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2016年03月16日

『先生、私はうつ病なんですか? 医師と患者の対話』広瀬徹也、新尾二郎(日本評論社)

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「うつ病は「こころの風邪」なのか?」

 本書は、出版社勤務で実際にうつ病に苦しんだ経験のある編集者(新尾二郎氏)と精神科医(広瀬徹也氏)との対話の形をとっているが、一読すれば、うつ病をめぐる精神医学の現状、治療法、予防法などを概観できる好著である。最近のテレビやインターネットなどを通じた啓蒙活動のおかげで、私たちは以前よりもうつ病についてのたくさんの情報を得ることができるようになったが、この病気は単純な一般化を許さないような難しい面もある。だが、本書は、闘病を経験した新尾氏を登場させることによって、うつ病治療の難しさにも踏み込んでいる点で、この病気に苦しんでいる人たちに参考になることが多いはずだ。
 几帳面で仕事熱心な新尾氏は、それだけでもうつ病になりやすい性格だが、最初は睡眠障害に苦しみ、治療を受けていた。だが、睡眠障害だけではすまず、やがてうつ病に苦しむようになった。新尾氏は、医学関係の雑誌の編集者の仕事を通じて、うつ病については十分な知識をもっていた。それゆえ、病気に気づいてみずから通院や入院をすることになるのだが、うつ病患者のなかには重症化するまでみずから病院に行こうとしない者も少なくないだけに、治療の面では恵まれていたともいえる。しかし、うつ病を発症してから軽快するまでには、何種類もの抗うつ薬や抗不安薬を試したり、ときにはひどく落ち込んだりと紆余曲折を経ている。

 広瀬氏の診断をうけるようになってから、新尾氏は昼間は勤務しながら夜は病院に戻るという珍しい形の入院をひと月ほど経験する。広瀬氏は、もともと、「うつ病患者や摂食障害などは早いうちに入院すれば、悪い状態の長期化(遷延化)を防げるケースがたくさんある」(同書、77ページ)というのが持論だった。入院生活は、自宅で引きこもっているよりは、自殺防止の点でも病院内の「小社会」に慣れることによって復職を容易にするという点でも優れているからだ。ただ、新尾氏が出版社の取締役という責任のある地位にあり、本人にも働く意思があったので、昼間は仕事、夜は病院という稀な形での入院となった。

 興味深いのは、広瀬氏が日米のうつ病者を比較して、「日本人のばあい、過労によってうつ病を発症することが多い。海外(とくにアメリカ)では、大切な人との死別であるとか、子どもとの離別が発症の原因となることが多いようです」(同書、154ページ)と述べていることである。日本の精神科医がうつ病患者にまずは「休養」をすすめるのに対しては、アメリカではすぐに認知行動療法が始められるゆえんである。だが、広瀬氏が1977年から問題提起している「逃避型抑うつ」のケースはそう単純ではない。広瀬氏は、「仕事には行けなくなっても趣味や遊びはできることから、逃避型抑うつと名づけたのですが、企業社会に特化してみられることから、逃避型抑うつは括弧に入れて、出社困難症とか欠勤症と呼ぶほうが無難かと考えています」(同書、187ページ)と述べているが、最近は増加傾向にある、「わが国独特の非定型うつ病」に近いらしい。

 うつ病は休養と薬物療法ですぐに治るような「こころの風邪」ではないケースも多いだろう。新尾氏は、みずからの経験から、「自分の人生を見直すことによって初めてうつ病を治すことができるのではないか」(同書、189ページ)と述べているが、そのためには完璧主義は捨ててある程度で「あきらめる」姿勢も必要だという。そのような「心の切り替え」ができるようになって初めてうつ病が軽快していくというのは示唆に富んでいる。逆にいうと、「会社人間」で「出世」ばかりを考えてきた人がうつ病になると、とても治りにくい状態になるかもしれないということだ。副題に「医師と患者との対話」とあるように、肩の凝らない啓蒙書として読めば有益だと思う。


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