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2007年11月28日

『ギリシァ悲劇を読む-ソポクレス「ピロクテテス」にみる教育劇』吉田敦彦(青土社)

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[劇評家の作業日誌](32)

今年の演劇界は異例なほど、ギリシア悲劇を題材とした舞台が多かった。2500年前に起源を持つギリシア悲劇に、特段エポック的な何かがあったわけではないが、現状が見えにくくなってくると、演劇の原点たるギリシア悲劇が繰り返し呼び出されるのだ。足元を見つめるために根源に回帰する無意識の表われだろうか。

もっともギリシア悲劇とは何かといった原理的思考と、この風潮はあまり関係がない。新国立劇場では新しい芸術監督に就任した鵜山仁の最初の企画が「ギリシャ悲劇」を原作にした現代劇シリーズだった。3人の劇作家が3人のヒロイン――クリュタイメストラ、メディア、アンチゴネー--を元にして新作を書き下ろすというもので、現代にギリシアの古典はどれだけ再利用可能かが問われたといったところか。

こうした流れに乗ったわけでもないだろうが、ギリシア文化研究に長年研鑽されてきた著者による本書が誕生した。(表記として「ギリシャ」「ギリシア」、そして「ギリシァ」の3つがあるが、本文では、「ギリシア」を採用する)

わたしがこの本に興味を持ったのは次の二点である。一つは、ソポクレスの『ピロクテテス』の読解を直接の対象にしていること、第二点は副題にある「教育劇」という視点である。第一点に関しては、日本人にはほとんど知られていないギリシア悲劇作品だが、わたし自身は格別に関心があった。その理由は後述しよう。第二点の「教育劇」は、ブレヒトにもやはり同じタイトルの試みがあったからである。ブレヒトにとって「教育劇」とは、興行主体の公演ではなく、実験的な演劇を追及したものである。人間社会の解決しがたい問題に対して、実際に身体を使って演技し上演していくことを通じて、言葉では掴み難い認識に至る作業を言う。そこでは観客も意見を出し合い、演技者ともども考え、教え=学び合う。この相互的な「教育性」に「未来の演劇」のヴィジョンを夢見たのがブレヒトだった。娯楽性とは別に、人間の知性を鍛えていく演劇のもう一つの効用を探る試みでもあったのだ。だが、本書の「教育劇」はそれとはまったく関係がなく、「人間成長のドラマ」として捉えられていた。端的にいえば、青年が大人になっていく「ドラマ」ということだ。これにはちょっと拍子抜けしてしまった。

今回は『ピロクテテス』のわたしなりの受け止め方を中心に書いていきたい。

ギリシアの武将ピロクテテスは英雄ヘラクレスから譲り受けた弓によって知られる「弓の名人」である。彼はアガメムノンを総大将とするギリシア軍のトロイア遠征に参加した。だが旅の途中に寄港した島で毒蛇に足を咬まれ、負傷した。激痛のうめき声と傷口から放つ悪臭に周囲の人間が耐えられなくなり、アガメムノンはオデュッセウスに彼をレムノス島に置き去りにしてくるよう命じた。こうしてピロクテテスは、10年間、人の住まぬ孤島で足を引きずりながら弓で食物を得て、辛うじて生き延びてきたのである。その間、彼は足の痛みと、棄てられた屈辱を片時も忘れずに過ごしたことは、想像に難くない。一方、ギリシア軍もトロイア陥落が容易ではなく、いたずらに10年の歳月を費やした。業を煮やしたアガメムノンは神託を伺ったところ、ピロクテテスの弓がなければトロイア陥落は不可能だとされた。こうして、レムノス島にピロクテテスの説得に派遣されたのが、権謀術数に長けたオデュッセウスだったのである。果たして怨み骨髄の当人を説得して、もう一度ギリシアのために参戦してくれるか。これは相当の難題であろう。

そこでオデュッセウスは勇士アキレウスの息子ネオプトレモスを引き入れて懐柔策を練った。善良なネオプトレモスは、ピロクテテスも信頼を置く青年であった。彼はギリシアに向かう船に乗せると約束し、ピロクテテスを謀ることに成功し、弓を入手した。だがネオプトレモスは、オデュッセウスの言う通り虚言を弄することに耐え切れず、つい本当のことをピロクテテスに告白し、弓を返してしまうのである。オデュッセウスの奸計を知ったピロクテテスはますます怒りを募らせ、意固地になるばかりだ。こうして二途も三途もいかなくなった状況を打開したのは、死んだはずのヘラクレスだった。彼は強引に話を収拾させてしまう「デウス・エクス・マキーナ」、いわゆる「機械仕掛けの神」である。アリストテレスの有名な演劇論「詩学」で論じたように、この手法は劇作家が苦し紛れに無理やり劇を収拾するための方策だったという。その一方で、機械仕掛けで神が登場するシーンは、スペクタクルとして好まれたという説もある。

しかしこの劇には、ネオプトレモスの優柔不断さや突如の心変わり、コロスに見捨てられそうになったピロクテテスが一転して「連れて行ってくれ」と懇願するなど、原理原則にがんじがらめにされつつも、人間臭い応対が出てくる。前言を翻すあたりは笑いを誘っても不思議ではなかろう。つまりギリシア悲劇に登場する英雄は、名ばかりで、およそ人間的弱さが露呈する、どこにでもありうる人間ドラマなのだ。

一般にギリシア悲劇が分かりにくいのは、前史というものがあるからだ。例えば、ピロクテテスはネオプトレモスの父アキレウスを尊敬しており、それ故その息子には不用心なまでに丸腰になって心を許してしまうのだ。ヘラクレスから弓をもらった伝説も遍く知られており、その弓がいかに素晴らしいものであったかは、ギリシア人なら誰でも知っている。オデュッセウスという存在はホメロスの大叙事詩『オデュッセイア』で知られる英雄だが、実は彼は口先だけの頭の回転の早い策士であり、きわめて評判が悪い。こうした前提を知らないと、楽しみ方が半減する。

そこでこうした前提を抜いて改作するとどうなるか。ドイツの劇作家ハイナー・ミュラーが改作した『ピロクテーテス』(ハイナー・ミュラー・テクスト集〈2〉『メディアマテリアル ギリシア・アルシーヴ』所収)は、この前提を排除し、まったくドイツの実情に置き換えている。これがまた興味深い逸品になっているのだ。ミュラーはこの改作劇を作家同盟を追放されて孤立状態にあった時に書いている。つまりレムノス島に打ち棄てられたギリシア軍の弓の名手の心境と自分の境涯を重ね合わせたのである。ここで三者は、最高の武器を持った者、懐柔の指令を出された者、それを遂行する実行者として同格に扱われている。そこで純粋に政治的駆け引きを織り成すのだ。つまり著者吉田氏が言うように、ネオプトレモスの人間的「成長」が描かれているのではなく、政治的に利用するためにはどうすれば一番効率的かが問われている。何が有効で何が効率的なのか。最後のシーンで、ミュラー版ではヘラクレスは登場せず、オデュッセウスはトロイアの戦場に連れ出すことに失敗し、結局ピロクテテスを殺害してしまう。ギリシア人が期待した「和解」は当時のドイツ(書かれたのは1961年)では存在せず、もっと酷薄な状況を生きているという認識なのだろう。神は不遇だったピロクテテスの傷を癒し、トロイア陥落に勲功を与えることで、10年間の屈辱をとりなそうとしたが、そんな出来合いの勲功はミュラーの生きる現代では無用なのである。

原作の設定を活かしつつ、そこに作者の認識を持ち込むことで、作品を現代に生き延びさせる。その好例が、この『ピロクテーテス』なのだ。

それにしてもこの劇には、なんともいえぬ悲哀が感じられる。アガメムノンという総大将に命じられたオデュッセウスには中間管理職のそれを感じさせるのである。ホメロスの『オデュッセイア』のヒーローがこんな卑小に描かれているというのは、意外に思われるかもしれない。そこがまたギリシア劇の面白さである。ピロクテテスもまた、10年ぶりに聞く懐かしいギリシア語に心を揺すぶられるシーンや、合唱隊が帰国の途に着くと言った刹那に、自分を置き去りにしないでくれと懇願する場面など、とてもギリシアの英雄には見えない気の小ささだ。見栄を張っても、すぐ底が知れてしまう。どこまで筋を通して、強情を貫き通すか、どこらあたりで手を打つか、この駆け引きが何にもまして描かれている。孤独に苛まれながら、拗ねてみせる演技、同情や関心を引きながら、どのタイミングで和解の手を打つか。こんな権謀術数がこらされ、人間関係が押したり引いたりする波打ち際がとても興味深く描かれている。その優れたドラマトゥルギーには感服せぜるをえない。

この秋、日本で上演された「ギリシア悲劇改作」に、ミュラー同様、原典との対決の姿勢を期待したのは、わたしだけではあるまい。

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