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2010年07月28日

『アテネ 最期の輝き』澤田典子(岩波書店)

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「アリストテレスの描いたアテナイ」

 よくアテナイの民主政は前三三八年のカイロネアの戦いでテーベと同盟してマケドニアと戦って敗北した後は、輝きを失ったとされる。多くの概説書は、アテナイの歴史の記述をこの敗戦でやめてしまうのである。しかしアテナイはマケドニアから寛大な扱いを受けて、前三二三年のラミア戦争が勃発するまでは、以前と同じような民主政治を営んでいたのであり、アリストテレスが『アテナイ人の国制』で描いた民主制の様子は、この時期のものなのである。

 本書では、この一五年間の「黄昏」のアテナイの様子を生き生きと描き出す。この時期はデモステネスが活躍した時代であり、デモステネスとアイスキネスの長年の法廷闘争が続けられた時期でもあった。日本では京都大学出版会刊行のデモステネスの演説集の邦訳を除くと、ほとんどデモステネスの活躍を知る術がないので、「デモステネスを主人公とする」(p.5)本書は、多くのことを教えてくれる。

 この時代は、アレクサンドロス大王という無敵な英雄が支配した時代であり、マケドニアに逆らうことの恐ろしさを、ギリシアの各ポリスが実感していた時代でもある。そのため外交政策はきわめて大きな制約をうけていた。アテナイがラミア戦争に走るのは、大王が急死したためである。それでも外交や内政で、デモステネス。アイスキネス、リュクルゴス、ヒュパレイデス、デマデス、フォキオンなどの著名な政治家たちが活躍したのだった。

 デモステネスとアイスキネスは生涯の論敵である。特に有名なのは「冠の裁判」であり、デモステネスにディオニソス祭のときに冠を授けるという提案が違法であるとして、アイスリキネスが訴えた裁判だった。しかしマケドニア王のフィリポスが暗殺され、その後の戦争でテーベが壊滅するにいたる動乱の時期には、この裁判が停止されていた。

 それが三三〇年になって急に再開されたのである。著者はこれはデモステネスがアイスキネスの追い落としを計ったものと考えているが、この議論には説得力がある。アイスキネスは「一〇〇〇ドラクマの罰金と市民権喪失に処された」(p.127)ためにアテナイを去ることになるからである。本書ではこの裁判の模様が詳しく描かれ、当時のギリシアの裁判がどのようなものだったかを理解するにはとても役立つ。

 前三二三年に、有力な政治家だったフォキオンは、かつて命を救った人物から告発されて、祖国への裏切りの罪で死刑を宣告される。プルタルコスが「フォキオンに起こった事柄はギリシアの人々に再びソクラテスのことを想い出させ、今度アテネに起こったこのと悪徳と不運があのときのことによく似ていると感じさせる」(p.224)と語っているが、アテナイの民主制が「衆愚制」と紙一重になっていたことをよくうかがわせる。

 それはともあれ、「〈黄昏のアテネ〉は、民主政が老衰した〈衰退〉の時代ではなく、民主政が最期の輝きを放った時代、最期の花を咲かせた時代だった、という見方もできるのではないか」(p.243)という著者のまとめの言葉に同意したい。

【書誌情報】
■アテネ 最期の輝き
■澤田 典子著
■岩波書店
■2008/03/19
■269p / 19cm / B6判
■ISBN 9784000220415
■定価 2940円

●目次
序章 「黄昏のアテネ」に迫る
第1章 決戦へ
第2章 敗戦―マケドニアの覇権
第3章 対決―「冠の裁判」
第4章 平穏― 嵐の前の静けさ
第5章 擾乱―ハルパロス事件
第6章 終幕―デモステネスとアテネ民主政の最期
終章


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