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2006年10月03日

『小沢昭一的新宿末廣亭十夜』小沢昭一(講談社)

小沢昭一的新宿末廣亭十夜 →bookwebで購入

「末廣亭の奇跡」

新宿末廣亭は昭和二十一年に建てられた寄席である。中に入ると高座に向かって左右に細長い畳席があり、それに挟まれて椅子席が設けられている。2階もあるが1階が満員にならない限りは開いたことがない。何年か前までの座席は硬いビニールの掛かった古めかしい椅子であったが、現在では座り心地の良い椅子に変えられている。ある落語家の先生に言わせると「気持ちが良いので眠る客が増えた。」・・・そうな。
ここでは落語はもとより漫才、講談、コント、奇術、紙きり、音曲など、昔から親しまれてきた色々な芸が楽しめる。末廣亭の楽しさは芸人たちに接することだけではない。普段着のおばちゃんたちの笑い声を聞くのも楽しいし、それ以上に私にとっての末廣亭は芸の磨き方を学べるというおまけが付いている。寄席には舞台と客席の隔たりがない。観客の反応がこれだけ早く伝わる空間は他にないのである。この末廣亭が満員になるのは珍しく、観客が比較的に多いのは土曜の昼の部ぐらいである。

この末廣亭が10日間続けて超満員、立ち見券を求めて長い列が並び満員札止めになったことが起こった。興行以来始めてという「奇跡」を起こしたのは俳優の小沢昭一。柳家小三治に勧められて小沢昭一が末廣亭の高座に上がり、昭和に生きた芸人たちを10日間に渡って蘇らせた話が一部始終載っている。

プログラムには「隋談 小沢昭一」とあり、
出囃子はラジオ番組「小沢昭一的こころ」のテーマ曲の三味線版。
それにのって、のっそり登場。拍手。
講談のように、釈代を前に座る。

小沢昭一は初日、最初の一言からすでに観客の心をつかんでいる。場内の熱気、笑いが彼特有のノラリとした話ぶりと共に伝わってくる。

初日、小沢は末廣亭の歴史と共に新宿の移り変わりを語っている。高野フルーツパーラーや紀伊国屋を回って、青春時代の二丁目あたりに至る話は素晴らしい。今や若者で賑わう新宿、私の少年時代の記憶では怖かった新宿、そこに青春を生きた小沢昭一が重なってくる。
その次の夜は昭和の大家、古今亭志ん生の話。小沢が志ん生にインタビューをした時のエピソードを語っているが、志ん生の息子、金原亭馬生が書いた子供時代を読む場では思わず涙腺が緩む。

大阪の芸人、立花屋扇遊、「尺八扇遊」の芸は高座で尺八を磨くだけで客を笑わせたそうな。尺八を吹くでもない、ただ磨くだけで客にうけた。ところが東京で空襲が激しくなった頃、小沢は扇遊が高座で尺八を吹くのを聞いている。反戦のニュアンスがあるのでラジオでは放送しなくなった「戦友」という曲を扇遊は吹いたのである。この扇遊のエピソードは残念ながら悲しく終わるのだが、最後に小沢が語る「・・・・戦争を恨みます。」の一言には重みがある。
笑いの影には涙あり、涙の影には笑いがある。人生の辛苦をスルスルと語る術は滑らか。この本の中で一番ドラマティックとも言える一幕でも、小沢は客を笑わせている。客は涙しながら笑っていたのであろう。

私が日本にいたならば10日間続けて寄席通いの贅沢をしたであろう、それが、ここでは一瞬のうちに読み通すことが出来るのである。
本とは便利なものである。


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