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2012年02月27日

『つながらない生活――「ネット世間」との距離のとり方』ウィリアム・パワーズ(プレジデント社)

つながらない生活――「ネット世間」との距離のとり方 →bookwebで購入

「『つながり過剰』の時代に読んでおくべき一冊」



 現代社会はあらゆる分野で「つながること」に価値が置かれている。友人、恋人、家族とのプライベートなコミュニケーションからビジネスまで。「いかにつながるか」が社会のなかでの重要な要素となっている。恐らく、ネット社会そのものを拒絶した人や確固たる地位や社会関係資本をすでに築いていてネット上でつながる必要のない人以外は、多かれ少なかれ常に「つながること」からのプレッシャーから逃れられないのではないか。

 本書のタイトルは「つながらない生活」だ。だが、その内容はネット社会を全否定するものでも、「つながること」の負の側面をあげつらうものではない。著者はこう言う。大多数の人はその「巨大な部屋」から永久的に退場しようとは思っていない。「昼も夜もなく、祝祭のように人と人の交流が絶えず繰り広げられている」(8頁)このフラットな「巨大な部屋」とは、言うまでもなく現代社会そのものである。
 著者が問題視するのは、「内向きの世界」と「外向きの世界」の比重が後者に偏重しているということだ。そして、主張するのは「適度につながること」。つまり、ネット社会自体を否定するのではなく、逆に現状を肯定してそれに順応せよと説くのでもなく、心のなかでの両世界のバランスをいかにとるかということだ。

 本書は二部構成を取っている。評者には、第Ⅰ部はやや文体が冗長なのと、実証性や普遍性などの点でお世辞にも著者の体験談以上のものとは言えないと感じられたが、本書の魅力は第Ⅱ部の各章に凝縮されている。かつての賢人たちが、どのように当時新しかったメディアやテクノロジーと向き合っていたのか、またそこから現代に学ぶべきことはないかという着眼点は非常に興味深い。

 プラトン、セネカ、グーテンベルク、シェイクスピア、ベンジャミン・フランクリン、ヘンリー・ソロー、マーシャル・マクルーハンの7賢人は生きた時代も置かれたメディア環境も異なる。文学、メディア論、科学、哲学などの分野を往来しながら(しかもそれが相互に接続されながら)そこから共通点を見いだそうとする企ては、ワシントン・ポスト紙の元スタッフライターであり、ハーバード大学のフェローでもあった著者の持ち味といえる。

 特に、ソクラテスとパイドロスのやりとりから、情報環境を「Ω(オメガ)」と「Α(アルファ)」の方向に分類し、それを上記の「外向きの世界」「内向きの世界」になぞらえるところから話が展開されていくのには思わず唸ってしまった。

 7賢人のうち、唯一コンピュータ誕生後に存命していたのがマーシャル・マクルーハンである。そのためか、第11章「マクルーハンの『心のキッチン』」は熱がこもっているし、これまでの7賢人のエピソードのまとめのような位置づけが与えられており、それらの議論が結実している。

   本書プロローグで、「巨大な部屋」の住人たちの行動様式を見て評者がすぐさま思い出したのが、社会学者ディヴィッド・リースマンの著書『孤独な群衆』(みすず書房)だった。著者は本章で、リースマンをはじめ何人もの思想家が1950~60年代に指摘した「他者志向」を今日の「デジタル時代の序章」と位置付けている。ただし、今日の社会がその時代と決定的に異なるのは、「内向きの世界」と「外向きの世界」の境界自体が電子テクノロジーによってなくなってしまったこと、両者をコントロールすることが過重な負担となり、事実上困難になってしまったことだ。

 第12章「無理のない『つながり断ち』7つのヒント」、第13章「インターネット安息日」はそれまでの議論を通じて、「適度につながらない」ための具体的な処方箋が簡潔に示されている。その点で、「つながり過剰」の時代に読んでおくべき一冊といえる。ただ同時に、ここで述べられていることは現実的な方途ではあるが、「巨大な部屋」に出口がない以上そのなかに薄いカーテンを引くしかないという立論からは、シニカルで悲観的な書でもあると感じた。


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2012年02月08日

『これからの日本のために「シェア」の話をしよう』三浦展(NHK出版)

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「シェア型消費からシェア型社会へ」


 奥付によると、本書の発行日は2011年2月25日となっている。つまり東日本大震災が起きる2週間前である。「シェア」という消費形態への移行を踏まえつつ本書は書かれているが、3・11により、「シェア」せざるを得ない状況が立ち現れ、さらに「シェア」することが生み出す価値がクローズアップされた。図らずも本書が提起するものの意味はさらに大きなものになったといえる。


 著者の三浦展(みうら・あつし)氏は消費社会研究家、マーケティング・アナリストで、『下流社会』(光文社新書)に代表されるように、社会状況を鋭く分析した書籍や新しいライフスタイルや消費生活を提案する書籍を数多く出版している。

   多くのデータや図式を駆使しながらも、著者の主張は至ってシンプルで「私有主義的消費からシェア型消費へ」というものだ。実のところ、著者は「共費」という概念を用いて10年近く前に提案していたという。評者は、ここでいうシェアが経済効率やエコの視点だけではなくて、共有することを通じたコミュニケーションやコミュニティといった価値の創造につながるものとしてとらえられている点に惹かれた。

 現在、孤独死や若者の孤立化など「無縁社会」が指摘されるようになり、それに対して、趣味に基づいた連帯を指す「趣味縁」も注目されているが、そのような志向性と近いものだろう。著者は、シェアが「そうした孤独な無縁社会に対して、別の生き方、暮らし方の原理となりうるだろう」(23頁)と述べる。

 このような新たな生き方への欲求が絵空事ではなく、データに基づいたものであることも明示される。図式化されているように(図表1-7、40頁)、物質的な幸福感よりも、共感に喜びを見出す人が増えているというのである。

 ただし、本書を読み進めていくうちに、評者はそこで使われている「コミュニケーション」「共感」といった「美しい」言葉の数々に、ある種の空虚さを感じたのも確かだ。

 確かに他人とコミュニケーションをとることや、他人との間で物事を共有したり共感するということは悪いことではない。しかし、生身の人間には、そこに嫌悪感や嫉妬、解り得なさも当然生じるはずである。恋愛やセクシュアリティといった問題も当然かかわってくるだろう。「消費者」とくくられたデータからは、なかなかそういった個別の身体性のようなものが見えてこない。

 消費の次元ではなく、シェア型の社会を構築するという大きな視点から考えた場合、シェア型の住居やコミュニティにおける人々それぞれの経験を拾い上げてそれをフィードバックするような実践や研究も重要になってくるだろう。

 巻末に収録されている対談「福祉もシェアへ」(広井良典氏×三浦展氏)は、この点にまで踏み込むものだ。そこで広井氏はシェアを「社会全体の構想にかかわる議論」としたうえで、そのなかで日本人が「開かれた関係性」をどうつくっていくかという重要な提起をしている。「シェアせざるを得ない」社会で、これから問われていくのはそこだろう。


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2011年12月22日

『柳田国男と今和次郎―災害に向き合う民俗学』畑中章宏(平凡社新書)

柳田国男と今和次郎―災害に向き合う民俗学 →bookwebで購入

「震災と向き合った二人の民俗学者」



 震災後、今和次郎(こん・わじろう、1888-1973)をめぐる書籍が相次いで出版された(本書の他に、今和次郎『今和次郎採集講義』青幻舎)。今和次郎は主に大正から昭和初期にかけて活躍した民俗学者である。民俗学研究としては民家や服飾の分野で業績を挙げたが、現在でも広く知られているのは、主として今が提唱した「考現学」(モデルノロヂオ)によるものだろう。 今の考現学とその後の系譜についてはここでは触れないが、なぜいま今和次郎なのか。その理由は、彼の災害に対するまなざしと実践にある。

   本書はⅡ部構成となっており、Ⅰ部で柳田国男(やなぎた・くにお、1875-1962)を、Ⅱ部で今和次郎について論じている。この二人は柳田らが発起人となった研究会「白茅会」(はくぼうかい)を通じて師弟関係にあったといわれる。だが、著者が今和次郎を括弧つきで柳田の「弟子」としているように、その関係は今が後に考現学を始めることで緊張関係を孕んだものになっていく。
 「あとがき」によれば、本書は当初「地震と民俗学者たち」というテーマだったという。だが今よりも13歳年上で、すでに日本民俗学の祖としての地位を築いていた柳田とこれまでの学問に収まらない今との相克と、その二人の災害のとらえ方をパラレルに描くという本書の絞り方はまさに妙技だ。

 冒頭で紹介される柳田国男のエピソードは非常に印象深い。柳田は、1923年9月1日に起きた関東大震災の報を滞在先のロンドンで受けたが、そのとき同席していた年長議員が「神の罰だ」という旨の発言をしたという(約90年後の東日本大震災でも同じような発言があったことは記憶に新しい)。この一言に対して、柳田は激しく反論したのである。
 その背景には『遠野物語』(1910)の資料収集で柳田が見聞きしたことがある。それは百十九話からなる同書の九九話に反映されているが、1896年に発生した明治三陸地震とその大津波によるあまりに甚大で凄惨な被害の様相である。その後、柳田は25年後にもう一度被災地を訪れている。

 さて、東京美術学校(現・東京芸術大学)の図按科を卒業した今和次郎は、民家のスケッチをしていたときも、豪農などの古民家に限らず庶民の住居も対象にしていたという。そのことからは今の興味関心の所在がうかがい知れる。
 関東大震災とその火災により東京市の6割強が罹災した際、驚くべきことにその3週間後には今は震災後に林立したバラック群の記録を始めるのである。今自身も被災していたにもかかわらず。そして、今の活動はバラック建築を装飾するという、より実践的なものへと移行していく。さまざまな批判に対して今はこういう。

「すなわち田舎家の研究は、主として無装飾の態度の生活者の工作そのものを見つめる仕事であり、無装飾の裸の工芸ということを考えていることになるのである」(179-180頁)

 今のまなざしは常に生活者に向けられ、その関心は完成された芸術的な建築物ではなく生活のなかから住居が生成されていくプロセスにこそあったのだ。柳田が「本筋の学問」(そのころ確立した民俗学)として、震災から8年も経過した後に都市の文化を扱うのとは対照的だ。

 アプローチは異なるが、繰り返し災害に襲われる日本の民衆に寄り添い、自らも災害と向き合い続けた二人の思想、実践から学ぶべきことはあまりにも多い。


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2011年12月14日

『呪いの時代』内田樹(新潮社)

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「『呪いの時代』を乗り越える処方箋」


 著者の論述には、意外性や逆転の発想がこれでもかというくらい詰まっていて毎回引き込まれる。「呪いの時代」というタイトルを目にしたとき、評者がイメージしたのは「呪いや占いのようなスピリチュアルなものがメディア文化や社会に蔓延していることを論じた本だろう」というものだった(ちなみに、そのようなテーマの本も2010年に、竹内郁郎・宇都宮京子編『呪術意識と現代社会――東京都二十三区民調査の社会学的分析』青弓社、石井研士編『バラエティ化する宗教』青弓社、が相次いで出版されている)。


 読み始めると、どうもそのようなテーマではないことがすぐにわかる。しかし、著者はなかなか「呪い」を定義してくれない。学会での研究者同士の批判の仕方、「ユダヤ問題専門家」を名乗る人たちの知の枠組み、ネット論壇の言語表現…。他人への批判の形式と関係があるのかと思っていると、「呪い」の言説が際立ってきたのは1980年代半ばだったという議論へ。そこから冒頭の批判の形式の議論と「ひきこもり」、「自分探し」、「安倍晋三」がアクロバティックに接続されていくのは非常に興味深いが、ここでもまだ「呪い」が何を指すのか明確な答えを出してはくれない。

 第1章の最後には「呪い」が何か説明されるのだが、そこに至る前に大方の読者にはそれが何を意味しているのが語彙的な意味ではなく、ある種の社会的なリアリティとしてイメージできているのではないだろうか。
 著者の言葉をまとめると、それはこのように説明できるだろうか。現代日本は羨望や嫉妬や憎悪が生身の個人を離れて多様なメディアにおいて一人歩きしている時代であり、その発話者は相手を破壊すると同時に自己の全能感と自尊感情を満たそうとしている、と。そして、そんな「呪いの時代」を生き延びる処方箋も明確に示されている。

「それは生身の、具体的な生活のうちに捉えられた、あまりぱっとしないこの『正味の自分』をこそ、真の主体としてあくまで維持し続けることです」(36頁)

 本書は、著者が2008年から約3年半にわたって『新潮45』に不定期連載したものを加筆・修正したものだが、「呪い」というキーワードでそれぞれの章、さまざまな事象が見事に束ねられている。

 第6章「『草食系男子』とは何だったのか」もアクロバティックな展開だ。草食系男子と現代社会を結び付けて論じようとした本は少なくない。それらのなかには、ここでいわれているような「権利請求」の戦略(自分を弱く見せることで有利な状況になるのを期待すること)と同様の傾向を指摘したものもあろう。だがその先、つまりその戦略の帰結点を見越した議論にこそ著者の力量を感じる。
 著者はその戦略で採用されている「ペルソナ」(「人間関係の中で、過剰に他者を傷つけない、過剰に傷つけられないための防衛システム」と説明されている)の危険性を非常にわかりやすく論じている。それは同時に、そのような論述がこの章のテーマ「草食系男子」にだけ向けられたものではないことも示唆していよう。例えば1990年代以降、ネットの発達とともに日本社会に定着した「クレーマー」という行動様式にも同じ根を見ているのだ。

 さて、東日本大震災後に書き加えられた第10章「荒ぶる神を鎮める」。本章が震災前、フクシマ以前に発表されたものだったとしたら、評者を含め多くの読者が「えっ?」という感想を持ったかもしれない。しかし、原子力を「荒ぶる神」、原子炉を一神教の「神殿」にたとえるところから始める議論は、「原発と日本人」を根源的にとらえる視点を提起している。今回の原発事故は「人災」であり、日本人が原発への畏怖を持たなかったこと(著者は「瀆聖」と表現する)に根本があるというのである。
 著者の筆致は、現在進行中のTPP(環太平洋連携協定)、首都機能の一極集中問題から東日本大震災後の日本社会の構想にまで及ぶ。そこでも、哲学者のレヴィナスがホロコースト後に問いかけた人間的意味、映画『ジョーズ』、能の『安宅』における弁慶の行動様式などが鮮やかに接続されるが、著者の主張は一貫してシンプルだ。

「呪詛は今人びとを苦しめ、分断しているし、贈与は今も人びとを励まし、結び付けている。呪詛の効果を抑制し、贈与を活性化すること。私が本書を通じて提言しているのは、それだけのことである」(あとがき、285頁)

 本書を通じて、評者自身は相変わらず呪いの言葉を繰り返しているメディアや、生身の身体を喪失させるメディア空間への関心をあらためて強くした。本書は「呪いの時代」を乗り越えることを志向するスケールの大きなものだ。

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2011年11月16日

『文化・メディアが生み出す排除と解放』荻野昌弘編(明石書店)

文化・メディアが生み出す排除と解放 →bookwebで購入

「文化・メディアの両義性をかすりとる」


 文化やメディアの排除性を否定的にとらえた書物は数多くある。しかし、読者は本書が一方的にメディアの差別性や差別用語を批判しようとするものではないことにすぐに気がつくだろう。その特徴は、文化やメディアの解放的な側面も含めた両義性に注目し、いわばそれを丹念にかすりとろうとしている点にあるのだ。編者は述べる。「安易に『良い文化』と『悪い文化』に文化を色分けし、良い文化だけを増やせばいいというわけではない。単純に排除する文化を『排除』して、そうでないものにすればいいというわけではない」。排除する営み自体を考察の対象にし、編者が「ユートピア」と呼ぶ、差別を超えたさらなる次元を探ろうとするのだ。そのような視点は、(濃淡はあるにせよ)全章にわたって意識されている。


 第1章「食とマイノリティ」(角岡伸彦)は食と差別をテーマとする。何を好んで食べるか、何を絶対に食べないかによって仲間意識がつくられたり、あるいは敵がつくられたりするという。大阪市内の沖縄出身者、在日朝鮮人、被差別部落の住民が多い街での聞き取りからは、食文化にまつわる差別や葛藤が描き出される。そのなかで、稀有な例だとしても、ホルモン料理を通じたあるカップルの相互理解のエピソードは、上記の解放の契機と言えるのかもしれない。

 第2章「蘇り、妖怪化する歌、『お富さん』をめぐって」(本山謙二)は「歌謡曲は時代を食って色づき、育つ。時代を腹に入れて巨大化し、妖怪化する」という阿久悠の言葉から始まる。春日八郎による『お富さん』(1954)は長い間、宴会やカラオケで歌われた曲で、青江三奈(1970)や都はるみ(1971)がカバーし、近年にはソウル・フラワー・ユニオンの中川敬(2006)も別ユニットでカバーしている。本山によれば『お富さん』は「ゾンビのような歌」であり、その傍らには常に「弱い者」たちが存在したのだという。『お富さん』から見られる排除と解放とは一体何か。本山は歌舞伎にルーツを持つその歌詞、沖縄民謡を基調としたそのサウンド、蘇って歌われる「現場」の記述などからそこに迫ろうとする。

 第3章「スポーツと差別」(水野英莉)は、2009年のベルリン世界陸上選手権女子800mで金メダルを獲得したキャスター・セメンヤ選手を例に、スポーツにおけるインターセックス(両性具有)の排除が指摘される。水野は「ドーピングを禁止して『自然な身体』を保つことを要求するIAAF(筆者注、国際陸上連盟)やIOCが、なぜインターセックスに対しては外科的な手術による『自然な身体』の人工的な加工を求めるのか」と疑問を投げかける。平等を掲げてきた近代スポーツがその追求において、逆に新たな排除を生み出したという事例といえよう。

 第4章「差別・排除を助長する/回避するインターネット」(前田至剛)はネットの匿名性をテーマにしている。前田は負の側面が取り上げられることが多いネットであるがゆえに、その両義性に重点を置こうとする。精神疾患をもつ人たちが集うウェブサイトの分析やそこで知り合った人たちへの聞き取りからは、彼らが対面的な状況で「健常者」のまなざしを内面化することで症状を悪化させていることが指摘される。前田は、ネットが差別や排除を助長している現状にも目配りしたうえで、匿名的なネットから生まれる自助活動やそれらを通じた繋がりを描き出している。

 第5章「障害者表象をめぐり“新たな自然さ”を獲得するために」(好井裕明)は、メディアのなかでの障害者の描かれ方をテーマにする。好井の議論は、メディアでの障害者の表象がどう変わったか、それが良いか悪いかというものではない。そこで注目するのが「フィクション/ファンタジーとしての障害者表象」である。好井によれば、これらは安定した解釈枠組みに収めた「健全な」障害者表象に対して、「私たちの『あたりまえ』に亀裂をいれ、最終的にそれを壊して、新たな『あたりまえ』をつくりかえていくという意味での『不安』『不安定』」なのである。いくつもの映画やドラマでの描き方を検討したうえで、「不安」「不安定」からつくりだされる思いや感動、それを通じた新たな文化を構想する。

 第6章「<マンガと差別>を考えるために」(山中千恵)も、好井同様、単にマンガで描かれる差別表象を問題にするものではない。山中は次のような問いから出発する。①なにを指してマンガというのか。②マンガの登場人物の図像はなにを反映しているのか。③マンガ読者はいかにしてマンガの世界に入り込むのか。④そもそも、マンガは本当にわかりやすいのか。2010年の東京都青少年育成条例改正をめぐってマンガが議論の中心になったことも示しているように、マンガはほかのメディアと比べても社会的な感情の沸騰を引き起こすことが多い。しかしながら、そこでマンガの何が論じられたのだろうかという疑問が生じる。個々の表象ではなく、マンガのメディア性や商品としての側面に関心を向ける山中の視点はこのようなことをとらえていくための土台となるものだろう。


 本書は、どうしても差別を固定した理解の範囲でとらえたい人にとっては、向き合いたくないものかもしれない。だがその両義性、好井の言葉でいえば「不安定さ」から差別や排除を考え直したい人にとっては好書であるし、それ以上に、固定的な理解自体がまだ形成されていない若い人たちにこそ手に取ってもらいたい一冊だ。

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2010年10月10日

『海を渡った柔術と柔道―日本武道のダイナミズム』坂上康博(青弓社)

海を渡った柔術と柔道―日本武道のダイナミズム →bookwebで購入

「柔術/柔道のグローバルな展開と還流」


「柔術/柔道はいったいいつ頃、どのようにして国境を越え、海外に根付いていったのだろうか。その国際化の道のりとはどのようなものだったのか」

 本書はこのような問題意識を出発点としており、言及される国は実に米国、英国、フランス、ドイツ、ロシア、グルジア、アルゼンチン、パラグアイ、ブラジルの9カ国にも及んでいる。柔道の国際化の文脈において、巷間で頻繁に語られるのは、「コンデ・コマ」こと前田光世のエピソードである。近年の格闘技ブームと相まって、「グレイシー柔術」として有名なブラジリアン柔術の祖、カーロス・グレイシーの弟エリオ・グレイシーとの死闘がテレビ番組や雑誌、漫画などさまざまなメディアで語られている。しかし、それらのほとんどが史資料に基づかない英雄譚となっており、梶原一騎原作の漫画『プロレススーパースター列伝』さながらの、虚構や誇張にまみれた構成・スタイルとなっている。
 それに対して、本書の特徴は大学におけるスポーツ史、スポーツ社会学の研究者や在野の研究者が、当時の、しかも現地の言語で書かれた新聞や雑誌、書籍、プロパガンダ映画といったテクストを丹念に渉猟して記述している点にある。全章をフォローするのは難しいため、以下では評者の問題関心に基づいて第1章、第4章、第7章を中心に読み進めてみたい。

 第1章「柔道vs. レスリング―変容する柔術と継承される“Jiu-Jitsu”」では、米国での受容過程が描かれている。セオドア・ルーズベルト大統領は柔道/柔術の信奉者であり良き理解者であった。しかし、一方で彼はボクシングやレスリングといった西洋の伝統的格闘技への情熱を持ち続けていた。それらが米国の開拓者精神のシンボルだったからである。

「柔道vs. レスリングという『異種』格闘技試合とは、単に『異競技種』の優劣を見定める試合ではなく、やや大げさにいえば、まさに日本人とアメリカ人という『異人種』間の戦いだったといえるだろう」

 ここで、来るべき太平洋上での両国の戦闘が意識されていることは想像に難くない。米国は、民衆向けには日本人を動物以下とするプロパガンダを流布しつつも、為政者は当時の日本を決して侮っていないのである。パーソンズやベネディクトといった社会学者や人類学者が徹底的に日本人の意識構造を分析していたように、政治家も柔道を通じて日本人の意識構造や行動原理を分析し、さらに取り込んでいたのである。

 第4章「ドイツの柔術・柔道」へと話を移そう。講道館柔道の創始者、嘉納治五郎は1889年から90年にかけてベルリンに滞在し、柔道を紹介した。だが、ヨーロッパに広く伝わったのは柔道ではなく柔術だった。第1章で詳しく触れられているが、定着していくきっかけは日露戦争における日本の勝利とそれによる「ジャポニズム」であった。その後、ナチ・オリンピックといわれる36年のベルリン五輪以降、ドイツでの柔道熱は急速に高まる。格闘技としての柔道が、第二次世界大戦へと向かう情勢のなかで「強兵」と親和性を持っていたためとされる。

 第7章「還流するJiu-jitsu――『移民』とブラジリアン柔術」は、柔道の団体戦でいえば「大将戦」にあたる。単にトリを務めているという意味においてではない。それはブラジリアン柔術という、最も日本から離れた地で独自の進化を遂げながら、現在の日本の格闘技に最も影響をもたらしている対象を扱っているからにほかならない。つまり、これまでの章が拡張という一方向的なフローであったのに対して、ブラジリアン柔術は日本へとの還流・循環という側面を持っているのである。
 本章著者の川越和人によれば、ブラジルで柔道が講道館柔道から独自の発展を遂げたのは、前田光世のパーソナリティによるところが多い。ただし、それが前田による影響なのかグレイシーによる新たな展開なのか、あるいは、一族のなかでもカーロスによるものか、エリオによるものかは、それぞれの立場によって見解が異なるため立証が難しい。
 その後、エリオの長男のホイラーが米国でグレイシー・アカデミーという道場を創設し、四男のホイスがUFC大会で活躍するなかで、グレイシー柔術は米国での知名度を獲得していく。ここでは、日本でも94、95年に開催されたバーリ・トゥード・ジャパン・オープンによってその知名度を拡大させていったとされている。だが、さらに付け加えるなら、日本におけるグレイシー柔術の知名度は,マスメディアによるヒクソンの無敗神話と野性性といった誇張された言説や、桜庭和志とホイス・グレイシーの好勝負とそのメディア表象を抜きには語れないのではないだろうか。

 筆者が、こういったメディア・イベントの影響力を指摘しながらも、それとは異なる日系ブラジル人移民の草の根の実践に着目している点が興味深い。ここでは、一人一人の生活史から柔術とその文化、移民同士の関係、移民と日本人との関係などが描かれ、そこから「日常の生活のなかで出会い、ネットワークが作られた、というこの事例こそがメディアに依存するだけではない日系ブラジル人移民によるブラジリアン柔術の拡大経路と見ることができるだろう」と述べられている。
 マスメディアはテレビニュースを通じて、移民を犯罪者として、あるいは犯罪者予備軍として描く。一方で、日本人の多くも彼らを脱人称化した単なる労働力、「デカセギ」と見ている。しかし、ここにはブラジリアン柔術を媒介としてそういったステレオタイプや固定化された日本人との関係性を覆すような実践が見られるのである。

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2010年03月28日

『「水俣」の言説と表象』小林直毅編(藤原書店)

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「『水俣』をとらえ直す、メディア研究の集大成」


 「水俣」は現在も続いている。しかしながら、「水俣」は、例えば歴史教科書から新聞、テレビといったメディア言説において、悲惨で繰り返してはならない過去の歴史として語られる。このような言説は一見まっとうに見えるが、いまだ補償を受けていない患者や解決していない問題を切り捨てるある種の暴力としても働いている。
 本書は、「水俣」を「歴史」として表象するそのような現状に異議を申し立てようとするものであり、さらに「教科書」的な言説の背後に隠されたもの、あるいはその言説が排除したものやこぼれ落ちるものをとらえなおそうとするのである。

 「『水俣』の記憶は、過去の出来事として遠ざけられ、断片化された映像によって描かれ/見られた水俣病事件によって形成され、共有されている。たしかにこうした映像は、水俣病の悲惨さを表象してきた。しかし、そこでは、急性劇症型の患者や胎児性患者の身体と生が、今日もなお告発しつづける『水俣』の記憶が、はたして表象され、形成され、共有されているのだろうか。描かれ/見られることとしての『水俣』の鮮烈な記憶が広範に共有されているからこそ、その成り立ちを解明する必要がある」

 本書は9人の著者によるアンソロジーであり、各章では言説分析、政治コミュニケーション、カルチュラル・スタディーズなどさまざまなアプローチが駆使されているが、編者である小林直毅(こばやし・なおき)さんのこのような明確な問題意識が全編を貫いている。
 三部から構成され、第Ⅰ部「『水俣』をめぐるポリティクスとイデオロギー」では、これまで描かれ語られてきた「水俣」をマクロな視点からとらえなおそうとする。そこでは、日本のマスメディアのパターナリズムが描き出される。例えば第2章では、『経済白書』などのテクストを分析し、「こうした経済政策における論理はマスメディアを通じて再生産され、日本社会において復興から高度経済成長への至る経済政策に関する『合意』を形成したのである」と結論づけられる。第Ⅱ部「『水俣』の漁民・労働者・市民」ではこれまで語られなかったり、あるいは他者化されたりしてきた存在に光を当てる。評者は「水俣」をリアルタイムで知らない世代だが、第Ⅰ部で言説のマクロな構造を追うなかで「漁民」という存在やその実践に距離が置かれていたのは、漁師町で生まれ育った評者には少し違和感があった。だが、第4章では「そこに、P・ブルデュー(1988、1990)やM・ド・セルトー(1987)に依拠しつつ、「漁民」あるいは漁協の実践や戦略をみることも可能であろう」としつつも、客観報道の枠組みのなかで「漁民」が否定的な意味合いで隠喩され「漁民表象」がつくられていったさまを描き出している。
 第Ⅲ部「『水俣』の映像表象」では、これまで十分に検証されてこなかった映像メディアに対象を特化させている。ニュース映像、報道写真、ドキュメンタリーでの「水俣」表象がテーマにされる。映像は言語テクストに比べて多様な意味の広がりを持つ。そのため、映像を通じて何が表象されていったのかを分析するのは難しい。だが、第8章では「水俣病事件の初期報道に関して、新聞写真における患者の表象を追跡する作業は、患者が闇に葬られていくプロセスの検証となっていった」としている。また、第9章ではNHKのドキュメンタリー『奇病のかげに』(1959年11月29日放送)に関して、それが持つ告発としての可能性や「チッソ」への批判性を鑑みながらも、患者の身体を見るという経験に付随するものを問う。
  「水俣」という事例に徹底的に寄り添いながらも、水俣を通じたこの研究は、日本型メディアシステムの構造的な問題やメディアと社会意識の関係をとらえ得る大きな広がりを持つものである。また同時に、「客観報道」や記者クラブ制度といったジャーナリズムのあり方に再考を促すものでもある。水俣報道に携わったジャーナリズム、あるいは現在のジャーナリズム、記者たちは本書をどのように受け止めるだろうか。

 1990年代後半以降、日本のメディア研究や文化研究はカルチュラル・スタディーズの影響を大きく受けた。その後、フェミニズムやポストコロニアル批評などと結びついて多様な展開を見せていった。しかしながら、なかなか日本の文脈のなかでの重要な問題、公害、同和問題、在日朝鮮人といった社会的差別や社会問題が真正面から取り上げられてこなかったし、従来の批判的研究との接続も容易には進まなかった。本書では編者が自らを「レイト・カマー」と形容しているが、それは既存の知と結びつきながら、それをとらえ返すという重要な試みといえる。ここまで事例に入り込み、寄り沿いながら紡いだメディア研究を寡聞にして評者は知らない。その意味で、本書は間違いなくメディア研究の集大成として位置づけられるものだ。
 このような強い問題意識に裏打ちされた研究を評するとき、評者自体の立ち位置もまた問われよう。評者は大学院生時代の2004年に著した論文で、本書出版の端緒となる編者の研究論文に触れ「メディア表象とメディア組織、行政、政治といった様々な権力との関係を、日本の文脈のなかで捉えようとする姿勢が見受けられる」と書いた。それから3年後に編者は本書を世に問うている。翻って評者自身はそれだけの対象をまだ見つけられていないし、対象からここまでメディアの存在を問うような仕事もできていない。そのため、なかなか本書と向き合えなかったのが事実である。
 同じ方法論を専門とする立場からあえていえば、タイトルにもあり本文にも頻出する「言説」(discourse)と「表象」(representation)それぞれの概念が具体的に何を意味し、どう異なったりクロスオーバーしたりするのかについてのまとまった記述がない。それによって共著者によって異なった使い方が生じており、多少の混乱を読者にもたらすかもしれない。だが、それは上述したような本書の価値を下げるものではまったくない。本書の記述は重厚で論文調の硬派なものだが、広く読んでもらいたい一冊である。特にメディアと社会について学ぼうとする学生や若い世代には、政治的中立性を装ったフラットな入門書を何冊も読むよりは、多少難解であってもぜひ本書と向き合ってもらいたい。



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