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2014年03月20日

『戦国史を歩んだ道』小和田哲男(ミネルヴァ書房)

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「幼き日の城・武将・合戦好きから歴史の世界へ」

 ミネルヴァ書房の自伝シリーズに高名な歴史家の一冊が加わった(小和田哲男『戦国史を歩いた道』ミネルヴァ書房、2014年)。著者は現在放映中のNHK大河ドラマ「軍師官兵衛」の時代考証も担当しているが、本書を読むと、幼き頃の微笑ましいエピソードから現在に至るまで、著者がどのような道を歩んできたのか、丁寧に書かれているのがわかる。

 著者は小学校の頃から「城」「武将」「合戦」に関心を持っていたが、ところが、大学に入った頃(1962年)は戦国史研究は低調で、「城」「武将」「合戦」は趣味の世界だと思われていたらしい。だが、高校時代から歴史部を創設したり古文書講座に通ったりしていた著者は、戦国史研究への夢をどうしても捨てきれなかった。早稲田大学学生歴史学研究会(中世史部会)、全国組織の歴史学研究会(日本中世史部会)などに所属し、そこで出会った先輩や先生などから史料や古文書の読み方を教わったり、現地調査にも積極的に参加したりと、次第に歴史の面白さを発見していく。大学生時代に全国の城をめぐる旅にしばしば出かけたのは、とくに楽しい思い出になっているようだ(同書、38-41ページ参照)。
 卒業論文は「城下町成立過程の研究―今川家臣団の分析を中心に」(400字詰原稿用紙629枚の力作で小野梓記念学術賞を受賞)、修士論文は「浅井氏領国における兵農分離の様相」(400字詰原稿用紙200枚程度)というテーマを選んだ著者は、博士課程からは後北条氏の研究に力を入れるようになっていく。折よく「後北条氏研究会」もスタートした。著者によれば、「理論的なことは、歴史学研究会中世史部会および民衆史研究会でカバーし、具体的な文献調査の方法論などはこの後北条氏研究会で学んだ」という(同書、82ページ)。


 静岡大学に職を得てからの著者の様々な活躍(著作、講演、テレビ出演など)については改めて詳述する必要はないだろうが、本書を読んでとくに印象的だった三点を以下に紹介しておきたい。

①今川館跡保存運動をおこしたこと―1980年代の初め、今川館跡と思われる遺構を壊し、その上に美術館を建てるという動きが出たとき、それに反対するのが戦国城郭の研究者の使命であると立ち上がり、紆余曲折はあったものの、最終的に今川氏遺構を守ることに成功したこと(同書、111-114ページ)。このようにまとめると簡単なようだが、数々の圧力や嫌がらせに屈しなかった著者の勇気には頭が下がる。

②時代考証の内幕―著者はNHK大河ドラマの時代考証をいくつか担当しているが、「時代考証」とはいっても、その助言がドラマに活かされるとは限らず、むしろそうではない場合のほうが多いこと(同書、136-150ページ参照)。「江―姫たちの戦国」では、小谷城跡から焼けた痕跡は見つかっていないので(記録とも一致)、小谷城に火をかけないようにと助言したにもかかわらず、出来上がったドラマの場面では小谷城が大々的に燃えていた! 「落城」シーンだからチーフディレクターから「少しだけでも火をつけさせてくれ」という趣旨の電話はもらっていたが、ぎりぎりの妥協として「少しなら」と答えたものの、結果は「大々的に燃えていた」のである(同書、145ページ)。ショックだったらしい。
 しかし、時代考証の仕事が無駄だったかといえばそうでもなく、脚本に出てくる台詞をチェックするという重要な役割があったことを教えてくれる。例えば、「功名が辻」では、山内一豊が妻の千代に啖呵を切るシーンに「わしは絶対家族を守る」という台詞が出てきたが、「絶対」という言葉は当時はなく、「家族」という言葉も当時は使われていないと物言いをつけたという(同書、140ページ)。

③敗者・弱者へのまなざしの重要性―歴史は勝者によって書かれるので、敗者や弱者の視点が見落とされやすい。ずいぶん前、著者のような専門家でも、『信長公記』のような信頼度の高い史料に信長の負け戦のことが書かれていないことを、谷口克広氏(信長研究家)に教えられたという。それゆえ、戦国史を「英雄史観」だけで描くのは危険であり、敗者や弱者や民衆の視点からも眺める必要を痛感したと。著者が好んで明智光秀や石田三成などを語りたがるのはそのためだろう。


 著者の研究スタンスは、基本的に一次史料は大事にするが、それ以外にも「聞き取り調査で得た伝承などの類」も必要に応じて取り込んでいこうというものである(同書、172ページ)。長年「歩く歴史学」を実践してきた著者は、各地の伝承などに歴史の真相を読むヒントを得てきたのだろう。著者が「史料の行間を読む」とか「史料の裏を読む」と表現していることは、たぶんそのような研究スタンスから出てきたものだろう。すべてを紹介できるスペースがないのが残念だが、一読してとても面白い自伝に仕上がっていると思う。


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