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2010年07月05日

『アリストテレスの現象学的解釈―『存在と時間』への道』ハイデガー,マルティン(平凡社)

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「初期ハイデガーの注目論文「ナトルプ報告」」

 ハイデガーが教授職に就職するために、書きかけの著作の一部をタイプうちして、提出した論文で、ナトルプ報告として有名である。『存在と時間』の前段階のハイデガーの思考を示したものとして重要な文書である。全集版とは別に読みやすい冊子として邦訳が刊行された。解説も充実して読みやすい。

 この報告で興味深いのは、ハイデガーのアリストテレスの解読が、当時の学生や学者たちに強くアピールした様子が分かることにある。当時のドイツではハイデガーの名前は「秘密の王の噂のように」(アレント、p.123)密かに伝えられていたという。この論文を読んだガダマーの証言を聞いてみよう。


  このテクストは、私にとってそれこそ霊感を含む啓示となった。それが機縁となって私はフライブルクに向かったのである。この草稿の中で私が見いした数々の示唆は、その後、ハイデガーの哲学生成の過程の中でも決定的な歳月となる彼のマールブルク時代にも、私の心を離れることがなかった。……当時の読者にとって、このテクストの一文一文がどれほど新奇なものであったか、今日ではほとんど書き尽くせそうにない(p.111)。

 この書物は読んでみるときわめて難解な文章であり、つい、『存在と時間』は分かりやすかったと考えてしまうほどだが、ガダマーがこれほど強い印象をうけたということは、当時のドイツの哲学界がいかにハイデガーの新しい思考を求めていたか、現象学の登場によって書き立てられた興奮の渦の中で新奇な考え方を模索していたかを示すものだろう。

 この論文の特徴は、ハイデガーがアリストテレスの哲学のうちに真理の新しいありかたをみいだしていったことにある。しばらく前まではハイデガーはギリシアの哲学に批判的であったが、この発見の後からは、ギリシア哲学の考察に力を注ぐようになる。ハイデガーが発見したのは、アリストテレスは真理が命題において定められるという通説が、そのままでは正しくないということだった。

 もちろんアリストテレスは命題において真偽が決定されると明言しているので、この通説は正しいのだが、それだけではなく、真理アレーテイアとは「隔離ないものとして現にそこにある」(p.60)こと、すなわち現象学における直観のありかたにおいて、別の次元の真理が明らかになるということだった。ハイデガーはこう語る。


  感覚、感覚的な様態での直覚とは、ロゴスの「真理概念」が転用されることによって初めてこれ「も」真実だと称されるのではなく、その本来の志向的な性格からして、それ自身において根源的に、それが志向的に向かう先を「原初的に」与えるものである(p.60)。

 ハイデガーはここにギリシア哲学と現象学の共通の場を発見したのであり、それがハイデガーの存在論にとって大きな道を開くことになったのである。またガダマーが「彼が探し求めていたのは、キリスト教的な意識についての適切な解釈、またこの意識についての人間学的な理解であった」(p.110)と語っているが、ハイデガーはこの論文で「無神論」という語を使っているのも特徴的である。

 この無神論は普通の意味での無神論ではなく、神学の留保という程度の意味である。ハイデガーは注で「無神論といのは、ここでは宗教をもっぱら論評するだけの安易な配慮には手を染めない」(p.39)というこだと説明している。これは「宗教的という発想自体、とりわけそれが人間の事実性を度外視するならば、まったくの不条理である」(同)と考えるからでもあり、この時期のハイデガーの宗教に向かう姿勢を示して興味深い。

【書誌情報】
■アリストテレスの現象学的解釈―『存在と時間』への道
■ハイデガー,マルティン【著】
■高田珠樹【訳】
■平凡社
■2008/02/21
■224p / 19cm / B6判
■ISBN 9784582702774
■定価 2940円



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