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2017年08月23日

『ストラディヴァリとグァルネリ ヴァイオリン千年の夢』中野雄(文藝春秋)

ストラディヴァリとグァルネリ ヴァイオリン千年の夢 →紀伊國屋ウェブストアで購入

「ヴァイオリン製作にかかわった天才たち」

 音楽家でなくとも、ヴァイオリンの銘器、ストラディヴァリとグァルネリの名前くらいは知っているものだ。銘器中の銘器ともなれば、数億円からときに十数億円ほどの高価で取引されることもある。本書(中野雄『ストラディヴァリとグァルネリ――ヴァイオリン千年の夢』文春新書、2017年)は、ヴァイオリンという楽器製作にかかわってきた様々な人物像を織り込みながら、ストラディヴァリとグァルネリの音色の秘密に迫ろうとした興味深いエッセイである。

 ヴァイオリン製作については、過去に数名の天才がいたことを覚えておくと理解しやすい。まず、400年という時間が経っても主要部分には改変の必要がない作品を完成させたアンドレア・アマティ、16世紀イタリア北部の街のクレモナでヴァイオリン製作に一生を捧げたアマティ一族の初代である。アンドレアの孫ニコロに師事したのが、アントニオ・ストラディヴァリ(1644-1737)で、やはりクレモナに工房を構えた。クレモナが「ヴァイオリンの聖地(メッカ)と呼ばれるゆえんである。ニコロのもとに職人見習いとして弟子入りしたのがグァルネリ一族の初代アンドレア、この一族からグァルネリ・デル・ジェス(1698-1744)が出た。ただし、ストラディヴァリがアマティ一族の流派なのに対して、デル・ジェスが模範にしたのは、ガスパロ・ダ・サロ(1540-1609)というもう一人の天才だった。著者によれば、サロン音楽向きに甘美な音色のメロディー楽器を開発したアマティ初代と、より多くの聴衆に聴かせるために朗々と響く楽器を作ろうとしたダ・サロから二つの「異質」な流派が生まれたという(本書137-138ページ)。もちろん、その後、初代の頃から改良が加えられているので、安易な分類は誤解を招きやすいことを承知の上での指摘である。

 銘器の潜在能力を引き出すのは演奏者の腕だが、せっかく高い買い物をしても、楽器がいうことを聞いてくれないこともままあるらしい。チャイコフスキー国際コンクール(1990年)で優勝した諏訪内晶子さんは、現在、日本音楽財団から「ドルフィン」という銘器(ストラディヴァリ黄金期=第三期に製作された最高級品)を貸与されているが、20年近く弾き続けても、「楽器に教えられることが多く、自分の音をよく聴くようになりました」「いまだにポテンシャルの底が見えない」などと語っているという(本書、123ページ)。

 銘器の秘密はどこにあるのか、多くの人たちが探求してきたが、本当のところは、いまだによくわかっていない。著者は、「楽器としてのヴァイオリンは、各部分の総和ではないという冷厳な事実」(本書、76ページ)と表現しているが、それは有名な経済学者ケインズが若い頃に影響を受けた哲学者ムーアの「有機的統一の原理」そのものだ。「謎」があるからこそ、それだけ魅力も増し、価格も天井知らずに上がっていくのだろう。
 音楽好きには話題満載の楽しめる一冊である。


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