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2013年10月03日

『酒運び―情報と文化を結ぶ交流の酒』ほろよいブックス編集部・編(社会評論社)

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「酒が織りなす物語」


 わたしはふだん自分からはめったに飲酒をしない。というより、酒を飲みたいと思ったことがほとんどない。体質的に飲酒ができないという部分が大きいが、食事中も水かお茶があればよく、楽しいことがあって思わずお酒を飲んだりだとか、いやなことがあって酒をあおって憂さを晴らすということもない。安上がりな人間である。

 とはいえ、飲み会はわりと好きな方である。親しい人たちとお酒を交えつつ(わたしは烏龍茶だったりするのだけれど)話していると、酔っ払っていい気持ちになっていく人たちのテンションに合わせてわたしのテンションも上がり、まったく酔っていないのに一番盛り上がっているがわたしだったりすることもある(バカです)。そのため少なからぬ人が、わたしをいける口と勘違いしている節があった。

 つまりは、わたしはお酒は苦手だけれども、酔っ払って人が陽気になっていくさまをみるのが、好きなのだろう。なんといっても、わたしの愛読書は二宮知子の『平成よっぱらい研究所』(祥伝社)であり、落ち込んだときはのわたしは、酔っ払って幸せそうな「よっぱらい研究所」の所長(←二宮知子さん)の武勇伝を読んでいるだけで元気になる。酔っ払った人たちは、わたしにとっては未知の領域に足を踏み入れている人々であり、そんな人たちの酒談義を聞くのは、異国の話を聞いているようでもあって、けっこう好きなのである。

 そんな私が夢中で読んでしまったのが、ほろよいブックス編集部編『酒運び』である。サブタイトルは「情報と文化を結ぶ交流の酒」とある。まったく酒の味などわからないわたしだが、なにこれ…面白そう…と思い読み始めたら止まらなかった。酒をめぐる文化人類的考察、文人と酒、酒にまつわる言葉、酒合戦と物流の歴史、どぶろく製造と密造酒取締、酒の情報誌事情、地酒による地域性などをめぐる12本の読み物と2本のコラムが収録されている。

 どれもが読み応えのある章になっているのだが、以下その中からいくつか紹介してみたい。

 滋賀県立琵琶湖博物館館長・篠原徹氏は、エチオピアのコンソ社会のフィールドワークについて「酒食道元の不思議な世界」で披露する。これは「酒を主食として生活している人々」の調査記録であるが、食生活のみならず、食事形態が興味深い。家族(親族)単位で食事をとる「家族団欒」ではなく「集落団欒」なのだという。村の中でチャガ(主食となる酒)を作った家に、村人がみんなで食事に行くのだという。それが毎食続く。そこにはプライバシーという概念が入り込む隙間はなく、「何故にこのような社会が発生し、存続しているのか、調査中は思考停止だし、日本に帰還してもあまりに世界が異なるのでまた思考が停止して、未だにどう理解したらいいのかわからない」という篠原氏の一文が胸に迫る。

 社会言語学者である井上逸兵氏の「酒の力と『飲み会力』」は、大学教員である井上氏の言語学者としての一面と、若人との飲み会に頻繁につきあう機会のある教員としての一面が見事に融合した一章となっている。日本語における「酒」という言葉の意味範囲や「酒」の擬人化を考察しつつ、次第に井上氏は「飲み会」というものの効力について話題を膨らませていく。「アルハラ」の危険性を把握しつつ、井上氏はこう述べる。

そこそこの人数がいて、雑多な人たちがいて、(多少)気をつかわなければならない先輩、大人もいるという状況で、一見、無目的に時間と空間を飲食を共有するのには、たしかに(酒を好まないものは特に)労力を要する。しかし、このカオスを処理する能力は人間力とコミュニケーション能力を高めると信じてやっている。ただののんべ教員ではないのだ!(56)

この心の叫びとともに、井上氏は、「カオス」の中で、ときに「偶然に」「余計な」ものに出会ったり、知ったりする「周辺視野能力」こそ、飲み会によって培われるべきものと力強く論じる。

 関西地方の広い範囲に存在した「紀州鍛冶」(紀州出身の鍛冶職人)と故郷とのつながりについて歴史的考察をおこなった加藤幸治氏の「酒がつなぐ『望郷』の共同体」では、故郷から出た鍛冶職人たちがいかにして故郷への帰属意識を保っていたかが論じられている。同業集団である鍛冶講を結成しながら、故郷からの弟子を取ることなどつながりを保っていた紀州鍛冶の職人たちはまた、鍛冶講の酒宴の場で同郷人としての絆を確かめ合っていたという。紀州鍛冶の職人システムだけではなく、故郷をはなれざるをえなかった職人たちの感情や内面を繙いているところが印象的だ。

 1976年に出版された『どぶろくと抵抗』(たいまつ社)に掲載されていたものの再録となった野添憲治氏による「猫の沢事件−−密造酒取締の虚像と現実」は、1915年に秋田県猫の沢村にて、とぶろくの密造酒取締がきっかけとなって傷害事件が起こり、25名もの人々が有罪判決となった事件をとりあげているスリリングな章である。野添氏は、この事件から60年後に、当時の事件を知る唯一の人物に聞き取り調査を行い、「犯罪者」とされてしまった猫の沢村の人々の名誉を回復しようとする。嗜好品をめぐるお上からの一方的な規制と、それに反抗する村人たちの攻防のくだりは、手に汗握るような緊張感がある。また「犯罪者」として夫が服役してしまったために、家と子供たちを一人で守らなければならなかった母親の苦労が語られる部分が心に残る章である。

「酒を飲んだときの世界」というのは、おそらくわたしはこれからも経験することがないだろうから、わたしにとってはずっと未知の世界でありつづけるだろう。けれども、こうした本を通じて「酒が織りなす物語」を読むことはとても楽しい。酒の情報誌『ほろよい手帖 月刊たる』の編集者である上野明子氏が「大阪からお酒の情報を発信」で語るとおり、「お酒に失礼なことをしてはいけない」(悪事をお酒のせいにしてはいけない)という言葉とともに、酒好きの方々は今日も楽しいお酒をどうぞ。わたしは烏龍茶で盛り上がります。



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