FW:ジョルジュ・バタイユ『空の青み』
MF:イタロ・カルヴィーノ『冬の夜ひとりの旅人が』
MF:G・K・チェスタトン『木曜日だった男』
MF:エーリヒ・ケストナー『飛ぶ教室』
MF:ルイ=フェルディナン・セリーヌ『夜の果てへの旅』
MF:アントン・チェーホフ『かわいい女・犬を連れた奥さん』
DF:ジュール・ヴェルヌ『八十日間世界一周』
DF:ミラン・クンデラ『存在の耐えられない軽さ』
DF:ルイス・キャロル『スナーク狩り』
DF:ウラジーミル・ナボコフ『ディフェンス』
GK:レーモン・ルーセル『ロクス・ソルス』

控えFW:レーモン・クノー『イカロスの飛行』
控えDF:サミュエル・ベケット『ゴドーを待ちながら』

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「控えを除いて、今回のフェアに参加している選手だけを選んでみました」(蜷川)

2010年03月10日

解説者による戦力分析:新刊JP山田さん

%E5%B1%B1%E7%94%B0%E3%81%95%E3%82%93.jpg「解説者による戦力分析」の記念すべき第一回は、前回フェア「対決! 共鳴し合う作家たち」の頃からお世話になっている新刊JP編集部の山田さんにお越し頂きました。山田さん、よろしくお願い致します。

──まず、先日ようやく完成したブックレットをお渡しさせて頂きます。
山田:ありがとうございます。おお。こういうものをただで頂いても宜しいのでしょうか。
──大丈夫です。無料配布するものなので。
山田:販売できるクオリティだと思います。凄いですね。完成前のPDFを見せて頂いた時に思ったんですけど、マニアックかと思いきや、抑えるところは抑えてるんですよね。…何だこれ、「クマに注意」って書いてありますね。
──それは『クルイロフ寓話集』ですね。ではそろそろインタビューに移らせて頂いてよろしいでしょうか。まず、今回僕たちが「ワールド文学カップ」というフェアを企画していると聞いた時、どんなものが出てくると思いましたか?
山田:前回は文学フェアとしてわりとすんなり納得出来たんですよ。だけど、今回は規模が大きくなりすぎていて、すごいな、と思いまして。
──入れている冊数とかに関しては前回とあまり変わらないんですよ。前回より100冊位多いだけで。
山田:前回は「対決」と銘打っていたけれど、別に対決はしていなかったじゃないですか。でも今回は国ごとに売り上げを比べるということで、企画としてはよりクリアになったなという感じはしましたね。
──もうそんなことまでご存じなんですか?
山田:座談会を読ませて頂きました。わかりやすい企画になったんじゃないかな、と思います。
──ただ、当然ながらこのわかりやすさには罠があって、国の選択が恣意的というか、我々の思想に則ったものなので、一筋縄ではいかないラインナップにしたつもりです。じゃあブックレットを初めてご覧になった時、どんなことを思われましたか?
山田:そうですね、完成前のPDFを送ってもらった時は、スクロールしてもスクロールしても終わらないなと(笑)。これ本になったらどれくらいの厚さになるんだろうなと、ちょっと楽しみではありましたね。
──なるほど。内容に関してはどうですか?
山田:内容は、そうですね。さっきも言ったように全然マニアックじゃないというか。抑えるべきところはちゃんと抑えているので、これから本とか読んでみようかなという人には、これは参考書になるのでは、という風に感じました。
──ありがとうございます。フェアのタイトルを聞いた時はマニアックだという印象を受けたんですか?
山田:僕自身が思ったというよりも、職場の人たちにこのフェアの主旨を僕が説明した時に、「またマニアックなことやってるな」と言っていたので。僕はそうじゃありません、って主張していたんですが。
──マニアックな側面を残しつつ、間口はかなり広げたつもりです。
山田:はい。マニアックなだけじゃないな、と感じました。
──このタイトルだと外国文学のイメージが先に来て、マニアックな印象を受けやすいのかもしれませんね。外国文学そのものがマニアックになりつつある風潮の中では。
山田:本について詳しい方って沢山いらっしゃるんでしょうけど、そういう人の誰でも、ここに載っている本はある程度選ばれたのでは、と感じると思います。あと、地図とか載っててワクワクします(笑)。
──嬉しいですね。
山田:次回は僕も選者に入れて欲しいです、個人的な欲求として。休日でも行きます。
──こちらこそお願いします。梅崎さんとタッグを組んで日本文学を紹介して欲しいです。ところでこの日本文学の選書はどうですか?
山田:そうですね、「Road to 2014 現代日本」は秀逸だと思いました。ちゃんと青木淳悟が入ってますし。
──そこ?(笑)
山田:いや、やっぱり実力ある人は入れないとなって。
──「日本文学代表選抜会」はどうですか、日本文学の156冊は? ちなみに山田さんの大好きな大江健三郎はですね…。
山田:『性的人間』が入ってましたよ! 必死に推しましたので(注1)
──選書会議の時から推して下さってましたね。
山田:『性的人間』は僕、目が覚めましたからね。「ああ、二十何年間寝てたんだな」と(笑)。日本文学の方は全体を通して見ても、選び方に嫌味なところもないし、興味をそそりますよ。これ読んでみようっていう。
──座談会でも言ったことですが、ここが入口なんです。「ワールド文学カップ」と銘打ったものの、実際のフェア会場で最初に目に入るところには、この日本文学が並びますから。
山田:入口としてはすごいですね。
──ちょっと重すぎですよね(笑)。
山田:いや重いけど、このブックレットを持っていたら「次は何を読んでみよう」って見ることができますので。
──山田さんは前回フェアのブックレットを常に持ち歩いて下さってますからね。今度からはこっちに変えて下さい。
山田:いや、両方持ちますよ。皆さんすごい知識を持っていらっしゃるし、ともすると、そういう知識をひけらかすようなブックレットにもなりやすいかと思うんですけど、そういうのがないから、ブックレットとして誠実だと思いますよ。
──嬉しいですね。褒められに来たような気分です(笑)。
山田:僕がピクウィック・クラブをけなすはずがないじゃないですか。一員だと思ってますからね。
──ありがとうございます。実はわかっていて呼んでいます(笑)。ではこのあたりで、「ワールド文学カップ」の気になる国をお伺いしてもよろしいですか?
山田:そうですね、旅行で行ったこともあるので、気になるのはインドですかね。そういえば『真夜中の子どもたち』を買ったばかりです。
──古本屋で売っていたんですか?
山田:すぐに欲しかったので、インターネットで買いました。上巻だけ。
──下巻を見つけるのは大変そうですね。
山田:僕にとってインドの入口はラシュディなんですよ。エイモス・チュツオーラの『やし酒飲み』を読んでからアフリカ・インド熱が高まっていて、これから読んでいきたいと思っているんです。
──ラシュディが手に入らないのは本当に残念なことですね。
山田:ナイジェリアのベン・オクリも気になっていて。彼は「チュツオーラの後継者」的な扱いをされているんです。
──チュツオーラの後継者(笑)。
山田:彼の『見えざる神々の島』とクッツェーの『エリザベス・コステロ』と、さっき言ったラシュディを一緒に購入したんですよ。ところで、クラブメンバーを除いて外部でポップを書いた人って、僕以外にもいらっしゃるんですか?(注2)
──いないですね。ピクウィック・クラブ以外では新宿本店の2階と6階と7階の人が書いてくれましたが、社外の人は山田さんだけです。
山田:おお、光栄ですね。
──ではそろそろ優勝予想をお願いします。
山田:一人で買いまくって優勝させてしまいたいのは、さっきも挙げたインドです。
──アラヴィンド・アディガなんかがどう食い込んでくるのか気になりますよね。ブッカー賞作家ですし。
山田:でも実際に行ったら結局まんべんなく買っちゃうと思います…。
──是非、貯金しておいて下さい(笑)。
山田:やっぱりインドが気になりますね。買うと思います。優勝を予想するとなるとまた別の国になると思いますけど。
──優勝予想だと、どこになりますか?
山田:え、真面目に答えていいんですか?
──真面目に答えて下さい。いや、ふざけてもいいです(笑)。
山田:フェアにどんな方が来るのかなって考えた時に、フランス文学ってこれから文学を読み始めようっていう人たちには気になるところなんじゃないかな、と。だからフランスが優勝すると思います。
──フランスは四つあるんですが、どのフランスですか?
山田:これは別チームと考えていいんですね。それだったら「悪女の巣窟フランス」ですね。
──「悪女」は相当堅いですからね。古典だけで集めましたし。ピエール・ルイスだけちょっと違うけれど。
山田:「悪女」は何というか、「悪女」っていなくなっちゃいましたからね。もはや本の中にしか存在しないということで希少価値があるかと。僕は常に悪女を探していますからね(笑)。
──でも、『赤と黒』や『ボヴァリー夫人』など厚めな本も多いところなので、難しいかもしれません。
山田:いや、優勝国は「悪女の巣窟フランス」ですよ。
──ありがとうございます(笑)。じゃあちょっと話題を変えて、山田さんのベストイレブンを教えてください。フェアに入っていないものでも構いません。
山田:ベストイレブンですか。
──作家でも作品でも良いです。
山田:ポジションとかはあるんですか?
──勿論です。まずゴールキーパーは?
山田:キーパーは、定番ですけれど堅いところで『百年の孤独』かな。
──おお。ではセンターバックは? たまに攻め上がりますよ。
山田:じゃあ、これも堅いところで『万延元年のフットボール』です。
──センターバックは二人欲しいですね。もう一人、『万延元年のフットボール』とコンビを組むのは?
山田:コンビを組める相手? 難しいな。あれかな、『人間そっくり』。
──安部公房ですね。ひどいチームだ(笑)。じゃあサイドバックはどうですか? 上手いセンタリングをあげるような。
山田:何だろうな。あ、あれです。『風の歌を聴け』。
──あ、サイドバックっぽいですね。「風」とか入ってるし、足が速そう。
山田:あれを読むと次の読書に繋がるんですよね。
──確かに。素晴らしいですね。逆サイドは?
山田:逆サイドは、あれで。あの、フォークナーなんですけど、タイトルなんでしたっけ?
──『アブサロム、アブサロム!』? 『響きと怒り』? 『サンクチュアリ』?
山田:あ、『サンクチュアリ』。
──あれいいですよね。僕が初めて読んだフォークナーは『サンクチュアリ』でした。じゃあボランチは?
山田:ボランチって中盤の守備的なポジションですよね? そうだな。ああ、なんだろう。あれです。『予告された殺人の記録』です。
──ボランチっぽい。
山田:どこにでも広がる感が。
──面白いです。じゃあ右サイドハーフは?
山田:じゃあ、あれを入れましょう。青木淳悟の処女作『四十日と四十夜のメルヘン』。
──続いて左サイドハーフは?
山田:ベタなんですけど、『コインロッカー・ベイビーズ』。実はこれ、結構好きなんですよ。村上龍は愛情の裏返し的に嫌ってるんです。
──今のお前は何だ、と。『希望の国のエクソダス』あたりから変わりましたよね。
山田:そう。小説書けよって。経済にとりつかれた。
──じゃあいよいよトップ下は?
山田:これはわりと選び易くて、『文体練習』。
──おお、クノーがここに入りましたか。攻めすぎですね。じゃあ2トップいきましょう。
山田:あれいきましょうか。あれを入れないのは気が引けるんで。『スローラーナー』を。
──ちょっと破壊力ありすぎですね。「ピンチョン=サリンジャー説」が本当なら、もう小説出ないかもしれないですね。
山田:あれって都市伝説じゃないんですか?(笑)
──では最後のフォワードは? 
山田:奇抜なのがいいな。なんだろうな。これ入れたいんだよな。チュツオーラ氏(笑)。
──『やし酒飲み』ね。これ、超面白いですよね。
山田:いや、本当に超面白いですよね。
──じゃあ最後の枠は『やし酒飲み』ですね。これで11人。
山田:河出書房版の世界文学全集でこれと一緒に入ってる『アフリカの日々』もかなり面白かったですよ。
──イサク・ディーネセンですね。
山田:主人公が欧米からアフリカに入植しているんですけど、使用人として使っていたカマンテっていう現地の少年が好きなんですよ。
──ディーネセンはヘミングウェイが晩年に回想するくらいの人なのに、何だか若いイメージがありますよね。
山田:写真を見ると結構美人なんですよ。
──池澤夏樹編集で読むのも楽しいですよね。チュツオーラに話を戻すと、先日もう絶版になっている『妖怪の森の中の狩人』を読んでいたんですが、こちらはあまり面白くなかったですよ。訳がしっかりしすぎていて。
山田:『やし酒飲み』の訳はあえて、ですます調と言い切り型を混ぜた訳になってたりしてるんですよね。あれは元々の英語がそういう英語で書かれているから、わざとそういう訳にしているんです。
──逆に『妖怪の森の中の狩人』はちょっと完成され過ぎている感じがあって。言語が達者になって逆に面白さがが薄れることってありますよね。アゴタ・クリストフとかも同じで、フランス語を全然使えない内に書いた『悪童日記』は素晴らしいけど、『ふたりの証拠』とかになってくると難しい語彙なんかも扱えるようになってきて、内容的に薄くなってる気がします。
山田:これは訳した人の功績が大きいですよね。
──さぁ、これでベストイレブンが出揃いましたよ。
山田:ガルシア=マルケスが二冊入っているんですけど大丈夫ですか?
──大丈夫です。このチーム、堅いですね。『百年の孤独』がキーパーだなんて、何も通らないですよ。
山田:あ、でも控えのキーパーで、『ドン・キホーテ』を入れたい。
──『ドン・キホーテ』を控えさせるなんて贅沢ですね。じゃあついでに、控えフォワードは?
山田:なんだろう、『性的人間』(笑)。あ、『性的人間』の中の「セブンティーン」。
──絞りますね(笑)。
山田:あんなに暴力的かつ攻撃的な作品は他にないですから。
──これに勝てるチームなんてあるのかな。では、最後にこのフェアに来てくれるお客さんにメッセージをお願いします。
山田:ちゃんと基本的なところを抑えつつ、各方面に触手を伸ばしている選書なので、是非来て頂きたいです。実は、自分の好きな本とかってあまり人に知られたくないのですが、この企画ならおもしろいから是非って思いました。本当に読まれるのが惜しいような本も多いんですが、是非一度見に来て下さい。

注1:山田さんは企画段階での選書会議にも参加して下さいました。
注2:今回のブルガリア代表エリアス・カネッティの『眩暈』は、山田さんがポップを担当して下さいました。


■山田さんが選ぶベストイレブン

FW:エイモス・チュツオーラ『やし酒飲み』
FW:トマス・ピンチョン『スロー・ラーナー』
MF:レーモン・クノー『文体練習』
MF:村上龍『コインロッカー・ベイビーズ』
MF:青木淳悟『四十日と四十夜のメルヘン』
MF:ガブリエル・ガルシア=マルケス『予告された殺人の記録』
DF:ウィリアム・フォークナー『サンクチュアリ』
DF:村上春樹『風の歌を聴け』
DF:安部公房『人間そっくり』
DF:大江健三郎『万延元年のフットボール』
GK:ガブリエル・ガルシア=マルケス『百年の孤独』

控えFW:大江健三郎「セブンティーン」『性的人間』
控えGK:ミゲル・デ・セルバンテス『ドン・キホーテ』

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(2010年3月5日、新宿の喫茶店にて)
(インタビュー・記事:蜷川・木村)

山田さん、どうもありがとうございました。ピクウィック・クラブは山田さんの編集しているWEBページ、「新刊JP」上の「ブクナビ」にて、毎月書籍を紹介させて頂いています。山田さんが日夜更新している公式ブログ「考える前にクビを突っ込め!」も、出版業界に興味のある方にはこの上なく面白い内容です。ピクウィック・クラブのことも取り上げて下さいましたので、是非合わせてご覧下さい。

2010年03月08日

『ハルーンとお話の海』サルマン・ラシュディ(国書刊行会)

ハルーンとお話の海 →bookwebで購入

「物語る力を解放せよ!」

 今回取り上げる選手はインド代表の『ハルーンとお話の海』。著者は二十世紀を騒がせた本として有名な『悪魔の詩』を書いたサルマン・ラシュディである。外国文学を多少なりとも好きな人は知っていると思うが、『悪魔の詩』の内容をめぐって、ホメイニ師から死刑判決を下され、パキスタンだけでも六人の死者を出し、日本でも翻訳者が殺されてしまう等の国際的な事件を巻き起こした作家だ。もしかしたら“『悪魔の詩』の作者”という印象が先行し、名前は知っていてもなかなか著作を読んだ事がある人は少ないかもしれない。確かに『悪魔の詩』や『恥』はイスラム社会を強烈に風刺した作品とも読めるが、それはほんの一面にしか過ぎず、彼の書く小説の最大の特長はその作品の持つ「物語性」だと言っても良い。『恥』や代表作でもある『真夜中の子供たち』は特にそれが顕著に出ている(但し両作品とも既に絶版本であり、古書店でもなかなか見かけることが無いため、見つけたら買っておく事をお勧めする)。

 そしてその「物語性」を前面に強く押し出した作品が、この『ハルーンとお話の海』だ。王国一の語り部である父カーリファが、ある日突然その力を失ってしまう。ハルーンはお話の力を司る「オハナシー」の月へ、水の精モシモと旅立つ。一方オハナシーではシタキリ団の教祖イッカンノオワリが闇の世界を支配し、「お話の海」を死滅させようと企んでいた。

 これはあらすじであり、読めば分かるとおり内容は完全にファンタジーである。詳しくは書かないが、多くの変な生きものが登場したり、ふしぎな話が挟み込まれたり、アクションがあったりと、いわゆる「ファンタジー小説」と括られる小説群に属するような出来事が満載の、読んでいて楽しい小説だ。もちろんこの小説は深く考えず、ただただ楽しく読んでも構わない。子供に読み聞かせるもよし、家で一人、童心に戻って読み耽るもよし、自由に楽しんで欲しい。

 だが、せっかくならここでふと立ち止まって考えてもらいたい。カーリファはラシュディのことなのではないかと。『悪魔の詩』等の作品により「物語る」事を禁止されたラシュディはまさにカーリファ同様だ。言葉がどれほど偉大なものなのか、「物語れる」ことがどれほど素晴らしいことなのか。ファンタジーという仮面の裏に隠された顔は、書く事を批判されようとも死刑判決をされようとも、それでも「物語る」意義を問う為に闘い続ける作家の顔と映る。

 先述したように、日本ではラシュディの著作はほとんど絶版になってしまっている。言葉の力を大事にする彼の想いを考えると、これはとても悲しいことである。


(紀伊國屋書店ピクウィック・クラブ 木村洋志)


■ワールド文学カップ参戦中!
  『ハルーンとお話の海』と合わせて読みたい本■

・エンデ『モモ』岩波少年文庫
ラシュディが「言葉」なら、こっちは「時間」をテーマにしたファンタジー。


→『ハルーンとお話の海』をbookwebで購入

2010年03月06日

ブックレット完成!

おや?

おやおやおや?

あ!

ワールド文学カップのブックレットだ!!

おおー。

取り上げる650点の文学全点の推薦コメントを掲載した、
数量限定ブックレットが完成致しました。
全部でなんと64ページ!
4月1日よりフェア会場にて無料配布致します。
ご期待下さい。

2010年03月05日

『昼が夜に負うもの』ヤスミナ・カドラ(早川書房)

昼が夜に負うもの →bookwebで購入

「とうとう書かれたアルジェリアの物語」

今回採り上げるのはアルジェリア代表として参戦したヤスミナ・カドラ。アルジェリアの文学を誰かに代表させようとすると、どんな作家であれどうしてもカミュより先に名前を挙げることはできなくなってしまうが、ヤスミナ・カドラはそんな括りに収めてしまうのが馬鹿らしく思えるほど国境を超越した小説を書く作家である。具体的には「三部作」として語られることの多い『カブールの燕たち』、『テロル』、『バグダッドのサイレン』は、タイトルから連想できるものもあるが、それぞれアフガニスタン、イスラエル、イラクを舞台としており、今大会の選書の際にも彼の作品は各国に分散することとなった(残念ながら三作目は未邦訳)。この作品群を眺めていると、イスラム圏の国々が陥っている狂気を世界に知らしめた作家、という感がどうしても強くなる。しかし、彼はどうして自分の出身国のことを描かないのだろう。誰もがそう思い始めた時に刊行されたのが、この『昼が夜に負うもの』だった。

「とうとう書かれたアルジェリアの物語」という言葉は、ここまで述べた彼の沈黙にも当てはまるが、それよりもむしろその内容にこそ相応しいものだ。物語は1930年代に始まり、最後に現れる年号はこの小説が執筆された2008年である。この80年間に、一体彼の地でどんなことが起きていたのか、我々はこれまで知る術を持たなかったのではないか。

主人公のユネスは没落した地主の家庭に生まれた。父の耕す先祖代々から伝わる畑が唯一の収入源であった貧しい暮らしのなかで、ある日この畑が何ものかに焼き払われてしまう。スラム街に移ることを余儀なくされた両親はユネスの教育を案じ、彼をヨーロッパ系の人びとのなかで生活を営む伯父の元へ里子に出す。イスラムの名前であるユネスはフランス風のジョナスへと変えられ、それでも新しい生活に適用した彼は、やがて成長が進むにつれてヨーロッパ系の同級生たちと生涯の友情を結ぶようになる。

そんななか1954年に勃発したのがアルジェリア独立戦争である。この「戦争」は教科書に載っている戦争とは全く趣の異なるものだった。この特異性は、フランスが1999年になるまでこれが「戦争」であったことを認めなかったことからも見て取れるのではないか。教科書風に簡単に図式化すれば、イスラム系の人びとを含む先住民たちがヨーロッパ系の入植者を追放した出来事、と書くことができる。だが、実際にはユネスのようにイスラム系の出自でありながらヨーロッパ系の人びととの交歓を愛する者が沢山いて、曾祖父の生まれた家で今も暮らしながら「異邦人」と呼ばれたヨーロッパ系の人びとが沢山いたのである。その時、誰もが選択を迫られ、安易に図式化された運命に翻弄されていたのだ。

まだ古くなってはいない悲劇を語るということの困難を考えると、この小説が一つの偉業として映ることは疑いようがない。ヤスミナ・カドラは決してジャーナリスティックになることなく、それをやってのけたのである。何も小難しい議論を持ち込まずに読んだとしても主人公たちの恋心に惹かれ、彼らの真摯な友情は我々の胸を打つだろう。そして、涙と血を羊水代わりにして生まれた悲劇がそこに加わり、それらが集まって長篇小説ならではの圧倒的な読後感をもたらしてくれる。読み終えてしばらくは、立ち上がることもできない。

現代だからこそ語ることのできるものがあり、今だからこそ語られなければならないことがある。ヨーロッパとアフリカの狭間にあるアルジェリアという土地には、2008年になって初めて語ることのできるものがあったのだ。これは今後百年読み継がれるべき、新しい古典である。


(紀伊國屋書店ピクウィック・クラブ 蜷川美峻)


■ワールド文学カップ参戦中!
  『昼が夜に負うもの』と合わせて読みたい本■

・カミュ『ペスト』新潮文庫
第一部の舞台は『ペスト』と同じく、アルジェリア第二の都市オラン。この小説には至るところにカミュへのオマージュが溢れている。
・ケストナー『飛ぶ教室』光文社古典新訳文庫
主人公たちの熱い友情に打たれた人は、是非ともこちらを。子どもだけに読ませておくのはあまりにも勿体ない、かつて子どもだった全ての人に薦めたい一冊。


→『昼が夜に負うもの』をbookwebで購入

2010年03月04日

ピクウィック座談会(後編)

後編のテーマとなるのは残る二つのセクション、
「往年の名選手たち」と「日本文学代表選抜会」。
こちらは「ワールド文学カップ」とは異なり、
文庫本に限定してそれぞれ156冊を選び出したセクションです。
その選書にまつわる秘話の数々を、
ピクウィック・クラブの面々が語ります。


蜷川:あと、我々の使命としては、「往年の名選手たち」と「日本文学代表選抜会」について語らないと。「往年」の方はどうですか?
梅崎:「往年」は良い選手が本当にいっぱいいると思う。
蜷川:こっちの方で回収しないと。
梅崎:まず『ドン・キホーテ』がちゃんと入って良かった。
蜷川:『ドン・キホーテ』が入ったのは嬉しいよね、本当に。『ドン・キホーテ』の入っていないフェアなんて。あ、あと『カラマーゾフの兄弟』も全巻入ったから。
梅崎:ね、良かった。
黒澤:これは意識的に年代をばらけさせたんですか?
蜷川:まさか。
梅崎:偶然? 結構バラバラになってるけど。
黒澤:一年につき一作品くらいの間隔できてるから。
蜷川:それは結果的にそうなっただけです。
梅崎:偶然か。
蜷川:確かに、これで何年の代表選手なんてやっても面白かったかも。最後がカズオ・イシグロっていうのも面白い。『オイディプス王』に始まりカズオ・イシグロに終わる。
梅崎:あれ、マキューアンってワールド文学カップの方のどこかの国に入ってなかったっけ?
蜷川:マキューアンは「芸術と頽廃の国オランダ」に入ってて、「ロマンスの宝庫イングランド」にも入ってます。「往年」にも入ってるから、三つの枠に入ってる。
梅崎:三つ。すごいプレイヤーだなあ。
蜷川:彼はオールマイティですから。SFなんかが回収できたのも良かったですよ。いわゆるジャンル小説がなかなか入りづらい選書だったんで、SF・ミステリーが大活躍してるのが嬉しいです。詩集もそうだし。詩もなかなか難しいからね。
梅崎:詩は本当に難しい。入れるのが。
黒澤:1990年代の選書は往年の名選手っていうより、まだまだこれから新人だ、みたいな人もいますね。
蜷川:確かに。まあ、未だ評価の定まらない未来の古典たち、ということですね。
梅崎:お店に実際に来たとき、ここから選ぶのって大変じゃない? 自分がお客さんの立場になって考えると、「ワールド文学カップ」だと国単位で見ていけるけど、「往年」だと年代では見ないだろうから。圧倒される棚って感じがする。
黒澤:そうですね。何で見るんだろう?
蜷川:156冊が無造作に並んでるとね。
黒澤:年代順で並べるんですか?
蜷川:いや、『ドン・キホーテ』並べるくらいしか考えてないです。そのあたりも工夫が必要かもしれないですね。
梅崎:タイトル買いとかでもいいんじゃない。
蜷川:確かに。タイトル買いして欲しいですね。タイトルで買うとしたらどれ買います? 自分がお客さんだったら。
梅崎:なんだろうな。
蜷川:俺、『夜の果てへの旅』(笑)。
梅崎:あ、最高。すごい良いタイトル。
蜷川:『夜の果てへの旅』。本当に買っちゃいけない本を買いそう。
黒澤:タイトル買いか…。
蜷川:『地球の長い午後』なんかも良いですよね。
梅崎:あ、良いタイトル。
蜷川:あと自分で推したものなのであれですけど『閉じた本』。
梅崎:あ、それも良いタイトル。
黒澤:(注1)もあったけど『塵よりよみがえり』も良いですよ。
梅崎:『燃えるスカートの少女』も良いタイトルだな、と思う。
蜷川:ああ、良いですね。選んでもらえたら嬉しいですね。

蜷川:じゃあ日本文学の話をしましょうか。「日本文学代表選抜会」。
梅崎:まず選んだ基準だよね。156人しか選べないという苦しみ。
蜷川:156人しか選べないという苦しみ(笑)。「日本文学代表選抜会」は梅崎さんが中心となって選書をしたセクションです。
梅崎:苦しかったです、156作品。
蜷川:どういう基準で選んだんですか?
梅崎:外せない人はいるよね、絶対に。
蜷川:例えば? まあいくらでもいますけど。
梅崎:漱石はそうだし、安部公房とか...まあ、明治とかね、昭和初期とか、その辺の時代は外せない人が沢山いるじゃないですか。
蜷川:そうですね。
梅崎:その中でもどの作品を選ぶかっていうのがね。
蜷川:うん、悩みどころ。
梅崎:漱石だったら『夢十夜』が入ってるけど、その辺も迷った。
蜷川:こだわりを感じますよ、本当に。檀一雄も。上下巻だけど入ったっていう唯一の。
梅崎:檀一雄は売りたいからね。どうしても。入れたかった。
蜷川:本当に良いラインナップですよね。泉鏡花から伊藤計劃まで入って。
梅崎:でも最近の人はまだ未知数だから。さっきの「現代日本」もそうだけど。しかしかなり純文学寄りだね、このラインナップは。
蜷川:そうですね。飛浩隆とか今回は入らなかった。
梅崎:私の趣味が反映されてしまったような気がして。
蜷川:いや、いいっすよ。統一感があって、素晴らしいですよ。まあ俺が無駄に推してる江國香織も入ってるし。
梅崎:あ、私この中で好きな項目があって。「少年少女」っていう項目が非常に好きで。
蜷川:はいはいはい。「日本文学」の選書では156作品をさらにジャンルに分けて…。
梅崎:ジャンルというか。
蜷川:ジャンルというか、テーマに分類して展開しています。。
梅崎:うん、まあ何だろ、初めて棚を見た人は、本当に迷うでしょ。これだけいっぱいあったら。だから少しでも指針になるような軽い分け方。この分けるというのがまた非常に大変だったわけだけど。
蜷川:うんうん。
梅崎:というか分けられないね。文学は分けられない。分類できない。
蜷川:文学は分類できない。
梅崎:大変だったけど自分自身で見て「少年少女」アツいな、っていうのと、あと「表現」もアツいなって思った。好みの問題だけど。
黒澤:なんかでも今「156冊しか」って仰ってましたけど、これ見てると、日本だけでもう一回やってみたい感じがしますよね。
梅崎:オール日本。
蜷川:オール日本。650冊全部日本で?
黒澤:そう。
梅崎:すごい。
黒澤:結構面白いのが出来そうな気がしてきます。
蜷川:もっと細かく分けて。膨らまし膨らまし。
黒澤:なんか最初目がぱっと「ワールド文学カップ」の方に行きますけど。ちょっと話が逸れちゃいますが。
梅崎:日本がなんとなく地味に見えるんだよなあ。
蜷川:いやいや、見えない見えない(笑)。普通にど派手。
黒澤:これみんな作品凄い絞ってるじゃないですか、それぞれの作家さんで。だからもっと幅広くやっても面白いかな、っていう気が、これ見てるとしますね。
蜷川:そうですね。ところで、これいいな、って思ったのあります? 俺、俵万智とかすごい読みたくなった。
梅崎:短歌とか俳句とか詩歌系が、あまり文庫になってないから、もっと入れたかったけど入れられなかった。
蜷川:俵万智は本当にポップも良くて。
梅崎:あれ俵万智じゃないからね。
蜷川:え? 『三十一文字のパレット』?
梅崎:書いたのは俵万智だけど、ポップに使ってる短歌は俵万智の短歌じゃないから。
蜷川:ほお! なんすかその隠しネタ(笑)
梅崎:読めばわかるから。
蜷川:そうなんだ、すげえ。そんな話があったんだ。
梅崎:結構有名だと思うけどね。
蜷川:田川さんはどうですか? 日本文学のサポート役として頑張って頂いたんで。
田川:そうですね。この中だと、森見登美彦がよく話題になるんで気になりますね。
蜷川:確かに、ほとんど唯一と言っていい。村上春樹、森見登美彦くらいじゃないですか。最近話題になってる作家って。
田川:この森見登美彦がどう食い込んでくるかなって。
蜷川:面白いですね。でも逆にこれで森見登美彦が飛ぶように売れて他のが売れなかったらフェアとしては失敗ですからね。
田川:うーん。
梅崎:あ、売れそうだな、って思ったのどれ? 売りたいな、とか。私、高橋源一郎の『日本文学盛衰史』。売れればいいな、って思ってる。
蜷川:あー、売れそう、ポップ良かったし。俺、梅崎さんのポップ読んでてすげえ感動したのいっぱいあったんだよな。
梅崎:あと『プクプク』が、あ、間違えた、『クプクプ』がどこまで食い込むか、とか。
蜷川:『プクプク』(笑)
田川:いやあ、これも良いですよ。
梅崎:こうやって見ると「事件」が、推理小説がすっごい少ないね。
蜷川:本当ですね。じゃあちょっとテーマを紹介しましょうか。「食」、「性(セイ、サガ)」、「少年少女」、「事件」、そしてやたらある「幻想」。
梅崎:やたらある。やたらあるね「幻想」。
蜷川:「幻想」多すぎでしょ(笑)。
田川:「青春」「恋愛」「家族」。
梅崎:全部ちょっとずつかぶってるから、例えば「恋愛」と「性」とかテーマとして少しかぶるものもあるし。
蜷川:ただ「恋愛」という言葉を使うのと「性」という言葉を使うのは違うことですよね。
梅崎:最後まで迷ってしまったのは、詩人でした。伊東静雄とか、中原中也とか分けるのが特に難しかった。
蜷川:結構ばらけてましたよね、でも。
梅崎:宮沢賢治が、賢治が難しい。
蜷川:賢治は至るところに入ってましたよね。
梅崎:賢治は「賢治」っていうので作ろうかと思った、最初。
蜷川:中上も入れるんでしょ?(笑)
梅崎:「ケンジ」ってカタカナでね。あと「家族」小説って捉え方にもよるけど、少なく感じた。もっとあるかな、と思ってたけど。
蜷川:『流しのしたの骨』はこっちにあっても良かったかも。
梅崎:うん、そうだね。これの分け方は絶対なわけでは全然なくて、自分の頭の中をお見せしてしまった感じがして恥ずかしいところがあります。
田川:いや、いいですよ。
梅崎:ゼロからのスタートで見て、ちょっと分かれてると見やすいかな、と思ってつけただけなので。
蜷川:でもなかなかこういう風にはできないですからね。分類っていうとまた語弊があるけど。俺、山田詠美良かったと思いますよ。あの作品が入って、まさかのあのポップ。
梅崎:あのポップ、ちょっとやりすぎた。誤解を招きそうな...。
蜷川:やりすぎだよ(笑)。感動しました。
梅崎:黒澤さん、誰いきそうですかね?
黒澤:うーん。テーマではこの、さっき仰ってた「少年少女」から結構いけそうな気がしますね。
蜷川:結局、詩人は何人くらい入ったんでしたっけ? 十冊くらいは入りましたか?
梅崎:十冊くらいあるかも。俳句とか短歌入れたら。
黒澤:前回『あやめ 鰈 ひかがみ』とか結構売れましたからね。
蜷川:あれはやっぱブローティガンと並べてたからかな(注2)
梅崎:ああ、でも今回『あやめ』は飛び込みで最後に蘇ったんです。前回売れたので今回は逆に外してみようかと迷って。
黒澤:そうなんだ。
蜷川:いや、良いですね。文庫だけで縛るっていう、この、かなり限定された選書環境の中で156冊を選ぶ試み。
梅崎:世界文学がその奥に進むとあるわけじゃない、棚として。その入口だからね。
蜷川:ここから飛び立つんですよ。ここを通り抜けないと行けない。156冊本当に読まないと向こうに行けないってなったら、軽く二年くらいないと誰も辿りついてこないけど(笑)。全部読めなくても是非見に来て欲しいですね。

注1:作風の共通などをテーマにした前回フェア「対決! 共鳴し合う作家たち」における「ブラッドベリ vs ヴォネガット」を指す。テーマは「想像」。「もはやSFではない」というラディカルな文句が議論を呼び起こしました。
注2:「対決! 共鳴し合う作家たち」における「松浦寿輝 vs ブローティガン」を指す。テーマは「彼岸」。「季節だったら晩夏、映画ならエンドロール。どこか「際」を思わせる」。




今後はこのホームページを使って、
フェアに取り上げた作家や国の紹介や、
関連情報などを更新していきます。ご期待下さい。

2010年03月01日

ピクウィック座談会(前編)

4月1日開始の第二回フェア、その選書内容公開に先駆けて、
次回フェアについてメンバーで語った座談会を敢行致しました。
今度のフェアは、「ワールド文学カップ」、「往年の名選手たち」、
「日本文学代表選抜会」と大きく三つのセクションに分かれており、
ここでは会場の半分を占める「ワールド文学カップ」を取り上げます。

「ワールド文学カップ」はそれぞれ国ごとにテーマを設け、
それに準じて選書を行ったセクションです。
40冊の「諸外国の文学」を含めて、計53ヵ国が参加しています。
以下はその選書内容に事前に触れて頂くために、
ピクウィック・クラブが好き放題に語った優勝国予想の一部始終です。
(当日、小木曽・榎本は欠席でした)




蜷川:さあ、今日は座談会です。僕が進行役を務めさせて頂きます。まずは本来の担当や好きな作家など、簡単な自己紹介をお願いします。木村君から聞こうか。

木村:まず、担当は看護。看護書担当。好きな作家が、皆さんご存じの通りオコナーでしょ、ラシュディでしょ、で、日本人で中井英夫あたりを入れて。
蜷川:おお、彩りを添えて。じゃあ黒澤さん。
黒澤:黒澤です。好きな作家って…『本の雑誌』の時(注1)に何を挙げたか忘れちゃった。
梅崎:私も。
黒澤:カルヴィーノ、ヴォネガット…。大事な人を忘れてる気がする。
木村:サリンジャーじゃないですか?
黒澤:いやサリンジャーは好きっていうか…。
蜷川:カズオ・イシグロ。
黒澤:あ、カズオ・イシグロ好きかもしれないです。カルヴィーノ、ヴォネガット、カズオ・イシグロ…。あ、ブラッドベリ。
蜷川:多いな(笑)。
黒澤:そんなところです、はい。
蜷川:田川さん。
田川:はい、田川です。文庫売場で文庫担当してます。
蜷川:何の文庫ですか?
田川:東京創元社と徳間、ポプラ、ダ・ヴィンチ文庫、あと講談社現代新書です。で、好きな作家は、そうですね、まあ挙げても面白くないけど村上春樹。
蜷川:「挙げても面白くないけど」(笑)。
田川:村上春樹、中原中也、アントニオ・タブッキです。
蜷川:はい。梅崎先生。
梅崎:はい、私の担当は社会学、それからジェンダー。好きな作家は日本だと庄野潤三、武田百合子、小島信夫とか。ほかにもいっぱいいますけど。あと桐野夏生。新刊はもうゲットしました。
木村:え、新刊出たんですか?
梅崎:はい、『ナニカアル』っていう林芙美子を題材にしたのが出ました。
木村:あとで買いに行きます。
梅崎:ピンク色の表紙です。
木村:マジか。全然知らなかったな。買わなきゃ。
梅崎:あと海外だとウリポですね。クノー。
蜷川:ウリポ(笑)。
梅崎:ウリポが好きです。あと、まあイーユン・リー。イーユン・リーも新刊出ますんで。
木村:クレストですか?
梅崎:いや、違う。河出。
木村:河出!
梅崎:うん。河出から『さすらう者たち』という二作目が出ます。あと歌人と俳人たくさん。
蜷川:なげえ(笑)。
梅崎:以上です。
木村:俺も三人以上挙げた方がいいじゃん…。
蜷川:確かに(笑)。じゃあ僕は、洋書担当。つい先日洋書担当になって、好きな作家はクノー、ケストナー、チェーホフ、バタイユ。
黒澤:ケストナーは必ず入るんですね。
蜷川:ええ。

蜷川:優勝国予想ですよ、そんなことより。木村はどこが優勝すると思う?
木村:ええっと。俺が優勝国に挙げたのが、まず「開催国南アフリカ」
蜷川:南アフリカ!
木村:普通にいくとたぶん「ロマンスの宝庫イングランド」あたりが売れると思うんだけど、ダークホース的な意味で南アフリカ。
蜷川:ダークホース(笑)。いいね。
木村:あと、戦力が揃ってるのがイスラエル。「葛藤せめぎ合うイスラエル」
蜷川:戦力が揃ってる(笑)。
木村:ここは戦力が充実してる。で、戦力ダウンしたのがブックレットにも書いたとおりインドだから、「文明の衝突するインド」には頑張ってほしいね。
蜷川:うん。南アフリカは良いよね。南アフリカは本当に、木村が一人で頑張ったからかなり面白くなった。黒澤さんの優勝予想は?
黒澤:私はフランスですね。
梅崎:どのフランス?
黒澤:エロですね。
木村:「エロスの大国フランス」か(笑)。
黒澤:マンディアルグとモリオンの『閉ざされた城の中で語る英吉利人』が…。
木村:マンディアルグじゃん(笑)。
蜷川:どっちもマンディアルグです(笑)。
梅崎:なんだかんだみんなエロスが好きだからね。
黒澤:彼らがすごく得点を稼ぐと思うんですよ。
蜷川:確かに。ストライカーですからね。
黒澤:意外にこの辺が、なんだかんだいつの間にか売れてるみたいな感じで、どんどん行くんじゃないかと。あと対抗として、ドイツも結構良いと思いますよ。
蜷川:どのドイツですか?
黒澤:子ども。
蜷川:「子ども心の国ドイツ」。やっぱり。
黒澤:ここは年齢層も幅広いですよね。で、やっぱストライカーというか、もうフェアでやると毎回必ず売れるものが揃ってるので。
蜷川:エンデにケストナー。
黒澤:本当に、いかにも優勝予想なんですけれど。好き嫌い排して、もう「あ、ここはいくんじゃないか」と。
蜷川:じゃあ、一番売れて欲しいところはどこですか?
木村:ああ、「売れて欲しい」。それいいね。
黒澤:売れて欲しいところは、自分的には、どこだろう、カルヴィーノ。「カルヴィーノ万歳イタリア」がすごく売れたよ、ってなったら面白いですよね。あとインドも面白いんですけど、まあカルヴィーノですかね。うん、そんなところです。
蜷川:木村は? 南アフリカとイスラエルとインドはもう出てるよ。
木村:そうだね。それ以外で売れて欲しいのは、あれかな、うん、ナイジェリアだね。
田川:ナイジェリア(笑)
蜷川:お前、頭悪いんじゃないか(笑)
木村:「ザ・ルーツ ナイジェリア」は、これね、ンゴズィ・アディーチェ。これ売れて欲しいんだよ。ナイジェリアとかアルジェリアとか、なんかこう、マイナー国とか結構売れて欲しいよね。
蜷川:うん、確かに。そうだね。「欧阿の狭間でアルジェリア」とか、ね。頑張って欲しいよね。よし、じゃあ田川さんの優勝予想を聞きましょう。
田川:優勝予想。優勝予想は、うーん。なんか、気になる国で、中国。
木村:「酒と妖怪の国中国」
田川:全然未知数な感じが。今回のフェアでは漢詩とかではなく、現代文学を入れたから。
蜷川:うん、何冊か入りましたね。
田川:それが、どう食い込んでくるのかな、と。
蜷川:ダイ・シージエとイーユン・リーが。
梅崎:イーユン・リー頑張るよ。
蜷川:梅崎さん、イーユン・リー推すね(笑)。確かに中国は未知数だよね。飛ぶように売れるかもしれない。
田川:眠れる獅子。
梅崎:結構地味に見えるけどね。
蜷川:起こしてみたら猫だった、っていう風にならないように(笑)。
田川:他は南米。気になりますね。
木村:「驚異の2トップキューバ」は最強だよ。
蜷川:アルゼンチンの豊潤さにも、結構驚くものがある。
木村:アルゼンチンは二つあるじゃん。「フーリガンだらけアルゼンチン」
蜷川:そうそうそう。「バベルの図書館アルゼンチン」を除いてもこれだけアルゼンチンが揃ってる。
黒澤:こうやってみるとアルゼンチンって本当になんでこんなにあったんだろうって、びっくりしますね。
木村:あと「窒息する土地アメリカ南部」の3トップ、プラス、司令塔のフォレスト・カーター。
黒澤:司令塔弱くないですか(笑)
木村:これね、よく見たらすごいよ、これ。
蜷川:田川さんは他にはない?
田川:うーん、イラン。
蜷川:「郷愁を誘うイラン」。確かに、この辺は世界が広がる感じの、木村が頑張ったところだよね。木村すげえよ。引くよ、普通に。執拗なまでにイランを追い求めた男(笑)。
木村:サーデグ・ヘダーヤトとかね。
蜷川:じゃあそろそろ梅崎さん。
梅崎:はい。優勝はまあ、わかんないけど「魔法の右足コロンビア」なのではないかと。
蜷川:コロンビア!
木村:へえ。
梅崎:なぜなら、彼がいるから。
蜷川:「彼がいるから」。いいですね、天才ですね(笑)。
梅崎:注目してるってほうが多いかな。イスラエルとか、木村君が開拓したところに足を踏み入れてみたんだけど、結構これ読むのきつかった。「世界!」って感じがした。かなり。
蜷川:広がりますよね。
梅崎:イギリスとかフランスはこう、結構身近な感じがあるけど、アフリカとか、そういうのはまだ自分の中で身近な感じが生まれてないから。面白かった。
蜷川:このかけ離れた感じってすごいよね。振り切ってる。
梅崎:でも本当に全然違うんだなというか、自分を受け入れてもらえない感すらちょっとあったので。
蜷川:「自爆」って言葉が日常用語になってるとかね。
梅崎:あとウクライナですね。「すべりまくりウクライナ」。なぜなら、彼がいるから。
蜷川:「彼がいるから」(笑)。当然ブルガーコフでしょ?
梅崎:あとはゴーゴリ。「すべりまくり」、これ気になる。だってこれ褒めてる感じがしないよ。ここだけなんか変っていうか、「細く長くチリ」も変だけど。「すべりまくり」はちょっと質感が違うタイトルが付けられてる感じがしたので。
蜷川:確かに(笑)。
梅崎:ま、あと現代日本ですね。
蜷川:ああ、そうだね。梅崎さんにはそこを推してもらわないと。
木村:これは世界と戦えるラインナップなの? この「Road to 2014現代日本」は。
梅崎:どうなんだろうね。でもこの円城塔、『美術手帖』って雑誌あるでしょ? あそこの次号予告見たら「小説:円城塔」って書いてあって、なんで『美術手帖』に書くの? ってなんか不思議で。謎なんだよね、私の中で。この辺気になります。青木淳悟はなんかこう、誰だっけ、あの人。ああ、こんな時に名前をど忘れしたよ。ええと日本代表(注2)にも入ってるんだけど、あの人。『小説の自由』とか書いてる彼です。
蜷川:ああ、ええと、保坂和志。
梅崎:保坂和志! 保坂和志感。
蜷川:日常を書いてるってこと?
梅崎:うん、なんかこう、そういう感じがした。不思議な感じ。うん、現代日本、気になりますね。
木村:蜷川君は?
蜷川:俺ね、自分でやったもので強く推したいのが「悪女の巣窟フランス」
木村:これ、いいよね。
蜷川:これ、すごいぞ。自分で言うのもなんだけど、このラインナップとこの統一感。スタンダールとかフロベールは分厚いから売れないかもしれないけど、ピエール・ルイスとかに手が伸びたら、俺の勝ちだよね。あとは、「反逆の国アメリカ」
木村:ああ。
蜷川:挙げたラインナップが木村と全部被ったっていうのが。
木村:そうだね。
梅崎:そんなに。揺るぎないんだね。
蜷川:揺るぎない統一感。これ以上はない。いや、ダイベック入ったのが嬉しいよね。あと木村も挙げてた南アフリカ。これには僕もかなり興奮してまして。
木村:興奮してますか(笑)。
蜷川:いや、ノーベル文学賞作家がいるからね。ま、それを言ったらポルトガルもそうだけど。
木村:いや、それを言ったらアメリカ南部、二人いるからね。あ、待って。南アフリカも二人だ。
蜷川:え、彼そうなの?
木村:彼女と彼がそうなの。
蜷川:彼女? 女の人なのこいつ?
木村:そうだよ。素敵な貴婦人って感じの人。
蜷川:素敵な貴婦人って感じの人? マジ?
木村:こういう小説書かなさそうな人。
蜷川:そうなんだ。てか、みすず書房から出てる小説なんてなかなか手に取らないよね。
梅崎:うん、評論のイメージが強いから。
木村:評論とかの、そういうイメージが強い人かもしれない。
蜷川:あとね、「言語の国ハンガリー」が、かなり。アゴタ・クリストフがちょっと多すぎるのはあるんだけど、それ以外の三人がね、すごいぞ。英傑揃い。
梅崎:『エペペ』ってタイトルが良いね。
蜷川:エベベ、エペペ、エテテテテ(笑)。それと最後に、アイルランド。サミュエル・ベケットが入らなかったのが本当に心残りだけど、「短篇小説ランドアイルランド」を推したのは大正解だったと思う。このラインナップはかなり良いよ。
梅崎:結構散らばったね。
蜷川:散らばりましたね。
梅崎:私、一人とかしか出場してない国が気になって。優勝とか関係ないんだけど。全然世界を知らないものとしては、なんとかドバゴ。
蜷川:トリニダード・トバゴ。アール・ラヴレイスは最強ですよ。あいつは。
梅崎:一人しかいない国、頑張って欲しい。
木村:セネガル、コンゴ、モロッコ、エジプト、沢山ある。
梅崎:エジプトって! って感じはあるよね。
木村:エルサルバドル。
蜷川:エルサルバドル(笑)。あとグアテマラね。忘れちゃいけない。
梅崎:当たり前なことのはずなのに、こう、そこで小説が書かれてるってことを忘れていた感じがある。
蜷川:うん、確かに。ベトナムとかも入ったし。
木村:ベトナムね。
蜷川:良かったよ。ニュージーランドとかも。
木村:ニュージーランドは良い小説だった。

蜷川:こんなにあるんだね。
梅崎:何人か挙げたのってやっぱり南アフリカ?
蜷川:南アフリカ。良いよ、これ。クッツェーの評価っていうのは、もっと上げないといけないからね。
木村:上げないといけない(笑)
蜷川:いま必要なものはクッツェーだ。
黒澤:使命を帯びている(笑)。
木村:じゃあ私はこの辺で抜けるので。盛り上がって下さい。

(木村、私用に付き退席)

田川:日本は島国だから違うけど、ヨーロッパは国と国とが隣接しているのに、偶然こうなったのか必然的にこうなったのか、こんなにも国毎にヴァリエーションが出るのが面白いですよね。
黒澤:元々その国に対して持ってたイメージとは全然違う傾向になるときがありますよ。アイルランドって自分の中では結構ポップなんですけど、これだと暗い感じが(笑)。
蜷川:まあね、ジョイスとマクガハンが入ってる時点でおしまいですよ(笑)。
黒澤:「あれ?」っていう感じがあるんで。
蜷川:いや、ベケット入れたらもっとひどいことになってましたよ(笑)。
黒澤:一番行ってみたい国がアイルランドなんですけど、なんか行きたくなくなってきた(笑)。
梅崎:みんな読んでるときって「この作家はここの国の人だ」って意識してるの?
蜷川:全然してない。全くしてない。
梅崎:分類したときに「この人この国の人なんだ」っていうのがすごく沢山あった。
蜷川:そう。調べ直して愕然として(笑)。外さなきゃいけない作家が出たりして。
黒澤:フランスだけフランスっぽいなって気がしますね。国を意識することで今までにない感じが出ましたね。
蜷川:なかなかこういう風に並べられることってないですからね。やっぱイングランド、フランス、ドイツ、ロシア、アメリカ、以外の国に目を向けてみて欲しいですよね。

注1:ピクウィック・クラブは本の雑誌社発行の『本の雑誌』2009年9月号に「偏愛作家ベスト209 めくるめく文学談義」と題した座談会を寄稿している。
注2:後編にて語られる「日本文学代表選抜会」を指す。




後編へつづく…