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2007年12月18日

『太陽の塔』森見 登美彦(新潮社)

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 今日はある講義の年内最終日。人が少なかった。昨年は「あいのりスペシャルと時間がバッティングしたのでしかたがないな」と自分を慰めたのだが、今年はそんなめぼしい番組もない。単に人気がないだけである。さみしい。さみしいときには、うちにひきこもって心あたたまる温い作品を読むべきである。
 そんなわけで、ほんとうは今回は米澤穂信の『遠まわりする雛』を取り上げたかったのだが、一度このブログの中で取り上げた作家さんなのでパス。代わりに(と言っては大変失礼だが)本作について書いてみた。
 もてない男の悲哀というものは、絵にならない。哲学上のテーマにすらなりにくい。うっとうしいだけである。そんなうっとうしさに創作意欲を燃やされる芸術家だの作家だのがいるのだろうか。いた。森見登美彦のもてない男の書きっぷりは、すでに絶技の領域に達している。1993年のドニントンパークにおけるアイルトン・セナのオープニングラップを見るような、あるいは2005年の鈴鹿におけるキミ・ライコネンのファイナルラップを見るような、いっそNHK杯における羽生の5二銀を鑑賞するような至福の読書体験がそこにはある。私自身があまりにももてない思春期を過ごしたので、感情移入のあまり温い涙が頬を濡らして「破」が楽しみになるほどである。
 すべてのもてない男たちは、あるいはかつてもてなかった男たちは、いまクリスマスというイベントを前にして危険な時期を迎えている。Dデイの当日、どのような過ごし方をするかは個人の勝手というものだが、うちにひきこもって心身の安寧をはかる選択肢は常に手の内に残しておきたい。私はそうするつもりである。そのとき、枕元に置く一冊として森見は最適である。メリークリスマス!

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2006年08月06日

『犬はどこだ』米澤 穂信(東京創元社)

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私語というのは難しいものである。

自分が学生の頃のことを鑑みると、あんまり偉そうなことは言えない。なので、大学で講義をするようになってからしばらくの間は、私語があっても放っておいた。
しかし、これが意外に評判が悪かったのである。「うるさくて講義に集中できない」「私語をしている学生にちゃんと注意すべきだ」と授業評価アンケートにばっちり書かれた。まじめな学生さんである。

普通、商品というものは少なかったり内容が悪かったりすると批判されるものだ。12本入りのドライバセットを買ってきて11本しか入っていなかったら怒る。しかし、講義という商品は微妙で、休講するほど有り難がられる。利用者満足度を高める視点からすると休講づくしがよい講義なのか? と悩んでいたところだったので、「をを、ちゃんと聞いてくれる学生もいたのか」とちょっと感動した。

で、感動したからには私語を注意しなければならない。やるからには徹底的にやろうと思って囁き声が生じても怒鳴っていたら、私の講義だけ軍隊みたいになってしまった。やりすぎた。

注意しなければならないのは、私語が面白い内容だった場合である。気になるのである。
先日は、教室の最前列に座った男子学生が隣の女子学生に「この前、遠距離恋愛の彼女に浮気されてさあ」と話しかけていた。どんなふうに浮気されたのか? その後どうなったのか? 私の講義より面白いことは疑いがない。加えて、話しかけられている女子学生からは、その浮気の彼女の後釜に座ってやろうという意欲が感じられるのである。あまりの興味に講義がぼろぼろになり始めた。

好奇心と職業的義務感を秤にかけた結果、その時点で注意してしまった。講義は持ち直したが、結果を知るすべは永遠に失われた。至極残念である。私語を行う場合は、あまり印象的な語句を用いないで欲しい。

このような経緯で(どのような経緯だ)今回は印象的なタイトルの本を紹介した。
「犬はどこだ」
すごく気になる。この前、ゼミの合宿で野犬に追いかけられただけに興味はいや増す。米澤穂信の長編だが、「さよなら妖精」や「春期限定いちごタルト事件」とはひと味違うテイストだ。主人公の年齢層も一回り近く高い。このまま主人公の年齢が右肩上がりになり、樋口有介化するとちょっと寂しいが、樋口有介や川島誠があまり新作を書いてくれない状況で、こうした一連の作品群を導出できる才能は貴重である。8月末には新作も予定されているので、楽しみに待ちたい。

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2005年10月15日

『マヴァール年代記(全)』田中 芳樹(創元推理文庫)

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 あまりにも有名な田中芳樹の作品であるが、一般的にはどのシリーズを最初に手に取るのであろう? 私の場合は、大学で政治学の講義を取っていたとき「政治を理解したければ、『銀河英雄伝説』か『ゴルゴ13』を読まなければだめだ」と言われたのがきっかけだ。『ゴルゴ13』はちょっと絵柄が自分好みではなかったので、『銀英伝』にした。その後、ずぶずぶと田中ワールドにはまっていったのだが、私はこの作家の描く架空歴史絵巻の側面に強く惹かれていたのだと思う。
 『銀河英雄伝説』はいわゆるスペースオペラ(宝塚という説もある)、『アルスラーン戦記』はファンタジィと(一応)分類されるし、実際その種の作品たらしめるコードがちりばめられているが、田中のこうした作品群を貫く本質は、英雄たちの野心と知謀が高密度に渦巻く、絢爛豪華な歴史絵巻である。
 近年はともかく、初期の田中作品はどれもが濃密なプロットと流麗な筆致に彩られ、作品として高い水準にある。何を読んでも「外れ」を引くことはないが、歴史絵巻である以上、できれば完結していて欲しいと願うのが人情である。その意味で安心してお薦めできるのが本書である。田中作品のシリーズものでは奇跡的に完結した作品である。『アルスラーン戦記』と比べると魔導系のコードが引かれている分、より人間の構成する歴史の部分に没入できるであろう。
 それにしても、『銀河英雄伝説』(外伝の5~6巻は?)、『アルスラーン戦記』(14巻完結の予定が延びるんですか?)、『タイタニア』(敢えて聞くまい)など、田中芳樹の宿題は数多い。せめて『アルスラーン戦記』と『創竜伝』の完結は目にしたいと思う今日この頃である。

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2005年09月23日

『グッドラック―戦闘妖精・雪風』神林 長平(早川書房)

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 「人と機械の関係を考える」というと、バイオテクノロジにおける倫理ドクトリンやドイツ観念論哲学のように堅い話を想像してしまう。コンピュータテクノロジに関わる人間としては、「いつかはちゃんと考えなくちゃ」と思いつつ、「辛い思索になりそうなので先延ばし」にするのが標準的な処世術であろう。
 でも、自分の代わりに登場人物が悩んでくれる小説だったらどうだろう。彼が七転八倒しても所詮は他人事、自分の心が痛むわけではない。万一、彼が真理に到達してくれれば、自分が思索を放棄した後ろめたさも忘れられそうだ。加えて小説として面白ければ言うことはない。
 そんな都合のいい話があるだろうか? ある。神林長平作品、とりわけ戦闘妖精-雪風シリーズは抜群の筆致で人と機械の問題を切り出してくれる。特に、最近のマイクル・クライトンの作品のような説教臭さを感じさせないところが秀逸である。背景にどれだけの熟慮と推敲があろうともエンターテイメントに徹している姿勢が素晴らしい。倫理や哲学に興味がなくても、機械工学好きなら「メイヴ-雪風」のディテールを読むだけでも元は取れる。フェアリイの虚空に舞う雪風の姿態はこよなく美しい。
 余談だが、引っ越しのどたばたで大事にしていた雪風の初版をどこかにやってしまった(本読みとして大変恥ずかしいことである)。文庫本で改訂版が出ているはずなので、新宿の紀伊國屋本店に行ったら、「かーびー」さんという、どこからどう見てもアングロサクソンの店員さんが流暢な日本語で親切に応対してくれた。紀伊國屋書店の店員さんのクオリティの高さは以前から言わずもがなだが、随分ボーダレス化も進んだなあ、と年寄り臭いことを考えた。

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2004年11月24日

『すべてがFになる』森博嗣(講談社)

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ネットワークやセキュリティの学習を始めようと思ったときに、ネックになりやすいのがテクニカル・タームの多さである。出てくる都度、調べていけばよいのだがとても面倒くさい(これを解決するためにハイパーテキストが生まれたという話題は今回は取り上げない)。こういう状況で一般的に使われるのが用語集で、その利便性を認めないわけではないのだが、言葉の意味だけを把握しても利用シーンがイメージできない、という悪循環にはまりやすい。やはり技術というのは使えてナンボであるから、「実際にこう応用できる」というベストプラクティスがあるとよい。 その用途に使える小説として本書を紹介した。著者の森氏は某国立大学の助教授。超多忙にも関わらずメールのレスポンスが速い謎の人物。仕事術の本を書いたら中谷彰宏の上を行くかも。一つ一つの言葉に対する思い入れが強く、語彙にぶれがない。安心してテクニカル・タームを学ぶことができる。基本的にはミステリだが、おたく要素やアカデミック要素も強いのでこの種の世界が好きであればミステリファンでなくても楽しめるであろう。大学教員の生活風景を覗きたければ同著者の「水柿助教授の日常」(幻冬舎)もおすすめ。

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