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2013年12月06日

『死小説』荒木経惟(新潮社)

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「これはアラーキーの小説論だ」

文芸誌の『新潮』に荒木経惟の連載が載っているのを見つけたのは、いつころだっただろう。ページをめくっていったら、突然、活字ページのあいまに彼の写真が登場した。20ページとかなりのボリュームにもかかわらず、連載がはじまったことに気がつかなかった。別丁のグラビアページならちがったかもしれないが、同じざら紙に刷られていたので完全に活字に擬態していた。

『死小説』は1年半にわたってつづいたこの連載を一冊にまとめたものである。写真は雑誌に掲載された順に収められている。文字は一切出てこない。単行本の小説がそうなように著者のあとがきもなく、文字情報はただひとつ「死小説」というタイトルだけだ。

すべて縦位置写真だ。最初のページにあるのは満開の桜とぽっかりと浮かぶ雲、それを開くと2011年4月12日の朝日新聞夕刊の一面のアップだ。トップの見出しに「福島第一 最悪レベル7」とある。対向ページは解体されたテレビのブラウン管に恐竜や怪獣のフィギュアをあしらった光景、それを捲るとさらに多くの恐竜類が登場し、廃材の上には胸の大きな女のフィギュアが仰向けになっている。つぎの写真にはネオンの看板が写っているが、その下の割れた花瓶の横にパック入りの水があり、そこにはなんと「おいしい水素水」と書かれている!

一点一点の写真が「読む」ことを求める。前の写真の情報がつぎの写真につながり、流れが生まれる。もちろん、こう読むべきだという筋立てがあるわけではない。また一点一点の写真が固定した意味をもっているわけでもない。明らかなのは、2011年3月11日の東日本大震災とそれによって引き起こされた原発事故の事実が根底に流れていること、その文脈にそって読んでいくと、像がつながり、物語が生まれ、感情や想念が動き出すことだ。

走行中の車窓からスナップした街の光景には、下校時の中学生、娘の手を引くお母さん、犬専用の乳母車にから顔をだすチワワ、腰まで届くリュックを背負った短パンの少年などが写っている。カダフィ、三笠宮寛仁、淡島千景、大鵬、サッチャーなど、他界した著名人の訃報記事も挟まる。最後には荒木の父の複写写真が登場し、『往生要集』の地獄図で締めくくられる。

荒木は写真家のなかでもっとも文学や小説への親近感が強いひとりと言えるだろう。それは写真集のタイトルの付け方からも想像がつく。『包茎亭日乗』は永井荷風の『断腸亭日乗』からの連想だし、『墨汁奇譚』はおなじ荷風の『濹東奇譚』のもじりで、同時に正岡子規の『墨汁一滴』もかけている。『緊縛礼賛』は谷崎潤一郎の『陰影礼賛』からきている。

とはいえ、ただの語呂合わせとはちがう。写真家として、それらの作家の文学観に共感していることが伺える。「小説」の語源は、国家や君主が呈する「大説」の反語であり、私的な物語という意味を含んでいる。「私」の視点から眺め、経験された世界の姿が物語られるわけで、筋書きやフィクション性は二義的な要素だ。「私」というちいさな存在が生き、活動するなかから生まれる創作なのだ。死ぬ前日まで公開を意図した日記を書いた永井荷風、死の床にありながら句や歌を詠みつづけ正岡子規など、荒木がオマージュを捧げる作家はだれも「公」に対する「私」の意識が強い。かれらの創作物は、「私」の生きる時間やその生命の活動と深い関わりをもっている。

そうした小説や俳句や短歌と自分の写真は同一線上にあるという思いを込めて、彼は文芸誌という媒体を選んだのだろう。目次には「死小説」第○章とあるだけで、「写真」という言葉はない。つまりこの作品は荒木の小説論であり、同時に写真論なのだ。彼の考えにおいて写真の本質と小説の本質は少しも異ならないことが示されている。

「私」が生き活動する過程で意識された瞬間が、写真のかたちで堆積される。あらかじめストーリーを組み立てるのではなく、生の軌跡をひとつの「物語」とみなし、それを写真で物語っていく。このような考えを荒木は写真をはじめた当初からもっていた。自分の新婚旅行を写真に撮り、私家版の写真集『センチメンタルな旅』をだしたときに、それはすでにはじまっていたし、妻の陽子が亡くなり『センチメンタルな旅冬の旅』を編んだときに再確認した。そして、東日本大震災とそれにつづく原発事故が日本ぜんたいを揺るがせたとき、その出来事が「私」のなかに生みだす「物語」を無視できなくなったのである。

保坂和志が「小説家は自分の書いている小説に影響される」とどこかで書いていた。書いているとき、書いている時間を作家は生きている。ご飯を食べたり、テレビを見たりするのとおなじように執筆の時間を生きているのだから、そこで書かれた内容が本人に影響しないはずはないという保坂の小説観は、荒木の写真観と通じる。不可逆的な性質をもった時間が「私」のなかに堆積するさまが、写真に撮られ、見つめられる。

荒木が90年代に出した『私写真』というタイトルは「私小説」のもじりだったが、今回の『死小説』では「私」が「死」に変わり、「写真」が「小説」に転じている。改めて「私」「死」「小説」「写真」の四語が荒木の写真と深い関わりをもっているのを感じた。「私」は生まれた瞬間から「死」にむかって生きていき、「小説」も「写真」もその時間と無関係には創りえないのだ。

私小説→私写真→死小説と組み合わせてくると、最後のひとつ残るのは「死写真」だが、人は自分の死を撮ることはできない。絵なら想像で描けるし、小説では死んだ自分がこの世を眺めることも可能だが、写真では自分のいなくなった世界は撮れない。ただ、「死写真」にむかって撮り進むだけである。

そのことを最初から自覚していた彼は、これまでも死の対極にあるエロスを多く登場させてきたが、この「小説」においても変わりがない。繰り返し登場する女性がいる。着衣の彼女、服を脱ごうとする彼女、下着姿の彼女、コスチュームを付けて踊る彼女。荒木の写真ではおなじみのモデルだ。臆面もなく三段腹をあらわにする熟女のヌード、金髪美女の緊縛シーンもある。そうした撮影現場にふいに現れるフィギュアが不穏だ。



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