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2007年04月13日

『羽生善治の終盤術〈3〉堅さをくずす本』羽生善治(浅川書房)

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削るのは難しい。
何の話か。原稿の話である。今、校正している原稿があり、ざくざくと削らなければならないのだ。
もともとものを書くのが好きなので、「追加で××ページ書く」という仕事はあまり苦にならない。下手をすると楽しいことすらある。
しかし、「100ページ削る」のは血を吐く思いである。手塩にかけた我が子を千尋の谷に突き落とす気分であり、ここで突き落とした我が子は戻っては来ないのだ。

これは原稿に限った話ではない。どんな仕事でも最後には余分なものを削る工程がある。
思い入れがあるからといって何でもかんでもてんこ盛りのまま完成させると、ろくな製品にならない。
分かってはいるのだが、根がけちんぼなのでつい躊躇してしまうのである。

将棋のプロセスもまた同じである。
現代将棋の序盤戦は実にちまちまと自分の得を拡大していく作業を行う。
得といっても、飛車を得する、金を得するという話ではない。一歩を得する、一手を得する、泣けてくるほどささやかな仕事を積み重ねていくのである。

だが、将棋の目標は得をすることではない。相手の玉を詰ませてなんぼである。
したがって、終盤戦においては劇的な発想の転換が要求される。
すなわち、爪に火をともすような努力で貯めに貯めた、飛車や角や金や銀や先制攻撃権といった資源を惜しげもなく投じ、相手の玉を詰ましに行くのである。
これができない。もったいないのである。
その結果、駒台に燦然と輝く飛車を抱えつつ、負けることになる。

トッププロは相手の王様を詰まし上げたときに、一枚の駒も手駒に残さない。すべての資源を投じて勝ち切るし、余分な資源を貯めるために戦機を逃すような真似はしないのである。
私もこの本で紹介されているように泰然と目先の損を受け入れられるようになれば、仕事も将棋ももう少し上手になるような気がするのである。

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