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2007年12月28日

小畑雄嗣写真集『二月 Wintertale』(蒼穹舎)

小畑雄嗣写真集『二月 Wintertale』 →bookwebで購入

氷点下の世界、人と自然の接するところ

写真を写真展で見るのと、写真集で見るのとは別の体験である。これは絵画展と画集のちがいとは異なる。ホンモノと複製品という線引きが出来る絵画とちがって、写真の場合はどちらも複製品である。オリジナルプリントが出回ってから、「展覧会にかかっているのがホンモノ」で「印刷されたものはその代用品」とみなす傾向があるが、写真の本質はそこにはない。

いまから取り上げる『二月』というタイトルの写真集は、写真を写真集で見るとはどういう体験なのかを考えさせる、すぐれた例である。前のイメージがつぎのイメージとリンクして、意識下にあるものを浮上させ、思考や感情を刺激する。ページを繰っていくという本の形式が、視覚の活動を活性化するのだ。

裏表紙にタイトルがあるため逆さに開きそうになるが、馬の写真が貼り込まれたほうが表である。はじめに鹿の剥製の向こうにガスストーブが赤く燃えている写真があり、それを開くと屋外のスケートリンクの写真になる。

この写真、実はふたつの縦位置写真をつなげたものだ。右側は紅葉している秋の風景。左は冬の風景で季節がちがうのだが、違和感なく見てしまうところが不思議だ。公園の一部を凍らせただけの素朴なリンクにふたつの人影が立っている。はじめてリンクに立った少女と、彼女にスケートを教えようとしている母……とそんな想像が生まれる。

リンクのアップ、川べりの夕景、雪の中のメリーゴーランドがつづき、それをめくると初めて「二月」というタイトルが現われ、短い文章が載っている。北海道では校庭に水を撒いてリンクを作って滑るという話が記憶に残り、中標津を訪ねたのがはじまりだったこと。そこで隣町の「別海スピードスケート少年団」の名前を知ったこと……。

興味の対象を、この目で見ることからはじめるのは、写真家の習性だ。撮りながら感じ、考え、ひとつのシリーズを編み上げていく。「別海スピードスケート少年団」の活動を追ってそれだけで一冊作ることもできただろうし、別海という地域ぜんたいにテーマを広げて共同体の物語にする方法もあったかもしれない。だが、写真家はそうしなかった。冬の季節の人と自然の交わりにフォーカスし、宇宙の果てへと視線を伸ばした。

右から左へ、ページをめくる方向に何頭もの馬が走る。そしていきなり雪の結晶になる。きりっとした硬質なフォルム。ひとつとして同じ形のものはない。そのことに驚きながら凝視するうちに、視線が細かくなっていく。

馬と雪の結晶のペアがしばらくつづき、ようやくリンクに立つスケート少年たちが登場する。逆光に照らされたシルエットが劇的だ。時間は夜。周囲は暗い。リンク上を疾走する黒い影。氷上に残る無数の線のアップ。闇に響くスケート靴の歯音。これまでの写真で寒さを身に染みて感じている読者は、彼らの情熱に感銘せずにはいられない。

「別海スピードスケート少年団」は1960年代、別海に赴任した新卒の教師が水を撒いて人工のスケートリンクを作ったことからはじまった。やがてスケート団が結成され、町営リンクが出来、選手を輩出するまでになった、と途中に挟まれた説明文にある。長さ内容ともに好ましい。

橇遊びやホッケーや打上げ花火など冬の風物のカラーがつづき、ふたたびスケーターや雪の結晶のモノクロ写真にもどったところで、新たな山場を迎える。アメリカの農民で雪の結晶を撮影しつづけて生涯一冊の写真集を出したベントレー、その本に影響されて十勝岳に山小屋を建てて撮影をした雪の研究家、中谷宇吉郎博士のことが文章で紹介されるのだ。

ここに至って前半に入っていたモノクロの山小屋の写真は、中谷博士の白銀荘だったのではないかという想像が生まれる。雪の結晶写真が単なるイメージを超えて、本書を読み込むための駆動力に変る。さりげなく目にしていたものが意味を持ち、世界が広がっていく。『二月』というタイトルの意味が、結晶のように固まって腑に落ちる瞬間でもある。

奥付の後、再びカラー写真がつづいて、最後は雪道に立つ6人の若者の写真になる。手にカーネーションを持っているから卒業式の後かもしれない。なんということないカットだが、一度みたら忘れられない。みんな笑っている。撮影者にお別れを言っているようにも見える。

人だけを撮っても自然だけを撮っても足りない。人がそこでどんなふうに生きているのか、人と自然の結びつきの親密さこそを感じとりたいと思う。この写真集はその望みに思わぬ形で応えてくれている。

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2007年12月09日

『魅せられた身体-旅する音楽家コリン・マクフィーとその時代』小沼純一(青土社)

魅せられた身体 →bookwebで購入

「異文化に踏み込んだ音楽家」

コリン・マクフィーという音楽家がいる。1900年にカナダに生まれ、アメリカで音楽教育を受け、パリに留学し、ニューヨークで本格的な活動を開始、とここまではありふれているが、バリ島のガムラン音楽のレコードを聴いたことで、人生が一変してしまう。

1931年にバリ島に渡り、通算5年島に暮し、ガムラン演奏を学び、論文を書き、ガムラン楽団を設立し、島を巡って曲を採譜した。またガムランの音律を取り入れた曲を作曲し、分厚い大著『バリ島の音楽』を著すなど、演奏家、作曲家、研究者の境界線上に生きた。

『魅せられた身体』は、この特異な音楽家コリン・マクフィーの活動を縦糸として、バリの文化から大きな影響を受けた芸術家たちの動きを横糸に織り込みながら、西洋音楽と非西洋音楽、移動と定住、音楽における「母語と翻訳」などのテーマを追っていく。

「バリ万国博覧会の衝撃」では、ヨーロッパ人がガムランに触れた1889年と1930年の博覧会の模様、それらに影響を受けたドビッシー、プーランク、アンドレ・ジョリヴェ、あるいはマクフィーの留学中の師であるル・フレムやフレムや近いところにいたエドガー・ヴァレーズなどを紹介、さらにはオリヴィエ・メシアン、ピエール・ブーレーズなどの仕事にも触れている。

つぎの「銅鑼とガムラン」ではガムランの打楽器としての特徴が解説され、西洋音楽とのちがいが語られる。ガムランでは叩くことが演奏行為のすべてだが、西洋のオーケストラでは打楽器は主役を務めない。その理由を著者は、打楽器の音が「精神」にではなく「身体」にじかに作用してしまうことへの怖れがあったからではないかと語る。この指摘は、日本の祭りにおける太鼓の役割を思い起こすとわかりやすい。

つぎの「鍵盤の考古学」では、ありふれた楽器とみなされているピアノを取上げ、ピアノが弦楽器と打楽器の合体であること、1オクターブの音を鍵盤に割り振ってグローバルスタンダードの音を生み出したことを述べ、それに造反してジョン・ケージが生みだした、弦の間に物を挟んで音程を変化させるプリペアド・ピアノが取上げられる。

またアントナン・アルトー、カルティエ=ブレッソン、アンリ・ミショーなど、アジアの文化に魅せられた音楽家以外の仕事にも触れ、遠く隔たった土地への関心が非常に高まった時期だったことを描きだしている。こうした章のあいだにマクフィーの章が挟みこまれ、彼の活動の軌跡がひもとかれていくわけだ。

マクフィーはバリ島に渡ったとき、民族学者のジェーン・ベロと結婚していたが、これはマクフィーがホモセクシュアルであることを認めた上での結婚であったこと、「フェミニンな男性と恋に落ちるようになったのは、わたしの男性性に対する反感とナルシスムのためです……」とベロが発言していることなどは、これまで明らかにされてなかった事実で、ゴシップ的だが、現代にも通じる新しい夫婦関係が見えてくる。結局、ふたりは三度目のバリ滞在で別れてしまうのだが。

マクフィーはレコードでガムラン音楽に触れたのだったが、この音源を録音したのはヴァルター・シュピースというドイツ人の画家・音楽家だった。バリ島に渡ったのはシュピースが先で、ふたりは島で親交を結ぶようになる。

ちなみにシュピースもホモセクシュアルで、島の男性を恋人にしていた点ではマクフィーと同じだった。第二次大戦が接近して同性愛の締めつけが厳しくなったとき、シュピースはその咎めを受けて収容所に入れられ、船で移送される途中、日本軍に爆撃されて海の藻屑と消えた。マクフィーはシュピースが捕えられる5日前に島を離れ、アメリカに帰り着いて戦後を生きることになる。

しかしマクフィーの戦後は栄光とは無縁だった。二度目のバリ滞在の後に彼は「タブー=タブハン」というガムラン曲から刺激されたピアノのオーケストラ曲を書いているが、その後は作曲から遠ざかり、戦後10年近くたった1954年まで、なにも発表していない。アル中で、貧しく、忘れ去られた存在だったようである。

再起のきっかけは、1960年、カリフォルニア大学のロサンジェルス校に教職を得たことだ。ガムラン楽器を購入して演奏を伝授するなど、民族音楽において先駆的な活動をし、バリでの調査結果をまとめた『バリ島の音楽』を仕上げることにも心血を注いだ。だが、ゲラ刷り段階の1964年に65歳でこの世を去り、本が出たのはそれから2年後の1966年のことだった。

全体として20世紀の音楽文化史として括ることのできる内容だが、西洋音楽の文脈から俯瞰するのでなく、インドネシアの小さな島の音楽を核に据え、逆の方角から音楽文化を眺めているのが新鮮だ。西洋的音楽の行き詰まりを解消しようとした20世紀の作曲家の中で、マクフィーのやり方が極端な例だったことがよくわかる。島の音楽に踏み込んだことで、マクフィーの人生は音楽家としては生きにくいものになった。『魅せられた身体』というタイトルは、そんなマクフィーの生き方を象徴しているだろう。

最後に著者は、人は未知なるもの、「わたし」でないものに魅惑されるが、「その魅惑に触れようとするとき、手にしようとするとき、ひとは何ができるのか」と問いかける。文化の伝播が急速化している現代、安易に答えを求めるのではなく、状況に身を開きつつ問いつづけることこそが誠実な態度だ。自問自答の姿勢を貫くことで、著者はそのことを表明している。

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