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2009年10月07日

『父と子の思想』小林敏明(筑摩書房)

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「<劇評家の作業日誌>(48)」

この本は小品であるが、実に射程の広い、深い思考をもった書物である。
 著者は現在、ドイツのライプチッヒに住み、哲学や思想を論じるアカデミシャンだ。そのバックグランドには西田哲学や広松渉の政治哲学などがあり、現在東アジア研究所の教授も務める。

 本書の副題に「日本の近代を読み解く」とあるように、著者がここで中心的に取り上げたのは、夏目漱石、中野重治、中上健次の文学である。彼らの作品に代表される日本近現代小説の底流にある「父」の問題は、これまでも数多くの論者が語ってきた。それは、近代日本がその精神形成を獲ちとるさいの必須事項でもあった。父とはつねに打倒される壁であり、乗り越えるべき象徴でもあった。そこに後続世代である子の宿命が重ねられる。

 本書で通奏低音のように聞こえてくるもう一つのテーマは、「知識人とは何か」である。これはたぶんに自己批評も加味されていよう。学問や表現、芸術にたずさわる者なら誰しもそこに関心が向かわざるをえない。実業とは違い、文化的・精神的な営みを職業とする者は、いったい何を生産しているのか。生活者に対して、戸惑い、だじろぎ、気おくれを抱かない知識人はいない。

 事実、本書の出発点は、著者の父に対する「気おくれ」にあった。地方都市の行政に携わる父は、どちらかと言えば、文化や芸術に無縁な一介の「生活者」だ。だが二〇歳で終戦=敗戦を迎えた父は、言うに言われぬ戦争体験を経てきた。その重みは、著者をして 「気おくれ」というコンプレックスに追い込んでゆく。ドイツに住む著者にとって父は、故郷にしっかりと根を下ろした存在であり、それゆえ「知識人」の仕事という虚業性を理解することは難しい。父と子は互いに対極にある存在なのだ。この対比は、日本の文学や芸術でどれだけ変奏されてきただろうか。

 

一般に「父」に代表される巷の生活人に対して、知識人という存在は多かれ少なかれ非現実的な「子」としての役を演じなければならない。(28頁)

 ここから本書のメインテーマが浮かび上がってくる。「子」として振る舞うことは決してヤンチャやイノセントを装うことではない。むしろ現状肯定を要請する圧倒的な力に抗して、非同意に撤することだ。
 著者が選んできた題材、漱石の『こころ』、中野の『村の家』、そして中上の『岬』 『枯木灘』などは、多かれ少なかれ父と子の葛藤が描かれている。
 
『こころ』に登場する人物は、「人間が存在しているということの理由もない孤独」 (49頁)
に襲われる。現実から遊離した高等遊民ならではの葛藤だ。

『村の家』では、政治活動から転向した息子が父に対して、「やはり書いて行きたいと思います」と文学を通して抵抗の道を探る。彼らに共通しているのは、地方都市、というより農村共同体が色濃く存在している故郷から、いかに離脱し、「知に殉じる」(68頁)かにあった。大衆が天皇のために「殉死」したように、知識人は「知に殉じる」のである。この言葉にわたしは惹かれるものがあった。そこに今も通じる知識人の根拠があり、現在のわたしたちを突き動かしてやまない何かがある。

 父の壁は厚く、高い。父に抵抗することが、時代や国家に抵抗することにつながっていた時代は、おそらく1960、70年代を境に終わったろう。父が「家」に見立てられた時代は決定的に変質した。それ以後、「父親の失権」が始まったと言われる。

 知識人と生活者の対比は、都市と農村=村=家、西洋と土着、などさまざまな二項対立を生んできた。この二項対立が成立していたのは、これまた1960年代までである。そこに中上健次の登場する所以があった。彼の小説には「父殺し」が積極的に扱われている。そこが父への抵抗という従来の段階を踏破した彼のオリジナリティである。中上文学が 「ギリシア悲劇」に通じる理由は、日本近代という固有性を超えて、人類の文化の原型へと遡れるところにある。だが中上に関して、知識人という主題は変化している。彼の小説に登場してくるのは、知よりも「肉体」をもった青年であり、そのパッションだ。これは言葉と肉体という二項対立を超えた、「超-知識人」とでも呼ぶべき存在だろう。

 「父殺し」に次ぐ「父親崩壊」が言及されるようになった70年代以降、父と子の思想を解明しようとする著者のモチーフは失効したのだろうか。そうではあるまい、というのが著者の立場である。
 例えば、著者は日本国内の経済的成功や成熟の「達成」に関して、実はそのために踏みにじられてきた「アジア」の貧困を視野に入れる。東京が繁栄して地方が壊滅していく近代の成れの果てをよりアジア的・グローバルな視野から見たとき、読者は大きな海図の中に連れ出されるだろう。

 たしかに問題はねじれ、一筋縄では解きがたい複雑さを増してきた。そしてその解き口をさまざまな論者が探ってきた。その一つが「精神分析」である。だがこれを著者は手厳しく批判する。
西洋の新しい「知」は結局、

「子が父という外的権威を内面化することによって、そこに自己監視と自己処罰を可能にする超自我の成立を見た。……だから、精神分析は人間の解放どころか、むしろ一九世紀的抑圧の構造に加担しているにすぎない」(241頁)
とするのだ。
    
 今日の日本で「知識人」という言葉はどのように受け止められているだろうか。知識人の打倒を叫んだ学生叛乱は、別の立場での知識人の運動だった。すなわち「新しい知」による「旧来の知」の打倒である。古い知識人は象牙の塔に立て篭もり、独占した「知」で学生を誘導した。だが彼らは「裸の王様」となり、その結果、80年代以降は「知」そのものが廃墟と化した。消費文化への転換である。

 では「知」をどう取り戻せばいいのか。60年代の叛乱の時代を潜り抜け、80年代の消費時代を通過した後、21世紀のわれわれはその「知」の回復をあの手この手で探っている。その危機感は、ナショナリズムの復古や繰り返される日本回帰、若者に対する就業の困難さや貧困ビジネスなどともつながっている。「知」を葬れば、なしくずし的に国家に再編されていくことは目に見えている。昨今の日本の若い小劇場にも、無力感をことさらに描いてウケているものが目につくが、国家に再編されやすい人間を製造しているようで、不気味さを感じる。抵抗能力そのもののが失われれば、
 

国家が介入するや、たちどころに無力をさらすのではないのかという危惧のほうが強いからである。悪いけれども、私は何だかふわついた今の日本人をそれほど信用できないのである。(236頁)

 ここに著者の強いメッセージがある。

 最近、イギリスの劇作家トム・ストッパードの『ユートピアの岸へ』(蜷川幸雄演出)の舞台を見た。19世紀前半の若い「インテリゲンツィア」(このロシア語はこの頃生まれた)たちが革命の思想をめぐって延々と議論しているという芝居だ。それは今となっては空疎に聞こえるかもしれないが、世の中に懐疑的であることに関して、彼らの情熱は決して浅薄ではない。演劇というライブは、これを舞台の熱として観客に直接届ける機能を持つ。ここで重要なのは、知識人は「批判的」という精神とともにあることだ。言い換えれば、現在の趨勢に対して知をもって抗している者たちは、すべて現代の「知識人」と規定することができる。

 本書は、「批判精神」の発露たる「知」の実践として読むことが可能だろう。


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