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2010年11月02日

『偶有(アクシデント)からの哲学-技術と記憶と意識の話-』ベルナール・スティグレール(新評論 )

偶有(アクシデント)からの哲学-技術と記憶と意識の話- →bookwebで購入

「スティグレールの哲学の巧みな要約」

 本書は、スティグレールの技術と時間についての著書の内容について、フランスのラジオ番組での連続インタビューで要約したものである。これまでスティグレールの著書は何冊も訳されてきたが、彼の特異な前歴もあって、周辺的な話題に注意が集まってしまう傾向があった。本書では彼の思想の本筋が、短いインタビューのうちで巧みに語られている。

 スティグレールはデリダの指導のもとで技術論を研究してきたが、ときにメディア論とも近い形で展開される彼の技術論は、哲学的にも興味深い観点をいくつも提供している。『技術と時間』の第一分冊ではとくにハイデガーの技術論の考察が展開されたが、ハイデガーと同じようにスティグレールも、古代のギリシアの哲学のうちに、技術論と哲学の深い関係をみいだす。

 ただしプラトンに始まるこの関係は負の関係性として描かれる。プラトンはソクラテスの「シャーマンの経験」を隠蔽することによって哲学を誕生させたと考えるのである。「哲学はこの消去、ならびにソフィストの弁論術と同一視されて技術の断罪から始まるのです」(p.33)。そして「われわれの時代に残された大きな務めの一つは依然として、プラトンとともに生まれた形而上学によって埋もれさせられた、ソクラテスの言葉を掘り起こすことです」(同)と。

 プラトンからみると、技術者はある知を所有しているが、この知を明確に述べることができないために、「偽りの見せかけを生み出す偽りの知」(p.36)にみえるのである。技術の世界は真理の世界ではなく、生成の世界にみえるのだ。「プラトンが技術を非難するのは、まさに技術が、不安定で偶発的な生成変化の避けられない流れの現れ」(p.43)だからである。しかし技術には人間の記憶が詰まっているのである。「記憶はもともと技術的に構成されている」(p.45)のである。

 一つの道具は、それまで生きてきた人間の歴史の累積であり、その表現でもある。車輪が可能になるために、印刷が可能になるために、どのような条件が必要であり、どのような歴史が必要であったかを考えてみればよい。そしてそもそも人間が人間となるためには、技術と道具が必須だったのである。「人間は非生物学的な器官を用いて、つまり技術が宿る人口器官を用いて生存闘争を展開する生き物なのです」(p.61)ということである。道具には種の遺伝子的な記憶(第一の記憶)と個体の記憶(第二の記憶)とは異なる「第三の記憶」(p.64)が宿るのだ。

 スティグレールは、フッサールの時間論を基礎にして、この第三の記憶の時間を考察しようとする。フッサールは第一次過去把持と第二次過去把持を明確に区別した。「第一次過去把持が生み出されるのは、私が今聴いている楽音に先行する楽音に、過去の印が付与されることによってです」(p.104)。これにたいして第二次過去把持は、「想像力の産物」(p.105)である。想起する過去なのだ。そして第三次過去把持は、技術のうちに埋めこまれている。

 この第三次過去把持は過去の技術とそこに含まれる人間の歴史を正確に再現するものである。宇宙人が人間の石器を発見したならば、その当時の人間の文明のありかたをかなり再現できるに違いない。車輪のついた車、自転車、自動車、飛行機と、技術は文明の状態を再現する。こうした技術的な手段のうちでも、ある過去を正確に再現できる手段がある。スティグレールはそれをオルトテティックな技術と呼ぶ。文字がそうだし、録音装置やカメラもそうだ。「これらの記憶技術がオルトテティックである時、記憶技術は歴史、法、哲学、科学、ひいては西洋と呼ばれるものの時代を開く」(p.109)である。

 この西洋の技術の時代はしかし、画一化をもたらし、社会を破壊する危険を秘めている。ここでスティグレールはハイデガーと同じ視点に立ち戻る。この時代はディアボリックな時代、生きることのできない時代となりかねないからである(シンボルとディアボルの対比は巧みだ)。スィグレールの文明批判はこうした技術論の観点にその根をもっているのである。これまでの彼の文明批判に少し飽きてきた読者は、ぜひ本書からその「根」の部分を読み取っていただきたい。

【書誌情報】
■偶有(アクシデント)からの哲学-技術と記憶と意識の話-
■ベルナール・スティグレール
■浅井幸夫/訳
■新評論
■(2009/12/10 出版)
■194p / 19cm / B6判
■ISBN 9784794808172
■定価 2310円


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2010年10月18日

『サルトルの世紀』レヴィ,ベルナール=アンリ(藤原書店)

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「フランスの戦後思想の転変」

 ヴェルナール・アンリ・レヴィの長大なサルトル論。一世代下からみたサルトル論であるが、ほとんど同時代と言ってもいいほどに、長い時期をともに生きてきた哲学者による論であって、実感がこもっていて読み応えがある。関連資料も細々と集められており、同国人による議論の立てやすさが際立っている。サルトル後の哲学者や文学者にとって、サルトルは気になる人物でありつづけたのだろう。

 サルトルのすごさは、哲学者であり、文学者であり、ジャーナリストであり、文芸批評家であり、政治的な発言者であり、「演劇、シャンソンの歌詞、講演、ラジオ放送、映画」(p.78)などのあらゆる分野に手を出し、しかも「征服すべきすべての戦場を制圧した唯一の人物」(p.82)だということである。しかしそれが同時に弱点にもなる。「あらゆる分野で二番手であるが、一番手となれる分野がない」(同)ということでもある。あまりに高い名誉を獲得した反動でもあるかのように、サルトルは急速に忘れられてゆく。実存主義、古いねということになってしまうのである。

 それでもサルトルの最大の業績は、文学の分野に哲学を持ちこんだことにあっただろう。文学において哲学し、哲学において文学する、そのような奇怪な営みができる哲学があり、文学があるということは、なかなか想像できない。「『実践理性批判』が小説に書き替えられた」(p.94)などということは考えられない。試みても、たんなる例証を提供するだけのことだろう。しかしサルトルの「偉大な独創性の第一の点」(同)がそこにある。

 レヴィはサルトルがこの偉業を達成するために二つのモデルが必要であり、しかもこの二つのモデルを克服する必要があったと指摘している。ジィドとベルクソンである。サルトルは文学理論においてジィドを模倣する。「ジィドの現代性、形式における大胆さ、鏡の戯れや入れ子構造への愛好、どの小説作品も〈自己反論〉を含んでいるそのありかた、視点の多様化と多数の焦点設定という技法」(p.135)。サルトルはアメリカの作家から学んだと主張するが、実はこれらのすべてジィドの手法であり、これを採用したとレヴィは考える。

 しかしジィドを克服しなければ、サルトルは誕生できない。そのためにサルトルはドス・パソス、ジョイス、セリーヌ、カフカなどを活用する。「自分がサルトルになることを妨げているジィドを追い払うという課題であり、これは息の長い仕事」(p.144)になるだろう。

 さらにサルトルはベルクソンを悪魔払いしなければならない。かつては「ベルクソン思想は、まるまる一つの時代の思想、文学、政治史の乗り越え不可能な地平線であった」(p.181)からである。レヴィはサルトルにおける「ベルクソン主義の影響に目を向けなければ、彼の哲学的な冒険を何一つ理解できない」(p.182)とまで極言する。そのために利用されるのがドイツ哲学である。「サルトルの抱いた直観の大部分は、最初はベルクソン的な直観であって、それをサルトルは後にハイデガーやフッサールの様式に基づいて定式化し直した」(p.189)というのが、彼の診断である。

 さてこのようにして遺産を悪魔払いしたことで、サルトルがサルトルとして登場するが、レヴィはサルトルの内に二人のサルトルがいると考える。第一のサルトルとは『嘔吐』『存在と無』『ユダヤ人問題』の若いサルトルであり、ペシミストであり、自由であり、共同体というものに反感を抱き、係争の思想家であり、不和の思想家である。これは「悲劇的な」(p.410)思想家であり、全体主義を正面から否定する思想家である。

 第二のサルトルは『弁証法的理性批判』に始まる後期のサルトルであり、共同体のうちではじめて自由が実現すると考え、全体主義的な主張を展開するサルトルである。このサルトルは第一のサルトルを正面から否定する。しかしこれは転向のようなものではない。第二のサルトルのうちにつねに第一のサルトルが存在しつづけているからである。サルトルがどれほど否定しようと、「いずれにせよ、このサルトルは確かにいるのだ。永遠に若いまま、真の若さのままに」(p.409)。

 レヴィはこの第二のサルトルが、捕虜収容所での共同体体験によって誕生したことを指摘する。これは同時代の多くの人々、ボーヴォワールが、トゥルニエが指摘していることでもある。ヒューマニズムを否定するサルトルが、捕虜収容所から戻ってきたら、ヒューマニストになっていたのである。

 レヴィは第二のサルトルが犯した過ちをきびしく評価する。しかしその愚かしいサルトルのうちに、「永遠に若いまま」のサルトルを見る視線は、サルトルへの密かな愛情を示すものだろう。800ページを越える記述のうちに、フランスの戦後思想の転変のありかたも読み取ることのできる楽しい書物となっている。

【書誌情報】
■サルトルの世紀
■レヴィ,ベルナール=アンリ【著】
■石崎 晴己【監訳】
■藤原書店
■2005/06/30
■909p / 19cm / B6判
■ISBN 9784894344587
■定価 5775円


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2010年10月04日

『ならず者たち』デリダ,ジャック(みすず書房)

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「デリダの理論の深みをうかがわせる」

 帯によるとデリダの「晩年の主著」である。この書物は二つの講演で構成される。一つはスリジィの恒例の一〇日間にもおよぶ講演とセミナーでの長文の記録「強者の理性--ならず者国家はあるか」であり、もう一つは「来るべき啓蒙の〈世界〉--例外、計算、主権」である。

 最初の講演ではデリダは、アメリカ合衆国が一部の諸国を告発するために使った「ならず者国家」という概念をとりあげて、そのいかがわしさを暴き出す。ここまではチョムスキーと同じだと思われるかもしれないが、問題は政治的なものに限られない。主権と理性の問題であり、生の自己保存としての免疫と、それが生そのものを滅ぼしてしまう自己免疫、「死の欲動」(p.299)の問題でもある。アクチュアルな政治的な問題を哲学の根本問題にまで引き戻す手腕は、アガンベンとデリダの二人の思想家の際立ったところだろう。

 第二の短い講演では、時間的な制約もあって、デリダは「電報的でも綱領的でもある」(p.293)形で、これまで論じてきたさまざまな問題を要約的に、手際よく提示する。その要約の巧みさのために、読者は目がくらくらするところもあるが、逆に引用に耐える短い文章も多い。第一論文では時間の余裕がありすぎて(デリダはそれでも足りない、足りないと言い続けるが)、迂回路をたどる時間が長すぎるので、引用できるところはあまりない。この迂回が楽しいのもたしかであり、デリダのセミナーは楽しかっただろうと想像する。

 書評では電報的なものをさらに印象批評的に取り上げることしかできないのは残念だ。最初の論文では、民主主義が自己免疫を引き起こし、自殺する寸前にいたる事例を考察する。何よりも範例的なのは、アルジェリアだ。民主主義を否定するイスラームの政党が民主的な選挙で圧勝することが確実になった時点で、軍がクーデターを起こし、選挙を無期延期したのだ。

 これは「民主主義の名における、民主主義に対するあらゆる侵害の典型的な出来事」(p.74)と言えるだろう。アルジェリア政府は、「開始された選挙過程は、民主的に民主主義の終焉に導くだろうと考えた。そこで彼らは、みずから民主主義を終焉させることの方を選んだのである。彼らは主権的に決定したのだった、民主主義を、民主主義にとって善いことのために、そしてその手当てをするために、最悪の、もっとも街全体の高い侵害に対してそれを免疫化するために、少なくとも暫定的に停止することを」(同)。これは「自己免疫的な自殺」(p.75)だった。

 電報的な第二論文から自己免疫の簡単な定義を復習しておこう。「ある生体の中で、他者の攻撃的な侵入に対する免疫を当の政体に与えているもの、まさに当の主体が自発的に破壊しうる」(p.234)ことである。民主主義を守るために民主主義を殺すアルジェリア、主権を守るために主権の根源となるものを殺すクーデター、ならず者国家を攻撃するという名目で、みずからならず者国家となるアメリカ合衆国。アメリカ行政府は、「悪の枢軸」に対抗すると称して、民主的な自由を「不可避的に、また否認不可能な仕方で制限しなくてはならない。そして、それに対しては誰も、どんな民主主義者も本気で反対することができない」のである(p.86)。

 それだけではない。「もっとも暴力的なならず者国家、それは、みずからその第委任者と自称する国際法を、みずからその名のもとに語り、みずからその名のもとに、いわゆるならず者国家に対する戦争を開始する国際法を、みずからの利害が命ずる場合には毎回無視して来た国、侵犯し続けている国、すなわちアメリカ合衆国である」(p.189)。

 そしてアメリカ合衆国と同盟する国も、これに対抗する国も、すべての国も国益の名において、主権の至高性の名において、国家理性の名のもとで、同じように振る舞うのであるから、「もはやならず者国家しかなく、そしてもはやなず者国家はない。この概念はその限界に」(p.205)到達したのであり、「この終焉はつねに、初めから、近かったのである」(同)。なおデリダはこの主権性の理論の背後にキリスト教の神学が存在することを示唆する。「民主的と呼ばれる体制においてさえ、主権の根底には存在-神論がある」(p.299)。しかしこの論文ではそこまでは議論は進められない。

 ところで自己免疫は、もっと普遍的な形で言い換えれば、アポリアでもダブルバインドでもある。「アポリア、ダブルバインド、および自己免疫的過程は、単なる同義語ではないけれども、それらはまさしく共同に、そして負担=責任として、内的矛盾以上のもの、決定不可能性を、……内的アンチノミーをもっている」(p.78)のである。この概念は、ここまで敷衍してしまうと、何にでも使える便利な道具のようになってしまうのはたしかだ。

 後は電報的にいくつか。デリダはクローニングを好まないが、治療的なクローニングは否定する根拠がないと考える。それはそもそもすべての個別性には反復という要素が不可避的に存在しているのであり、それを無視して個性の貴さを、一つの生命の特異性をうたっても空しいからだ。「反復・複製は、生産・再生産とまったく同じように、文化・知・言語・教育の条件を保証しているのである」(p.278)。人間の特異性に基づくクローニング反対論は、「遺伝子主義ないし生物学主義を、つまりは根深い動物学主義、根底的な還元主義を、みずから反対しているはずの公理系と分かち合っている」(同)ことになる。

 しかし自己免疫が絶対的な悪であるわけではない。出来事がその名に値するものであるならば、「出来事は、絶対的な免疫も何の補償もなしに、自らの有限性のなかで地平なしに、剥き出しの傷つきやすさにふれなければならない。その場合には、他者の予測不可能性に対峙して立ち向かうことは依然としてできない、あるいはもはやできないのである。その点からみれば、自己免疫性は絶対的な悪ではない。自己免疫性は対象にさらされること、すなわち到来することのないものない者に、したがって計算不可能にとどまるほかないものに、さらされることを可能にするからだ。もし絶対的な免疫性があるばかりで自己免疫性がないとしたら、もはや何も起こらないだろう」(p.290)。レヴィナスのアレルギーの議論と通底して、デリダの理論の深みをうかがわせる境地である。

【書誌情報】
■ならず者たち
■デリダ,ジャック【著】
■鵜飼哲、高橋哲哉【訳】
■みすず書房
■2009/11/20
■327p / 19cm / B6判
■ISBN 9784622073734
■定価 4620円

●目次
一 強者の理性(ならず者国家はあるか?)
1 自由な車輪
2 放縦と自由―悪知恵に長けた=車裂きにされた者
3 民主制の他者、代わるがわる―代替と交代
4 支配と計量
5 自由、平等、兄弟愛、あるいは、いかに標語化せざるべきか
6 私が後を追う、私がそれであるならず者
7 神よ、何を言ってはならないのでしょう?来たるべきいかなる言語で?
8 最後の/最低のならず者国家―「来たるべき民主主義、二回回して開く
9 ならず者国家、より多く/もはやなく
10 発送

二 来たるべき啓蒙の「世界」(例外、計算、主権)
1目的論と建築術―出来事の中性化
2 到来すること―国家の(そして戦争および世界戦争の)諸々の終焉に


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2010年09月21日

『ブーバーとショーレム―ユダヤの思想とその運命』上山 安敏(岩波書店)

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「第三世代のドイツのユダヤ人たち」

 上山の『宗教と科学』の巧みな整理によると、ドイツのユダヤ人論は大きく分けて三つの世代に分類できる。実世代ではなく、精神的な世代である。第一世代はフランスの啓蒙の精神を受け入れて、ユダヤ人が同化した時期の世代である。カント、レッシング、メンデルスゾーンの世代であり、ユダヤ教がキリスト教と同じ権利をもつ宗教として容認されながらも、ローカルで、キリスト教に改宗することが望ましいと考える世代である。合理主義のまなざしが強い(もっともメンデルスゾーンは家ではユダヤ人であることを主張した)。

 第二の世代は、ユダヤ主義と反ユダヤ人が奇妙に入り交じった世代であり、ユダヤ主義の古典時代を称賛し、神殿破壊以後のユダヤ教を強く批判するものである。キリスト教はこの初期のユダヤ主義の精神を継いでいるとされるのであり、解明的なプロテスタントたちがこの考え方を採用する。『道徳の系譜学』のニーチェがそうであり、『古代ユダヤ教』のウェーバーがそうであり、『人間モーセと一神教』のフロイトもこれに近い。

 第三の世代が本書のテーマであるブーバーとショーレムの世代であり、ユダヤ教の神秘主義を採用することで、同化のユダヤ人とも、キリスト教に親しみをみせるユダヤ人とも異なり、ユダヤ教の「タルムード、ミシュナー、ハシディズム、ユダヤ神秘主義の研究の世代」(『宗教と科学』38ページ)である。

 ブーバーは、『我と汝』の対話の哲学で有名だが、それ以前には、ベーメで学位論文を書き、ハシディズムに没頭していた。その後はユダヤ教の神秘主義を研究するが、キリスト教の神秘主義とは異なって、神と人間との合一を目指さないところに特徴がある。「神秘体験なるものは、神と人間とのあいだに成立するものではなく、人間の内部において生起する魂の一体化・統合として成立する」(p.59)とされている。

 これにたいしてショーレムは、第二世代のユダヤ人学者たちのように、神殿崩壊以後のユダヤ教を劣ったものと考えるのではなく、カバラやグノーシスがユダヤ教における正統な理論だと考える。グノーシスは「ユダヤ的源泉のもつ創造的なエネルギーが想像的・神話的に噴出したものと、グノーシスを位置づけた」(p.116)のである。ショーレムは神話にこそ、ユダヤ教を「活性化させ、内から推進する力」(p.117)があると考える。

 この新しい世代によって、キリスト教的な見方からユダヤ教の神秘主義が復権されることになる。ベンヤミンとショーレムの往復書簡が語っているように、このユダヤ教の神秘主義は、マルクス主義的な見方をしていたベンヤミンの歴史観にも重要な影響を与えてゆくのである。

 なお第七章の「アーレントとショーレム」は、二人の位置の取り方を遠近法のうちに描きだして読ませる。有名な『イェルサレムのアイヒマン』をめぐる論争以前に、すでにアレントの「シオニズム再考」をめぐって、論争が展開されていた。ショーレムはアレントに宛てた書簡で、自分がナショナリストであることを明確に認め、「永遠の反ユダヤ主義」の存在を主張する者であることを認める(G. Scholem, Briefe, 1) 。

 アレントはファシズムをソ連のヴォルシェビズムとともに全体主義として考察するために、ショーレムのこうした考え方は受け入れようがなかったし、『全体主義の起源』ではこれを明確に批判している。ショーレムのこの「永遠の反ユダヤ主義」は、ファシズムによるユダヤ人の迫害が、この反ユダヤ主義によるものであることを主張するものであり、すでに対話の余地が消滅しているのである。

 最後の章「ポスト・シオニズムと歴史家論争」は、イルシュルミの『フロイトのモーセ』、それをめぐるサイードの批判『フロイトと非ヨーロッパ人』、デリダの批判などを紹介していて啓発的である。


【書誌情報】
■ブーバーとショーレム―ユダヤの思想とその運命
■上山 安敏【著】
■岩波書店
■2009/11/26
■384,45p / 19cm / B6
■ISBN 9784000246521
■定価 4200円


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2010年09月10日

『ポスト世俗化時代の哲学と宗教』ハーバーマス,ユルゲン/ラッツィンガー,ヨーゼフ(岩波書店)

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「宗教と哲学」

 2003年1月にハーバーマスとヨーゼフ・ラッツィンガー枢機卿が対話をした時には、世界的な注目を集めたという。若い頃には革新的な姿勢を示したラッツィンガーだが、その頃にはすっかり保守化して、カトリックの右派とみられていたからである。この対話はカトリック教会側から提案されたものらしく、ハーバーマスは「ライオンの洞窟に行くような気分だ」(p.60)と語っていたらしい。やがてこの枢機卿がローマ教皇になるのだから、ものごとは分からないものだ。

 セッティングはカトリック教会側が行ったらしいが、対話のトーンはハーバーマスのものである。「ポスト世俗化時代」というのは、ハーバーマスが長年抱えてきた問題意識なのだ。世俗化というのは、国家が教会と分離してきた長いプロセスを示すものである。これはドイツでは特に深刻な問題として考えられてきた。ルターf派の宗教改革と宗教戦争の後の和解によって定められたのは、その領邦の宗教は、その君主が決定するということだった。

 そのためにドイツは小さな国に分立し、それぞれの国の宗教を支配者が決定することになった。こうして政治と宗教は密接に結びついていたのである。これを分離したのが、ナポレオンによる侵略だった。ナポレオンは、オーストリアを分割してドイツに中規模の国家を建設させるとともに、その代償に修道院の接収と売却を実行した。こうして宗教から独立した国家が設立されるとともに、世俗化が開始される。この時期にドイツという国家の建設を夢見ていたヘーゲルが、国家の主権の確立という意味を含めて、世俗化という概念を初めて提起することになる。

 だから世俗化という概念は、独立した国家の主権と密接に結びついているのであり、近代的な国家形成と切り離すことができない政治的な概念なのである。しかし問題なのは、独立した近代的で自由な国家が、かつてはキリスト教的な規範に依拠して成立していたことであり、世俗化したことでこの規範から分離したことは、国家の独立のためには好都合でも、道徳的な規範の喪失という代価を支払うことになったというである。

 ハーバーマスがこの対話の冒頭で指摘するのは、この代価の問題であり、「世俗化された自由な国家は、その国家自身がもはや支えることのできない規範的前提に依拠しいるのではないか」(p.2)というベッケンフュルデ・テーゼなのである。ハーバーマスがこの対話に応じたのも、キリスト教の権威であるカトリック教会の代表者と、この問題について話し合いたいという気持ちがあったからだろう。

 ハーバーマスは原則として、キリスト教的な伝統に依拠せずに、民主主義的な国家の正当性は、討議という手続きによって確保できると考える。「リベラルな国家の憲法は、必要な正当性をいわば自給自足で、つまり宗教的および形而上学的な伝統とは無関係の、手持ちの知的立論だけでまかなえる」(p.8)と主張する。国民は公共的な領域において活動することによって、その正当性の起源とは別のところで、政治的な徳を見につけることができるというわけである。

 これは社会化の問題であり、また自由な政治文化の日常習慣や考え方になれ親しんでいるかとどうかの問題である。国家公民という法的地位は、シヴィル・ソサエティへといわば組み込まれている。そしてこのシヴィル・ソサエティはそう言ってよければ「政治以前の」生き生きとした源泉からそのエネルギーを得ているのである(p.9)。

 しかし現代の社会においてつねに市民にこうした自覚を求めることは困難であることをハーバーマスも認めている。そこには世俗化ではなく、「国家公民の私生活中心主義」(p.13)が強まって、討議の場に市民が登場せず、公的な活動に参加しないという傾向が強まっているのである。そこにハーバーマスは「ヘーゲル以降に哲学的神学を革新しようとする」(p.17)さまざまな試みが発生すると考えているのであり、警戒しながらも、「哲学は宗教的な伝統に対して、学ぶ姿勢を保ち続けなければならない」(p.17)と考えるのである。

 これにたいしてラッツィンガーの対話は、温和なカトリックらしいものであり、異文化との対話の必要性を強調するものである。「ハーバーマスが見事に描いているような厳格な合理性をもった世俗の文化が今後とも主導的で」(p.41)あることを認めながら、それでも「キリスト教的な現実理解も、同じく変わることなく生き続けるであろう」(同)と主張する。

 本文よりも長い三島氏の訳者解説は、ラッツィンガーの思想的な変遷を詳しく跡付けながら、この対話の背景を示そうとしたものであり、読み応えがある。ハーバーマスとラッツィンガーの対話は「実際の活動面では、われわれにはほとんど違いがない」ということで合意されたとしても、そこにはまだ次のような大きな差が残されていることを指摘する。

--当事者の方法的包摂と、パターナリズムの対立
--公共の政治的規範の合意形成と、上から任意に設定した共通善に依拠する道徳的な訴えかけの対立
--相互承認による人権と、伝統を時代に合わせて読み替えていささか得意げに振りかざす人権の対立
--いまだ実現していないデモクラシーの理論と、少数のエリートだけに依拠したかたちだけのデモクラシーの対立(p.114-115)

 日本ではキリスト教からの世俗化という問題はないとしても、対立の構図には奇妙に類似したものがあることは面白い。

【書誌情報】
■ポスト世俗化時代の哲学と宗教
■ハーバーマス,ユルゲン/ラッツィンガー,ヨーゼフ
■三島 憲一訳
■岩波書店
■2007/03/27
■129p / 19cm / B6判
■ISBN 9784000247580
■定価 1890円


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2010年09月02日

『アドルノ伝』シュテファン・ミュラー=ドーム(作品社)

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「最強のアドルノ伝」

 本格的なアドルノ伝。ロ-レンツ・イェ-ガ-の『アドルノ ― 政治的伝記』が「政治的な」という但し書きをつけたのが、少しわかる。こちらは研究者がじっくりと調べた伝記で、あまり楽しい逸話はないとしても、アドルノの思想的な動きが詳しく追跡されているのだ。現在のところ、最高のアドルノ伝と言えるだろう。

 たとえばウェーバーの跡を継いだ音楽社会学的な構想は、クシェネクとの対話のうちで、練り上げられる(pp.174-185)。作曲家でもあったアドルノにとっては、音楽とその批評は他の哲学者の誰にも負けない本領だったが、音楽批評の方法は同時にアドルノの方法論を決めるものでもあった。

 アドルノは、大作曲家は、「まさにその外見上の主観主義のなかで客観的な社会的要請のメガフォンとなる」(p.176)と考える。このようなイデオロギー的な批評方法を採用することで、アドルノは音楽家の内部に立ち入ることなしに、作品を批評することができる。音楽的な素材というものは、「作曲家が歴史的に機能なものという枠内で解かねばならな諸問題を含んでいる」(p.178)ものであり、作曲とは一種の「暗号解読」(同)として他者が読み解くべきものだと考えるのである。

 またジャズ論(pp.230-237)では、「ジャズの音楽的構造の中に社会的なもの、社会的諸矛盾の表出を探しだす」(p.232)ことに先駆けた。アドルノは「軽音楽の仮象の中に弁証法的にひとつの真理が映し出されている」(同)と考えるのである。そしてジャズのうちには「ステレオタイプ的特質と個人主義的特質」(p.233)が現われでていると考える。そして権威主義的なパーソナリティの研究と並行する形で、「権威主義的な傾向をもったジャズファンの衝動構造」(p.235)が分析される。

 ベンヤミンとのアウラ論争(pp.250-257)では、ベンヤミンの側は、大衆が映画を集団として観照しながら大笑いすることに、肯定的な意味づけをする。大衆芸術はアウラを取り去られることで解放作用をもたらすのであり、ファシスト的な「政治の美学化」に対抗する手段となると主張する(p.254)。これにたいしてアドルノは、「映画の観客の笑いは革命的で良いものであるどころか、最悪のブルジョワ的サディズムに満ちている」(p.255)と反論する。現代の技術の性格にもかかわる重要な論点だろう。

 ファシズムの本性論争、実証主義論争、アウシュヴィッツと詩論争、学生運動論争など、アドルノの生涯は、こうしたさまざまな論争の歴史であり、この歴史を追うことでドイツの現代の思想的な歴史をかなり跡付けることができるのである。その意味では、この思想的な伝記は、ドイツの思想的な伝記の一つの顔を描きだすものだとも言える。

 もちろんアドルノのついての楽しい逸話もないわけではない。アドルノの一家が休暇を過ごすことを通例としていたオーデンヴァルトのアモールバッハの町の様子は、つい訪れてみたくなるし、コケモモのソースの鹿のソテーもつい食べたくなる。フランクフルトから二時間だというから、前から知っていたら、絶対に訪れていたのにと、残念に思う。

 アドルノと妻のグレーテルの物語も、不思議な感じを与える。アドルノはどんな女性とでも、席を同じくするすぐに口説き始めるという。誰でもいいのだそうである。「一人一人の女性の個性に対して〈色盲〉のようだった。どうも〈女性それ自体〉が自動的に彼に火を点すらしい」(p.72)という。なんともはや。

 妻はたまったものではないが、アドルノがどれほどほかの女性と恋に落ちようと、じっと耐えていたという。そしてアドルノが心臓発作で亡くなり、遺稿の『美の理論』を刊行してしまうと、「催眠薬を多量に呑むことで自殺をはかった。生命はとり止めたのだが、以後二三年間、死ぬまで彼女は介護を必要とする身になってしまった」(p.61)。なんともアドルノ、愛されたものである。

【書誌情報】
■アドルノ伝
■シュテファン・ミュラー=ドーム【著】
■徳永 恂【監訳】
■作品社
■2007/09/11
■811p / 21cm / A5判
■ISBN 9784861821233
■定価 8190円

●目次
第1部 源泉―家族と子ども時代と青春期。マイン河畔の町で過ごした勉学の年月(対照的な父母の家系;ジャン・フランソワ、またの名をジョバンニ・フランチェスコ―コルシカの祖父 ほか)

第2部 住所の移転―フランクフルト、ウィーン、ベルリン。多様な知的関心(哲学と音楽の越境;流れに抗して― フランクフルトの街と大学 ほか)

第3部 亡命時代―余所者の中での知的実存(二重の亡命―伝記的運命としての知的故郷喪失;民族共同体のための画一化とアドルノのためらいがちの亡命 ほか)

第4部 思考は無限だが、忍耐には限界がある(「ノー」という爆破力;転居。廃墟を視察する ほか)
エピローグ 自己自身に逆らって考える



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2010年08月27日

『深い謎―ヘーゲル,ニーチェとユダヤ人』ヨベル,イルミヤフ(法政大学出版局)

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「ユダヤ人問題の謎」

 この書物のタイトルは、ヘーゲルのユダヤ教とのかかわりについて、伝記作者のローゼンクランツが「ユダヤ教はヘーゲルをひきつけるとともに、彼に不快な思いをさせる不快な謎だった」(p.27)と語っていることによる。初期のヘーゲルがキリスト教の実定性を考察しながら、かなり激しい反ユダヤ主義的な表現をしているのは、あまり知られていないかもしれない。

 ヘーゲルは族長アブラハムを「地上の異邦人、大地とも人々とも異質な存在」(p.49)と呼んで、パセティックなほどにユダヤ教の精神では、神を絶対的な他者として描くのである。著者はその背景に、スピノザとメンデルスゾーンのユダヤ教の取扱いかたがあったと考える。どちらもユダヤ教を宗教というよりも、制度として把握していたからである。ヘーゲルはそこからユダヤ教は精神性の欠如した制度にすぎないと断罪したのだった。ただこうした反ユダヤ主義は、キリスト教の社会ではかなり自然に生まれるものらしく、それをいかに克服していくかが、哲学者の課題の一つとなる。

 イエナ時代の『精神現象学』では、ユダヤ教は奇妙なほどに姿を消す。わずかに言及されているところでは、ユダヤ民族について、「彼らが救済の門の直前にたっているからこそもっとも神に見放され、本来あるべき在り方を拒否してきた」(p.76)と指摘している。古代のユダヤ民族は救済の門、すなわちイエスを前にしながら、イエスを救世主として受け入れることを拒んだというのであり、だからこそもっとも神に見放された民族だというのである。これは「ユダヤ人の歴史からの脱落には救いがない」(p.77)ということを意味しているのであり、初期の反ユダヤ主義が歴史観として表現されていると言えるだろう。

 後期になると、『歴史哲学』においてユダヤが登場するが、今度はかなり抑えられたトーンになっている。ユダヤ教に重要な役割を与えているのだ。「ユダヤ教が自然からの根本的な断絶をもたらしたおかげで、精神は自然にとって代わり、自然と対立することができるたようになった」(p.85)と考えるのである。この時期に美学においてはユダヤ教は「崇高なもの」の概念とともに提起されるようになる。これは初期に絶対的な異質なものと考えられていた神を「崇高」(p.103)の概念で考えるようになったということであり、一つの進歩である。

 いずれにしても、カフカを思わせる掟の門前の前に立ち尽くすユダヤ民族のイメージはそのまま維持されているのであり、「恐怖、疎外、支配、非合理性、他律などの基本的な不正や欠陥のすべてをユダヤ教の中に詰め込んでいる」(p.114)のはたしかと言えるだろう。

 これにたいしてニーチェは、初期の素朴な反ユダヤ主義を克服した。著者はヨーロッパの哲学者では珍しい例だと考えている(ちなみに著者は名前からも分かるようにユダヤ人であり、エルサレムのヘブライ大学の哲学教授である)。そしてニーチェは狂気によって意識を喪失する時期まで、ドイツの反ユダヤ主義的な論調を激しく攻撃しつづけるのである。

 ニーチェのユダヤ教への見解は二つの側面をもつ。古代のユダヤ教とディアスポラのユダヤ教にたいしては高く評価し、第二神殿期のユダヤ教は激しく非難するのである。第二神殿期というのは、ユダヤ教が「律法主義的な特徴」(p.216)を帯びた時期であり、キリスト教の成立期である。

 そもそもキリスト教はこの第二神殿期に、ユダヤ教のファリサイ派の過激派として成立したのであり、この時期のユダヤ教をルサンチマンの論理で批判するとき、ニーチェはそのままキリスト教を一緒に批判しているのである。ユダヤ教批判は、キリスト教批判の「仮面」でもあった。ルサンチマン批判は道徳の系譜学の重要なモチーフであり、ニーチェのニヒリズム批判の根拠でもある。それだけにこの時期のユダヤ教批判は激しくなる。

 これにたいして、ローマ帝国に抵抗して激しいユダヤ戦争を展開したユダヤ人たち、そしてすぐれた才能で当時のヨーロッパの文明を向上させていたディアスポラのユダヤ人たちにたいしては、ニーチェは称賛の姿勢を崩していない。ニーチェが何よりも評価したのは「たえざる苦難の旅にあってもユダヤ人が捨てない生の肯定」(p.244)にあった。「生に潜む可能性を展開して生に価値を与えるユダヤ人の生き方」はニーチェを感服させたのであった。

 そしてニーチェにとってはユダヤ人は「超人」が登場するきっかけとなりうるもの(p.248)であった。ニーチェが夢想した体制変革は「キリスト教から開放されたユダヤ人という強力な人間集団」なしでは不可能と思えたのである。ユダヤ人なしではヨーロッパは自己改革を行えないだろうと考えていたのだ。

 なお「謎」という言葉は、ヘーゲルだけに当てはまるものとして考えられているのではなく、ユダヤ人問題が「ヨーロッパ人自身のアイデンティティの問題が写しだされている」(p.xi)鏡のような役割をはたしていることともかかわりがある。どの民族にも、考えたくない問いのようなものがあるものだ。ヨーロッパにとってはユダヤ人問題がその問いの一つであり、この問題への姿勢がその民族のアイデンティティを裏側から作りだすのである。日本にもそうした問題がいくつかあるだろう。

【書誌情報】
■深い謎―ヘーゲル,ニーチェとユダヤ人
■ヨベル,イルミヤフ【著】
■青木隆嘉【訳】
■法政大学出版局
■2002/03/15
■315,21p / 19cm / B6
■ISBN 9784588007323
■定価 3990円


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2010年08月20日

『ヘーゲルにおける理性・国家・歴史』権左 武志(岩波書店)

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「久々の本格的なヘーゲル論」

 ここ数年は本格的なヘーゲル論をあまり見掛けなかったので、本書のようにまとまったヘーゲル論の刊行は、ヘーゲリアンにとっては嬉しいかぎりである。ぼくもしばらくヘーゲルから遠ざかっていたので、ブラッシュアップになって楽しかった。

 第一章では、ヘーゲルの歴史哲学の神学的な背景を考察する刺激的な論文である。著者は、これまで刊行されてきたヘーゲルの歴史哲学の版では、その基礎となっている三位一体のキリスト教神学の土台が隠されていたために、ヘーゲルの真意が見にくくなっていることを指摘する。

 そして東洋、ギリシア・ローマ、西洋の近代という自由の発展を基礎とした「歴史における理性」の概念は、「一見すると普遍主義的な立場を代弁するかに見えて、実はキリスト教的正統という特定の限られた立場から構想されているにすぎない」(p.10)という疑念は、根拠のあるものであることを認めるのである。

 それと同時にヘーゲルの歴史哲学には、「初期には古代ギリシア、晩年には古代オリエントという異なる他者の文化との接触と対決を通じて得られた、ヘーゲル自身による地平の融合の所産」(p.35)が含まれるのであり、一見するとエスノセントリズムの外見のうにちに、「マルチカルチュラルな洞察」(p.35-36)が含まれることも忘れるべきではないという。

 第二章ではこの問題をさらに深めて、ヘーゲルは「神の人間化というキリスト教起源の思想こそ、一方で神の無際限な感性化、他方で特定個人の排他的神格化という両極の偏向を排し、真に精神の自由を根拠づける普遍的原理たりうる、そしてキリスト教的三位一体をモデルという〈歴史における理性〉の普遍妥当性要求こそ、精神の自由を自覚し実現していく人類史の原動力たりうる」(p.54)と考えたことを指摘し、その帰結として生まれる「改宗かさもなくば征服というアウグスティヌス以来の正戦概念の発動をいかにして回避できるか」(同)という問題、そして異文化の対立はどのようにして「文明の衝突」とすることになく、対話の可能性を維持するかという問題は、現代のわれわれにとってもアクチュアルであると指摘する。

 第三章では宗教改革とその帰結としての国家と宗教の分離、そして世俗化のプロセスについての考察を中心とする。ヘーゲルはカトリックと比較して、プロテスタント教会と世俗の関係をひとまず肯定的に評価する。ルター以後は「独身に代わり、結婚が神聖化され、無為に代わり、労働による自立が重んじられるとともに、教会への盲目的服従に代わり、国法への良心による自由な服従が推奨された」(p.73)。

 しかし同時にヘーゲルは、ウェーバーが指摘したようなプロテスタントに固有の精神的な緊張についても意識的である。「ヘーゲルは、マックス・ウェーバーに先立ち、プロテスタントの内省精神が世俗化により引き受けた新たな負荷の本質を的確に言い当てる一方で、こうした内面的な極限状況の恒常化こそ、フランス革命後に現れたロマン主義者たちをカトリシズムに転向させた要因であることを鋭く見抜いている」(p.73)のである。

 第四章は、「ドイツは国家ではない」と嘆いていたヘーゲルが、ナポレオンに侵攻されたオーストリアの帝国の危機にあって、明確に主権概念を確立するために貢献したことを考察する。ヘーゲルは初期の法哲学において身分的な制度を容認していたが、「帝国解体とライン同盟改革という歴史的断絶の体験から」(p.117)、これでは国家の主権を確立できないと考えるようになった。封建的な中間権力を剥奪して、「所有権を私法化することにより初めて、〈人格と所有の自由〉に基づく私的自治の領域」(同)すなわち、国家とは異なる市民社会の領域が確立できることを認識し、他方では統一的な権力を「政治的国家」として確立できることを認識するにいたったという。

 第五章は、若きヘーゲルの共和主義的な理念から、一八〇七年の『精神現象学』にいたるまでの思想的な発展を、「共和主義-プロテスタンティズムという思想史的座標軸を用いて整理」(p.122)したものであり、分かりやすい展望を与えてくれる。

 第六章は、ヘーゲルの法哲学は「プロイセンの御用哲学」という戦後ドイツの評価をいかにして克服していったかという論争の歴史であり、詳細な説明が理解を助けてくれる。ヘーゲルの法哲学講義はさまざまなバージョンが発表されてきたために、議論も錯綜したものとなっているが、その背景には「学派間の争い」(p.204)もあったという、いかにもアカデミズムにありそうな事情も明かされる。

 第七章と第八章は、ヘルダーリンの刺激のもとでヘーゲルが独自の哲学を構想するようになった経緯を『精神現象学』まで辿るものであり、初期ヘーゲルの思想的な経歴を一瞥できる。とくに第八章の第一節までは、足取りもしっかりとしたものであり、お勧めである。ただ、今回書き下ろしで加えられた第二節は、イエナ時代の中期から後期にかけて、かなり早足で総括する。『自然法論文』『人倫の体系』『イエナ哲学構想』など、この時期の著作について、著者のもっと深い考察が読みたかった。

【書誌情報】
■ヘーゲルにおける理性・国家・歴史
■権左 武志【著】
■岩波書店
■2010/02/23
■393p / 21cm / A5判
■ISBN 9784000247122
■定価 8400円

●目次
第1部 ヘーゲル歴史哲学の成立とその背景
第一章 「歴史における理性」は人類に対する普遍妥当性を要求できるか?―ヘーゲル歴史哲学の成立とその神学的・国制史的背景
第二章 「歴史における理性」はいかにしてヨーロッパで実現されたか?―ヘーゲル歴史哲学の神学的・国制史的背景
第三章 世俗化運動としてのヨーロッパ近代― 一八三〇年度歴史哲学講義における自由の実現過程とその基礎づけ)

第2部 ヘーゲル国家論と法哲学講義
第四章 帝国の崩壊、ライン同盟改革と国家主権の問題―ヘーゲル主権理論の形成とその歴史的背景
第五章 西欧政治思想史におけるヘーゲルの国家論―その起源と位置づけ
第六章 ヘーゲル法哲学講義をめぐる近年ドイツの論争

第3部 初期ヘーゲルの思想形成
第七章 若きヘーゲルにおける政治と宗教
第八章 イェーナ期ヘーゲルにおける体系原理の成立


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2010年08月13日

『西欧中世の社会と教会-教会史から中世を読む-』リチャ-ド・ウィリアム・サザン著(八坂書房)

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「教会の歴史からみる中世史」

 ウェーバーは、組織をアンシュタルトとセクトに分類した。アンシュタルトは人々が生まれ落ちるように加入させられる組織であり、セクトは人々が自主的な意志をもって参加する組織である。アンシュタルトの代表的な組織が教会と国家であるが、本書は教会と国家が一体的なアンシュタルトであった中世を通じて、教会の歴史を(ということは国家の歴史ということだが)追跡する。「近代国家が逃れようのない社会であるのと同様に、教会も[中世においては]逃れようのない社会であった」(p.7)ためである。

 中世の教会は、国家であった。それは国家のすべての装置、すなわち法律、法廷、税金、徴税人、巨大な行政機構、キリスト教世界の市民と内外の敵に対する生殺与奪の力を備えていた(p.8)。

 しかし問題は教会には警察権力がそなわっていなかったことである。人々を罰することができるとしても、それには世俗の君主に依存するか、破門するしかなかったのである。そのため教会と世俗の君主のあいだで長い微妙な力関係がつづくことになる。

 この書物はこの長い力関係の歴史を、教会と教会に属する人物を主人公として描くものである。時代的には、(一)初期-700~1050年頃。西ヨーロッパがギリシア語圏やイスラーム世界に比較すると、さまざまな側面で劣っていた時代。(二)成長の時代-1050~1300年頃。ヨーロッパが拡大し、スコラ哲学によって教義的にも確立された時代。(三)不穏な時代-1300~1550年頃。新しい思想や異端が登場して、教会の権威が揺らぎ始めた時代に区分される。

 このすべての時代を通じて、政治的な中心人物はローマ教皇(第四章)であり、世俗の君主にたいして教皇の権利を確立するために「コンスタンティヌスの寄進状」という偽文書が利用されたことに始まり、シャルルマーニュの戴冠、頻繁に開催された公会議、教皇による特権の付与と裁判、首位権をめぐるハインリヒ四世との抗争、贖宥の頻発、叙任権闘争と、教皇をめぐる歴史は、中世の政治史そのものである。

 第二の主人公は司教と大司教(第五章)であり、世俗世界における教皇の代理人として権力をほしいままにした。この章では、北フランスの大司教、イングランドの大司教、ドイツの司教、北イタリアの司教一族などについて司教個人の実際の在り方が活写される。

 たとえばドイツのリエージュの司教アンリ・ド・ゲルドルは、自堕落で、読み書きもできない人物だったが、家系がよかったので任命された。彼は「聖職者の服をまとった政治的官吏にすぎなかった」(p.226)。生活はひどいものであり、二二ケ月のあいだに、修道女たちに一四人の私生児を生ませたことを「食後の自慢の種」(p.227)にするような人物だった。そしてこれらの私生児には教会の聖職祿を与えられたのである。

 第三の主人公は修道士たち(第六章)である。修道院が設立されたのは、修道士たちに戦わせるためだった。「修道士たちは、自然界の戦いとまったく同じように現実的で、自然界の戦い以上に大切な戦いに従事していた。彼らは超自然的な敵を土地から追い払うために戦っていたのである」(p.256)。この戦いが必要となったのは、世俗の君主や貴族たちに贖罪が課せられたためだった。

 たとえば九二三年のソワソン戦いに参戦したすべての人々は三年間の贖罪を命じられた。この贖罪には毎年四〇日を一期として三期ずつ、すなわち一年の三分の一は、「パンと塩と水だけで過ごすように命じるものだった」(p.258)。これでは貴族たちの生活は停止してしまう。そのため「自分の代わりに金を支払って誰か別の者に贖いをさせることができる者」たちは多額の金を支払って、修道士たちに代理で贖罪をさせたのであり、こうして修道院が設立され、繁栄したのだった。

 しかし修道院のこうした在り方に満足できない修道士たちは、新しい修道院を開くことなる。都会に近い場所に開設されたアウグスティノ修道参事会と、僻地に建造されて土地の開拓に力をいれたシトー派の修道院である。しかし皮肉なことに、シトー派の修道院は、その開拓と労働によって富を積み、世俗的な修道院と同じ状況に堕落するのだった。

 これに飽きたらない修道士たちは、托鉢修道会を組織した。ドミニコ会とフランシスコ会である。この托鉢修道会の大きな特徴は、大学と結びついて、神学を専門の研究する人々を養ったことである。「托鉢修道会に加わった大学教師たちは聖職祿をあさる闘争を放棄し、学問的仕事に専念することができた」(p.338)。中世末期の神学者の多くは、こうした身分で研究に献身することができたのである。

 しかしこうした修道会のありかたにも満足できない人々が登場する。たとえばベギン派の女性たちは、両親からうけついだ遺産を持ちあって、都市の片隅にいささかの住宅を購入し、そこで「結婚の災い」から避難し、尊敬する指導者のもとで、霊的な生活を送ることを好んだのだった。またオランダのヘールト・フローテは、同じく世俗的な生活を送りながら、霊的な目的を追求する「共同生活信心会」を設立した。しかし教会はこうした在り方を容認することができず、女性たちを結婚させるか、既存の修道会に参加させることを求めたのだった。

 中世を通じて、聖性を追求する運動が次第に堕落し、ついに世俗的な人々のうちにしか、霊性をみいだすことができなくなるまでの歴史は、読んでいていろいろなことを考えさせてくれる。初期の砂漠の修道士たちの記述がないことと(これは修道院のありかたの手本となった生活だった)、文献リストがないことが少しもの足りないが、目配りのよい教会史としてお勧めできる。

【書誌情報】
■西欧中世の社会と教会-教会史から中世を読む-
■リチャ-ド・ウィリアム・サザン著
■上條敏子訳
■八坂書房
■2007/04
■423,49p / 21cm / A5
■ISBN 9784896948882
■定価 5040円

●目次
第1章 教会と社会
第2章 時代区分
第3章 キリスト教世界の分裂
第4章 教皇権
第5章 司教と大司教
第6章 修道会
第7章 周縁の修道会と、修道会に対するアンチ・テーゼとしての宗教運動



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2010年07月19日

『生きる希望―イバン・イリイチの遺言』イリイチ,イバン(藤原書店)

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「異様な思想家の「遺言」」

 イリイチの晩年に行われたインタビューで、前の『生きる意味』と同じように、イリイチが胸襟を開いたディヴィッド・ケイリーが対話の相手。特に後期の著作についての説明が興味深い。晩年のフーコーは、ニーチェの道徳の系譜学に依拠しながら、司牧社会がいかに現代の福祉社会に転換されていったか、そこにどのような倒錯が含まれていたかを追求した。

 そして聖職者としての心構えを死にいたるまで失うことがなかったイリイチも、まさに同じテーマを追いかける。イリイチはフーコーと話し合ったことがあると語っているが、おそらくこの問題も話し合われたに違いない。この時期のイリイチは、あるときはフーコーを、あるときはアレントを、あるときはレヴィナスを彷彿とさせる。

 隣人愛のテーマについて、イリイチは面白い物語を語る。中国のある改宗者が第二次世界大戦の直前に、ローマまで徒歩で巡礼することを決心した。そのときにどのようにして宿を確保したかという話である。「中国では、自分が聖地に向かって歩く巡礼者であることさえ分からせれば、食物を貰え、施しを受け、寝る場所を与えられた」(p.108)という。人々の道義心と習慣だけで通用するのである。

 ところがギリシア正教の地域に入ると、少し事情が変わる。「教区の運営する家にベッドが一つ空いているから行くようにとか、あるいは牧師の家に行くように」(同)とか言われる。制度化が始まるのである。カトリックの国であるポーランドに入ると、「彼を安ホテルに押し込めるために気前よくお金をくれる」(同)ようになる。寝る場所のない人々には、「特殊な簡易宿泊所があるべきだといるのは、栄光に満ちたキリスト教西欧の観念」なのである。制度がシステムに成長しているのである。

 イリイチはこのことについて「困っている人々すべてに開かれた試みが、客人に厚誼を与える気持ちの低下とケアを与える制度によって置き換えられる」(同)と指摘する。ケアの制度にはもちろん好ましい要素がある。「栄光」の現れでもある。しかしそこで失われるものがあるのだ。「現代の福祉社会が、客をもてなすキリスト教徒の習慣を堅固なものとして拡張する試みであることには、何ら疑いの余地はありません。他方、それはたちまち倒錯しました。誰がわたしの他者であるのかを選ぶ個人の自由は、サービスを提供するための権力と金の行使に形を変えました」(p.109)。まさにその通りである。

 イリイチは、現代とは罪というものを理解できなくなった時代だと考える。それは善と悪が認識できなくなったからである。「善は絶対的なものです。光と目はただ単にお互いのために作られ、その疑問のない善は深々と経験されます。いかし一旦、目はわたしにとって価値がある、なぜならそれはわたしに見ることを可能にし、世界の中で方向を選んで位置を決めるのを可能にするから」(p.122) と言った瞬間に、善と悪の次元から、価値の大小の次元へと移行してしまう。これは道徳の次元から哲学の次元に入ることだとイリイチは指摘する。そして経済の次元に入ると、「わたしはもはや誰かある別の人間になってしまいます」(同)。「善悪の観念を価値と非価値で置換することが、それまで罪を根拠付けていた基盤を破壊した」(同)のである。

 善悪の観念が喪失されるとともに、罪は外部の法廷で裁かれようになる。イエスは誓約することを禁じた。ファリサイ派の規律と法を否定した。しかし教会はふたたびこの法を導入する。「教会法は規範となり、これを冒涜すれば地獄落ちです。……福音の示唆しているあの法からの解放という行為のもっとも興味ある倒錯形態の一つです」(p.166) 。もっともイリイチは告解の実践は高く評価する。「もっとも慈悲深い魂のカウンセリングの模範、牧師のケア」(同)である。しかしその「ケア」は両義的なのである。

 イリイチはときどきすぐには理解しがたい概念をもちだすことがある。「罪の犯罪化から避けがたく生じた帰結」(p.171)を「UFO」と名付けたりするからである。しかしきちんと説明を聞けば、納得することができるものばかりだ。異様な立ち位置から、異様な深さまで、錐のように思想を掘り下げた異様な思想家の「遺言」である。


【書誌情報】
■生きる希望―イバン・イリイチの遺言
■イリイチ,イバン【著】ケイリー,デイヴィッド【編】
■臼井 隆一郎【訳】
■藤原書店
■2006/12/30
■409p / 19cm / B6判
■ISBN 9784894345492
■定価 3780円


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2010年07月12日

『トマス・ペイン―国際派革命知識人の生涯』フィルプ,マーク(未来社)

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「アジテーター、ペイン」

 トマス・ペインはアジテーターとしては一流の人物だが、政治思想はあまり高く評価されていない。日本だけでなく、アメリカ本国でもそうらしい。本書は、ペインの疾風怒濤のような生涯についてはそれほど詳しくないものの、彼の政治思想をどう評価できるかについて、鋭い視点を示している。

 ペインは国家というものは必要悪にすぎず、市民は自由で平等な社会を望むものだという共和主義的な見解を強く抱いていた。個人はみずからの善を望むだけでなく、公共善も望むというのが、彼の理論の背景にある確信である。人々が社会の善を望むようになるためには、理性を働かせるだけでよいと考えるのだ。だからふつうの共和主義者であれば警戒するはずの商業についても、富や財産についても、共和主義と対立するものだとは考えない。

 ペインは「商業は文明化および社会化を進める主要な力である」(p.80)と考える。みずからの欲望を満たすことができるだけでなく、みずからの労働で他者の欲望を満たすために貢献することができると考えるからであり、「各人の善行はこのシステム全体を維持することによって、もっともよく助長されるということを理解することができる」(p.81)はずだと考えるからである。

 アメリカは独立して商業国となることで、自らの徳を高めることができるだけでなく、世界に貢献することができるだろう。「武装した共和国は勤勉と商業が支配する能力主義的な市民文化によって」(p.82)成功し、世界に寄与することができるはずなのである。

 この半ば素朴な理性信仰は、フランス革命についてのバークの批判に反論するためにも役立てられる。バークはこれまでは世論によって、イギリスの統治方式が是認されてきたことを指摘するが、ペインもまたこの世論の力に訴えかけようとする。「信仰のための唯一有効な基準である理性と証拠に訴える」(p.107)のである。そのためにはバーくを上回る特別な文体が必要とされる。

 『人間の権利』は、読者に訴えかけるために、特別な工夫をしている。「改革やフランスの大義を支持していた職人層や中産層の心をかきたてるように書かれている」(p.107)のである。著者は、ペインの政治思想がこれまで高く評価されなかったことには、この文体に責任があると考えている。学者好みの文体ではなく、アジテーターの文体だからだ。

 しかしペインのパンフレットは大成功を収める。読者の心を捉えたのであり、それは実際の力を生み出すからだ。この文体は「バークにたいするペインの戦略の中心部分になっている」(p.107-8)のである。そして著者は、この文体が「読者たちを共和国市民として政治の議論に参加でき、理性の法廷において不正を裁く権利を有する市民として遇する」(p.110)ものであり、それが新たな読者を作りだしたと考える。

 ペインは時代の一歩だけ先を進んでいた。誰もが言いたいが言えないでいることを語るという優れた才能をそなえていた。先見の明があるというよりも、言葉にならない思考、時代の雰囲気の中で姿を取りかけていた思想を具体的なものとして示すという力があった。その文体がそれを可能にしたのであり、ペインは図らずも、一般の市民たちに語りかける言葉をもっていたということだろう。わかりやすい言葉で語るというのは、たやすそうでありながら、なかなか難しいものなのだ。

 ペインの理神論を表現した『理性の時代』についても同じことが指摘される。ペインはこの書物の第一部を聖書が手元にない状況で書き下ろしている。だからいい加減な表現が多くて、批判されがちだ。しかしペインはすべての読者が知っていて、しかもよく考えつめていない事柄だけを取り出して、聖書の矛盾を指摘してみせる。そして是非を決定するのを読者の理性に任せるのだ。ペインは「読者を、個人の私的判断こそが、政治問題と同様に神学問題においても訴えることのできるただ一つの法廷であるということを理解できる、合理的かつ思慮深い人間としてとりあつかっている」(P.161)のである。著者はペインの文体に、彼の思想のもっとも根本的な特徴をみいだすのである。

【書誌情報】
■トマス・ペイン―国際派革命知識人の生涯
■フィルプ,マーク【著】
■田中浩、梅田百合香【訳】
■未来社
■2007/07/10
■237,3p / 19cm / B6判
■ISBN 9784624111977
■定価 2625円

●目次
第1章 生涯と人物(旧世界における忘れ去りたい過去―一七三七年‐一七七四年;アメリカとペイン―一七七四年‐一七八七年;ヨーロッパとペイン;新しいアメリカ;その人物像について)
第2章 アメリカ(旧体制;新しい共和国;自由と公共善;コモン・センス;商業、冨および財産;理性の力)
第3章 ヨーロッパ(『人間の権利』第一部;諸原理;主張の威力;市民権への招待;『人間の権利』第二部;代議制民主主義;革命の大儀;革命的暴力;人民の福祉)
第4章 神の王国(信仰の根拠;真の啓示;続『理性の時代』について;理神論と道徳)
第5章 結論(自然権の根拠;人間像について;貢献度)



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2010年07月05日

『アリストテレスの現象学的解釈―『存在と時間』への道』ハイデガー,マルティン(平凡社)

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「初期ハイデガーの注目論文「ナトルプ報告」」

 ハイデガーが教授職に就職するために、書きかけの著作の一部をタイプうちして、提出した論文で、ナトルプ報告として有名である。『存在と時間』の前段階のハイデガーの思考を示したものとして重要な文書である。全集版とは別に読みやすい冊子として邦訳が刊行された。解説も充実して読みやすい。

 この報告で興味深いのは、ハイデガーのアリストテレスの解読が、当時の学生や学者たちに強くアピールした様子が分かることにある。当時のドイツではハイデガーの名前は「秘密の王の噂のように」(アレント、p.123)密かに伝えられていたという。この論文を読んだガダマーの証言を聞いてみよう。


  このテクストは、私にとってそれこそ霊感を含む啓示となった。それが機縁となって私はフライブルクに向かったのである。この草稿の中で私が見いした数々の示唆は、その後、ハイデガーの哲学生成の過程の中でも決定的な歳月となる彼のマールブルク時代にも、私の心を離れることがなかった。……当時の読者にとって、このテクストの一文一文がどれほど新奇なものであったか、今日ではほとんど書き尽くせそうにない(p.111)。

 この書物は読んでみるときわめて難解な文章であり、つい、『存在と時間』は分かりやすかったと考えてしまうほどだが、ガダマーがこれほど強い印象をうけたということは、当時のドイツの哲学界がいかにハイデガーの新しい思考を求めていたか、現象学の登場によって書き立てられた興奮の渦の中で新奇な考え方を模索していたかを示すものだろう。

 この論文の特徴は、ハイデガーがアリストテレスの哲学のうちに真理の新しいありかたをみいだしていったことにある。しばらく前まではハイデガーはギリシアの哲学に批判的であったが、この発見の後からは、ギリシア哲学の考察に力を注ぐようになる。ハイデガーが発見したのは、アリストテレスは真理が命題において定められるという通説が、そのままでは正しくないということだった。

 もちろんアリストテレスは命題において真偽が決定されると明言しているので、この通説は正しいのだが、それだけではなく、真理アレーテイアとは「隔離ないものとして現にそこにある」(p.60)こと、すなわち現象学における直観のありかたにおいて、別の次元の真理が明らかになるということだった。ハイデガーはこう語る。


  感覚、感覚的な様態での直覚とは、ロゴスの「真理概念」が転用されることによって初めてこれ「も」真実だと称されるのではなく、その本来の志向的な性格からして、それ自身において根源的に、それが志向的に向かう先を「原初的に」与えるものである(p.60)。

 ハイデガーはここにギリシア哲学と現象学の共通の場を発見したのであり、それがハイデガーの存在論にとって大きな道を開くことになったのである。またガダマーが「彼が探し求めていたのは、キリスト教的な意識についての適切な解釈、またこの意識についての人間学的な理解であった」(p.110)と語っているが、ハイデガーはこの論文で「無神論」という語を使っているのも特徴的である。

 この無神論は普通の意味での無神論ではなく、神学の留保という程度の意味である。ハイデガーは注で「無神論といのは、ここでは宗教をもっぱら論評するだけの安易な配慮には手を染めない」(p.39)というこだと説明している。これは「宗教的という発想自体、とりわけそれが人間の事実性を度外視するならば、まったくの不条理である」(同)と考えるからでもあり、この時期のハイデガーの宗教に向かう姿勢を示して興味深い。

【書誌情報】
■アリストテレスの現象学的解釈―『存在と時間』への道
■ハイデガー,マルティン【著】
■高田珠樹【訳】
■平凡社
■2008/02/21
■224p / 19cm / B6判
■ISBN 9784582702774
■定価 2940円



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2010年07月01日

『生きる意味 ― 「システム」「責任」「生命」への批判』イヴァン・イリッチ(藤原書店)

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「ラジカルな思考の秘密」

 ずっとインタビューを断っていたイリッチが引き受けた連続インタビューを原稿に起こした書物で、イリッチの著作の背景にある事情がよく分かる。たとえば脱学校という概念でイリッチが要求したのは、学校を廃止することではなく、学校にたいする援助を廃止して、「学校教育を奢侈の対象」(p.96)とすることだった。それによって学校教育と資格による差別は、「人種や性別を理由とする差別が違法とされたのと同じように、すくなくとも法律上は存続しえなくなる」(p.96-97)と考えたのだった。これは特定の宗教への援助を否定するのと同じことだという。

 また「道具」という概念のきわめてユニークな使い方をするようになったのは、サン・ヴィクトールのフーゴーの秘蹟論を読んで、秘蹟と道具のある共通性に気づいたからだという。フーゴーは、聖職者がそれまでキリスト教の教会のうちで発展させてきた無数の「入念に形式化された祈りの儀式や、悪魔を退散させる司祭の儀式などから、七つのものを選び出し」て、「それらは他の祈りの儀式とはまったく異なる役割をもつ」ことを指摘したという(p.158)という。

 これらの秘蹟は神が欲することをなす手段であり、道具は人間が欲することをする手段であるという共通性にイリッチは注目する。この秘蹟の概念が一二一五年の第四回ラテラノ公会議で教会の教義となるのである(ちなみにイリッチにとって、この会議は司牧者の権利の構築において、きわめて重要な意味をもつ会議である)。

 秘蹟と同じように道具という概念には、「逆生産性」という逆説がまとわりつく。たとえばある輸送システムが道具として開発されたとする。それが「一定の強度を上回って成長するとき、不可避的に、その利点を享受しうる人々よりも多数の人々を、その道具が作られた目的から遠ざけてしまう」(p.163-164)のである。交通機関を通勤に利用することが強制されると、「社会の大多数の人間が日々移動に費やさねばならない時間を増大させる」(p.164)のである。通勤列車の毎朝の地獄的な状況は、電車の便利さが生んだ不便さなのである。

 また、医療という道具が発展すると、「医療はそれが癒しうる以上の不幸や苦痛や無力を生み出さざるをえなくなり、同時に、苦しむ技術や死ぬ技術を用いる人びとの力を衰えさせる」(同)。医原病の誕生であり、自宅で、自分の死ぬ時間を選んで死ぬ自由の剥奪であり、意図せずに呼吸をつづけさせられる強制の登場である。

 イリッチのユニークなところは、ぼくたちがある事柄を思考するという営みそのものが、ぼくたちに及ぼす影響をつねに考えつづけていることにある。抽象的な思考の可能性を認めると同時に、それが無意識のうちに思考する主体に及ぼす影響に、きわめて敏感なのだ。たとえば核爆弾について、地球の破壊について、遺伝子工学について考えることそのものを、イリッチは自分に禁じる。そのような事柄について考えるのは、「自己を破壊すること、もしくはみずからの心を焼き尽くすことに同意すること」(p.190)だからだ。「ジェノサイドについて語ること、議論することを通じて、ジェノサイドは結局一つの論点となってしまう」(p.193)ことを彼は恐れる。

 イリッチが一二世紀、フーゴーの時代に発生したと指摘する三つの重要な新奇な出来事は、西洋の歴史を大きく変え、今の西洋を作りだすために貢献した出来事だっただろう。それは、テクストがそれまでのように文字をつづけて書くのではなく、分かち書きされるようになったこと(これは黙読を可能とする)、身体についてまったく新しい感受性が登場したこと、「社会は互いに交わし合う約束や契約にもとづいて築かれるという固定観念」(p.202)が登場したことである

 とくに第三の特徴は重要である。社会契約説の淵源がこの新奇な考え方に存在するのであり、結婚の秘蹟というものも、これに基づいている。これによって結婚が家族同士の結びつきではなく、一人の男性と一人の女性の契約とみなされるようになる。ここで神父は新郎新婦にイエスが禁じていた「誓い」を求める(「誓います」)。そしてこの秘蹟によってのみ、結婚が合法的なものとして認められるようになるのである。

 まだまだ書きたいことはあるが、イリッチの生涯の著作のそれぞれについて、そのアイデアと背景が詳しく説明されて、著書を読んでいただけではしっくりしなかったことが見えてくる貴重なインタビューの記録だと思う。最後まで聖職者であったイリッチ(「猊下」というのが正式なタイトルなのだ)が、きわめてラジカルな思考をなしえた秘密の一端をうかがうことができる。

【書誌情報】
■生きる意味 ― 「システム」「責任」「生命」への批判
■イヴァン・イリッチ、デイヴィッド・ケイリ-
■高島和哉訳
■藤原書店
■2005/09
■461p / 20cm / B6判
■ISBN 9784894344716
■定価 3465円


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2010年06月28日

『アガンベン入門』ゴイレン,エファ(岩波書店)

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「初の入門書」

 アガンベンの仕事もかなりまとまってきて、彼の思想を紹介する書物が登場し始めた。英語版でも五冊から六冊はある。これはドイツの研究者による入門書である。雑誌『現代思想』の特集号(二〇〇六年六月号)を別とすると、日本では初の入門書だろう。

 著者はまずアガンベンの思索の方法を「狩猟」の比喩で考える。「アガンベンはさながら〈狩猟者〉のように、さまざまな時代の多様な由来をもったテクストの草むらに息をひそめて、引用の機会を待ち受けている。しかもその引用は、専門的学問の外部では行きあたることがないようなもの、つまり専門家の手によるテクスト読解のなかでしかお目にかかれないような傑出したものなのだ」(p.15)。なかなか言い得て妙である。

 第二章の文学と哲学の関係を探った章は、「現勢態と潜勢態」の節が、アガンベンに固有の潜勢態の概念を詳しく紹介していて、参考になる。重要なのは「非能力は能力の反対ではない」(p.52)という発想だという。「非能力はある固有の力をもっているのであり、その力そのものである。こういう想定は、アガンベンが人間的共同体の形式について、それをつい実体的に定義してしまう伝統的な理解とは違った仕方で、もっと深いところが考察しようとするときに重要な意味をもってくる」(同)。ナンシーの『無為の共同体』につながる重要な考え方だ。これはカフカ解釈にもつなげて考えられるだけでなく、「主権のパラドックス」(p.97)の結び目をどう断ち切るかとも関わるのである。

 アガンベンの思想の紹介としては、第三章の「ホモ・サケル・プロジェクト」が圧巻だろう。ここでは例外の論理、剥きだしの生、ホモ・サケル、強制収容所などの重要な政治的な概念が詳しく紹介される。ドイツの観念論とロマン派に詳しい著者の独自の考察も加わって、興味深い部分である。

 例外の論理については、アガンベンがシュミットを持ち出す前に、古代のギリシアのピンダロスの作品を引用しながら、「法治国家が主権の問題を法に内在する問題の次元で解決しようとする試みは、すでに古代のテクストのなかにあったと見ている」(p.85)ことは、この問題が国家そのもののうちに含まれていることを示すものであり、いろいろと考えさせられる。

 第五章の「エコノミーの系譜学」の章は、最近のアガンベンのエコノミーと神学の結び付きに関する考察で、ごく短いものだ。この問題を集中的に展開した『王国と栄光』などは、まだ最近の書物である。「アガンベンは宗教と密接に結びついた主権性という政治学的パラダイムと並べて、経済学を第二のハラダイムとして設定した」(p.196)のであり、この問題の考察は、これからの大きなテーマとなるだろう。オイコノミアは伝統的に「神の配剤」として、神学的に考えられたきた概念であり、これがアガンベンの今後の展開で、近代のエコノミーとどうつながってゆくか、興味深々というところである。

 注でも批判や他の論文の紹介が行われていて、役立つ。たとえばアガンベンはベンヤミンの『歴史の概念について』のうちにパウロの手紙が隠れていることを『残りの時』で指摘しているが(p.101)、それについて注ではマンフレート・シュナイダーの論文では「ベンヤミンノテクストのなかにパウロ書簡からの引用が隠されているというアガンベンの見解に対して、反証を突きつけている」(p.216)と指摘する。さて、どんな反証なのか、つい知りたくなる。


【書誌情報】
■アガンベン入門
■ゴイレン,エファ【著】
■岩崎稔、大澤俊朗【訳】
■岩波書店
■2010/01/26
■243,9p / 19cm / B6判
■ISBN 9784000220576
■定価 3570円


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2010年06月24日

『解読ユダの福音書』ジャック・ファン・デル・フリ-ト(教文館)

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「一級のミステリー」

 これは二〇〇六年五月に初めてコプト語の原文が発表された『ユダの福音書』の本文とその読解である。新約聖書の伝統的な外典には、このような文書は存在しない。「裏切り者」のユダを書き手あるいは主人公とする福音書があるわけがないのだ。そして予想にたがわず、これはグノーシス文書である。

 それは冒頭近くで、イエスが自分は誰かという有名な問いをすると、ユダはこれに「あなたは、不死なる者すなわちバルベーローのアイオーンから来られ、そしてその名を私が口から発するのがふさわしくない、そのお方からあなたは発してきたのです」(p.88)と答えていることからも明らかだろう。この固有名と名詞は、グノーシスの重要な名だからだ。

 しかしこれまで発見されてきたグノーシス文書と違うのは、これがあくまでも新約聖書の他の福音書と同じように、キリスト教の聖書の物語の内部に、まるで象眼されるようにはめこまれているということである。しかもユダの福音書としてである。

 著者は、この福音書とその他のクノーシス文書を読み比べることで、欠落の多いこの文書の特異なありかたを浮き彫りにしてみせる。そしてこの解読によって明らかになったはのは、このクノーシス文書がいかに巧みに新約聖書の世界を嘲笑し、みずからの世界の卓越性を誇示しているかということである。

 特に圧倒的なのは、この書物においてキリスト教の教会の制度そのものが愚弄されていることである。冒頭近くでイエスは使徒たちがパンで感謝の祈りをしているのをみて笑う。使徒たちは「私たちがしているのは正しいことはではありませんか」(p.87)と尋ねる。するとイエスはこの儀礼で「あなた方の神が賛美をうけるでしょう」(p.88)と答える。

 使徒たちは不思議に思って、イエスは「私たちの神の息子ではありませんか」(同)と尋ねる。するとイエスはこれを否定し、使徒たちが自分を知ることはないと断言する。パンを使った聖餐の儀式は、わたしの神ではなく、「あなたがたの神」のための儀式であり、自分は「あなたがたの神」の息子ではないと指摘するのである。これは教会の儀礼の意味を正面から否定することになる。

 次にイエスのユダ以外の一二使徒とユダがみた夢が語られる。使徒たちは、一二人で礼拝をしているところを夢見る。しかし困ったことに、この司祭たちは罪人なのである。「自分の息子を捧げる者たちがおり、また、自分の妻を捧げ、賛美し互いにへりくだる者たちがおり、また男と寝る男たちが」(p.90)いるのである。するとイエスはこの一二人の司祭が使徒たちであり、彼等は罪人であり、「彼らは私の名によって、恥ずべき仕方で、実りのない木を植えた」(p.91)と叱り、「祭壇の前であなたがたが誤らせた群衆」を犠牲と捧げていると非難するのである。キリスト教の教会がイエスの名において、人々を間違った道に導いているというのである

 何よりも傑作なのは、十字架で死んだのはイエスではないというキリスト教の内部の仮現論よりも巧みにイエスの死を処理しているところだろう。もちろんこの文書でも死刑になるのは、イエスの仮の身体である。ただしイエスはたんに天に戻るのではなく、この世の支配者たちにイエスを死刑にしたと信じさせることで、世界の終末をもたらすことになっているのである。そのためにもユダは仮のイエスを死刑にさせる必要があるのであり、そのために「裏切り」が必要とされるのである。この福音書はユダのその決意と犠牲をたたえる書物となっているのである。

 著者の分析は詳細で、まだ多数の裏付けとなる解読がある。最後までハラハラとして書を置くことができない一級のミステリーの味わいのある書物として、ぜひ一読を勧めたい。世の支配者を嘲笑するときのイエスの不気味な「笑い」について知るだけでも読む価値があるだろう。


【書誌情報】
■解読ユダの福音書
■ジャック・ファン・デル・フリ-ト/著
■戸田聡/訳
■教文館
■2007/06
■290, / 20cm / B6判
■ISBN 9784764266667
■定価 2520円


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2010年06月21日

『正義の他者―実践哲学論集』ホネット,アクセル【著】(法政大学出版局)

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「ホネットのポストモダン論」

 フランクフルト学派の第三世代のホネットの粘り強い思考が記録された一冊である。時事的な論文も含まれるが、注目は前著の『承認をめぐる闘争』での考察を展開した「正義の他者」と、文明がもたらす害悪に注目した社会学的な思想系列をていねいにたどった「社会的なものの病理」だろう。

 「正義の他者」では、ポストモダンの哲学運動が最初は理性批判を中心とするものであったのにたいして、「今日では倫理学的転回と言われるほどに、倫理学と正義の問題に力を注ぐようになった」(p.145)ことに注目する。それはポストモダンの倫理学が、「非同一的なもの(すなわち他者)と適切にかかわりあうことによって初めて人間の正義の要求が満たされる」(p.146)と考えるようになったからである。

 たとえばリオタールの『文の抗争』の中心的なテーマは、「後続の文が先行する文にたいして〈不正〉を行っている」(p.151)ことを指摘することにある。というのは、両立することができない言説が存在するからである。たとえば「労働者たちの想像を絶する労働条件への抗議」も、市場社会における「経済効率性の言語」の中では場をもつことができず、沈黙せざるをえないのである。こうした断絶はナチスの強制収容所で収容された人々と看守の間でも発生したのだった。

 ただしホネットはこの断絶は指摘されたままであることはできず、ある「規範的な性格をもった道徳理論の展開」(p.153)を要請するが、この道徳理論の展開は、ハーバーマスの討議倫理学の枠組みにおいて実現可能であると考える。リオタールはハーバーマス激しく批判しているが、リオタールがこうした道徳理論を展開しようとすると、ハーバーマスの倫理学を援用しなければならなくなるというわけである。

 ハーバーマスの倫理学が示したのは、「道徳的な行為コンフリクトを了解志向的に解決することに役立つべき実践的討議において、すべての主体が強制されることなく自分の利害関心と要求とをはっきりと表明てき平等なチャンスを持たなければならない」(p.167)ということであり、この場が存在しなければ、言説の対立は片方の沈黙で終わるしかないからである。

 これにたいしてレヴィナスの影響のもとで正義の問題を考察し始めたデリダでは状況が異なる。デリダが友愛の概念を考察しながら明らかにしたのは、他者との関係が非対称な場合と対称的な場合があるということだった。友愛の関係のうちにある他者は、「同情と好意という情動的なレベルにおいて私に非対称的な義務を訴える」(p.171)と同時に、「道徳的な人格としてすべての他者と同じように尊重されることを求める」のである。

 これは友愛の絆において、他者が愛情と道徳的な人格という二つの異なる次元において登場するということである。愛情の関係においては、「いつくしみ」を求める非対称な存在であり、道徳的な人格の関係においては、尊重を求める対称的な存在なのである。この二つの次元が錯綜した友愛の絆においては、デリダはこの問題を政治的に解決しようとはしない。

 しかし法の問題の考察においてはさらに一歩を進めて、この二つのパースペクティブのどちらも、「正義」の問題であることを指摘するようになる。そしてどちらの正義もそれ自体で自足することができず、「正義はつねに正義そのものを越え出てゆく」(p.178)ことを指摘するのである。これは個別的な場面においてはケアを要請し、普遍的な場面においては平等を要求すると考えることができるだろう。

 ホネットはデリダがここで「カント以来の正義の伝統において引かれている境界線をすでに大きく乗り越えてしまっている」(p.180)と指摘する。そしてそれにつづく論文「アリストテレスとカントの間」「正義と愛情による結びつきの間」「愛と道徳」などは、この問題を『承認をめぐる闘争』の延長線上でさらに検討したものである。

 巻頭の「社会的なものの病理」の論文では、文明のもたらした堕落と疎外を指摘したルソーに始まる社会哲学の歴史を「堕落」という観点から追跡したものであり、ニーチェのニヒリズム批判がその一つの帰結であること、ドイツの社会学の基礎を築いたジンメルとウェーバーがこの問題意識を継承していることを指摘する。そこからルカーチ、フランクフルト学派、アレント、そして現代の社会哲学の現状にいたるまで展望する。目配りのきいた論文で、お勧めである。

【書誌情報】
■正義の他者―実践哲学論集
■ホネット,アクセル【著】
■加藤泰史、日暮 雅夫ほか訳
■法政大学出版局
■2005/05/25
■399,50p / 19cm / B6
■ISBN 9784588007934
■定価 5040円

●目次
1 社会哲学の課題(社会的なものの病理―社会哲学の伝統とアクチュアリティ;世界の意味地平を切り開く批判の可能性―社会批判をめぐる現在の論争地平での『啓蒙の弁証法』;“存在を否認されること”が持つ社会的な力―批判的社会理論のトポロジーについて ほか)
2 道徳と承認(正義の他者―ハーバーマスとポストモダニズムの倫理学的挑戦;アリストテレスとカントの間―承認の道徳についてのスケッチ;正義と愛情による結びつきとの間―道徳的論争の焦点としての家族 ほか)
3 政治哲学の問題(道徳的な罠としての普遍主義?―人権政治の条件と限界;反省的協働活動としての民主主義―ジョン・デューイと現代の民主主義理論;手続き主義と目的論の間―ジョン・デューイの道徳理論における未解決問題としての道徳的コンフリクト ほか)


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2010年06月17日

『シリーズ心の哲学〈2〉ロボット篇』信原 幸弘【編】(勁草書房)

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「認知科学の可能性と行き詰まり」

 『心の哲学』のシリーズ二冊目『ロボット篇』である。ただしロボットが直接に登場するのは、フレーム問題を取り上げた第三章「ロボットがフレーム問題に悩まなくなる日」だけであり、認知科学のさまざまなテーマを考察した書物と考えてよい。

 序章「認知科学の主な流れ」(信原幸弘)では、これまでの認知科学の主要な理論を紹介する。コンピュータが情報を処理するために心的な表象を必要とし、そうした表象を「構文論的な構造をもつ」(p.4)ものとして処理する「古典主義」的なアプローチ、これを批判して、心は神経のネットワークであると考える「コネクショナリズム」、すべての認知は表象を必要とせず、力学系の観点から考察できると考える「力学系アプローチ」の順である。

 第一章「心は(どんな)コンピュータなのか」(戸田山和久)は、この最初の二つの理論体系を考察する。筆者の立場としては、コネクショナリズムを古典主義から擁護し、コネクショナリズムの仮説である「思考の言語」仮説を採用することは「ナンセンス」(p.60)であると主張する。この仮説では古典主義と同じように、言語を表象とみなす考え方に依拠しているが、「自然言語がコミュニケーションの道具であることは、それが表象であることを意味しない」(p.67)のであり、これを除去して理論をもっと首尾一貫したものとすべきだという。ヴィトゲンシュタインの議論を思わせるようなところもあり、面白く読める。

 第二章「表象なき認知」(中村雅之)は、第三の力学系のアプローチを擁護する議論である。このアプローチでは、コンピュータが表象を処理すると考えた場合には、きわめて多量の処理が必要となる作業が、力学系の装置を利用することで節約できることを指摘する。その実例がワットの調速機である。対象を認識するために、すべての情報を入手するのではなく、生態の免疫のように、それとぴったりあてはまるものをみつけてやればよいとするカップリングの理論は、ルーマンのシステム論を想起させて、魅力的な考え方である。

 第三章の「ロボットがフレーム問題に悩まなくなる日」(柴田正良)は、有名なフレーム問題を紹介しながら、コレクショニズムガこの問題を解決するために「きわめて有望である」(p.155)と指摘する。筆者はフレーム問題で前進するために必要なのは、「感情の機能の徹底的な洗い出し」(p.168)と、「マクロなレベルで捉えられた機能が、実際の中央システムにとっていかなる作用となって実現されるのか、という具体的なメカニズムの探求」(同)であると指摘する。ロボット工学が発展すれば、フレーム問題はいつか冗談のように考えられるのかもしれない。

 第四章の「覚知する心」(染谷昌義)は、ギブソンが開発した生態学的な認知の理論を紹介しながら、道具には「先人たちの知的成果が織り込まており、過去に達成された知性を」使用者に授けるという意味で、「潜在的な知性」(p.194)と考える理論を紹介する。道具は人間の理性が物となったものだというのはヘーゲルの卓見であり、これはまっとうな考え方と言うべきだろう。身体もまた知性の塊であるのだ。

 第五章「存在の具体性」(河野哲也)も同じように道具を「変形する身体の延長としてとらえる」(p.231)ことから、世界内存在としての心について考察する。これについて手がかりとなるのはメルロ=ポンティの身体論であり、この理論が認知科学ときわめて近い知見をそなえていることは、すでに多くの論者によって確認されている。それぞれの論文は、認知科学の可能性と行き詰まりをまざまざと示していて興味深い。


【書誌情報】
■シリーズ心の哲学〈2〉ロボット篇
■信原 幸弘【編】
■勁草書房
■2004/07/20
■280,8p / 19cm / B6判
■ISBN 9784326199259
■定価 2940円

□目次

序論 認知哲学のおもな流れ(信原幸弘)
1 心はコンピュータ──古典主義
2 古典主義への批判
3 心は神経ネットワーク──コネクショニズム
4 心は脳を超えて──環境主義

第一章 心は(どんな)コンピュータなのか──古典的計算主義 VS.コネクショニズム(戸田山和久)
1 計算主義とは何か、それは何を問題にしているのか
2 古典的計算主義の認知モデル
3  認知研究の三つのレベル
4 コネクショニズムの認知モデル
5 古典主義者VS.コネクショニスト
6 コネクショニズムと思考の言語

第二章 表象なき認知(中村雅之)
1 表象と計算に伴う問題
2 力学系的認知観
3 力学系の反表象主義
4 折衷論
5 折衷論への批判
6 表象なしでどうやるか
7 結論

第三章 ロボットがフレーム問題に悩まなくなる日(柴田正良)
1 ロボットは苦悩する(あるいはフレーム問題)
2 精確な規則にしたがった記号操作(あるいは古典的計算主義)
3 すべての表象が同時に重なり合って(あるいはコネクショニズム)
4 俺たちは天使じゃない(あるいは自然知性)

第四章 拡張する心──環境─内─存在としての認知活動(染谷昌義)
1 計算の一部は頭の外で行われる
2 認知活動における道具の役割
3 環境操作としての認知活動──認識的行為
4 構造化された環境
5 環境を構造化する道具としての言語──問題変換の集団的達成
6 三つの問題

第五章 存在の具体性──世界内存在と認知(河野哲也)
1 はじめに──世界内存在としての心
2 材質・サイズ・モルフォロジー
3 道具のなかの心
4 心の立脚性
5 巨大な身体としての習慣
6 ユニヴァーサル・デザインの方へ
7 心のカテゴリー
8 心に閉じ込めること、心を閉じ込めること
9 おわりに──存在の具体性

読書案内(信原幸弘)
あとがき
事項索引
人名索引


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2010年06月09日

『経済学の再生―道徳哲学への回帰』セン,アマルティア(麗沢大学出版会)

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「資本主義と倫理」

 この書物でセンが語るのは、きわめて明確で簡略なことである。経済学には、アリストテレス以来の「善き生」を求める倫理的な伝統と、インドのカウティリヤの『実利論』以来の「工学的な」問題処理に専念する伝統がある。ただし現代の経済学は、近代初期の統計データを利用したウィリアム・ペティ以来の「工学的」なアプローチ(p.21)を重視する傾向がある。

 この工学的なアプローチには利点もあった。たとえば飢餓と飢饉という「悲劇的な問題」では、倫理的なアプローチよりも、「一般均衡理論が焦点をあてる相互依存関係のパターン」(p.26)を用いることで、食料があっても飢餓が起こる事実を解明することができたのである。

 しかしこの工学的なアプローチには、いくつかの重要な難点がある。第一は、人間が合理的に行動する存在であることが前提とされ、それが現実のものとみなされていることである。しかし実際の生活を分析してみれば明らかなように、人間は経済的な合理性だけで行動するものではない。

 人間にはさまざまな性格の人物が存在し、合理性という想定は狭すぎるものである。また人間が合理的に行動することを認めた場合にも、合理性には経済的な合理性だけではなく、さまざまな合理性が存在する。「他に取りうる行動パターン」(p.30)を考慮にいれる必要がある。「実際の行動を特定するために合理的行動の仮定だけでは不十分である」(同)。

 また経済的な合理性を追求することが、「自己利益の最大化」(p.34)と同じことだと見なされているのも問題である。「他のすべてを排除して、自分自身の自己利益を追求すること」(同)だけが合理性とみなされているが、この根拠はない。グループの利益が優先されて、個人の利益は重視されない場合もあるし、追求されている目的が「非自己的な目標」(p.35)であることもあるだろう。

 この自己利益を追求する合理的な人間は、ホモ・エコノミクスと呼ばれて、アダム・スミスの主張だとされているが、アダム・スミスはその『道徳感情論』を読んでみれば、はるかに道徳的な見地を採用しているのは明らかである。スミスはストア派の哲学に共鳴しており、「大いなる共同体のために、いつの時も自らの小さな利益を犠牲にすることを少しもいとわなかった」(p.42)人々を称賛しているのである。

 現代の厚生経済学は、「自己利益の最大化」と「効用に基づく基準で計った社会的な成果」(p.59)だけを原理としているが、効用を個人のあいだで比較することは、個人AとBの幸福を比較することで、これは「無意味なこと」とされたために、パレート最適だけが基準として残ってしまった。

 パレート最適は、「他人の効用を減らさずには誰の効用も増やせない社会状態」(p.61)である。これによると、極貧の人が悲惨に暮らしていても、裕福な人の効用を減らさなければ、極貧の効用を増やせない場合には、パレート最適状態であり、これを動かす理由がなくなる。パレート最適は「灼熱の地獄で熱く焼けただれている」こともあるのである(p.61)。

 「パレート最適を唯一の判断基準とし、自己利益最大化行動を経済的選択の唯一の基礎とする厚生経済学は、小さな箱の何かに押し込められたも同然だから、もはや、大したことを言える余地などほとんどなくなってしまった」(p.61)というセンの指摘は疑いようがないだろう。センはアローの一般可能性原理にもとづいた社会的選択の理論には大きな難点があることをすでに証明しており、この原理が前提としている自由で平等な社会というものは、実際には仮説にすぎないことを明らかにしたのだった。

 だから厚生経済学が前提とする基本的な考え方を修正してゆく必要とセンは指摘する。まず「自己中心的な厚生」の原理では、人間の厚生はその人個人の消費だけに依存すると考えるが、他者への共感や反感なども考慮にいれるべきだろう。「自己厚生の目標」の原理では、個人の目標は自己の厚生の期待値を最大にすることが目標とされているが、他人の厚生も人生においては重要な要素となる。さらに「自己目標の選択」の原理では、各人は目標を追求することで選択するとみなされているが、孤独に行動する人はいないのであり、他者との相互依存関係を無視すべきではないのである(p.129-130)。

 センのこうした議論はきわめてまっとうなものであり、「経済学の再生」(サブタイルト)が「道徳哲学への回帰」を必要としているのは明らかなことだろう。資本主義の初期のスミスの時代のように、経済学が倫理学と密接に結びついていた時代の思考方法を取り戻すことが、経済学について考えるためにも、資本主義について考えるためにも、必須のことだと思う。

【書誌情報】
■経済学の再生―道徳哲学への回帰
■セン,アマルティア【著】
■徳永澄憲、松本保美、青山 治城【訳】
■麗沢大学出版会
■2002/05/09
■220p / 19cm / B6判
■ISBN 9784892054488
■定価 2415円

●目次
第1章 経済行動と道徳感情(二つの起源;成果と弱点;経済的行動と合理性 ほか)
第2章 経済的判断と道徳哲学(効用の個人間比較;パレート最適と経済的効率;効用、パレート最適、厚生主義 ほか)
第3章 自由と結果(豊かな生、行為主体、自由;多元性と評価;完全性の欠如と過剰な完全性 ほか)


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2010年06月07日

『貨幣の哲学』エマニュエル・レヴィナス(法政大学出版局)

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「貨幣の正義」

 マルクスからは「マンモンの神」と呼ばれて嫌われた貨幣であるが、これが物物交換の不便さを解消する文明の工夫の一つであることは間違いない。しかしレヴィナスが指摘するように、貨幣の経済学や社会学は多いとしても、「貨幣の形而上学」はほとんど存在しない。この書物はレヴィナスの貨幣論をまとめたものであり、彼の思考の粘着力をよく示している。ほとんど同じテーマから離れずに、どこまでも螺旋状に広がりながら思考をつづける能力は、見習いたいものである。

 レヴィナスの定義では、貨幣は「所有の所有」(p.66)である。これは経済学では購買力と呼ぶ概念なのだが、それが所有という語に言い換えられることで、概念的に膨らみがでてくる。貨幣は他者の所有しているものを入手することができる能力であり、貨幣を所有していることは、他者の所有を所有することである。

 しかし人々はこの貨幣を所有するためには、働かなければならない。そしてその最悪の労働形態は、賃金労働である。マルクスは賃金労働は労働の販売ではなく、労働力の販売であることを指摘したが(そこから余剰価値の搾取という概念が生まれる)、賃金労働をするあいだは、その身体と人格は買い手に占有されているであり、レヴィナスが指摘するように、それは人間を一時的に売却することにほかならない。所有を所有するためには、他者に所有されるという「地獄」を経由するしかない場合も多いのである。

 これは国家と法によって定められたシステムである。ただし貨幣は貨幣を呼ぶというように、多額の貨幣の所有者のもとには楽々と貨幣が蓄積されるのであり、貨幣はこうした所有の所有であると同時に、貪欲の追求の手段と化し、モリエールの喜劇に描かれる守銭奴においては、目的そのものとなってしまう。これが「貨幣の両義性」(p.67)である。

 これだけなら、誰でも言えることである。レヴィナスはここに第三者という概念をもちこむ。わたしは神に命じられて、隣人を愛する。これは善なる行為である。しかしこの善なる行為は隣人に向けられるだけであって、このわたしの隣人愛から排除されている人々にたいしては、わたしは無視し、無言の暴力をふるっていることになる。愛する隣人とみしらぬ他人のあいだに、わたしは格差をつけているからだ。

 これを否定しようとしてすべての人を愛するといったところで、ただ愛が希釈されるだけのことで、そこに正義は生まれない。レヴィナスはここに貨幣というものの価値をみいだす。「他人に責任をもつことは、その命に責任をもつことであり、かくしてほかならぬその物質的な欲求に責任をもつことであり、かくして貨幣を与えることである。このとき貨幣は、そのすべての意義を取り戻す」(p.103)。貨幣は第三者にふるった暴力を償う正義の役割もまたはたすのである。

 貨幣はまた数量化することである。たとえば「目には目を」というとき、目を傷つけた相手には、つぐないをしなければならない。この法律の文面では自分の目を与えることになっているが、それでは相手はいかなる償いをうけることはない。ただ復讐心が満たされるだけであり、こうむった被害は、手つかずにそのままである。そこで貨幣による償いが求めれるのである。命を除いて、あらゆるものは数量化することができ、数量化されるべきである。それがいかに冷酷で非人間的なことと思えようとでもである。正義は数量化を要求するのである。

 手短に語ろうとすると、論理が飛躍しているように思われるだろうが、倫理的に極限までつきつめて考えるレヴィナスの思考は、ときに飛躍をみせながらも、その脈絡をきちんと補填して、ぼくたちに新たな思考へと誘う。「プレリュード」と題した序文は、レヴィナスが本文で語っていることを語りなおしているだけなので、読み飛ばされてもいいかもしれない。ただし文末のレヴィナスの著作において貨幣の概念が考察されている場所を列挙したリストは有益だろう。


【書誌情報】
■貨幣の哲学
■エマニュエル・レヴィナス
■法政大学出版局
■2003/08
■195, / 20cm / B6判
■ISBN 9784588007798
■定価 2625円


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2010年05月31日

『人間の将来とバイオエシックス』ユルゲン・ハ-バマス(法政大学出版局)

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「ブレーブ・ニューワールド時代の哲学」

 クローン人間だけでなく、両親が生まれてくる子供のための善を祈って遺伝子操作を行えるようになる時代がもう間近に迫っている。こうした「ブレーブ・ニューワールド」(ハクスレー)を前にして、ぼくたちはこうした新しい技術にどのような姿勢を取ればよいのかという問いは、避けがたいものである。

 ハーバーマスがこの問題に答えようとする際に前提とするのは、哲学はもはや「どのように生きるべきか」という問いに答えることは断念しているということである。キルケゴールは「自分自身の人生が成功なのか失敗なのかに関する根本的な倫理的問いに、〈自分自身でありうること〉というポスト形而上学的な概念で答えた最初の人であった」(p.15)とハーバーマスは指摘する。

 ということは、価値が多元化した現代の社会にあって、各人が自分自身でありうる生き方を求めればよいのであり、哲学はそのどれかを選ぶことも、優先することもないということである。「純粋に倫理的な問いに関していかなる優先準位も禁じる」(同)のである。ただしそれは道徳的な問いを放棄するということではない。「社会的な次元では自身の行動に責任をもつことが、そして他者に対する約束や責任に応じることが可能となる」(p.16)ことは依然として必要なのであり、そのような責任を取る道徳的な主体を構築する可能性を最大限で維持することが、哲学の道徳的な課題だということになる。

 この視点から考えるときに、遺伝子操作にはいくつかの重要な難点がある。たとえば、両親が子供の「ため」を思って、特別に知能に優れた遺伝子を与えたり、美貌で優れた体格の遺伝子を与えたりするとしてみよう。子供は両親の嗜好を共有して、自分の知能が高く、美貌であることに感謝するかもしれない。あるいは遺伝子を操作しない場合にも、知能や美貌が優れている子供と優れていない子供の違いがあることを考えて、自分の与えられたものを一つの運命や所与として甘受するかもしれない。

 そうであれば問題はないかもしれない。しかしそうでない場合も考えられる。子供は自分の生き方として、美貌のために注目されることがない生活を望むかもしれないし、知能の高さを発揮したりするのではなく、ぐうたらな生活を送ることに最大の幸福を見いだすかもれしない。そのような可能性が残されている以上、そして「自分らしい生き方」というものは、すべての個人において異なる可能性があり、その優越を決めることはできない以上、こうした選択もまた優劣のないものとして認める必要があるのである。

 遺伝子操作は、このような個人の選択の余地に介入することになる。それは子供という「他の人格が自分自身に対してもつ自発的な関係および倫理的自由の身体的基盤にまで介入するものとなる」(p.29)と言わざるをえないのである。この両親の決定は、子供にとっては「独特のパターナリズム」(p.107)としてしか感受されないだろう。子供は「自分自身の歪曲されない未来を奪われて」(p.106)いるとしか感じないだろう。

 このようにして子供の未来が歪められるだけではなく、この両親の選択には、対話の可能性を否定するという問題が含まれる。子供というものは、幼いときには家庭で両親のパターナリズム的な配慮の恩恵をうけるものである。両親の配慮とはそうした性質のものだからだ。しかし子供はその配慮をやがて迷惑なものと感じるようになる。そして社会のさまざまな他者とのコミュニケーションを経験するうちに、両親の配慮の恵みと迷惑さから脱出してゆく。それが社会的な存在になるということだ。

 しかし遺伝子操作が行われていると、「パターナリズム的な目論見が、対抗しようのないプログラムの中に実現しており、コミュニケーション的な媒介された社会化の実践のかたちで現れることがないがゆえに、帰結は不可逆的である」(p.108)。そこでは両親が子供に語りかけた「二人称」の言葉は存在していても、子供が両親に語りかける「二人称」の言葉は奪われているのである。両親の二人称の言葉は、実は自己の願望を子供に押しつける「一人称」の言葉にすぎない。

 ハーバーマスは、「人間同士の関係のありかたは現存在的に可逆的である」(p.107)べきだと考える。遺伝子操作の優生学は、「ある人格が他の人格のゲノムの望ましい構成について後戻りの不可能な決定を下すことによって、二人のあいだに成立する関係においては、自立的に行為し、判断する人格相互の道徳的自己了解のこれまで自明であった前提が自明ではなくなる」(同)のである。

 ハーバーマスのこの議論は、人々の価値の多元性を前提としても、なお道徳的に不可欠な要件が存在することを、コミュニケーション的な理性の議論で巧みに展開するものである。大きな難問を抱えるバイオエシックスの哲学的な議論として、大きな貢献をしていると言うべきだろう。

 ハーバーマスの討議倫理の議論にはこれまでさまざまな批判が行われてきたが、この遺伝子操作の問題に関しては、ディスクルスの議論が巧みに働いていると感じられた。討議の現場に対話の相手が存在しない状態で、その架空の相手との対話の可能性を探ることが試みられているために、討議倫理に潜んでいたさまざまな問題点が顕在化しないからである。


【書誌情報】
■人間の将来とバイオエシックス
■ユルゲン・ハ-バマス/著
■三島憲一訳
■法政大学出版局
■2004/11
■135, / 20cm / B6判
■ISBN 9784588008023
■定価 1890円


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2010年05月26日

『貧困と共和国―社会的連帯の誕生』田中拓道(人文書院)

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「「社会」の発明」

 かつてアレントは『人間の条件』において、ギリシアの公的な空間と私的な空間の分離について説いた後、近代、とくにフランス革命になってからこの二つの空間とはことなる社会的な空間」が登場し、それが公的な空間を覆ってしまったと語ったことがある。アレントは『革命について』ではそれをフランス革命の「失敗」と関連づけるのだが、そのプロセスが実際にどうであったかは、詳しくは考察されていなかった。

 著者はアレントのこの私的に関心をもって、「社会的なものの内実に関心を向けるようになった」(p.263)という。この〈社会的なもの〉の登場は、フーコーに近い人々、とくにドンズロの『社会の発明』やエヴァルトの『福祉国家』などの著者でも詳しく考察されているものであり、ぼくも関心をもっていた。この著書は、フランスの福祉国家が登場するまでのこうした〈社会的なもの〉の思想的な変遷をたどったものとして興味深い。

 著者はこのプロセスを、大きく四つの時期に分けて考察する。第一の時期は革命から七月革命後、一八世紀半ばまでの「政治経済学」の時期であり、ほぼルソーに始まり、重農主義、イデオローグなどを経由して、一八三〇年代から一八四〇年代の「統計の熱狂時代」(p.79)頃までを対象とする。この時代は国富の増大と統計学的な手段による国民の統治が重視された時代である。

 第二の時期は、七月王政時代の前後の時期であり、政治経済学から分離した社会経済学が、「社会」そのものと人民への注目を高めた時期である。この時期には下層の大衆に注目が集まり、「新しい慈善」によって、社会の「上下階層のつながりを維持」するために、「貧民の生活状態に関する知の蓄積を重視する」(p.123)学が展開された。

 第三の時期は、七月王政後から第二帝政にいたる「社会的共和主義」の時代である。この時代には、「友愛」の絆に結ばれた政治的な共同体を目指す運動が労働運動としても、思想的な運動としても展開されることになる。そして「デモクラシーの理念が勝利することで、大衆的貧困は根絶される」(p.168)という掛け声のもとで、富裕層だけではなく、国民全体の福祉を向上させることが求められた。フーリエやサンシモンの影響がはっきりと現れた時期でもある。

 第四の時期は、第三共和制の登場とともに、国民の「連帯」を訴える連帯主義が登場した時代である。社会の全体性を強調するデュルケームの社会学が注目を集めた時代でもあった。フランスの「福祉国家の原型」(p,255)が素描され、戦後の体制に引き継がれることになる。

 本書は脚注も詳細で、参考文献も詳しく、参考になる。フランスを実例として、「私的なもの」とも、「公的なもの」とも異なる「社会的なもの」の空間がどのようにして分節され、力をえていったか、その思想的な背景はどのようなものであったかを考えるには、きわめて有益な書物である。


【書誌情報】
■貧困と共和国―社会的連帯の誕生
■田中 拓道著
■人文書院
■2006/01/31
■300p / 21cm / A5判
■ISBN 9784409230374
■定価 3990円

●目次
第1章 社会問題(導入;革命期―“市民的公共性”と“政治化された公共性” ほか)
第2章 社会経済学―「新しい慈善」(導入;政治経済学 ほか)
第3章 社会的共和主義―「友愛」(導入;社会問題と共和主義 ほか)
第4章 連帯主義―「連帯」(導入;「連帯」の哲学 ほか)


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2010年05月24日

『イスラームと西洋―ジャック・デリダとの出会い、対話』シェリフ,ムスタファ(駿河台出版社 )

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「地中海の子、デリダ」

 著者のムスタファ・シェリフは、デリダの生まれた国アルジェリアのイスラーム学者であり、駐エジプト大使や高等教育大臣を歴任した政治家で、哲学者である。著者はデリダの哲学に心酔しており、2000年の3月に、デリダをパリのアラブ世界研究所で開催されたシンポジウムに招待した。デリダは病気が悪化していたにもかかわらず、病院での検査の後に、このシンポジウムに直行したという。

 シェリフはイスラーム世界の有力な知識人として知られているが、2006年に起きたムハンマド風刺画事件に関連して、「イスラーム意見番」(p.155)として活躍した逸話が有名だ。ローマ教皇がこの問題についてレーゲンスブルク大学で発言して、イスラーム世界から批判をうけたことから、ローマ教皇がシェリフを招いて、助言を求めたのだった。

 このシンポジウムに招かれたデリダは、まとめたスピーチを行える状態ではなく、シェリフの質問に回答するという形で発言しているが、あくまで「アルジェリア人としてお話したいと思います」(p.42)という姿勢を崩さない。そして西洋世界とイスラーム世界の「両岸をむすびつけ」る(p.133)という役割をはたすべく、ごく平易な言葉で語りかけているので、デリダの晩年の思想の入門としても役立つ書物になっている。

 アルジェリアがデリダが受け継いだ「遺産」について、デリダはこう語る。自分はヨーロッパの思想にたいして「ある種の周縁から、ある種の外部から投げかけるように数々の問いを提示してきた」(p.45)が、それができたのは自分が「単なるフランス人でもなく単なるアフリカ人でもない、言うなれば地中海の子供」だったことが大きく影響していると想起する。

 そしてデリダは、イスラームと西洋の相互の利益のために「民主主義の普遍主義」を求めていると語る。これは現在の地球には存在していない民主主義、「来たるべき民主主義」である。デリダにとって民主主義というモデルは、「自らの歴史性、すなわち自らの将来を受け入れ、自己批判を受け入れ、改善可能性(ペルフェクティビリテ)を受け入れるという、いわばモデルをもたないモデルという独特な政治体制」(p.58)であると信じているからである。

 とは言いながらもデリダは、この民主主義を実現するためには国家という体制もまた必要であると考えている。「国家なるものはいくつかの条件において、……非宗教性、あるいは諸宗教的共同体の生活の保証人でありうるのです。国家は、何らかの経済的勢力、度を越した経済的な集中、経済的権力をもつ国際的な勢力に抵抗することができます」(p.70)と考えるからである。

 デリダのこの姿勢は、グローバリゼーションに対する姿勢とも一貫する。デリダは「グローバリゼーションなるものは生じていない」(p.82)と断定する。帝国であろうとするアメリカにたいして、地球的な抵抗が生じているからであり、「ヨーロッパは、自らを作り直し、アメリカ合衆国の覇権主義的な一方通行主義(ユニラテラリズム)とは一線を画し、そこから袂を分かつと同時に、世界にあって、アラブ・イスラーム世界同様にいつ何時でも、〈来たるべき民主主義〉を達成する用意がある勢力とともに、新たな責任を担おうとしている」(p.83)と判断するからである。

 デリダがグローバリゼーションが「生じていない」と主張するのは、文明はあくまでも多元的なものであり、多元的なものでありつづけるべきだと考えるからである。「多元性といっていも私は他者性という意味て使っていますが、差異の原理、他者性への敬意、これらのは文明の根源とも言えます。だから私は、均質て普遍的な文明というものは想像できません」(p.108)と語るのである。

 短い対話ではあるが、『他者の言語』『たった一つの、私のものではない言葉』「信仰と知」『マルクスの亡霊たち』などの書物のエッセンスが、イスラーム世界との対話という形で表明されていて、分かりやすい。


【書誌情報】
■イスラームと西洋―ジャック・デリダとの出会い、対話
■シェリフ,ムスタファ/著
■小幡谷友二/訳
■駿河台出版社
■2007/10/10
■165,17p / 21cm / A5
■ISBN 9784411003775
■定価 1785円

●目次
序論 何にもまして友情が大切である
第1章 諸文明の未来
第2章 討論
第3章 アルジェリア人としての経験と思い出
第4章 東洋と西洋、同質性と差異
第5章 不正行為と急進的潮流
第6章 区別するべきか、関連づけるべきか?
第7章 進歩は完全である一方で不完全でもある
結論 私たちの生活には異なる他者が不可欠である
対談後記 南海岸からのアデュー、ジャック・デリダへ


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2010年05月19日

『政治概念の歴史的展開〈第1巻〉』古賀 敬太【編著】(晃洋書房 )

政治概念の歴史的展開〈第1巻〉 →bookwebで購入

「重要な政治的な概念の歴史的考察」

 政治的な概念の歴史的な展開を考察するシリーズで、第三巻まで刊行されている。ドイツには『歴史的な基本概念』という9000ページに及ぶ大シリーズがあるが、それには及ばないものの、ひとつの概念に20ページほどを使って考察している。古代から中世を経て近代までの流れを展望し、現代の論争的な状況を解説し、最後にお勧めの参考文献をあげるという標準的な作りだが、枚数がかなりあるので、参考になるだろう。ぼく好みの本ではある。

 この第一巻では、自由、平等、友愛、人権、寛容、正義、公共性、権力、国家、官僚制、市民社会、連邦主義という一二の概念が考察されている。筆者はみな異なるが、それほどの凹凸はなく、標準的な出来栄えになっている。

 たとえば「自由」の項目では、ルソーの一般意志の概念を批判したヘーゲルが、特殊と普遍の実質的な媒介を目指して、「個人の個別性と特殊的利益が権利として承認されつつも、普遍的な利益に媒介され、このことを個人が承認するという構図」(p.11)を思い描いたが、個人の自由を享受する私人たる市民と、政治的な自由を享受する公民との分裂が解消されないために、これが破綻される筋道を描いていてわかりやすい。

 また「公共性」の項目では、政治哲学が始まったプラトンにおいてすでに、「開かれていることを最大の特質とする実践的な公共空間への懐疑と不信に淵源する」(p.131)という皮肉な状況が描かれ、ホッブズにおいて「人間の共同体の淵源をその善き本性に求めるアリストテレス依頼の伝統的な理解」が完全に否定される(p.135)ことが指摘される。

 「国家」の項目では、ギリシアの国家がオリエントの「帝国」概念との対立で国家というものを考え始めたこと、「膨大な官僚機構をそなえ、権力支配によって多くの人間を服従させる〈帝国〉ではなく、公と私を分離して、公共圏としてのポリスを国家概念のモデルとして描く」(p.172) ことが試みられたことの由来の考察から始めているのも、納得のゆくところである。

 ホッブズ、ロック、ルソーなど、非常に多くの項目で登場する哲学者もいて、近代の初頭に政治的な概念がいかに大きく転換したかを実感させられることになる。読者は章末に示された参考文献を手がかりに、さらにそれぞれの項目についての考察を試みることができるだろう。

 ドイツやフランスには多くみられる哲学の基本概念の歴史的な考察として、もっと前からあってよかった本だと思う。第二巻では政治、国民、契約、主権、支配、独裁、革命、戦争、共通善の九つの概念が、第三巻では徳、平和、共同体、ナショナリズム、パトリオティズム(愛国心)、コスモポリタニズム、抵抗権、専制、例外状態の九つの概念が考察されている。重要な概念ばかりで、つい残りの二冊も揃えておきたくなる。

【書誌情報】
■政治概念の歴史的展開〈第1巻〉
■古賀 敬太【編著】
■晃洋書房
■2004/05/10
■264p / 21cm / A5判
■ISBN 9784771014954
■定価 3255円



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2010年05月17日

『幼児期と歴史―経験の破壊と歴史の起源』ジョルジョ・アガンベン(岩波書店)

幼児期と歴史―経験の破壊と歴史の起源 →bookwebで購入

「インファンスの二重の意味」

 アガンベンの初期の著作であるこの『幼年期と歴史』は、『言葉と死』のような連続したセミナーではなく、論文集という性格をもつものである。ただし本書の「目玉」である「インファンティアと歴史」の文章が圧倒的な迫力をもって迫るので、ほかの論文を読む元気を失うほどである。だまされたと思って、本書の半分近くを示すこの論文を読んでいただきたい。美学の領域から仕事を始めたアガンベンが政治哲学の領域へと進出する転換点のようなところにある論文である。

 ほかの論文をひとまずみておこう。「おもちゃの国」ではピノキオの「遊戯の国」のエピソードを手掛かりに、儀礼と遊戯という行為の意味を考察する。遊び道具は、過去の聖なる器具がその聖性を失った遊具になったものであり、その意味では亡霊や幼児のように、死の世界と生の世界をつなぎ、切断する意味をもつ。亡霊は「生きている死者」(p.148)であり、幼児は「死んでいる死者、あるいは半分死んでいる者」だからである。

 アガンベンはこの死の世界と生の世界の対比を、共時態(構造)と通時態(出来事)の対比として考え、「儀礼が通時態を共時態に変形する機械であるとすれば、逆に、遊戯のほうは共時態を通時態に変形するための機械である」(p.132)と定義する。レヴィ=ストロースも援用した考察は、まだまだ掘り下げればおもしろいものがでてくることを予感させる。

 「時間と歴史」は、円環としての時間と直線としての時間という伝統的な区別に依拠しながらも、この時間を否定し、超越する「快楽」を提起することによって、こうした区別を崩壊させてしまう。歴史は「快楽の本源的な場所としてのみ」人間にとって意味をもちうる(p.184)というのである。「真正な革命は、ベンヤミンか想起しているように、いつの場合にも、時間の停止およびクロノロジーの中断として生きられたきたのだった」(同)という結論は意表をつく。

 「君主とカエル」はアドルノとベンヤミンの「論争」を詳しく紹介しながら、アドルノがベンヤミンを俗物唯物論者として非難していった経緯を考察する。フランクフルト研究所からの援助がほとんど最後の頼りの綱であったベンヤミンにとって、深い理解者であったアドルノからの「難癖」が、どれほどにつらいものだったを思うと、アドルノのかたくなさがもたらした「害」は大きかったと思わざるをえない。

 さて、「インファンテイアと歴史」は、語ることのできない(インファンス)という時期をかなず経る人間にとっての言語の意味を問うものである。精神分析には「小児健忘」という概念があり、幼年期の数年間の出来事はほぼ完全に記憶から失われてしまうことの理由を考察する。フロイトはそこに抑圧の働きをみいだす。そしてエディプス・コンプレックスの克服が、その限界を画すると考える。

 しかしアガンベンは「言葉をもつ動物」であるというアリストテレスの定義にたいして、人間はそもそも言葉を話さない動物であることに注目する。小鳥は生まれたときから、その種に固有の声で囀る(うぐいすは学ばないとうまく鳴けないが、それでもうぐいすの声がある)。ミンミンゼミはどの個体も生まれながらにミンミンと鳴く。しかし人間には人間に固有の「声」のようなものがない。人間は固有の「声」については、いわばタブラ・ラサで生まれるのだ。

 これは二重の意味をもつ。一つは人間は話すことを学ぶ必要があるということだ。そして学んでしまうということは、「純粋の、いわばなお物言わぬ経験」(p.82)というものを剥奪されるということである。「そのときには、本源的な経験は、なにか主体的なものであることからほど遠く、人間において主体以前のもの、すなわち言語活動以前のものでしかありえない」(同)ことになる。言語活動は、インファンティアの限界を画するのである。

 もう一つは、人間はバベルの塔の崩壊によって散らされて話すようになった多数の言語のうちのどれでも話すことを学べるということである。インファンティアがなければ、人間は生まれつき一つの言葉しか話すことができず、すべての人間は同じ言語を話していただろう。言語の差異も文化の差異も生じなかったに違いない。これがあるからこそ「歴史は存在する」(p.92)のである。

「歴史にはじめてその空間を開くのは、インファンティアなのである。ラングとパロールのあいだの差異の超越論的な経験なのである」(P.93)。アガンベンはまだまださまざまな側面からこの問題を考察するので、とてもここには書ききれない。ぜひ本書を紐解いていただきたい。

【書誌情報】
■幼児期と歴史―経験の破壊と歴史の起源
■ジョルジョ・アガンベン
■上村忠男訳
■岩波書店
■2007/01/26
■262p / 19cm / B6判
■ISBN 9784000254571
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/imgdata/400025457X.jpg
■定価 3360円

○目次
序 言語活動の経験
インファンティアと歴史―経験の破壊にかんする論考
おもちゃの国―歴史と遊戯にかんする省察
時間と歴史―瞬間と連続の批判
君主とカエル―アドルノとベンヤミンにおける方法の問題
おとぎ話と歴史―プレセペにかんする考察
ある雑誌のための綱領


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2010年05月14日

『新世界の悪魔 ― カトリック・ミッションとアンデス先住民宗教』谷口智子(大学教育出版 )

新世界の悪魔 ― カトリック・ミッションとアンデス先住民宗教 →bookwebで購入

「アンデスの神と悪魔」

 テーマになっているのは、南米のアンデス地方において、カトリックの宣教師たちにキリスト教に改宗させられた現地の人々の宗教心の複雑なありかたである。大きく二つの部分で構成され、前半は一七世紀の改宗の直後の状況が中心であり、後半は現代のフォークロア的な形で表現された宗教心が中心となる。

 前半で描かれるのは、一七世紀に「魔術師」として処罰されたファン・バスケスの物語である。この人物は熱心なカトリック信徒であるが、祖先伝来の薬草や呪術による治療の術に長けていて、多くの人々を治療したという。本人は、キリスト教の神から術を夢の中で伝えられたものだと主張した。

 ちょうど本土のスペインで魔女狩りが流行していたこともあって、バスケスの「奇蹟」は魔術と解釈された。「それらの智恵が自然的徳に基づいておらず、文字によって得られた知識でない」(p.56)からである。さらに薬草による治療はスペイン人には医学として承認されていないという事情もあった。かれの術が治療の実績をあげたことは事実であるが、当局はどうしてもそれを認めず、処罰したのだった。

 この事例はキリスト教に改宗したものの、それまでの民衆的な慣行があくまでも効果を発揮するために、それを捨てきることができない「魔術師」と、その治療に頼らざるをえない民衆の苦悩を象徴的に示したものである。当時の当局の疑いは、改宗したとみせかけて、背後で人々が異教の崇拝をしているのではないかということだった。土葬された家族の死体は、土に潰されてかわいそうだからと教会の墓場から掘り出して、山の洞窟に運んで供養するという土俗的な営みが、どうしてもやまなかったためでもある。

 後半では、ピシュタコという「悪魔」が中心になる。これは境界的な立場にある人々が現地の人々を襲って殺し、その脂肪をとって売るという伝説的な人物である。「黒ずくめの格好で、帽子をかぶり、顎鬚をつけ、鋭い刃物を持つ」(p.131)という人物像からも、外国人のイメージが強いが、「村落の住人である場合もあり、外から来た異人でもある場合がある」(p.137)というように、村落と外部の境界にいて、共同体の掟を守らない悪魔のイメージである。

 これは改宗してから長い期間が経った後に、改宗を強いたスペイン人にたいする怨恨の思いが、「植民地主義批判としての悪魔のネガティブなイメージ」として表現されたものであると同時に、「先住民の生存のありかた」を尊重することができれば、西洋文明との仲介者になることができるのではないかという両義的な存在として表現されたもののようである。

 これらのテーマはとても興味深いものであり、著者が示す別の事例とともに、さらに解釈を進めることができるだろう。ただし著者が前半部で示す理解の格子はあまりうまく機能しない。著者は「エリートの宗教と民衆の宗教」というカテゴリー、リクールの「顕現」の宗教と「宣言」の宗教というカテゴリー、「祖系と反復」というカテゴリーを提示して、これが解釈しようとするのだが、どれも部分的にしか説明機能を発揮してくれない。むしろ後半部分で示されたバフチンのカーニヴァルの概念を展開したほうが、分析を深められたのではないかと思う。

 カルロ・ギンスブルグが『ベナンダンティ』で描いた民間の魔術師は、新世界ではさらに強烈な姿を示すだけでなく、征服者と被征服者、西洋と非西洋という新たな対立軸をもたらす。いずれにしても、あらたな解釈と分析の意欲をそそるテーマではある。

【書誌情報】
■新世界の悪魔 ― カトリック・ミッションとアンデス先住民宗教
■谷口智子
■大学教育出版
■2007/12
■192p / 22cm / A5判
■ISBN 9784887308046
■定価 3255円

●目次
第1章 「名」と「像」の葛藤 1.エリアーデの「ヒエロファニー」における「聖と俗の弁証法」 2.リクールにおける「顕現」の宗教と「宣言」の宗教 3.「偶像崇拝」と「ヒエロファニー」 4.「偶像崇拝」と「顕現」の宗教 5.上田閑照による「経験と言葉(自覚)」の3つのモデル 6.ヒエロファニーとしての「偶像崇拝」 

第2章 ペルーにおける「偶像崇拝・魔術」撲滅巡察の歴史 1.初期の改宗計画 2.タキ・オンコイと最初の巡察 3.副王トレドとリマ異端審問 4.リマ大司教区教会会議とイエズス会の活動 5.アビラによる偶像崇拝撲滅巡察の開始 6.リマ大司教区と偶像崇拝僕滅巡察の体制化 

第3章 「魔術師」ファン・バスケス 1.「エリートの宗教」と「民衆の宗教」 2.「インディオ、ファン・バスケスに対する魔術師ゆえの罪」 3.スペインの悪魔学 4.バスケスの治療の先住民的ルーツ 5.「魔術師」ファン・バスケス 6.正統主義が孕む問題 7.宗教の混淆化 

第4章 カトリック・ミッションとアンデス先住民宗教における祖型と反復 1.ユダヤ・キリスト教の伝統における祖型と反復 2.祖型としてのグレゴリオ1世 3.集村化のモデル 4.集村化 5.アンデス先住民の聖なるトポス 6.天空神 7.大地と石 8.灌漑水路と畑 

第5章 「世界は逆転している」 1.魂の救済=植民地化は等価交換か? 2.個々人のモラル・ハザード 3.先住民の道徳的堕落について 4.先住民側の反応 

第6章 我々の祖先は悪魔なのか? 1.祖先神と創造神話 2.豊饒の泉としての祖先 3.アンデスの神話において語られる祖先=悪魔 4.レイミー族の死者儀礼 

第7章 鉱山の悪魔 1.「鉱山の悪魔」研究とその批判 2.山の神ティオ 3.仲介者 4.ティオの悪魔化 5.民衆の悪魔-価値の転倒- 第8章 ピシュタコ 1.「ピシュタコ」前史 2.神話的イメージとしての「ピシュタコ」 3.供犠の象徴的意味 4.脂肪とり魔 5.異人、すなわちコスモスを破壊する者 6.問われる研究者の位置づけ


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2010年05月12日

『共和主義ルネサンス ― 現代西欧思想の変貌』佐伯啓思/松原隆一郎編集(NTT出版)

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「共和主義理論のわかりやすい入門書」

 ポコックの力作『マキアベリアン・モーメント』の影響のもとで作られた書物であり、ほとんどすべての論文で、ポコックの恩恵が語られている。ポコックが示した共和主義の系譜をたどり直す論文と、共和主義について正面から考察する論文で構成されている。共和主義について考察する論文は、どれも共和主義とは何かというところからスタートするので、書物としてはあまりうまく編集されていない印象をうけるが、同じテーマが異なる視点から語られるという意味では、おもしろい。お手並み拝見と、ちょっと意地悪な気持ちになったりする。ここでは三人の共和主義の定義を比較してみよう。

 巻頭の佐伯啓思の「〈自由〉と〈善き生〉」の論文は、共和主義の一般的な特徴について、もっとも網羅的に考察している。著者は共和主義に共通にみられる要素を次のようにまとめてみせる。 (一)共通の善をめざす政治 (二)「美徳」をもった市民 (三)自立した自由な個人と国家 (四)愛国心と政治的な義務 (五)市民としての対等性 (六)「法」による支配 (七)権力の堕落・腐敗への批判 (八)政治体制としての権力の分散、混合体制 (九)商業や金銭主義的な市場競争社会(商業社会)への警戒(p.36)

 このキーワードはすべての共和主義に該当するものというよりも、「家族的な類似性』のイメージで考えられているのだろう。また第二論文では、近代のイングランドとアメリカにおけるハリントンやジェファーソンなどのいわゆる「ネオ・ローマ的共和主義」、すなわち公民的な徳によって支えられる政治への志向の特徴として、(一)腐敗から市民の自由を守ることを第一義的な課題とすること、(二)そのための統治機構の整備、とくに政治制度や基本的な法のありかたに重点を置くこと、(三)市民の政治的な自由を保護するために、所有の平等などの経済的な平等を重視することをあげている(p.67)。これも特徴を絞ったわかりやすい要約である。

 また共和主義の歴史的な考察においてもやはり共和主義とは何かが語られる。第四章「共和主義パラダイムにおける古代と近代」では、共和主義の原理を次の三つに要約する。
(一)「徳の支配」。徳によって支配され、善の実現を究極の目的とする国家こそが真の国家であると考える。
(二)「法の支配」。自由・平等な市民が相互に統治する唯一の方法は、みずから作り、みずからに対して課する法による支配だけだと考える。
(三)「人民の支配」。最多数者である人民による支配こそが、自由な国家の不可欠な条件と考える(p.139)。

 この論文は古代のアリストテレスとキケロ、ルネサンスのマキアヴェッリ、近代のロック、モンテスキュー、ルソー、ヒュームと、共和主義的な思想の伝統がうけつがれ、発展させられていく筋道をたどっていて、とてもわかりやすい。やはり歴史的な流れとともに語るほうが、読者の理解を深めるだろう。

 第三章の「現代のコミュユニタリズムと共和主義」は、共和主義的な傾向があるアメリカのコミュニタリズムとの関係を考察し、第五章「共和主義とリベラリズム」では一七世紀のイングランドの政治思想における共和主義的な要素を点検し、第六章では特にバークと共和主義、第七章では特にケインズと共和主義の関係を考察していて参考になる。今流行の共和主義理論の分かりやすい入門書としてお勧めである。

【書誌情報】
■共和主義ルネサンス ― 現代西欧思想の変貌
■佐伯啓思/松原隆一郎編集
■NTT出版
■2007/08
■335p / 21cm / A5判
■ISBN 9784757141599
■定価 3990円

●目次
第1部 共和主義の現代的意義
第一章 「自由」と「善き生」―共和主義の現代的変容
第二章 共和主義とリベラルな平等―ロールズ正義論にみる共和主義的契機
第三章 現代のコミュニタリアニズムと共和主義

第2部 共和主義の歴史的展開
第四章 共和主義パラダイムにおける古代と近代―アリストテレスからヒュームまで
第五章 共和主義とリベラリズム―十七世紀イングランド政治思想への眼差し
第六章 「共和国」という「統治の学」の殿堂―ジェイムス・ハリントンとエドマンド・バークにみるその意義
第七章 イギリス経済思想における共和主義の影―スミス・ヒューム・ケインズ


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2010年05月10日

『アドルノ-政治的伝記-』ローレンツ・イェーガー(岩波書店)

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「逸話が楽しいアドルノ伝」

 アドルノの孫弟子にある人のアドルノ伝。「政治的」という形容詞がついているが、それほど政治的なものではなく、むしろ音楽家としてのアドルノの顔が透けてみえるようなエピソードが多くて、おもしろい。

 たとえばアドルノと互いに敬意をもってつきあっていたトマス・マンは「過去の音楽についての彼の知識、音楽のすべての領域を心得ている彼の知識は膨大だった。アドルノと一緒に仕事をしたことがあるアメリカの女性歌手が私に、『信じられないわ。彼は世界中のすべての楽譜を知っているのよ』と言ったことがある」(p.10)という。音楽は、アドルノの「一家の文化的な営みの中心を占めていた」(同)こともあって、耳から流れ込んできて、「記憶と音を頼りに楽譜をめくったものだった」(同)という。

 それだけでなく、アドルノにとって哲学と音楽は内的に密接につながっているもののようだ。たとえばフッサールについての博士論文では、超越の概念が「意識の枠組み」との関係で考察されているが、「意識の枠組み」という説は、「認識論的にだけでなく、音楽的にも解釈できる」(p.50)という。「作曲というものは、アーノルト・シェーンベルクが定義したように、枠組みに関する教説なのである。アドルノの場合には、哲学的なテクストがそのまま音楽理論としても読める」(同)ところがあるという。

 そしてある音楽理論家は、そこにアドルノの特異性と優越性をみいだすことになる。作曲家としてのアドルノは、「子供時代に起きたモダニズム音楽の黎明期を懐かしむ思いにあふれていた」(p.63)というくらいで、あまり才能に恵まれてはいなかったらしい。師事したシェーンベルクには後に「彼はもちろん一二音音楽についてすべてを知っていた。しかし作曲の仕方については、まったく知らなかった」(p.217)と酷評することになる。しかし「彼が音楽と言語の相似性をテーマとした点は、ほかの誰もなしえなかった」(p.63)とは、言えるかもしれない。

 また演奏はあまり上手ではなかったらしい。晩年の演奏を聞いたある美学者は、「音楽の老化はアドルノの場合、もうグロテスクでした。彼がシュトックハウゼンやヘンツェの話をすると、モダン音楽とは何であるか、もうまったく分かっていたのではないか、という印象を私はいつも受けていました。……われわれにとってはケージが決定的でしたが、アドルノには分かっていませんでした」(p.312)という評価は、鋭いだろう。

 この伝記は、アドルノがホルクハイマーとアメリカに亡命した頃の記述から、だんだん意地悪になる。精神分析を使った大衆の意識分析がいかにまがいものであるか、フランクフルト研究所を守るために、ベンヤミンの原稿に手をいれるなど、恥知らずなことをしていたか、学生に「抵抗」を教えて、魔法使いの弟子のように、抵抗の波におぼれて、いかに手も足もでなかったか、身をつまされる思いで読まされる。そうだったのだろうなぁと(ぼくも「抵抗」した側だったし)。

 それでも何よりも忘れないのは、アドルノとベンヤミンのあるエピソードである。二人の友人だったゾーマ・モルゲンシュテルンが伝えた逸話だ。ベンヤミンは彼にアウラについて話していて、クラウスの夢をみたことを話し始める。「実は昨晩クラウスの夢を見たんだ。彼は部屋の中で大きな机の前に座っていたんだよ。全体はのっぺらぼうで、遠近法がない光景だった」(p.109)。そこにアドルノが口をはさむ。「そう、中世の絵みたいにね」。「ベンヤミンは沈黙して私の方を長いあいだ、見つめていました」。

 それからベンヤミンはまた話し出す。「クラウスが座っている机の上には、大きさの違うピストルがたくさん置いてあったんだ。カール・クラウスは、通り掛かる人達一人一人とほんの短い時間議論した後、そいつに向かってピストルを撃つのさ」。するとまたアドルノが口をはさむ。「そのたびに違ったピストルでだよね」(p.110)。またしてもベンヤミンはゾーマを見つめる。

 ゾーマは不思議に思ってあとでベンヤミンにこの夢について聞いてみる。するとベンヤミンはアドルノには夢の話はまったくしていないと語る。「彼には何も話していないさ。あいつは僕を夢のなかまで追いかけてくるのさ」(p.111)。アドルノはベンヤミンの『パサージュ』論にぞっこんほれ込んでいた。そしてベンヤミンが直観だけで作りだしたイメージには、媒介する概念がないと厳しく批判していたのだった。

アドルノはベンヤミンの作品を分析することに熱中していた。そのためにベンヤミンが適切な概念を提示しないと、分析できなので不満だったのだ。だからアドルノはベンヤミンの夢のなかまでも追いかけて、自分が分析するための概念を手探りで求めていたに違いないのである。

 この著者は、アドルノの後半の人生には厳しい眼を向けるが、前半ではシャズをあれほど嫌っていたアドルノが、若い頃に「四分音符でラグタイムを口ずさんでいた」(p.24)ところなどを、さわやかに描きだす。アドルノの『否定の弁証法』などの著作についての理論的な考察はほんの駆け足程度で、少し物足りない。

 それでも学生運動を起こして、アドルノを批判した学生たちに、実は好かれていたこと、『啓蒙の弁証法』が当時密かなブームだったこと、学生たちのいたずらっぽい「反抗」に、きわめてまずい反応を示すしかなかったことなど、エピソードだけを読んでも楽しい。

【書誌情報】
■アドルノ-政治的伝記-
■ローレンツ・イェーガー著
■大貫敦子、三島憲一訳
■岩波書店
■2007/12
■13, 352, 36p
■ISBN 9784000220385
■定価 3800円


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2010年05月07日

『聖なる共同体の人々』坂井信生(九州大学出版会)

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「ウェーバーのテーゼの検証」

 この書物は、アメリカ、カナダ、メキシコに移住した再洗礼派の共同体のルポルタージュであり、アーミシュ、ハッタライト、メノー派の共同体の現在の状況が報告されている。映画『刑事ジョン・ブック目撃者』)で描かれたアーミシュの共同体は圧倒的な迫力だった。とくに村を挙げての納屋の建築と、緊急を知らせる鐘の音に集まる村人たちの姿が印象的だった。

 そして本書によると、あの映画が撮影されたのは、伝統をあくまでも固持する旧派アーミシュのペンシルヴァニア州ランカスターであり、現在でも映画の撮影当時と状況はほとんど変わっていないらしい。

 本書が興味深いのは、こうした「聖なる共同体」で暮らす人々の暮らしぶりの面白さだけではなく、宗教的な伝統を維持した再洗礼派の共同体において、ウェーバーが示したテーゼがどのように検証され、彼が指摘した逆説がどのように回避されるかを明らかにしているからである。

 ウェーバーが『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』で描いたのは、プロテスタントの倫理の宗教性が失われた後に、そのエートスがいかに資本主義の精神を作りだす上で貢献していったかということだった。本書に描かれた共同体では、宗教性を強く維持しているだけに、ウェーバーのテーゼが直接的に検証できることになる。

 ウェーバーのテーゼは三つの基準な要約することができるだろう。(一)修道院の内部ではなく、世俗的な社会で禁欲を維持すること、(二)労働は、神か与えられた召命として神の名を高めるために行われるべきこと、(三)自己の救済はこの労働が禁欲的に行われるかどうかにかかっていること。そして彼が示した逆説は、信徒たちが労働をまじめに行うほどに、その共同体の宗教性が希薄なってゆくというきことだった。これらの共同体はこうした基準を守っているだろうか、またどうやってこの逆説を回避しているだろうか。

 アーミシュでは、「長時間労働にいそしみ、自家製の質素な衣服を身にまとい、この世的な一切の娯楽を慎み、さらに高額な農業機械の使用を禁じる自給自足的禁欲生活」(p.47)が送られていることからも、(一)禁欲の基準に適合していることは明らかである。ただしプロテスタントの禁欲は、必然的に富をもたらし、それが宗教性を薄めるという逆説を、アーミシュは二つの方法で解決している。

 一つは、閉じた共同体の内部で一生を過ごし、外部の誘惑を遮断することである。世俗的な生活を容認しているかぎり、宗教性は薄れざるをえない。これは遮ることができないものである。しかしアーミシュのように外部の者を排除し、共同体の内部で生まれた者たちだけで共同体を維持し、教育も共同体の内部で行うようにし、両親が厳しい宗教教育を担当するならば、そして違反者にたいする厳しい制裁が維持されるならば、この宗教性の稀薄化は避けることができるだろう。

 第二は、ここで生まれた富は、贅沢な用途に消費されるのではなく、共同体の拡大と分封に利用することで、富を有効利用することができることである。アーミシュでは「生めよ、殖やせよ」という原則にしたがって、一つの家族で一〇人ほどの子供たちを出産する。医療の問題で、幼児の死亡率がいくらか高いとしても、多数の子供たちが成年し、新たな農場を必要とするようになる。そのためには外部から土地を購入する資金が必要であり、蓄積された富はそのために活用できる。これは共同体の衰弱を防ぐためにも、重要な役割をはたすのである。

 第二にアーミシュの労働観には、「神の栄光を高める」という目的はみられないという(p.79)。しかし都市を避けて農業に専念することは、「神の定め」であると考えることは、ある意味ではこの基準を潜在的に認めることであろう。また「一生苦しんで、地から食料をとる」農業に従事することが、神の命令であると信じていることも、自己の救済が農業への従事によって確保されることを裏返しにしたものと考えられるだろう。この共同体のうちで暮らし、この共同体の維持に力を尽くすことは、信者としての救いをもたらすと考えられているのである。

 そのことは、「その宗教的理念は成員のエネルギーを経済的成功のみではなく、現世を越えたところで与えられる永遠の報酬をも保証する農業へのひたむきな献身に方向づける」(p.48)とされていることからも明らかだろう。

 このことは、モラヴィア同胞団の流れを汲むハッタライトではさらに顕著である。この集団は、アーミシュとは違って、高度に機械化された農業を営む。そのために共同体の内部に蓄積される富も格段に大きくなる。それだけにわずか百年ほどの間に、巨大な拡張を実現している。一八七四年には三か所のコロニーに四四三名の信徒が暮らしていたが、一二〇年後の一九九六年には、四三〇のコロニーに三万七千名以上の信徒が暮らしている(p.95)。じつに百倍近くまで信徒の数が増大しているのであり、その成長力には驚かされる。ただしその他の面ではアーミシュと同じように禁欲的であり、外部の誘惑から共同体を閉ざしている。

 ハッタライトで特徴的なのは、私的所有を否定し、個人の自己否定を教えこむことである。幼児期から死ぬまでの教育によって、自己実現ではなく、自己否定の重要性が教え込まれる。「個人は謙遜であり、従順であらねばならない」(p.108)と教え込まれ、洗礼までの二〇年の間に信徒は共同体の教えを受容するように期待される。そしてみずからの意思で洗礼をうけなければ、共同体の正式なメンバーとして認められることも、結婚することもできない。この共同体では教育によって「神についての知識を神を恐れること」(p.109)をしっかりと教えられるのである。

 メキシコに移住したメノー派も同じような禁欲の姿勢を維持している。「基本的にはこの世からの分離、成人洗礼、絶対平和主義といった再洗礼派に共通した特徴的な宗教的信念を持ち、単純素朴な生活様式、相互扶助といった伝統的な生活実践を行っている」(p.163)のである。

 この宗派ではとくに信徒の救済に教義の重点がおかれるのが特徴的である。個人としてだけでなく、「ひとりの脱落者もなく、成員全体が集団的に救済されることに大きな力点がおかれている」(p.163)という。基本的にこれらの三つの集団では、ウェーバーのテーゼはほぼ裏付けられていると考えることができるだろう。

 なお、日本の那須山中にハッタライトのコロニーが存在する、大輪コロニーとして、本地のハッタライトから正式に承認をうけているという。ただし数家族だけで構成されるコロニーであり、高齢化を迎えて、内部からの補給だけでは存続が難しくなっているらしい。

【書誌情報】
■聖なる共同体の人々
■坂井 信生【著】
■九州大学出版会
■2007/10/10
■218p / 21cm / A5判
■ISBN 9784873789569
■定価 3360円

●目次
序章(はじめに;セクト ほか)
第1章 アーミシュ(アーミシュ略史;宗教的理念と実践 ほか)
第2章 ハッタライト(ハッタライト略史;ハッタライト・コロニーの生活 ほか)
第3章 メノニータス(メノナイト略史;宗教的理念と実践 ほか)


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2010年05月03日

『さらば、“近代民主主義”―政治概念のポスト近代革命』ネグリ,アントニオ(作品社)

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「新しい概念の構築に向けて」

 最近多数の著書が邦訳されているネグリであるが、この書物はネグリが珍しく政治哲学のさまざまな概念と思想について、正面から考察したものであり、何度でも読み、考えを練るに値する書物である。これまでの伝統的な概念には、もはやうまく機能しなくなっているものも多いのであり、ぼくたちはそれに代わる概念を構築していく作業を迫られているからだ。

 ネグリはそのことを「概念の構築の作業は、常に人類学的なプロセスをたどり、協働的な流れ、未来に開かれた装置となっていく。これが移行期における思考の特徴であり、また逆に、この思考の生成は移行期によって強化されていく」(p.3)と表現している。

 ネグリは近代の伝統的な思想が力を失ってきた原因を三つあげている。一つは「非物質的な労働の登場」(p.31)であり、これが伝統的なマルクス主義の労働概念と人間概念をなし崩しに崩壊させてゆく。第二が「主権の生政治的定着」(p.33)であり、「社会の生政治統治は次第に全体化していく。生政治は死の政治学に接する形態として姿を現すまでにいたる」(p.34)のであり、こうした社会において主権という概念はその重要な意味を失うのである。第三が「グローバリゼーション」(p.35)であり、主権をもはや「一者」に還元することができなくなったことである。ネグリは、君主制、貴族制、民主制という伝統的な分類は、すべてこの「一者」に主権を集約する考え方にすぎず、現代のグローバリゼーションの時代にはこの考え方が無効になっていることを指摘する。

 またネグリは、「ポスト近代の思想」として同時代の思想家を三つのグループに分類して批判する。第一は「近代の存在論に対する哲学的な反動」であり、これは「〈弱い思考〉と無力な契約主義にしか行き着かない」(p.41)とされる。「弱い思想」として暗示されているのはリオタール、ボードリヤール、ヴァッティモ、ローティ、ヴィリリオなどであり、「無力な契約主義」で暗示されているのは、ルーマン、ハーバーマス、ロールズ(p.113)である。

 第二は「マージナルな抵抗」であり、これは「一種の〈商品の物神崇拝〉と神秘的な終末論の誘惑のあいだでゆれ動く思想」(同)である。ここに含まれるのはデリダ、ナンシー、アガンベンである。第三は「批判的な思想」であり、ここに含まれるのはフーコーとドゥルーズである。

 このグループのうち、第一のグループについて語られていることはよく理解できる。また第三のグループについては、ネグリはそこから新たな刺激をうけ、理論を展開するための出発点としようとしたのであり、これは『〈帝国〉』の路線から十分にうかがえたことである。新しいのは第二のグループについてだろう。

 ネグリはデリダやアガンベンの創造的な営みは認めながらも、この二人は「この余白、端っこ、断層」(p.123)にしか興味をもたないと指摘する。「デリダに欠けているのは、余白を実際に創造に変えるための積極的・持続的な抵抗の現象学である」(同)。アガンベンに欠けているのは「空虚へのアナーキーな誘惑と、愛をともなって社会的なものの建設の区別を可能にする価値観」(p.124)であるという。少し意地悪だが、どこかに共感も感じられる。

 これとは別に興味深いのは、グローバリゼーションにおける新たな展開として、シャドウワークだった女性労働にたいして、新たな資本の攻勢が始まっていることである。これまでは家事、育児、介護という労働は、主に女性が、ときに男性が賃金の支払いをうけずに、しかも社会での労働を成立させるための影の仕事として、ひきうけることを強いられてきたのだった。きつい仕事でありながらも、家計の主たる人物が会社から給与を支給されるためには、誰かが無報酬でこうした仕事を引き受けざるをえないのだった。

 しかし「資本のもとへの労働の実質的包摂は大きく変化」(p.91)するようになり、「女性労働の伝統的な形態とみなされていたもの(家事、介護労働、子育てなどの情動労働)は、ますます一般的な労働組織システムの中に組み込まれ」(同)るようになってくるのである。これは一大市場として、資本が投下される場所となってくる。

 これまでは無報酬で引き受けさせられてきた仕事が、外部からの援助のもとで行われることは、それ自体としては好ましいことである。しかしこのような「労働が女性になる」(同)こと(これはドゥルーズの「動物になる」という概念で理解すべきである)は、「価値化の空間の再定義」であり、資本がもはやこの分野をシャドウのままに放置しておかず、そこに市場をみいだそうとすることを意味するのである。これまで価値の領域の外に置かれていた影の仕事が、価値の領域の内部にとりこまれることで、生政治の統治がさらに緊密なものとなっていくことは、見逃してならないだろう。


【書誌情報】
■さらば、“近代民主主義”―政治概念のポスト近代革命
■ネグリ,アントニオ著
■杉村昌昭訳
■作品社
■2008/01/20
■251p / 20×14cm
■ISBN 9784861821707
■定価 2520円

○目次
序文―新たな政治の文法づくりの“工房”として
近代/ポスト近代の区切り
マルチチュードの労働と生政治的組成
グローバリゼーションと集団的移動―平和と戦争
公と私を超えて―「共」へ
マージナルな抵抗としての「ポスト近代思想」批判
差異と抵抗―ポスト近代の区切りの認識から、来たるべき時代の存在論的構成へ
抵抗の権利から構成的権力へ
ガバメントとガバナンス―「政府形態」の批判のために
決定と組織
共通の自由の時間
結び―マルチチュードを形成することは、新たな民主主義をつくることである


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2010年04月28日

『ミクロコスモス ― 初期近代精神史研究第1集』平井浩ほか(月曜社)

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「近代初期の思想の多彩な研究」

 最近には珍しい作りの本だ。近代初期のさまざまな思想的な思想についての研究を集めて一冊にしたものであり、パラケルスス、デュシェーヌ、画家コペルニクス、ニコラウス・ステノなどの研究、さらに百科全書空間の役割をはたしたルネサンス庭園の研究、ルドルフ二世とその宮廷の研究など、多彩である。ルネサンス庭園では自動人形が取り付けられて、さまざまな動作をしてみせたというし、パラケルススの「徴」の概念は、ミクロコスモスとマクロコスモスの照応を示す医学の実例としても、楽しく読める。

 とくに有益だったのが、ゴルトアマー「初期近代の哲学的世界観、神秘学、神智学における光シンボル」と、フィチーノ「光について」の翻訳である。ピコについて「光の思弁が哲学・宗教や自然哲学・形而上学、そして最終的には自然学にいたるまでの議論の根幹をなしている」(p.259)ことが示され、フィチーノでは「太陽の光は、宇宙の自然学・形而上学的な総体と霊的諸力がもつ支配的な意義とを表現した至高なる一者像である」(p.261)ことが確認される。

 興味深いのはパラケルススが、自然の光が「人間の星辰的身体(アストラル・ボディ)の内部で」(p.275)働くと考えていることだろう。この光は「自然を構成し、貫く原理」であり「自然を光で照らして満たす原理」(p.276)であるというのであり、マクロコスモスを作りだす光が、ミクロコスモスである身体を内側から照らしだすのである。

 またベーメの逆説的な光も魅力的だ。光と火は、「地獄であり神の憤激でもある闇と相対峙している」(p.285)のであり、神は光のうちにも、死のうちにもあるのである。「その二元論は、光が闇の前提とされる逆説的な特徴をもつ一元論的な対立関係として」把握され、「かくして宗教改革的な神の概念が、シンボル・概念性の神秘主義・錬金術的な二元論と並んで登場する」(同)という不思議さがある。

 フィチーノの「光について」の翻訳もありがたい。不可視の光は、非物体的な光であり、物体的な要素から導くことができず、「諸物体よりも上位にあって比類ないほど豊かな、あえて言えば、より明瞭な光に起源をもつ」(p.297-8)はずであり、地上の光からこの不可視の光に上昇する必要があるとフィチーノは考える。「月下の[すなわち地球の]光を暗闇から、つまり星辰的な光を物質から分離して、そこから超天界の光まで、さらにまた理性的な火から知性的な光まで、知性的な光から可知的な光へと昇り」、さらに神的な光に到達するという。グノーシスを逆転させたような上昇の行程は、新プラトン派のプロティノスのように、人間の心の歓喜のうちで、「天空の笑い」のうちで行われるものなのだろうか。光の形而上学を考える上で、このルネサンスの一連の文献は重要な位置を占めることになるだろう。

 なお参考文献が豊富なのも助かる。たとえばノストラダムスの学術的な研究について、この時期の解剖学について何を読めばよいか、一目でわかるようになっている。同人誌的な趣もある書物だが、今後の展開に期待したい。

【書誌情報】
■ミクロコスモス ― 初期近代精神史研究第1集
■平井浩ほか
■月曜社
■2010/02
■365p / 22cm / A5判
■ISBN 9784901477727
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/imgdata/4901477722.jpg
■定価 3150円

○目次
記号の詩学――パラケルススの「徴」の理論 菊地原洋平
ルネサンスにおける世界精気と第五精髄の概念――ジョゼフ・デュシェーヌの物質理論 平井浩
画家コペルニクスと「宇宙のシンメトリア」の概念――ルネサンスの芸術理論と宇宙論のはざまで 平岡隆二
百科全書的空間としてのルネサンス庭園 桑木野幸司
アーヘン作《トルコ戦争の寓意》シリーズに見られるルドルフ二世の統治理念――《ハンガリーの解放》考察を通して 坂口さやか
ハプスブルク宮廷におけるディーとクーンラートのキリスト教カバラ思想 小川浩史
伝統的コスモスの持続と多様性――イエズス会における自然哲学と数学観 東慎一郎
ニコラウス・ステノ、その生涯の素描――新哲学、バロック宮廷、宗教的危機 山田俊弘
初期近代の哲学的世界観、神秘学、神智学における光シンボル クルト・ゴルトアマー(岩田雅之訳)
光について マルシリオ・フィチーノ(平井浩訳)
ルネサンスの建築史――ピタゴラス主義とコスモスの表象 桑木野幸司
ノストラダムス学術研究の動向 田窪勇人
ルネサンスの新しい身体観とアナトミア――西欧初期近代解剖学史の研究動向 澤井直


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2010年04月21日

『サンパウロへのサウダージ』レヴィ=ストロース,クロード、今福龍太(みすず書房)

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「レヴィ=ストロースの「郷愁」」

 サウダージとはある特定の場所を回想したときなどに、「この世に永続的なものなどなにひとつなく、頼ることのできる不変の拠り所も存在しないのだ、という明白な事実によって私たちの意識が貫かれたときに感じる、あの締めつけられたような心の痛み」(p.4)を指すポルトガル語だという。

 レヴィ=ストロースは二九歳の折にサンパウロに滞在し、そこから『悲しき熱帯』を著すにいたったインディオ訪問の旅に出たのだった。そのサンパウロに滞在した時に撮影した街の写真が、レヴィ=ストロースが捨てていたにもかかわらず、ふたたび発見され、書物にされることになった。この街にとっても予想外のことに、六五年前の記録が発見されたわけであり、街の記念物ともなる。ライカの発売が一九二五年のこと、レヴィ=ストロースがこの地に滞在したのが一九三五年から一九三七年にかけてだというから、当時の写真はごく稀に違いない。

 ぼくも少年時代に一夏滞在した島を訪れて、その変化に呆然としたことがあるが、レヴィ=ストロースにとっても思いが新たになることが多いだろう。現地の人々による熱心な調査によって、写真を撮影された場所が特定されていて、マップに番号で記載されている。そして同じくサンパウロに滞在した文化人類学者の今福龍太が、これらの写真を収録した書物を手にして、レヴィ=ストロースのまなざしを再体験し、同じアングルから写真を撮影し、エッセーを寄せて、この書物に掲載されている。

 興味深いことに、レヴィ=ストロースはカメラと写真という媒体を現在では嫌っている。調査の際に「カメラのレンズの後ろに目を置くと、何が起こっているのか見えなくなりそれだけ事態が把握できなくなる」(p.109)からだという。周囲の出来事を理解する身体的な感覚が、レンズをのぞく両眼だけに還元されてしまうということだろう。

 それだけではなく、カメラを手にして撮影している姿というものが、一目にたつものであることも間違いはない。レヴィ=ストロースがサンパウロで撮影していると、「写真を採ってくれ」とせがむ子供たちにまといつかれたと『悲しき熱帯』で語っている(p.143)。現代のアジアのビーチにいくと、写真を写させるからと、ドルをねだる子供たちが多いが、この時代の子供たちは、報酬のためではなく、写真にとられるという「儀式」を望んでいたのだという。今福は、それを写真が「聖画」のような呪物として「無意識によって捉えられている」(p.144)のではないかと解釈している。

 しかし奇妙なことに、『悲しき熱帯』にはぼくたちを圧倒した多数の写真が掲載されているのもたしかだ。あれらの写真がなかったら、あの書物がこれほどまでにぼくたちを惹きつけたかどうかは疑問なのである。しかもレヴィ=ストロースは写真を撮影するという行為の暴力性にきわめて敏感だった。「打ち砕かれた君たちの表情の代わりにコダクロームの写真帳を振り回すというこの妖術」(p.145)にレヴィ=ストロースはいかにも心苦しそうである。それはまるで未開の国を侵略する西洋の「原罪」を象徴するかのようである。文字ですら敏感だったレヴィ=ストロースが、カメラの威力といやらしさを意識しなかったはずはないのである。

 興味深いのは、このレヴィ=ストロースの調査に、ブラジル人民族学者のカストロ・ファリアが同行していたという事実だ。彼は政府の監視官として、国からの正式な任務のもとで、調査に参加したのだった。彼もまた政府から義務づけられて、多数の写真を撮影しており、それが『もう一つの視線』という書物として刊行されているという。彼は撮影するレヴィ=ストロースの姿も撮影しているのであり、レヴィ=ストロースが撮影した状況を再現できるほどある。

 ファリアはレヴィ=ストロースのことを、基本的な調査ができないし、データを収集することも知らないと厳しく評価する。いかなる技能もなく、ただ「いつも思考を中空に遊ばせ、彼自身にとって重要な主題だけを思索しつづけ、野外調査の手法を身につけることもなかった」(p.150)という。レヴィ=ストロースの『悲しき熱帯』は「哲学的なエッセイではあり得ても、これを民族学の成果であると認めることは不可能である」(同)というのが、彼の結論である。

 たしかに現代の野外調査という観点からみると、レヴィ=ストロースのこの書物は枠に入らないものかもしれないが、文化人類学という学問の歴史において重要な役割をはたした書物であるのは間違いないだろう。そしてこのレヴィ=ストロースの調査によって書かれた書物は英訳され、インディオの子供たちもこの書物を眺めている写真が、レヴィ=ストロースの別の写真集『ブラジルへの郷愁』に載せられているのは、なんとも皮肉なことである(163ページの写真)。

【書誌情報】
■サンパウロへのサウダージ
■レヴィ=ストロース,クロード著、今福龍太著訳
■みすず書房
■2008/11/28
■203p / 21×16cm
■ISBN 9784622073512
■定価 4200円

【内容紹介】
Claude L´evi=Strauss(クロード・レヴィ=ストロース)(サンパウロへのサウダージ;写真解説(リカルド・メンデス)
ブラジルから遠く離れて(―ヴェロニク・モルテーニュとの対話)
Ryuta Imafuku(今福龍太)(時の地峡をわたって)
ブラジルでしか出版されていない写真集『サンパウロへのサウダージ』を前半に、今福龍太がレヴィ=ストロースの写真を論ずる。


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2010年04月19日

『技術への問い』M.ハイデッガー(平凡社)

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「技術と科学の本質」

 「技術への問い」は、ハイデガーが戦後の思想的な世界に復帰するきっかけとなった重要な講演の記録である。戦争責任を問われていたハイデガーが、一九五一年にやっと教職への復帰を認められた後、一九五三年にこの論文の基礎となった講演によって大きな成功を収めたのだった。

 ハイデガーが技術の問題を選んだことは、きわめて戦略的な選択だったに違いない。広島と長崎の惨禍が露出させた現代技術の問題は、ハイデガーにとっては、哲学的な思索をアクテュアルな問題と結びつけるための重要な手掛かりになると同時に、戦勝国の戦争責任を問うという意味ももっていたはずからである。ナチスの桂冠法学者として戦争責任を問われていたカール・シュミットが同じように、広島と長崎の原爆投下を、アメリカの戦争責任として問う姿勢を示していたことが思い出される。

 ハイデガーの戦略とは別に、第二次世界大戦の終結とともに、技術の問いが哲学の問いとして突出してきたのは、たしかなことだろう。理論的な知としての自然科学と比較して、技術は科学的な知の応用であると考えられることが多い。自然科学的な知識は、真理を探求するものであり目的であるが、技術はそれを利用する手段にすぎないと考えがちである。

 しかしハイデガーは技術というものを、たんに科学的な知識に基づいて、人間が世界を自分のために作り替えていくことという意味では解釈しない。それは二つの意味においてである。一つは、人間が自然科学という「真理」を開拓してゆこうとしたのは、技術的な必要性に基づいていたからではないかと考えるからである。「自然科学が技術の基礎なのではなく、現代技術のほうが現代科学を支える根本動向なのである」(p.166)。技術が道具的な目的として科学にしたがうのではなく、科学が技術の目的の「はしため」であるかもしれないのだ。

 もう一つは、人間の欲望にしたがうものは、科学ではなく技術だということである。ハイデガーは人間の欲望はそもそも抑えることができない性質のものであることを指摘する。人間は不可能なものを意志するからだ。「蜜蜂の一群は彼らにとって〈可能なもの〉のうちに住んでいる」。ただ人間の意志だけが、こうした〈可能なもの〉の領域に安住していることを拒むのである。

はじめて意志が、全面的に技術のうちに整備されて、大地を力づくで疲弊させ、濫用しつくし、人工のものに変えてしまうのである。技術は大地を、それにとって〈可能なもの〉という元来の圏域を超えて、もはや〈可能なもの〉ではなく、したがって〈不可能なもの〉であるようなものへと強いる(p.145-146)。

 そしてこれはもはや押しとどめることができない。「現代技術の際限のない支配がなにものにも制止できなくなっている」(p.167)ことは、ぼくたちも認めざるをえない。というのは、人間は技術によって可能であると考え始めたことを、諦めることができないもののようだからである。だとすると、この先に待ち受けているものの恐ろしさは、ぼくたちの想像を絶するものかもしれない。

 しかしハイデガーは同時に、こうした危険が生まれるときに、そこに「救い」の可能性も生まれるのではないかと示唆する。ヘルダーリンの詩は「しかし危険のあるところ、/救うものもまた育つ」(p.46)と語るからだ。それでは人間の欲望を制御することのできるものは何か、「大地の恵みを受領し、そしてこの受領の掟にしたがって、存在の秘密を見守り、〈可能なもの〉の犯しがたさを見張るために、故郷に住み慣れる」(p.146)ことを可能にするものはなにか。ハイデガーがそこに秘めたメッセージは明らかだろう。

 本書はこの「技術への問い」を冒頭に、技術論に関連した文章「科学と省察」「形而上学の超克」「伝承された言語と技術的な言語」「芸術の由来と思索の使命」の合計五本の文章を編集して翻訳したものである。周到な訳注とともに、読みやすい翻訳でハイデガーの技術についての思考の現場に立ち会わせてくれる。


【書誌情報】
■技術への問い
■M.ハイデッガー/著
■関口浩/訳
■平凡社
■2009/9
■262p
■ISBN 9784582702286
■定価 2800円

●目次
技術への問い-一九五三年-
科学と省察-一九五三年-
形而上学の超克-一九三六-四六年-
伝承された言語と技術的な言語-一九六二年-
芸術の由来と思索の使命-一九六七年-


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2010年04月15日

『グノーシス「妬み」の政治学』大貫隆(岩波書店)

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「神話の内的な構成原理としての妬み」

 旧約の神が「妬む神」であることはよく知られている。最近の新共同訳では、この訳語をふさわしくないと判断したのか、「わたしは熱情の神である」(「出エジプト記」二〇章五節)と訳しているが、著者が指摘するように、神はこの言葉を男女の愛情関係に比較しながら語っているところがあるので、たんなる「熱情の神」であるよりは、「妬む神」という旧来の訳語の方が正しいのだ(ポリティカリー・コレクトではないとしても)。

 この妬む神という言葉は、唯一神の思想がまだ成熟していないことを示すものだ。神が妬むのは、民が他の神を崇拝するからであり、まだ一神教ではなく、拝一神教の段階にあることを示すものだ。「唯一神教としてのユダヤ教はバビロン捕囚以後の現象であって、それ以前のイスラエルの神観は、それと区別して拝一神教と呼ばれる」(p.10)のである。そのことを明確に示すためにも、「妬む神」という訳語は保存すべきだろう。

 ところで「妬み」の政治学はギリシア以来の古代の重要なテーマであり、これには二種類の「妬み」がある。他人が自分よりも優れていると感じて、それに嫉妬の心を抱くものと(著者はこれをプルタルコス型と呼ぶ。彼のテクストに登場する妬みがこの種類のものが多いためだ)、「自分が享受している善を他者に分け与えない妬み」(p.26)である(著者はこれをフィロン型と呼ぶ。プラトン型と呼んでもよい)。

 最初のものは、ぼくたちの誰もが逃れることのできない心の病であるが、第二のものは卓越した存在しか示すことができないものだ。旧約の神は、アダムにたいしてフィロン型の妬みを抱いていたと言えるだろう。「人は我々の一人のように善悪を知る者となった」(「創世記」三章二二節)という理由で、アダムをエデンの園から追放したということは、人間には善悪を知るという善を享受したくなかったということだからだ。

 ただし古典古代における「妬み」論は、「妬む」ことではなく、「妬まない」という度量の大きさを示すために利用されることが多かった。神学においては神は善であり、「妬む」ことなく、被造物を愛し、恵みを与えるという寛大さを特徴とすることが主張されるのである。

 これにたいして「妬む神」が神話の造型の中心を攻勢していた宗教がある。それがグノーシスである。ただし著者はグノーシスを西方のグノーシスと東方のグノーシスに分ける。西方のグノーシスはキリスト教と対抗して知られた『ナグ・ハマディ文書』のグノーシスであり、東方のグノーシスはマニ教である。この二つのグノーシスでは、「妬み」の構造が異なるために、その政治的な理論そのものが違ってくるのである。

 キリスト教の教父の文献と『ナグ・ハマディ文書』で記録されている西方のグノーシスでは、至高の神々のうちの一人の神の罪によって作られ、投げ捨てられた神であるが、自分が全世界を支配している神であると信じている。そして神はわたし一人であると主張し、自分は「妬む神」であると名乗る。そのために「サマエール(盲目の神)、サクラス/サクラ(馬鹿者)」(p.72)などと呼ばれているのである。これが旧約の神を嘲笑したものであることは明らかだろう。そしてこの西方のグノーシスの神話は、この「妬み」という原理のもとで構築されることになる。これは「神話の内的な構成原理」(p.234)となるのである。

 著者は、この構造のもとでは政治支配者はグノーシスを信じるならば、自己の統治の意味を否定されることになるために、グノーシスは西方では政治的な権力と結びつくことができなかったことを指摘する。むしろグノーシスは「わたしは神である」「わたしだけが支配者である」と自称するローマ皇帝のカリギュラを揶揄するという反政治的な姿勢を示すことになる。この西方のグノーシスでは「現実の政治権力に食い込もうとする行動を確認することができない」(p.210)のである。グノーシスは公共世界から「隠れて生きる」ことを選んだのである。

 これにたいして東方のグノーシスのマニ教は、みずからを「妬まれる」存在とみなし、みずからのうちに「妬み」という悪が存在することは認めるものの「それは肉的的な人間がヒュレーという外部原理に拘束されている限り」(p.234)のことであり、布教することで、世界にばらまかれていた「光」を集めることができるという「楽観的」(同)な信念を抱いている。

 この場合には、政治権力は布教すること、すなわち支配範囲を広げることで、グノーシスに荷担することができる。その「精緻な神話論的な体系それ自身が、積極的な政治関与を可能として、かつ動機づけけるように働いた」(p.246)とみられるのである。

 「妬み」はこのように西方のグノーシスにおいては、重要な神話構築原理として働いていたのであり、この政治性もこの原理によって規定されていたことがわかる。古典古代における「妬み」の理論全般についての目配りもあり、まるで推理小説を読んでいるかのように、はらはらしながら読める楽しい一冊で、お勧めである。

【書誌情報】
■グノーシス「妬み」の政治学
■大貫隆/著
■岩波書店
■2008/11/28
■2008.7
■ISBN 9784000226196
■定価 3200円


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2010年04月12日

『闘争と文化―マックス・ウェーバーの文化社会学と政治理論』野口雅弘(みすず書房)

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「ニーチェの視点から読み直すウェーバー」

 ウェーバーについて伝統的に語られている八つの通説にたいして、その反論を計画したもの。一読すると個別の論文を集めたもののような印象があるが、明確な計画のもとで書かれたドイツ語の博士論文をみずから邦訳したものらしい。まとめがうまいので、そのまとめ(p.180-183)を紹介することにする。

(一)通説ではウェーバーの理論の哲学的な基礎は方法論、すなわち「科学論」にあるとされているが、著者はニーチェの遠近法がウェーバーの方法であることを指摘する。遠近法であるからには、多元性と相対性が了解されているのであり、科学的で客観的なスタンスが求められているわけではない。

(二)ウェーバーの権力政治的な理論と近代西洋合理主義は、機能分化という観点から説明できると考えるのが通説であるが、著者は西洋の合理主義を、中国の儒教やインドのカースト制度に基づく宗教と対比して考える。中国では政治と宗教は一体であり、インドではカーストに分化されて、まったく無縁である。しかし西洋ではさまざまな価値領域のあいだに緊張関係があり、機能の分化ではなく、このような対立と緊張の関係こそが、ウェーバーの政治理論を特徴づけるとみる。

(三)ウェーバーでは禁欲的なプロテスタンティズム、西洋、近代は連続的に結びついているというのが通説であるが、西洋の緊張関係のもとでは、西洋文化と禁欲的なプロテスタンティズムは対立関係にあり、西洋と近代も対立関係にあると著者は主張する。

(四)ウェーバーは、近代の政治原理の確立に寄与したプロテスタンティズムを肯定的に評価するというのが通説であるが、プロテスタンティズムは西洋の文化の特徴である緊張関係を消滅させようとするのであり、プロテスタンティズムは聖戦につながる議論を内在させている。

(五)ウェーバーの闘争論はジンメルの闘争論と類似しているというのが通説だが、存在論的な基盤が異なると著者は主張する。ジンメルの闘争論は、美的な汎神論を基盤としているが、ウェーバーは抗争的な多神論を基盤とする。ジンメルは美的な観点から闘争を論じるが、ウェーバーは価値領域の対立に注目する。

(六)ウェーバーは責任倫理を信条倫理よりも優先させるという論者が多いが、ウェーバーはこれを同格に扱っていると著者は指摘する。

(七)ウェーバーは闘争を擁護するが、それよりも権力政治という観点が優先されるというのが通説であるが、著者はウェーバーが闘争そのものを擁護すると主張する。権力政治には「悲劇の契機」が欠如しているため、闘争を権力政治よりも優先する。闘争は権力政治的なものではなく、権力政治の単一遠近法的な姿勢を開いていくものである。

(八)ウェーバーの政治理論は全体主義と親和的であるというのが通説だが、著者は反全体主義的な性格をおびていると主張する。

 どれも納得のできる形で議論が展開されている。ただ残念なのは、こうした通説の批判は、それほど魅力的な作業ではないということである。通説のウェーバーであれば、今さら読み返すこともないだろうと思う。そうでないウェーバーがいると思うから、彼の書物が魅力をそなえているのである。

 著者のこれらの批判の背景にあるのは、ニーチェ的な遠近法主義からウェーバーの議論を読みなおそうとする考え方だとおもう。そこからもっと新しいウェーバー象を展開できたのではないだろうか。批判点の第五点の正義の戦争の批判と、最後で検討されたウェーバーの政治理論と全体主義の関係はアクチュアルな問題を含むものである。また遠近法の視点と結びつけて、ウェーバーの理論の多神論的な特徴を強調するのも納得のゆくところである。それだけに、少し残念である。ただし本書が、ウェーバーをニーチェとの結びつきで読み直そうとする興味深いウェーバー論であるのはたしかであり、お勧めの一冊であることは間違いない。

【書誌情報】
■闘争と文化―マックス・ウェーバーの文化社会学と政治理論
■野口雅弘著
■みすず書房
■2006/09/20
■264,3p / 21cm / A5判
■ISBN 9784622072454
■定価 6825円


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2010年04月08日

『言葉と死 ― 否定性の場所にかんするゼミナ-ル』ジョルジョ・アガンベン(筑摩書房)

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「アガンベンの力技」

 アガンベンが一九七九年から一九八〇年にかけた行ったセミナーの記録であるが、「そこで議論された考えと素材をわたしがだれにでも納得してもらえそうなかたちにまとめ直して提示したもの」(p.8)だそうである。しかしセミナーのかなり気軽な雰囲気と、活発な議論を背景として示されたアガンベンの思考の軌跡は、意表をつくものである。

 ハイデガーは動物と人間の違いを、人間は死ぬことのできるものであると定義していたことに基づいて、アガンベンはハイデガーの示した「死へと先駆する」存在である人間は、動物とは違ってすでに否定的なものをその内部に蔵していることを指摘する。これはハイデガーの哲学の基本であるから、それ自体は当然のことだ。

 アガンベンのすごさは、それをヘーゲルの『精神現象学』の最初の「感覚的な確信」のところにでてくる「このもの」と結びつけたことだろう。ヘーゲルは人間が知覚することの確実さ、「ほらここにあるこのもの、これほど確実なものはないだろう」というごく自然な確からしさを反駁する。「このもの」とは、違う場所においては違ったものを指すし、違った人によっても違うものを指すからだ。

 「今」は確実だろうといっても、昼のうちに「今」と書いておいて、それを夜になってみたら、今は昼ではなく、夜だろう。そこで明らかになるのは、「もっとも具体的な真理であるようにみえていたものがたんなる一般的な概念でしかない」(p.34)ということなのだ。

 もっとも自明で確実なものに思えたものが、自明でも確実でもなかったというこの経験をアガンベンは二つの方向に延ばしてみせる。一つはヘーゲルがすでに考えていた方向であり、それはアリストテレスが『形而上学』の第八巻で、実体として主語になりうるものは、具体的な個物しての「このもの」(トデ・ティ)である語ったことにさかのぼるものである。

 このものはいかなる本質の定義よりも先に、具体的な個物として実体であるはずであったが、そのものはいかなる表現も拒むものにすぎないのであり、これはギリシア語においては結局は冠詞の機能にまで縮減される。そこでアガンベンは古代から中世にいたる文法学者の冠詞の議論を跡づけることになる(これはハイデガーの博士論文でもすでに部分的に考察されたことだった)。

 もう一つの方向は、「このもの」や「今」が言語学的にはシフターと呼ばれる特殊な機能をはたすものであることに注目するものである。「今」は語り手と語る時に応じて、異なる意味をもつ。「ここ」も「わたし」もそうだ。ここには他の語では定義によって示される明確な「意味」のようなものが不在なのである。

 どちらも言語のうちに潜む否定的なものの存在を明らかにするものであるとアガンベンは考える。この否定性は、それが書き付けられたときには、もはやその本来の意味を失うというところにある。「今」は発語した瞬間には確実なものでありながら、書き付けられた文字となったときには、すでに失われたものである。この否定性を担うのは、文字ではなく、「それを発語する音声」(p.84)である。

 アガンベンはこの〈声〉が、形而上学の歴史のうちで見失われた重要な要素の一つだと考える。「音声の除去と意味の出現の間にあっての言語活動の生起は、その存在論的・意味論的次元が中世の思想の中に出現するのを見たもう一つの〈声〉である」(p.92)というのだ。記号のうちでは見失われてしまうこの〈声〉、否定性の刻印でありながら、そもそもそれなしでは意味も言語もありえなかったはずのこの〈声〉を、アガンベンが救いたいかのようである。アガンベンはこの目論見を「エティカ、あるいは声について」と名付けている(アガンベン『幼児期と歴史』、邦訳二ページ)。

 もちろんこの試みは、デリダの音声中心主義の批判に同調するところはありながらも、むしそれと正面から衝突する。そのためにデリダ批判の論拠はしっかりと用意されている。この書物では、ヘーゲル、ハイデガー、バタイユ、デリダへの批判の姿勢が顕著であることも、目立つところだ。

 現代のイタリアの詩人レオバルディの作品における「この」という用語の使い方の考察など、セミナーの参加者にも配慮したアガンベンのこの著書は、力技で飛び跳ねるだけでなく、しっとりと落ち着いた考察も展開される。どれだけ思考に自由な冒険を許すか、その見極めがきわめて巧みな書物だと思う。「そこまで行くか……」と思わず唸るところもあって、ぜひ一読を勧めたい。


【書誌情報】
■言葉と死 ― 否定性の場所にかんするゼミナ-ル
■ジョルジョ・アガンベン
■上村忠男訳
■筑摩書房
■2009/11
■276p / 19cm / B6判
■ISBN 9784480842893
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/imgdata/large/4480842896.jpg
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■定価 3150円

○目次
ダーザインと死
否定性の起源の問題
“無”と“~でない”
言葉―ダー‐ザイン、すなわち、“ダー”であること
否定性はダーザインにそれ自身の“ダー”からやってくる
無の場所の保持者としての人間
ヘーゲルとハイデガー
エレウシス
ヘーゲルと言い表しようのないもの
『精神現象学』の第一章における感覚的意識の清算〔ほか〕


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2010年04月01日

『カントの啓蒙精神-人類の啓蒙と永遠平和にむけて-』宇都宮芳明(岩波書店)

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「啓蒙と道徳の関係」

 この著作の中心的なテーゼは、啓蒙は究極的には道徳的な啓蒙であるということである。啓蒙は周知のように「未成年の状態から脱出すること」と定義されており、カントは啓蒙されていない状態を、「わたしは、自分の理性を働かせる代わりに書物に頼り、良心を働かせる代わりに牧師に頼り、自分で食餌を節制する代わりに医者に食餌療法を書法してもらう」(カント『永遠平和のために/啓蒙とは何か 他3編』古典新訳文庫、11ページ)と表現していた。
 
 だから啓蒙とはまず、理性を働かせること、良心を働かせること、みずから判断で健康を維持することという三つの領域で考えられているとになる。理性という知の領域、良心という道徳の領域、健康という医学の領域のそれぞれにおいて、「自分の力で考えること」が啓蒙のとりあえずの目標である。

 著者は、この啓蒙の営みの三つの格律をカントの著作から取り出してくる。それは「自分で考えること」「自ら他人の立場に立って考えること」「つねに自分自身と一致して考えること」であり、第一の格律は「啓蒙された考え方」の格律であり、第二の格律は「拡張された考え方であり」、第三の格律は「一貫した考え方」である(p.35)。

 このことにはまったく異議はない。ただ少しだけ気になるのは、「〈自分で考えるひと〉が必要とされるのは、それが最終的には道徳的善悪をわきまえる智恵にいたる道」(p.33)とされてしまうことである。道徳という領域で、良心をみずから働かせることが啓蒙の重要な課題の一つであることは間違いない。しかし自立した理性でみずから考えること、自分の身体の健康をみずから配慮することは、道徳的な善悪を弁えることとは同列に考えることのできない問題ではないだろうか。思考の自立性を道徳的な良心だけに限定するのは、あまりに啓蒙を狭く考えることにならないだろうか。

 たしかにカントは、「理性の真の使命は……、それ自体において良い意志を生むこと」(p.81)であると語っているし、「人類が全体として道徳化されていない段階では、開化や文明化といった理性使用の従属的な目的があたかも理性使用の究極目的であるかのように絶対視され」(p.82)、そのために文明に悪徳が「接ぎ木される」(同)ようなことがあることを憂いて、啓蒙の必要性を強調したのだった。

 『判断力批判』でも、神は創造の究極目的としてすべての生物の中から人間を選びだし、「幸福に値する」存在となるべき「道徳的な存在者として人間」を創造した(p.89)とも語られている。宗教論においても、「制限的な立法の順序と、神への真に宗教的な道徳的奉仕を区別し、……正しく順序づけることが、宗教における〈真の啓蒙〉である」(p.196)ことが語られている。

 カントのテクストを読み込んでゆくならば、カントが「啓蒙の目標は、人類の全面的な道徳化にある」(同)と考えざるをえなくなるのはたしかである。だから著者のテーゼは間違ってはいないのである。しかし、とそこで考える。最初に示した啓蒙の三つの格律は、人々が世界のうちで交流してゆくために必要な格律であり、これはいわば政治的な格律なのである。

 もちろんすべての人類がカント的な意味で道徳化されたならば、それはカントにとってはきわめて好ましいことであろうが、人類がそのような境地にいたることは望みがたいことである。それでもこの三つの格律は、人類のあいだで平和を築くために重要な格律なのだ。たとえカントの道徳的な定言命題をまったく順守しない人々との間でも、カントの用語でいえば、「悪魔の民族」との間でも、この格律が行使されれば、平和を確立することができるはずなのだ。

 カントの議論の背景には、「人間が神に愛されるに値する存在となること」という人間の完全な道徳化の夢が息づいているのはたしかである。しかしカントは啓蒙の三つの領域をあげたときにも、そのことを前面にだすことはなかった。カントの願いと、啓蒙の確立のあいだに、ある距離を置いていたのである。大切なのは、その距離をなくしてしまわないことではないだろうか。究極的には正しいことも、すべての場合において正しいとは限らないのである。


【書誌情報】
■カントの啓蒙精神-人類の啓蒙と永遠平和にむけて-
■宇都宮芳明著
■岩波書店
■2006/10/25
■273,11p / 19cm / B6
■ISBN 9784000224710
■定価 2940円

○目次
1 啓蒙の世紀とカント―ヘーゲルの啓蒙批判はカントに当てはまるか
2 カントにとって「啓蒙」とはなにか―啓蒙に必要な三つの格率
3 カントの啓蒙の哲学―「人間理性の目的論」をめぐって
4 啓蒙の要となる道徳―人間の尊厳と人間愛の条件
5 感情は道徳とどうかかわるか―道徳的感情と美と崇高の感情
6 人類の啓蒙に宗教は必要か―カントの宗教理性批判
7 歴史と文化―永遠平和と啓蒙の完成


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2010年03月29日

『プラトンのミュートス 』國方 栄二(京都大学学術出版会)

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「ロゴスとミュートス」

ハイデガーが『存在と時間』の冒頭でプラトンの『ソフィステス』を引用しながら、哲学の問いとは「いかなる神話(ミュートス)も語らないこと」(242c)だと語ったこともあって、哲学は神話とは対立したものだと思いがちだ。

 そもそも古代のギリシアの哲学の誕生は、「神話からロゴスへ」という道をたどったものと語られることが多い。それまでの宗教的で神話的な自然理解が、タレスを初めとして、知の言葉で語られるようになったことが、ギリシアの哲学の端緒とされるのが通例だからだ。  しかし奇妙なことにプラトンにおいても、ロゴスの弁証法とともに、そのもっとも重要なところで神話(ミュ-トス)が語られることが多い。プラトンがときに哲学の言葉を放棄したようにみえることがあるのである。この書物は、その秘密を解明しようとする。

 著者は、ホメロスとヘシオドスのテクストを調べてみると、ミュートスとロゴスは「物語」という意味でほぼ同義的に使われていること、ロゴスは「否定的な意味合い」(p.82)で使われていることが多いことに注目する。「空言」「虚言」という意味で使われることが多いのである。「ロゴスが積極的に合理性の意味をもつようになったのは、哲学者たちの功績」(同)なのである。ロゴスがミュートスよりも重視されるようになったのは哲学者からであり、しかも「彼らはミュートスを否定することによって、ロゴスの思想に到達したのではなかった」(p.83)のである。

 彼らはミュートスが「真実に似た虚偽」として、真実を合理的に語るロゴスよりも、さらに強い力を発揮することを畏れたのである。それは「語り手の熟達した技」(p.67)を示す言葉であり、たんな誤りではなく、虚偽の形で真実を語るものである。プラトンは、理想の国家から詩人たちを追放しようとした。それはロゴスの国からミュートスを排除しようとしたわけではなく、ミュートスがロゴスを上回る強い力で、神々について、理想国家に好ましくない物語を人々に信じさせる可能性があったからである、と著者は指摘する。

 それはプラトン自身がミュートスを語りつづけていることからも理解できる。ロゴスの力が及ばなくなったところからは、ミュートスに頼るしかないのであり、プラトンの国家では詩人ではなく、哲学者がミュートスを語るのである。そのための詩人追放だったのかもしれないのである。

 著者はさまざまなプラトンのミュートスの分類方法を列挙しながら、結局はそのテーマで二つの大きな分類を採用する。「魂の死後の運命についてのミュートス」(『ゴルギアス』『ファイドン』『国家』『ファイドロス』と、「宇宙の生成、人類の誕生についてのミュートス」(『政治家』『ティマイオス』『クリティアス』である。

 この二つのミュートス群は、二つの共通な目標で貫かれている。一つは、悪をなすのは、悪をなされるのよりも好ましくないことであるというプラトンの道徳論の主張が人々に信じられないために、死後の世界における裁きというミュートスに訴えること、そしてこれを決定論に委ねずに、生きている時代における道徳的な振る舞いと関連づけることであり、もう一つは、この悪を人間の責任として、神の責任を解除する弁神論を提示することである。

 最初のグループのミュートスは、『国家』のエルの神話に代表されるように、人々に悪をなして生きた人々の死後の生の惨めさを訴えかける。これは「呪文のように」(p.163)語られるべきものである。キリスト教の地獄の理論の原形は、すでにこのミュートスにある。ユダヤ人には地獄の概念は存在せず、原始キリスト教にも、そのようなものはなかった。煉獄と地獄は中世のキリスト教の発明であるが、プラトンの哲学にその原形が存在しているのである。

 ここで注目されるのは、たんにこの地獄が死後の生への刑罰して考えられているけでなく、生まれ変わる次の世界における生を規制するものとして語られていることである。生前の暮らし方に応じて、すべての魂は次の世界でどのような者として生きるかを選択することになっているが、その生は、「選んだ後に、つまりこの世に生を享けた後に、どのような生を送るかによって決まる」(p.171)とされているのである。

 前の生で送ってきた生活が僭主のようなものであった魂は、きっと次の生を僭主として過ごすことを選ぶだろう。しかし次の生でほんとうに僭主としての生を送るかどうかは、その段階ではまだ決まっていない。その選択は「その人が徳性に関してどのような生きるかということまでがきめられてしまうわけではない」(同)のである。それでなければ、その人は僭主の生を永遠に離れることはできないだろう。しかし自己を配慮して、道徳的な生を過ごそうとすることで、次の生をもっと良いものにする可能性も残されているのである。

 このように第一のグループのミユートスは、死後の地獄を恐れることを教えるだけではなく、次の生での道徳性についても教えているのである。そして第二のグループのミュートスが教えるのは、次の生における人間の道徳性である。このミュートスでは、悪の起源についてそれが肉体に由来するのか、魂に由来するのかが考察される。そしてプラトンが示すのは、「物体(身体)はたしかに魂を無秩序な混乱した状態に至らせるけれども、悪の原因(責任)は魂あるいは魂の無知にある」(P.243)ということである。

 ここでも人間が悪をなすのは、魂の欠陥であり、これ改善することで、悪を防ぐことができるようになることが考えられている。魂が身体に入ると、身体のもつさまざまな感覚、欲望、恐怖などに悩まされるが、これらを魂が克己によって克服するならば、「正しい生き方をするようになり、それらに征服されるならば不正な生き方をすることになる」(同)のである。どちらにしても人間が悪をなすのは、魂の欠陥によるものであり、世界をつくりだした神の責任ではないことになるのである。「責任はむしろ人間の魂(プシュケー)にある」(p.246)のである。

 真実アレーテイアの語義の解釈や、アレーテイアのハイデガー的な客観主義的な解釈と主観的な解釈の対比、真理を語るディスクールの構造など、プラトンのミュートスについてだけでなく、真理についての考察も含められていて、楽しく読める一冊である。

【書誌情報】
■プラトンのミュートス
■國方 栄二【著】
■京都大学学術出版会
■2007/02/15
■340p / 21cm / A5判
■ISBN 9784876987078
■定価 4410円


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2010年03月25日

『ウィトゲンシュタインと精神分析』ヒートン,ジョン・M(岩波書店)

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「トーキング・キュア」

 ウィトゲンシュタインがフロイトを高く評価しているのは意外だが、よく考えてみれば、不思議ではないのかもしれない。どちらも語ることによる治療(トーキング・キュア)を目指していたからだ。ウィトゲンシュタインは、言語の形而上学的な使い方のために、哲学のうちに「瘤」(『哲学探求』一一九節)のようなものができているのであり、日常的な言語の分析によって、哲学の瘤を治療することができると考えていた。それだけではなく、「ウィトゲンシュタインにとっては、セラピー(治療)とは二人で思考を共有すること」(p.15)だったであり、フロイトの治療の実践と共通する要素があったのである。
 本書は、レインとも共同で活動したことのある精神療法士というかなり特別な立場から、ウィトゲンシュタインと精神分析の関係を考察した興味深い書物である。ウィトゲンシュタインとも離れ、フロイトとも離れたところから、その共通性をみいだす手法が参考になる。

 ウィトゲンシュタインは一九一九年にフロイトの著作を読んでから、「残る生涯の間、フロイトはかれが読むに値すると考えた数少ない著者の一人となった」(『ウィトゲンシュタイン全集』第一〇巻、二〇七ページ)と語っており、みずからを「フロイトの弟子」(同、二〇八ページ)と自称していたという。これはもちろん諧謔の言葉だが、ウィトゲンシュタインがフロイトの『夢判断』や『機知』のうちに、自分と同じ問題をみいだしていったことは興味深い。

 特にウィトゲンシュタインが大きな関心をもったのが、アスペクトの問題だった。精神分析が患者たちに示すのは、患者たちが日頃熟知している事柄について、それまでとは違った視点を提示して、その事柄をまったく別の視点からみるようにさせるということだった。それはアスペクトを変えさせるということである。「精神分析家たちはしばしば、分析をうけている人々に、アスペクトを認知させる。もっとも彼らはそれを解釈と読んでいるのだが。かくしてほとんどの転移の解釈は、アスペクト認知の問題ということになる」(p.27)。

 そして著者が指摘するように「アスペクト認知というおなじみの経験は、ウィトゲンシュタインの治療の重要な特徴だった」(p.26)。ウィトゲンシュタインは「私は、ある顔を熟視し、突然、他の顔との類似にきづく。その顔が変化しなかったことは、分かっている。にもかかわらず、私はそれを違ったふうに見ている。この経験をわたしは〈あるアスペクトの認知〉と呼ぶ」(同)と語っているのである。

 もちろんフロイトとウィトゲンシュタインが明確に対立する場面もある。第一にフロイトは科学主義的な立場を捨てなかった。そして「還元主義と決定論」(p.57)に依拠して、すべてのことを説明しようとするところがある。しかしウィトゲンシュタインにとっては、それは盲信に近くみえる。彼は「なぜすべてのことの説明がなければならないのか」(同)と問う。それは著者の指摘するとおりだと思う。しかしフロイトはすべてを説明しようとして、行き詰まったところに問題をみいだすことを試みていたのであり、それを咎めるべきではないだろう。そのことは、『夢解釈』のうちで、分析が進まなくなる「臍」の存在を認識し、そこに問題をみいだしていたことからも明らかだろう。

 第二に、フロイトは心の内部が意識にとっても「隠れされたもの」であることを主張する。これにたいしてウィトゲンシュタインは、「内的世界の神秘性を取り除き、生き生きとした精神を取り戻そうと努めた」(P.52)。これも著者の指摘するとおりだろう。ただフロイトは内的な心の中に隠されたものが、つねに身体の疾患として、あるいは言い間違いとして、夢として現れることを指摘し、そこから隠されたものをみいだそうとする。精神分析の理論では、知ることが重視されているものの、精神分析の実践では、「知ること」よりも「了解すること」が重視されているのであり、患者はこの実践に反応し、病を克服することを学ぶのである。

 だからフロイトとウィトゲンシュタインの違いも、逆の意味で二人の哲学の隠れた共通性を示しているのかもしれない。「痛み」についてのウィトゲンシュタインの考察も、兆候についてのフロイトの考察と照らして考えてみると、おもしろいのではないか。


【書誌情報】
■ウィトゲンシュタインと精神分析
■ヒートン,ジョン・M.著
■土平紀子訳
■岩波書店
■2004/12/22
■121p / 18cm
■ISBN 9784000270809
■定価 1575円



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2010年03月22日

『マキァヴェリアン・モーメント―フィレンツェの政治思想と大西洋圏の共和主義の伝統』ポーコック,ジョン・G.A(名古屋大学出版会)

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「政治思想史の必読書の待望の翻訳」

 本書は、政治思想史の分野で長らく注目されてきた書物であるが、大冊なために翻訳がなかなか刊行されていなかった。ぼくもこれまで英語で読んできたが、多くの読者とともに、日本語で読めるようになったことを祝いたい。もはや四〇年前の書物であるが、西洋の近代と現代における共和主義的なヒューマニズムの系譜をたどる書物として、政治思想史の必読の書物だからだ。

この書物は序論の方法論的な考察を別にすると、二つの部分に分かれる。最初の部分では、アリストテレスの人間の定義、すなわち「その本性からしてポリス的な動物である」いう定義をうけついで、人間の最高の活動が、公的な空間における活動にあるとみなす共和主義的な伝統が、マキアヴェッリとグイッチャルディーニのフィレンツェでどのように継承されたかを考察する(もちろんこの伝統にはギリシア的な源泉だけではなく、キケロのローマ的な源泉もあり、こちらの方が重要であるという見方もできるだろう)。

 マキアヴェッリは『ローマ史論』でローマの共和制のメカニズムに考察しながら、それがフィレンツェにどのように活用できるかを分析したのだった。彼は、ローマの市民がよき共和国の市民であったのは、市民的な宗教と武装によってであったと考える。著者は「内紛のさなかにあっても、彼らを公共の善に配慮させ、必要とあらば卜占にさからってまで未来を制御することを可能にさせたのは、彼らの軍事的な規律と市民的な宗教であった」(p.179)と指摘する。傭兵も、市民でない常備軍も嫌っていたマキアヴェッリは、市民の武装にこそ、共和国の可能性があると考える。

 マキアヴェッリは、「ローマの徳のうちに、多数者に特有の活動的な徳、民衆を武装し、彼らに市民的な権利を与える力動的な戦士の国家でのみ存在可能な、活動的な〈徳〉の新しい形態を発見した」(同)のであり、フィレンツェに大評議会の制度を導入して市民が公的な活動に参加できるようにするとともに、武装させることで、祖国を防衛させるべきだと考える。後にルソーがこのマキアヴェッリを「発見」して、ジュネーヴの市民に同じような方策を説くようになるだろう。そしてマキアヴェッリは市民の武装だけが、ローマ帝国の膨脹を可能にしたと考える。

 一方で貴族のグイッチャルディーニは、ローマ・モデルによって市民を武装させるのではなく、ヴェネツィア・モデルをフィレンツェに導入することを考える。彼は歴史的な理由から、「フィレンツェは武装できないという理由で、フィレンツェでの民主政に反対している」(p.212)のである。ヴェネツィアでは市民が武装することになく、外部の勢力に軍事を委託する。そして一種の混合政体を採用し、大評議会においてすべての市民の参加の自由を確保し、統治にあたるのは、〈徳〉の高さによって選ばれた選良たちだけである。「大評議会の役割を自由の維持にとって本質的なものに限定すること、および統治する選良集団への加入は、〈徳〉の公的な発揮によってのみ決定され、その加入者は統治以外の他のあらゆる役割を解除されるようにする」(P.217)ことが望ましいと考えたのである。この〈徳〉の発揮において、グイッチャルディーニは市民的な共和主義者としての性格を維持するのである。

 このローマとヴェネツィアのモデルと、その問題構成は、一七世紀から一八世紀のイングランドにそのまま引き継がれる。ハリントンが構想したユートピアの「オセアナ」は、輪番制によって統治の平等性を確保し、商業に携わり、海外に進出することによって、「無制限の拡張という点でローマのようなものなり、永続的安定性、自由、および徳の点でヴェネツィアのようなものになる」(p.335)はずだったのである。

 一八世紀のヨーロッパは、商業という要素が登場したことで、新しい問題に直面する。商業がもたらすのは富であり、贅沢である。伝統的にプラトン以来の西洋社会は、商業という活動に疑念を抱いたきた。プラトンの『法律』では商人は断罪されるのである。しかし資本主義の興隆ととともに、商業とそれがもたらす富が、徳とどのようにして両立できるかが重要なテーマとなる。

 ロックも『市民政府論』で、それまでの労働を軸においていた経済の理論に、貨幣の重要性をもちこむことによって、伝統的な所有の理論を爆破する可能性を示していた。やがては私的な悪徳が公的な善をもたらすという逆説が語られるようになるのであり、ここで共和主義の理論は大きく飛躍することになるのである。「価値と歴史、徳と情念、所有と信用、自愛心と利己性の諸哲学を調和させることは困難であった」(p.404)が、さまざまなイデオロギー的な配置において、それが試みられたのである。

 著者は、アメリカの独立とその後の連邦国家の形成においても、このテーマが重視されたことを強調する。これまでの政治哲学的な分析では、ロックの統治論のパラダイムが重視されてきたが、「人間の本性は市民的であるというアリストテレスの命題」と、それを受けついだマキアヴェッリの命題がアメリカ革命においても重要な役割をはたしていると考える。「徳は時間のなかでのみ発展することができるが、しかし常に時間による腐敗で脅かされる。時間と変化が商業と同一視されたときに取られた特殊な形態において」、この伝統がアメリカ革命に「力強い衝動を与えた」(p.458)のである。ロックの伝統を重視する支配的な学説の力はまだ強いために、著者の素描はそれほど線の強いものではないが、それでも共和主義的な伝統の継続をうかがわせるものではある。

 ルネサンスから現代にいたるまで、アリストテレス的でキケロ的な共和主義の伝統は続いているのであり、本書はその考察の一端にすぎないが、それでもその視野の広さと考察の持続力には学ぶべきものがある。アレントの公共性の哲学も、こうした考察の背景でふたたび新たな注目をあびてきたのである。

【書誌情報】
■ マキァヴェリアン・モーメント―フィレンツェの政治思想と大西洋圏の共和主義の伝統
■ポーコック,ジョン・G.A著
■田中秀夫、奥田敬、森岡邦泰訳
■名古屋大学出版会
■2008/01/10
■541,163p
■ISBN 9784815805753
■定価 8400円

目次

第1部 個別性と時間―概念的背景(問題とその様式―(A)経験、慣用、慎慮

問題とその様式―(B)摂理、運命、徳 ほか)

第2部 共和国とその運命―一四九四年から一五三〇年までのフィレンツェの政治思想(ブルーニからサヴォナローラまで―運命、ヴェネツィア、黙示録;メディチ家の復辟 ―(A)グイッチャルディーニと下級の“都市貴族層”、一五一二‐一五一六年 ほか)

第3部 革命以前の大西洋圏における価値と歴史(イングランド・マキァヴェリズムの問題―内乱以前の市民的意識の様式;共和国のイングランド化―(A)混合政体、聖徒、市民 ほか)

第4部 『マキァヴェリアン・モーメント』をめぐる論争を回顧して(『マキァヴェリアン・モーメント』再訪―歴史とイデオロギーの研究;『マキァヴェリアン・モーメント』をめぐる三十年間の論争―二〇〇三年版(新版)への後書き ほか)


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2010年03月15日

『旧約聖書の誕生』加藤隆(筑摩書房)

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「行き届いた旧約入門書」

 著者は新約学者だが、この旧約聖書への入門書も懇切丁寧な作りで、聖書への理解を深めるために役立つだろう。旧約聖書の基本的な構成、聖典としての確立の状況、ヤハヴェという神の名の呼び方の由来など、基本となる事柄はきちんと説明されているし、それぞれの書物ごとにその特徴が要約されていて、わかりやすい。「汽笛一声新橋を」の節で歌われる聖書の順序の記憶方法まで紹介されていて、つい笑ってしまった。

 本書の特徴は、旧約聖書で語られる物語の順に考察するのではなく、ほぼ成立した時代ごとに紹介しているために、その成立の背景なども一緒に理解できることだろう。「出エジプト記」の後は、イスラエル統一王国時代に成立したとみられる「創世記」について、ヤーヴェ資料を中心に説明される。次の北王国時代の文書として預言者エリヤ、エリシャ、アモス、ホセアについて説明され、ふたたび「創世記」にもどって、今度はエロヒム資料について紹介される。

 この北王国が滅ぼされると、アッシリアによる「人間の坩堝作戦」が行われた。北王国には、統一イスラエルを構成していた一二の部族のうちの一〇の部族がいたが、これらの部族はアッシリア帝国内に散らされ、他方で帝国の各地から移住させられてきた民がかつての王国の土地に暮らすようになり、ユダヤ民族としてのアイデンティティは失われてしまう。その後もこの土地は、バビロニア、ペルシア、ギリシア、ローマという大帝国に支配されるようになる。

 これについて著者は民族としてのアイデンティティを喪失した人々は、帝国から自国を守るという動機が乏しくなるので、「外からの勢力で大きな力が現れてくると、支配権が簡単に移ってしまう」(p.128)のだろうと推測する。支配する帝国側にとってはこの坩堝作戦は、住民同士がたがいに言葉も理解できず、宗教的な伝統も異なっているために、「大規模な反乱を起こせない」(p.246)という利点があるが、そこで暮らす人々は根無し草となってしまう。そして「アッシリアに対して深い不満を抱いて暮らしている」人々が帝国の大多数を占めるようになるために、「外部から手強い敵が出現」(同)しても、頼りにならないという欠陥が生まれるのである。

 こうしてアッシリアはすぐにバビロニアに滅ぼされる。そしてバビロンの捕囚を実行したバビロニアは、アッシリアのように徹底的にはこの作戦を実行しなかったが、やはり同様な政策を採用したために、ペルシアに滅ぼされてしまう。この経緯から学んだペルシアは、ユダヤの民族に帰国を許し、神殿を建設させるのである。

 ただし著者はこの問題についての「かなり抜本的な解決策はキリスト教とイスラムの登場をまたねばならなかった」(P.129)ことを指摘する。またこの作戦の影響を受けたユダヤ人の側では、このことを認識して宗教的な儀礼と身体の毀損による識別を重視することになるだろう。

 次に南王国時代において、預言者のイザヤとミカの物語が紹介され、「申命記」の中心思想が解説される。その後のバビロン捕囚期には、エゼキエルと第二イザヤが活躍することになる。モーセ五書のうちの掟の記録である「レビ記」もこの時代に成立したものとみられる。

 そしてペルシア帝国期のイスラエルにおいて神殿が再建され、現在にみられるような形の聖書が確立され、正典が決定され、聖なるものととして閉じられる。著者は聖書の正典と外典が決定され、もはや修正しえないものとされたことには、このペルシア帝国の政策が重要な役割をはたしたと考えている。

 ペルシアはきわめて巧みな政策を採用し、ユダヤ人たち全体で合意した掟集をペルシアに提出するように要請したのである。これは「被支配民族を野放しに自由にしておくのではなく、ある一定の原則に縛りつけたい」(p.254)という目的のためだったと著者は考える。そしてユダヤ人たちは自分たちの自由な合意として提出したこの旧約聖書を、もはや変更することはできなくなる。こうしてまったく修正することのできない「絶対的な権威をもったテキストが誕生することになる」(p.255)と、著者は考える。新約聖書の成立においても、今度はローマ帝国がペルシアに相当する外的な権威として機能したとみるのである。

 このように新約聖書やキリスト教の問題にまでつながる要素も紹介され、ユダヤ教の成立と正典の確立までの時代がたどられていて、理解が深まるだろう・ただし後書きでの聖書研究の手引きで、(一)まず聖書の言語であるヘブライ語と古代ギリシア語を勉強する、(三)近代語のうち、少なくとも英語、フランス語、ドイツ語を習得する、と書かれているのには、つい苦笑いをしてしまった。これでは聖書研究はついに始まらないのではないか。聖書が読めるまでにギリシア語とヘブライ語が理解でき、研究文献を読めるために英語、フランス語、ドイツ語を習得するのは、著者には当たり前のことかもしれないが、一般読者には過酷な要求に思えるのだが、どうだろうか。


【書誌情報】
■旧約聖書の誕生
■加藤隆 著
■筑摩書房
■2008/01/25
■430,11p / 21cm / A5
■ISBN 9784480847171
■定価 3360円

目次
第1章 聖書の基礎
第2章 出エジプト
第3章 イスラエル統一王国
第4章 北王国
第5章 南王国
第6章 バビロン捕囚
第7章 ペルシア帝国期のイスラエル
第8章 ギリシア・ローマ期のイスラエル
第9章 詩篇


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2010年03月11日

『精神分析の抵抗―フロイト、ラカン、フーコー』デリダ,ジャック(青土社)

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「フロイトへの思い」

 デリダのフロイトへの思いは強いものがあり、『エクリチュールと差異』に収録されたフロイト論「フロイトとエクリチュールの舞台」以来、長い取り組みがある。この書物に収録された三つの講演の記録は、これまでのすべてのフロイト論を前提として語られるものであるために、デリダはときに早口になり、ときに説明を諦めたりする。しかしどれもそれなりに読者を納得させるところは、さすがデリダだ。

 最初の講演は「抵抗」というテーマを取り上げている。精神分析の世界では抵抗とは「精神分析治療の期間において、無意識への到達を妨げるような、被分析者自身のすべての言動」(ラプランス/ポンタリス『精神分析用語辞典』)である。フロイトの精神分析はある意味ではこの患者の抵抗と対処することで発展してきたのだった。

 そもそも暗示や催眠術をやめて精神分析に進んだのも、患者の抵抗のためであり、フロイトが患者が催眠術にかかるのに抵抗するのが正当なものと考えたからだった。精神分析のさまざまな技術は、患者の抵抗を克服して、患者に自分の無意識を意識させるために作りあげられたのだった。

 しかし抵抗が分析の別の場面で現れることもある。たとえば夢の分析であり、そこからどうしても分析を進めることができない箇所が登場する。フロイトはそれを「夢の臍」と呼んだ。「どんな夢にも、少なくとも一箇所、どうしてもわからない部分がある。それは、それによってその夢が未知なるものにつながっている臍のごときものである」(フロイト『夢判断』人文書院版全集二巻九六ページ)。

 そう、臍とは、「ある切断の記憶を、誕生時に断ち切られたある糸の記憶までも保持する結び目=傷痕である」(p.28)。未知なるものにつながる痕跡、このいかにもデリダ的な比喩を手掛かりに、デリダは精神分析において直面する抵抗の三つの意味をとりだす。一つは患者の抵抗であり、これは症状であり、克服すべきものである。第二は夢の臍であり、それは未知への扉が閉じていることを示すものである。第三は分析の臍であり、それは分析の道が途絶しているところ、絶対的な限界というべきものである。フロイトは「夢の臍」という語をもう一度語り、「われわれの観念世界の網の目のごとき迷宮」(同、四三二ページ)で、分析を断念すべきことを指摘する。そこは「どうしても解けない夢思想の結び目」だからである。

 この「夢の臍」という痕跡は、デリダに脱構築の方法そのものを想起させる。一つには、分析を要求しながら、分析を禁じるものとしての「ダブル・バインド」(p.53)の性格をもつからである。もう一つは、それが起源へとさかのぼることを誘惑しながら、それを禁じることによって、「起源的なものの再把握の可能性ばかりかその欲望をも、それがいかなるものであれいつかは単純なものに再開したいという欲望ないし幻想をも問いに付す」(p.55)からである。この「夢の臍」は、「パルマコン、代補、ハイメン、差延、その他多くの、おのれのうちに相互の間で矛盾した、あるいは両立不可能な述語」(p.61)の仲間であり、抵抗しながら誘うもの、誘いながら拒むものであるからだ。

 二番目の論文「ラカンの愛に叶わんとして」では、デリダがラカンの精神分析を批判せざるをえない八つの理由を、めずらしく明確に列挙している。

 第一は、ラカンは分析が円環状の正しい道筋をたどるべきであり、たどることができると考えていることである。これはデリダにとっては目的論を分析のうちに持ち込んでいるようにみえるのだ。

 第二は、ラカンのうちには、「円環状の回帰および固有の行程において、起源が目的へと、シニフィアンの離脱の場がその再結合の場へと適合し、再適合すること」(p.110)としての真理のモチーフがあることである。ラカンが真理という語をきわめて無造作に使うことにデリダは苛立つ。

 第三は、現前するパロールあるいは充実したパロールというモチーフがあることである。語る言葉の現前性とその優越性の批判は、デリダの最初期からの重要なモチーフである。

 第四は、記録技術を拒否し、音声・ロゴス中心主義を採用していることにある。これもデリダにとっては許しがたいところだろう。

 第五は、真実を去勢に結びつけるために、ファロスが「超越論的な位置」(p.111)を占めることである。ファロス中心主義と超越論的な立場にたいするデリダの批判もよく知られているだろう。

 第六は、これらのモチーフによって生まれるラカンの「戦闘的な音声中心主義」(同)である。

 第七は、「語りの文学的構造の否認ないし非・考慮」(p.112)、そして署名の「パレルゴン的な効果の枠組みや働きの言い落とし」である。ただしこれはラカンに要求するには少し無理があり、デリダも「性急さ」をとがめるだけである。

 第八は、「ポーの物語における分身の諸効果の隠蔽」(同)である。ポーの「盗まれた手紙」の分析のうちで分身を考慮にいれていれば、想像界と象徴界の境界線がカクンされただろうとデリダは指摘する。

 最後の論文は、フーコーのデリダ批判にたいしての遅れてからの反論である。フーコーは『狂気の歴史』のおいて、フロイトをあるときはニーチェと同じ側に立たせ、あるときは対立する立場に立たせる。フロイトを扉の蝶番のように使うフーコーのまなざしの揺れを描き出していて、あとだし批判ではあるが、なかなか読ませる。


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2010年03月08日

『存在と無〈1〉現象学的存在論の試み』サルトル,ジャン=ポール(筑摩書房 )

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「手軽に文庫で読めるようになったサルトルの主著」

 サルトルの大著『存在と無』が文庫化されたのをきっかけとして読み直してみた。小説のように楽しめる本であり、三巻の最後の用語集なども、理解を深めるために役立つ。思えばベルクソンの哲学や新カント派の哲学が、高校の教科書までを牛耳っていたフランスの哲学界に、この本のもたらしたセンセーションは強烈なものだっただろう。
 サルトルがフッサールの現象学について、テーブルの上にあるカクテルのグラスからでも哲学を展開できる哲学だと聞いて、真っ青になるほどに興奮したというのは有名な逸話だが、日常のごくありふれた生活のただなかから、思考の体系を構築してみせたことは、哲学の世界に清新な風を吹き込むことになった。ドゥルーズもフーコーも、青春の頃にサルトルの哲学に感銘をうけ、高揚したことを語っている。

 サルトルの哲学のユニークなところは、哲学を語りながら小説家の精神を発揮し、小説を書きながら哲学者の精神を発揮するところだろう。『嘔吐』のマロニエの記述など、偶然性にかんするサルトルの哲学的な精神がそのままで語られている。デリダもバタイユ、ブランショ、ポンタリスなどを読むようになったのは、サルトルのおかげであり、「汲みつくせないほどの深い感謝の気持ちを抱いています」と述べていた(デリダ『パピエ・マシン 下』七九ページ)。

 この書物はハイデガーの存在論にならって、人間とその他の存在者との存在論的な違いを確認するところから始まる。人間でない存在者は「存在」と呼ばれる。存在とは「自己を実感することのできない内在」(一巻六九ページ)であり、「自己自身とぴったり粘着している」ものである。そこに意識という裂け目が入っていないのだ。だから「存在はそれ自体においてある」即自である。

 これにたいして人間は、この内在の世界に否定性としての「無」を導入する存在である。「人間は、無を世界に到来させる存在」(一巻一二〇ページ)なのである。それは人間とは「それ自体においてあるのではないもの」(一巻一〇七ページ)という性質を本質的にそなえているからである。それは人間が自由だからである。ただし人間が人間であるのは、人間が自由だからであり、「人間はまず存在し、しかるのちに自由であるのではない。人間の存在と人間が〈自由である〉ことのあいだには、差異がない」(一巻一二二〇ページ)のである。それが、人間が対自であるということである。

 人間が世界にそのような無をもたらすというのは、人間に欲望があるからである。サルトルは欲望を何よりも欠如とみなす。欠如は埋められることを求める。人間以外の生物はそのうちに無という欠如をかかえているために、他の生物のように自足していきることができない。外部にむかってつねに超越していく存在、それが人間なのだ。「すなわち人間存在は、自分が欠いている全体へ向かって自己自身をこえ出る存在」(一巻二六九ページ)なのである。

 ここまではまったくスムーズである。この書物でサルトルはヘーゲルの弁証法を活用しているが、ヘーゲルだと即自と対自のありかたの後に、対・即自という弁証法的に止揚されたありかたが実現するが、サルトルではこの弁証法は発生しない。サルトルはハイデガーの共同存在にならって、対他という概念を提起するからである。

 この他者とは、わたしが見る存在であると同時に、わたしを見る存在である。わたしの欲望は、自分の身体的な欲望であるだけではなく、他者との関係において生じる欲望でもある。それは「他者とはわたしであらぬわたし」(二巻三九ページ)だからである。この他者とは、たんなる他人ではなく、〈わたし〉そのものを作りだす力のあるものである。わたしは他者を眺める。しかし他者もわたしを眺める。この他者のまなざしにおいて、わたしは「わたしの存在において襲われる」(二巻一一〇ページ)なのである。

 この他者のまなざしにおいて、わたしが他者の眺めるわたし自身を自覚するとき、わたしが感じるのは「羞恥」だとサルトルは断定する。わたしは他者のまなざしに写った自分の姿を他者のまなざしのもとで眺めて、そこにみすぼらしい自分の像を発見するからである。「わたしがかかる発見するのは、羞恥において」(二巻一一二ページ)だからである(反転像としては傲慢と自負がありうるのはもちろんであるが、サルトルの場合には、何よりも羞恥の感情が強いのだ)。

 わたしは他人の秘密を探ろうとして、ドアの鍵穴から部屋の中を覗いている。それは欲望につき動かされるままの〈わたし〉である。しかし他者がその覗いているわたしの姿を発見する。この他者のまなざしのもとで、主体として行動していたはずのわたしは、突然に他者のまなざしの客体となる。そしてわたしの他者のまなざしに写った覗き見をする者としての〈わたし〉を恥じるのである。

 このまなざしは弁証法的にみえるが、実は相互反復的なだけであって、弁証法的な展開は発生しない。わたしがまなざしの主体であるときには他者が対象であり、他者がまなざしの主体であるときには、わたしが対象である。役割が交替するだけであり、止揚されることはないのである。サルトルの存在論はこの〈わたし〉と他者、主体と客体の二元論的な対立を特徴とするのである。

 ただしこのまなざしの二元論的な呪縛をとく道がある。それは行動するということである。行動するということは、あるものの欠如の認識から生まれる。何かが欠けているから、行動する必要があるのである。対自の人間を作りだした欠如が、対他の人間を行動させる。人間が単数であれば行動するということはないだろう。行動があるのは人間が他者との関係において存在するからである。行動することにおいて、人間はその自由を証明する。「わたしは自由であることを運命づけられている」(三巻三五ページ)のである。あるいは自由であるように「呪われている」と訳すこともできるだろう。

 しかし行動しようとすると、わたしは完全に自由な存在ではないことが露になる。わたしは世界に投げ出されているのである。「労働者的世界、フランス的世界に、ロレーヌ地方もしくは南物地方の世界に、投げ出されている」(三巻二一六ページ)ことが明らかになる。すべての人はそれまで成育の過程において、他のすべての人と異なる固有の生活史のうちで、固有の世界のうちに投げ出されているのである。わたしは自由であるともに、他者に責任を負う存在なのである。

 この書物は世界のうちに投げだされたわたしの固有性を、実存的な精神分析によって考察する可能性を提示したところで終わる。その後のサルトルの重要な営為の一部は、ボードレールについて、マラルメについて、ジャネについて、フローベールについてこの実存的な精神分析を実行する作業で占められることになる。その意味でも、この大著は、サルトルの哲学的な営為の土台となっているのである。


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2007年10月19日

『思索日記. 1(1950-1953) 』ハンナ・アーレント(法政大学出版局)

思索日記. 1(1950-1953)  →bookwebで購入

「アレントとともに考える」

よく無人島に一冊の本だけ持っていくとした何にするかという問いが冗談のように問われる。「あなたの心が何を食べているか、いってごらんさない、あなたがどんな人か、説明してあげましょう」というわけだ。すると人々は自分がもっとも時間をつぶせそうな一冊をいろいろと考える。そして多くの場合は、答えに窮するものだ。

ところがアレントなら、何の迷いもなかっただろう--わたしの『思索日記』です。これは1950年から1973年まで、すなわちアレントの思想の円熟期において、一年も欠けることなく、アレントが考えつづいていた事柄、その問題を提起した基本的なテクストの引用などを書き記したものなのだ。

これはたんなる備忘録のようなものではない。ストア派の人々は、重要な思想を書き記したノート(ヒュポムネーマタ)を手元においておいて、それを何度も読み直し、書かれたことを想起し、それによって自分の生活を律するようにしていた。アレントの日記も同じような意味をもっていたかもしれないが、それは何よりも、手元にテクストがないときにも、そのときのもっとも重要な関心事について、思索を続けられるようにすることを目的としたものだった。

実際にアレントは、テクストを参照することのできない旅先には、このノートを持参し、思索がとぎれることがないようにしていたし、旅先でも書き込みはつづけられた。フライブルクのハイデガーのもとにこのノートを持参して、ハイデガーに書き入れてもらったりもしている。この書き込みがあれば、アレントはハイデガーとともに考えることができるのだ。

ハイデガーが書いたのは次のところだ。「七一年四月二二日 フライブルクにて ハイデガー。断念すること(Ent-sagen)」。そのあとにおそらくアレントが上向きと下向きの矢印を書き入れ、「言うこと、存在について。断念することは、言うべきことを存在から取り去って、断念する。すなわち言うべきことを引き戻す」と書き記している(第二巻、四四七ページ)。

ついでながら、ハイデガーとの交際を復活させたアレントは、ハイデガーの思想から影響をうけるとともに、ハイデガーにも影響を及ぼしたのではないかとみられる。この二人の思想の相互的な影響関係は、考察の困難なテーマだが、やりがいのあるものだろう。

アレントがこの『思索日記』を書こうと決意し、独立した遺稿として書物の形にすることまでを考え始めたのは、『全体主義の起源』を書き終えた後のことであり、プラトン以来の西洋の哲学のうちに、ファシズムとスタリーニズムを生み出す根本的なゆがみがあったのではないかという深刻な問いをみずからに問いかけ始めた頃のことである。

これはアレントがマルクスの哲学と対峙し始めていた時期であるが、マルクスの直接的な言及は最初の数年に限られ、ノートはプラトンとカントの引用が中心になっていく。多くの場合ギリシア語で引用しながら、アレントはプラトンのテクストとじっくりと対話し、そこから引き出した結論を書き記していく。

この結論はやがてアレントの書物などで最終的な形を取り始めるが、アレントがこうした思想をどのような状況と文脈のもとで考えていたかを示すのは、この『思索日記』であり、この日記を読むことで読者はいわばアレントとともに古典を読み、アレントとともに考えることができるのである。

一つだけ実例を引用しておこう。アレントはヘーゲルの『精神現象学』にふれて、「ヘーゲルで初めて、キリスト教が要求していたことが(?)、他の人々を抑圧する者は自由ではありえないことが--主人と奴隷の弁証法において--「証明」される。これは自由概念の革命的転回である。それによって政治一般が初めて可能になる」(第一巻、三六二ページ)。実に鋭い考察ではないか。

また、一九五〇年頃、マルクスを読みつづけていたころの日記をみても、晩年の日記をみても、『アウグスティヌスの愛の概念』を書いた頃のモチーフがいかに生き生きとアレントのうちで息づいているかがよく理解できる。愛、赦し、責任、複数性などのテーマは、アレントから離れることがなかったのである。

ぼくはこの書物の刊行が発表された時点でドイツの書店に予約をいれておいた。長らく待たされた後に、箱入りで黒の布のシックな装丁の二冊本がとどいたときは、とてもうれしかったものだ。翻訳権を取得しようかと思ったが、ぶあつさと引用の多さに引いてしまった。出版から数年で、この大部な著作を翻訳刊行された訳者に敬意を表する。

【書誌情報】
■思索日記. 1(1950-1953)
■ハンナ・アーレント[著]
■ウルズラ・ルッツ,インゲボルク・ノルトマン編
■青木隆嘉訳
■法政大学出版局
■2006.3
■570p ; 20cm
■ISBN 4588008412
■定価  6200円

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2007年10月16日

『シェリング哲学 : 入門と研究の手引き』H.J.ザントキューラー編(昭和堂)

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「シェリングの位置」

しばらくチェックしないでいるうちに、シェリング研究がずいぶんと盛んになっていることに気付いて驚いた。なんと邦訳のシェリング全集の刊行まで始まっているのだ。パリのポンピドゥー図書館で、フランスでのシェリング研究がかなり盛んであることに感心したのはもう五年以上も前のことになるが、本書は世界的なシェリング研究の流行を背景に、シェリングの哲学のアクチュアリティを探ろうとする。シェリングの著作や遺作は膨大なもののようだし、こうした入門的な紹介は有益だろう。

シェリングの哲学とドイツ観念論には、ロマン主義的な思考とも共通して、「知と意識を内に含みながら同時にそれを超越している領域として精神を考える」(p.82)ところがあるが、シェリングにおいてはそれがグノーシスとプラトン哲学の研究において、「神がかり」のうちに「われわれの内なる神」をみいだそうとすることをきっかけとしたという指摘(同)は納得できる。シェリングはグノーシス研究からスタートしていたのだった。

そしてフィヒテとシェリングの共通性と違いもそこにあると言えるだろう。「フィヒテが人間の意識における対立から出発して、その対立において前提されるべき絶対的自我にたどり着いた」のにたいして、シェリングは古代哲学の研究から、「神的意識ないし表象能力から出発した」のであり、「フィヒテのように経験的自我から出発しても、自分自身のように絶対的自我から出発してもまったく同じで、同一の三原則に到達する」(p.96)と言えるのである。

またシェリングは、「世界」としての自然と、科学的な自然法則が適用される自然とを分離したままに残していたのにたいして、シェリングの自然哲学はこの問題を解決する手立てを提示しているところも(p.104)、ドイツ観念論におけるカントの問題提起の大きさをうかがわせる。ヘーゲルは論理学と自然哲学を断絶させたが、シェリングは能産的な自然と所産的自然というスピノザの自然概念に依拠することで、二つの自然を通底させる道筋をみいだすのだ。

またカントは、燃焼というプロセスを、まだフロギストという実体的な原素によって説明しようとするが、シェリングの時代にはすでに酸素が発見され、原子の化合と分解という化学的な説明が可能になっており、シェリングは「化学が科として可能であること」の基礎づけを目指していたという指摘も興味深い。カントがニュートン物理学の可能性を基礎づけようとしたのに対して、シェリングは化学の可能性を基礎づけようとしていたのだ(p.133)。

シェリングの悪の概念や宗教哲学など、まだまだ興味深いところは多いが、晩年の積極哲学の議論において神話論に立ち戻るところがおもしろい。シェリングの神話論には次の三つの特徴があるという。
一)神話はオートポイエーシス的である。神話は作られるのではなく、自分自身を生み出し、自分自身の原因であり、有機的な構造をなす。
二)神話は有機的に編み出され、自分自身の原因となるから、自己と完全に一致している。これはシェリングの伝統では神話は「真理である」という結論を可能にする。
三)神話は「自意的」である。神話の真理は神話の内部にあるのだから、神話が意味するのは、神話そのものだけである(p.227)。

シェリングはこの神話のオートポイエーシス性に依拠しながら、主観哲学の枠組みを越える積極哲学の構想を進めるのだ。晩年のベルリン大学に戻った頃から、シェリングの積極哲学の時期が始まる。この時期のシェリングは評判が悪いが、初期のモチーフを失わずに掘り下げ続ける腕力と執念はさすがだ。

■シェリング哲学 : 入門と研究の手引き
■H.J.ザントキューラー編
■松山壽一監訳
■昭和堂
■2006.7
■288,59p ; 22cm
■ISBN  4812206227
■定価  3800円


■目次
F.W.J.シェリング(生成途上にある作品)-入門
シェリング研究の水準について
シェリングの哲学的始元に対する古代哲学の意義
ドイツ観念論におけるシェリング
自然の哲学
芸術哲学
歴史哲学
神話の哲学
啓示の哲学
シェリングにおける法、国家、政治


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2007年10月09日

『公と私の系譜学』レイモンド・ゴイス(岩波書店)

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「公とは何か」

公的なものと私的なものの境界が時代とともに変動していることは、アレントの『人間の条件』などでも指摘されてきたが、この書物はギリシア、ローマ、中世、現代における公的なものと私的なものの領域を、具体例で考えようとするところがユニークだ。

古代のギリシアではアゴラで食事をすることも下品なこととされていた。物を食べるのは、家という私的な空間でおこなうべきだとされていたのだ。ところがキュニコス派のディオゲネスは、アゴラでオナニーをしてみせる。クラテス夫妻はアゴラでセックスをしてみせる。もちろんコートで覆っていただろうが、身体の動きだけでそれは分かるものであり、これが挑発的で、公的な領域を侵犯する行為と理解されたのは間違いのないところである。

オリゲネスはオナニーを哲学的な営みとして実行したのであり、他者にたいする配慮の欠如こそ、自立した人間の印だと考えたのである。「完全なる無恥」、それこそが「善き人間の生を顕著に特徴づける」(p.25)ものだと考えたわけだ。ここでこの行為が公共的な空間を侵犯した理由は二つ考えられると著者は指摘する。誰でも入ることのできる公共的な空間では、「関心を逸らせる可能性」の原理が適用される(p.29)。

まず公衆とは、互いに邪魔することになく、その人々に自分自身の営みを続けることを許容する人々であり、ディオゲネスは親密な友人でない人々の注意を引くという意味で、公的な空間にふさわしくない振る舞いをしたことになる。もう一つは公衆とは、個人的に知っていても、汚染された感じを与えかねない行為によって不快にしないように、気にかけるべき人々だという(p.30)。その意味ではたとえ知人であっても目を背けざるをえない行為をしたオリゲネスはやはり公的な領域を侵犯したわけである。

第二の実例はルビコンを渡ったカサエルである。元老院は軍隊の指揮者としてではなく、私人としてローマに戻るようにカエサルに命じた。しかしカエサルをこれを拒んで、軍隊を指揮してローマに戻り、共和制を実質的に崩壊させたのだった。ローマという公的な空間を侵犯したこの行為は、それでは私的な行為かというと、必ずしもそうではない。将軍としてのカエサルのそれまでの功績を無視することは、公人としてのカサエルの存在を否定するものだと、カエサルは判断したからだ。

カエサルにとって公的なものとは、アゴラのように「誰もがアクセスできる」ところというよりは、(a)すべての人に関連する、もしくは影響を与えるものの領域であり、(b)すべての人に関連すると考えられる領域、すなわち共通善に関連する領域に対する権力を(そして責任を)もつ主体の集団を意味すると考えられたのである(p.48)。

第三の実例は、『告白』におけるアウグスティヌスである。アウグスティヌスは記憶と反省において、「われわれ自身における最も重要な側面」として、身体の状態ではなく、「内なる状態、つまり神と関連するわれわれの魂の状態」(p.56)を取り出したことが指摘される。いわば人間の「内面性」というものが初めて自覚されたのであり、それは他者の立ち入ることのできない領域である。アウグスティヌスにおいては公共的なものと異なるる私的なものの領域が確立されたわけである。

ディオゲネス、カエサル、アウグスティヌスにおいて、「私的なもの」というものがどのような意味をもっていたかという考察は、それによって公的なものがどのようなものとして意識されていたかを示すために役立つものであり、公共性についての歴史的な系譜学として、そして自己がどのようなものとして意識されていたかを示すものとして興味深い。

次の章では急に現代のリベラリズムに進むが、この章の考察は、プライバシーの概念を中心に行われている。ルターと宗教改革で、私的な信仰の領域と公的な崇拝の領域が明確に区別されるようになったことなど、古代末期のアウグスティヌスから現代にいたるまで、ここで考察されていない多くの公的な領域と私的な領域の差異のテーマが存在する。公共的なものという概念はときに言葉の遊びになる傾向があるだけに、こうした系譜学的な考察は、まだまだ続けられるべきだろう。


【書誌情報】
■公と私の系譜学
■ISBN:9784000228411 (4000228412)
■147,7p 19cm(B6)
■岩波書店 (2004-02-26出版)
■ゴイス,レイモンド【著】山岡 龍一【訳】
■[B6 判] NDC分類:311.1 販売価:\2,520(税込) (本体価:\2,400)
■目次

第1章 序論
第2章 恥知らずと公共世界―アゴラで自慰するディオゲネス
第3章 レス・プブリカ―ルビコン川で決断するカエサル
第4章 霊的なものと私的なもの―アウグスティヌスの内なる隠れ家
第5章 リベラリズム―リベラルな公共善と近代の境涯
第6章 結論


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2007年09月26日

『ハンナ・アーレント -- 〈生〉は一つのナラティヴである』ジュリア・クリステヴァ(作品社)

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「やわらかに描き出されたアレントの生と思想」

クリステヴァの女性評伝三部作のうちの一冊で、ほかの二人はメラニー・クラインとコレットだ。ある種の女性は、「精神生活の生き方の天才」(p.11)でもありうるという視点から、この三人が選ばれたようだ。ほかの二冊は未見だが、アレントに関してはクリステヴァはこの天才の描写に成功していると言えるだろう。ときに難解な文章も書くクリステヴァだが、本書はきわめて平明であり、アレントの個性を鮮やかに描きだしている。

とくに大きな印象をうけたのが、アレントの『ラーエル・ファールハーゲン』という書物の、わずかに精神分析的な解釈である第一章第三節「範例の意味」である。一七世紀末から一八世紀の始めにかけてベルリンでロマン主義者たちを集めたサロンを開いていたラーエルについてのアレントの解釈は、アレントの思い込みの強さによって見通しが悪くなっている本だが、クリステヴァはアレントがラーエルの生を描写しながら、実はいかなアレント自身の気持ちをこめているかを、アレントの描写の襞に分け入りながら、描きだしている。精神分析者ならではの描きこみだろう。

何よりも、ユダヤ人だったラーエルが直面した同化とパーリアの選択肢は、アレントにとっても重要な問題だったのである。そしてアレントはラーエルの経験をつうじて、一つの解決に到達する。アレントはヤスパースに、この書物は「シオニズムの同化批判の立場から書かれている」と語っているが、「疑いもなく彼女の本の背景をなしているこの政治的選択を通して、ラーエルに同行するアーレントにとっては、一人の女性のヒステリーを通過することが重要だったのである」(p.94)というのがクリステヴァの診断だ。

それだけではなく、アレントはこの書物をドイツの教授資格のための論文として認めるように、戦後に損害賠償の訴訟を提起して、一七九一年に勝訴している。これはアレントの思いの強さを示すとともに、これがたんなる一女性の伝記であるだけではなく、ドイツの大学の教授資格の請求論文となりうるものだという位置づけがアレントのうちでなされていたことを示すものであり、クリステヴァはこの論文は「彼女の政治思想の新の歴史=物語」だとまで読み込むのである(p.77)。そして「ラーエルとともに行ったこの自己分析の後、アーレントは概念のベルマとなったのだ。〈職業的思想家〉よ、さらば!」(p.95)という指摘もまた鋭い。

アレントの『精神の生活』における考察において、ポストキリスト教的なプロジェクトの到来が語られる第三章第二節「思考する〈自己〉の対話」も秀逸である。ここにクリステヴァは「生活」というアレントの概念の「ラディカルな変化」を見届けている(p.273)。それをキリスト教と結びつけて考えるべきかどうかは、問題のあるところであるが、アウグスティヌスの愛の概念の考察からここまで、一本の糸がのびていることは間違いないところだろう。

最近は多数のアレント論が発表されていて、アレントのさまざまな概念の詳細な分析が展開されるようになった。しかし本書にこうした分析を期待するよりも、「生は一つのナラティブである」というアレントの生き方と思想の深い結びつきを、柔らかで豊かな文章で描きだしたところを楽しむべきだろう。

【書誌情報】
■ ハンナ・アーレント : 〈生〉は一つのナラティヴである
■ジュリア・クリステヴァ著
■松葉祥一,椎名亮輔,勝賀瀬恵子訳
■作品社
■2006.8
■329p ; 20cm
■ISBN 486182091X
■定価  3800円


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2007年09月14日

『マルチチュードの文法--現代的な生活形式を分析するために』パオロ・ヴィルノ(月曜社)

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「現代における労働の意味」

ネグリ/ハートの『帝国』以来、流行になってきたマルチチュードの概念は、政治や文化などのさまざまな次元で考察すべきものだと思うが、本書が語るように、現代における労働の概念とも切り離すことができない。著者はマルチチュード、すなわち「多数的なもの」を、「ポストフォーディズム的労働者」(p.12)のことと考える。そして自覚するかどうかは別として、それは現代の社会で生きるぼくたちのことでもあるのだ。

アダム・スミスの『国富論』の冒頭で分業の生産性の高さが称揚され、マルクスが分業における疎外を指摘していらい、ずいぶんと長い時間が経過したものだと思わざるをえない。現代でも労働が疎外されたものであることは変わらないとしても、もはや労働者の労働は剰余価値を作り出すものとしては、それほど大きな地位は占めていないのである。

現代の工場労働は、オートメーションのもとで機械の監視をするものとなっているが、この機械というものはそもそも、労働者が暗黙のうちに身に付けた技能を盗み取ることによってしか、作業を自動化することができないものだった。これは労働者の身体的な知を、科学的な知によって代替することによってしか、実現できないものだったのである。

だから現代のオートメーションの基盤となっているのは、労働者が身体的なものとしてみにつけていた暗黙知であり、労働者はたんに分業に勤しむのではなく、この暗黙知を語りだすことを求められるのだ。これはいくつかの重要な問題を提起する。一つは労働の意味が変わってきたということだ。著者が言うように「三〇年前であれば、多くの工場に次のように命令する紙が貼られていました。〈静かに、仕事中です〉」(p.172)のはたしかである。しかし今では「ここは仕事場です。話しなさい!」という張り紙があっても不思議ではないのである。

暗黙知はオートメ化だけではない。実際に作業する労働者にしか考えることのできない作業プロセスの効率化のヒントというものがある。多くの工場では、末端の労働者にいたるまで、作業の「改善」の提案をすることが推奨され、ときには強制された(そしてわずかな報償金が出された)。課長たるもの、自分の課のうちに。提案できない従業員がいるときは、みずからの発案で、または他の従業員の提案をかすめる形で、その従業員に何か提案させなければ、勤務評定に響いたものだった。

第二に、この労働者の身体的な暗黙知は、まだ顕在化されないものとして、「力能、すなわちデュナミス」(p.153)を意味するものであり、労働力とは、「実在的に存在するのではなく、可能的な形でのみ、存在するもの」なのである。これは生きた人格と不可分であり、労働者の「生」はその意味で重要なものとなる。「資本家が、労働者の生、労働者の身体に興味をもつのは、ひたすら間接的な理由からです。要するに、この身体、この生が、能力、力能、デュミナスを含んでいるからです」(p.153)。著者は「生政治」を語ることができるのは、この意味においてだけだと強調する。これは生政治を労働から分離して、「存在論的範疇に変容させてしまう」(p.239) アガンベンへの批判につながる論点である。

第三に労働者の身体がこのような暗黙知の容器として機能することから、労働者が労働時間のうちに何をしているかだけではなく、労働時間でない時間をどう過ごしているかが重要な意味をもつようになる。コミュニケーション能力を高め、表現する言葉を学び、新たな知識を獲得することが労働者の大切なつとめとまでみなされるようになる。それはたんに生涯学習だけの問題ではなく、コンピュータ・ゲームなどのエンターテインメントなど、労働者が労働時間外に何をしているかが、労働力の生産性に大きく影響してくるということである。「メディア的な好奇心とは、技術的に〈複製=再生産〉の可能な人工物についての感覚的な学習のことであり、知的生産物について直接的な知覚のことであり、様々な科学的パラダイムについての身体的な配視のことなのです」(p.180)。

だから「就労と失業のあいだに、いかなる実体的な差異」(p.196)も見出だすことができなくなる。「失業とは不払い労働のことであり、労働のほうは有給の失業である」と、著者とともに言うことができるだろう。流行のSOHOも、派遣も、アウトソーシングも、資本にとっては就労を保証することなく、潜在的な失業状態におきながら、仕事を発注するときだけにいくらかましな賃金を支払う巧みな制度にほかならない。そしてそれは実は社内での労働の意味の変動を裏返したものにほかならないのである。

労働の意味がこのように拡散し、ついには労働が国外に輸出されるようになると、労働者はつい、「国民国家を防御と見なす」ノスタルジーに駆られがちである。著者はこうした傾向に警鐘を鳴らす。グローバリゼーションとともに、「国民諸国家は、言わば、空の甲殻のように、すなわち空き箱のようになっています。そのために、人々は国民国家に感情的備給をしているわけですが、これは非常に危険なことなのです」(p.244)。これは外国人嫌いをもたらし、「嫌悪的であると同時にサバルタン的でもあるような態度」へと変容していくリスクを抱えているからだ。現代においては労働よりも消費が重要な意味をもっていると語られることもあるが、労働の現代的な意味を再確認させてくれる一冊である。

【書誌情報】
■マルチチュードの文法--現代的な生活形式を分析するために
■パオロ・ヴィルノ著
■廣瀬純訳
■月曜社
■2004.2
■259p ; 19cm
■ISBN 4-901477-09-9
■定価 2400円


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2007年08月29日

『開かれ--人間と動物』ジョルジョ・アガンベン(平凡社)

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「人類学的機械の産物」

うーん、うまいなぁ。出だしの三つの章で、一三世紀のヘブライ聖書の挿絵に描かれた天国で食事する聖人たち(動物の顔が描かれている)、動物の頭部をもつアルコンたちを描いたグノーシス派に衝撃をうけたバタイユとアセファル、人間がやがて動物になると「予言」したコジェーブと、コジェーブへのバタイユの反論という三つの補助線をサッと素描して、人間と動物の錯綜した関係を描き出す手際はみごととしか言いようがない。

そしてそこからアリストテレスの『デ・アニマ』に溯り、アリストテレスの生命の定義に注目する。アリストテレスは生命とは何かを定義せずに、「栄養の機能だけを分離」(p.28)するだけで、栄養の摂取(植物)、感覚作用(動物)、思考能力(人間)を再分節するだけなのだ。そして人間が植物人間となることがあることからも明らかなように、人間のうちにもこの三つの能力はそのまま存在していて、その一つあるいは二つに還元されてしまうこともあるのだ。

この栄養的な視点からみると、人間は「内部に存在する動物」と「外部に存在する動物」に分類できることになる(ビシャの分類)。外部に存在する動物は、真の意味の動物的な生であり、外部世界との関係を介して規定される(p.29)。これに対して「内部に存在する動物とは、意識を欠いた植物的な生であり、これは動物的な生に先だって存在し(胎児)、その後も存在するものである(老化や臨終)。この乖離が、近代医学の歴史において「戦略的な重要性」(Ibid.)をもつものであることは、臓器移植一つをみてもすぐに理解できるものである。そしてこのとき、政治権力は生の権力に転換するのである。

ということは、人間と動物を分かつ分割線が、人間の内部に移行するということであり、これはアガンベンが『残りの時 パウロ講義』で指摘した「アペレスの切断」に他ならない。この移行のもたらしたものは、人間と動物の区別、人間と非人間的なものの区別が動物学的なものでも、レヴィ=ストロースのような文化と自然の対比でもなく、人間の内部において切りわけられるということである。リンネにとっても人間を他の動物と区別できる基準は何一つなかった。ただ人間は「おのれを認識できる」(p.44)動物だということにあり、これは分類の基準としてはいかにもおそまつだ。わたしは人間だと主張する動物は、人間であるということになるからだ。

このように人間を定義し、分類する基準がなく、その内的な生命と外的な生命が分離できるものだとすると、人間は動物と対比して人間であるのではなく、人間はあるときは動物になり、あるときは植物になり、あるときは人間になることになる。ユダヤ人があるときは人間であり、あるとき人間でなくなるようにである。アウシュヴィッツの絶滅収容所は恣意的な分割線によって「人間か非人間かを決定しようとする途轍もない企て」(p.39)だったのである。

こうして人間には「固有の本性」というものが欠けていることが明らかになる。人間はロゴスをもつ動物だというアリストテレスの定義も役にはたたない。言語は人間に内的なものではなく、習得する必要があるものだ。だから障害で、あるいはまだ習得していないために言葉を話せない人々は人間ではないということになってしまうからだ。

それでも人間とは……という定義はあとを絶たない。そこで作動しているのは「人類学機械」だとアガンベンは考える。これは「人間であるものを(いまだ)人間ならざるものとして自己から排除することによって作動」するマシンである(p.59)。このマシンが作動するとき、そしてあるものを人間として、あるものを非人間として区別する分割線を引くとき、「ただ自己自身から分断され排除された--剥き出しの生」(p.60)が露出してくるのである。

この剥き出しの生を前にして、生の権力がみずからの任務とするのは、「生物学的な生、すなわち人間の動物性そのものを管理し、〈統括〉することなのである。ゲノム、グローバル経済、人道主義というイデオロギー」(p.118)が、コジェーブの語った歴史の終焉後の現代の人類が、「自分たち自身の生理学を最後の非政治的な委託として受け入れていくプロセスの、三つのたがいに連動する局面なのである」(ibid.)。

そう、ここまではいかにも巧みである。巧みすぎるというべきだろうか。ここからアガンベンはリルケとハイデガーへと補助線を伸ばしていく。「開かれ」のタイトルの由来はここからくる。リルケは『ドゥイノの悲歌』で、人間と動物を対比するが、「すべての眼で」開かれをみるのは生き物であり、人間の眼は「罠として」この開かれを取り囲んでいると歌うのである(p.87)。

これにたいしてイデガーの開かれ(Lichtung)は、「哲学が真理(アレーテイア)として、すなわち存在の非隠匿-隠匿性として思考してきたもの」(p.88)であり、人間だけが開かれのうちで真理をみるのであり、「動物はこの開かれをけっして見ることがない」のである。ハイデガーにおける動物の位置、世界に貧しい生き物の位置はデリダの批判以来というもの有名だけが、アガンベンはリルケとハイデガーを対比させながら、「動物は開かれているのでもなく、開かれていないのでもない」(p.91)ことの意味を考えようとする。

ただ読者は、この二つの対立する方向を向いた補助線が錯綜し、最後に結ばれないままにほうり出されてしまうような印象をうける。ハイデガーの倦怠の考察と、バタイユとブランショの無為の理論の分析も、どうも食い合わせ(笑)が悪いような後味をうける。補助線が多すぎで絡まったかのような印象なのだ。巧みすぎて、上手の手から水が……というところだろうか。

【書誌情報】
■ 開かれ--人間と動物
■ジョルジョ・アガンベン著
■岡田温司,多賀健太郎訳
■平凡社
■2004.7
■208p ; 20cm
■ISBN 978-4582702491
■定価 2400円


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2007年08月24日

『古典期アテナイ民衆の宗教』ジョン・D.マイケルソン(法政大学出版局)

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「民衆の宗教心の解読方法」

古典期のアテナイの民間宗教をとりだすというのは、想像以上に困難な仕事である。今から二千五百年も昔、紀元前五世紀から四世紀にかけての大衆の宗教心を解明しようとするのに、当時の文学的な仕事や哲学の著作を利用することはできないからだ。

それでもどうにかなる(笑)というところが、アテナイの文化とその記録の充実度を示すものだろう。著者がそのために頼りにする典拠は三種類である。法廷弁論、碑文、歴史家のクセノフォンの著作である(p.6)。

法廷弁論が役立つのは、裁判をするのが陪審員であり、五〇〇人のアテナイの大衆たちだからだ、陪審員がごく当然と考えているところを論拠とする必要があったからだ。「弁論者は自然に、あるいは計算ずくで、陪審員団の最大多数が容認しそうな道徳観とか宗教観を表明しようとした」(p.7)のである。

碑文は歴史的な記録であり、とくに役立つのが墓碑だ。アテナイの人々は埋葬する際に、さまざまな呪詛を書き残したり、死者が冥府の支配者に伝えるべき言葉を記しているからである。墓碑はアテナイの人々の彼岸について、死後の魂の行方についての考え方を知る手掛かりとなる。

歴史家のクセノフォンは意外な選択にも思える。喜劇作家のアリストファネスが利用されことが多いからだ。たとえばガスリーは『アカルナイ人』のディカイオポリスを、この時代の民衆宗教の記述のために活用している。しかし著者は喜劇ではあまりにデフォルメがすぎ、「滑稽で、道化であり、そうして粗野なまま」(p.11)だと考える。そしてクセノフォン「ただ一人」(p.12)が「この時代の民衆の宗教観のための最善の資料の一つ」(p.13)と指摘する。

それにたいしてソフィストや哲学者たちは、アテナイの人々に強い影響をあたえたものの、「一般民衆の宗教的態度や信仰に加えられた合理的批判の直接的なインパクトを過大評価してはならない」(p.143)というのはたしかだろう。ソクラテスは民衆とともに暮らし、議論としていたが、その批判的な精神はアテナイの民衆にとっては「新しい宗教」を導入するもののようにみえたのだから。

アテナイの民衆にとっては、もっと素朴な神信仰が重要だった。たとえばくしゃみ(笑)。「犠牲によって、生け贄の卦によって、また嚔[くしゃみ]のような前兆によって、指揮者たちも兵士たちもこれから臨む戦闘が成功するか失敗するかの明瞭なしるしを受け取ったのである」(p.24)。スパルタ軍は戦闘を開始する前に、かならず犠牲の羊で前兆を占った。だから軍隊の後を多数の羊がぞろぞろとついてきたのであり、想像してみると異様な軍隊であることがわかる。

あるいは夢。「神々は万事を知り、犠牲、前兆、予言、夢において神々が望む人にしるしを与える」(p.48)のであり、アテナイでは夢占いは儲かる商売だった。プラトンは夢占いや占卜者には批判的だが、民衆は夢や神託を信じ続けたのだった。アスクレピオスに嘆願した盲目の女性は、夢で治癒されることなどあるかと嘲笑していたが、ある夜に夢枕には神が立って、癒してやるから、「神域に銀の豚を汝の愚行の記念碑として建立すべきなり」と告げたのだった。そして碑文によると、本当にこの女性は目が開いたのだという。

かつてギリシアのポリスを結ぶ街道をドライブしていたときのこと、多数の碑文や小さな家のような碑が目にとまった。地元の人によると、その場所で事故にあって、生き延びると、神への感謝のしるしに、こうした碑を建立するのだという。古典期から変わっていないね、と笑ったことだった。

それに民衆は迷信深かった。とくに凝る人だと、正常な日常生活を送るのが困難になるほどだった。「三叉路でニンニクの花輪をつけたヘカテー像の一つでも目に止まれば、立ち去って、頭から沐浴し、女司祭を呼び寄せ、海葱と子犬とによって、自分をすっかり清めてもらう」(p.57)必要があった。そしてこうした迷信は無数にあったのである。

プラトンはプシュケーという概念によって、魂は不死であることを人々に語ろうとした。しかし墓碑からみるかぎり、人々は魂が不死であるとは考えていなかったようである。そして『国家』の最後を飾るエルの思想とはうらはらに、「死後における罰を予想する陳述は見出だされない」(p.103)。「罰は犯人の子供らにふりかかる」のであり、本人は罰をうけないのである。

古典期のアテナイはぼくたちから遠い世界のようにみえるが、その民衆の宗教心はキリスト教の世界とは異なる古代の人々の心性を教えてくれるのである。本書はさらに、古典期の哲学や文学などではなく、どのような資料から民衆の宗教心を探りだすかという手続きという観点からも参考になるだろう。

最近、宮本常一の生誕百周年ということで、民俗学にふたたび注目が集まりつつあるようだ(「未来」2007年8月号の宮本特集は面白かった)。宮本の取り残した写真なども、ぼくたちの郷愁をそそる。しかし民俗学の貴重な財産である聞き書きの利用には注意が必要だ。『遠野物語』や『聴耳草紙』に始まり、宮本常一の著作にいたるまでの聞き書きは、書き残す価値があるものと書き残す価値がないものとの峻別の上に成立している。聞き書きのいわば潜在的な政治性というものにも、ぼくたちは注意すべきなのだ。聞き書きによらずに民衆的な宗教心を描き出そうとすればどうすべきか。この本はそんなことも考えさせる。


【書誌情報】

■古典期アテナイ民衆の宗教
■ジョン・D.マイケルソン[著]
■箕浦恵了訳
■法政大学出版局
■2004.4
■154,56p ; 20cm
■ISBN 4588007920
■定価 2600円


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2007年08月21日

『民衆防衛とエコロジー闘争』ポール・ヴィリリオ(月曜社)

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「われら哀れな人質たち」

現代のいくつかの出来事は、ぼくたちがある種の戦争状態に置かれていることを示している。想定を数倍も上回る揺れに見回れ、いまだに格納容器を開けることもできず、IAEAの検査官から「寿司を食べた」という安全の「保証」(笑)をもらうことくらしかできない新潟の原子力発電所の地震被害は、ぼくたちが日本という国土に暮らしながら、ある種の人質にされていることを二重の意味で示す象徴的な出来事だった。

まず第一に、日本の住民は放射能という目に見えないエネルギーの潜在的な脅威にされされているのであり、発電手段である原子力発電所は、ぼくたちの生命をすぐにでも奪ってしまうことのできる装置であることを示したのだった。原子炉の温度計がすべて作動しなくなるような状況において、原子炉が停止しなかったならどうなっただろうか。暴走したらどうなっていただろうか。クレーンが落下していたら、どうなっただろうか。

地震の巣の上にいるぼくたちは原子炉の人質となって暮らしているようなものなのである。こうした事態をヴィリリオは「市民は既に武器システムの脆弱な人質でしかなかった」(p.57)と指摘する。それは核兵器などの武器システムだけに限らないのであり、原子力発電所一か所の攻撃や事故でも同じ効果を発揮することができるのだ。

一方でヴィリリオは、ドイツでは数年前に大気汚染に関する警戒のシミュレーションが行われ、ルール河域の住民は恐怖に陥れられたことを指摘している。テレビで虚構の破局的な画像が流され、「数時間にわたって地域全体の住民を自宅に釘づけにすることに成功した」(p.69)。今回の事故ではパニックは起きなかったが、報道次第では住民の脱走とパニックが発生しかねなかった。「市民がラジオのスイッチを入れ、TVをコンセントに繋ぐように訓練されていさえすれば、市民を襲撃するのには、もはや軍事体」は必要ではないのである(p.69)。

さらに中国発の汚染食物の報道は、日本では現実的な被害は明らかにされていないが、ペットを含めて、すでに多数の生物が影響をうけている可能性がある。さらに中国の過半数の州で発生している致死性の豚ウィルスも不気味だ。ぼくたちは食物の供給という側面でも、世界有数の食料供給国である隣国の検査体制、実際には政治体制の「人質」となって暮らしていることになるのである。

全体戦争は、第一次世界大戦から始まったとされている。しかし現実的には国民国家の成立の時期、ナポレオン戦争において「軍隊・文明をヨーロッパの隅々まで連れ回す」(バルザック)(p.24)営みの中で、革命の成果が流産され「市民的思考は溺死」した瞬間から、国民の動員体制が確立されていたのであり、すでに全体戦争に近いものが始まっていた。

やがて戦争において重要なのは、兵士ではなくなる。兵士は損耗するのであり、維持する必要があるからだ。そして技術的な装置が兵士そのものよりも重要なものとなり、「軍隊・国家による、純粋な力の、純粋エネルギーの追求」が優先されるようになる。「プロレタリアートの決定的な歴史的役割は、ヒロシマの閃光とともに終わった」(p.27)のかもしれないのである。そしてそのことは、すべての国民が一種の消耗品として、国家の純粋な力の人質となっていることを示すものなのである。

その一方で、人質とされた住民の管理の方法はますます洗練され、高度化している。一例をあげよう。前回ヨーロッパを訪問した際には、パリのメトロでは改札口が実質的に姿を消し、ベルリンでも駅は開かれ、誰もが入れる場所となったことに感心した。しかし開かれたのはプラットフォームまでである。電車に乗る人は、プラットフォームにあるマシンで切符を購入してパンチをいれておかないと、検札でひどい目にあう。駅員ではなく、警察官のような体格の二人組の検札官が回ってきて調べるからだ。違反者はまるで犯罪者のように、電車から運びだされて、取り調べられるのだ。

駅は解放されたようにみえる。しかし実際には「旅客は無賃乗車は、遥かに深刻な違反行為、襲撃・破壊行為と同列に置かれる」(p.94)のであり、駅の入り口ではなく、電車の中でコントロールするという方法で、人々のアイデンティティの調査と、規律の強化がさらに効率的に、しかも厳密に進められるようになるのである。これは一例にすぎない。年金記録の喪失を逆手にとって、国民背番号制の導入が新たに検討されるなど、さまざまな場所でこうした管理と規律の強化は進みつつある。出版時期はかなり前のことになるが、ヴィリリオのこの書物はまだまだアクチュアルである。

【書誌情報】
■民衆防衛とエコロジー闘争
■ポール・ヴィリリオ著
■河村一郎,澤里岳史訳
■月曜社
■2007.1
■117p ; 18cm
■ISBN  9784901477307
■定価  1800円


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2007年08月14日

『哲学者たちの動物園』ロベール・マッジョーリ (白水社)

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「動物から考える哲学」

本を手にして、思わず笑ってしまった。実はまったく同じ内容の企画を立てたことがあったからだ。新約聖書の四福音書の著者に、それぞれ象徴となる動物がいるように、哲学者たちもまた動物を思考の同伴者とすることがあり、それぞれの哲学者にとって象徴的な動物がいるのだ。その動物との関係から、その哲学者の思想を考察するというのが、そのときのぼくの企画だった。

提案した編集者があまり乗り気にならなかったためにボツになったが(ボツになったぼくの企画は実に多い(笑))、この本はまさにその試みを試したものなのだ。「フランスでも好評で、いろんな新聞・雑誌で紹介されていた」という訳者の紹介を読むと(p.174)、あの企画、実現させておけばよかったかと思わないでもない。原著が二〇〇五年刊行で、ぼくの企画は数年は溯っていたからだ(笑)。

もちろん哲学者ごとにあげる動物の候補はさまざまであり、ドゥルーズ/ガタリに「マダニ」が出てくるのはごくまっとうな選択だが、リトルネッロを歌うシジュウガラだって、二人の哲学のユニークな性格を示すためには適切なものだろう。とくに領土化と脱領土化の概念は、野鳥の歌でこそ、はっきりと示せるのだし、ダニはどちらかというとユクスキュルのをそのまま採用しているからだ。ドゥルーズ/ガタリの「反・動物」として飼い犬をあげるのもおもしろかったに違いない。

それにわけのわからない(笑)動物もいる。ディオゲネスと蛸は変ではないか。プラトンが人間を「羽のない二足歩行動物」と定義したことを聞いて、鶏の羽根をむしって講義の場に投げ込んだディオゲネスのことだから、鶏のほうがよかったのではないか。それにビュリダンのロバ、ゼノンの亀は、あまりにまっとうすぎるのではないか。あるいは犬はレヴィナスの思想とはすこしすれちがってはいないか。まあ、これはいちゃちもんのたぐい(笑)。

プラトンの動物として白鳥をあげたのは秀逸だろう。プラトンは白鳥が死の間際に歌う歌がすばらしいという言い伝えを例にとって、それを死を恐れるのは根拠のないことだと説明するのだ。プラトンの、ソクラテスの論拠はこういうものだ。「どんな鳥も、お腹が空いたり、寒かったり、何かの痛みに苦しんでいるときに歌ったりするものではない」(p.129)。白鳥はアポロンの鳥であり、予知能力に優れている鳥である。だから「ハデスのもとで見出だすであろうさまざまな徳のことを予知して、まさに死なんとするその日、されまでのどの日にもまして、歌い、喜ぶのだ」(p.130)。

もう一つ、巧みな例をあげておこう。キルケゴールの二枚貝(ヨーロッパザルガイ)。「ぼくの人生とは一体なんなのだろう。疲労と苦痛でないとしたら」と嘆くキルケゴールは、みずからを二枚貝に譬えてみせる。「一人の子供が、棒切れを殻のあいだに滑りこませる」。子供は遊んでいるつもりだ。やがて子供は飽きて棒を引く抜く。貝はしっかりと殻を閉じるが、中に破片が残ってしまう。貝には破片を引き抜くことができない。この棘の存在は、誰も知ることができない。しっかりと殻は閉じているからだ。「そして貝だけが、そのとげの存在を知っているのだ」(p.90)。

三五人ほどの哲学者とその対となる動物のペアの記述はスマートで、気軽に読める。三ページほどで終わってしまう哲学者もいて、あっさりしすぎるところもあるが、予想外のペアに驚かされることもある。ぼくにはドルバックの狼が意想外だった。手に取って、楽しんで読んでいただきたい。


【書誌情報】

■哲学者たちの動物園
■ロベール・マッジョーリ (著)
■國分 俊宏 (翻訳)
■白水社
■2007/07
■189ページ
■2,310 (税込)
■9784560024607


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2007年08月07日

『エロイーズとアベラール : ものではなく言葉を』マリアテレーザ・フマガッリ=ベオニオ=ブロッキエーリ(法政大学出版局)

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「伝説のカップル」

アベラールとエロイーズ。ルソーの『新エロイーズ』にいたるまで、西洋の人々の心をかき立てた伝説のカップルの物語は、二人の書簡を収録した一冊の書物『アベラールとエロイーズ』として残されている。ただしこの物語は、「あまりにも美しすぎる」(p.240)ために、「真実であるはずがない」(ibid.)として、さまざまな「かんぐり」の対象となってきた。

しかし最初のアベラールの自伝的な第一書簡から、「彼女の主いなむしろ父、彼女の夫いなむしろ兄弟であるアベラールへ、彼の婢いなむしろ娘、彼の妻いなむしろ姉妹であるエロイーズより」(『アベラールとエロイーズ』畠中尚志訳、岩波文庫、七三ページ)で始まる二人の書簡を読んでみれば、偽作や仮構などという議論は、ほとんど力を失ってしまう。

著者が指摘するように、このような手紙を書ける人物をほかに探すとすれば、若いときからフランスじゅうに文学と学問の教養の高さで鳴り響いていたエロイーズよりも優れた女性と、アベラルドゥス以上に優れた才能のある「われわれがその名前すら知らない恐るべき文学の天才」(p.253)を想定しなければならなくなるのである。

ただ本書で興味深いのは、二人の物語について書こうとする多くの書物が小説仕立てになってしまうことを避けて、アベラールの学問的な立場をしっかりと追跡しながら、その対立者との違いも明確に語っていることだろう。たしかにエロイーズ、修道院長としてのつとめを忠実に果たしながらも、神を恨んでいた女性、神に愛され裁かれるよりもアベラールに愛され裁かれることを望んでいたエロイーズは、魅力的な人物だ。しかし愛の物語の背後にある知の物語も大切なのだ。

アベラールの最大の敵だったのは、偉大な修道院長だったベルナール(ベルナルドゥス)だった。二人はきわめて対照的な人物だったのだ。アベラールは論理学と修辞学を重視し、議論では弁証法を駆使する。これにたいして「論理学を神学に適用することは、ベルナールに言わせれば、口では言い表せない真実を語るための、さらにひどいことに〈広場で話す〉ための気休めと言訳にすぎなかった」とベルナルドゥスは主張する(p.206)。

アベラールが愛したのは議論を展開する大学であり、都市であった。ベルナールが愛した場所は「修道院の静かな空間」だった。アベラールは身辺に配慮した。人間の自然な欲求は罪となるものではなかった。食欲や性欲を含めて、「人間の自然本性的快楽は何であれ、罪に帰せられるべきでは」ないものだった(アベラルドゥス『倫理学』。『前期スコラ学』平凡社、五四〇ページ)。これに対してベルナールは「自らの肉体を軽視するまでに本能をおさえつける。規律を重んずるあまり病にいたるほどであった。ほかの僧侶たちと同様、肉欲はたちきり、髪は伸び放題、体は洗わず、衣服はしみだらけで悪臭を発していた」(p.207)。

アベラールは聖書の「言葉を分析して詳細に検討した」が、ベルナールにとっては聖書とは「祈りを促す書物」(ibid.)だった。アベラールにとっては学問は「神から授けられた道具」だったが、ベルナールにとっては「慈善」(p.208)にすぎないものだった。

この二人が対決し、ベルナールはアベラールの書物から糾弾すべき点を列挙して、公会議を開催する。キリスト教のカトリックの伝統からは、ベルナールのありかたや思想が正統なものであり、アベラールの欲望の理論、人間の自由意思論、聖霊を軽視する三位一体論神学よりも哲学を重視する姿勢などは、最初から旗色が悪い。そしてアベラールを弁護する人物はいない。ローマ教皇は一一四〇年七月一六日、「邪悪な信仰を作り上げたキリスト教の敵ピエール・アベラール」に有罪を宣告し、修道院への幽閉が命じられるのである(p.219)。

しかし幸いなことに、アベラールはクリュニュー修道院に理解者ペトルス・ヴェネラビリスをえて、この地で息を引き取るまで余生を過ごすことができる。アベラールが死ぬと、この修道院長は遺体をエロイーズの修道院まで運んで、悼みの言葉を述べるのである。そしてエロイーズを、「あなたはその賞賛すべき学問研究によって、すべての女性に優り、ほとんどすべての男性を完全に乗り越えたのでした」(ペトルス・ヴェネラビリス「書簡集」。前掲の『前期スコラ学』六五四ページ)と称えただった。

アウグスティヌス以来、そしてヒエロニュムス以来、夫婦の愛と性愛を否定的に捉える西洋のキリスト教道徳の流れの中で、アベラールの思想は異端的な要素を含むが、それだけにこの稀有な記録が輝いてみえる。アベラールは自分の思想を根拠づけるために「二重の学問」、論理学と神学の二つの道という弁明をしていた(p.105-6)。

そしてそのためには、「対話の有効性を明確に認識しようとする」唯名論が役立つったのもたしかだろう。言葉は厳密で信頼できる道具となるが、「それは人間が認識しえた自然界の事物、個々の事物を指示するにとどまる」(p.104)のであり、普遍的な実在という概念は形而上学のものであり、論理学のものではないと主張することができ、自分の領域を明確に確定することができたからである。

本書は、二人の純愛をたどりながらも、その背後にある中世という時代の特異さを示そうとすることにおいて、エロイーズを重視する類書とは違うところをみせている。訳者の指摘するように、中世において「神のために」と思ってしたことは何ひとつないとエロイーズが断言していたことは、「挑発的」(p.256)ではあるが、だからといって「本書の主人公は、アベラールよりも、ひたすらエロイーズなのだ」(p.255)とは思えない。もちろんタイトルは『アベラールとエロイーズ』ではなく、『エロイーズとアベラール』ではあるが(笑)


【書誌情報】
■エロイーズとアベラール : ものではなく言葉を
■マリアテレーザ・フマガッリ=ベオニオ=ブロッキエーリ[著]
■白崎容子,石岡ひろみ,伊藤博明訳
■法政大学出版局
■2004.6
■258,41p ; 20cm
■叢書・ウニベルシタス ; 630
■ISBN  4588006304
■定価  3800円


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2007年08月03日

『イエナの悲劇 : カント、ゲーテ、シラーとフィヒテをめぐるドイツ哲学の旅』石崎宏平(丸善)

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「フィヒテの旅路」

一九世紀末から二〇世紀の初めてにかけてのドイツは、人々の才能が沸き上がるような異例な時期だった。ゲーテがおり、シラーがいるだけではない。カントもまだ生きているし、フィヒテ、シェリング、ヘーゲルとドイツ観念論の土台を構築する人物が輩出する。

そしてその周囲を、ヘーゲルにも強い影響を与えたヘルダーリンや、ノヴァーリスやシュレーゲル兄弟などのドイツロマン派の人々が取り囲む。そしてこの時期はアレントが描いたラーヘルだけでなく、ドイツでフランスのような女性のサロンが登場した稀有な時期でもある。このサロンの伝統はその後はほとんど姿を消してしまうのだった。

本書『イエナの悲劇』は、この沸き立つように時期のイエナに集まった人々のうちで、とくにフィヒテに焦点を合わせながら、フィヒテを取り囲む人々と、フィヒテの「悲劇」を描こうとするものだ。もっとも悲劇といっても、ヘルダーリンと「ディオティマ」のような悲劇ではない。フィヒテが誤解と妬みとみずからの強情さのためにベルリン大学を追われるわれる事件にすぎない(そしてそれを最終的に決定したのはゲーテだった)。それでもこの当時の人々の異才と異能はありありと伝わってくる。

フィヒテ自身がその異才の人物だった。哲学を学んだこともないフィヒテが小遣いかせぎにカントの理論を教えるために、カントの哲学書を読み、その論理を学びとっていく。そのうちにフィヒテはカント哲学にのめり込み、みずからその論理を延長する書物『あらゆる啓示の批判の試み』を書き上げる。そしてカントにこの論文をみせる、カントは大いに称賛したのだった。そして旅費を無心するフィヒテにたいして、この論文を印刷させるという別の意味での援助を与えることにするのである。

カントの宗教論が待たれていた時期でもあって(p.47)、匿名で出版されたこの論文はカントの書いた論文だと誤解され、大評判になる。もちろんカントはこれを否定して筆者の名前を明かにするが、カントがこの論文を支持したこと自体が、フィヒテには大きな力になったのだった。

考えてみると、これはカントの論理がいかに新しいものであったかと同時に、その思考がいかにその時代において求められていたかを示すものである。まったく新しい枠組みを示された読者は、自分の力で考えるだけで、哲学以外の分野でも、カントの論理を適用して、新しい理論を構築することができるようになったのである。カントの直後から、カントの思考方法で、カントと違うことを考えるのが流行になる。そしてシェリングもヘーゲルも、カントはもう古いと言い出すことになるのだ。少なくとも最初は、カントの論理の力に依拠しながらである。

ともあれゲーテはこの評判を聞いて、ラインホルト(カント批判で有名な哲学教授だ)が去った後のイエナの哲学教授に、フィヒテを招くことになる。ゲーテは備忘録において、フィヒテがその著作の中で「高邁ではあるが、おそらく極めて不適切に、重要な道徳的対象並びに国家的対象について明らかにした」と評している(p.66)。シラーもまたラインホルトの後任のフィヒテについて「きっと非常によい掘り出し物でありましょう。しかも少なくとも精神の内容から言って、交代以上のものでありましょう」(ibid.)と評価したのだった。

イエナでフィヒテは、カントの哲学をすぐに「脱構築」し始める。そして自我を基礎とした知識学の体系を構築するようになる。すべての学の体系の根本に自我を措定するこの奇妙な弁証法の体系には、スピノザの汎神論を思わせるところがあった。ヘルダーリンがすぐに「彼の絶対的自我(それはスピノザの実体に等しい)は、あらゆる実在性を含んでいる。絶対的自我がすべてであり、それ以外は無である」(p.84)とその匂いをかぎつける。この汎神論的な要素と、フランス革命に対する強い支持のために、フィヒテはやがてイエナを去らざるをえなくなるのだ。

フィヒテはこうしてベルリンに移り、シュレーゲル兄弟と交わりを深め、ドイツロマン派の理論的な支柱のような役割をはたし始める。本書の後半は、このベルリン時代のフィヒテとロマン派の理論家たちとの交流、そしてこれらの理論家のパートナーだったり、親しい人々だったりする女性たちのサロンでの活動が描かれことになる。この時期は多数の人々が登場するだけに、少し描き込みに欠けるところがあるが、全体の見取り図としては、イエナの哲学の世界とベルリンのロマン派の世界を結ぶ役割をはたしたフィヒテを中心に描くというのは、適切な着眼点だったろうと思う。


【書誌情報】
■イエナの悲劇 : カント、ゲーテ、シラーとフィヒテをめぐるドイツ哲学の旅
■石崎宏平著
■丸善
■2001.5
■210p ; 19cm
■ISBN  4621060929
■定価  1900円


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2007年07月23日

『アッシジのフランチェスコ : ひとりの人間の生涯』キアーラ・フルゴーニ(白水社)

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「修道士らしからぬ修道士」

サンフランシスコにいたるまで、西洋ではフランシス、フランシスコなどの名前は好まれているが、その由来はアッシジのジョバンニ・ディ・ベルナルドーネという名前の息子を、商人だった父親がフランチェスコ(フランス人)と呼んだことに始まる。これは当時は「変わった、稀な名」だったらしい(p.22)。

この息子はやがて成長すると、騎士になろうとするが、途中で回心し、「らい施薬院を訪れ」、患者の病んだ手に「接吻し、施しを行い、自身を抱擁してもらう」(p.47)。聖書に書かれてあるイエスの命令に従って、かつての使徒と同じように行動することに決めたのである。

彼は「使徒の仲間となって、まだ何の仕組みもないまま師イエスと歩んでいた彼らといっしょに時を過ごした」(p.82)のだった。フランチェスコが仲間として迎える基準としたのは、「誰だろうと真にキリスト教徒となるために必要なのは、ただ福音の言葉である。唯一の尺度は、神の子でありそれゆえに人間の兄弟であるキリストの足跡をたどるかどうかであった」(p.89)。

しかしそれは今から考えるほど、容易なことではない。この一二世紀末の時期には、キリスト教の制度としては、聖職者になるか、修道院に入らなければ、教えを説くことは許されなかった。フランチェスコは後に助祭にはなるが、生涯の重要な時期を平信徒として過ごしていた。平信徒が教会の外部で教えを説くことは、危険な行為であり、教会から厳しく禁止されていたのだった。

この時期に登場するフランチェスコ会とドミニコ会の二つの托鉢修道会は、この平信徒が教えを語りたいという要求を表現したものだった。「能動的で熱烈な信仰生活を激しく求める平信徒」たちの願いは、それまでは教会は、つねに「異端として断罪」(p.80)されてきたのである。

フランチェスコの試みは、こうした教会のかたくなな態度を改めさせて、新しい潮流を受け入れさせることにあった。これはローマ教皇と会見し、夢のお告げによって、運動が承認されるという「奇跡的な」出来事によって成就することになる。しかし一方では、フランチェスコは、制度として確立していくフランチェスコ会に逆らい、初めの思いに忠実であろうと願うのだった。自らの運動が、修道会として確立することを願いながら、その修道会が制度として自分の最初の気持ちを裏切っていくのを空しく見守るというのが、彼の苦悩の一生だった。

同時期に登場したドミニコ会は戦闘的な知識人の集団だった。「異端と戦っていた当時の教会は、教会の戦列に加わる知識人を必要とし、そのために書物を重視するドミニコ会の方針を支持していた。カタリ派を中心とする異端の主張に執拗な反駁を加え、断固として打ち負かすことがドミニコ会の主な活動だった」(p.89)。しかしフランチェスコにとっては、「高価で贅沢な品である書物を所有することは、いっさいの物を捨て去り、完全な貧しさの中に生きる」という理想に反するものだった(Ibid.)のである。

その貧しさを象徴するのは、食事だった。兄弟たちは、「労働とひきかえに、生きるのに必要なだけの食べ物を受け取ることができた」。ただし余った分を翌日の分としてとっておいてはならなかった。「次の日に食べる豆を前の晩に水に浸すことすら禁じられた」(p.93)のだった。ドミニコ会の明快な活動方針と比較して、このような無欲さを原則とするフランチェスコ会の運動がどれほど矛盾と困難に満ちたものかは明らかだろう。

それだけにフランチェスコの生涯にはさまざまな「物語」が登場する。知識や教義では表現できないものを、ある種のアレゴリーの手段によって表現するしかないからである。たとえばローマを訪れたフランチェスコは、教皇から口頭で会の素朴な原則を承認してもらうが、町で説教しても、誰も耳をかそうとしない。そこでフランチェスコは、「ローマのまちを見捨てると、野の動物や空を飛ぶ鳥たちにキリストの言葉を告げに行くといって、人々を戸惑わせた。……フランチェスコが自分の話を聴くようにと鳥たちに求めると、すぐに鳥たちは従った」(p.124)という。

動物たちと語ることができるといういうのは、原罪以前のアダムの状態に戻るということであり、古代末期の砂漠の修道士たちの間でも一つの理想的なイメージであった。フランチェスコがこのような業を行ったということは、その聖性を示す手段にほかならない。死の直前につけられたという聖痕もそのようなアレゴリーである。両手と両足、それにわき腹に傷の痕がついたのである。これはフランチェスコがキリストの蘇りであることを象徴するものとなる。

しかし著者も指摘するように、「ボナベントゥーラは聖痕を神の刻印とすることで、これを誰にも到達できない完璧なものにしてしまった。肉体にキリストの傷を帯びたことによって、フランチェスコはよりいっそう崇敬すべき聖人となったが、まさにそのために、兄弟たちはフランチェスコに倣い、彼のやっかいな言葉やその信仰生活の計画を守る義務がなくなってしまった」(p.198)のだった。これもまたフランチェスコの生の逆説を示すものだろう。

フランチェスコは世界の多くの人々に愛され、その伝記の数も驚くほどである。日本でも下村寅太郎が『アッシジの聖フランシス』という伝記を発表しているだけでなく、多数の関連書が刊行されている。フランチェスコはたんに聖人というのではなく、どこまでも素朴で、司牧者くささの少ない愛すべき性格をそなえていたからだろう。

本書には中世史家のジャック・ル=ゴフが序文を寄せ、その内容を賞賛しているが、ル=ゴフも指摘しているように、フランチェスコの逸話でとくに好ましく感じられるのは、死の直前に昔の親しい女性の友人に、「アーモンドと小麦粉、蜂蜜で作られたモスタッチョーリという小菓子」(p.9)を持ってきてほしいとねだっているところだろう。歌を愛し、つねに笑っていることを好んだという修道士らしからぬ逸話も心温まる。

■アッシジのフランチェスコ : ひとりの人間の生涯
■キアーラ・フルゴーニ著
■三森のぞみ訳
■白水社
■2004.12
■266p ; 20cm
■ISBN  4560026025
■定価 2600円


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2007年07月11日

『マイモニデス伝』A.J.ヘッシェル(教文館)

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「アリストテレスと聖書の結婚」

マイモニデスは、ユダヤ思想家として名高いが、これまではぼくの知る限りでは邦訳もなく、どんな思想的な環境で思索を行っていたのか、少しぴんとこなかった。しかしキリスト教の哲学に大きな影響を与えた人物である。

リベラは「ラテン語圏のキリスト教哲学の重要な源泉となった」マイモニデスの影響について、こう語っている。「トマス・アクィナスは神の存在証明の三番目を彼から借り、アルベルトゥス・マグナスはアラブの哲学者に対する批判の一部を、マイスター・エックハルトは「哲学者の自然的理性による解明」という発想を借りた」(アラン・ド・リベラ『中世哲学史』阿部一智・永野潤・永野拓也訳、新評論、二七一ページ)。

このユダヤ人の哲学者であるマイモニデスは、イスラーム世界のうちで改宗を強いられたユダヤ人たちの思想的な支えとして思索を展開していた。当時のアフリカ北部からスペインにかけては、ムワッヒド朝帝国の支配下にあり、「アトラス山脈からエジプト国境に至るムワッヒド朝帝国中の、さらにスペイン国内の、シナゴーグと教会が破壊され」、「ユダヤ教徒は、殉教死することを望まないならば、イスラム教に改宗するか、他国へ移住するしか道はなかった」(p.15)。

ユダヤ人は表向きは改宗して、家の中でこっそりとユダヤ教の慣例を守ることができたが、「共同体内で祈祷することは死を意味していた」(Ibid.)。そのような状況において、モロッコの共同体では、「ある権威あるラビ」のレスポンサが発表された。それは「ひそかにユダヤ教のすべての義務と律法を厳格かつ誠実に遵守しているとしても」、背教者であり、「涜神の罪を犯している」(p.23)と非難するものだった。この声明に従う限り、ユダヤ人はイスラームの世界では暮らしていけなくなる。これはユダヤ人にイスラーム教への改宗を迫る逆効果を発揮したのだった。

このレスポンサに反論を示したのがマイモニデスの父親であり、これをうけついでマイモニデスはイスラーム世界で暮らしていくユダヤ人たちのために思想的な基盤を提供したのだった。マイモニデスはそのためにアリストテレスの哲学と、当時のさまざまなイスラームの哲学を研究し、「ユダヤ民族の存続そのもの」(p.58)が脅かされている事態に対処するために、タルムードを研究し、混乱に陥っているタルムード解釈を整理して、巨大な律法集を作りあげる。

それが「ミシュネー・トーラー」であり、「この一冊だけで、モーセからタルムードの完結に至るまでのすべての制度、慣習、規則の完全な集大成」となるものを目指したのである(p.113)。この書物はユダヤ人の世界で大きな反響を生み、マイモニデスはユダヤ世界の思想的な権威者となり、「最高裁の裁判所」にも相当する役割を果たすようになる。

マイモニデスは医者としても優れた手腕を発揮し、やがてスルタンの高官に招聘されて、宮廷のお抱え医者として働くようになる。要請されて多数の医学的な文章も発表しているが、そのために費やされた無駄な時間は、彼の研究に大きな障害となったのだった。

このようなイスラーム世界におけるユダヤ人共同体の思想的な指導者となったマイモニデスだが、派閥を形成することを嫌い、孤独な暮らしを好んだ。ただ一人、弟子いりをした人物がいた。この人物は聖書のアレゴリー的な解釈や形而上学的な解釈に熱中し、マイモニデスに学ぶことを願ったのだった。マイモニデスはその熱心さに感銘をうけて、ただ一人の弟子としてこのヨセフ・イブン・アクニンをうけいれ、息子と同じように愛しながら教えた。マイモニデスの哲学的な主著の一つとして残されている『迷えるもののための道案内』はこの弟子のために書かれたものである。

ユダヤ思想においては、レヴィナスが語っているように、師との対面のうちに学ぶ伝統がある。師は弟子の思想的な状況を完全に把握し、そしてその者にとってもっとも必要なことを教え、道を示すのである。この書物もまた弟子一人のために書かれたものではあるが、それは同時に、すべてのユダヤ人の思想的な導きとしても構想されたものだった。

しかしマイモニデスはこの書物が真剣にユダヤの思想を学ぶすべての人にとって、「道案内」となることを同時に目指していた。この書物で目指したのは、「宗教に対する懐疑に光を当てる啓蒙書であること、大衆の悟性から遠ざけられている秘め画された教えの真の意味を究明する」(p.243)ことだった。同時にユダヤの宗教だけでなく、イスラーム哲学を含む哲学と宗教との深い結びつきも明らかにしようとする。これは「聖書とアリストテレスの結婚」(p.249)を目指す書物なのである。

とくに問題になるのは世界創造論だったが、アリストテレスは世界は永遠であり、無から創造されたものではないと主張する。これにたいしてマイモニデスは、アリストテレスの主張はいかなる証拠にも依拠するものではないと反論する。そして「世界は永遠であるという見解から存在者は必然的に神に由来するという命題が結論される」(p.178)と主張するのである。マイモニデスがここで展開した神の存在証明は、アリストテレスの哲学が導入された後のキリスト教の哲学に大きな影響を与えることになる。

さらにマイモニデスはアリストテレス以来の「能動知性」と「受動知性」の概念対を使いながら、知識人論を展開する。知識人は神的な能動知性からの影響の度合いで主として三つに分類される。第一は賢者であり、これは論理的な能力において、能動知性から大きな影響を受けたが、想像的な能力では影響を受けることがなかった人々である。第二は政治家、詩人、占い師などであり、想像的な能力では影響をうけたが、論理的な能力では影響をうけていない人々である。第三が預言者であり、想像的な能力と論理的な能力の両面で強い影響をうけた人々である(マイモニデス『道案内』英訳版、第二部三七章)。こうした弁証法的な分類方法は、後の西洋にもうけつがれることになる。しかし預言者と能動知性。いかにもアリストテレスとユダヤ思想の「結婚」ではある(笑)。

著者の若書きであり、わずか一ケ月で書かれたというだけあって、書物の構成にかなり無理があり、反復や論旨の混乱があったりするが、これまで遠い人物であったマイモニデスの日常と、その思想的な課題、思考の道筋などが紹介されているのはうれしいことだ。

【書誌情報】
■マイモニデス伝
■A.J.ヘッシェル著
■森泉弘次訳
■教文館
■2006.7
■342,4p ; 20cm
■ISBN 4764266601
■定価  2800円


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2007年07月03日

『生のものと火を通したもの』クロード・レヴィ=ストロース(みすず書房)

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「待望の神話分析の一冊目」

レヴィ=ストロースの『神話論理』の邦訳の刊行がやっと始まったことを祝いたい。原著が一九六四年の刊行であるから実に四〇年後の翻訳出版ということになる。ぼくは半ば諦めて、安価に入手できる英訳本四冊をセットで購入していたが、やはり日本語は読みやすいし、動物の名前など、英語ではかなり面倒だった。最後まで順調に刊行されることを願っている。

レヴィ=ストロースの神話解読の方法の概略は、『構造人類学』などでも示されていたが、ここにやっと本格的な分析が手にできることになった。レヴィ=ストロースは本書ではそれを音楽のコードとの類比で説明している。それぞれの章も「主題と変奏」(これは「ポロロの歌」「ジェの変奏」「行儀作法についてのソナタ」「短い交響曲」「五感のフーガ」「オポッサムのカンタータ」で構成される)、「平均律天文学」(これは「三声のインベンション」「二重逆転のカノン」「トッカータとフーガ」「半音階の曲」で構成される)、「三楽章からなる田舎風の交響曲」(これは「民衆的な主題にもとづくディヴェルティメント」「鳥たちの合唱」「結婚」で構成される)と、まるでCDのリストのようだ。それでいて、きちんと内容とあったタイトルになっているから、レヴィ=ストロースはタイトルをつけながら、実に楽しんだのだろう。

レヴィ=ストロースが神話研究でとくに注意したのは、「ユング主義」にならないようにしたことだった。ユングはさまざまな神話を収集し、分析しなから、人間の集団的な神話的に心理を描き出す象徴を探しもとめようとする。レヴィ=ストロースが試みたのは、「神話の機能に絶対的な意味を与える」ことを避けることだった(p.82)。ユング主義の問題点は、神話のレベルを超越したところで、意味をみつけようとすることだ。それに神話の外に何からの制度を発見しようとする通例の試みも不適切なのだ。

というのも「象徴に固有で不変の意味があるのではない、象徴はコンテクストから独立してあるのではない。象徴の意味は何よりもまず、それが置かれている場によって決まる」(Ibid.)からである。レヴィ=ストロースはまた神話における水の意味を考察しながらも、「わたしは一瞬たりとも水の原型的な象徴の助けをかりなかった」と強調する(p.270)。重要なのは人間の心のうちに集団的に潜む象徴の意味ではなく、「形式的同型性」だからである(p.271)。

レヴィ=ストロースはさまざまな神話の語っている内容や意味ではなく、それぞれの要素がその神話で果たしている役割と機能の共通性を調べようとする。それぞれの神話の語る意味だけを考えると、「神話というものはたんなる寄せ集めにすぎない」ことになる。しかしその構造と機能に注目すると、まったく異なる神話にみえたものが「同じひとつの神話」であり、「そのひとつひとつが、あるひとつのグループの内部でおこなわれた変形の産物」(p.200-201)であることを指摘できるようになるのだ。それぞれの社会の制度や環境や風土におうじて、それにふさわしい変形が行われるのであり、その操作の手つきを指摘すれば、同じ神話に還元することができるのである。

たとえば人間の寿命の短さを示すいくつかの神話がある。これらの神話をその要素の機能から分析していくと、「見かけは非常に異なるが……同じメッセージを伝えており、相互の違いは使っているコードの違いにすぎない」ことがわかる(p.238)。使われているコードは、人間の五感であり、目、耳、舌、皮膚、鼻のそれぞれの機能が可能なかぎりですべて使われている。そのうちでも特権的な地位を与えられているのが舌、味覚のコードであり、「他のコードが味覚のコードのメッセージを翻訳すること」が多い。

この神話で味覚のコードが重視されるのは、人間の寿命の短さの神話は、「火つまり料理の起源の神話」がその入り口の役割をはたしているからである。料理は自然から文化への移行を意味するだけでなく、人間の条件を定義するために最適な営みであり、象徴だからである。

レヴィ=ストロースの探しだそうとしている神話的な思考の基本的に特性は二つある。第一の特性は、神話の統辞法は、自らの規則の範囲内でも完全に自由ではないということである。神話は「地理的および技術的下部構造の制約」(p.346)をうけるからである。形式的には可能なヴァリエーションであっても、その民族の風土や制度、その技術などから、最初から「決定的に排除」されてしまうものがある。

たとえば天の川は暗い天空の中の星の集まりとみることも、無数の星から蛇が食べてしまったところが残っているのだと考えることもできる。蛇に食べられたところは最初から不可能であったところであり、そこに何があったかは、別の民族の神話と比較しなければ、読み取ることはできないのである。レヴィ=ストロースは完全な絵と、「打ち抜き機」で穴をあけた絵の比喩でこれを説明する。

第二の特性は、外部からのこうした干渉や毀損にもかかわらず、神話の意味するものの体系は、もとの意味を保持しようと抵抗するということである(Ibid.)。「それらの意味するものは不在の項が占めていた場を描きつづける」のである。この二つの特性は補完しあうと同時に対立しあう。この力関係から、元の絵を再構成できるのである。

レヴィ=ストロースは最初に基準となるボロロの神話(M1)を語るが、その神話のうちで何の意味もないと思われていた要素が、遠く離れた場所で暮らす民の神話で解読できるようになることも多いのである。この書物ではM187までの神話が考察されるが、突飛な想像力の働きのように思えた物語が、精密なコードで、自然と文化の対立、「生のものと火を通したもの」の対立の物語を描いていることがときあかされる。良質の推理小説を読むかのような驚きと発見を味わうことができるのだ。

最後の章では、世界各地でみられる新年の爆竹やクラクションでの「騒ぎ」の起源を、シャリヴァリと、日食や月食のときの民衆の大騒ぎを例にしなから、これらの騒音は非難すべき結合が起こり、体系に欠如が発生したときに、それを指摘し、埋め合わせようとする営みであることが明らかにされる。こうした儀礼は「横取りするもの(天体を食う怪物、不当な求婚者)を追い払うためではなく、横取りによって生じた空隙を象徴的に埋めるもの」(p.412)なのであるというレヴィ=ストロースの解読は、実に説得力がある。一九世紀頃にはフランス各地で、妹に先に嫁がれた未婚の姉が、サラダを食べさせられたり、「パン焼きがまの上」に乗せられたりした理由も理解できるようになる。五〇〇ページをこえる大冊だが、次々と新しい発見が楽しめるために、まったく飽きることがない。第二冊目『蜜から灰へ』を読むのがいまから楽しみだ。版元によると各巻の構成は次のとおりになっている。

■生のものと火を通したもの
神話論理 I
序曲/第一部 主題と変奏/第二部 I 行儀作法についてのソナタ II 短い交響曲/第三部 I 五感のフーガ II オポッサムのカンタータ/第四部 平均律天文学/第五部 三楽章からなる田舎風の交響曲
早水洋太郎訳 8400円

■蜜から灰へ
神話論理 II
序/音合わせのために/第一部 乾いたものと湿ったもの/第二部 カエルの祝宴/第三部 八月は四旬節/第四部 暗闇の楽器
早水洋太郎訳 8820円

■食卓作法の起源
神話論理 III
序/第一部 バラバラにされた女の謎/第二部 神話から小説へ/第三部 カヌーに乗った月と太陽の旅/第四部 お手本のような少女たち/第五部 オオカミのようにがつがつと/第六部 均衡/第七部 生きる知恵の規則
渡辺公三他訳 [未刊]

■裸の人 1・2
神話論理 IV(全2冊)
序/第一部 家族の秘密/第二部 こだまのゲーム/第三部 私生活情景/第四部 田舎暮らしの情景/第五部 苦い知/第六部 源流に遡って/第七部 神話の黎明/終曲
吉田禎吾・木村秀雄他訳 [未刊]


【書誌情報】
■生のものと火を通したもの
■クロード・レヴィ=ストロース[著]
■早水洋太郎訳
■みすず書房
■2006.4
■504,34p ; 22cm
■シリーズ名  神話論理 ; 1
■ISBN  4622081512
■定価 8000円


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2007年06月26日

『残りの時 パウロ講義』ジョルジョ・アガンベン(岩波書店)

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「メシア思想の解読の試み」

アガンベンの『アウシュヴィッツの残りのもの』は名著だったが、このタイトルにもなっている「残りのもの」という概念は、旧約聖書でも不思議に思わせる概念であった。神の王国にゆけるのは「イスラエルの残りのもの」というのであるが、それがいったいどんな人々かは、謎のままだからである。

『アウシュヴィッツの残りのもの』ではアガンベンはこの「残りのもの」をアウシュヴィッツの「証人」という意味で使っていたのだった。それは「死者でもなく、生き残った者でもなく、死んでしまった者でもなければ、救いあげられた者でもな、かれらのあいだにあって残っているもの」(同書の二二一ページ)というのだった。

この残りの者の概念をパウロのメシア思想から読みとろうというのが、本書の目指すところだ。そのためにパウロの『ローマの信徒たちへの手紙』の最初の文を細かに分析していくという手段をとる。六日の講義(もちろん七日目は休息日だから)でドゥーロス、クレートス、アポストロス、エウアンゲリオンという基本概念が詳しく考察されるが、それをたんにパウロの政治神学の枠組みにとどめることになく、シュミット、ベンヤミン、アドルノ、アレントなどの現代思想とも結びつけて解釈していく手際はすばらしい。

たとえばベンヤミンのパサージュ論には「アポロの切断」という語がでてくるが、これはアペレスの切断の読み間違いであることを指摘しながら、メシア的な律法をアペレスの切断であると指摘するところは素晴らしい。古代の伝説的な画家のアペレスの切断とは、絵の本物らしさの競争で、アペレスが相手の描いた線の中にもう一本の線を入れることで、「自己の対象そのものはもたずに、律法によって引かれたもろもろの分割を分か」った(p.82)ことである。


アガンベンはパウロが律法を守る者と守らないものの間に、この切断をさしはさむことによって、ユダヤ人と非ユダヤ人という区別が突然にゆらいでしまい、ユダヤ人ならぬユダヤ人と、非ユダヤ人ならぬ非ユダヤ人が登場してくることをまざまざと描き出す。そしてこの区別のうちから「人間とはかぎりなく自己自身に欠けた存在であること」(p.87)という哲学的なテーゼが導かれる。

パウロが明確にした「イエスの時」の難問も、このアペレスの分割の思想で巧みに解明される。ギリシアの思想の伝統を踏まえながら、メシア思想が現代においてもつ意味をときあかす試みは、メシア思想がベンヤミンにおいてもっていた重要性を考えるならば、そしてデリダにおけるメシア思想の復活の意味を考えるならば、どれほど重要であるかは十分に予測できることだろう。

アガンベンは「残りの者」の思想をムルチチュード的な意味で敷衍するところも示唆深い。この概念は「民衆とか民主主義といった観念を、新たな展望にもとに置きなおすことを可能にしてくれる。民衆とは、全体でも部分でもなく、多数派でも少数派でもない。それはむしろ全体としても部分としても自己自身と一致することのけっしてできないもの、あらゆる分割において限りなく残っていて、あるいは抵抗していて、……多数派にも少数派にも還元されたままになっていることのけっしてないものである」(p.94)。アガンベンはこの「残りの者」構造が、「唯一の現実的な政治的主体である」とまで断言するのである。

ベンヤミンの「歴史哲学テーゼ」において、ルターを介してパウロが引用されているという論証は説得力があり、「パウロの〈手紙〉とベンヤミンの〈歴史哲学テーゼ〉という、わたしたちの伝統におけるメシアニズムの二つの最高のテクスト」が、星座的位置関係を形成しているという指摘は、ベンヤミンの思想の宗教的な「根」について、さまざまなことを考えさせる。本書で考察されているパウロの思想と聖書のさまざまな概念について、もっと書きたいことは山ほどあるが、ともかく一読をお勧めする。イエスの時についてこだわり続けている大貫隆と訳者との対談も参考になる。


【書誌情報】
■残りの時 パウロ講義
■ジョルジョ・アガンベン[著]
■上村忠男訳
■岩波書店
■2005.9
■296,12p ; 20cm
■ISBN 4000018175
■定価 2800円


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2007年06月15日

『承認の行程』ポール・リクール(法政大学出版局)

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「哲学の舞台裏」

この書物は、承認reconnaissanceという語にこだわりながら、この語とその概念を「哲学素」として構築しようとする試みである。哲学のスタンスとしてまっとうすぎるほどまっとうな試みで参考になるだろう。

ただ読み終えて何となく苦みが残って気になった。リクールのスタンスはまっとうであり、引用する文献も古いものから同時代のものにいたるまで広範であり、九〇歳を超えてもまだまだやれるという「励み」を与えてくるにもかかわらずだ。

われながら不審に気持ちがして考えたみたのだが、その「苦み」はリクールの手つきがあまりにみえてしまうことによるのではないだろうか。リクールが原稿を書きながらつぶやいている声が聞こえるような気がするのだ。たとえばこんなふうに。

              ****

最初はこの言葉がフランス語の歴史の中で登場した経緯と、辞書的な解説から入ろう。そしてヘーゲルの弁証法の構図を借りて(リクールは方法論的にはヘーゲリアンなのだ、ぼくもだけど)、第一部は「わたしが再認する」、第二部は「わたしが他者から再認される」、第三部は「わたしたちがたがいに承認しあう」とすればいいだろう。そしてタイトルはヘーゲルの『精神現象学』の精神の「旅」にならって「行程」と名づけておこう。

第一部のところではまず近代哲学の端緒となったデカルトから始めて、自己による世界の認識と再認という認識論を考察しながら、「真なるものと偽なるものの区別」という意味をとりあげておく。次にカントの「知覚の予料」のところから同一性の認識における図式論の問題点を取り上げておこう。ついでのカントの超越論的な哲学の限界を指摘しながら、フッサール、レヴィナスとつないで、現象学の方法の優位を指摘しておく。フッサールのメロディーと記憶という時間論も、カントとのかかわりでいれておけばふくらみがつくな。

第二部は他者によって自己が再認されるところ。哲学とは少し離れるけど、これはオデュッセウスがイタカの我が家で本人と再認される逸話が抜かせないな。妻ペネロペによるあの劇的な再認!

次はギリシアから近代に飛んで、自己の再認における自己反省性をとりあげよう。それは「わたしはできる」というフッサール的なところから初めよう。この「できる」は弁証法的に構成すると「わたしは言うことができる」「わたしは為すことができる」「わたしは語ることができる、しかも自己に向けて語ることができる」となるだろう。ここでついでに分析哲学の「語ることによって為すこと」という論点を導入しておきたい。

この語る自己から出てくるのは、約束する自己と責任を負う自己、そして記憶する自己だ。もちろん約束と責任のところでニーチェとアレントをだすのを忘れないように。記憶する自己はアウグスティヌスからはじめる。記憶論はもうずいぶん書いたから簡潔に。

第三部は本書の核心だ。まずヘーゲルの主奴論における承認論。これはお約束だ。ただコジェーブがすっかり書いているので、ここはコジェーブに言及しておけばいいだろう。ホッブズの自然状態とヘーゲルがいかに対決しているか、もう少しほりさげたかったな。それよりもイエナ期の「実在哲学」の頃のヘーゲルをテーマに、最近討論の相手になっているホネットの承認論と取り組むことにしよう。

ホネットは愛、法、社会的な尊重という三つのレベルで相互承認について論じている。愛はもちろん家族の圏域だから、ここではアレントの「誕生」の概念の重要性を指摘しておきたい。法のところでは民主主義的な参政権の問題に軽くふれておこう。社会的な尊重のところでは、多文化的な相互承認というグローバリゼーションの時代に重要になったテーマをとりあげおきたい。

最後に私に固有な論点として、アガペーを論じる。相互承認という問題が全体性への包合というヘーゲル主義的な「罠」を隠しもっていることを指摘したのはユダヤ思想のレヴィナスだった。レヴィナスはこれに対抗するために「他者」の概念を提示したのだった。しかしキリスト教の思想にはこの「罠」を逃れるための重要な契機がある。神を通じた相互的な愛であるアガペーだ。この超越的なものを介在させることで、他者を「わたしたち」の全体性にとりこまずに、承認することができる。うん、これで一丁あがり。
             ****

と、リクールが呟いていたばずもないのだが、なぜこれが苦く感じられるかというと、これはぼくがこれまで哲学の概念を考察しながらやってきた方法でもあり、これからも使うだろう方法だからだ。何もこんなに楽屋裏をさらけださなくても(笑)。


【書誌情報】
■承認の行程
■ポール・リクール[著]
■川崎惣一訳
■法政大学出版局
■2006.11
■387,10p ; 20cm
■原タイトル: Parcours de la reconnaissance.
■ISBN  4588008544
■定価 4300円



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2007年06月08日

『旅するニーチェ -- リゾートの哲学』岡村民夫(白水社)

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「リゾートの旅人」

これはいかにもあって不思議でなかったし、なかったのが不思議なような本だ。ニーチェの著作にはさまざまな滞在地とさまざまな旅が記載されている。ニーチェの思想はヨーロッパのリゾート地を歩くことで「熟れた」のであり、その風土学的な背景は当然ながら考察されるべきだった。永遠回帰の思想が訪れたシルス・マリアの地がどのような環境にあり、どのような場所なのか、それはニーチェ研究にとっては重要な問題だろう。

それなのにぼくの知る限り、ニーチェの滞在地を実際に足で歩いて、ニーチェの思想的な「熟れ」を追跡するという本はなかったように思う。この本は、ヨーロッパにおけるリゾート地の誕生とニーチェの思想的な関係を考察しながら、実際に足で歩いて書かれた書物として貴重である。

著者はまずニーチェがリゾート地を放浪したきっかけとして、ドイツからの離脱という側面があったことを指摘する。国家主義的な教育が盛んな地で、国民国家として誕生しつつあった当時のドイツの「ドイツ臭さ」を全身に浴びて生まれ、育ったニーチェにとっては、そこから離脱することが重要な課題となったのだった。「西洋近代という大きな病ゆえに、私はここまで深く〈ドイツ〉という小さな病に冒されてしまった--これが彼の根本的な自己省察である」(p.26)というのはたしかだろう。

それに時代的な背景もあった。ドイツでは1835年に初の鉄道が開通している。ニーチェは「鉄道の子供」(p.40)であった。それまでのヨーロッパの文人は馬車で旅行していたのだが、鉄道は時間を短縮するだけでなく、風景をパノラマ化してしまう。そして「鉄道の辺境への発展を追うかのように、ニーチェの旅は企てられている」(p.42)。「ニーチェの旅行時代は、アルプスから地中海にかけての地域のリゾート開発・観光開発の一大発展期のなかにすっぽりと収まる。大半の著書の故郷はリゾートなのだ」(p.45)。

しかし数年つとめた大学教授の年金は、給与の2/3の額だったというが、年金でリゾート地をめぐっていたニーチェが少しうらやましくもある。スイスやイタリアの高地やフランスのビーチを歩き回って思索をつづけるというのは、なんともぜいたくではないか。観光地として登場したばかり土地だけに、食事も安く、おいしかったという。いまのニースやトリノの感覚とは違うだろうし。

本書の中心となるのは、ニーチェが長期にわたって滞在したリゾートを実際に歩きまわってニーチェの思想的な発見を追跡する第四章だろう。この章では五つのリゾート地が選ばれている。まずニーチェはジェノヴァに八回、そのうちの二回は半年近く滞在している。『ツァラトゥストラ』はここで「基本構想が結晶」した(p.132)。ヴェネツィアには五回、ほぼ毎回、二~三ケ月の滞在だ。ここでは『曙光』をガストに口述筆記してもらっている(p.137)。

アルプス高地のオーバー・エンガディンは「文字どおり高山と湖のみの地帯」(p.151)であり、ニーチェはここに八回、毎回数か月滞在している。ニーチェがすっかり気にいったシルス・マリアは七回も訪れている。サン・モリッツでは『人間的な、あまりに人間的な』IIの第二部の草稿が書かれている。有名な霊感が宿った湖の写真などをみていると、つい思いにふけったりしてしまう。

ニースには五回、多くは半年以上の滞在だ。筆者はニーチェがインスピレーションをえる場所の地形的な特徴の共通性を指摘していて興味深い。一)湖であれ海であれ、豊かな水の広がりを焦点としていること、二)山中を曲折し上下する野趣に富んだ道であること、三)その結果、歩みにしたがっパースペクティヴが次々と変化し、途上は全景がわからない--ときおり水面が垣間見られる--が、到達点からは、振り返る形で歩いてきた行程の全体が見渡せること(p.167)。

最後に歩かれているのはトリノで、ニーチェはここがすっかり気にいって、ニースからひっ越してきた。二回目は一八八八年九月から一八八九年一月九日まで。ここでニーチェは狂気に陥ったのだった。本書の最後の章では、ニーチェの「病気」論が考察されるが、何よりも楽しめたのは、ニーチェとともに旅をする四章だった。ここを書き込むと、もっとニーチェ論としては突っ込んだものとなったのではないかと思う。それは別として、写真も豊富で、楽しみながら読めるニーチェ論としてお勧めだ。

【書誌情報】
■旅するニーチェ リゾートの哲学
■岡村民夫著
■白水社
■2004.8
■231p ; 20cm
■ISBN 4560024448
■定価 2400円


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2007年06月01日

『ブランショ政治論集:1958-1993』モーリス・ブランショ(月曜社)

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「異議申し立ての権利」

これはもちろんブランショの戦前の政治論集ではなく、戦後の政治的な論文を集めた書物である。大きくわけて三つのテーマの文書が集められている。アルジェリア独立戦争をめぐる文章、一九六八年五月「革命」をめぐる文章、そしてハイデガー問題をめぐる文章である。どれも短い文章ながら、ブランショの独特なスタンスをはっきりと示している。

アルジェリア問題に関する文章群で特徴的なのは、ブランショが一人の知識人として、異議申し立てを行う「権利」を明確に意識し、主張していることである。アルジェリア問題についての有名な「一二一人宣言」は、当時の代表的な知識人であるサルトルを巻き込む形で、それまで政治的な発言とは無縁に思われていた知識人たちが異議申し立てを行ったことで注目を集めた宣言だった。

この宣言では最初、「不服従の義務」という言葉が書かれていた。これをブランショの提唱によって「不服従の権利」という表現に変えたのだった。それについてブランショは次のように語っている。

「義務があるとすれば、あとはもう、わき目も振らず、盲目的にその義務を遂行するだけです。そうなればすべては単純です。これとは反対に、権利は、権利そのものにしか送り返されませんし、その表現である自由の行使にしか送り返されません。権利とは、各人が自分のために自分に対して責任をもち、完全かつ自由に自己を拘束する自由な力なのです。これ以上強いものも、これ以上重大なものもありません」(p.51)。

フーコーはかつてパレーシアという概念で、異議申し立てを行う権利を考察したことがあった。これはもともと古代ギリシアのポリス、とくにアテナイで、その市民だけに認められた権利だった。自分の言いたいことを、自分の責任において、あえて語りだす権利である。ブランショがここで主張しているのも、現代の社会の中で、知識人として発言することを「義務」とみなすのではなく、最高度の自由を確保する「権利」とみなすということだった。サルトル宛ての書簡でも語られているように、知識人はこの権利を行使することで、「自分が体現している新たな権力を意識」(p.58)するようになったのである。ここれは「権力なき権力」(Ibid.)であり、サルトル的な知識人の特権とは異質なものだったのである。

一九六八年五月をめぐる文章においては、エクリチュールにたいするぶランショのこだわりが興味深い。ブランショはこれらの政治的な文章を書物として刊行することはなかったが、それはこれらの文章には書物にそぐわない性質があると考えていたからのようである。これらの文章は、有名になったいくかの壁の落書きのように、書物としてではなく、落書きとして、パンフレットとして、スローガンとして書かれ、読まれるるべきものであり、その時代の空間の中で散乱し、消滅してしまうべきものだったのである。

日本でも一九六八年五月にはこうした文章が大学をおおっていたのだった。タテカンをチェックし、ビラをもらい、集会に顔をだすのがぼくたちの日課だった。後にこうした文章は書物化されたこともあったが、それはもはや記念物にすぎなかった。ブランショはこうした文章が書物といかに異質なものであるかについて、こう語っている。

「街路の慌ただしさを反映するビラ、読まれることを必要とせずむしろあらゆる法に対する挑戦であるかのようにそこにあるステッカー、無秩序への指令、言説というものの埒外で歩調を刻むような言葉、叫ばれるスローガン、そしてこのパンフのように一〇頁ばかりのパンフレット、それらはみな攪乱し、叫びかけ、脅威を与え、そして最後に問いを発するが、答えは期待せず、確かさの上に安住しようとはしない。私たちはそうしたものを決して書物のうちには閉じ込めまい。開かれているときでも閉じることへと向けられている、抑圧の洗練された形態に他ならない書物の中に」(p.177)。

『書物空間』と『来るべき書物』の著者であるブランショはまた、書物というもののもつ「罠」の所在にもひときわ敏感だったのである。散逸するにまかされるべき文章が書物に、まとめられるときに、どのような変質をこうむるかについて、鋭い洞察をもっていたのだった。そのブランショの文章が、このように「美しい書物」としてまとめられたのは、ブランショの死後のこととは言え、皮肉なことではある。「この先なおも数多の書物が、始末の悪いことには、美しい書物が現れることだろう」(Ibid.)というブランショの「遺言」に従って、ブランショの政治的な文章は散乱するままに任せておくべきではなかったと一瞬だけ、思わないでもない。

もちろんそう思ったのは、一瞬だけである。というのは三部構成のこれらの文章は、三名の訳者による詳細な解題と訳注とともに、それまで知られていなかったブランショの顔を知らせてくれるものであり、ブランショの文学的な文章を読むためにも、大きな示唆を与えてくれるものだからである。何とも皮肉なことに。


【書誌情報】
■ブランショ政治論集 : 1958-1993
■モーリス・ブランショ著
■安原伸一朗,西山雄二,郷原佳以 訳
■月曜社
■2005.6
■382p ; 19cm
■内容細目
●第1部(1958年-1962年) 『七月一四日』誌および『ルヴュ・アンテルナシオナル』誌の計画
□訳者解題 文学の力 / 安原伸一朗著
●第2部(1968年) 学生-作家行動委員会そして『コミテ』誌
□訳者解説 「六八年五月」概要 / 西山雄二著
□訳者解題 明日、五月があった、破壊と構築のための無限の力が / 西山雄二著
●第3部(1981年-1993年) ハイデガー、レヴィナス、ユダヤ教、アンテルム
□訳者解題 証言-記憶しえないものを忘れないこと / 郷原佳以著
■ISBN  490147717X
■定価  3200円



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2007年02月20日

『エコノミメーシス』ジャック・デリダ(未來社)

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「デリダの曲芸」

これはデリダが「ミメーシス」をテーマにした著作に寄稿した論文の翻訳だ。ほかの共著者たちとしては、サラ・コフマン、ラクー=ラバルト、ナンシーなどがいる。すでにミメーシスをめぐる著書もあるラクー=ラバルトのものなど、他の著者の論文も読んでみたかった。なぜデリダの論文一本だけで一冊の訳書にしたのかという疑問はあるとしても、デリダはこの書物で素晴らしい曲芸をみせる。

デリダがまだ写真を公表しなかった頃の挿絵に、デリダが逆立ちしているのがあったと記憶するが、この論文でデリダは空中ブランコさながらの飛び技をみせる。その飛び方の見事さにはただ感心するばかりであり、読者もぜひその芸を観賞していただきたいものだと思う。

まずデリダはカントの『判断力批判』を読解しながら、ミメーシスに関するカントの「全考察」が、「賃金に関する二つの指摘に挟まれる」形で展開されているという奇妙な状況に注目する(p.7)。それは偶然なのか。デリダはそう問うことで、読者に挑戦しながら、謎解きを始めるのである。

最初の場所では、芸術家の仕事について指摘される。報酬をうけとる芸術家の仕事と、自由な芸術家の仕事が比較される(四三節)。第二の場所では、芸術において「精神はみずからに従事」する必要があり、他のいかなる目的をも考慮してはならないし、あらゆる賃金から独立していなければならない」(五一節)ことが強調されるのである(p.8)。

まずカントは、動物と人間の対立という観点から、アートの創造力を訴える。蜜蜂や蜘蛛の巣は、たとえそれがどれほど美しいものだったとしても、アートではない。本能によって作られているからだ。そして人間が自然を模倣する(ミメーシス)ことにこそ、アートの根源がある。アリストテレスは「人間のみがミメーシスの能力をもつ」(p.12)と語ったが、アートはこのミメーシスの能力に依拠していることになる。

ところでアートはまた職人の作る作品とも異なる。職人の作品は報酬をうけとるために作られるものであり、エコノミーの秩序に属するものである。「エコノミー的な価値をもたないほうが、より多くの価値をもつ」(p.14)ことになる。職人が作るものは、蜜蜂が作る作品と同じように、有用性を重視し、理性や想像力の働きの欠如を示したものである。芸術家は戯れることができるが、職人は戯れない。

アートの作品と職人の作品の違いはまた別のところにもみられる。職人は作品に署名をすることがない。作品は創造者とは独立した形で有用性としての価値をもつ。しかしアート作品は、作者を必要とする。作者の署名が作品の外部にあり、しかもその作品の内的な価値を保証する。額縁に入った絵画が絵葉書と違ってアートの作品として認められるのは、この額縁と作者の署名があるからだ。

「美とはつねにアートであるだろう、その署名が作品=営為の境界に刻印されているようなアートであるだろう」(p.22)。このアートをアートたらしめる枠組みと境界をデリダはパレルゴンと呼ぶ(『絵画における真理』はこのパレルゴンのテーマを長々と扱った書物である)。「芸術はつねに〈枠〉および署名からなっている」(p.23)わけだ。

アートの作品に固有の第三の特徴は、それが美の快感をもたらすことによって、人々の間でコミュニケーションを引き起こすということになある。芸術作品を享受することができるのは、壺を花いれに使う人ではなく、それを美として観賞し、他者とその美について意見を交換し、共感のもとでみずからの芸術観賞能力を認め合うことのできる自由な人々である。「美しいアートを鍛練すること、また評価することにおいて、自由な主体同士のあいだでの交換」(p.31)が行なわれること、そしてそれを享受できることが必要なのである。「こうした交流は厳密な意味でのミメーシスである」(Ibid.)。そこで人々は他者の立場に立ち、他者と交流し、他者と同一化するからだ。

このミメーシスが芸術作品の経済(エコノミー)を確立するのであり、そこにエコノミメーシスが成立する。エコノミメーシスはミメーシスの秩序を形成する。この秩序の一番下の階梯にあるのは、言語をもたない動物の本能的な巣作りの労働である。次の段階は機械的なアート、その次が報酬をうけとるアート、その上がリベラルなアート、そして感性的で美的なアート、芸術のアート、ついに最後は全自然を創造する業を行った神にいたるのである(p.31-32)。

ここでアートは一つの循環を示している。動物の自然から神の自然へ。その意味ではアートは自然を目指すものである。「アートが美しいのは、それが産出する自然のように、産出的である限り」のことなのだ(p.34)。そしてそれが実現されるのは、自然の賜物としての才能をもった天才においてである。「天才自身は自然によって産み出され、与えられる」のである(p.35)。「天才は精神の生来の素質である」(四六節)のである。

そしてこの議論に、賃金についての第二の指摘が接続される。アートは「報酬を支払われる労働であってはならない」という五一節の指摘である。天才である詩人は、報酬をうけとらない。詩人の口から語るのは神であり、「神こそが彼を養う」(p.42)のである。詩人も生活しなければならないが、太陽=王からの贈物によって生活するのである。神も太陽も(フリードリヒ)大王も、詩人も天才も、「計算することなしに自らを与える」(p.44)という共通した特徴をそなえているのだ。ミメーシスはこの賃金をめぐる二つの考察のうちで、エコノミメーシスとしての存在論神学的な地位を確定されるのである。

こうして賃金をめぐる二つの指摘のあいだにミメーシスの議論が展開される空間が築かれたのは、決して偶然ではなかったことが明らかにされた。これでいわばデリダのこの論文の「宿題」は終わったのである。しかしここでデリダは別のブランコに跳躍する。それが四六ページ以降の「範例的口唇性」という概念の問題系である。カントは『判断力批判』において、人間の五感を比較しながら、見ること、聞くこと、触ること、味わうこと、嗅ぐことの比較を行なっているが、デリダは口唇においては、二つの機能が行使されることに注目する。語ることと味わうことである。

味わいは、他者に伝達することのできない私的な感覚であるが、語ることは他者への最高度の伝達の機能である。「味覚の場である口」と「同時にロゴスを発信し産出する口」(p.62)。詩人が語るときに使う器官は口であり、人間が嘔吐するに使う器官も口である(p.63)。味覚のようにもっとも主観的で感性的な機能と、語りという自由で客観的な機能を果たすのはどちらも口である。同じ器官であるこの口こそ、「アナロジー的空間を指揮するのだが、口そのものはそのアナロジー空間には含まれてしまうことにない」(p.81)のである。

その意味では口もまた一つのパレルゴンである。そして芸術作品として描かれることが決してないもの、それが口から吐き出される嘔吐物である。これは「特殊なパレルゴン的横溢」(p.83)を示すものなのだ。「吐き気を催させるもの」それはイデア化しえないものなのである(p.87)。それは人が決して「喪を行なうことのできないもの」(p.91)なのである。これはロゴス的な空間からも美的な空間からもつねに排除されるものなのだ。

しかしロゴスの体系はあるトリックによってこれを防ごうとする。「吐きだされるもの」という語が、言葉によって鎮痛し、慰めるのだ(p.97)。肛門的なものの代わりに、口唇的なものを置くのでこれを宥めるのである。さてぼくたちはいったいデリダのブランコにつきあって、いったいどこまで来てしまったのだろうか。デリダの最後の言葉は、「哲学の悪趣味(デグー)そのものにおいて」(p.98)である。


【書誌情報】
■エコノミメーシス
■ジャック・デリダ著
■湯浅博雄,小森謙一郎訳
■未來社
■2006.2
■156p ; 20cm
■ポイエーシス叢書 ; 54
■ISBN 4624932544
■定価 1800円


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2007年01月31日

『心・脳・科学』ジョン・サール(岩波書店)

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「サールの古典的な議論」

本書はジョン・サールが心身問題という哲学の古くからの問題について考察した六回の連続講演の記録であり、今回モダン・クラシックとして版が改められたものだ。この書物は二つの部分で構成される。前半の三回の講演では、「心身問題」「コンピュータは考えられるか」「認知科学」という伝統的なテーマが検討され、後半の三回の講義では、「行為の構造」「社会科学の展望」「意志の自由」ということなる切り口で問題のさらなる検討が行なわれる。

サールはオースティンを受け継いで、言語分析を語用論的な視点から展開した日常言語分析派の哲学者であり、デリダとの論争もまだ記憶に新しいところだ。この講演では、とくに新しいことは言っていない。というよりも、心身問題と認知科学の考察が、まだこの地点にとどまっているということを確認できるところがこの書物の大きな利点だろう。

第一講義では、心身問題をミクロとマクロの縦走的な問題として提示する。この次元の違いを指摘することによって、脳という生理学的な次元だけでも、心という心理学的な次元だけでもない複眼的な考察が可能になると示唆するわけだ。心的現象は、「脳の中で進行しているさまざまな過程を原因として生ずる」という命題と、「脳の一つの特徴であるにすぎない」という命題の両方が「真である」(p.13)ことを示すのが、この章の目的であり、「物理主義とメンタリズムの両方を同時に主張する」(p.25)ことを目的とするものである。これは大森荘藏が「重ね描き」という概念で主張したことと、それほど違いはないだろう。

第二講義では、コンピュータには心があるとか、コンピュータは思考できるという科学者の主張を否定することを試みる。すでにサールには「中国人の部屋」という議論があるが、この章はそれを少し敷衍して反復する。そのためにサールが利用するのは意味論と統語論の違いという伝統的な区別である。統語論では意味論の領域をカバーできず、コンピュータは、「定義によって統語論のみを持つにとどまる」(p.38)ということにある。

このサールの指摘はごく常識的なものにとどまる。一つはドレイファスのように身体論を考慮にいれていないこと、もう一つはコンピュータのようなものに人間の心を想定したがる人間の心の動きを考慮にいれていないことで、ものたりない感じを与えるのだ。タマゴッチが死んだといって泣く子供の心の動きを、統語論と意味論の区別では、とうてい考察することができないからだ。人間というものは、機械のようなものにでも、親愛を感じ、相手が心があるように考えたがるものなのだ。もちろんサールは議論のレベルではこのような問題を考慮にいれるのを拒否するだろうが。

第三講義は認知科学について、規則にしたがうことという分析哲学には馴染みのテーマから考察を加え、人間は規則にしたがうが、コンピュータは「まったく規則にしたがわない」(p.62)と主張する。コンピュータは「形式的な手続きを経験しているだけ」であり、そこに心からあるとか、コンピュータがみずから判断して規則にしたがっていると考えるのは、「比喩」の濫用だというわけである。

後半の講義では、訳者の土屋俊が指摘するように、志向性という概念が「人間の言語、行為、思考を一貫する性質」(p.161)考えるものである。「志向性を強調するだけならば、現象学者程度でもできる」というのは少し現象学者に厳しい評価だが、「サールはあえて、その志向性が人間の生物的特徴に由来することを強く主張する」というのは正しいだろう。訳者が言うようにコンピュータが人間の脳を模倣することで発展するのだとしたら、サールの主張にもある程度の根拠はあるのかもしれない。だから素朴だが「議論には勝てない」(p.160)という印象を与えるサールの議論が、こうしてまとめて読めるのは、いいことかもしれない。そして心身問題と認知科学の問題がここで凝固したようにとまってしまっていることを確認することも。

■心・脳・科学
■ジョン・サール[著]
■土屋俊訳
■岩波書店
■2005.7
■162,6p ; 20cm
■岩波モダンクラシックス
■原タイトル: Minds,brains and science.
■ISBN 4000271318
■定価 2300円


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2007年01月22日

『斬首の光景』ジュリア・クリステヴァ(みすず書房)

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「顔の恐怖」

ルーヴル美術館のデッサン部が外部からゲストを招いて企画する展覧会シリーズ「パルティ・プリ」のシリーズの一冊だ。この企画ではすでに盲目にする絵画を扱ったデリダの『亡者の記憶』があり、大型本で贅沢な作りのものらしい(p.259)。デリダの解読もユニークだったが、クリステヴァのこの書物も、メドゥーサの首を経由して精神分析の深いところとつながる好著である。

デリダの書物はテーマが目であり、この書物は首(顔)であるだけに、共通するところもあり、両方の書物に登場する絵画もある。比較して分析を読み比べると、自分なりの分析を考えるための手がかりにもなる。絵そのものも見ていて考えさせられるものが多い。

近代の絵画は目をつぶす行為と首を切る行為にどこまでも意識的であるだけでなく、ときには無意識的なまでに憑かれているかのようである。そこに精神分析的な考察が必要なのは明らかだろう。そしてその役割にはデリダよりもクリステヴァが最適なのはたしかだ。デリダのフロイトへの好みは、精神分析の内部に立ち入るよりも、テクスト論を軸とすることが多いからだ。

暗闇に浮かぶ首の奇妙な記憶と妄想については、初期ヘーゲルの『体系構想』でも語られていて、異様な印象を残しているが、まずクリステヴァはそれを乳児の記憶というところから考える。どこからともなく訪れ、愛撫してくれる首、乳を与えてくれる乳房、乳児はそれをつねに身近に保っておきたいのに、それは奪われてしまう。

「別離と欠如が乳児を苦しめ、乳児は自分がすべてを手にいれられるわけではないこと、自分がすべてではないこと、自分は見捨てられ、一人であることなどを納得する。この最初の喪の悲しみから回復しない乳児もいる」(p.9)のである。「死んだ」ママンとともに、ママンの喪に服して、みずからの生命の源を絶ってしまうのである。

もちろんそうでない乳児がほとんどだ。ぼくたちはだれもがその段階を経由してきたのだ。乳児はその喪を克服するために、二つのものに頼る。一つは表象であり、一つは言語である。消えたママンの顔の代わりに乳児は一つの表象を、幻想を置く。ファンタジアは乳児に母親の不在を耐えさせる。次に乳児はそれに記号をつける。そして言葉を習得するのだ。クリステヴァによると、そしてメラニー・クラインによると、やがて話しだそうとする乳児は「他者を失った喪の悲しみ」に耐えるかのように、辛そうな顔をするのだという(Ibid.)。

フロイトの孫のエルンストのオー/ダーの糸巻ごっこが語るのも、まさにそのことに他ならない。言葉は、失われた母親とその表象の場所に登場する。そしてその幻想の場に「顔」が表象として登場するとき、それは首となる。切られた首の像は、幼児のこの喪の経験と通底しているのである。抑鬱的な態勢のうちで、子供は母親の喪のうちで、言語を習得し、不在の顔を思い浮かべる。「抑鬱的な局面は、母との接触によってもたらされる感覚的な満足が失われることによって言語が生じる、ということを明らかにしている」(p.24)と言えるだろう。

古代の人間もそして「未開の」種族も、原父を殺して、トーテムの動物を殺して、饗宴にふける。クリステヴァはここにおいて、父親との同一化だけではなく、母親との同一化も行なわれると解釈する。「他者の頭部を同化吸収し、……頭蓋の球形に手を加えること、儀礼的な食人は、父=暴君を食いつくすこと以上ではないとしても、それと同じ程度に、産みの母の潜在力をわがものとすることである」(p.25)。こうして頭蓋崇拝は、母の原初的喪失(鬱=メランコリーの源泉)の出来事と、父による去勢の脅威としての男根的な試練の出来事の記憶をとどめることになる(p.26)。レヴィの『ヴァーチャルとは何か?』でも、敵の首で球技にふける種族の物語が語られていたが、首のもつ意味は深いのである。

だからこそ、メドウーサの首が西洋の絵画史で決定的な意味をもつことになる。多くの絵画は鏡に写ったメドゥーサの首を切る決定的な瞬間を描く。この首は、「あらゆる表象能力に先立って、生殺与奪の権を握っている〈母親〉の恐怖の権力」を主張すると同時に、それを切断するという営みによって、去勢にたいする不安とそれへの抵抗を示すことになる。

クリステヴァによると、直視することのできないもの、それはペニスを切断された「女性の性器にたいする恐怖」(p.49)であると同時に、ペニス切断への恐怖でもある。そして人々はもっとも見たくないものに、もっとも惹かれるのである。そしてそこからしか、人間の思考の能力は展開されないかのようである。「光景、思索は、正面を見つめ、内側にある憂鬱を他者に見せる能力にかかっている」のであり、人間はこれを克服することで初めて、「幻想を自由にあふれさせることができる」(p.51)のだ。

そして「去勢への激しい不安はエロティシズムを帯びることがあるし、[幻想のなかで]上演することが可能である」(p.141)。いまや思索することができ、幻想と表象を扱うことができるようになった主体は、「エロティシズムと言語という対抗手段を自由に行使することができる」(Ibid.)ようになる。サドもまたこうした恐怖に抗うかのような、さまざまな幻想を駆使したのだった。

西洋の歴史において、この母親の恐怖の権力と、それに抗う営みが文学や芸術のさまざまな表現の背後に姿をのぞかせている。首だけでなく、顔の画像学もそのヴァリエーションを展開して倦むところがない。顔とは、みつめていると怖くなるものなのだ。

【書誌情報】
■斬首の光景
■ジュリア・クリステヴァ[著]
■星埜守之,塚本昌則共訳
■みすず書房
■2005.1
■275,10p ; 22cm
■原タイトル: Visions capitales.
■4622070855
■定価 4200円


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2007年01月18日

『スラヴォイ・ジジェク』トニー・マイヤーズ(青土社)

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「ジジェクを楽しむためのガイドブック」

ジジェクはたしか一回セミナーでの講演を聞いたことがある。髭の濃い人物が話し始めると、ある種の異様な熱気のようなものが放射されるような印象をうけた。かなり訛が強く、ある一つの母音の発音がぼくたちの慣れているのと違うので最初は戸惑ったが、そのうち慣れてくると、話に引き摺りこまれる。その後の質疑応答も、とてもさかんだったと記憶している。

ジジェクの文章もまた内部で回転するドラムの音を聞くような不思議な魅力がある。この本はジジェクの文章の魅力を解明しようと試みたものであり、それにしっかりと成功していると思う。まず著者は、ジジェクの文章がマイナーで猥雑なテーマを扱うことに注目し、そこに一つの戦略をみいだす。

ジジェクは、トイレの話題とか、サドマゾヒズムなど、「伝統的な哲学なら扱わないはずのものに目を向ける」(p.17)のである。「つまりジジェクの主題は、哲学の言説における穴である。この穴は、ふつうなら、正しい理論の主題域を作り上げるために、理論の領域から排除されているものだ」(ibid.)。しかしジジェクの巧みなところは、この領域を正面から扱うのではなく、「伝統的な哲学の視点から」取り上げるところである。

この伝統的な哲学の視点というのが、ヘーゲルの弁証法の論理とマルマスの論理とラカンのシステムである。ジジェクはほとんどこの三つのシステムだけで済ませてしまう。それでいて、このシステムを互いに「翻訳する」(p.19)ことで読者の目を眩ませ、読者を飽きさせることがないのだ。そしてこの翻訳のプロセスを通じて、「ハリウッドのシステムがジジェクのシステムへと」結びつける力業をらくらくと演じてみせるのである。

訳者は、「ジジェクの入門書なんていらないんじゃないの」とレトリカルな問いをしているが(p.251)、ジジェクは解読し、分析することの楽しい文章を書くのだ。その背後で作動しているシステムが単純であり、しかもそれ現われが多様なものだからこそ、解読が楽しくなるのである。

ジジェクのシステムと基本概念さえわかれば、読者はジジェクの文章をもっと味わい、その背後の論理を楽に見抜くことができるようになるだろう。そして彼の手つきを借りて、もしかしたら手品のような(笑)映画分析だって書けるようになるかもしれない。その意味でも、ジジェクの解説本はまだまだ書かれるべきなのかもしれない。

本書ではさらにジジェクの伝記的な説明が詳しくて参考になる。どんな場からどんな背景で、この異貌の人物が登場したのか。現代思想の世界で奇妙なまでに特異な力を発揮しているジジェクの思想のシステムの秘密を知るためにも、その経歴は興味深い。詳しい読書案内も有益だ。

【書誌情報】
■スラヴォイ・ジジェク
■トニー・マイヤーズ著
■村山敏勝他訳
■青土社
■2005.12
■259p ; 20cm
■シリーズ現代思想ガイドブック
■原タイトル: Slavoj Zizek.
■著作目録あり
■479176224X
■定価 2400円


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2007年01月09日

『ヴァーチャルとは何か?: デジタル時代におけるリアリティ』ピエール・レヴィ(昭和堂)

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「人間の文化のヴァーチャル性」

ヴァーチャルという語は、仮想の、虚像のという意味に使われることが多い。ヴァーチャルな体験とは、実際にぼくたちが生身で経験したわけではないのに、あたかも経験したように感じる体験のことだ。もしも脳にある体験の記憶を移植することができるとしたら、ぼくたちは自分でその記憶の体験をしたと思うことだろう。その意味ではヴァーチャルに対立するのはリアルであるかのように思える。

しかしヴァーチャルという語は著者も指摘するように、イタリア語の徳ヴェルチュの語源でもあるウィルトゥス(力、潜在性)という語からきている。「ヴァーチャルなものは可能的に存在するものであって、現実に存在するものではない」(p.2)ものである。だからヴァーチャルに対立するのはリアルなものではなく、アクチュアルなものである。

リアルなものに対立するのはヴァーチャルなものではなく、可能的なもの(ポシブル)である。ドゥルーズが指摘したように、可能的なものは、「すでに全てが構成されているが、未発の状態にある」(Ibid)ものである。それはリアルなものとして実現されるのを待っているのだ。だからリアルなものと可能的なものがペアとなり、ヴァーチャルなものとアクチュアルなものがペアとして対立する。

そして最初のペアは、実体にかかわるものである。樫の木の種子のうちには、すでに将来の樫の木となるものが可能的な形で存在していて、それが実現されるのを待っているだけだ。第二のペアは出来事にかかわるものであり、ヴァーチャルなものは「存在する」のであり、それが実際の出来事となって「到来」したときに、それはアクチュアルなものとなるのである(一八二ページの対比表を参照されたい)。

アクチュアルなものは、到来した出来事として一回的なものである。その出来事をヴァーチャル化すると、そこにはドゥルーズ的な意味での「脱領土化」が発生する。テクストはいまここにある。そのテクストをヴァーチャル化すると、それはハイパーテクストとなる。貨幣はここにあるものである。それをヴァーチャル化すると電子マネーとなり、為替相場となり、数字だけで決済が行なわれる銀行口座となる。それは脱領土化するだけでなく、「公共性や匿名性への移行、分配と交換の可能性、諸個人間の交渉や力関係の絶え間ない作用」(p.60)となる。

言葉そのものもヴァーチャルなものである。ここにある赤い果実の代わりにぼくたちは林檎という言葉を使う。そして林檎にまつわるさまざまな物語を想起することができる。「情景やストーリー、互いにつなぎ合わされた出来事の完全な系列」(p.89)を思い出すことができるし、まったく新しく作りだすこともできるのだ。そしてその物語を他者と共有することができる。経験することもなしに。言語は現在をヴァーチャルなものにしてしまう。

技術や道具というものは、行為をヴァーチャルなものとする。ハンマーはまだ腕の延長のようにみえるが、車輪はもはや足の延長ではなく、歩くという行為をヴァーチャルなものとして代用する(p.93)。契約というものは、人間が他者にたいして暴力を交渉する代わりに締結されるものだ。個人の間の契約から社会契約にいたるまで、これは現実の暴力の代用となり、現実の「力関係から独立している」(p.96)になる。

これらの三つの要素は人間の定義においても決定的な重要な意味をもつものであるが、どれも個別の事物、行為、関係をヴァーチャルなものとすることで人間の文化というものを可能にしたのである。宗教にもヴァーチャルなものはさまざまにみられるだろう。十字架一つの象徴的な意味、ワインとパンの象徴的な意味はヴァーチャルな要素をきわめて巧みに活用したものだろう。

著者はサッカーにまでヴァーチャル的な意味をみいだそうとする。サッカーをするということは、ある場所であるルールに従って行動することをうけいれ、それに習熟することである。どんな場所でも構わないのに、あるところがゴールとしての意味をもち、あるところがサイドラインの意味をもつ。それらの意味はどれもヴァーチャルなものであり、選手たちはそれを了解した上で行動するのである。

昔マヤ族は敵の首を切り取り、周囲を壁て囲まれた場所で球蹴りに興じたという。著者はこの球蹴りという行為がきわめて宗教的な意味をもつと主張する。それは敵の死者を弔う儀礼であり、その儀礼なしでは、死んだ敵は死を全うすることができないのだ。「遺骸が、集団の客体となる葬式の場に連れてこられず、それがただの事物として、分解する肉が死体としてヴァーチャル化されないならば、それはグループの崩壊、脱人間化の確かな徴である」(p.165)。こうして「ヒヴァロ族の小さくなった頭部は、ボールの奇怪な先駆者の一種ではないだろうか」(Ibid.)ということになるのである。

著者は集団的な知性という観点から、ヴァーチャルなものとアクチュアルなもの、リアルなものとポシブルなものの枠組みをさまざまに変様させ、応用させて思考する。ときに枠組みが人間の三つの技術のように三つの要素で考えられたり、「存在論四学」のように四つの学として考えられたりするような揺れはあるが、思考を刺激してくれる楽しい書物であるのはたしかだ。

なお訳者によると著者は1956年生まれで、ミシェル・セールの指導のもとでソルボンヌで科学史の修士号を取得し、カストリアディスの指導をうけてEHESSで社会学の博士号を取得している。1993年からパリ八大学でハイパーメディア学科の教授に就任。現在はカナダのオタワ大学集合的知性研究所の主幹という。いかにもらしい経歴ではある。
主著『集合的知性』も読んでみたい。

【書誌情報】
■ヴァーチャルとは何か?: デジタル時代におけるリアリティ
■ピエール・レヴィ著
■米山優監訳
■昭和堂
■2006.3
■207,18p ; 20cm
■原タイトル: Qu'est-ce que le virtuel?
■ISBN 4812206073
■定価 2900円


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2006年12月27日

『ソフィストとは誰か?』納富信留(人文書院)

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「反哲学者、ソフィスト」

ソフィストという呼び名は、軽蔑的に使われることが多い。ギリシアで誕生した頃からすでにそうだったようにもみえる。もともとは知者(ソフィステース)という褒め言葉であったはずなのに、ソクラテスとプラトンの頃からすでに、真なる知を求める哲学者(フィロソフォス)とは異なる〈ぬえ〉のような存在として非難されてきたからだ。

そのためか、ソフィストをめぐる本格的な研究書は少ない。日本でも例外的に田中美知太郎の『ソフィスト』がある程度にすぎなかった。その意味でもソフィストについての本格的な研究書である本書の登場は喜ばしいものだった。アリストファネスの喜劇にもみられるように、古代のアテナイにおいてソクラテスはそもそもソフィストとして糾弾され、ソフィストとして処刑されたのであり、フィロソフォスとソフィストの違いは、それほど自明なものではないのである。

本書ではフィロソフォスとソフィストの違いが、哲学者によるソフィストの切り捨てという形で実行されたことにより、哲学史においてはソフィストの研究が最初から歪められてきたことが指摘されている。「私たちが受け継ぐ〈哲学史〉が、ソフィストを忘却してきた歴史であるとすると、それはソクラテス・プラトンによる〈哲学〉の勝利ではなく、ソフィストたちが実質的に支配する歴史であったのかもしれない」(p.14)という視点は鋭い。

ニーチェ以来、そしてハイデガー以来、ソクラテス以前の哲学者たちにたいする注目は顕著なものであり、一つの思想的なスタンスを決める役割をはたしてきた。しかし「ソフィストを哲学史にどう位置づけるか」は、「ギリシア哲学史への一つの挑戦」(p.48)であるだけでなく、西洋の哲学史における一つの挑戦でもある。哲学者とは誰かは、ソフィストとは誰かという問いによって決定されてきたからである。

ここで哲学者とソフィストの違いを確認しておこう。それは「知と教育をどのように位置づけるか」(p.107)という「根本的な哲学問題への二つの相対立する方向」をさし示すものである。哲学者からみたソフィストとは、まず知の活動において収入をえて暮らす人々である。哲学者は「自由な交わりにおいて対話する」人々であるが、ソフィストとは「金銭をとって教育を授ける」(p.99)人々である(この観点からみると、現代において哲学を教える人はみなソフィストになる(笑))。

次にソフィストは「徳が言論によって教えられる」ことを標榜する人々であり、哲学者とは「徳の教育可能性を疑問とする」人々である。しかもソフィストはこの徳をアレテーのようなそのものに固有の価値とするのではなく、「知」として、その人の倫理的なありかたとは分離したものとして「教える」ことができると考えるのである。

このソフィストの教授という職業的な立場から、ソフィストたちは「言論の力による説得を目指す」人々となる。アテナイのポリスにおいては、私生活にいたるまで人々の監視の目がはりめぐらされており、誰もがいついかなるときにも裁判において被告となる可能性があった。そのために裁判での言論の術が重視されたのであり、ソフィストの活躍の場もそこにあったのである。しかし哲学者たちは、言論による説得の術ではなく、「言論を正しく使う」ことに配慮する人々とされたのだった。

次にソフィストたちは懐疑主義や相対主義を標榜する。人間は万物の尺度なのである。ここからフュシスとノモスの対立という重要な概念が誕生するが、哲学者たちは真理が存在すること、しかも絶対的な真理が存在することを主張する。またこれとは対照的な側面でソフィストたちは、すべてのことを知りうると標榜するが、哲学者たちは自己の無知の認識を強調するのである。

ここで言論の果たす役割をめぐって、ソフィストと哲学者たちの対立の軸がふたつ登場する。一つの軸は、言論と真理の関係である。ソフィストが目指すのは、絶対な真理ではなく、真理のみかけのあるものを言論によって説得し、それで相手を納得させることである。しかし哲学者は絶対的な真理というものがあり、それを言論のうちで説得するのではなく、一つの生き方のうちでその真理に到達する方法を探求するのである。

この対立の軸は、一見すると哲学と修辞学(弁論術)の対立のようにみえる。これはプラトンの学校とイソクラテスの学校の対立でもある。西洋の歴史においては、哲学そのものよりも、キケロを通過して、修辞学の伝統が脈々と流れ、そこにフマニタスの伝統が形成される。いま考えられるほど哲学は主流であったのではないのである。

しかしソフィストはこの哲学と修辞学の対立とはもっと別のところに位置する。著者は本書の第二部で二人のソフィストの作品を翻訳し、紹介しているが、このテーマは最初のソフィストであるゴルギアスの作品の分析の主題となる。ゴルギアスはたんに真理らしきものを説得するための技術として修辞学の立場に立つわけではない。「真理と虚偽、本物と似而非物[にせもの]の区別や秩序を逆転させる言論」(p.172)を導入するのである。

「虚偽を説得するのも抗い難い力であるとすると、それがそのまま〈真理〉となる。いや、虚偽こそがもっとも強力な真理なのかもしれない」のであり、「真理/虚偽」の区別を「妖しくなし崩す」(ibid.)のである。ゴルギアスの言論は、そしてその「遊び」や「笑い」の技法は、「哲学をうち倒す〈反哲学〉の手法」(p.240)としての意味をもっていたのである。

第二の対立の軸は、書かれたものと語る言葉の対立である。プラトンが書かれたものに否定的な姿勢をとっていたことはよく知られているし、書簡ではプラトンの書いたものはない、残っているのは若いソクラテスの書いたものだという不思議な言葉を残しているのである。ソフィストもまた書かれたものを否定する。即興のうちに、すべての事柄について生き生きと語る術こそが真の言論であり、書かれたものはその抜け殻にすぎないとみなすのである。

この対立の軸を展開するのが、本書で翻訳・紹介されている二人目のソフィストであるアルキダマスである。このソフィストについてはほとんど研究がなく、知られていなかった人物であり、その作品が翻訳され、分析されたことは貴重である。『書かれた言論を書く人々について、あるいは、ソフィストについて』というこのディスクールは非常に興味深い。

この言論ではプラトンの『ファイドロス』を思い出させる形で、書かれた文章への批判を展開する。語られた言葉は、「瞬時に思考そのものから語られれば、魂を持ち、生きていて、事柄に従い真の物体にも似たものであるが、他方で、書かれたものは、言論の似像に似た編成を持つが、すべてのよき行いには与からない」(p.258-259)のである。

アルキダマスが知られていないのは、このソフィストの本領として、即興の演説に全力を尽くし、書き物を残さなかったからとも考えられる。この演説は、パロディとして、「遊び」としてどうにか残ったものにすぎない。この演説の主張がきちんと守られれば、アルキダマスの「作品」というものが残るはずもなかったのである。

ソフィストの研究は、哲学の発生における位置どりを明らかにする役割を果たすものであり、「哲学の言説を呑み込み、それを相対化する力」をもつソフィストの魅力の研究でもある。古代の「反哲学」の姿と実践に思いを馳せるのを手伝ってくれる書として、そしてソフィストと哲学者の対立する二つ重要な軸から考察した書として、本書は貴重である。


【書誌情報】
■ソフィストとは誰か?
■納富信留著
■人文書院
■2006.9
■308p ; 20cm
■4409040804
■定価  2800円


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2006年12月18日

『サイード自身が語るサイード』エドワード・サイード、 タリク・アリ(紀伊國屋書店)

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「知識人の三つの顔」

サイードが親しい友人のタリク・アリと交わした対話の記録。一九九四年にドキュメンタリー番組として放映されたものの「元版」である。まだ病もそれほど重くない時期に、親しい友人とかわしたうちとけた対談だけに、サイードの素顔をかいまみることができる。

いくつか、思考を刺激する発言があったので、紹介してみよう。長らくサイードを読んできた人には周知のことかもしれないが、あらためて読むといろいろと考えさせられる。まず現代の「文化主義的な」論調の問題について。「現代のフランス文化においてひどい問題のひとつは、文化と政治がまったくかけ離れていることだ。文化的イコンが存在する。文化的思想も存在する。文化的テクストも存在する。けれども、それらはある種の美的観点からしか眺められていない。政治的なものと文化的なものとのつながりは、ひたすら忘れ去られている」(p.94-95)。たしかに。いったいいつからのことだろう。サルトルまでは、フーコーまでは明確な結びつきはあったのだが。デリダの存在は忘れてはならないが。

『オリエンタリズム』が書かれたのが、六日戦争の直後から、サイードが「一九六七年とその後に書かれたものを切り抜いたり蒐集して、丹念に読みはじめる」という「明確な方法論」的な仕事をきっかけとしていることは興味深い。「読んでみると、アラブ世界の実情についてわたしが経験したことと一致しない。そこにさまざまな歪曲や誤表象を見て取ることができた」(p.124)。歴史的な事件と思考の錯綜した関係の一つの実例がここにある。

歴史的な記憶と傷について。「植民地主義の影響は、最後の白人警察官が去ったときにくらべて、いま現在のほうが、はるかに深く浸透し、長くつづいているのだ」。フロイトが
示したように、心的な傷は、それをうけたときでなく、その長い反芻と想起の時期にこそ、その真の効果を発揮するのであり、傷は事後的に生まれることが多いほどなのだ。「真の問題は、抑圧された人々がもはや抑圧されなくなったあとに生じるのだ」(p.129)。

●知識人の三つの顔
しかしこの書物で一番興味深いのは、サイードの知識人論であろう。『知識人とは何か』という著書もあるサイードは、知識人の役割について鋭い意識をもっているからだが、同時にサイードの自画像でもあるからだ。知識人はアブであり、批判者であり、ダンディであるべきだというのが、サイードの意見なのだ。

まず知識人は、人々を忘却から覚醒させる「アブ」の役割をはたす。「知識人がなすべき役割は、この基本的に歴史を無視した健忘症の世界に対して、ニュースを一七分間の報道番組にパッケージ化してよしとしているこの世界に対して、歴史を思い知らせること、苦難にあえいできた人々の存在を知らせること、権利を侵害された共同体がおこなってきた長期にわたるは道徳的な主張の存在を知らせることです」(p.111)。

古代のアテナイでソクラテスが名誉と富の追求に熱中している市民たちを立ち止まらせて、今の生について考察させたように、知識人は人々を健忘症から覚醒させ、過去の抑圧の歴史に苦しむ共同体と、いまみえないところで抑圧されている人々の存在を意識させるべきだと考えるのだ。

その意味で知識人がとくにやってはならないのは、「一丸となって生まれるテクスト崇拝、ある種の規範的思想への全面的な崇拝」(p.134)に陥ることである。そこにはつねに「一種の偽りの共同体」が立ち上がるからだ。サイードは、「所属を確認する教義」を唱えるものに反抗したくなるのが「わたしの生来の特徴というか、欠点」と謙遜するが、忠誠心を要求する思想や教義には、人一倍の警戒心が求められるのだ。

批判的な精神を忘れて、公認の思想体系のうちで安住したときに、知識人にはアブの役割をはたせなくなるどころか、アブに覚醒させられるべき存在となる。サイードの理想とする知識人は、知識人の世界の中で批判的な思考を忘却した知識人を覚醒させるための「アブのアブ」であることを求められる。

第三にこの知識人はダンディーであることを求められる。「真摯な知識人だけが外見に関心を寄せることができると思っている。なぜなら外見はだいじだからだ。また外見に真摯に関心を寄せる者だけが、真摯な知識人になりうるし、精神的なことにも注意が向くんだ」(p.162)。

アテナイでソクラテスは外見のことに心を煩わせたりはしなかっただろう。しかし人々に自分は外見のことなど構わず、真理だけを追求していることを誇示するために、破れた外套の穴をこれみよがしに示すこともなかっただろう。知識人がダンディであるべきかどうかは疑問であるし、「外見に真摯に関心を寄せる者だけが精神的なものに注意を向けることができる」というのは、ダンディだったサイードだけに許される言葉のような気もする。それでも身なりについての姿勢もまた、知識人の生きかたを示す役割をはたしていることもたしかなのだ。

最後に訳注について。豊富な(時にはスペース的には読みにくいほどの)訳注はよく調べてあるし、よく勘所を押さえている。訳注はつけるのは苦労だし、つけかたも難しいものだ。哲学関連の本でソクラテスやプラトンにあらずもがなの三行の訳注がついていると、溜め息がでる。本書でもたとえばサルトルの説明はいらないと思うかもしれないが、一般的な説明のあとで「その名声と影響力は、一九六八年の五月革命以降、普遍的・全般的知識人が否定されるまでつづいた」というコメントがついていることで、それまでの説明が生きてくる。

【書誌情報】
■サイード自身が語るサイード
■エドワード・サイード、 タリク・アリ著
■大橋 洋一訳
■紀伊國屋書店
■2006.12
■188p
■ISBN 4314010134
■定価  1500円


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2006年12月03日

『アドルノの場所』細見和之(みすず書房)

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講談社の『現代思想の冒険者たち』シリーズで『アドルノ』を著している著者によるアドルノ論集である。この著書を読むと、改めてアドルノにおけるベンヤミンの影の強さを実感せざるをえない。とくにそれが顕著に感じられるのは、第一論文の「アドルノにおける自然と歴史」と(かなり重複するが)第八論文「〈自然史〉の理念再考」である。

第一論文では、「自然史」という概念が、「自然あるいは歴史という単一の概念では捉えることができない具体的な歴史的現実を、それらの概念をいわば酷使することによって開示する」(一六ページ)という方法であり、それがベンヤミンの「自然の顔容には、変移の象形文字で〈歴史〉と記されている」という『ドイツ悲劇の根源』の自然・歴史観から強く影響されていることを示す。

そしてアドルノの歴史哲学においては、「ラディカルな自然史的思惟の元では、あらゆる存在者が瓦礫と破片へと変貌し、一切の存在シャーシが、そこにおいて意味が見出されるような刑場、歴史と自然が絡まりあっている刑場と化す」(三五ページ)ことをみると、ほとんどベンヤミンの文章と見分けがつかないのである。

アドルノがベンヤミンからうけた影響があまりに大きいので、この領域でのアドルノの独自性はほとんどないようにみえるが、著者は第八論文では、「ヘーゲル/マルクスという大きな思想史的なコンテクストにふたたびベンヤミン(とルカーチ)の視座を組み込むことにアドルノの独自性がみられることを指摘する(二二一ページ)。それだけだろうかとも思うが、ともかくアドルノにおけるベンヤミンの影響は決定的かつ重大なものだったのだ。

二人の思想家が友愛の関係のうちに、これほどの影響を与えあうのは稀なことといってもよいだろう。『ベンヤミン・アドルノ往復書簡』は、パサージュ論をめぐるベンヤミンの構想とアドルノの構想を教えてくれるし、一九四〇年二月二九日の記憶と忘却に関する議論はとても刺激的だ。ときにアドルノはベンヤミンに代わって思考し、構想を示すこともあるくらいだ。

そして教授職の就任演説「哲学のアクチュアリティ」では、剽窃と受け取られかねないことを語って、ベンヤミンからやんわりと抗議の手紙をもらっているほどなのだ(一九三一年七月一七日付け)。そこにも二人の思想的な結びつきの強さを感じることができる。ときに見分けがつかなくなるくらい、接近する思想もあるのだ。

また第七論文「思考の遅れについて」は、アドルノとホルクハマイーの『啓蒙の弁証法』において、この書物の執筆時にはすでに第三帝国のもとでのユダヤ人の虐殺のニュースが伝えられていたはずであるにもかかわらす(著者は『アレント伝』でそれを裏付ける)、アドルノがこの重大な事件を著作でほとんど触れていないことに注目する。それは「ほとんとスキャンダラスな印象すら与えかねない」(二〇二ページ)ものである。

アウシュヴィッツのあとで詩を書くこと、哲学をすることの野蛮さを指摘したアドルノにおいて、この書物の反ユダヤ主義の分析が「ショアー以前」(同)であることの意味は何か。その思考の「遅れ」の原因は何か。著者は決定的な回答は示していないと思われるだけに(この遅れが指摘されるのは、論文の最後の頃なのだ)、この興味深い問いにどう答えるかは、読者であるぼくたちにまだ残されているとも言えるだろう。

あとドイツ文化におけるハイネの「流暢な言葉のリズムに折り畳まれた屈折を、これだけ執拗に開いてみせる」(一三〇ページ)アドルノの手並みと、それを「マーラー論」という「後史」と結びつけ、「アドルノが滑らかなハイネの詩に暴力的にマーラーを介入させた」(一三八ページ)ふるまいを分析する第五論文「テクストと社会的記憶」には教えられた。

既発表の論文でアドルノをテーマにしたものを集めて一冊の書物としただけに、重複したところが気になるし(関係ないが、フーコーは既発表の論文を編んで本にするということを決してしなかった稀有な人だった。本を出すなら、初めから書き直すのがすきだったのだろう)、著者の第一論文を野村修が「わざわざコピーをとって何人かの同僚に配られたそうだ」などとナイーブに表現しているところをみると、この書物が読者のためよりも、著者のためにあるのではないかと感じたりもするのだが、アドルノとベンヤミンの思想的な関係を考えなおすための手掛かりになる好著だと思う。ああ、『ベンヤミン・アドルノ往復書簡』をまた読み直したくなった。

【書誌情報】
■アドルノの場所
■細見和之[著]
■みすず書房
■2004.12
■262p ; 20cm
第一論文 アドルノにおける自然と歴史
第二論文 アドルノのフッサール論を表象する試み
第三論文 メタクリティークのクリティーク
第四論文 アドルノのハイデガー批判、そのいくつかのモティーフについて
第五論文 テクストと社会的記憶
第六論文 社会批判としての社会学
第七論文 思考の「遅れ」について
第八論文 <自然史>の理念再考
第九論文 アドルノの場所
■4-622-07124-X
■定価 3200円


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2006年11月30日

『涜神』ジョルジョ・アガンベン(月曜社)

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前々から気になっていた概念に、ゲニウスがある。ラテン語の辞書をひくと、創造力、生のエネルギー、創造的な霊で、とくに身体の善、誕生、誕生日、結婚などにかかわるもの、社会的な享楽の霊、善き生活への好み、パトロン、天才などと記載されている。建築学の分野では、ゲニウス・ロキ(地霊)という概念として展開されているものだ。
これが気になるのは、ギリシアのダイモーンやローマのペルソナと近い概念であるだけでなく、ベンヤミンや初期の論文でインファンスと女性とからめて考察しているからだ。たとえば次のような文脈で登場する。

まず女性的なものについてベンヤミンは次のように語る。創造的な精神(ゲーニウス)は女性的なものの存在を通して生きているからである。……作品であれ、行為であれ、思想であれ、それらがこうした女性的なものの存在について何ら知ることなしに生み出される場合には、必ずやそこに、悪と死が含まれる(『来たるべき哲学のプログラム』(道籏泰三訳、晶文社、三二一ページ)。

そしてインファンスについては「道徳的な無言性、道徳的な未成熟性(インファンティリテート)のなかにゲーニウスが誕生するという逆説こそ、ギリシア悲劇のもつ崇高さにほかならない(ベンヤミン「運命と性格」浅井健二郎訳、『ドイツ悲劇の根源』下巻、二一二ページ)と語っているのである。

この書物のいたるところにベンヤミンの影があることから考え、おそらくベンヤミンのこうしたゲニウス論に刺激されて、この概念を一本の導きの糸として考察を展開したのが、アガンベンのこの書物である。アガンベンは「古代ローマ人たちは、各人が生誕の瞬間にその保護下に置かれる神をゲニウスと呼んでいた」(七ページ)と、この書物の冒頭で説明する。しかしこの保護神のような存在は、「きわめて親密で個人的な神」であると同時に、「わたしたちのなかにあって最も非個人的なものであって、わたしたちのなかにあってわたしたちを超越し凌駕するものの化身」でもあるのであ(一〇ページ)。

これは「最も近くにあるものが最も遠くにあって制御不可能」であるという事態なのだ(一三ページ)。アガンベンがここでゲニウスをフロイトの「不気味なもの」や「不安」の概念と同じ文脈で考えているのは明らかだろう。抑圧されたものは不安となってぼくたちを脅かし、ときには「病理学的形式において再び現れる」(六六ページ)ものでもあるからだ。それは「地下聖堂」として心の内部に秘められたもの、ぼくたちが日常において意識しないものであるとともに、もっともぼくたちの真の姿を明かすものでもあるのだ。

このゲニウス的なものは、スペキエース的なものとして、鏡のようにぼくたちの隠れた顔を写しだす。「鏡は、わたしたちが像をもっていることを発見すると同時に、それがわたしたちから分離されうること、わたしたちの〈外観〉あるいはイマーゴがわたしたちには属していないことをわたしたちが発見する場所でもある」(八〇ページ)のである。

そしてこのゲニウス的なものは、自己の内部だけではなく、他者や品物として現れることもあるとアガンベンは考える。「ベンヤミンが〈薄明のような〉と表現する半分が天の聖霊で半分が悪魔のインド神話のガンダルヴァに似た」(四〇ページ)、奇妙な存在であり、カフカの小説に登場する「助手」であり、ぼくたちを裏側から援助してくれるものだ。品物のうちにもこのようなゲニウス的なものは存在する。「半ば思い出の品であり、半ばお守りでもあるような」(四三ページ)無益な品物、それでいて誰もそれを敢えて捨ててしまうことのできないものである。

この無益な品物のうちに住むゲニウスは、ある意味ではベンヤミンの天使に近いものである。ベンヤミンは「アゲラシウス・サンタンデル」で、「天使は、わたしがかつて別れざるをえなかったあらゆるもの、人間たち、そしてとりわけ物たちに似ている。わたしがもはや所有していない物たちのなかに、天使は住んでいるのだ」と書いているからだ(『来たるべき哲学のプログラム』前掲書三六七ページ)。

しかしアガンベンは同時に、ベンヤミンの「宗教としての資本主義」を考察した「涜神』の章では、資本主義の「大祭司」こそが、この天使の裏の顔であることを指摘する。「玩具が、それの使われた遊びが終わったとき、いかに残忍な不安の種となりうるかを、子供ほどよく知る者は誰もいない」のであり、よこしまな魔法使いがそれをつかまえて呪いをかけ、わたしたちに危害を加えるために使うこともできるのである。このよこしまな魔法使いは、資本主義という宗教の大祭司である」(一二七~一二八ページ)と。

この魔法使いの「裏をかく」のはどのようにして可能か。それを問うことこそが、「来るべき世代の政治的課題」(一三五ページ)であるというのが、アガンベンの最後の言葉である。そしてこの課題は、未来の世代の課題であるだけでなく、ぼくたち読者に問い掛けられている問いでもある。

【書誌情報】
■涜神
■ジョルジョ・アガンベン著
■上村忠男,堤康徳訳
■月曜社
■2005.9
■139p ; 18cm
■原タイトル: Profanazioni.
■4-901477-19-6
■定価 1800円


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2006年11月21日

『フーコー・ガイドブック』ミシェル・フーコーほか(筑摩書房)

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「フーコーの思考と生活の見取り図」

『フーコー思考集成』全一〇冊の主な文章がちくま学芸文庫で、フーコー・コレクションとして、『狂気・理性』『文学・侵犯』『言説・表象』『権力・監禁』『性・真理』『生政治・統治』の六冊の文庫にまとめられて、読みやすくなったことを祝いたい。これでフーコーが電車の中で読めるようになったと、喜んでおられる読者も多いことと思う。
ところでこの『フーコー・ガイドブック』は、このフーコー・コレクションの別冊という位置づけで刊行されたものだ。この本は三つの部分で構成される。第一部はフーコーの主要著作の解説であり、第二部はフーコーのコレージュ・ド・フランスの講義レジュメであり、第三部はフーコーの年譜である。

第一部は、「フーコーの頭」についてのわかりやすい解説から始まって期待を抱かせてくれるのだが、著作の解説としては少し簡略にすぎて、それほど効率的な導入とはなっていないように思われるのが残念だ。著作解説と用語解説を同時にやろうとしたのが裏目に出たのかもしれない。

それよりも第二部は、コレージュ・ド・フランスの一一年分のレジュメがまとめられていて、とても便利だ。フーコーが毎年発表していたレジュメは、まだコレージュ・ド・フランスの講義が刊行されていない年度のものもあり、一覧性があって、フーコーの晩年の営みを一望できる。

このコレージュ・ド・フランスのレジュメは『思考集成』の原著が刊行される以前から一冊の著書として刊行されていて、実はぼくはこの著作の翻訳を出したくて、いろいろと努力したのだった。ぼくにとって念願だった本がこのような形で成立していることに、複雑な気持ちを抱かずにはいられないが、こうしてレジュメがまとまった一冊になったことは、読者の一人として素直に喜びたい。

これからコレージュ・ド・フランスの講義録が次々と刊行されてくるだろうが、フーコー最後の十数年間の軌跡をたどるためには、フーコーみずからその年の講義について要約した文章は、何度でも立ち返るべき大切な記録だと思うのだ。

第三部は、『思考集成』の第一巻の冒頭に収録されていた年譜で構成される。最後までフーコーを手伝っていたダニエル・ドフェールが作成したこの年譜は、フーコーの活動について背後から照らし出す貴重な証言となっているのである。たとえば1953年1月に『ゴドーを待ちながら』を観劇して、「一つの断絶」とみなし、それから「ブランショとバタイユを読んだ」(二五六ページ)という証言(そして次にニーチェとハイデガーにたどりつくのである)。そしてルネ・シャールの詩を暗唱できない人は、昼食に招かれることはなかった(二六〇ページ)という晩年にいたるまで続くネル・シャールの詩作品への偏愛の証言。

サドとビシャが西洋的な人間の身体のうちに、死とセクシュアリテを位置づけたというノートからの抜き書き(二六五ページ)は、『狂気の歴史』の背景をあかしているし、サピアとウォーフの理論にたいして、「問題は言語ではなく、発話可能性の諸境界そのものなのだ」という指摘は、『言葉と物』のモチーフを浮き彫りにする。アルジェリアで「毎日ギリシア的に身体を鍛え上げ、日に焼け、厳格な生活を身につけるという自分の生の新たなスタイル」(二七三ページ)を構築し始めたという記録には、ついほほ笑んでしまう。

この年譜を読むだけでも、フーコーの思考と生のスタイルがどのように変わっていったかをいろいろと想像することができるだろう。誰でもいい、ある一人の思想家の生活と思考のスタイルの襞のすみずみまで知っておくこと、それはぼくたちに自分の生き方で袋小路に入ったような気がするときに、そこから脱出するために役立つものなのだ。

こんなとき、彼ならどうしただろう、どう判断し、どう決断しただろう。その思考の道筋が自分なりに思い描けるような思想家を一人でも確保しておくことは、とても大切なことだと思う。その意味でもこの小さな、それでいて中身のぎっしりと詰まった本は、とても貴重な手引きとなるだろう。

【書誌情報】
■フーコー・ガイドブック
■フーコー・コレクション (文庫)
■ミシェル・フーコー (著), 小林 康夫 (編集), 松浦 寿輝 (編集), 石田 英敬 (編集)
■筑摩書房 (2006/11)
■326ページ
■ASIN: 4480089977
■価格:1,365円


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2006年11月16日

『〈テロル〉との戦争 : 9.11以後の世界』西谷修(以文社)

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「九・一一以後の世界を考えるための手がかり」


西谷修の『「テロとの戦争」とは何か』は、九・一一テロの後の世界の動きを追跡しながら分析する好著だったが、その後のイラク戦争の経緯を踏まえた増補版『〈テロル〉との戦争』が刊行された。

イラクではスンニ派とシーア派が居住地区を分ける川越しに砲弾を打ち込む悲惨な事態になっているという。かつては共存できた同じイスラーム教の二つの宗派が仇敵のように殺しあうようになった現状は、かつてのユーゴスラビアを思い出させる。それにつけてもブッシュのイラク戦争のもたらした惨禍を痛感せずにはおられない。その意味でも九・一一からの分析に、イラク戦争開始後の新しい分析を追加した本書は、さまざまな事件を想起し、位置づけるのに役立つ。

本書に集められた西谷の分析のように、ブレずに事態を追跡する文章は、定点観測のような役割を果たしてくれて、ありがたい。というのも、日本の論調が最近は急に強い潮に流されるように、みえないところからブレているような気がするからだ。

この状況を西谷は、新幹線が終着駅に到着すると、進行方向に椅子の向きを変える場面に譬えている。進行方向に後ろ向きに座るのは昔の東海道線などではごく普通のことだったが、新幹線で後ろ向きに座ることを考えると、なぜか身体的に嫌な感じがする。速さと顔の向きに何が関係があるのだろうか。

それはともかく西谷は現在の論調のうちに、バタンバタンと椅子の向きを変えるような印象を抱いているのであり、ぼくも同感である。メディアの風潮のうちで、誰もが同じ方向を向いていないと、不安になるかのように、一斉に同じ方向に顔を向け、進行方向と逆を向いている人は、急に自分がすべてのひとの視線を集めていることに気付く。たんに椅子の向きという物理的な理由からなのだが、やがてその人も、もじもじとして座席の向きを変えるに違いない。

「バタンと座席がひっくり返る。それは誰かの命令で行われるのではない。いつの間にかみんながいっせいに向きを変えるのだ」(二一九ページ)。西谷は、とくに拉致問題におけるこの座席の向きの転換にとくに注目する。メディアにおいていつか日本が「一方的な被害者」ということになって、だれもが「ならず者」を糾弾するのが当然だという雰囲気になり、逆に「危機だけを増幅する」(同)結果になっているからだ。

韓国において、交通事故を起こしたアメリカ兵が罪を問われなかったために巻き起こった反米集会を取り上げ、同じような事件が沖縄で起きていることを指摘しながら、「ところが韓国は、言ってみれば国全体がオキナワなのだ」(一九七ページ)と指摘するなど、西谷の分析は相変わらず鋭い。急に自分が進行方向とは逆の椅子に座っているような気がするのは嫌なものだろうが、今後もじっくりと見極めた現状分析を読みたいと思う。

【書誌情報】
■〈テロル〉との戦争 : 9.11以後の世界
■西谷修著
■以文社
■2006.10
■264p ; 20cm
■「「テロとの戦争」とは何か」の増補新版
■4-7531-0249-1
■定価  2400円


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2006年11月13日

『キリスト教の伝統』J.ペリカン(教文館)

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「キリスト教の教理史の定番書」


著者のペリカンは訳者によるとハルナックの孫弟子にあたるらしく、ハルナックの偉大な著作『教理史』について「古くはなったが、いまだに本書を乗り越えた著作はない」と称えている。しかし訳者はみずからの著作が、その課題をなしとげたと自慢してもよいかもしれない。少なくともこの一連の著作が、著者がハルナックに捧げた「この分野の研究者なら誰でもそれと競わねばならない初代教会の教理の歴史の一解釈を提示している」(四七一ページ)のはたしかだろう。


ぼくも以前からこの著作の恩恵をこうむっていたが、邦訳がでてみると、新たにその素晴らしさが実感できる。これまで頭の中でもやもやとしていた霞がはれたような気分である。とくにわかりよく説明されているのが、第四章のアレクサンドリア中心の「ホモウシオス」の教義とニカイア信条、第五章のアンティオキア中心の内在する「神のロゴス」の神学、とカルケドン信条におけるキリスト教の三位一体論の内的な拮抗関係である

カッパドキアの三神父の理論がもう少し詳しく紹介されていたらと思わないでもないが、これらの論争と教義で何が賭けられていたのか、どのような概念を中心に議論が展開されていたのかがはっきりするのは素晴らしい。グノーシスからオリゲネスとクレメンスの理論にいたる展開も示唆的である。


第六章でアウグスティヌスの予定説がもつ重要性と「異端性」が詳しく紹介されているのもうれしいところだ。アウグスティヌスの自由意志の理論が哲学の世界でもった重要性についてはハンナ・アレントも指摘しているが、この自由意志の否定と不可分の関係にある予定説が、一七世紀のジャンセニウスの『アウグスティヌス』にいたっても「問題は解決されていない」(四三六ページ)ことは重要なことだ。


このアウグスティヌスの予定説をめぐっては「恵みの主権とその必要性という教理から、恵みの仲介の教理を手段として、功績と人間の主導性という概念の最導入へと微妙に移行する可能性」と、「予定論への逆行」の可能性が競いあうことになるのだ。そして西方のキリスト教神学は、アウグスティヌスへの「一連の脚注」として書けるという著者の指摘は刺激的である。


ほかにも興味深い記述は多い。ネストリオスの書物を筆者した者は、その手を切断される可能性があったのに、隠れオリゲネス主義で満ちていたデュオニシュオス・ホ・アレオパギテースの書物は、パウロとの伝説のために「使徒に次ぐ権威を主張することができた」(四五七ページ)ことを考えると、偽名と韜晦の力もまんざらではないと思わざるをえない。


それと「カトリック」(普遍)を称する公同教会は、「万人によって信じられてきた事柄を理解するためには、教会がまだ神学の中で教えておらず、信条の中で告白していなかった時でも、地の黙した人々に尋ね、彼らが信じている教理を読み出す必要があった」(四四七ページ)という記述も深い意味をそなえている。テオトコスたるマリア信仰もまた、「地の黙した人々」(silent in the land, p.339)から生まれたものだろう。

全巻の構成を紹介しておこう。
第二巻『東方キリスト教世界の精神』
第三巻『中世神学の成長』
第四巻『教会の教義の改革』
第五巻『キリスト教教理と近代文化』


翻訳は意訳を避けたものだけに少し堅さはあるが、それなりに読みやすく、信頼できる。無事に最後まで刊行されることを祈りたい。

【書誌情報】
■キリスト教の伝統 : 教理発展の歴史. 第1巻
■J.ペリカン著
■鈴木浩訳
■教文館
■2006.7
■506,27p ; 22cm
■公同的伝統の出現 100-600年
■4-7642-7256-3
■6500


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2006年04月08日

『アクシデント 事故と文明』ポール・ヴィリリオ (青土社)

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「禍々しき予言者」

ヴィリリオの黙示録的な予言は呪文のように、ぼくたちの心を捉える。哲学者とは禍々しきことを告げる予言者のことだといった人がいるが、嘉きことを告げる予言者であるべきでないのはたしかだろう。ぼくたちにはどうしても、明るい未来を信じたいという自然な「傾き」があるからこそ、暗い未来についての予言には耳を傾けるべきなのだ。

それでも、ぼくたちの現在が実にはどのようなものであり、未来がどのようなものとなるのか、日常の生活のうちではそれほど露になってこないものを、ぼくたちの眼前につきつけて、その禍々しさを味あわせててくれる書物もときにはある。それがヴィリリオの書物を読むときの貴重な体験だ。ぼくたちは日々の生活のうちで、あまりに想像力を鈍化させているので、ときにはこうした書物で想像力に砥石をあてて、なまった刀を研ぎ澄ます必要があるのだ。

本書『アクシデント 事故と文明』は、パリのポンピドゥー・センターで開いた「サ・アリーヴ」(やってくる)という展示会をきっかけして刊行された書物のようだ。あいからわずのヴィリリオ節が轟いて、楽しい。もちろんどの書物を読んでも同じヴィリリオ節であるとのはたしかなのだが、こうした薬は定期的に服用(笑)すべきものだろう。

ヴィリリオは、現代の技術文明にいたるまでの三つの領域ごとに、事故を分類してみせる。物質にかかわる事故、エネルギーに関する事故、情報に関する事故である(p.69)。産業社会の到来、原子力と核の社会の到来、情報の社会の到来と、社会の性質が変わるごとに決定的な意味をもつ事故の性質は変わってくる。しかしぼくたちが情報社会にいるからといって、物質的な事故の意味が薄れるわけではない。物質的な事故が核の事故で累乗化され、さらに情報の事故で累乗されて、ますます深刻で禍々しいもとなるのだ。

物質的な事故は、古代から存在していたものといえるだろう。最初の交通事故が発生したのがいつなのか、馬で引く戦車の衝突が最初の交通事故といえるのかどうかは別として、現在も交通事故は絶えることがない。福知山線の事故は、現代の管理社会の性質がもたらいした事故という意味では、新しい性質の事故だが、物理的にみる限り、事故の性質は同じだろう。

しかし空間を武器として使った「投げおとし事件」のような「事故」は、生活の場が地上の数十メートル上にあり、しかもそこが公共の場所としてどのような外部者でも立ち入ることができるという現代の技術社会の落とし子に違いない。崩壊するツイン・タワーから飛び下りた人々にとっても、自分が大地から離れた籠のようなものに閉じ込められていたことを痛感したに違いない。

ヴィリリオがあげている例で心をうたれたのは、凶器となった並木の物語である。高速で走り抜ける自動車にとっては、曲がり角の一本の樹が凶器になる。動くことなく、木陰を提供するためにうえられていた樹木が、自動車の速度がある水準を超えると、人々の前にたちはだかる凶器となり、プラタナスは殺人者になるのだ。こうして街道から次々と樹木が伐採されていく。殺人者を駆除するために。ぼくたちが殺害者であることも問われぬままに。

エネルギーの事故として象徴的なのはチェルノブイリの事故がもう二〇周年を迎えたことだった。以前、世界の放射性廃棄物の処分状況の報告書を取り寄せたことがある。旧ソ連圏の諸国では、もはや人が住めなくなった場所をフェンスで囲んで、立ち入り禁止にするだけでなく、行き場のない放射性廃棄物の処分場として利用している。こうして処分場の放射能は高くなるばかりで、いかなる措置も不可能になっていく。

ウクライナはチェルノヴィリの発電所を石の「棺桶」で囲ったが、その効力も少なくなり、日本を含めた国際的な協力で、新たな石棺で発電所をさらに囲むプロジェクトを計画しているという。ヴィリリオが皮肉るように、いつか巨大なエネルギー事故が発生して、やがて人類はこの地球[テール]全体を埋葬する[アンテレ]ようになるかもしれない。アシモフを初めとして多くのSFで描かれているように、「住むことのできない星」として。

ヴィリリオの語るところでは、アメリカでは「チャイナシンドローム」を実際に起こしてみるプロジェクトまであるそうだ。一時は放棄した増殖炉計画を復興しようとするブッシュ政権は、日本の増殖炉計画に色目を使い始めたようだ。そして六ヶ所村での再処理計画が推進され、MOX燃料計画が再燃し、核燃料サイクルの「確立」とやらがうたわれるようになる。そして破滅的な事故の可能性がますます高まるのである。日本の原子力発電所がどれほど大きな地震のリスクに直面しているかも忘れられたかのように。原子力事故はぼくたちの「原罪的な事故」として人類の未来の幕を閉じるかもしれない。

情報的な事故でヴィリリオがとくに注目するのは遺伝子操作の事故だ。放射能の恐ろしさは遺伝子に影響することにあるが、それを人類がみずから手で実行してしまう可能性が現実のものとなってきたのだ。良かれと思って手を加えた遺伝子に、致命的な欠陥が発生することはないのか。生命を作り出すことのできない人間がさかしらに遺伝子に加えた小細工は、いつか時限爆弾のように爆裂するかもしれない。生物という物質の事故に、遺伝子という情報の事故が重なるときの恐ろしさをぼくたちはもはや想像することもできない。

■アクシデント 事故と文明
■ポール・ヴィリリオ (著), Paul Virilio (原著), 小林 正巳 (翻訳)
■ 単行本: 199 p ; サイズ(cm): 19 x 13
■ 出版社: 青土社 ; ISBN: 4791762452 ; (2006/02)



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2006年03月11日

『ヘブライズム法思想の源流』鈴木 佳秀(創文社)

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「旧約聖書の謎解き」

旧約聖書の『申命記』でモーセが語る重要な言葉がある。「イスラエルよ、聞け。われわれの神ヤハウェは唯一なるヤハウェである。あなたはあなたの心を尽くし、精神を尽くして、力を尽くして、あなたの神ヤハウェを愛さなければならない」(六章四~五節)というものである。

このモーセの言葉は奇妙な謎にみちている。相手に向かって「イスラエル」という三人称的な言葉で呼び掛けながら、すぐに「われわれの」神という一人称の複数に転換する。そして「あなたは」という二人称の単数に切り替わるからだ。この人称の単数と複数、一人称と二人称、三人称の転換は以前からさまざまな議論の対象となってきた。

この書物ではヘブライの法思想を当時のオリエント世界の法律と比較する考察など、示唆に富む考察も多いが、何よりもこの謎を解くことに力をいれており、この謎の解明が本書の山場でもある。

まず著者はこの『申命記』という文書がヨシュア王の「申命記改革」の際に作られたという主張の大筋を認めながらも、その内部に重層的な構造が存在していると考える。もっとも基礎となったのは、レビたちが信者たちに命じるために、ヘブライのさまざまな掟を語る部分である。

この掟はすでに存在しているものであるために、ここは三人称で語られる。たとえば「ある人が死刑に値する罪で処刑された場合には、死体を木にかけねばならない」。これが掟の本体部分である。この掟を信者たちに語るときには、「あなたはその人を木にかけなければならない」という二人称が登場するわけである。

ここではモーセは「直接的には法の権威と関わりがなく、法の語り手としても登場しない」(p.136)。これは口承の掟を語るレビの言葉である。しかし法典をまとめる段階において編纂が行われ、モーセが「あなた」と語る部分が構成される。これは「国家の役人の責任において、……民に守らせるべき規範を(責任、権利、義務)、モーセが語り手となって」(138)語る部分であり、ここでは語りかけの相手は共同体の役人が想定されている。

その後にこうした法典の序文として、冒頭にくるモーセの言葉が置かれる。ただし著者はこの段階ではまだ「われわれの」という部分は存在しなかったものと想定している。その次にくるのは、「あなたがた」という呼び掛けによる編纂である。「あなた」ではなく「あなたがた」という呼称が使われるのは、「統合されたイスラエルではなく、聞き手をある特定のグループに限定しつつ」(139)呼び掛けているからだと考えるのが、著者の着眼点である。

著者はこれはヨシュア王の時代にユダヤがイスラエルを統合した際に、それまでの伝統的な呼び掛けが通用しなくなっていること、そしてイスラエルには別の民族が移住していたために、モーセの十戒が破られる危機的な状況が存在していたこと、そのために彼らではない「あなたがた」という区別の言葉が語られたのだと考える。

最後が「われわれ」という呼び名が登場する段階である。ここはすでに捕囚段階にあって、「帰属意識の基盤であった国家が消滅した」状態において、もはや自明なイスラエルの民が存在しないために、主体的な決断をもって、個々人が歴史を導くヤハウエに対する信仰告白を語ることが求められたのだという(140)。

一つの文書から、その背景となる歴史的な事実との関係を裏付けるのは困難であるが、楽しい冒険でもある。本書はその一つの試みとして、ワクワクしながら読んだ。最近活発になってきた考古学的な研究からは、旧約聖書をそのままでは読めないことを明らかにする証拠がいつくも登場している。まだまだ旧約聖書は深い謎を蔵している。ああ、これまでの聖書の文字通りの解釈を破壊するような、活きのいい考古学的な研究書は登場しないものか!

鈴木 佳秀
創文社 ; ISBN: 4423301237 ; (December 2005)

目次

旧約聖書の中心をめぐる諸考察とヘブライズム法思想
第1部 ヘブライズムの文化的・法的環境世界(古代メソポタミアの法秩序と古代イスラエル法の独自性
古代イスラエル人が生きていた罪と罰の世界
古代イスラエルにおける法共同体の成立)
第2部 ヘブライズム法思想における申命記の意義(旧約聖書における申命記の位置とその特質
申命記をめぐる文献学的研究の現在・未来
申命記改革における王国の司法行政
ヨシヤ王による占領政策と同化政策
申命記における聖戦思想の復活と聖絶観念の成立)
第3部 ヘブライズムにおける歴史意識と申命記の遺産(歴史書編纂における申命記史家の歴史意識
申命記史家によるイスラエル理解の虚構とその創造性
ヘブライズムから見た聖戦論の思想史的意義)
モーセ像をめぐる伝承史的考察から見たヘブライズム法思想の特質


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2006年01月27日

『他者の受容』ユルゲン・ハーバーマス(法政大学出版局)

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「ロールズ論争の一環」

他者の受容というタイトルだが、受容(Einbeziehung)とは、取り入れる、取り込むという語であり、共同体を他者に開き、他者を取り入れる用意をすることである。ハーバーマスの他者の受容とは、「差異にきわめて敏感な普遍主義」(p.1)であり、「差別待遇および危害の撤廃という消極的理念と、周辺化された人々を相互に考慮して受容する」(p.2)道徳共同体という枠組みでの「受け入れ」であり、デリダの過激なまでの歓待の思想ではない。「受容」という概念が他者の問題を考察するのに適しているかどうか、いささかの疑問はある。

そもそもハーバーマスは第一部で道徳性と理性の関係を考察した後に、最後になってこの概念を序文で提示したのだった。第一部のこの文章は討議倫理の普遍化の問題をめぐって展開されていて、他者の「受容」の問題は正面からはとりあげられていない。どうもあとからとってつけたタイトルという印象は否めない。第三部の「差異に敏感な包括」という考察も、少し言葉が滑るようなところがある。

それでも第四部の人権の議論、とくにカントの永遠平和の理念をめぐる論考は参考になる。カントの世界市民をめぐる構想には、さまざまな矛盾があり、カントがそれを隠蔽したところと、別の論理に滑っていくところがあるが、ハーバーマスはそれらの問題点をきちんと提示する。歴史の経過を知っている後代の人間としてカントの構想は穴だらけのようにみえるが、それでもぼくたちはまだ枠組みとしてはこの永遠平和の構想を超えられていないことを実感させられる。

この書物で一番興味深いのは、第二部のロールズとの論争だろう。ロールズの『正義論』の批判というよりも、建設的な改善の提案という視点から、「友好的挑発」(p.64)という形で、ハーバーマスはロールズのいくつかの基本概念に補足的なコメントをつけたのだった。

まずロールズの「無知のヴェール」という手続きについて。ロールズがこの手続きを必要としたのは、検討する問題、とくに社会的な富の再分配という問題を市民が考察する際に、それまでの形而上学的な原理に依拠しないですむ方法が必要だったことにある。ハーバーマスはこの手続きの必要性は「当事者の意識する自己の利害関心から正義原則を導出するためには、合理的に決定する当事者の選択範囲を適切に制限する必要がある」(p.65)ところにみている。ハーバーマスが疑問とするのは、「自立的な市民の理性を、任意の決定を下す行為者の選択合理性に還元」することができるのかということだった(p.65-66)。

具体的にはハーバーマスはこの問題をいくつかの視点から再検討する。まず決定する当事者からは道徳的な内容が抽象されていて、ただ選択する主体としてみなされている。その選択の根拠は、「合理的なエゴイズム」にあるわけだ。しかし問題なのは、この主体から道徳的な善についての理解を除去してしまって、市民全体の「最上位の利害関心」をただしく考慮することができるだろうか。そしてエゴイズムでは他者の視点に立つことはできないのではないだろうかということだ。エゴイズムという原理に、「理性の公共的な使用」(p.66)を期待できるだろうかということだ。いってみれば、マンデヴィルのエゴイズムの論理は、スミスの道徳感情論を経由して、ロールズにいたるわけだが、この原理がどこまで信用できるものだろうかということだろう。

ハーバーマスがとりあげる第二の問題点は、ロールズの「基本財」の概念にある。これは無知のヴェールの概念を採用したことの論理的な帰結であり、合理的な選択をする主体として検討することのできる規範的なものは、「財によって満たされる利益や価値という概念」(p.68)としてしか現れない。そして「原初状態の当事者自身は、権利を他の財と並ぶ財の一つとしてしか思いえがけない」(ibid.)のである。となると正義や道徳などの規範としての義務が、交換可能な一つの財や価値として表象されることになる。

規範は、すべての人にとって平等に適用される義務を定めるものである。価値の地平におおいては、どのふるまいが適切であるかは、義務としてはではなく、その効果や機能によって判断すべきものである。そして無知のヴェールかぶった主体が選択することのできるのは、この価値の次元のものだけであるが、ロールズは考察の全体として、こうした主体に「平等な主体的な行為の自由を絶対的に優先すること」を求めるのである。

第三の問題点は、無知のヴェールにおいて情報が遮断されたことがもたらす問題である。ヴェールをかぶった人は、選択においてつねにモノローグ的に思考せざるをえなくなるために、各人は自己の私的な判断にしたがうしかなくなる。もしも社会の道徳的な規範が単一であり、確固としたものであれば、情報を遮断しても、主体は社会の規範にしたがって最善の分配をするだろう。しかし多元的な社会においては党派的な思考方法を排除することができない。ヴェールをかぶった主体もつねにイデオロギー的にそまっているのである。すると選択する内容そのものに情報を追加してゆかねばならない。ということは、選択する主体ではなく、選択する主体に選択すべきものを提示する側に、真の主体が存在することになってしまう。

ハーバーマスはこれらの問題点に対して、無知のヴェールをかけるのではなく、開かれた強制のない場での討議によって、意見を積み重ねていくコミュニケーション的な理性の理論を対比させるのは、まあ当然の成り行きだろう。ハーバーマスとロールズの論争はつづくが、ロールズの手続きのモノローグ的な欠陥はきちんと指摘されているというべきだろう。討議的理性は、この点では大きな利点を備えているのはたしかなのだ。それがどこまで説得力と実効性をもつかは、もちろん別の問題だが。


書誌情報と目次
■他者の受容 : 多文化社会の政治理論に関する研究
■ユルゲン・ハーバーマス[著]
■高野昌行訳
■法政大学出版局
■2004.11
■403,35p ; 20cm
■Die Einbeziehung des Anderen.
-道徳的義務の権威はどのように理性的なのか 道徳の認知内容についての系譜論的考察
-政治的リベラリズム 理性の公共的使用による宥和
-政治的リベラリズム 「理性的」対「真」あるいは世界像の道徳
-国民国家に未来はあるか ヨーロッパの国民国家
-国民国家に未来はあるか 包括-受容か包囲か?国民、法治国家、民主制の関係
-国民国家に未来はあるか ヨーロッパに憲法は必要か
-人権 カントの永遠平和の理念
-人権 民主的法治国家における承認をめぐる闘争
-「協議主義的政治」とはどのようなものか 民主制の三つの規範的モデル
-「協議主義的政治」とはどのようなものか 法治国家と民主制との内的つながり
-『事実性と妥当性』への付論 カードーゾ・ロー・スクールにおけるシンポジウムでの論評への答弁
■4-588-00803-X
■4500円


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2005年12月25日

『ハイデガー哲学の射程』細川亮一(創文社)

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「ハイデガーと古代哲学」

ハイデガーの『存在と時間』は基礎存在論としても、日常世界でいきる人間の現象学的な考察としても、実存的な考察としても、何度読んでもおもしろい書物だが、細川氏は『存在と時間』の成立の歴史を分析しながら、この書物が当時の実存哲学や現象学などとの取り組みのうちよりも、古代ギリシアのプラトンとアリストテレスとの取り組みのうちに生まれたものを示そうとする。

ハイデガーが当初抱いていた自己世界、共同世界、環境世界という三つの世界論が、超越論的な「解釈」という概念によっていかに消滅していくか(p.189)、事実性という人間のありかたから実存というありかたにいかにして重点が移行していくか(p.129)などを説得力のあるかたちで提示する。

またハイデガーの本来性と非本来性の概念の対比が、ふつう考えられるような頽落と実存の対比とは別に、アリストテレスのフロネーシスの概念との取り組みのうちに生まれているという指摘も興味深い。アリストテレスの倫理学の基本的な視点は、ソフィアとしての知とフロネーシスとしての知のどちらが高次の知であるかというところにある。これは観想的な知と実践的な知の対立、すなわち哲学と政治学の対立という重要な問題であり、アリストテレスが一応は観想的な知を高次の知としていることは周知のところである。しかしときにはアリストテレスが政治学的な知に特別な地位を与えているように読めるところもあるのはたしかだ。ハイデガーはアリストテレスのこちらの顔に依拠して、フロネーシスこそがソフィアよりも高次の知と考える。

ハイデガーはフロネーシスこそが「そこで人間が本来的である存在のありかた」であると考え、「これが『存在と時間』において本来的な心理としての決意性とされる。現存在の本来性は堕落した日常生活との対比でたんに考えられているのではない。本来性-非本来性の対比の背景に、フロネーシスかソピアかという対立(真理、存在、時間のレベルにおける)を読み取らなければならない」(p.188)のである。

ハイデガーの『存在と時間』においてWoraufhinとかWozuとかWorumwillenという関係代名詞と前置詞の組み合わせが重要な概念として登場するが、これがアリストテレスが好んで使った語の構造をそのまま翻訳したものであり、たとえばWorauhinは「プロス・ヘン」に対応し、Worumwillenは「ト・ウ・ヘネカ」に対応するという説明は示唆に富む(p.65)。

著者のハイデガー論『意味・真理・場所』も力作だったが、本著もハイデガーの『存在と時間』を読む上で貴重な貢献をしてくれるものだろう。著者が自分の着想が、ハイデガーの講義録が発表されていくプロセスで、いかに発展し、疑問点が解明されていったかを語る後書きも好ましい。ハイデガーの哲学の「射程」を示すことを目的とするとされているが、その課題には成功している。もちろん、「それで、それから、どうなるの」という問いは喉まで出てしまうが、それはこのような著作には禁句だろう。ぼくはかつて『存在と時間』の詳細な脚注書を夢想したことがあるが、そんな作業のためにも、いろいろな思考の刺激を与えてくれる好著だ。

書誌情報

■ハイデガー哲学の射程
■細川亮一著
■創文社
■2000.2
■249,9p ; 22cm
■4-423-17123-6
■5800円


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2005年12月19日

『哲学者エディプス : ヨーロッパ的思考の根源』グー,ジャン=ジョセフ・クロード【著】〈Goux,Jean‐Joseph Claude〉・内藤 雅文【訳】(法政大学出版局)

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「オイディプスのヒュブリス」

あまり期待せずに読み始めたが、意表をつかれた。フロイト以来、オイディプスの神話は人間の心性にとって普遍的なものとされているが、その普遍性がギリシアの神話の普遍性との差異のうちに形成されたものであり、西洋の思想、すなわち哲学は神話を殺戮することで誕生したが、そのときに大きな「欠落」を孕んでいることを主張する書物なのだ。

ぼくたちがなじんでいるギリシアの神話世界には、オイディプスと似た神話がいくつもあるが、重要な違いがある。ギリシアの神話にとっては、オイディプスの神話は典型ではなく、逸脱なのだ。ある男性が国王になるプロセスを描いたペルセウス、ベレロフォーン、イアソンの神話には一つの基本的なパターンがある。

一、神託の予言で、国王が自分の息子または自分よりも若い男に地位を奪われることを恐れる。そこで王はその者を殺すか、遠ざけようとする。
二、未来の英雄は殺されずにすむ。そして成長してふたたび王と直面すると、王は英雄に怪物と戦うという危険な任務を与える。
三、英雄は神々、賢者、未来の許嫁などの助けをえて、怪物を殺すことに成功する。
四、この勝利によって英雄は国王の娘と結婚して、王の座を継ぐ(p.6)

この方が基本形であるのは、これがいくつもの神話として語られていることからもわかる。王座につくための試練が与えられて、若者はそれを通過儀礼としてこなすことで、未来の妻と王の地位につくのであり、これは父親と息子の関係を象徴した神話なのだ。

しかしオイディプスはこの神話から逸脱する。一のところはまったく同じである。しかし二と三のところが大きく狂う。たしかにオイディプスは殺されずにすむが、成長してふたたび王と直面すると、王から任務を与えられるのではなく、その場で王を殺してしまう。本来の神話では怪物とは母親である。成人になるためには、母親との絆を断つ必要があるのだ。これは、野生の社会で残されている多くの通過儀礼でも母からの分離と仮の死を象徴的に実行することからも明らかだろう。

オイディプスが出会うのは、スフィンクスという怪物であり、この怪物にはたしかに女性的な要素がある。しかしオイディプスはそこでだれの助けも借りずに、自分の智恵だけで謎を解いてしまう。これは通過儀礼で求められていることとは反対である。通過儀礼が求めているのは、若者が社会の智恵と儀礼に敬意を払うことである。オイディプスはこんなこものに敬意を払わない。スフィンクスは殺されるのではなく、身投げして死んでしまうが、著者はこれはスフィンクスがオイディプスの侮辱に耐えられないからだと指摘する。

そしてみずからの知を誇ったオイディプスは、テーバイで王の娘とではなく、王の妻、すなわち自分の母親と結婚してしまう。「血みどろの戦いで雌の怪物を殺していない者は、自分自身の母親と結婚する運命にある」(p.27)。それは雌の怪物、すなわち母親との双数的な関係を断ち切ることができない場合には、母親にのみこまれてしまうという意味では、精神分析の教えるところと一致するのだ。こうしてオイディプスの神話は「通過儀礼を避ける神話」(p.44)であることが明らかになる。

著者はさらに雌の怪物との対決には「愛撫、打撃、質問」という三つの要素があることを指摘する(p.76)。そしてこれをインド=ヨーロッパ語の社会における三つの機能、すなわち司祭の聖なる機能、戦士の戦いの機能、農夫の生産の機能と結び付ける。愛撫に逆らって、節制の美徳を示す必要があり(これは生産性の領域である)、戦いに勝って戦士の力を示す必要があり(もちろん戦いの領域だ)、質問に答えて、知性を示す必要がある(これは聖なる領域だと著者は指摘する)。

デュメジルの示した三機能とのぴったりとした一致がみられるとは少し言いがたく、こじつけに近いところもあるが、これがプラトンの魂の三つの機能と国家の三つの機能と重なるのは明らかだろう。英知の部分、気概の部分、情欲の部分とぴったりと重なるのであり、こちらとの関連はたしかに存在する。プラトンにせよ、神話にせよ、社会の基本的な機能に注目していたのはたしかだろう。そして個人は成長するプロセスにおいて、この三つの能力をそなえていることを証明しなければならないのだ。試練に合格することによって、そして通過儀礼にしたがうことによって。

しかしオイディプスの神話は通過儀礼を無視することで生まれる結果を示しているのだった。そのうちでもっとも逸脱したところが、王殺しでも母親との結婚でもない。オイディプスが社会の英知を無視して、自分の智恵だけで謎を解くことだ。これは大きなヒュブリスのあらわれであり(p.164)、王を殺すのも、母親と結婚するのも、このヒュブリスがもたらした結果と言えるのだ。西洋の哲学の根本にある方法、神話を信じ、それに従うのではなく自分の智恵で考えるということであり、ソフォクレスが描いたオイディプスはいわば哲学者なのだ。

「スフィンクスの答えは、人間を万物の尺度としながら、聖なるものの曖昧さを見えなくして、神の合図を否定するものであるが、その答から自分自身を完全に解明するための調査に至るまで、エディプスは、個人を越えた他者性をまったく拠り所とせずに、あの〈汝自身を知れ〉を、エゴーの完全な支配のほうへ、自己−考察的意識のほうへ向かわせる」(p.164)。

こうしてエディプスの狂気が西洋の理性になった(p.246)のだとすると、しかしどうなるのかという問題がつきまとう。西洋の文明の根幹にこのヒュブリスがあるのはたしかなことだろう。そしてそれが母親と子供の関係の根にまつわるものであることを考えると、これは西洋だけの問題ではない。ぼくたちはすでに社会の通過儀礼を無視し、みずからの知だけを頼りにして、はなはだしいヒュブリスに陥っているからだ。著者がいうように、これは虚構ではなく、社会における「意味装置」を描き出したものと考えられるからだ。このことの意味は深い。

書誌情報

■哲学者エディプス : ヨーロッパ的思考の根源
■ジャン=ジョセフ・クロード・グー〔著〕
■内藤雅文訳
■法政大学出版局
■2005.7
■289,5p ; 20
■ISBN 4-588-00820-X
■定価 3300


著者グーの邦訳には他に『言語の金使い : 文学と経済学におけるリアリズムの解体』( 土田知則訳、新曜社)がある。

ほかに
■Economie et symbolique ; Freud, Marx / Jean-Joseph Goux. -- Editions du Seuil, 1973
■Les iconoclastes / Jean-Joseph Goux. -- Seuil, 1978. -- (L'ordre philosophique)
■Terror and consensus : vicissitudes of French thought / edited by Jean-Joseph Goux and Philip R. Wood ; : pbk. : alk. paper. -- Stanford University Press, 1998
などがある。最後のはずいぶん評判になった記憶がある。



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2005年11月11日

『ルネサンスの哲学』エルンスト・ブロッホ(白水社)

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「世界書物の解読」

「なぜルネサンス哲学なのか」。訳者ならずとも自問したくなるところである。あのブロッホがなぜルネサンス哲学の講義をするのだろうか。ブロッホが教えていた当時の東ドイツにあったライプチヒ大学では、「講義の素材に哲学史を選ぶことが、政治的な事件であった」(p.222)というから、ブロッホなりの政治的なアピールの仕方かと思ってしまいがちだが、当時のブロッホはマルクスやレーニンよりも、プラトンやカントの講義に力をいれていたらしい。

ブロッホは哲学の歴史のうちでも、うっかりすれば見過ごしてしまうような細部から、それまで副次的であるように思われたものに新しい光をあてることで、その細部を忘却から救い出そうとする。ベンヤミンにも似たミクロロゴーの手法が、ルネサンスの哲学の読解に役立てられるのだ。

ブロッホがこの書物でとくに注目したのは、世界を一冊の書物のように解読するルネサンスに特有の視点だったろう。フーコーは『言葉と物』でルネサンスを「世界の散文」というタイトルで分析していた。ルネサンスという時代は、世界というマクロコスモスを、人間や書物のようなミクロコスモスと重ねて解読する時代だったのだ。

ブロッホがとくに重視しているブルーノの主著は、『最大者と最小者について』であり、そこでブルーノは世界という最大者にたいする「信仰告白」(p.37)を語る。この信仰告白は、中世における彼岸にたいする信仰告白とは対照的に、この宇宙の無限さ、この世界の広大さにたいする信仰告白である。

しかしブルーノのまなざしは、無限な宇宙だけに向けられているのではない。「一匹の小さな蠅、一羽の鳥の羽毛、すべての石、それどころか稲妻のように一瞬だけひらめく個体が、もっとも微細な細部に至るまで詳細に述べられます」(p.40)。そしてこの最小者のうちに、すでに最大者の萌芽を読み取るのである。宇宙においては「最大者と最小者は区別されない」(p.43)からである。マクロコスモスはミクロコスモスのうちに解読されるのだ

世界書物という概念をとくに明確に示したのはカンパネラである。「カンパネラは自然という書物の中に、彼の三つの基本原理を探し求め、その解読を試みた」(p.70)のである。彼は自然のさまざまな存在を階層的に構想しながら、それを解読する人間の認識の諸段階を対応させる。そして力、知、愛というカンパネラの基本原理は、この自然という書物を解読するためにさまざまな変身をとげるのである。

ブロッホはさらに、ベーメにおいてはミクロコスモスとしての人間がはっきりと書物として提示されていることに注目する。「私は、私の知識の限度内で多数の書物から初めて文字を集めるのではなく、私は私自身の内に文字をもっているのだ。なぜなら、万物が住む天と地は、さらには神自身も、人間の内部にあるからだ。人間自身に他ならぬ書物を、人間が読んではならぬということがありえようか」(p.104)。

パラケルススは人間が自然を認識し、人間自身の身体を認識することにおいて、「世界の自己治癒」が可能になると考える。医者は哲学者として、ミクロコスモスとマクロコスモスを解読する視力をもつ必要があるのだ(p.82)。最後にブロッホはガレリオのうちに、この世界の解読の一つの極限をみいだす。周知のようにガリレオは、自然という書物は数学で書かれているのであり、数学でなければ解読できないと指摘したからだ。

古代のギリシアやローマの時代の自然研究の重要な課題の一つは、人間の「小ささ」を認識することにあった。しかしルネサンスの時代の自然研究は、「知は力なり」と語ったベーコンの方法に従いながら、自然法則を認識し、自然を数学という手段で解読し、自然を人間の利用できる対象として扱うようになるのである。

このようにブロッホはルネサンスの哲学の歴史を考察しながらも、最大者である宇宙と最小者である人間が固定した関係のうちにとどまらず、宇宙を解読する人間の力が次第に強まるプロセスとして解読しようとする。この解読の力はやがて人間とその社会へと向けられ、ホッブスが自然状態と社会契約の理論を提示することになる。この資本主義の社会理論はやがて、人間には自然よりも、人間が作った歴史の方が理解しやすいと語るマルクス(p.197)につながることになる。この書物の最後を飾るのは、質的唯物論にたいするマルクスの「至極当然な喜び」(p.204)であるのも、一つの必然であるに違いない。

書誌情報
■ルネサンスの哲学 : ライプチヒ大学哲学史講義
■エルンスト・ブロッホ[著]
■古川千家,原千史訳
■白水社
■2005.5
■229,3p ; 20cm
■4-560-02449-9
■2600円


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2005年11月04日

『無人島 1969-1971』ジル・ドゥルーズ(河出書房新社)

無人島 1969-1971 →bookwebで購入

「ドゥルーズの声」

ドゥルーズ『無人島 1969-1971』
ドゥルーズがガタリと共同で執筆し、『アンチ・オイディプス』や『千のプラトー』などを出版したころに発表していた論文を集めた「ドゥルーズ思考集成」の第二巻に相当する。とくに精神分析批判が中心となるのは、まあ予想された通りであり、いくつかの論文やインタビューは、すこしはしゃぎ過ぎなほどに、パパ-ママ-ボクの三角形の批判を展開する。

もちろんラカンが登場してすっかりさかんになったフランスの精神分析が、すべてをエディプス・コンプレックスの三角形のもとで解釈しようとする傾向があるのはたしかだ。しかしこの傾向は一度批判すればそれで十分なものではないかと、つい思ってしまう。だからどうなの、と。

それよりも欲望の理論についてドゥルーズが珍しくゆったりと説明しているインタビュー「資本主義と欲望」が楽しく読める。欲望を欠如として解釈するのではなく、作り出す欲望、想像的な欲望の力を認めることが重要であることを、『アンチ・オイディプス』などよりも明晰に語っていて読ませる。

ドゥルーズはマルクスとは違って、欲望の力を下部組織のもとに認めるのだ。たとえば「欲望がいかに下部構造に働きかけるかということ、欲望が下部構造にいかに備給するか、欲望はいかに下部構造の一部をなしているか、そしてそのようにして欲望がいかに権力を組織する、弾圧システムがいかに組織されるか」といったことに注目する必要があることを強調するのである(二五五ページ)。

またこのインタビューは、よく言われるようにドゥルーズが欲望の資本主義を擁護しているわけではなく、資本主義の欠点をしっかりと批判しているという意味でも有益だろう。ブルジョアジーが「革命的な役割」を果たしたというマルクス主義的な見方を否定しながら、ブルショワジーは「民衆の欲望という巨大な欲動を操作し、誘導し、抑圧」するのであり、民衆に革命を起こさせるにすぎないのである(二六五ページ)。ブルジョワジーは「獲物をもっている猛禽類のようなものであり」、労働者を待ち構えて、本原的な蓄積と呼ばれるプロセスで、労働者の血を吸うのである(二六四ページ)。

あと忘れられなのは、ドゥルーズが構造主義を紹介した文章「何を構造主義として認めるか」だろう。ほぼ同時代にあって、フーコー、ラカン、アルチュセールなどの思想に共通する性格をとりだして、構造主義を定義する特徴を確定する。これは構造主義が過去のものとなった時点にいわば「あと知恵」で書いた文章とは違って、その最中、あるいは直後の営みだけに、ドゥルーズの眼のたしかさが発揮された文章だ。いまの同時代の思想を定義することを試みる際にはきわめて参考になる文章として、ぼくたちの遺産となるだろう。

どの文章でも、ドゥルーズの少し含みのある低い声が柔らかく響いてくる。ほんとうにユニークな思想家だったと、改めて思わざるをえない。ただそれぞれの初出の訳を生かしてるらしく、訳者の数はかなり多い。そのために訳文におけるドゥルーズの声の響き方はさまざまだ。くぐもった声しか聞こえないのもあれば、うまく音調を生かした訳もある。できれば一人の声で全体を読みたかったと思うのは、贅沢というものだろうか。

なお著作に収容されなかった文章を集めたこの「ドゥルーズ思考集成」は、全体で四部構成であり、次のようになる。たしかに年代順に構成されているのだが、二つのタイトル「無人島」と「狂人の二つの体制 」を使い、それをまた年代で二分冊にしているので、わかりにくいことこの上ない。あと一工夫ほしかった感がある。

□無人島 1953-1968
□無人島 1969-1974
□狂人の二つの体制 1975-1982
□狂人の二つの体制 1983-1995


書誌情報

■無人島. 1969-1974
■ジル・ドゥルーズ[著]
■稲村真実[ほか]訳
■小泉義之監修
■河出書房新社
■2003.6
■321p ; 20cm


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2005年10月28日

『芸術と貨幣』マーク・シェル(みすず書房)

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「貨幣と芸術、貨幣とキリスト教の親密な関係」

芸術に描かれた貨幣というと、ついティツィアーノの描いたダナエの裸体にふりそそぐ金貨を思いだすが、絵画だけにかぎってみても、貨幣はさまざまに異なる顔で登場していることに驚かされる。

シェルの『芸術と貨幣』は、西洋のギリシア、ユダヤ教、キリスト教の伝統のうちで、さまざまな芸術作品に登場する貨幣について考察する書物だが、たんにそれだけにかぎらない。貨幣はキリスト教の「根」のところにすみついていて、多様なアレゴリーの「種」となっていることを教えてくれる。

キリスト教においては、三位一体の理論のもとで父と子と聖霊が同じものでありながら、ペルソナ(仮面)を変えて登場する。イエスは人であると同時に神でもある。人という現実の姿をとりながら、実は神という観念的なものの具現したものである。貨幣もまた、たとえば金属という現実の物質でありながら、そこに刻印されただけの価値という観念的なものを示している。

「キリスト教的思考にとって貨幣がとりわけ微妙な問題となるのは、その価値が普遍的に等価で、神人イエスがそうであるように、観念的なものと現実のモノを同時に顕現させるからである」(p.6)。貨幣は現実の物質で作られていると同時に、それはどこでも通用する普遍的な価値を示すものとされている。このようにキリスト教と貨幣を支えている思考は「うり二つ」なのだ。

それはキリスト教の歴史において貨幣の比喩やイメージが繰り返し登場することからも明らかだろう。イエスは国家に税金を納めるべきどうかを問われて、カエサルの肖像の刻印されたコインで、「カエサルのものはカエサルに」と答えた。そして「神のものは神に」と付け加えた。これが何を意味しているかは微妙な問題なのだが、神殿におさめる税金を示唆したものだという説もある。教会は現代にいたるまで、信徒たちから信仰の「代価」として貨幣を集めつづけているのである。

税金だけではない。宗教改革で問題になった免罪符というものは、自分の罪の許しを貨幣で買い取るものだった。罪に対しては、さまざまな罰が与えられたが、その罰は貨幣で買い取ることができたのだ。罪を「贖う」という言葉どおりに。そしてどの罪にはどれだけの貨幣が必要かということが定められていたのであり、罪の大きさは貨幣の大きさで計られていたわけである。

また法王庁がみずから貨幣を発行していたことも有名だし、ミサに出席するためには代用通貨が発行されることもあった。これは「聖餐の硬貨」とも呼ばれたが、これはは司祭が「これはわたしの血である」とか、「これは私の肉である」というタイミングに合わせて与えられたという(p.19)。このとき代用通貨は聖餅と同じ地位を与えられるのである。代用通貨も聖餅も、本物の通貨と同じ方法で製造されることが多かったのだ。

西洋の絵画においてはこの聖餅にはIHSという語が刻印されている。「この徴において」とか「神の名において」と解釈されるこの語は、重ねて書くと、Sの上に縦棒が三本、横棒が一本にみえる。ここから縦棒と横棒を一本ずつとりさると、ドルの記号になる。「キリスト教の古い組み合わせ文字(IHS)がアメリカで貨幣の記号($)に変じたのは、けっして摩訶不思議な出来事ではなかった」(p.22)というのも、説得力がある。

本書ではさらに、聖杯と貨幣の関係などキリスト教のさまざまな貨幣との「因縁」が解明される。そしてシャイロックに描かれたユダヤ人と貨幣の結び付きの背後に、キリスト教の無意識的な貨幣観と反ユダヤ主義が潜んでいることを示すなど、奥行きもふかい。ホッティチェリの『受胎告知』の絵で、天使の口からでる金文字が、ダナエの貨幣といかに結びついているか、あなたは推理できるだろうか。


書誌情報
■芸術と貨幣
■マーク・シェル著
■小澤博訳
■みすず書房
■2004.1
■251,39p ; 22cm


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2005年10月22日

『聖パウロ : 普遍主義の基礎』アラン・バディウ(河出書房新社)

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「刺激的なパウロ論」

パウロは哲学的に深いものをもっているだけに多くの思想家が考察の対象にしている。キリスト教がナザレのイエスの教えから分岐して、キリスト教となるためにはパウロの思想が非常に重要な役割をはたしているからだ。キリスト教はキリスト-パウロ教と名づけるべきだと指摘したのはグラムシだったが、それまでファリサイの徒としてイエス派を迫害していたパウロが「回心」しなかったならば、キリスト教はユダヤ教の分派として終わっていたかもしれないと想像することもできる。

バディウはパウロの教えが当時の二つの重要な思想と対立していたことを描き出す。律法というノモスを軸としていたユダヤ教と、哲学の源であるギリシアの思想である。律法に対してはパウロはそれが罪を教え、同時に信者を罪に引き込む力をそなえていることを暴き出す。パウロはイエスを旧約のメシアと呼ぶことで、旧約の伝統をうけつぎながらも、その否定的な力を批判するのだ。

ところがパウロはアテナイで演説して散々な目にあったとされている。神が死んだと語り、死んだ神がよみがえったと語ったとき、哲学者たちは哄笑のうちに場を後にしたというのだ。そこからパウロの教えは「反哲学」としての意味をもつことになる。バディウが共感するのも、この反哲学としての思想的な立場である。パウロはキリストの受難の教えは、愚かしく聞こえることを認めながら、しかし哲学そのものの要求を拒もうとするのである。

ニーチェからウィトゲンシュタインにいたるまで、哲学という病からの治癒を求める営みは続くが、バディウはパウロとともに、反哲学の道を模索するのである。そのための道は、イエスの受難という出来事に注目し、概念的な思考を試みる哲学の方法を拒むことにある。「天才的な反哲学者パウロは、普遍的なことの条件は、起源においても、到達点においても、概念的ではありえない、と哲学者に警告する」(p.194)のである。

パウロにとってはイエスが受難し、復活したという「出来事」だけが決定的に重要な意味をもっていた。パウロは処女マリアについても、イエスの奇蹟についても語らない。ただイエスが人々のために罪を負って死に、復活し、使途たちに現れたことだけが、信仰の要であることを強調するのである。「キリストという出来事が到来するであろうさまざまな時代を超えて、主体の新たな道の見地を打ち樹てる[確証する]からだ」(p.114)。この出来事は、「遺贈でも伝統でもなければ、教えでもない。出来事は純粋な贈与として、こうしたこと一切にとっての超数[員数外]である」(p.114-5)。ここに出来事の思想を追求するバディウのパウロへの共感の土台がある。

解離に「せんげん」とルビをふって、選言に「かいり」とルビをふる(p.114)ややアクロバティックなところのある翻訳に好みは分かれるだろうが、キリスト教の源泉にあるパウロの思想を現代の思想的な課題から考察し、反哲学という困難な道を歩もうとするバディウの試みは、ぼくたちを挑発する。


書誌情報
■ 聖パウロ : 普遍主義の基礎
■ アラン・バディウ[著]
■ 長原豊,松本潤一郎訳
■ 河出書房新社
■ 2004.12
■ 210p ; 20cm



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2005年09月21日

『開かれ 人間と動物』アガンベン(平凡社)

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「剥き出しの生を作るマシン」

人間は動物とどこまで異なるか。この問いはドイツの哲学的な人間学の中心的なテーマだった。しかしよく考えるとこの問いは奇妙である。人間が動物ではないかのように、人間と動物を対立させる。カテゴリーとして考えるならば、動物は植物や鉱物と対比して考えるべきだろう。本来は動物の一つの種にすぎない人間を、動物そのものと(まるで動物という種が存在するかのように)対比させるのはカテゴリー・ミステークとしか言わざるをえないのだ(文学全集で世界文学と日本文学が分けて分類されているのと同じようなおかしみを感じることもできる)。

これでもこの問いは哲学的に多くの問いと答えを引きずっている。この問いには、アリストテレス風に言語の利用によって答えるか、動物行動学的に道具の利用で答えるか、哲学的人間学的に象徴の利用で答えるか、生物学的に、人間が生まれた瞬間から自立して生きることのできない早産の生き物として答えることもできる。

ヘーゲルは動物は死なないが人間は死ぬというところに、人間と動物の違いをみつける。ハイデガーは、動物は世界をもたないが、人間は世界をもつところに違いをみつける。動物が世界をもたないというのは、動物が世界と貧しい関係しかもてないということだ。「人間を特徴づけるのが世界の形成であるとすれば、動物における世界の窮乏を規定するのは、この露呈なき開示なのである。動物はたんに世界を欠いているばかりではない。なぜなら動物は放心のうちで開かれている」からである(八五ページ)。

後期のデリダも、ハイデガーにおける動物と人間の差異の視点に何度もこだわったが、アガンベンも同じように、人間という実存に特権的な地位を与えるハイデガーの基礎存在論の背後では、人間と動物の間の決定的な深淵が必要とされていたことに注目する。

このハイデガーの視点は、ハイデガーの西洋形而上学批判にもかかわらず、ハイデガーがその重要なところで、人間が自己のアイデンティティを規定するのに、人間と動物との差異を考えざるをえなかった西洋の形而上学と哲学の伝統に依拠せざるを得なかったことを示すものである。アガンベンは、この差異をつくりだす「人類学的なマシン」が二種類存在していたことを指摘する。

一つは古代的なマシンであり、このマシンは人間のうちに動物を含みこむことで人間と非人間を定義する。野性児、獣人、奴隷、野蛮人、異邦人たちをまず人間のうちにとりこみながら、人間でないものと人間の境界を定める。ところが近代のマシンは包合ではなく排除のシステムによって機能する。人間のうちに人間でないものを定めることで、自分たちを真の人間として定めるのである。人間でありながら人間でないものとされたのは、ユダヤ人であり、植物人間であり、臓器を自由に処分する「死体」となってしまった脳死の人々である。

このシステムが恐怖を誘うのは、人間と人間でないものの間に未確定の領域(六〇ページ)が残され、そこにおいては人間は「剥き出しにされた生」として、人間でないものとして取り扱うことができるようになっているからである。強制収容所において、収容所列島において、カンボジアにおいて、二〇世紀の歴史はこうした人間でない人間たちが量産された歴史である。そして現代においても、ガンタナモ刑務所の囚人たちやイラクの刑務所の囚人たちだけでなく、洪水のさなかで汚染された水の中に放置されたニューオリンズの多数の市民たちも、こうした「剥き出しの生」のうちに突如として放りこまれる。

アガンベンがこの書物で試みるのは、人間と動物の差異という伝統的なテーマ、ハイデガーが疑問を抱くこともなしに当然として提示した概念的な枠組みにおいて、すでに政治的な力が働いていること、生の政治の原則が貫徹していることを示すことだ。そしてこうした非人間をつくりだすマシンが「どのように機能しているかを把握し」(六一ページ)、いざというときにそのマシンの機能を停止できるようにしておくことなのだ。


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書誌情報
■開かれ : 人間と動物
■ジョルジョ・アガンベン著
■岡田温司,多賀健太郎訳
■平凡社
■2004.7
■208p ; 20cm


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2005年09月13日

『ボードリヤールという生きかた』(NTT出版)

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「ボードリヤール入門に最適」

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「ボードリヤール入門に最適」
日本では初めてのボードリヤール論である。考えてみると、あれほどまでに名高くなったボードリヤールのモノグラフィーがこれまでなかったというのも不思議なことである。著者の塚原氏は、ボードリヤールの多数の書物の邦訳を担当してきた経緯もあって、この書物を著したらしい。ボードリヤールとのつきあいの深さを感じさせるとともに、ボードリヤールの思想の経歴をわかりやすく概観する書物となっている。

ボードリヤールの思想的な歴史をたどると、三つほどの大きな山があると思う。生産概念の批判批判、シミュラークル論、現代批判である。まず最初の生産概念の批判批判では、西洋の近代の重要な概念である生産の概念をバタイユに基づきながら批判する。ぼくたちはつい思想についてまで「生産的」という言葉を軽々しく使ってしまうが、生産という営みには重要な含意が含まれる。あるものを作り出すことがそれだけで「善い」ことだということが、なかば無意識的に前提されているのだ。

しかしものを作り出すことは、つねに善いことであるわけではない。市場にあふれている商品を生産するためにはエネルギーを必要とし、これを廃棄物として処分するためにもまたエネルギーを必要とする。消費されたエネルギーは地球にとっては大きな負荷となるものである。

近代において生産という概念が重視されたことには、人間の本質を労働という営みのうちにみなしたマルクス主義の伝統があるが、これは有用性を重視する近代の「道具的な」理性にふさわしい概念であり、マルクス主義だけではなく、資本主義の社会そのものの根幹にあるものだ。ボードリヤールはこの生産の概念がもつ人間学的および神学的な伝統をするどく暴き出した。

またシミュラークル論では、シミュラークルの三つの時代の区別がわかりやすい。第一のシミュラークルは、現実を「模造」する営みである。自動仕掛けの人形のように、人間の営みを模倣する道具を作り出そうとするのだ。近代の初頭には、歯車で動く人形が珍重されたものだったが、これは「アナロジーと幻影の効果」(p.108)によって、人間を再現しようとしたものだった。

第二の営みは、技術的な大量生産によって、現実を模倣し生産しようとするものである。鉄腕アトムは一人しかいないが、ソニーのアイボのようなペット・ロボットは大量に生産することができる。鉄腕アトムにはまだアウラがあるとしても、尻尾を振るアイボにはもはやオリジナルとしてのアウラはなくなっている。

第三の営みは、オリジナルなしに現実のシミュレーションを作り出すものだ。作り出された世界は、模造ではなく、すでに現実と同等のものとなりおえている。これを象徴するのが、映画『マトリックス』だった。この映画はボードリヤールの著書を参照して作られたものだったが、現実を超えるシミュラークルの世界のリアルさを味わうことができた(ちなみにボードリヤールはこの映画はまだ現実と現実でないものという二元論に依拠していると、批判的だという。ボードリヤールが好きな映画は『トゥルーマン・ショー』と『マルホランド・ドライブ』だという。とくに後者を愛好しているそうだから、物語の筋が完全に破綻してしまっている(笑)作品が好みなのだろう)。

最後に最近のボードリヤールは、この現実でない世界が現実を超えてしまったことから倦まれるさまざまな帰結を語って倦むことがない。シミュラークルが現実を上回るリアルさをもってしまったため、近代社会の根幹を支えてきた基本的な対比概念、すなわち「主体と客体、現実と幻想、肯定性と否定性、あるいは善と悪」(p.202)などの概念の枠組みが崩壊してしまう。そのために道徳や倫理そのものが意味を失いはじめる。

そしてぼくたちはこの非現実的な現実の世界のうちで、主体として行動することができない空しさを味わいながら、ときに死の衝動につきうごかされることになる。9・11のテロの際に、崩壊するツインタワーをみながら、どこかに喝采する気持ちがあったことを告白した人々は多いが、その背景には自分を含めた世界の崩壊を無意識のうちに待ち望んでいるぼくたちの精神状態があるのかもしれない。ボードリヤールが指摘するように、「それを実行したのは彼らだが、望んだのはわたしたち」(p.205)かもしれないのだ。

書誌情報
■ボードリヤールという生きかた
■塚原史著
■NTT出版∥NTT
■2005.4
■246p ; 19cm


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2005年09月09日

『来たるべき世界のために』(岩波書店)

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「デリダの思考のプロセスを追うために」


フランスの哲学者、ジャック・デリダと精神分析家のエリザベト・ルディネスコの長~い対話だ。ルディネスコには、フランスにおける精神分析の歴史についての著書があり、ラカンの伝記『ジャック・ラカン伝』は邦訳されている。この対話には、刊行当初からさまざまな書評が発表されたが、どれも不評だった。なれ合いの対話にすぎないというのだった。そのため、デリダの著書に関心のあったぼくも、この書物の原書を取り寄せなかった記憶がある。

たしかにいまこうして読み直してみると、デリダとの対話の相手としてはルディネスコは軽すぎる。ほとんど専門の精神分析の分野でしか意見を語ることができていない。対話の相手としてはクリステヴァの方がよかっただろうし、読んでいて何度もデリダがクリステヴァと話しているような錯覚に陥った。それでもルディネスコはデリダに自分の思考のプロセスを語らせるための誘い水のような役割を果たしていて、予想外に読みがいのある本となっていた。

昨年亡くなったデリダはこれまで毎年、社会科学高等研究所という、いわば大学院のようなところで多数のセミナーを開催してした。死刑について、赦しについてなど、重要なテーマが取り上げられているが、これまでのところその内容は公表されていない。セミナーの記録はフーコーのコレージュ・ド・フランスの講演記録のように、やがて発表されると期待したいが、それまではこの『来たるべき世界のために』が、デリダのセミナーの内容を推測するための重要な手掛かりになるだろう。

たとえば「予測不可能な自由」の章では、クローニングについてのデリダの留保が語られる。デリダは別の文章で、家族を愛するということは、自分の中の他者を愛することだと語っていた。そのことからも、自己を再生する技術としてのクローナングには批判的だろうと予想していた。ところが意外にもデリダはクローニングそのものに対して、こうした哲学的なスタンスから批判することを控える。

医学的にはすでにさまざまな方法でクローニングと同じような営みが行われているのであり、それに「他者」の思想から反対するという「安易な」道を避けるのだ。ハーバーマスのように、生の一回性という視点からクローニングを批判するのはたやすいのだが、実際にすでに迂回した形でクローニングと同じ意味をもつ技術が適用されていることから、目をそむけてはなるまい。

また「動物たちへの暴力」の章では、動物実験に反対する議論が展開されるが、それも動物性への問いという視座からであり、単純な動物愛護を目指すからではない。そして動物に権利を認めるという一部の運動にたいしては、これは「人間主体にかんするある特定の解釈を強化する隠微の、ないしは暗黙のやり方」であり、「人間以外の生けるものたちに対する最悪の暴力」(九六ページ)であることを指摘する。デリダの意外にバランスのとれた姿勢には好感をもつ。

またデリダの死刑についてのこだわりは強い。プラトン、カント、ルソー、ヘーゲルにいたるまで、ほとんどの哲学者は死刑を問題にせず、かえって死刑の重要性を強調してきた。しかしデリダは、目には目をというタリオ(同害報復)の刑罰としての死刑は、たんなる処罰の一つではなく、法律による処罰の「超越論的な」根拠とまでなっていると考える。死刑とは、存在-神学-政治的なものを溶接するもの、人間の法権利の核心となるもの、法律と権利の体系の「ドームの要石」のような役割を果たすもの(二一三ページ)と考えるのである。

アメリカ、中国、アラブ諸国では死刑をいまだ実行し続けている。もちろん日本も例外ではない。デリダも日本の死刑に注目しながら、死刑のプロセスが公開されないこと、公的な情報の対象とならないことの特異性を強調する。死刑が暗闇のうちに実行されること、誰も知らないうちに死刑が執行されること、それをそもそも〈死刑〉と呼ぶことができるのか、それに「死刑という言い方ができるのか、さだかではない」(二二一ページ)という。そう、それはカフカの『判決』のように、誰もしらない場所で、犬のようなみじめな死を与えられるプロセスのようにもみえる。

それだけではなく、この書物にはアメリカのポリティカル・コレクトの概念が、危険な罠になることを指摘するなど、いかにもアクチュアルな発言がちりばめられている。軽く読み流せるところと、じっくりと、しかもデリダの別の書物を参照しながら深読みをすることを求められる場所とがあるが、デリダの思考の広がりをしっかりと理解できる一冊となっている。

書誌情報
■来たるべき世界のために
■J.デリダ,E.ルディネスコ[著]
■藤本一勇,金澤忠信訳
■岩波書店
■2003.1
■346p ; 20cm

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