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2016年12月16日

『ピアニストは語る』ヴァレリー・アファナシエフ(講談社)

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「奇蹟のピアニスト」

 モスクワ生まれのヴァレリー・アファナシエフというピアニストは、日本でとくに人気がある音楽家ではなかった。音楽界の商業主義に背を向けたかのような姿勢は、ルーマニア出身の指揮者チェリビダッケのそれに似ていなくもない。だが、この晩成型のピアニストがここ数年メディアに登場する回数が増えたことは事実である。そうでなければ、本書(『ピアニストは語る』講談社現代新書、2016年)が世に出ることもなかっただろう。

 アファナシエフのスタートが悪かったわけではない。バッハ国際音楽コンクール優勝(1968年)、そしてエリザベート王妃国際音楽コンクール優勝(1972年)という経歴は、華々しい活躍のスタートになっていたとしても不思議ではない。だが、そうはならなかった。
 旧ソ連での活動に制約があったことは事実である。アファナシエフは早くから西側への亡命を考えていたというから、西側の「自由」や「豊かさ」を欲していたのだろう。だが、ベルギーに亡命してからは、自分が西側の世界にもある種の幻想を抱いていたことを悟っている。例えば、「ただいい演奏をしさえすればすべてがうまく運ぶはずだ」というのは、端的に誤りだった(本書138ページ)。「亡命ピアニスト」としてマスコミに大きく取り上げられ、多くのコンサートとレコード会社との録音の契約に至らなければ、その後の音楽家人生が保障されるわけではなかった。つまり、彼は西側の商業主義を甘く見ていたのだ。

 「後悔することはたくさんありますが、自分が選んだ人生の全体としての方向性は間違っていなかったと思います。ことの始まりから、私は出来合いのしあわせというものを拒否してきました。たしかに世界のベストのオーケストラと何遍も共演して、バイオグラフィーに「彼はこの曲でシカゴ交響楽団と共演し、うんぬん」と延々と書き連ねるのも結構でしょう。しかしそれは私の生き方ではありません。」(本書142ページ)

 アファナシエフのディスコグラフィーには「全集」ものは見当たらない。著名なピアニストなら、ベートーヴェンやモーツアルトなどのピアノ・ソナタ全集を数回録音していても不思議ではない。だが、あるとき、アファナシエフは、メロディー(旋律)―-旋律ではなく「和声」とも言い直しているが――とハーモニー(和声)の両方に配慮した演奏法に気づき、この自分なりのアプローチに固執した。ベートーヴェンの作品でも自分の演奏に心から納得しなければ決して録音はしない。全集ものがないゆえんである。

 「作家ならば、多くの嘘をつくことができる。音楽では――決して嘘をつくことはできません。多くの演奏家が求める勝利や名声といった考えから、今日の私はますます離れていきます。自分自身に打ち克てば、私にはそれで十分なのです。」(本書184ページ)

 この孤高のピアニストが、ただ一人、心底から尊敬している師は、エミール・ギレリス(1916-85)である。だが、単にギレリスの人柄や技巧を尊敬しているというのではなさそうだ。

 「ピアノから離れて、ソファに座り、いま練習している曲を“内なる耳”で聴こうとするとき、私はいつもギレリス先生のこと、彼の習慣、彼の鳴り響く静寂に思いを馳せます。彼は音楽だけでなく、人生そのものを聴くようにと教えてくれました。いや、むしろ彼は私に、人生のなかに音楽を聴きとるように教えたのです。音楽のほかに世界にはなにもない、そう言うことができたらいいのに――と私は思います。なにが起ころうと、あらゆることは音楽です。死でさえも音楽なのです。」(本書187-188ページ)

 ここまでくればもはや「哲学」の世界である。このようなピアニストが完全に埋もれずに本書のようにみずからの「哲学」を語ることができたこと、これこそが「奇蹟」というべきかもしれない。


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