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2012年03月30日

『テレビは原発事故をどう伝えたのか』伊藤守(平凡社新書)

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「原発報道をめぐる/からの根源的な問い」


 本書は、東日本大震災と原発事故が発生した3月11日から17日までのNHKと民放キー4局の報道番組を著者が精緻に検証したものである。「テレビ分析は、あくまでテレビテクストで起きたことがらに即して行われねばならない」(31頁)という理由から、ドキュメント形式をとっているが、本書の意義は記録的価値に留まるものではない。

「はじめに」で、著者はシンプルかつ根源的な問いから出発する。

「チェルノブイリ原発事故に匹敵する、人間の生命や健康に直接的な影響を及ぼすこの重大事故を、テレビメディアはどう伝えたのか」(13頁)

「日本の政府は、人間の生命や健康を守ったのか。そして、同じように、テレビというメディアは、この国で生活する人びとの生命や健康を守ったのだろうか」(同)

 すでに震災とメディアをめぐってはいくつもの書籍が刊行されているが、このような問いは十分なされていないといえるだろう。また、些末に感じられるかもしれないが、ここでの言語表現も評者には著者の問題意識を端的に示すものに思えた。それは、国民ではなく人間、人びとという表現を用いていることについてである。「頑張れニッポン」というスローガンは心地いいものだったが、その陰で在日外国人や外国人観光客の被災者への注目やフォローが置き去りにされた。メディアや世論が「災害ナショナリズム」的なものへと収斂していった状況を意識したもののように評者には感じられたのである。

 序章「<3・11後の社会>の熟慮民主主義のために」で、著者は今回の原発事故をめぐる政府の情報の遅れを権力の問題と喝破する。「パニックを避けるため」という常套句の背後にあるのは権力による秩序維持という意図なのだ。事故から1年が経った現在、メディアは原発事故をあたかも自然災害であるかのように物語化している。なぜ生じたのか、そこに誰が加担してきたのかという視点を忘れてはならないことが示唆される。

 次にマスメディアの対応とその報道の問題が検証されていく。その際、著者自身テレビ報道のあり方にラディカルな批判を向けつつも、既存のマスメディア批判(バッシング)とは明確に線引きをする。その立ち位置には共感を覚える。そしてその議論の範囲は、批判のための批判ではなく、メディアは熟慮する空間の創造にいかに貢献できるか、という大きなものだ。

 第1章「福島第一原子力発電所事故の経緯」でこの間の報道の経緯を確認したうえで、第2章以降、いかにして「楽観論」が蔓延するようになったか、「安心・安全言説」がどのように展開されたかをさまざまな視点から検証している。このような報道内容に基づく分析作業に対して、「当事者への聞き取りがない」「視聴者がどう見たかはわからない」といった批判がよくなされる。しかし、例えば12日深夜からのNHKの報道スタイルとその影響力への指摘などは、インタビューを用いても必ずしも聞けないことに、報道内容の分析から迫りうるという好例であろう。

 本書がマスメディア批判を目的としたものではないことは上述したとおりだ。第6章「原発事故に関するインターネット上の情報発信」で、著者はフェイスブックやツイッターといったオルタナティブなメディアが果たした役割にも言及する。しかし、それはどちらが優れているかというような軽薄な二項対立の図式においてではない。著者はこのようにとらえる。「今回の原発事故に関する社会の情報現象の変化に即して言えば、萌芽的なものであったとはいえ、草の根からの、専門家と一般市民といった垣根を超えた、ある種の市民の『集合知』あるいは『共同知』が生成したように考えられる」(222頁)。

 その問題意識をさらに展開したのが第7章「情報の『共有』という社会的価値」だ。ドキュメント形式を志向しながらそこに収まりきらないのがいかにも著者らしい。とりわけ、フランスの社会学者タルドやル・ボン、ドゥルーズの議論を横断し、今日の情報環境のあり方を解明しようとする「集合知」の議論は著者の真骨頂といえる。しかしながら、評者がそれ以上に惹かれたのは、「情報の所有」をめぐる議論だ。上述したマスメディアとオルタナティブメディアの議論はここに結実してくる。多くの場合、両者の関係をめぐる議論は狭隘で感情的なレベルで行われているが、著者が示しているのはコミュニケーション的な相違であり、「情報の価値」をどこにおくのか、という根本的な差異なのである。

 本書は、報道の是非やメディアのあり方をテーマにしたジャーナリズム論ではない。原発報道を契機として、「3・11後の社会」を構想する意欲作だ。原発関連の多くの書籍の前でどれから読もうか迷っている方にはぜひ本書を手に取ってもらいたい。



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2012年03月27日

『ベリーダンスの官能――ダンサー33人の軌跡と証言』関口義人(青土社)

ベリーダンスの官能――ダンサー33人の軌跡と証言 →bookwebで購入

「ベリーダンスの多様性と<官能性>」



 ベリーダンスをめぐる個人的な経験からはじめたい。評者にとってベリーダンスとは、テレビや映画やアニメ、ゲームなどのサブカルチャーを通じた皮相の視覚経験でしかなかった。それは例えば、映画やアーティストやアイドルのプロモーションビデオ、ロールプレイングゲームで中東を思わせる地域に登場するベリーダンサーらしきキャラクターなどである。ざっくり言ってしまえば、それらに描かれているのは陳腐な中東イメージであり、かつセクシャルなまなざしであったように記憶している。

 ベリーダンスをテーマにした書籍やムックのタイトルからキーワードを拾ってみても、「くびれを作る」といったダイエット志向に「魅惑の」「魅せる」「愛される」というセクシャルなものが組み合わさったものが目立つ。そこからはベリーダンスが性的で異性愛的なものとしてイメージされていることが連想される。評者が本書を手に取ってみた理由を端的にいえば、そのようなサブカルチャーやメディアを介したベリーダンス経験のなかには見られないものに触れてみたかったからだ。さらにいえば、上記のようなまなざしのなかで、ダンサーたちがベリーダンスを通じて何を体感し、それらを通じてどのような人生を生きているのかを知りたかったのである。

「この本を書くために大勢のベリーダンサーを取材した。それぞれの取材の結果はいずれもそこでだけ語られた踊り手たちの固有の歴史だった。おなじベリーダンスに喜びを見出しつつも、それらはあまりに異なる記憶の塊だったし、人生の試行錯誤の結果でもあった」(10頁)

 「はじめに」からは、評者が抱いた興味関心と著者の問題設定がクロスオーバーしていることがすぐさまわかった。著者自身、取材を重ねていくなかでダンサーたちの固有の歴史、それぞれが持つ異なるベリーダンスの記憶やその意味付けを記述することの重要性に気づいていったという。だが、本書の意義は彼女らの軌跡を記述したことに留まるものでもない。後述するが、多様で深みのある語りの数々からはがさまざまな示唆が与えられる。

 いい意味で予想を覆してくれるものがあった。それはここで「官能」が持つ意味合いである。タイトルから、本書もまた上記のようなまなざしやイメージに染まったものかと思いつつ読み進めたが、そうではないことが明らかになる。著者は、「本書のタイトルは最初から『ベリーダンスの官能』と決めていた」(10頁)という。その官能を著者は異性に対する情動という一枚岩なものではなく、もっと広がりのある複数の経験としてとらえているのだ。それらは身体的な超越性、ホモセクシャルな関係性、集団が生み出す連帯感などであり、その官能性こそが躍る女性たちを魅了しているというのである。

 本書は7つの章からなる。また、各章に付されているコラムはベリーダンスと日本人の関係史、ベリーダンスのグローバルな展開が平易な文章ながらも的確にまとめられている。なかでもコラム3「ベリーダンスとジプシー」、コラム7「オリエンタリズムとエジプトの二〇世紀」は、音楽評論家としての活動に留まらず、ジプシー・ロマ文化の研究者としても活躍する著者の専門性が如何なく発揮されている。ダンサー33人の語りが中心ではあるが、さらにベリーダンスに深くかかわってきた5人へも聞き取りを行うことで、ダンスそのものだけではなくその周辺文化からもベリーダンスをとらえようとするのが特徴だ。33の物語をすべて紹介することはできない。またそれぞれの語りの断片を安易に理論化したり一般化したりすることは慎まなければならないように思う。だが、どうしても触れておきたい語りがいくつかある。

 日本におけるベリーダンスの先駆者、海老原美代子は、ベリーダンス独特の身体技法を習得しそれを教え子たちに伝授していく。それは海外から輸入されたそれまでの舞踊とは異なるものだったが、もっと重要なのは、彼女がベリーダンスを「女性の官能的な表現であるばかりではなく、踊り手と音楽、そしてオーディエンスとが一体となった空間芸術」(17頁)として位置付け、高めていったことだろう。

 第2世代といわれるNéuphar(ネニュファー、松本眞寿美)は、活況を呈している現在の日本のベリーダンスについて、「かつてベリーダンスにあった神秘性やある種の密室性から解放され、大衆化したことで面白味が薄れた」(60頁)と述べている。

 世界的に著名で、日本のベリーダンスにも多大な影響を与えた米国のダンサー、Mishaal(ミシャール)も個人の革新性や創造性が発揮されず、同じ振付を学ぶことで似たようなダンスに陥りがちという点で、日本の現状に批判的な見解を示している。ネニュファーがいうような脱神秘化、平板化も含め、このような傾向はダンスシーンに特定のものではなく、現在の文化状況を反映したものだろう。

 一方で、トップレスバーでも踊ってきた経歴を持つタカダアキコの語りは、芸術作品を志向するものとは異なるベクトルにある。「自分にとっては、音楽との対話や、そこに存在するっていうのが基本で、そこにうさん臭さや人間臭さ、サブカル感のあるものが好き」(103頁)だという。

 KANKO(田中寛子)は、ベリーダンスに向けられたセクシャルなまなざしに対してこう述べる。「同性の客(多くは踊り手の生徒たち)に対するアピール、逆に言うと生徒(女性の)たちが憧れるようなダンサーの踊りとパフォーマンス、これが日本のベリーダンスショーの基本である。そこに男性客の視線はほぼ不在であり、『女のセクシーな魅力』は同性の客たちに対して誇示される」(128頁)

 この二つの語りからは、ベリーダンスを実践する女性が多様な意味づけを行っていることがうかがい知れる。このようにベリーダンスをめぐる経験は多様だ。性的/非性的、中東的/日本的/西洋的、現代的/古典的などさまざまな軸が交錯し、それぞれのダンサーにおけるその意味づけもさまざまだ。ダンサーのなかには、ルーツを求める「エジプト回帰」という傾向が見られるが、著者はその混淆なダンスのルーツを単一のものに求めることもしないし、ベリーダンスを性的なものとも、反対に非性的なものとも規定しない。唯一それらを束ねるのが、まさに著者のいう「官能性」なのだろう。