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2008年05月01日

『演劇論の変貌-今日の演劇をどうとらえるか』毛利三彌・編(論創社)

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[劇評家の作業日誌](36)

先日、ブルガリアのソフィアで開かれた演劇批評の世界会議に参加した(4月14日~18日)。30か国、約100名の演劇批評家が集まる大会の今回のテーマは「暴力と人間性」。3日間、30人以上のスピーカーがひっきりなしにぺーパーを読み、ディスカッションを行なう。要するに、国際規模の学会である。こうした国際会議の面白さは、それぞれの「国柄」が表われることで、世界の多様性に一度に触れることができる。わたしはこうしたカオティックな場に身を置くことが嫌いではない。異質なもののぶつかり合い、そこから生じる化学変化は、まさに「批評」という思考装置が駆動するのにふさわしい場だ。

この会議のさなかで読み続けていたのがこの本だった。編者の毛利三彌氏は、成城大学で長らく教鞭をとられ、イプセン研究で知られる演劇学の泰斗である。本書は彼が世界の演劇研究の粋を集めた労作である。

「批評」と「演劇学」はどう違うのか。小国の場合、大学人が舞台批評を書くことが多い。一方、いわゆる大国では、フリーの劇評家や新聞記者などジャーナリズムが独立した勢力を形成している。大学のアカデミズムとジャーナリズムが別個に存在しており、大学に依拠して研究している者と、日々劇場を回遊してレビューを書く批評家とでは、生活スタイルから仕事のこなし方まで、まるで違うのだ。共通するものがあるとすれば、それは現在の最先端の演劇の理論とは何かを探ることにある。同じテーマを理論から探るのが研究者による「学」ならば、実践面から論ずるのが「批評」だろう。

本書は巻頭に毛利氏の学問研究の流れが置かれている。1923年にベルリン大学に世界で初めて演劇学科が創設された。これまで文学研究に従属してきた演劇研究が初めて独自の「学問」として、すなわち上演を軸とした「演劇学」として自立したのである。この成立に大きく寄与したのは、19世紀末に誕生した演出家の存在によるところが大きい。戯曲という文学的テクストはそれ自体に価値があるのではなく、それがどのように舞台にかけられたのか、つまり俳優の演技と上演が主たる対象になったことと「演劇学」の成立は不可分である。

この意識が芽生えた1920年代には、日本でも演劇を文学の従属から解き放とうとした最初の演出家・小山内薫が築地小劇場を創設した。これは単なる偶然ではない。スタニスラフスキー、ゴードン・グレイグ、マックス・ラインハルトなど、後に「演出家の世紀」と呼ばれる20世紀演劇の思想が本格化する時期でもあったのだ。とすれば、演劇の革新と「学」の動向は、かなり密接な関係があることになる。

演劇革命が起こった1960年代後半に関してこんな記述がある。
「1960年代以降、記号論、現象学、精神分析学、受容美学などが中心的な方法として注目をあびてきた」が、演劇の理論研究も、その「後からついてい」った(12~13頁)。

この時代の理論の探求は目覚ましいものがあり、次々と新しい理論が探られた。この時期に誕生したのは、「パフォーマンス・スタディーズ」と呼ばれるアメリカのリチャード・シェクナーによって提唱された理論である。ジェラール・ライネルトは「学問分野の推移」で、シャクナーの「パラダイムの転換」を紹介しているが、実践と理論の結合がここで実現する。文化人類学を淵源にもつこの「学」について、マーヴィン・カールソンはこう記している。

(演劇研究が)ハイカルチャーの伝統としてすでに認められている作品や時代に専念しているとしても、今日では、これまで無視されてきた大衆的な演劇形態--大道芸や縁日芝居、メロドラマやヴァラエティー、さらにパレードやサーカスや見世物といったものに、一層の関心が払われていることも事実である。(35頁)

ハイカルチャー、あるいはファインアートといった高級芸術が近代社会のエリート文化の反映だったとしたならば、その基盤自体が崩壊し、否応なく次の時代の「パラダイム」に変換せざるをえなくなったのが、演劇史の読み直しを促した。こうした推移に演劇学が呼応したのは言うまでもない。伝統的な演劇史は大幅に書き換えられたのである。

1990年代になると、フェミニズムや脱構築理論などポストモダンの理論が演劇研究にも導入されてきたと、毛利氏は言う。むしろ、90年代以前の80年代に端緒があったと言うべきかもしれないが、ここでは60年代以降の理論がさらに新しい段階に入ったことは明白だろう。80年代にはダンス界にピナ・バウシュらが登場し、美術と舞台芸術の混淆をめざした「パフォーマンス」が席捲するなど、演劇はさらなる変貌を遂げた。かくして「行為」や「遂行」を意味する「パフォーマンス」が重要な鍵になってきたのだ。

「パフォーマティヴ」あるいは「パフォーマティヴィティ」を具体的に展開するのは、ドイツのエリカ・フィッシャー=リヒテである。彼女の問題提起はわたしには本書でもっとも興味深かった。彼女は、ベルリンの先鋭的な劇場=劇団フォルクスビューネの『トレンスポッティング』(97)を扱うことで、具体的な分析方法を明らかにする。原作となったのはアーヴィン・ウェルシュの小説であり、96年にダニー・ボエルによって映画化された。わたしはこの舞台を実際にベルリンで見たことがあるが、この論考は、劇評、つまり批評とその理論化の実践と見ることができる。

この劇は、劇場の客席が封鎖され、実際の舞台の上にもう一つ小さな舞台がつくられて進行する。観客は至近距離で俳優に接し、両者は一つの空間を共有する共時的存在となる。そこで行なわれる行為は「これは君にかかわる問題」(54頁)となるのだ。俳優によってさかんに挑発される観客は「傍観者」であることを許されず、それどころか、観客自身が上演の進行を決める積極的な権利すら与えられるのだ。

パフォーマンスは、すべての参加者が、他の人々の行動や振る舞いを一緒になって決定することができ、また自分の行動や振る舞いが他人によって決定されるという、そのような経験を可能にする。(57頁)

ここにおいて、戯曲と上演、俳優と観客、舞台と客席といった二分法は崩壊し、対立を解消する「中間領域」、あるいは「リミナリティ」(境界線、限界性)が称揚される。つまり、矛盾を矛盾のまま共有することが、新次元として提唱されているのだ。それを保証するのが、俳優、観客ともどもに有する身体性という次元である。
 
「現代の上演を取り扱うことは演劇批評に任され、研究者の対象は演劇史から選ばれた」(49頁)というこれまでの伝統は、フィッシャー=リヒテによって廃棄され、上演と歴史の結合がはかられた。批評と理論の接近、いやそもそも両者を分離していくこと自体が、無意味な棲み分けに他ならない。両者が相互に嵌入し合うこと、それが今日求められていることではないか。批評の中でも、狭義の学問的に裏打ちされた批評とジャーナリズムのレビューという細分化をもたらしている。日本の劇評家のなかにも、大学に属する研究者と新聞社などのジャーナリストとの境界線が微妙に引かれている。両者を行き交うことは、これからの劇評家に求められる。

「演劇学」が舞台で上演されるパフォーマンスを総合的に研究するものだとしたら、ここで「パフォーマティヴ」という言葉が独特の意味合いを帯びてくることに想到するだろう。この言葉を毛利氏は「上演的な」と訳しているが、近年の批評の用語としても「(上演)遂行的」として、認識的次元に先立つキーワードとして用いられている。演劇の原理的思考を押し進めていくと、現在の先端的な思想に演劇が躍り出ていくのである。毛利氏が博捜し収集する「演劇学の現在」も、ここらあたりに到達点があるのだろう。そこで「演劇学」と「批評」が出会うのである。ソフィアの会議場でわたしは、両者のリミナリティが柔らかく融合し、実践されているさまを目にしたのだ。

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