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2012年09月29日

『カーボン・アスリート――美しい義足に描く夢』山中俊治(白水社)

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「義足が有機体となる過程――義足ランナーをめぐる語りの中で」


 2012年ロンドン五輪とパラリンピックの両方に出場した両足義足のランナー、オスカー・ピストリウス選手の躍動感、レース後半の超越的な速さを評者は鮮明に記憶している。五輪男子200mでは予選準決勝で敗退したが、パラリンピック男子200mでは、(彼にとっては不本意な結果だったかもしれないが)銀メダルを獲得している。ピストリウス選手のチャレンジ精神、絶え間ない努力は称賛されるべきものだろう。

 だが、その存在はスポーツのあり方、アスリートの身体とは何かということ自体を考えさせられるものでもある。実際、ピストリウス選手が弾力のある義足を着用して健常者の大会に出ることに対しては、これまでさまざまな次元で論争が生じている。

 障害者とスポーツをめぐっては、テレビニュースやネットの言説でこのような政治的な問題や資金難のような問題と絡めて語られるものが目立つ。だが、それらの多くは一面的にとらえているように評者には思える。義足の短距離選手、中西麻耶選手が資金難のためにセミヌードのカレンダーを出したことも報じられたが、その後中西選手が内面的な葛藤を抱えざるを得ないような状況が生まれたこともそういった描かれ方やネット言説の一面性の一端を反映しているように思えてならない。

 義足そのものについても、その能力の不公平性が指摘される半面、いかに義足を着用することで身体に負担がかかるのか、また着用することで崩れるバランスをどのように修正し身体と同一化していくのかといったような、アスリートの意識や身体感覚に寄り添って描き出そうとするものは見られない。

 そのような状況の中、本書はまったく別の視点から義足とアスリートの身体に迫ったものだ。プロダクトデザイナーで慶応大学教授の著者はこう言う。

 「ゴール直前の劇的なスピードを得たオスカーの肉体と義足との関係に、私は、人と人工物のかかわりの理想を見たように感じたのだ」

 「神速」と形容するほどピストリウス選手の走りに深い感慨を覚えた著者にとって、義足とは「高性能な人工物でありながら有機体」なのである。だが、それを可能にするのは容易でないことが本書から見えてくる。そのために重要なものとして著者が強調するのは、美しさと機能性が一体化した「機能美」という考え方だが、それを企画し、制作していく過程は、義足制作に携わる人々や義足に対応したウェアを開発する人々のまさに試行錯誤の軌跡といえるものだ。

 本書のユニークなところは、著者によるその軌跡(つまり、企画の立て方、スケッチの取り方、仲間との関わり方、他の研究組織との出会いやコラボレーションの進め方など)の丹念で分かりやすい記述が、ものづくりや研究のプロジェクトを進めるための基礎を教えてくれるものにもなっている点だ。

 デザイナーである著者の記述はあくまでデザインの議論に留めたものとなっているが、義足が「有機体」へと変容していくにはこの続きがあると言えよう。それはつまり、制作者たちの研鑽によって作り込まれた機能美の結晶である義足を、アスリートたちがどのような実践を通じて自らの身体と一体化させていくのか、ということである。本書から触発されるものは非常に多い。

追記

その後、ピストリウス選手は2013年2月に恋人を射殺したとして逮捕され、公判中であるが、本稿の内容には現時点では直接的な関連がないものと判断する。

2014年8月27日

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