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2007年01月23日

『歴史を知ればもっと面白い韓国映画』川西玲子(ランダムハウス講談社)

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[劇評家の作業日誌](22)

あなたは韓国という国を好きですかと聞かれると、なかなかうまく答えられない自分に気づく。好きでもあれば嫌いでもある。いや、そういう答え方では何も言ったことにならない唯一の国が「韓国」ではないか。隣国にはライバル意識や親密感、愛憎半ばする特別な感情が渦巻く。だがそれは案外歴史が醸成してきたものではないか。

2000年代になって韓国映画は新世代による表現の形式が変わってきたと言われる。それは若い世代の経験が新しい質を含んでいるからである。例えば、こういう記述が3年前にあった。「歴史と表現の間で」というタイトルのエッセイで、ソウル在住で演劇プロデューサーの木村典子氏は、『シルミド(実尾島)』と『ブラザーフッド(太極旗を翻して)』の大ヒットに際して、「韓国社会の歴史に対する視線が大きく変化してきていることを強く感じた」と指摘しているのだ(「シアターアーツ」04春号)。
90年代後半から始まる新しい韓国映画の動向が気にかかっていたものの、もう一つ全体像が見えなかったところ、それを一つの流れのなかで論じてくれたのが本書なのだ。その意味では、本書はわたしにとってまさに待望した本である。

本書は9つのテーマ別の章と9つのコラムによって構成されている。その主だった内容は、朝鮮戦争、軍事独裁体制、民主化とそれ以降、北朝鮮や在日問題など多岐にわたり、歴史の時系列を参照しながらフォーカスしている。しかしあくまで映画を入り口にしているから、決して肩肘張って論じているわけではない。むしろ庶民の視線を手放さないところが本書の語り口の特徴になっている。例えば、自分の小学生の頃に、ごく自然に教師の口から戦争が語られたこと、それは必ずしも「偏向的」な教師ではなく、生活レベルで戦争体験を語ってくれたのである。あるいは自分の住む町に住んでいた朝鮮の友達、そこに母親に連れられていく度に、なぜかその町の貧しさが記憶に残っていること。

本書は朝鮮人が描かれる映画に言及するところから開始されている。例えば吉永小百合主演の『キューポラのある街』(浦山桐郎監督)は、ごく隣人に朝鮮の家庭があった。その家族が朝鮮に引き揚げていくシーンは、今考えてみると、北への帰還だったことになる。必ずしも幸福でない彼らに共感をもって見つめる心情は日本人の一般的感情でもあった。誰にも幼い頃にあった感情をベースに、一つ一つの作品が読み解かれていく。今村昌平の『にあんちゃん』もその一つだが、2000年代になって、梁石日原作の『夜を賭けて』(2002年)になると様相は一変する。激しい感情が渦巻き、そこに在日のたくましいが、野卑で暴力に満ちた世界が展開されるからである。同じ作者の『血と骨』(崔洋一監督)は済州島から「君が代丸」に乗って大阪にたどり着いた韓国・朝鮮人の行動から開始される。在日の監督は、自らの手によって「歴史」を内部から描き出した。これは画期的なことである。この二本で興味深いことは、いずれも演劇関係者が関与していることだ。『夜を賭けて』の監督は劇団・新宿梁山泊の座長で演出家の金守珍。『血と骨』のシナリオは同じ劇団に在籍していた劇作家であり脚本家の鄭義信である。80年代から90年代に同じ劇団で演劇界を疾走した二人が、21世紀になって「在日映画」というジャンルを形成しつつある。

韓国映画の新局面は『シュリ』(1999)から始まったと言われる。ハリウッドばりのアクションと迫力のある映像、それは映画界の技術的革新に裏打ちされていた。その後、『JSA』(2000)や『友よチング』(2001)というビッグヒットが続く。もちろんそれ以前には巨匠林権澤(イム・ゴンテク)の『その丘を越えて--西便制』(93)など民族色豊かな伝統芸能を基盤とした作品も日本に紹介されている。だが「コリアンシネマ」の新しいムーブメントは圧倒的に若い世代に担われているのだ。彼らは戦後生まれである。韓国で「戦後」とは朝鮮戦争(1950~53、現在は休戦中)以後を指す。日帝支配の植民地時代(1910~45)の記憶を直接持たない彼らは、ベトナム戦争を間近に見てきた。その後、軍事独裁制の中で青春を過ごし、学生運動にも加わった、いわゆる「三八六世代」である。80年代の民主化闘争に関わり、60年代生まれで当時30代だった「若者」たちである。日本でいうと、闘争世代だった全共闘世代に相当する。だが日本でもそうであるように、闘争の波が表面的には引いていくと、彼らのエネルギーはどこか稀薄になっていく。民主化時代にあれほど過激だった彼らは、そのエネルギーをどこに向けていくのか。それが映画などの表現活動なのである。彼らは年長世代と違った描き方を始めた。『シュリ』や『JSA』が画期的だったのは、北朝鮮兵士を敵として醜く描かなかったことだ。それまでの人物像は紋切型で、北の人間は感情を持たない冷血漢だった。(ちなみに日本人はメガネをかけ、首からカメラをぶら下げた、金をばらまく嫌らしい存在として描かれるのが常だ。)だがこれらの映画で、北の人間は「カッコよく」スマートなのである。

韓国から個性的な俳優が出てきたことも表現の幅を広げることに貢献した。例えば、ソル・ギョング。決して二枚目でない彼は、『ペパーミント・キャンディ』の闘争に疲れた中年の男性や、『オアシス』では世間の価値観から外れざるをえない男の感情をぶつけた。ソン・ガンホは、『殺人の追憶』ではしがない刑事を、『大統領の理髪師』では政治に巻き込まれた庶民の感情を誠実に演じた。昨年公開された『グエムル--漢江の怪物』でも、普段はさえない男が極限状況で人間味溢れる活動に出るのだ。彼らの演技は促成栽培されたタレントのそれではない。じっくりと教育と演技訓練を受けた痕跡がある。

政治や歴史を扱った、つまり「真面目」な映画にはさまって、娯楽色豊かな「普通」の映画もつくられている。例えば『猟奇的な彼女』や『オールド・ボーイ』といった風俗やサスペンスを売り物にした作品だ。当然のことながら美男美女が活躍する。この延長戦上にTVドラマの「韓流ブーム」が湧き起こった。「近くて遠い国」は、本当に人間間の距離を縮めたのである。わたしの好きな映画に『ラブストーリー』(2003年)がある。親の世代で叶わなかった恋を成就させようとする物語。女優のソン・イェジンの可憐さは絶品だが、そればかりでなくストーリーの巧さも舌を巻く。これもまた韓国映画の特長ではないか。

わたしが初めて韓国映画に接したのは、1984年のイ・チャンホ監督の『風吹く良き日』である。この年に東京、名古屋、京都で開催された「韓日フェスティバル--マダンの宴」で自主上映されたものだ。このフェスティバルを唱道したのは、発見の会の瓜生良介氏。この本の記述では71頁に「ある演劇グループ」として言及されている。そこから良質な韓国映画を上映しようというアジア映画社という会社が立ち上がった。今日の韓国映画上映の隆盛の陰には、こうした小さな出来事の偶然が積み重なっている。

韓国映画の記述のなかに割り込むように演劇の参入を読みこんでしまうのは、わたしがあくまで演劇に関わっているからである。しかし演劇も映画も地下水脈ではつながっており、大ヒットした『殺人の追憶』は劇作家・演出家金光林が上演した『会いにきて』が原作であり、2003年にはソウルで映画の俳優たちの引っ越し公演を東崇アートセンターで見た。また映画の脇役にはわたしの馴染みの舞台俳優たちをよく見かける。『トンマッコルにようこそ』の作者チャン・ジンは、2年前に「韓国現代戯曲ドラマリーディング」で来日した。この映画にはチャン・ジン組と呼ばれる俳優たちが大挙して出演している。映画と演劇の関係の深さを知らしめるエピソードだろう。
 
この2月2日から4日にかけて、第三回目「韓国現代戯曲ドラマリーディング」が世田谷パブリックシアターの小劇場シアタートラムで開催される。わたしはその関係者の一人だが、韓国の文化や芸術に興味を持つ方は是非一度のぞきに来ていただきたい。

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